出会い プロト
プロトは枕元にメモとペンを置いて、夢を見れば夢の中の日時と場所を確認することを心掛けた。最初に未来が見える夢を見てからひと月が経とうとするが、同じような夢は3度見た。2、3日前から見るようになるのは共通する。内容は軽くぶつかるから始まり、ものを落とす、バスを乗り間違えるといった事で対応は比較的簡単であった。
(自分にも出来る人助け。気分は良いが、いつまで続くのか。深く考えすぎず淡々とこなしていけばいいか。)
しかし、この日の夢は今までと違った。それは男が歩いている場面から始まった。すぐに携帯で日時を確認、場所は交差点の標識を見つけた。
(今回は、この男を助けるんだな。)
そう予想しながら見ていた。その男は歩みを速めて路地に入った。そして前を歩いていたサラリーマン風の男性にぶつかった。男性が前に倒れた。
(わざとぶつかっていったじゃないか。何をしてるんだコイツ…)
男が走り去る。倒れた男性の背中に刃物のえのようなものが。プロトはとび起きた。額に汗がにじんでいる。
(…刺した。殺人?あれを食い止めろって?)
すぐに日時と場所をメモし、それに加え男の特徴を思い出しながら書いていった。
(どうやって止める。こんなのこっちも危険じゃないか。)
まだ呼吸が荒い。現実でなくても衝撃的な場面を見てしまったことに変わりはなかった。頭の中で阻止する方法を教えるが凶器で反撃される場面を想像してしまう。
(そもそも、あそこで刺されるのを阻止するだけでいいのか、男を取り逃がしてもいけないのか。)
眠れるはずもなく朝を迎えた。バイト帰りにその場所に行ってみた。これといったものは思い付かない。
(もう警察にお願いするか。いや、説明できないな。うその通報してここに来てもらうか。いや、後で何か罰せられるのは御免だ。)
悩みながらも夜に同じ夢を見る。新たな発見も思いつきもない。
(なんで危険な目に遭わなくちゃいけないんだよ。いっそのこと無視するか。)
こんなことすら考えてしまった。だがそんな勇気もないし、後に引きずることも想像できた。ここにきて、この力を得たことを後悔しているが自分の意思ではなかったのでどうしようもない。
(男は捕まえなくてもいい、とにかく男性が無事なら。うん、それで充分だろう。)
当日の朝を迎える。体も心も重い気がする。今日はバイトが入っているので早退する必要があるが、あえてギリギリまで働くことにした。あとはただただ悩むだけだからだ。
バイトを終え、その場所でその時がくるのを落ち着いて待っていた。開き直るという考えに達していたのだ。男が歩いて来た。
(なるようになれだ。)
プロトは大きく息をしてから歩を進めた。男の後ろに付く。男性が路地に入る前に「警察だ。」と声を出そうと考えていた。そのことだけ考え前の男だけを見ていたので、隣に人が寄って来ていたことに気づかなかった。プロトが声を出しかけたとき、顔の前に腕を出された。
「待て。」驚いて振り向く。すぐに視線を戻しだが、男が路地に入っていってしまった。
「あっ。」
プロトの顔は血の気が引いてしまった。急いで路地に入ると夢とは違う状況になっていた。男が警官2人に取り押さえられている。男性が無事なのを確認すると思わず声がもれた。
「助かった。」
ほっとしているとズボンの後ろポケットに誰かが手を入れた。振り返ると、さっきプロトを止めた人が歩き去っていった。「おとなしくしろ。」警官の声にまた振り返る。プロトはそっとその場を離れた。
(何がどうなって解決したんだよ。振り回されっぱなしだったぞ。わけ分からん。)
急ぎ足で歩きながら、後ろポケットに手を入れた。メモ用紙が入っていた。
“帰ってから見ろ”そう書かれていたのでその通りにした。家の中に入ると、すぐにメモ用紙を取り出し開いて見た。メールアドレスだけが書かれていた。怖さはあったが一言『何者ですか?』とだけ書いて送信した。すぐに返信がきた。『おそらく、あんたと同じ境遇のものだ。未来が見える。違うか?』
(自分だけじゃなかった。しかも近くに。何か知っていそうだ。)
プロトは警戒心を解くどころか、すがる思いで自分の身に起こったことをなるべく簡潔に書いた。『そうか、なら俺の方が2カ月ほど先輩になるな。とりあえず名前はカーパー29才。よろしく。』
(しまった。興奮して自己紹介忘れてた。6つも上だし。)
プロトは急いで詫びとともに自己紹介を書いた。そこにアルバイトで一人暮らしという事も足した。少したって『失礼だけど人づきあいは少ない?』『そうですけど、どうして?』また少したって『う〜ん、まだなんとも言えない。また後でメールする。』
(…なんて気になる終わり方だ。)
だが待つ他なかった。『わるい遅くなった。あくまで憶測だが、俺が考えだした結論を言う。ある集団が俺たちに未来が見える夢を見させている。』プロトはあまりに急展開な話について行けていない。ただ、何も分からないでいたプロトにとっては、とても頼もしく思えもした。続けて『明日の夕方以降会えないか?その時詳しく話そうと思う。』『はい明日の夕方大丈夫です。』
(本当は今すぐにでも聞きたいのだけどなぁ。)
はやる気持ちをおさえた。『なら7時に◯駅前のファミレスでいいかな?』『はい、わかりました。』『あと、できるだけギリギリの時間まで家にいてほしいんだけど。』迷うことなく『わかりました。』
(明日になれば、すべて分かる。)
プロトはそれくらいの期待をしていた。次の日言われたとおり移動に必要な時間を差し引いたギリギリの時間に家を出た。バスで移動している間昨日のやりとりを思い返した。
(今置かれている状況は、やっぱり良くないんだろうか。)
不安がだんだんと大きくなっていく。駅前のファミレスに着いた。予定通り7時5分前。中に入って見渡すが、はっきり顔を見ていなかったことに気づく。しかし、すぐに入口近くの男性が手をあげ合図した。
『お待たせしました。プロトです。』
『ああ、改めて俺はカーパー。じゃあ晩メシ食べながら話そうか。』2人はそれぞれ注文してから水を一口飲んだ。カーパーは見た目はショップの店員のような少しチャラい感じだが人は良さそうだ。
『さあ、話すことは多いから始めるよ。昨日のメールのとおり集団がからんでいるのは確かだ。何者かまでは分からないが。そして俺たちはそいつらに監視されている。なぜなら現に俺を監視しているヤツと2回話をしているから。』
プロトは話をさえぎらないよう、ただうなづいていた。まずは全てを聞こうと考えていた。
『俺を監視しているヤツは尾行が下手なんだろう。隠れて逆に話しかけてやった。20才くらいか、見た目は普通の若者だった。最初は{接触してはいけない。}{秘密だから話せない。}しか言わなかったが、こっちから色々質問してると間違ってる時にすぐ否定する墓穴を掘ることがあるんだ。それでいくつか聞き出せた。』
カーパーは料理を食べながら話すが、プロトは聞いて理解する作業が忙しく手が動かないでいた。それを見てカーパーが言った。
『一旦メシ食べようか。』
そこでようやく料理に手をつけた。味わうことなくかき込んで平らげた。
『続けよう。何かの組織か?と質問するとそんな大それたものではないと否定した。1日中監視しているのか?の質問には外出している時尾行しているだけと。これを聞いて確かめたが、朝から夕方までしかも毎日ではない。返答からしても盗聴やメールを盗み見るということもしてないだろ。意外とユルイ監視だろ。これだけ不思議な力を使いながら。』
『つまり監視されない時間が今なんですね。それで、この力は一体何なんですか?』
『そこなんだが、その話になった途端思い出したように喋らなくなるんだ。じゃあ今から俺が力を得てからの話をする。』
『約3カ月前に初めて夢を見た。同じだと思うが簡単な人助けから始まり月1・2回大きな事件、事故を見せられる。実はプロト以外にこの大きな事件、事故が起きる時、同じように遭遇した人が2人いる。1人は1カ月前、慣れたようにこなして監視してたヤツと会っていた。仲間だ。おそらく俺に任せられないから、自ら動いたんだろう。ここまで把握できた?』
『…はい、なんとか。大きな案件の時は2人に見せて成功率を上げて、頼りない時は自らも動くと。』
『ああ、2人以上だな。そして遭遇したもう1人、これが問題なんだ。2カ月前、その人は俺より先に動いて事故を回避させた。自分と同じ境遇の人が他にもいる事をこの時知った。後を追って家をつきとめた。翌日に様子を見に行っていたんだが、その人が急に道端に倒れ込んでしまった。それで病院に運ばれてから一晩泊まった…はずなんだ。確かに…。』
『どういうことですか?』
『消えた。次の日受け付けに確認したら運び込まれた人はいないと言われて。家に行ったら引っ越したことになってるし。わけが分からなかった。』
『まるで存在が消されたみたいじゃないですか。』
『俺が行きついた仮説はまさにそれ。ヤツらに連れてかれたんだ。たまたま体調が悪くなったんじゃない。人を助けた代わりに体が悪くなる、寿命が縮まるとかリスクがあるんだと思う。つまり使い捨てなのかもしれない。』
『助けた代わりに?』
『そう。そもそも起こさせたくない事件・事故があるのなら自分たちで動いた方が確実だろ。わざわざ何も知らない人に夢を見させて解決しようとするのがおかしい。何が起こるか分かっているのだから、自らの危険も避けれるはずだし。』
カーパーはコップの水を飲み干し話を続けた。
『俺の考えは、人を助けるということは助けた人や周りの人の運命を変えることになり、その代償として寿命が削られるんじゃないかと。だから他人にやらせる必要がある。じゃあ誰にやらせるかということになるけど。俺も含めて3人の共通点は‘独り暮らし’‘定職に就いていない’‘人付き合いが少ない’が浮かぶんだが、これって周りに与える影響が少ない点で使い捨てにうってつけなんだよな。』
『だらけた生活送ってたから使い捨てに選ばれてしまったんですか。ほんとに最悪な人生じゃないですか。このまま最後まで働かされて…それっていつになるんですか?』
『監視しているヤツにいつまで続くのかと質問しても答えなかったが、半年かと質問するとそんなに長くはない普通は2カ月くらいだと答えた。』
『ちょっと、それじゃあ僕はあと1カ月、カーパーさんはいつ倒れてもおかしくないってことになりますよ。そんな…。体大丈夫ですか?』
『ここのところ毎朝体が重い。もう時間はないんだ。ただ何で俺が3カ月もっているか考えると、大きな事件・事故の時2度先に解決した人がいて俺は何もしなかったことが関係しているんだろう。つまり何もしなければいい訳だけど…。』
『それは…難しいですね。』
『だよな。見殺しなんて。これもヤツらの狙い通りなのか。』
2人は黙り込んでしまった。プロトは多くのことを知ることができたが、予想よりはるかに悪い実状に落ちこんだ。
『監視してるソイツをとっ捕まえて、その集団にやめるよう要求するってのは無理ですよね。』
『その手もあるんだろうけど、ビビりの俺にはできないな。相手は何も分からない集団で多勢に無勢だと思うし。』
『ですよね…。』
『知ったところで、どうしようもない情報でゴメンな。』
『いえ、とんでもないです。』
少し間をあけてカーパーは立ちあがった。
『もう帰ろう。あとはもうアレだ。自暴自棄にならずやりたい事があればする。これだけ。』
『ハハッ。』
苦笑いしか出来なかった。