解呪と、虚偽と
カタカタと笑うワイトキングもとい中道二郎。まさか高スペックの友人が、ここまで大変なことになっていたとは・・・と、世界は若干この異界という場所が怖くなった。しかし、それを乗り越えてでも、彼がこうなってしまった原因を聞かなければならない。
「で、お前は一体どういったいきさつがあってそんなことになったんだ」
それを聞いたとたん、二郎は笑うことを止め、こちらに向き直り、今までの話を語り始めた。
「―――いや、ここに来る前に神様的なのにあっただろ?あれに俺、『向こうの人間が覚えることの出来るものより一歩次の魔法を使いたいから、知識と魔力セットでちょうだい』っていったんだよ。そしたら割とすんなり手に入れることが出来たから、こっちに来てからずっと魔力の研究をしていたんだがな、ちょっと呪いが暴発して、気が付いたらこれだもの。解呪やっても解けないし、話も通じないし、これどうしようかと思って、とりあえず魔王名乗ってみたけど、やっぱり言葉も通じないし―――」
矢継ぎ早に話し始める二郎。恐らくこちらに来てから日本語を話すことの出来る人間にあわなかったのだろう。と、ここまで考え付いたとき、世界はあることに気づく。二郎は『こっちに来てからずっと』と言っていた。それが周りに認知され、討伐する人間を派遣されるだけの期間を考え、自分なりの試算に背筋の凍る思いをした世界は、恐る恐る二郎に聞いた。
「すまんが二郎。お前がこの地に来てから、どれほどの時間がたったのだ・・・?」
「―――え?あー、多分、5年・・・くらい?―――」
頭を打たれたような衝撃が、世界を貫いた。
5年、それはあまりにも開きすぎている時間。僕はそんなにも眠っていたのだろうか。いや流石にそんなことはない。やはり時間経過は上位存在の場所とこちらでは違うのか、いやそれよりもほかの学生や先生方はどうなのだ。様々な考えが一度に世界を駆け巡り、
「そうか」
世界は、深く考えることを止めた。どうせ時を戻すこともできず、そもそもそんな魔法があったとしても、魔法や奇跡、その他不可思議なことは全て無効な自分には使えない。上位存在がこのことを知ったら、悲劇的だと笑うだろう。仕方ないことであるとさっさと諦め、次に進むべきである。
「・・・そういえば二郎。その姿は呪いから来ている物だと言ったな」
次に進むための第一歩として二郎の呪いが解けるかを試すことにした。世界からの問いに、二郎は首をカタカタと縦に振る。
「―――そうそう!いやぁ、やっちまったよなぁ!あっはっは!―――」
どこまでもポジティブな男だな。世界は内心ため息をつき、行動に移す。
「まぁいい。ちょっとこっちに寄れ」
「―――ん?ああ、わかった。この距離で話し続けるのもどうかと思っていたところだからなぁっ!?」
二郎は空中からこちらに近づき、落ちた。目測にして約10メートルの高さから、頭を下にして派手に落ちた二郎は、そのまま動かなくなってしまった。これは死んだか、と世界はヒヤリとしたが、うめき声が聞こえたため痛みで動けないものと判断。裏返してみることにした。
骨だったのが不幸中の幸いというべきか、これこそが不幸の源であるべきか、鼻の骨は(軟骨など元々なかったために)折れなかったが、若干右の眼窩(目のくぼんだ所)にひびが入ってしまった。なんだか申し訳ないことをしたなと、世界は心の中で反省し、呪い状態がどう変化するかを見てみることにした。
「――――のか?ワイトキングは・・・おお!打ち取ったか!」
と、いつの間にか男が近くまで寄ってきていた。正直観察に忙しいから近くに来てほしくないとは思ったが、流石にハンマーを振りかぶり始めた男を放っておくことはできなかった。
「待て待て・・・確かにこのワイトキングは悪逆非道の限りを尽くした、文字通り魔王であったかもしれんが、それだけでは大本を叩けたとは言えん」
とっさに付いた嘘。これに男が掛ってくれるかは未知数であったが、男の戦い方から深く考えることを嫌い、状況に身を任せて生きる人間であると仮定し、何らかの巨悪を想定させれば掛りやすくなる。と、言い放った後に世界は理論武装をした。
「何?お前、一体何を・・・」
そして図らずも、この男はそう言った類の人間であった。それを確認し、大いに安堵した世界は、持ち前の空想力を展開し、次のような話をでっち上げた。
「自己紹介が遅れたな。僕の名は世界。苗字は坂田だ。つい先ほど、この地に降り立った異界の民、とでも言ったところか。僕はこの地に住まう魔術を見につけた骸骨を討伐する責務を天から遣わされた。天から与えられた異能を使い、あと一歩のところまで追い詰めたのだが・・・この骸骨。我が友人の名を語るのだ。聞くところによれば、呪いでこのような姿になったとのこと。つまり、わが友の背後には、あまたの魔王を統べる、魔王の中の魔王。大魔王がいることに他ならない!・・・ぁ、見よ!先ほどから僕は解呪の手を打っていた!我が友にかけられた呪いが解けるぞ!」
我ながら、大した空想力であると、世界は思った。話の中で、事実と虚偽を織り交ぜてながら話していなければ、あるいは、話の途中で二郎の呪いが解け始めなければ、恐らくこの嘘は破城していたであろう。なお、苗字と名を分けた理由は、この世界で苗字と名前、どちらを先に言うのかが分からなかったためである。なお今現在男は絶句し、世界の友人中道二郎という人間に同情の念を寄せていることが顔を見るだけで分かる。凄く顔に出やすい男である。
光を放ちながら、うっすらと輪郭が出来始め、中の筋肉繊維が見えるということは一切なく、中道二郎の顔が出てきた。うまく話をつなげるのはここしかないと直感した世界は、ここぞとばかりに畳みかける。
「・・・友とて、人を殺したくなかったのだ。自身の近くに人がよれば、殺戮衝動に飲まれてしまう。だから、だからこそ彼は去れと遠くから語りかけていたのだ!・・・僕が、もっと早く駆けつけていれば・・・!」
ここで、世界の脳内妄想ストックが切れた。あとは成り行きに任せるしかないと、世界がちらりと男の方を見る。号泣していた。時々えづいてすらいる。情に厚い男である。
「こんな・・・こんな悲劇的な話があっていいものか!!」
中道の境遇に涙し、大魔王への怒りに打ち震える男。ごめん、それ作り話なんだ。そんな懺悔を心の中でした世界は、完全に光が収まり、見覚えのある顔に戻った友人に、思わず涙をこぼした。それは安堵からか、はたまた安心からか。その心境は、世界にしか分からないであろう。