主人公と、日常と。
坂田世界。17歳。高校生。彼女無。彼を語るにあたって、必要最低限の知識である。もう少し補足をすると、やや偏屈な思考回路を持っていることと、文章を読むこと、また書くことが比較的好きであるということが彼の特徴であろうか。
坂田世界の朝は遅い。たいていの起床時間は8時ほどであり、学校の登校時間は8時25分だ。通常の高校生は、よもやここまで眠ることはほとんど許されないが、世界は違う。これは家から学校まで大股6歩という驚異的な近場であることと、夜中遅くまでネットラジオを聞きながら小説を書いていることに起因する。世界は文芸部に所属しており、月水金の週三日が活動日となっている。
彼は起床後、10分ほど虚空を見つめる。夢の確認、並びに整理を行うのだ。人は睡眠中に、3度の夢を見るという。そのすべてを記憶することはできないが、特に記憶に残ったものを、朝の数分間だけぼやっと覚えている物である。
覚えている物を夢日記に記録していき、最近同じ夢を見る傾向があることを再確認する。所謂魔法と科学のファンタジー世界にいる自分の夢だ。ここで思慮に更けると学校の遅刻がいよいよ迫ってくることは身をもって体験しているため、早々に着替えを始める。この時点で残り時間は10分ほど。
ブレザータイプの制服に身をまとい、人並み程度には仲の良い家族と一言二言会話を交えつつ、朝ご飯をいただく。米飯をかきこみ、味噌汁を飲み干し、目玉焼きを飲み込む。基本的に世界は早食いなのである。ここまでで遅刻までのボーダーラインは5分を切った。
しかし坂田世界は焦らない。優雅に歯を磨き、髪を水で濡らして適当に寝癖を整えたのちに、悠々と家を出た。残り時間は1分半。それでも坂田世界には、ゆるぎない確信にも近い何かを感じさせる立ち振る舞いをしていた。そんな、帝王をも思わせる足取りでゆっくりと学校へ向かい、2階にある3年の教室に、チャイムが鳴り終わってから入り、ものの見事に担任から叱責をくらったのであった。