赤の妖
肌寒く、少し霧が掛かる日の出前。隼也が椛に稽古を付けて貰っている場所に、3日目にして初の来客が有った。その来客は椛の後ろに着くように立っている。そちらに気を取られる隼也に椛の声が掛かった。
「お早うございます。よく眠れましたか?」
「最悪の夜でした」
「そうですか、それは良かった。では早速、稽古に入りましょう。大狼!頼みます」
「仰せの通り」
見慣れない人物。いや、彼は人と呼べる者なのだろうか?
身長は隼也よりも僅かに高い程度で、凛々しい顔に鋭い目付きをしている。見た目は二十歳程の青年なのだが、この青年も椛と同様に銀の髪に尻尾、犬科の様な耳が付いている。
違いを挙げるとするならば、尾の先側に黒の混じり毛が少しある事か。
突然の事に隼也が考えに耽っている時、椛から紹介が入った。
「彼は『大狼 樹』私の直属の部下で有り、唯一貴方と同じ、身の丈程の剣を扱う者。彼は力も剣の腕確かなものですし、安心して習うと良いでしょう。私は...」
椛は、少し仕事があるので、と呟きながら何処からとも無く書類を取り出した。
隼也が大狼の方に向き直る。
「えっと...」
先に切り出したのは大狼だった。
「では隼也さん、いきなりですが、あまり時間を喰うのもなんですし、私の持つ長剣について少しお話しましょう」
大狼が肩越しに手をまわした。すると大狼の背中に赤黒い光が集まり棒状に固まる。
光が集まり終わり飽和した妖気が光の筋となり稲妻の様に走り始め、大狼が光を勢い良く抜き放った。軌道上に黒い妖気の輝きを残し、振り抜かれた左腕には隼也の妖剣と同じ程の長さの、白銀の刀身を持ちながらも黒の光を纏った長剣が握られていた。
それを隼也によく見える様に持ち上げた。
「これが私の剣です。私の剣は貴方の剣と違い実体が存在します。当然、何かを切れば切れ味も落ちますし、刃も欠けてしまいます。なので、その剣を私の妖気で覆い、切れ味や堅牢さ等を補助しているのです」
大狼が刃に親指を滑らせた。剣は音も無く親指の腹に一筋の赤を残し、僅かな血を刀身に落とす。しかし、血は刀身に紙一重で触れずに滴り落ちて行ってしまった。
「これが妖気による補助です。次は補助を解きます」
大狼がそう言うや否や、白銀の刀身の剣先から柄へと淡い黒の光が霧散していき、白銀の剣のみが残った。こうして改めて本来の姿を見ると美しい。細部に至るまで丹念に仕上げられ、手入れが行き届いている。その刀身は日陰で直接日が当たっている訳でも無いのに自身から光を放ってる様に思える程に白く光を反射していた。
「本来ならばこの様な長剣や大剣は物を切れる様には作られていないのです」
大狼は説明しながら剣の刃を己の腕に乗せ、ゆっくりと引いた。確かに言う通り腕には一切の傷は無く、刀身にも血は付いていない。
「誤解されているでしょうが、この様な剣は『斬る』よりも『叩き切る』と言う表現の方が近いです。なので、衝撃に耐えきる事が出来るように刃の鋭さは完璧に排して、何よりも丈夫さを求めて作られているものなのです」
「ふむ…」と自分の無知さに、何処かむず痒い感じを覚えながらも俊也は相づちを打つ。
「この様な剣は刃の楔型の構造により衝撃をより少ない面積へ集中させ……っと、少し熱が入り過ぎていました。済みません」
ふと我に返った大狼が頭を下げた。その予想外だった行動に隼也は焦ってしまい「え?いや、そんな…」と、反応に困ってしまう。
少々気まずい雰囲気に助け船の出してくれたのだろうか?椛が「大狼。そこまで固く為らなくとも良い、稽古を頼まれている以前に、彼は部下なのですよ」と、声を掛けてくれた。
その声に肩から力を抜いた。変に敬語を使われると、どんな反応をして良いのか分からなくなる。
見ると大狼も力を抜いて、表情も少し解れている。
「済みません。まぁ...つまりだ。貴方や私の持つ長剣は、刃で攻撃するには力を込める為に大振りになる。しかし、大振りせずに刃以上の殺傷力を出す事も出来る。それは…」
「それは…?」
大狼が勿体ぶる答えに高まる隼也の期待。こめかみに汗が伝い、唾を飲み込む。
「それは、突きだ」
突く様に人指し指を勢い良く突き出しながら期待に応える様に大狼が勢い良く答えを言った。それに対して俊也は「来ました!」と、合いの手を入れる。先程のもみじの助言のおかげか、心に余裕が出来、年相応のノリの良い二人の性格が僅かだが表れ、表情も自然と和らぎ、口調も少しくだけた感じで話してくれる様になった。
「私達の長剣の大きさは大剣に近い形だが…本来、長剣は『叩き斬る』と『突く』事で相手に攻撃をする道具。特に突きは非常に殺傷力が高い。刺剣と言う、突くためだけの剣すらも栄えた程だ。突きは殺傷力が高い、鎧の隙間を通し易い等利点がとても多い」
「じゃあ、突きだけで良いんじゃ?」
隼也が頷きつつも気になる事を聞き返す。
確かに利点ばかりならば突きのみを狙う方が良い気もする。しかし、大狼は隼也の検討とは違う答えを提示した。
「確かに突きに利点が多いのは確かだ。しかし、何も短所が無いわけでは無い。まず、攻撃が一呼吸遅れる事、斬りはそのまま振り抜けば良いが...突きは剣先を相手に向け構える、相手に向けて突き出す…。構えると言う一手間が必要、従って咄嗟には出し辛い。次に敵の突撃を止め難い事。相手が跳びかかって来る場合に斬りは相手を左右へよろめかせ易いが、突きは相手に勢いが有る場合、もし貫いて相手が死しても、勢いで攻撃の手が止まらない場合が有る、私の部下にもそれで討ち死にした者も居た」
「そうか…」剣の道も厳しいなぁ、と内心隼也は考える。
「特に大きな短所は相手の急所を確実に貫かなければ効果が薄い事。敵の心臓を狙うとすれば、斬りでは相手を心臓ごと体を両断しなければ為らないが、突きならば容易に破壊出来る。一見優れている様に聞こえるが...しかし、外れた場合に剣はどうなると思う?」
「相手に…刺さる?」突然の問いに焦りながらも急いで答える。
「その通り、刺さるのだ。刺されば抜かなくては為らないが…しかし一度渾身の力で刺した剣はそう容易には抜け無い。更には貫いた箇所が腕や足だった場合、必ず至近距離から反撃が来る上に、腕や足ならば切り落とす方が断然効果的と言うものだ」
「なるほど...」
「私達が相手にするのは、何も人型の侵入者だけでは無い。巨大な獣の姿をしたモノなども相手になる。人型はまだ良いとしても、そいつらに剣を突き立ててしまえば抜く事は出来無くなる.......そう言えば....忘れていたな。隼也、剣を見せてくれないか」
俊也は少し目を瞑り妖剣を思い出し、右手に力を込める。青の妖気が寄り添い集まり束に為って一本の妖剣となる。それを見た大狼が、おぉ…と声を漏らした。妖剣を大狼へと差し出しながら隼也が問い掛けた。
「この剣はどうです?一応、突きも出来ると思いますけど…」
大狼は借りる、と一度断り妖剣を手に取って少しの間、隅から隅まで眺めた。
「形は大丈夫だ。突きの際に力を一点に集中させられる、衝撃が加わる所に余計な構造も無い。重量、重心の位置も良い。何より他の長剣に無い鋭利さが有る。実際手に取って見た感想としては、自身の得物として扱うには十二分な位だな」
大狼からお褒めの言葉が出た所で、少し遠くで腰掛けて仕事が終わってしまったのか、本を読んでいた椛から久しぶりの声が届いた。
「大狼。一度、その妖剣で何か斬って見なさい。きっと不思議な体験が出来ますよ」
大狼はその指令を聞き「少し使わせて貰う」と隼也に一声掛けてから、背中に剣を担いで、先日隼也が斬れなかった大岩に歩み寄っていく。
「これは斬っても?」
大狼の問いに「構いませんよー」と隼也が返すと大狼が背中に担いだ妖剣の柄に手を掛け、腰を落とし構えた。
「我々は素早さを武器として戦いを進める。見逃すなよ!」と、大狼が声をあげたその瞬間だった。
大気が揺れて、僅かの砂煙と白い残像を残し大狼が隼也の視界から姿を消した。隼也が唐突に消えた大狼を辺りを見回していたその時だった。
「フン!」ガキィイン!
眩い青の火花を散らし、力を込める様な声と耳を劈かんばかりの金属音と共に目の前に白い影となって大狼が現れた。真っ直ぐに切り下ろした妖剣が地面から岩にかけて地割れの様な青い切り傷を付けた。一直線に上空から伸びる妖剣の青の光跡から、相当の高度から急降下しながら兜割りを放ったのが分かる。
速い。隼也にはそれ以外の感想が浮かばなかった。一瞬で姿を消した大狼は上空から突如現れ大岩を一閃していた。隼也の何も斬れない鋭刃は岩を断ちはしなかったが剣の役目通り衝撃を伝え岩を中間程まで砕いていた。
再び、大狼が隼也の気付かない程の高速で隼也を横切った。
擦れ違う際の風圧に押され数歩後ろへとふらついた。そうしている一瞬の内に大狼が大岩の真横に現れ袈裟斬りや柄頭での打撃、斬り払い等の攻撃を加えていく。体勢を持ち直した隼也は見逃さない様に必死に大狼の姿を目で追った。
綺麗だ、動き一つ一つが独立していない。
流れる様に次、更に次と攻撃を加えていく。まるで一つの踊りの様に見える程の斬撃。
気付くと、また大狼を見失っていた。しかし、それも一瞬で再び、岩の前に体勢を低くして現れ足元にから頭上まで勢い良く斬り上げを放つ。勢いの余り擦れた妖剣と地面の間に火花が飛び散る。斬り上げの勢いをそのままに一緒に飛び上がり水平方向に空を蹴ると、足元に赤黒い紋章の様なものが現れ足場となり大狼を水平方向に押し出し、岩との擦れ違い様に体を捻り自身の力に遠心力を加えた背面斬りを放った。かなりの威力が有ったのだろう。最初の兜割りを除けば、一番の損傷を岩に与えた。
背面斬りを振り抜き終えた所で、また大狼が姿を眩ませた。流石に大狼の本気の移動は目で追いきれず、次の出現に備える…が、大狼が現れ無い。一瞬で再び現れるだろうと予想していたがそれは裏切られた。また上か!と上を見上げようとしたその時。
「ハァッ!」との掛け声と共に俊也の後方から白い影が現れ、大岩へと飛び掛かった。それまでの大狼の白い軌跡とは変わり残像は赤黒い光を残す様になった。
そして岩に触れる瞬間。
一瞬にして妖剣の青い光跡が大狼を包み、大岩や周囲の地面には次々と妖剣の残痕が作られていく。青い光跡と火花を振り撒きながら破壊が起き続けた。
大狼は妖剣の青に包まれる程、高速高密度の斬撃を断続的に続けている。
隼也が考える間にも妖剣と大狼は破壊を撒き散らし、大岩諸とも地面を砕き続ける。あまりの衝撃に大岩が耐えられず大きく傾いたその時、斬撃の嵐は突如止み、妖剣を携える大狼がハッキリと視界に現れる。
隼也は目を疑った。
犬?いや...違う。
そこに立つ大狼の姿は正に『狼』だった。
妖剣を口に咥え体勢を落とし、今にも飛び掛かりそうな迫力がある。純白の毛並みの先からは彼特有の赤黒い妖気が溢れ出し鋭い瞳も赤黒く光を放っている。
大狼が妖剣を上へと放り上げて、宙返りをした。すると、一瞬で狼から人型に戻り、落ちて来る妖剣を片手で受け止めた。狼の姿と同じ様に、人型に戻ってなお、体を妖気が覆い続けている。それは彼が確かに妖怪で有ることを雄弁に語っている。
「驚いただろう?俺位だ。狼に戻ろうとする奴は」
器用に妖剣を手の平でクルクルと回す。そして顔の横で構えると同時に地面を強く蹴った。
地面は力に耐えきらずに抉れ、土埃が舞う。大狼の居た場所から妖剣の青と大狼の力の現れである赤の閃光が伸びる。
その光束は大きなひびが入り今にも崩れんばかりの大岩を貫いた。
大岩は大狼の突きの衝撃に耐えきれるはずも無く、硝子の様に粉砕された。
「フゥ…」
大狼が粉砕した岩の欠片すらも追い越し、遠くに現れて大きく息を吐いた後ゆっくりとこちらへ歩いて来た。
流石だ。多少息が弾んでいるとはいえ、あれだけ動いた直後であっても汗は掻いていない。
「椛殿。言葉の意味、理解しました」
「そうですか。確かに奇妙でしょう?」
大狼が妖剣を軽く二度振った。
「今までに感じた事の無い手応え…斬っているのに斬れていない。しかし確かに斬っている感覚もある上に破壊も起きている…」
奇怪な物を見るような目付きで妖剣をマジマジと見回す。それを見ていた俊也は少々不安な気持ちに駈られた。
「この剣…使えますかね?」
心配そうに問う隼也に大狼は「問題ないだろう」とだけ答え、椛の元まで行き少しの間、会議を行った。
冬の山特有の寂寥感がある風と眺めが何処か心に引っ掛かった。
そうか…家無いんだ…
等と考えて居ると大狼が戻ってきた。
「稽古に入ろうか。君には早く武力を得て貰わなくてはならない」
「了解」
作者め...読み難いものを投稿しやがって...
(、´・ω・)▄︻┻┳═一 ・ ー( ゜д゜)・`.




