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REVENGER  作者: h.i
32/36

白狼三番勝負


「「はっ......?!」」

古びた神社の縁側で、青年2人が目を覚ました。隼也と凩谷灯だ。

硬い床の上で寝ていたせいか、体が痛い。灯にいたっては、酷く寝違えているらしく、首を押さえて唸っている。

何故か、疲労が溜まっているようだ。意識がはっきりとしてくるにつれて、疲労感の原因を思い出した。

「そうか........奏。」

生まれつき妖気をその身に封じた少女。彼女を守れなかった後悔が、心に突き刺さる。

「どうかしたの?隼也」

俯く隼也を、灯が心配して覗き込む。

「いいや、なんでもない。」

心配をかけたくないと、空元気で返した。「そっか」と、灯が呟いて縁側から降りた。少し庭を歩いて、聞き辛そうに切り出す。

「そっちも......大変だったみたいだね。」

「そうだな......。」

少しの間、沈黙が続く。

「あのさ......一旦、白狼天狗の里に戻らない?」

「あぁな。そうするか」

灯の提案に賛同する。5日程しか経っていない為、直ぐに戻るのは気が引ける気もするが、今は当てがない。里で何か掴めるかもしれない。


縁側から降りて、境内を進む。少し傾いた鳥居を抜けると、少し蒸し暑い風が通り抜けていった。

「なんか、暑くない?」

「そう.....だな。なんでだ?」

何処か不自然だ。この寂れた神社へ訪れた時は、まだ冬の最中だったはず。そして、睡魔に襲われ、五日間程の夢を見た。いや、夢の中で日にちを勘定するのも可笑しな話なのだが、一度、寝て起きてをする間に、四季が冬から春を飛ばして、夏になるなどあり得るのだろうか?


信じられずとも、木々は青々と枝葉を伸ばし、蝉が、これは夢ではないぞと、騒々しく鳴いている。どういう事か、と鳥居の前で狼狽える2人の背後から、聞いたことのある声が聞こえた。

「よう!隼也に灯じゃないか!久々だなぁ!」

声の方を振り向くと、筋骨隆々な男性が立っていた。白い髪と狼のような耳。髪と同じ色の尾を生やしている。白狼天狗の双羽竜胆だった。

「竜胆さん!こんにちは」

「おう!元気良いな、灯!しっかし、なぁ。何処に行ってたんだ?2人とも」

「何処って、この神社に......は?」

隼也が神社の方を振り向いた。しかし、神社の境内の様子は豹変していた。境内であった場所は木々が生い茂り、森と一体化している。少し傾いていた鳥居も今では、朽ち、崩れて倒れていた。辛うじて、里へ続く小道から境内へ登る小さな石段だけが残っているのみだ。

「ハハハッ!隼也、あんたも面白いこと言うようになったなぁ!神社って、ここはとうの昔に神主も居なくなって、廃れちまった所だぜ?」


どう言うことだ?

竜胆の語る事と、事実が噛み合わない。確かに俺たち2人は、この神社に居たはず。たった今、出てきた時にはここまで荒廃していなかったはずなのに......

何度見ても、既に立ち入れない程に鬱蒼としている。狐につままれたような気分だ。


「どうだ?里に来るか?俺も今、帰る所だから付き合うぜ?」

「うん。じゃあ、俺たちも付いていこうかな。ね?隼也」

「あぁ、まぁ、そうだな」

何処か噛み切れないような、気持ち悪い感じを残したまま里へ向かった。

灯は「気にし過ぎも良くないって。俺たちも氷とか、あり得ない事が出来るんだから、幻の一つや二つ、大丈夫だよ」と、気楽に考えているようだ。しかし、そんな事がいつまでも気になり続ける性格は、そう簡単に割り切れない。





山道を暫く歩き、点々と道標の看板が出てきた。もうじき、里が近い印だ。山道に慣れている竜胆の歩みは速い。遅れないように大股でついて行く。

「灯が戻ってくれて良かったよ。」

「え?どうして?」

「確かに、冷気を操れたよな?水は有っても、氷は貴重品でさぁ。あんたが居りゃあ、幾らでも氷を作れるだろ?」

「あぁ、なるほどね。それくらい、お安い御用だよ」


「竜胆、変なこと聞くけど、今は夏だよな?」

意を決して、単刀直入に聞いてみる。案の定、竜胆は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「隼也おめぇ、体調悪りぃのか?一体、何処に蝉の鳴く冬が有るってんだ?正真正銘、夏だぜ?」

「そうか、そうだよな。変な事聞いてごめんな」


そうこうしている内に、里の門の前へと辿り着いていた。門を警備していた者は、隼也たちを見ると、露骨に驚いた様子で報告へと走っていく。

暫くすると、里の奥から男性が1人、歩いてくるのが見えた。

「案外、早い帰還じゃないか。隼也、灯。」

「すまないな、大狼樹。」

背中へ大剣を背負い、隼也達を迎えたのは、大狼樹だ。前回、別れた時と比べると、大人びた気がする。

「あんたらは、里の襲撃事件の事もあったし、快く思わない奴らも多い。立ち話もなんだ、詰所に来いよ。」

辺りを見回すと、賑やかだった広場は、人が疎らになり、住民が家の窓や塀の角から覗いているのが見えた。

確かに、俺たちは異端者らしい。

「そうさせてくれ。皆を不安にさせるのは気持ち悪いしな」

「それじゃあ、付いてきてくれ。」


何度か訪れたことのある、白狼天狗の精鋭部隊の詰所。その客間へと通された。

「色々、話したい事もある。楽にしてくれ。」そう言って、大狼樹が胡座で座り込んだ。

隼也、凩谷灯、双羽竜胆、大狼樹で円を囲むように向かい合って座る。

隼也が最初に話を切り出した。

「樹。俺たちが居なくなってから、どれくらいの期間があった?」

「うーむ、そうだな.....あんたらが来たのが、年を越して少しだったから......だいたい半年だな。」

「やっぱかぁ......実は、俺らはあの後、麓の神社に行ったんだよ。そして、そこで睡魔に襲われて、気がついたら、半年も経っていたんだ。」

それを聞いて、驚いたのは双羽竜胆だった。

「あぁ!だからか隼也!あんたと会ってから、なぁーんか様子がおかしいなと思ってたら。そりゃあそーか。いっぺん寝たら、半年後ってなりゃ、感覚も狂うよな。」


「それも、半年間、ただ寝ていた訳じゃ無かったんだよ。夢か現実かは分からないけど、此処とは違う世界に居たんだ」

「と、言うと?どう言う事だ」

隼也が大狼の方を向き、話し始める。

「俺は、此処より文明の発展した世界だった。ほぼ全てが人間で、妖怪が希少な世界。そこで、妖気を宿した少女と会ったんだ。『高嶺奏』と言う名前で、歳はそうだな......灯と同じくらいに見えた。夢の中で誰かの声が聞こえて、奏と出会って、脅威から守れと言われた。その言葉に従って、俺は暫く行動を共にしながら、奏に近づこうとする人影を倒していた。だが、『マグナ』て名前の、とんでもない化け物が現れた。全く歯が立たずに俺は負けて、気を失って.......次に目覚めた時には、俺の妖剣で奏は自害していた。」


そこまで話すと、次は灯が話したそうに、軽く身を乗り出した。

「俺のは繁栄した文明が滅びた後の世界だったよ。昔の建物は崩れて、植物に侵食された廃墟だった。俺も夢の中で誰かから、光の青年に会え、とか言われたんだ。その光の青年ってのが『祇田頼人』て言う人で.......沢山の人を人影から守りながら暮らしていたんだ。隼也の世界とは違って、こっちは人間の半分くらいは妖気を使えてた。そこで『レイカ』って名前の女の人が現れて、俺と頼人に襲い掛かってきたんだ。その人は重力を操る能力があるらしくて、こっちは二人掛かりだったのに、負けてしまった。頼人がレイカに殺されてしまったんだ。」


「そうか......大変だったな。隼也。マグナという奴について話してくれないか?」

「あぁ、まず一番の特徴が、全身鎧ってところだな。暗い青みを帯びた鎧姿をしてんだ。兜が特徴的でな、左右対称に大きな角があって、顔を覆うような形になっててな。鼻から下の顔は素肌が見えるんだが、鼻から上は、目諸共、兜で覆われてしまっていた。兜の目の位置に亀裂みたいな穴があって、そこから金色に光る瞳が覗いてる。それに大柄で、この詰所の入り口に、引っかかるんじゃねぇかって位の体格はあった。能力は『磁力』と言っていた。確かにその通り、瓦礫やら金属を操っていた。」

「マグナ......こちらに来ることも万が一があるかもしれんな。備えるべきか。.......灯、レイカについて教えてくれないか?」


「うん。レイカの能力は『重力』だったよ。重力で吹き飛ばしたり、こっちの攻撃を反らしたりしてた。あぁ.....それと、空間を破壊する攻撃もしてたな。俺と変わらないくらいの身長の女の人で、両腕にガントレットを装備してた。........そう言えば、他にもう2人いたな。」

「もう2人だと?」

「うん、1人は名前も特徴も分からなかったけど、もう1人は『リン』って名前らしい。リンは俺たちには興味を持たないで、人影1を体倒して、すぐに立ち去ったんだけど.......マジでヤバい奴だと思う。」

灯の声のトーンが下がる。それ程にリンの力は驚異的なものらしい。

「一瞬で、人影をバラバラにしたんだ。速すぎてよく見えなかったけど、なんか棒みたいな.......多分、剣だと思う。一瞬で人影の全身に、溶けた鉄みたいな色の線が走って、その線に沿って、バラバラになったんだ。」

そこまで語ったところで、大狼の雰囲気が変わった。髪や尾が逆立ち、全身から妖気を滲ませている。

「間違いない.......奴だ。リン.......と言うのか」

それを慌てて、竜胆が宥める。

噂に聞いていた、大狼一家を殺した男は、その『リン』という男か。

竜胆の言葉でようやく落ち着きを取り戻した大狼。

「すまない。取り乱した。」そう言って、頭を下げる。


「しっかしよぉ~。そこまで鮮明な夢で、目的もざっくり言えば、ほぼ同じだろ?妖気を持つ人間を守る、ってな。そりゃあ、夢じゃねぇんじゃねーの?」

「確かに、そうだろうな。隼也、灯、お前ら2人は確かに、別世界に行っていたんだろう。そして、そこでの出来事を、夢のように演出されていたんだろう」

灯が生唾を飲み込む。

「夢みたいに、演出......?いったい誰が?」

「それは分からん。しかし、確かにそこで死んだものは、実際に死んでいるだろう。そして、死んだ奴らの共通点を考えてもみろ。」


暫く悩んだ後、隼也が手を鳴らした。

「そうだ!俺らと同じなんじゃないか?!」

「そう、人間でありながら、何らかの形で妖気に関わっている者。恐らく死んだ2人は、あんたらと同じように、妖怪として蘇らせられる可能性が高いと、俺は思う。」

大狼の推理に灯が驚いた顔を隠せない。

「なるほどっ!流石だよ、樹さん。」


大狼が書類を取り出してきて、円の中心へ開いた。

「それじゃあ、今度はこっちの世界の変化でも話そうか。.......人影の出現する頻度が格段に増加した。しかも、その多様性は増すばかりだ。近頃は、走って近寄ってきたかと思えば、自爆するものもいる。成熟した白狼天狗の身体能力ならば、逃げる事は容易いが、問題は子供や理由があって動けない者達だ。彼らが巻き込まれれば、非常に危険なんだ。」


「半年前までなら、関所に門番なんぞ置いていなかったんだが......。ここ最近の人影の活性化は目に余る。人影の侵入を見張るのではなく、里の中から無断で出る者を見張らなければならない。特例を除いて、外出する者は2日前までに申し出なければならないし、許可が降りても出先には護衛がつく」


竜胆が横から手を出して、本のページをペラペラとめくった。そこには、筆で人影の絵と文字が書かれている。

「自爆も危ねぇけどよ、一番危ねぇのはコイツなんだ。」

竜胆は人影の絵を指差した。5体並んで描かれている人影は、全て体の一部が変異している。

片腕が大鎌へ変異したもの。両手が剣と盾へ変異したもの。両手足に異様に長大な爪を持つもの。片腕が角張った棒状のもの。そして、基本となる人影と同じ姿をしたもの。

その中から、竜胆が指を差したのは、最後の2体の絵だ。


「まずはコイツ。腕がカクついてる奴だ。恐らく、火器の類じゃねーかと目をつけてる。遠くから、バレないようにこっちを狙ってくんだ。既に2人がコイツに襲われて怪我した。」


「そいつ、知ってるっ!」

灯が声を上げる。皆の注目が一気に集まった。

「俺が別世界で戦った人影とそっくりだ!狙撃型だ!この世界まで現れるのか!」


「まず、落ち着いて、対処を聞かせてもらえないか?」

「うん、ごめん。.......狙撃型は、こちらを遠くから狙ってくる。狙われている事に気付かないくらい。まず一番は視界が開けた場所はダメなんだ。すぐ人影に見つかってしまう。移動は森の中を行った方がいいと思う。」


「次に、ヤツは銃弾を一度発射したら、暫くは反動で身動きができないんだ。だから、銃弾が飛んできたら、とにかく身を隠さなきゃいけない。撃たれても、撃たれずに済んでもね。動かなければ、奴らは反応しないんだ」

あぁ、こんな時に頼人がいてくれれば、的確なアドバイスをくれるんだろうな、などと考えてしまう。無い物ねだりなのは分かっているんだけれども。


「ごめん、あんまり参考になるような事、言えなくて......」

「いや、助かった。感謝する。」


竜胆が、最後の人影の絵を指差す。

「次は、コイツだな。これがバカみてぇに厄介だ。見た目は普通の人影と変わりねぇが、再生能力が半端じゃない。これまでの奴らは、手足はともかく、胴体を切り捨てちまえば、すぐに消えてた。だけど、コイツは違う。生温い倒し方じゃすぐに元通りだ。オマケに一度攻撃を受けた武器を、生意気にも真似やがる。まるで、その場で『学ぶ』ようにな.........」




ー------------------


「うぅ.......ッ!背骨が.......痛い。」

酷い背中の痛みに耐えかねて、目が覚めた。

どうやら、眠ってしまっていたらしい。詳しく覚えていないが、夢を見たのは覚えている。

「ここ.......何処だよ?」

痛む体を起こし、周囲を見渡した。見慣れない場所だ。風雨に晒されてボロボロになった巨岩が目立つ荒野。しかし、厳しい環境かと思えば、少し向こうには、青々とした山が聳えている。

違和感を抱かずにはいられない光景だ。全く関係の無い写真を切り貼りしたかのような違和感。一見、繋がっているように見える。しかし、その実、繋がってなどいない。癒着とでも表すのが正しいだろう。


「本当に不公平な光景よね?向こうは数万、数億の命。こちらには2つの命。」

岩陰から声が聞こえた。落ち着いた女性の声だ。即座にショットガンを構えて、ゆっくりと岩陰へ回り込んだ。

「はじめまして」

そこに立っていたのは、ルビーのような紅い目の銀色の髪の女性だった。和の雰囲気の装いの女性は、向けられた銃口など意に介さず、お互いが見え易い位置まで歩み出た。

「ウチの名前は『ミコト』って言います。貴方は?」

「祇田頼人だ。」

警戒は解かずに、静かに答える。ミコトはいつの間にか手に持っていた一輪の花を、頼人の向ける銃口へ挿した。

「そうキリキリしないで。頼人君が不安そうにきょろきょろしてたから、もしかして、ここは初めてなのかなと思って声を掛けたの。私も此処は初めてだから、初めて同士、ご一緒出来たらなって。お邪魔だったかしら.......?」


銃を突きつけたまま、頼人が黙る。

ミコト名乗った女性。悪意を持つ者が、こちらへ向ける邪気のようなものは感じられない。

ひとまず、銃を下げることにした。その代わりに両手に大型拳銃を作り出し、腰のガンホルダーへと納めた。

怪しい動きをすれば、すぐに撃ち抜いてやる。

「分かった。俺も困っていたところなんだ。」

「ありがとうございます。では、共に参りましょう」


取り敢えず、山を目指すとしよう。歩いても20分程度で届くはずだ。食料と水は死活問題だ。確保し易い方へ行く方がいい。

頼人が山へ向かい歩き出すと、ミコトもその横をついて行く。同じ銀髪の2人、後ろから見れば、一見兄妹のようにも見える。


「あんたは、何か用事があって此処に来たのか?」

頼人はミコトの方を見ずに、歩きながら話しかける。そう聞かれたミコトは、手を顎に当てて首を傾げて、少し考えるようにした。

「用事があるって言われたら、その通りだけど.....。ウチもその用事が何処で済ますことができるか、分からないんよ。」

用事こそあれど、何処へ向かうのか当てがない。隠しているのか、本当に見当がつかないのか。前者ならばともかく、後者なら信用ならない。

「その用事はなんだ?」

「君、妖気性生命って知ってる?」

「妖気性生命?聞いたことない言葉だな。」

「あぁ、ごめんなぁ。君たちは『人影』って呼んでたんだっけ。それなら、ウチも習って、人影って呼ぶのが良いなぁ」


「ウチはこの世界に、人影を監視に来たんよ。この世界にまで根付こうとしているらしくてね。状況が良いようなら少し様子を見るし、悪いようなら、ウチが自ら摘み取る。だから、まずは、人影に会えない事には話にならないんよ。だから、ウチには行く当てがない。」


人影の監視.......。口振りからして、どうやら、人影とコイツは何かしらの関係性があるように聞こえる。

「人影を送り込んだのは、ミコトなのか?」

頼人の問いに、ミコトは直ぐに首を横に振って、否定した。

「いいや、ウチや無いよ。ちょっと名前は言えないけど、ある人が創造して、色んな世界へ少しづつ種を蒔いた。そして今、やっと芽吹いてる。」


話しているうちに、山の麓まで来ていた。目の前には、確実に人が行き来していると思われる山道がある。取り敢えず、此処を辿れば何かしら、人の集まる場所へ行けるかもしれない。そう思い、2人は進んだ。

ミコトが頻りに周囲を見渡している。時折、昆虫や動物などを見つけると、嬉しそうな顔をした。

「生き物が好きなのか?」

「生き物.......も好きやけど、何よりも、命が好き。この山は命が眩しい。生まれて、生きて、生んで、死んで........命の円環が滞りなく巡ってる。良い場所.......。」


「何故、人影を監視するんだ?あんた自身に思うところがあるからか?」

「私は、人影が.......嫌い。生き物に非ず。妖気であるというだけで、生きる『何か』。気持ち悪くて仕方がない。彼等は......命に相応しくない。」

そういうミコトは、少し不機嫌そうに見える。足元を見下ろし、おもむろにしゃがむと、手のひら程度の大きさの石を拾い上げた。

「この石と人影は似てるんよ。中には、何も無い。生き物の体内のように、複雑な器官は何一つ無くて、表面から中心まで、全て均一。言うなれば、生きる為の機構が無い。」

ミコトが石を人差し指と親指で摘んで、頼人へ見せた。

「もしも、この石が命を与えられたら........どうなると思う?」

「命を与えられたら......って」

難しい問いだ。滑稽に動き出したり、話したりでもするのだろうか?そんなはずはない。そもそも、石に命が宿っていることを目の当たりにした事も、それに類似するような体験もしたことが無い。

「想像もつかない.......。どうなるんだ?」

「答えは、こう。」

ミコトに摘まれていた石が、次第に色褪せ始めた。次第にボロボロになって、表面から小石が剥がれ落ちる。最後は塵となって、風に攫われていった。

「『死ぬ』........。何故なら、石には生きる為の機構が無いから、授けられた命を繋ぐことが出来ない。水面に放った火が、一切燃え盛らず、延撚することも無く消えてしまう様に、すぐに命は消えてしまう。」


彼女の手の上で起きた事。命を与えられたという石が『死んだ』光景。

問い詰めるべきなのだろうが、話題が一段落ついてからでも遅くはないだろう。

「それなら、人影は何故、ああやって動いて回る?命に相応しくないなら、今の石みたいに死ぬんじゃないのか?」

「それが、彼等の厄介なところなんよ。彼等には原点があって、その原点が人影のみに対応する仮初の命を作り出している。その粗製の命は、非現実の結晶である妖気でできた人影のみを、生命維持機能の有無に関わらず、生命体として成り立たせる。」

「それなら、その『原点』を殺せば、人影は消えるんじゃないのか?」

「そうね.......その通り。でも、ウチらにはそれが出来ないんよ.......。」

ミコトの表情は少し暗い。その『原点』とは、彼女にとって、浅からぬ関係のものらしい。


「無粋なことと分かってはいるが、どうしても聞きたい。ミコト、あんたの力はなんだ?」

「あ~.......君も気づいてるんやない?まぁ、ウチの口から言った方が信用してもらえるかな。」

ミコトが頼人を駆け足で追い抜き、少し前で振り返った。

「ウチの力は『命を与える』。どう?想像通りやろ?」

「そうだな。本当に予想通りだ。」

『命を与える』力。

聞いた限りでは、生物に作用するものなのだろう。しかし、それがどのような効果を現すかは、想像もつかない。更に、先ほどの石、非生物にも命は与えられるらしい。

「ほら、こうやって..........」

ミコトが道端から、適当な小枝を拾い上げた。

葉を全て散らし、乾からびきった樹木の末端。言わば、樹木の死骸。命の抜け落ちた形骸。

そのはずが、彼女の触れている箇所から、黄金の光が、枝の表面を這うように覆ってゆく。

次第に枝は根元から、生命力を湛えた色味を取り戻して行き、末端には瑞々しい黄緑の新芽がでてくる。芽吹いた葉は、尋常ではない速度で広がり、深い緑色に変わった。

枝も目に見える早さで成長してゆき、先端に淡い桃色の花をつけた。

「ね?」

ミコトが枝を地面に挿した。その後も、枝は成長を続け、あっという間に人の背丈を軽く超える程まで成長した。


「魂と違って、命は消耗品なんよ。生まれた瞬間から少しづつ消費しながら、生き物は生きていく。それやから、命が潤沢な若い頃は大きく成長するし、歳をとれば成長は止まって、やがて死んでゆく。」

「魂と命は違うものだったのか。初めて知った。」

「命に干渉する力を持ってて、命の残量を知ることができるウチにとってはね。でも、命も魂も、失えば死ぬんやし、あんまり変わらんよ。難しく考えなくてもいいんやないかなぁ。」

「そういうものなのか。」

「そういうものや。まぁ、ここまで聞いて教えてもらえんのも気持ち悪いやろうし、教えてあげる。簡単に言えば、肉体が乗り物、魂が操縦する人で、命は燃料かな。燃料が切れれば、動かんくなる。運転手が居なくても動かない。乗り物が無くなったら、運転手は投げ出されるし、燃料も零れる。3つあって初めて生き物なんよ。」

成る程、例えならそれなりにわかる。

「ちょっと待ってくれ。それなら今の、枝を成長させた事、おかしいんじゃないか?」

「どうして?」

「完全に死んでいた枝だ。命を与えても.......運転手、魂が欠けてるんじゃないか?」

その質問を聞いたミコトが、満足げに笑いながら頷いた。

「いい質問やね。頼人君。確かに、この枝には魂は無かった。それなら、なんで、再び芽吹く事ができたか?それはね、ほんの少~しだけ、ウチの魂を分けたから。」

「魂を分ける.......?」

「そう。言うなら、この枝は、姿は木やけど、命も魂もウチそのものなんよ。」

魂を分ける.......。そんな、突拍子も無いことを平然と語るどころか、実際にやってのける。

ミコトは全てを語った訳ではないはず。彼女のまだ語らずに隠している事を恐ろしく感じる。

「あ!だけどね、頼人君。魂を分けるなんて事、間違えてもしようとしたら駄目よ?ウチやからこそできるし、ウチでさえも与え過ぎれば死ぬんやから。.......まぁ、そんな事は不可能やろうし、杞憂やね。」

ミコトは欠伸を堪えながら、伸びをした。

「魂のことについて詳しく説明してると、時間がかかるから、また今度の機会に教えてあげる。それじゃあ、今度は君の事を教えてよ」


ミコトが覗き込んでくる。銀髪こそ頼人と同じではあるが、瞳は頼人のブルーとは対照的に、ルビーのような赤をしている。

彼女は自らの事をあれだけ話したのだ。俺も自らの力のことを教えなければ、彼女が割りに合わないだろう。


「俺の力は『光』だ。こうやって、銃を形作って戦う。光とはいえ、実物みたいに触れる事ができる」

左手に全長300mm程もあるリボルバー式の拳銃を作り出した。それを遠くにある岩へと向けた。

六発に及ぶ発砲音。人の胴体より少し大きい程の岩は、中央から上が砕け落ちた。

「銃は俺のただの趣味さ。偶然、廃墟で拾ったカタログに心惹かれてな。」

軽く振られた拳銃は、弾倉の位置で2つに折れた。剥き出しになった弾倉から、空の薬莢が飛び出してきた。

足下に6個の空薬莢が転がり落ちる。


「妖気の銃なら、リロードなんて不要じゃないの?」

首を傾げるミコト。

頼人は手のひらの上へ、六発の銃弾を備えたスピードローダーを生み出した。

「あんたが命にこだわるのと同じさ。これは俺の拘りだ」

あっという間に再装填すると、銃を消してしまった。

「撃つのと同じで、リロードも楽しみの1つだ。側から見れば、無駄だろうけどな」





「むっ......?止まって、頼人君。命が見える......」

暫く歩き、森も深まって薄暗くなった辺りで、ミコトが頼人を引き止めた。

頼人の目には、鬱蒼と茂った樹々しか見当たらないが、彼女の目には何か違うものが映っているのだろう。


「人影よ......」

目の前の地面から、墨汁のようなドス黒い妖気が染み出してきた。湧き出したそれは泥沼のように広がり、意思を持つかのように立ち上がった。

2体の人影。

片や、右腕の肩から先が長大な鎌となっている。ただ普通に立っているだけで、大鎌の刃先は地面を擦りそうな程に長い。あんなもの、切りつけられれば、ひとたまりもないだろう。

もう一方は、頭部が妙に機械的な見た目をしている。........いや、知っている。あの頭は.......。

「狙撃型ッ!!ここにも出るのかっ!?」


「あの不思議な頭の人影、見たことあるん?」

「俺と同じ武器を使う!ミコト、あんたは下がってろッ!!」

そう言われて、ミコトは頷いた。

彼女の足元が黄金に輝いたと思うと、そこから樹木が斜めに急速に成長した。彼女は伸び上がる木の梢に捕まったまま、後方へ下がる。

彼女が人影と距離を置く。ミコトから離れた樹木は命を使い尽くし、そのまま枯れて倒れた。


ガンホルダーから、二丁拳銃を抜く。

両手で一丁を構えるなら、リボルバー式拳銃。

両手に二丁を構えるなら、オートマティック式拳銃がカッコいい。あくまでも頼人個人の見解だが。


先に狙撃型へと、一息に間合いを詰めた。

銃が大型であればある程、初速、威力、精度などの性能は向上する。しかし、ある一点が低下する。

それは『取り回しの良さ』。

銃とは、戦いの道具であって、戦いそのものではない。あくまでも、道具は使い易くあるべきだ。

完全に懐に入り込んだ。

この間合いでは、狙撃型の銃は重荷でしかない。いっそのこと、銃など投げ捨てて、素手で殴りかかった方がよっぽど強いだろう。

しかし、人影にはそれが出来ない。体の一部が銃に置き換わっている彼らにとって、銃を捨てるという事は、自分の腕などを捨てるという事だろう。

頼人が両手を大きく引く。隙が大きい。しかし、そのような事は一切問題ではない。何故なら、既に至近距離、狙撃型の攻撃範囲外にいるからだ。

後ろ足で全力で地を踏みつけ、引き絞られた弓の弦を手放すように、両手の拳銃の打撃を人影へ『撃ち込んだ』

ガァンッ!!!

銃声が響き渡る。ほぼ同時に鳴った銃声は、まるで一発分であったかのような爆音を放った。

人影の上半身は食い破られたかのような大穴が開く。

更に、人影をゼロ距離で貫いた弾丸は、背後にあった杉の木の幹に命中し、幹の半分を砕き、横倒しにしてしまった。


「な.....っ!?なんだ、これはっ!?」

その光景を目撃し、最も目を丸くしたのは他でもない、祇田頼人自身である。

「俺の、俺の力が........飛躍的にっ?!」


頼人の扱う銃器。その中でも、頻繁に使用する4種類がある。

大型二丁拳銃『Light & Bright』

A.M.R『Sheen04』

ポンプ式ショットガン『Luster』

クルップ式無反動砲『Bright-Maker』

今、頼人が人影へ撃ち込んだ銃は『Light & Bright』である。

この銃は、基本で限界射程を10mと定めてある。それ以遠は、拳銃、更に片手撃ちでの命中精度は著しく低下するからである。

また、更に限界射程を縮める事によって、弾丸の威力を引き上げる事もできる。逆も然り、威力を下げ、限界射程を20mまで伸ばす事も可能。


人影へと頼人が叩き込んだ攻撃。

それは、『Light & Bright』を使って、両手に持った拳銃の銃口で殴りつけ、敵に銃口が密着した瞬間に発砲という荒々しいものだ。

射程を限界まで『min』にする代わりに、威力を『max』まで引き上げる荒々しい銃の使い方。二丁拳銃は接近武器であると割り切った上での使用法だ。


当然、今しがた人影へ撃ち込んだものもゼロ射程、最高威力の一撃だ。

否、最高威力と思っていた一撃だった。

その威力は放った本人の想像を遥かに凌駕した。更に射程ゼロのはずの弾丸は、7m程奥の木の幹を砕き折った。

これができるのは『Sheen04』。

或いは『Bright-Maker』くらいのはず。

少なくとも大型二丁拳銃である『Light&Bright』が持つような威力ではないし、拳銃が対物ライフルに勝るような威力調整はしていない。

つまり、射程7mの時点で、以前の射程ゼロの威力を持つまで頼人の力が増している。


「射程ゼロなら、どれ程の威力を......?!」

恐る恐る、射程を限界まで低下させる。いつもと代わりない。普段通り、心地よい重さの使い慣れた拳銃。

動きの止まった頼人へ向かって、大鎌型の人影の刃が振り下ろされた。

ギシィ!!

火花が飛び散り、大鎌は頼人へ届く事なく止まった。頼人の頭上で交差する拳銃に挟み込まれるようにして、動きを制された大鎌。

体を捻り、大鎌へ横向の力を加える。

予想通り。武器は凶悪で力こそ無駄に強いが、バランス感覚が悪い。少し揺さぶるだけで、人影は簡単によろける。

「オラッ!」

大鎌に銃を叩きつけ、そのままトリガーを引いた。

先程までとは比べ物にならない程の、激しいマズルフラッシュと共にバギャン!と硬い物が割れるような音が響いた。音の通りに大鎌は砕けて散らばる。破片はすぐに溶けて消えてしまった。

片腕であり、唯一の武器を失った人影は、できる事がなくなり、その場で立ち尽くす。

その胸へ銃を突きつけた。

「じゃあな」

人影の上半身は衝撃に耐えきれず、水風船に針を刺したかのように弾け飛んでしまった。


「あんな、弾け飛ぶんやね......」

ミコトが歩み寄ってきながら、飛び散って周囲の地面や木々に付着した、黒い粘着質の妖気を眺めた。

「銃弾は貫く事だけで殺す道具じゃない。撃ち込まれた銃弾が生み出す空洞によって殺す道具だからな」

「そうなん?てっきり、撃ち抜かれるから死ぬのかと、思ってたよ」


「確かに、貫く銃弾が作る穴.....『永久空洞』と言うんだけどな、その永久空洞上の器官は確実に破壊される。銃の殺傷能力の大きなファクターだ。しかし、それだけじゃない。銃弾が通過する瞬間の衝撃は『瞬間空洞』と言う、弾より遥かにデカい穴を、一瞬だけ作り出す」

「うわぁ.......恐ろしいわ.......」

「筋肉なんかの、弾性に富んで強靭な組織なら、瞬間空洞にも負けずに元通りだがな。それでも、それ以外の内臓や血管はそうはいかない。脆い器官は、ほんの一瞬の大きな圧力でも、破壊は免れない。傷跡は小さく見えても、その周囲の器官はズタボロって訳だ」


「銃弾ってのは、対象に渡す運動エネルギーが大きければ大きい程に良い。瞬間空洞がデカくなるからな。そう考えると、貫通する弾丸ってのは非効率的だ。貫いてなお、飛翔する運動エネルギーを残してるって事だからな。それなら、効率の良い弾丸とは?.......簡単なことだ」


「全てのエネルギーを、対象に余す所無く。出し惜しみする事無く。貫通する事無く。与え切る銃弾こそが、最高効率って訳だ。相手を貫かず、体内に残留する弾丸だ」

「体内に残留する弾丸.......」

思いの外、ミコトは興味津々に聞いてくれている。それで良い。

命について語ったミコトと同じ。銃について語るのが、俺なりのタネ明かしって訳だ。


「銃弾の歴史は、どれだけ運動エネルギー効率よく伝えるかに尽きる。射程も精度も貫通力も、それの手段に過ぎない。体内で潰れる、裂ける、砕ける、転倒する......実に様々な『止め方』が開発された。しかし、それらには大きな前提が1つある。それは.....」


「一度、撃ちだした弾丸はコントロールが効かないって事だ」


「銃弾が銃口を飛び出した瞬間から、銃や射手のコントロールは効かない。安定性、貫通力、殺傷力、追尾機能なんかは、全て弾次第。だからこそ、弾は研究され、射手に都合に合わせた進化をしてきたと言える。それなら、その大前提が存在しなければ?」

「射手がコントロールできる弾......頼人君、君の妖力やね?」

「その通り。俺の大型二丁拳銃『Light&Bright』は、定めた射程内で目標に当たりさえすれば、好きな位置で止める事が出来る。どんな弾速であれ、好きな位置でエネルギーを放出させる事ができる。それが可能なら、こんな戦い方も生まれる」


拳銃を持ったまま、正拳突きを繰り出す頼人。腕が伸びきった瞬間に、銃は火を吹いた。

「銃の歴史を踏みにじる驚異の射程ゼロ。銃弾は銃口を出切った瞬間に消滅する。命中させるには、銃口を突き付けるしかない.......が、俺の銃弾は『射程内で目標に当たりさせすれば、好きな位置で止められる』。弾が銃口から出る前に当たれば.......最小射程、超威力の弾が100%のエネルギーで、目標を破壊する」

「好きな位置で止めるってのも、タダで手に入れた訳じゃ無い。.......射程と威力の反比例。射程を伸ばせば威力が落ちる、威力を高めれば射程が縮む。この欠点とも言える『Light&Bright』の特性を代償に得たものだ」

頼人が両手の拳銃を振ると、マガジンが抜け落ちた。マガジンは地面に落ちた瞬間に消滅し、手のひらへ生み出された新たなマガジンが装填される。

拳銃を再びガンホルダーに仕舞ってから、頼人は、パンパン!と両手を払った。

「まぁ、欠点のようなものを、欠点と捉えるか、特性と捉えるかの違いだな」


「そういえば、さっきの人影たちだが、破裂した理由を言ってなかったな。銃弾の与えたエネルギーによって生まれた瞬間空洞に耐えきれず、破裂した。まるで空気を入れ過ぎた風船のようにな」


「........と、まぁ、これが俺の能力だ。........あ、すまない。あんたは人影を観察しに来たって言ってたのに、勢い余って倒してしまった......」

「ん?あ!......いや、良いよ。人影なんて、探せば幾らでもいるやろうし、ウチの知りたいのは、人影の様子やからね。いつも通り、倒してくれて構わんよ。」

「そ、そうか.....」





「おい、待ってもらおうか。」

突然、顎へ冷たい物が当てられた。背中にも、何かが触れる感覚。

.....知っている。これは背後から、首元へ刃物を突きつけられている。

体を動かさずに、横目でミコトを確認する。

彼女もまた、両手を背後に取られている。ミコトを抑える武器は棒のようなものだ。

いや、両端を見て分かった。槍か。

片側には30~40cm程度の刃、もう片側には刺々しい鉄塊が備えてある。

どうにも俺たちは、面倒な輩に目を付けられたらしい。

「なんだ?あんたらは」

「答える義理はない」

帰ってくるのは、感情を抑えた冷たい言葉のみ。どうやら、向こうに会話をするつもりは無いらしい。

「事情は知らないが、こちらにも黙って連れて行かれる義理は無い。あんたには悪いが......」

「待って!」

拳銃を引き抜こうとしていた頼人の手を止めたのは、ミコトの声だ。

「頼人君、ここは従おう。彼等の命は邪なモノじゃない。この山に生きる澄んだ命なんよ。彼等の言う通りにしよう」


「.......あぁ、分かった。おい、さっさと連れて行け。気が変わらない内にな」

「ふん......」

両手首を囲うように、8の字の妖気の輪が広がった。それは急速に収縮し、両手を拘束してしまった。

良かった。もしもの時も、この拘束ならリボルバーくらい構える事が出来るだろう。ミコトのように、後ろ手に縛られなかった事は不幸中の幸いだ。

「さぁ、進め。暫く歩くぞ」

背中を押されて前に進む。刃物を首に当ててると言うのに、危なっかしい野郎だ。

癪に触るところもあるが、ここはひとつ抑えて大人しく従う。

ミコトの言うように、この山の純粋な命であるならば、こいつらにはこいつらの家があるだろう。それも、これだけの金属製の武器を作れるくらいだ。大きな集落かもしれない。

牢屋に叩き込まれるにしろ、縛り上げられて晒し者にされるにしろ、山を不毛に彷徨うよりも、幾分マシだろう。

対立を止めてくれたミコトには、感謝しなければならないだろう。


しかし、刃物を突きつけたこの野郎。

声で男とは分かるが、それ以外は一切、分からない。視界の隅にも、姿をチラつかせない。

それに、気付かれずに2人同時に拘束する手際、素人のそれではない。

こいつらの集落があるとして、恐らくこいつらは、哨戒や戦闘を生業とする者だろう。

ここに来る以前、あの荒廃した大都市での自分のようだ。

何か適当に話題を振るか。何かしら得られるなら万々歳だ。まぁ、結果は目に見えているが。

「俺たちをどこに連れて行く気だ?」

「.........」

「無視かよ」


だろうな。概ね、想像通り。

黙殺するのは当然だ。信用ならないから、こうやって拘束している。信用に値しない奴に無駄な情報を与えるのは愚かだろう。

頼人が少しもぞもぞと動いた。

まるで、何か隠しているように、如何にも怪しげに。

「くっ......!」

今度は肩の下で腕を胸部諸共、拘束された。

肘から先が動けば、銃は構えられるが......これ以上、妙な事をするのは止そう。

「妙な事を企むのは止めた方が良い。命は惜しいだろう。」


命は惜しいだろう。

つまり、こいつらは俺たちを殺す意思はない。

連行される際、こいつらがカニバリストとかだったらどうしようか、などと心配したが、その心配は無いようだ。

あくまでも、こいつらにとって俺たちは、森を徘徊していた不審者であり、何をするか分かったものじゃないから連行した、と言うことか。

命は惜しいだろう。と言う言葉が、真意であるか脅しの虚言であるかは分からないが、恐らく前者だろう。

こいつらには俺たちが抵抗した場合、殺す権限を与えられていると考えられる。

こんな武器を携えていて、私達には殺す権限はありませんってのも、変な話だ。殺す権限が無ければ、こんな、一歩間違えば死んでしまう武器なんざ、使わないだろう。

生け捕りだけなら非殺傷武器で十分。棒なり刺股なり持って来るはずだ。


「命なんて惜しくねぇから暴れるぜェ~!!.......とでも言ったら?」

「言葉の通りだ.......。無駄口を叩くな、黙って歩け」

「むぐっ?!」

あぁ、クソ。

今度は妖気の猿轡かよ。





どれ程歩いただろうか?

山道の傾斜が大分きつくなって来た。山へ入った時は、獣道紛いの小道程度の細い道だったが、今はしっかりと踏みしめられて整備された道になっている。

曲がり道を抜けると階段が始まっており、看板が立っていた。

随分と長い間、風雨に晒されていたのだろう。

文字は掠れて、虫食いも多いが、辛うじて読める。

階段の先を指す矢印と『白狼の里』と言う文字だ。

「何を止まっている。歩け」

看板を眺めて遅くなった頼人は、再び背後の男から押された。

かなり長い階段だ。途中で曲線を描いている為、終着点が見えない。

それでも、10分程登り続けていると、ゴールが少しづつ姿を現してきた。

木造りの門が見える。入口の両縁には門番が2人立っている。

門の目の前に辿り着くと、頼人達を背後で拘束する2人に気が付いた門番が頭を下げた。

「天樹かおるさん、あやめさん!お疲れ様です」

「ところで、その者達は......?」

「御勤め御苦労。こいつらは山麓で捕まえた妖怪だ。この山で見たことの無い奴等だったのでな。念の為に確保した」

「左様でございますか.......では、妖封じの檻を用意したします」

「あぁ、頼む。それと食事もだ。昼時は過ぎたが、こいつらは何も口にしていない」

「承知しました。すぐに用意しますので......」

門は屯所となっているらしく、指令を受けた門番が門の窓へ声を掛けると、5人が飛び出してきて、集落の奥へ走っていった。


さて、やっと目的地に着いたわけだが、どうにも処遇がおかしい。檻に閉じ込めるまでは分かるが、食事まで律儀に用意するものなのか?

いや.......それよりも、気になるのはあの門番の装いだ。頭に飾りをつけていた。まるで動物の取り分け、狼の耳のような三角形の物。

何故だ?

狼の耳を装飾品にするから『白狼の里』なのか?


促されるまま、里の奥へ進んで行く。中央の広場と思しき場所へ着くと、先程の門番が駆け寄ってきた。

どうやら、檻の用意が済んだらしい。広場の中央に聳える巨木の根元に、2つの檻が置いてある。

「さぁ、入れ」

それぞれ、檻に押し込まれると、そのまま外から鍵を掛けられた。

身体の拘束を解かれた2人は、凝り固まった身体をほぐすように動かす。

猿轡のせいで、口元が痛い。


この時、初めて2人を拘束した者達の姿を見た。

1組の男女だ。

1人は白の長髪の女性。しかし、その髪は毛先に向かうにつれて、黒髪に変わっている。

不思議な髪をした女性だ。

もう1人は黒髪の男性。女性の髪とは対照的に、黒がベースで所々に白い髪が見受けられる。

女は槍を手に持っている。

その一方で、自分を拘束していたと思われる男を見た頼人は、言葉を失っていた。

巨大な鎌だ。草刈り鎌などでは無い。人でも簡単に刈れる程の鎌。

成る程、刃が曲線を描く鎌なら、喉元に突き付けられている時に、横目で見ようとしても視界に入らないはずだ。

少し納得しかけた自分を、違う違うと振り払う。

いや、おかしいだろ。デカ過ぎるだろ?

人の身長とあまり変わらない剣なら、武器としても納得いくが、人の身長とあまり変わらない鎌とか、異様としか言いようが無い。

この男、何者だ?


「まずは、手荒な真似をした事を詫びよう。すまなかった。俺は『天樹かおる』という」

「えっと、私は『天樹あやめ』です」

思った以上に丁寧な対応に拍子抜けする。

「俺は『祇田頼人』だ」

「ウチは『ミコト』ていいます」


「祇田頼人にミコトか。ここに来てもらったのは理由がある。無礼な事は百も承知だが、怒りは堪えてくれないか」

「いや、怒りは.....まぁいいとして。あんたらの頭につけてる飾りが気になるんだが?」

さっきの門番と同じように、この2人にも当然、狼の耳のような装飾品がある。

しかし、装飾品というには少し引っかかる点もある。

かおるはツンと立った耳をしており、あやめはタレ耳だ。それだけならば、偶然かもしれないが、色が気になる。

髪の色と同じように、かおるは黒ベースの白い毛先。あやめは白ベースの黒い毛先だ。


「飾り........?あぁ、これか」

ぴょこん!

はぁ?!今、ぴょこんって動いただと?

「変なこと聞くが、それは......実物なのか?」

「あぁ、そうだ」

実物だと?!という事は、こいつらは狼人間?人狼なのか?!

「人狼なのか?」

「何を言っている。白狼天狗だ」


開いた口が塞がらない。そんな頼人を見たかおるが、はぁ.....と溜息を一つ吐いた。

「知らないのか、白狼天狗。難しく考えるな、狼の妖怪の一種だ」

「そ、そうなのか......」

あまり考え過ぎるのも、良くない気がして来た。世界観が違い過ぎる。

妖怪ってなんだよ。子供向けの絵本でしか見たことが無い。

「食事の用意が済みました」

割烹着姿の女性の白狼天狗が2人、料理を運んできた。檻の下側にある受け渡し用の隙間から、お盆ごと食事が差し出された。

しっかりと火の通った骨付き肉、これは鹿の肋か。それと汁物。この山で採れる山菜を使っているのだろう。

素晴らしい食事だ。囚人に出すには素晴らし過ぎる。どうしても、手が伸びない。

「どうした?お前の食事だ」

天樹かおるが不思議そうな顔をする。頼人は静かに答えた。

「あんた達は初対面である俺を信用はしていないだろう。同様に、俺もあんた達を信用はしていない。檻の中とはいえ、この厚遇。何か、思惑があるか、それだけは知りたい。思惑が何であるかは、どうでもいい。それの有無だけは知らなければ、俺たちはこれを口には出来ない。なぁ、ミコト......」

「んむ?」

鹿肉を口に含もうとするミコト。

皿の上は半分以上無くなっている。随分と箸が進んだようだ。

......少し、待っていて欲しかった。


「分かった。........その通りだ、確かに思惑がある」

この食事が思惑の代償なのか、機嫌取りなのかは分からんが、ミコトが美味しそうに食べているという事は、毒の類は入っていないだろう。


「そうか。ならば、敢えてその思惑に乗ってやろう」

料理を口に運んだ。

美味い。ほんのりと味付けされされている。

塩...とは少し違うな。塩味のだけではなく特有の旨味がある。

「美味いな」

「そうやねぇ。とっても丁寧やね」

ミコトは既に、食べ終わっているようだ。

頼人が料理に舌鼓を打っていると、こちらへ誰かが近づいてきた。天樹の2人と似た装いをした男性だ。無関係ではないだろう。

妙に光の弱い目をしている。まだ年は俺と変わらない位に見えるが、彼の中には、大き過ぎる負の感情が宿っているのかも知れない。

「はじめましてだな。俺は大狼樹。天樹兄妹の上司といったところだ。彼等から話は聞いているだろうか?」

「あぁ、何か思惑があるってな」


「そうだ。......単刀直入に言おう。君にはこの里の兵となって欲しい」

「.........」

この里の兵になって欲しい。俺の解釈が間違っていなければ、この里を守る為に戦う駒となれという事か。

「一昨年にこの山で事件があってな。その際に、この里は大きく力を下げた。苦渋の決断として去年から、この山の中で見込みのある者を戦力として迎え入れる事になっている。そして、君達は見込み有りと判断された。無論、見返り無しとは言わない。衣食住は完全に保証する。負傷や病の治療も受けられる。この山で生きる上で、この上ない好物件だ」


「ちょっと待ってくれ、大狼樹さんよ。随分と勝手な事を言っているようだが、つまりはこうだろ?『野良のお前を飼ってやるから、主人の為に命を賭して戦え』ってことだろ?別に言葉から棘なんか抜かなくていい。はっきり言えよ」

少し挑発しすぎたか。いや、丁度いいかもしれない。この程度で俺達を諦めるようなら、協力しても、その程度の扱いだろう。

「無理にとは言わない。しかし、本来閉鎖的な白狼天狗が、外部に協力を求めるこの事態。非常に深刻だ。君達だけでは無い。君達の他にも数名、力強い妖怪が味方になってくれた」


「頼む!この通りだ......っ!俺はこの里だけは、何に変えても守らなければならない!都合の良い話なのは重々承知だ。だが、この提案、一考してはくれまいかっ!!」

わざわざ、ここまで出てきて、これ程重大な事を俺達に頼み込む所を見ると、この男が組織の頭だろう。

そいつか頭を下げた。これは白狼の里全員が、頭を下げて頼み込んでいるに等しい。

トップを知る人間として、どれ程重たい決断を下したのか、よく分かる。

「........分かったよ、協力してやる。あんたはどうする?ミコト」

振り向くと、ミコトが首を捻り、考え事をしているのが見えた。

「一昨年......山.....事件.....襲われた集落.........か。ん?頼人君、何か呼んだ?」

「え?あ、いや、彼等の味方をするかどうかの話をしてたんだ。俺はともかく、あんたの身の振り方を、俺が決めてしまうのはいけない。あんたの意見が欲しい」

「私は、君と同じで良いよ。頼人君」

どこか上の空で、あまり話を聞いていなかった様子のミコト。


「それでは、協力してくれると?」

「あぁ、その通り。祇田頼人とミコト。あんたらに世話になる」

大狼は一安心したのか、安堵の表情を浮かべた。しかし、ミコトは先ほどと変わらず、小難しい表情を浮かべている。


「祇田.......頼人?」

大狼が小さく呟いた。訝しげな表情をしている。俺が何かしたのだろうか?

話がひと段落ついた時、頼人達が入ってきた門とは逆側のより大きい門から、人が出てきた。

「お~い!樹ぃ~!一通り終わったよ~!!」

男2人組。この里の者達とは格好が逸脱している。ちょっと待て?それどころか、片方にはなんだか見覚えがあるような......?

「あぁ、分かった。隼也、灯」


灯!やはりか!

あの声、あの体格、あの服装。俺の予想は外れていなかった。

「あ、あぁーーーー?!頼人ぉっ?!」

灯は大口を開けて、唖然としている。

当然か。灯が俺たちの世界に来たと思えば、今度は俺が、灯達の世界にお邪魔しているのだから。

「よう、灯。捕まっちまった。早く言ってやってくれないか?この拘束を解いてくれと」


2人のやりとりを見た大狼が不思議そうな顔をした。

「なんだ?灯、知り合いなのか?」

「しっ、知り合いも何も、この人ですよ!俺が夢の世界で一緒に戦った人は!」

「夢の世界?俺たちが出逢ったのは、紛れもなく現実だった。俺にとっては今が、より夢らしいな」


2人を見て、かおるが閉ざしていた口を開いた。

「樹。この祇田頼人って男だが、凩谷灯の知り合いなら信用できる。そして、こいつの戦う所を、俺たちは隠れて見ていた。警備隊とは言わず、討伐隊でも良いんじゃないか?」

「確かに、信用も強さも十二分だろう。だが、これは通過儀礼だ。信用できるからと言って、入隊させた後に、彼が負傷するような事があってはならない。試験は例外なく行う。それよりも、俺が気になるのは........」

大狼の視線を辿ると、その先はミコトへ向けられていた。檻の中に体操座りして、妖封じの札を眺めている。


「一つ、質問いいかな?」

ミコトは札へ息を吹きかけて靡かせながら、顔を合わせずに声をかけた。突然のミコトの声に、皆が動作も会話もやめて、注目する。


「君.......もしかして、隼也君やない?」

その場の全員の視線が、ミコトから隼也へ移り変わる。隼也は驚いた様子を見せずに、静かに答えた。

「あぁ、そうだけど」


「やっぱりやな、うん。マグナの言ってた通りやね」

「え......?今、何て.....?」

場の空気が凍り付いた。全員が驚愕の表情を隠し切れない。ミコトは、確かに言い放った。

『マグナ』と。


ガシュッ!!!

一瞬の硬直の直後、異質な音が鳴る。

檻が中に収めたミコトごと、巨木の幹へと叩き付けられた。

「酷いわぁ。ウチはなぁんにもしとらんのに」

巨木の幹に沿うように変形した檻。檻を幹へ押し付けるように突き立った剣。ミコトを凶悪な眼差しで睨みつける大狼樹。

檻は異様に変形し、突き立てられた剣を絡め取って、ミコトの前で止めている。

「今......マグナって言ったな?」

「えぇ」

「リンという男を知ってるか.....?」

まずい!

もしも、ミコトが肯定したとしたら!

かおるが、2人を止めようと声を上げようとする。ミコトが一言を発する前に、気を散らせるために。

しかし、一手遅れだ。


「知っとるよ」

檻が横へ真っ二つに割れた。斬撃はそれだけに留まれず、巨木の幹へ大きな切れ込みを残す。

しかし、その切創は急速に閉じてしまった。そう、まるで自ら傷を癒したかのように、新たな組織が傷を塞いだ。

「ダメやろ?そんな、無抵抗の命を巻き込むような真似したら」

声を追って木を見上げると、ミコトを抱きかかえるように成長した枝の上から見下ろしていた。

「あの暴れん坊さんが君に何したかは、ウチは知らんけどねぇ.......」

大狼の振り抜いた剣から、赤黒い妖気の刃が飛んで行く。ミコトのいる枝もろとも、巨木の枝を幾らか切り落とした。

「君も組織の人間なら気づいてるんやないの?ウチらだって、一枚岩の仲良しさんやないってことくらい」

宙に飛び出したミコトは、フワリと着地して大狼樹を睨みつける。

しかし、今の大狼に、声など届いていないだろう。既に大狼自身が言葉を発していないところを見ると、正気は失っているはずだ。おまけに味方の声ならまだしも、心の芯から憎い敵の声など、彼の凶行を更に加速させるのみだ。


「かおるさん!あれ、止められないんですか?!」

灯が必死な表情で、天樹かおるへ助けを求める。しかし、大狼樹を良く知るかおるこそ、この状況がどれだけ危険な状態か、そして、どれだけ止められないかを理解している。

理解しているが故に、灯達を更に押し下げた。

周囲の声も状況も関係なし。ミコトしか視界に入っておらず、彼女を倒すまで止まらないだろう。

体からは絶えず黒い妖気が立ち昇り、目だけが赤い光を放っている。


「がアァッ!!」

既に人の声ではない。狼と変わりない咆哮。

全力で振り抜かれた剣は妖気の刃を生み出し、射線上の建物まで切り落としてしまう。

本当に見境なく、ミコトしか見ずに戦っているらしい。

「先に謝っておかないとな。本当に申し訳ないけど........この広場、少し使い辛くなるとおもうわ」

ミコトは、その光景を憐れむような目で見ながら、静かに告げる。

懐へ手を入れ、何かを取り出した。

「こんなこともあろうかと思って、事前に拾っておいたけど......できれば使わない方が良かったな」


ミコトが、懐から取り出した何かを、大狼の足元へ転がした。まるでサイコロでも転がすように優しく、軽く、それは放り投げられた。大狼は垂直に跳んで、いとも容易く回避する。

その瞬間、ミコトはフフッ........っと不敵な笑みを浮かべた。


「信じとったよ、君が確実に避けるって。君はウチらの事、何よりも嫌いみたいやからね。そんな嫌いな奴の投げたドングリ、大切な剣で斬り払うなんて、気持ち悪いやんな?」

地面から急速に植物が伸び始めた。それは、跳んでいる大狼の足へ絡み付いて捕らえる。

大狼樹も黙って捕まる訳がない。足に絡む植物を切り払って、なんとか脱出を試みる。しかし、植物の成長速度に追いつけない。


「植物っていうのはね、とーっても強い生き物なんよ。君は胴体を断たれて、生きていられる?生まれて一ヶ月で大人まで成長できる?」

大狼樹を飲み込んだ植物は絡み合い、広場の巨木と比肩する程に成長を遂げた。大狼は、幹から四肢を飲み込まれ、胴体だけが外に出ている。

先程までの憤怒と荒々しい妖気が嘘のように、気を失って力無くこうべを垂れている。


「荒々しい手を使ってごめんねぇ。でも、こんな手を使わざるを得ない程に、君は強かった。.......植物は幹を断たれても、しぶとく新芽を伸ばす。君もより成長して、リンへ近づかないとね」

意識のない大狼の頬を、ミコトが撫でる。大狼の全身を、淡い黄金の光が包み込み、顔や腕の無数の擦過傷が跡形もなく塞がった。


ミコトはすぐに皆へ背を向けて、立ち去ろうとする。

「おい!待ってくれ!」

それ呼び止めたのは頼人。ミコトは足を止め、こちらを振り返る。

「ウチも、こんなつもりで此処に来たわけやないんやけど、こうなってしまった以上、仕方ないよ........。言い訳がましく聞こえるやろうけどね」

再び、ミコトは背を向ける。

「大狼君のことは安心して、その木はすぐに命を使い果たして枯れるから、しばらくすればすぐ出れる。頼人君、君のエスコート、楽しかったよ」

そう言い残したミコトは、空へと飛び立っていった。飛行機雲のように、黄金の光の尾が残り続けていた。







「あのミコトとかいう妖怪......。どうやって妖封じの檻の中で妖術を使った?」

かおるは、見る影もない程に変形し、両断された檻を調べている。檻の蓋へこびり付いた、真っ黒な紙片を剥がして眺めた。

「妖封じの札もこんな.....。妖気を持つ存在には触れられないはずなんだが.......」

「『命』だ。」

かおる隣へ立ったのは、頼人だ。

「どういうことだ?祇田頼人」


「ミコトの能力は『命を与える』だ。その檻は妖気を遮断できても、命は遮断できるのか?」

「...........成る程ね。妖気はあくまで体外へ出していないと。体外へ放ったのは、命。だからこそ、木製の檻はミコトを守るように成長したってわけか」


「なら、この札はどういうことか?この札は、妖気を持つものは触れられん。それがここまで不自然に変化して、効能を失っているのはどういうことだ。......更に、この札にも命を与えられたとするなら、何故成長しない?」

かおるは、真っ黒な紙片を指に挟んで、ヒラヒラと振っている。頼人はミコトの話を辿るように思い出しながら、確信を持って答えた。

「与えられたんだろう、命をね。しかし、木製の檻ではなく『紙』であるなら、彼女の命の特性に引っかかるはずだ」

「なんだ?それは」


「命を繋げない物に命を与えると、その物は『死ぬ』らしい。一度、見せてもらった。彼女が石に命を与えると、その石は不自然に自壊を始めた。それを彼女は『石が死んだ』と言っていた。檻を構成する木材には、生きていた頃の組織がそのまま残っているはず」

「紙は加工されており、命を繋げるほど組織が残っていなかった......よって、札は死んでしまった。ということか」


「そんな優しい理由ならいいな」

「樹!目を覚ましたか!」

両手足を幹に巻き込まれたままだが、顔を上げている。すっかり冷静さを取り戻したようだ。

「あれは........妖怪なのか?悪いが、俺には妖怪を超えた何か、としか思えなかった。それこそ、そんな檻程度に収まらないくらいのな」


「戦いにおいて、目配りが重要なのは言うまでもない。相手の視線や動作から、次の行動を読まなければならないからな。........しかし、俺と戦っていた時も、あいつは俺なんて見ていなかった。もっと別の何かを見ているようだった」


「別の何か.....か。思い当たるものは一切ないな」

かおるが腕組みをして考え込む。

「大狼さぁーーーん!」

その時だった。里の関所の方から、白狼天狗が焦った様子で走ってきた。

「どうしたんだ?」

「山道に不審な影有りです!妖怪が3名。此方へ向かってきています!」



「そうか。かおる!」

「あぁ、分かった。俺が行こう」

大狼樹の指示に、かおるは頷く。

「あやめと竜胆も連れて行くんだ」

「承知した」

かおるが関所の方へと駆けて行った。

「樹!」

それを見て、隼也が声をあげた。

「もしかすると、その3人の内の1人は、俺が別の世界で助けようとしたヤツかも知れないんだ。行かせてくれ!」

隼也の提案に、ほんの一瞬だけ大狼が口籠る。

「......そうだな。隼也、お前も行ってくれ。1人がお前の知ってる奴の可能性は高い。しかし、他の2人は、ミコトの仲間の可能性も高い。ミコトは、戦う為に来た訳ではないと言った。無用な争いが起ころうとするなら、隼也、お前が間に立て」

「ありがとう!行ってくる!」

大狼の言葉に隼也は一つ頷き、先行した天樹たちの後を追って、飛び出していった。


「あの......俺らはどうしたらいいかな?」

二転三転する事態に置いていかれた灯が、居心地悪そうに大狼を見る。

「そうか......凩谷灯、祇田頼人。お前たちは討伐隊に加入していなかったな」


「お前たちの力を見込んで、頼みたい。俺はこの通り、身動きが取れない。里の防衛をしている累葵、犬走椛、星良蓮を手伝ってはくれないか。この通りだ」


大狼が動けない状況で、精一杯に頭を下げた。

それを見て、鼻で笑った頼人が頼人が一歩前へ出た。

「人に協力を仰ぐにしては、少し頭が高いな」

「え?頼人?待って....」

灯は空いた口が塞がらない。頼人がガンホルダーから抜いた拳銃を、大狼の顎へ押し付け、強引に顔を上げさせた。

「わかった、頼まれてやる。頼られるのは得意分野だ。その代わり、一つ条件がある.....」


「頼む時には頭を下げるな、だ。組織の頭がみっともない。もっと仲間を信頼しろよ」

頼人が踵を返し、里の外へ歩き出す。灯も、笑顔でサムズアップをして、その後についていった。

「ありがたい......!本当に......」








「かおる、何か感じるか?」

「あぁ、ハッキリと感じる。まだ姿は見えないが、確実にいる。妖気を抑えた3人だ。それも『途轍もなく大きな妖気を抑えてる』奴らだ」

天樹かおる、あやめ、双羽竜胆が山道を並走して駆け下りる。

里の中ではまだ感じられなかったが、山を降りれば降りるほど、鮮明に妖気を感じる。

この距離ならば、謎の3人はまだ山道の序盤。山を登り始めたばかりといったところだろう。

「これは.....」

かおるが不審そうに眉をひそめる。

「どうしましたか?お兄様」

「少し速度を緩めよう。増援だ」

白狼天狗と鴉天狗のハーフである天樹兄妹。

しかし、どちらの血をより濃く継いだかによって、兄妹の能力は大きく違う。

鴉天狗の血を濃ゆく継ぐ兄、天樹かおる。

白狼天狗の血を濃ゆく継ぐ妹、天樹あやめ。

俊敏性や視覚、妖気の扱いに長ける兄と、筋力や耐久力、嗅覚に優れる妹。

生粋の白狼天狗である双羽竜胆も合わせた3人の中で、最も妖気の扱いに長けるのは天樹かおるだ。

その鋭敏な感覚は、背後から猛追してくる者の妖気をいちはやく察知した。

少し間を置き、2人も追いかけて来る者に気付き始めた。

「この音.......爆発音ということは、隼也さんですね?」

鴉天狗より聴覚の優れる白狼天狗。かおる以外の2人は、先に聴覚で隼也を捉えた。

遠くから響いてくる爆発音は、急速にその距離を縮め、1分もしないうちに3人に追いついた。

3人のすぐ側へ、上空から隼也が下りてきた。

里の入り口から3人の元まで、爆発で飛距離を稼ぎ、飛び降りてきたらしい。

「俺も連れていってくれ!」

「おう、追いついたな、隼也」


4人は高度を下げ、山道へと降り立った。あまり高高度にいては、相手に先に見つかってしまう危険性がある。対して、こちらは覆い茂った木々が邪魔をしてしまうだろう。

地に降り、それぞれが武装する。竜胆が自らの武器、爪付き手甲足甲『天狼・熾爪』を身につけた。

かおるは大鎌『両儀刃【黎明】』を、あやめは槍棍『両儀刃【落陽】』を取り出した。


山道は緩やかな曲線を描いており、奥までは見通せない。

しかし、隼也自身も感じている。こちらへ近づいてくる3つの妖気。

まだ、見えてはいないものの、もう少しだ。非常に遅い速度、恐らく徒歩で近づいている。

「会敵するぞ.......気を張れ」


木々で隠された道の先から、妖気の主が姿を現した。


「2人.......?」

あやめが呟く。確かに妖気は3人分存在する。しかし、ここから見える人影は2人分だ。

妖気で察知できる隼也とかおるは、すぐに分かった。あの2人、その内、背の高い右の人物の背後に、もう1人が隠れている。

対して、あやめは顔を少し上げて空気の匂いを嗅いだ。

「男性1人、女性が2人ですか」

「へっ、両手に華ってわけねぇ」


あやめが槍を逆手に持ち替えた。投擲する気だ。あやめの前に立つのはマズい。

隼也があやめの射線上から退き、背後へ回る。その後、妖剣を創り出した。

大狼に頼まれたのは、無用な争いの仲裁だ。それ以外では、素人が水を差すべきではない。



まだ少々遠いが、目を凝らせば見える。左側の女性。あの顔は高嶺奏に違いない。

となると、だ。あの隣にいる2人は誰だ?もしや、頼人と同じように、マグナの仲間と偶然遭遇したって事なのか?

もしそうだとしたら、それは偶然なのか?

あれは幻。敵が俺たちを陥れる為に張った罠という可能性もある。ならば、安易に奏に駆け寄るのは危険だろう。

尚更、マグナの仲間だというのなら。


「止まれ。その先に通す訳には行かない」

かおるが、大鎌を道を遮るように真横へ突き出した。

空色の髪と、コバルトブルーの瞳をした男が、女性2人を後方へ残し、こちらへ1人歩み寄ってきた。

「はじめまして、僕はサイトと言います。貴方がたが白狼天狗......でいいでしょうか?」

深々と頭を下げて、サイトと名乗る男は静かな口調で語りかける。彼もまた、戦う意思はないのかも知れない。そう思わせるような穏やかさだ。

「だとしたら、何だと言うのだ」


「不躾ながら、一つ頼みたいことがあるのです。僕は彼女を......高嶺奏を、彼女の目的地まで連れて行く事を約束しました。彼女の目的地はこの先のようですので、通しては頂けないでしょうか?」

この男、何を考えているか全く分からない。

ただ、身に纏う特異な妖気。ミコトの時に感じたものと非常に似ている。

「駄目だ。許可できない」


かおるの反応を受けた瞬間、サイトの目の色が変わった。コバルトブルーの瞳がラピスラズリのような、鮮やかで深い青へ変わる。

「貴方がたにはとても申し訳ない。ですが、高嶺奏との約束は守らせてもらいます。約束を守る。これは世界一不誠実な僕の、譲れないルールですので」

そう言うと、サイトは自ら、大鎌の目前まで迫った。かおるが大鎌を引けば、刈り取られてしまう位置まで。

「そうか。なら、約束しよう。今すぐ引き返す、その代わりに、俺たちは後を追わない」

「.........」

「どうした?ルールなんだろう?」

隼也のこめかみを汗が伝う。

通用するはずがない。こんなもの、ただの屁理屈だ。奏の約束を守るといった矢先、その約束を反故せざるを得ない約束を取り付けるなど、どう考えても有り得ない。

衝突は避けられないか?


少し黙り込んだサイト。しかし、すぐに顔を上げて首を横に振った。

「その約束はできません。彼女を裏切ることになる。代わりといってはなんですが、宜しければ一つ取り決めをしませんか」


「とても単純シンプルです。先に相手に『敵わない』と思わせた方の意思を尊重する」

サイトの提言を、かおるは鼻で笑い飛ばした。

「そんな取り決め、受け入れられる訳がないだろう。お前は約束を守る為なのだろう。だが、俺は俺で、守る者の為に道を塞いでいる」

「ええ、重々承知の上です。ですので、反則負けの条件を付けます。これで納得いただけないのであれば、僕達も別の方法を模索させていただきます」


「僕が君達へ攻撃した場合、或いは、何者かが僕に加勢をした場合は、問答無用で僕の負けとしましょう。君達は何人で掛かってきても良い。勢い余って、僕を殺しても構わない。その代わり、後ろの2人を狙えば、君達の負けというのは、どうでしょうか」

サイトにとって、分が悪いどころの話ではない。殺す気で掛かってくる天樹たちに対し、無抵抗のサイト。出来ると事と言えば回避程度だろう。しかし、攻撃をいくら避けようとも、心を折ることなんて、出来るとは思えない。

一体、どんな意図がこもっている?


「.......良いだろう。その提案に乗ろう」

勝負に乗った......。

確かに、ルール上攻撃されるリスクは無い。しかし、そのルールを破れば........サイトが、戦いになった途端にこちらを皆殺しにする気なら?

かおるは、サイトの言った、約束を守るというルールを信じているのか?


「それでは、開始しましょう」

ザシュッ..........

サイトの開始の一声。その瞬間には、かおるは大鎌を引いていた。

本当になんの抵抗もない。されるがまま、サイトの身体は、胸部を一文字に断たれた。

隼也が声を失う。

サイトは攻撃しないルールではあったが、避けるなり相手の武器を捌くなりして、攻撃を透かすものとばかり思っていた。

奥から悲鳴が聞こえた。奏が顔を隠してへたり込んでいる。

主要器官の集中する胸から上を切り離されたサイトの身体は、力無く崩れ落ちた。

地に伏した亡骸の下に血の水溜りが広がる。


「まだ諦めませんか?」

かおるが尾を逆立てて飛び退いた。聞こえるはずのない声。サイトはかおるの背後へ立っていた。

今まであった筈の遺体は消え、地面へ広がる血どころか、大鎌へ付着していた血液すらも跡形ない。

「貴方がたは、僕を傷つけることもできるし、殺すこともできます。ただ、その結果が現実になることはない」

なんだ?この得体の知れない能力。

復活?不老不死?そんな生易しいものではないような気がする。ただ、サイトが死んだ記憶は存在する。

幻でも見せられたのか?

そんな隼也の予想は、次の瞬間には裏切られることとなった。


「幻覚でも幻術でもありません。ご覧の通り、僕は一度、確かに死にました。しかし、僕が死ぬという結果は残っていない」


「死ぬ運命とは、おかしな話だ。命を運ぶ

....と書くのにのに『死ぬ』だなん.........

サイトの言葉を遮り、かおるの大鎌が閃く。サイトの背後へ回り込むように差し込まれた大鎌を、かおるは一息に引いた。巨大な刃に、背後から袈裟懸けにされ、サイトは前のめりに倒れ込んだ。

しかし今度も、何事も無かったかのように、元の位置に立っている。

「君達の力では、僕の命に届くことはない。全ての運命が、君の味方をしなければね」


ザンッ......ザンッ........ザンッ..........

かおるは、何度も何度も繰り返す。

与えた攻撃全ては即死或いは、致命傷ばかりだ。それなのに、サイトは何食わぬ顔で立っている。

その凄まじい光景に、天樹あやめと双羽竜胆、隼也は付け入ることができずにいた。


「知られた所で、どうなるという訳でもありませんので、教えましょう。僕の能力は『運命の選択』。君は成り行きで死に至る攻撃を繰り出すし、僕は偶然にも攻撃を当たらず、今もこうやって生きている」

ザシュッ!

サイトへ振り下ろされた大鎌は、かおるの手元を抜けて、遠くの地面へ突き刺さった。

「僕の勝ちです。君の心は既に折れています。惰性で攻撃を繰り返しているに過ぎない」

「そんな訳がっ......!」

かおるが素手で殴りかかる。しかし、これも空を切っただけだった。

「だって、心の折れていない者が、そんな光のない目をする訳がないでしょう?」

止まった、完全に。かおるは足を止め、立ち尽くした。サイトは踵を返し、遠くで見ていた2人の元へ帰って行く。


「申し訳ないね。薄気味悪いものを見せてしまった」

サイトは2人の元へ戻るや否や、すぐに頭を下げた。

「い、いえ....!そんな事ありません。た、ただ少し驚いただけで......」

奏の言葉に、サイトは微笑んだ。

「ありがとう、高嶺奏。......さぁ、進もう。まだ、少し歩かなければいけないだろう」

「あのっ!ちょっと待ってください」

山道を進もうとするサイト。それを引き止めたのは奏だ。

「ここで.......良いです」

「ここで?だけど、君の目指していた場所は、もっと上のはずでは......」

「いいえ、私が目指していたのは、場所じゃなく、人なんです」

奏が山道奥の白狼天狗たちを眺めた。

「僕の目指していた人が、あそこにいます。なので、ここまでで大丈夫です」


「そうか、良かったよ。それなら、行くといい」

サイトは笑顔で快く送り出した。奏も深々と頭を下げた。

「ありがとうございました。サイトさん達のお陰で、あの人に会えました!」

「それじゃあ、また機会があれば、ね」

山道を駆け上って行き、離れた場所でも、お辞儀を繰り返す奏に手を振って、サイト達も踵を返して山道を下り始めた。


「サイト......甲斐甲斐しくし過ぎ」

サイトの背後を歩く女性が、拗ねたようにそっぽを向いた。

「はははっ!ごめんよ、ウェルサ。お詫びと言ってはなんだけど、2人で物見遊山でもしてから帰ろうか」

「じゃあ......許す」

次の瞬間、サイトと女性の2人の姿は、最初から何も無かったかのように消滅した。




ー 白狼天狗の里 関所 ー

「はじめまして、高嶺奏と言います」

詰所の客間、皆へ向けて奏が頭を下げた。

隼也、凩谷灯、祇田頼人も合わせて、4人で並べられる。一方で、白狼天狗は大狼樹と天樹兄妹のみだ。里の防衛を欠くことはできないらしい。

「これで4人目だな、隼也」

「そうだな。だいぶ増えたよ」

はじめは自分一人だった事を思うと、仲間がいるというだけで心強く感じる。

「隼也は知っているかもしれないが、ある人からの指示でな、白狼天狗は君達を受け入れる事になっている。その代わり、白狼天狗の為に働いてもらう」


「基本的に、最前線での里の防衛。つまり、我らが討伐隊の一員となり、迫り来る脅威と対峙する。無用な心配かも知れんが、戦闘などに関して、苦手ならば指導もする。戦えるようになってもらい、白狼天狗の一戦力となって貰わねば困るからな」

「あのっ!僕も戦うんですか?」

「当然だ」

大狼に質問を一瞬で切り捨てられ、身を乗り出していた奏は、萎れて座り込んだ。


「とまぁ、こうは言ったものの、だ。いつ何時、別世界に連れ出されるか分かったものでは無いからな。そこまで重要視しているわけでもない。あまり気負わずに構えていてくれ」

大狼が湯呑みを飲み干し、膝を叩いて勢い良く立ち上がった。

「よし、そうと決まれば行動開始だ。かおる、里の北に行って、葵と交代だ。あやめ、お前は東の竜胆と代わってこい。それと2人に、麓の荒野に集合、と伝えてくれ」

「あぁ、わかった」

「承知しました」


大狼樹の指示で、天樹兄妹は詰所を出て行った。

4人の中で唯一、白狼天狗の討伐隊メンバーの武装を知っているのは隼也のみ。

灯、頼人、奏の3人に対して、大狼樹、双羽竜胆、累葵が出てくるようだ。

隼也と同じで長剣の大狼。鉤爪付きの手甲と脚甲の双羽竜胆。弓の累葵。それぞれ、得意とする土俵は違う。

それをどう組み合わせてくるか、気になるところだ。


「どうした、隼也。行くぞ」

「んお?すまんすまん」

隼也がそんな事を考えている間に、既に他の4人は部屋から出ようとしていた。





大狼の先導に従って、山道を徒歩で降りて行く。最近では、飛び道具を使う人影も少なくないらしく、空中の移動は控えているらしい。


「しっかしなぁ、奏。かなり妖気の量が増えたな」

「え?そうかな」

本人は気がついていないようだが、確実に増えている。いや、抑えているものが無くなった、と言う方が正しいか。

人間に耐える事の出来るラインまで抑制されていた妖気が、こちらへ来て妖怪となった事で、リミッターが不要になったらしい。


「あぁ、一瞬で俺も抜かれてるよ」

人間である。という枷の外れた奏は桁違いだ。文字通り、高みにいる。しかし、正直な事を言えば、一瞬で超えられるのは悔しい気もする。


「隼也」

「どうした?」

「あの、えっと.......」

こちらから顔を逸らして、話し出し辛そうにしている。口にする直前まで、迷っているのだろう。少しの沈黙の後、決心したかのように頷き、ゆっくりと口を開いた。

「僕、隼也に謝りたいことがあったんだ」

「........」

隼也は静かに、奏が自らのタイミングで話せる時を待つ。

「隼也はさ......僕が死ななくても良いように、ずっと戦ってくれたんだよね」

「実は僕、見てたんだ。深夜に家の前で、大きな黒いのと、隼也が戦っているとこ」

「姿は僕にしか見えないし、声も爆発音も僕にしか聞こえないけど、本当に嬉しかった。僕の為に、眠らずに命を懸けて守ってくれる妖怪がいたんだって」


ここまで言い終わると、途端に奏の表情が暗く変わった。

「それなのに、最後には僕が........」

「後悔......してるか?」

奏の言葉を隼也が遮る。

「妖怪として生まれ変わった事に、後悔してるか?」

奏は勢い良く首を振った。

「後悔なんてしてないよ!お母様や隼也と同じ、妖怪になれたんだ。後悔なんて......これっぽっちもないよ」

それを聞いた隼也の表情が、不機嫌を絵に描いたような険しいものとなった。

「チッ......!ったくよ!人様が善意で助けたってのに、テメーでほいほい死にやがって!」


「........ってな。後悔したって言ってたら、俺はそう言ったぜ。後悔してないってんなら、本当に良かった」

一瞬の隼也の豹変に凍りついた奏は、冗談だと笑う隼也の顔を見て、顔を上げて満面の笑みを見せた。口元が震えている。涙が目元一杯に溜まっている。

それを隠すように、奏は隼也に抱きついた。

「ありがとう.......!」


「おっ!おアツイねぇ!」

頼人に身を隠し、口笛を吹きながら灯がからかう。奏は恥ずかしそうに、すぐに離れてしまった。

「俺を盾にするな。お前が前衛担当だろ」

頼人の裏切り。光の残像を残して灯の傍をすり抜けて、隼也の前へ灯を突き出した。


「っだぁー......!」

灯の脳天へ、隼也の創り出した細身の短剣が突き刺された。奏が言葉を失って顔を覆う。

「大丈夫だ。俺の武器に殺傷能力は無いからな。見た目はショッキングでも、実際は無茶苦茶痛いだけだ」

「それが一番の問題なんだよ!ぃってて....痛みでハゲそう.......」

痛みに悶える灯。涙目の灯を問答無用に置き去りにして、ずんずんと進む隼也。


「お前達、そろそろ到着だ。この林を抜ければ目的地だ」

山から下るにつれて勾配が緩やかになり、広くなっていく山道。ようやく終わりが来たようだ。

頼人はこの光景に見覚えがあるらしく「あぁ、ここの事だったのか」と呟いている。

林を抜けると、一気に視界が開けた。

背の低い草が点々としている以外、まさに荒野と言った景趣。ダンブルウィードなどが良く似合いそうだ。


「ここで入隊試験があるって訳か」

頼人が足下の小石を蹴り飛ばして前に出た。

「そうだ。日が沈む前に里へ帰り着かなければならない。人影が視認し辛くなる黄昏時以降に、里の外にいる事は避けたい。時間もない。簡単に説明して、早速始める事にしよう」


「では、説明しよう。規則は簡単。一対一の決闘方式だ。武器の使用も可、ただし、大怪我を負わない程度には出力は加減してくれ。決着の条件は、相手へ『降参』と言わせること。しかし、危険とみなした場合、実戦であれば死に至る攻撃を受けた場合は、こちらから止めさせてもらう」


頼人は気概十分といった様子で、二丁拳銃を作り出して、ガンホルダーへと収めた。

「成る程。単純明快なルールだ。だが、そのルールでは、こちらが不利になるな。あんたらは、実体のある武器を使っていた。だが、こちらは妖気でできた腕やら銃やらだ。妖気なら手加減が効く。だが、実体を持つ武器の明確な死傷のリスク。それが戦いにおいて、相手に与える圧力は相当なものになる」


頼人の懸念は当然だ。灯や頼人の放つ妖気の攻撃ならば、ダメージの細やかなコントロールが効く。

しかし、実体を持つ武器は、そうはいかない。斬れば切れる。突けば刺さる。当然だ。殺すことを目的とした道具なのだから。

「確かに。......そういった意見が出ると思っていた。だが、心配はいらん。ここで、我が討伐隊一番の新米、隼也が活躍する」

「え、俺?」

「先程も見ただろう。隼也の創り出した武器は、殺傷能力を持たない。痛みと衝撃はあるが、外傷は絶対に発生しない。この特性を使う。......隼也、俺の剣を複製してくれ」

「あ、あぁ、分かった。...........ほら」

隼也の手のひらから、青い光が伸び、剣の形へ纏まった。最初はボヤけたような大まかなシルエットが、次第に精巧さを増し、ものの数秒で本物と色違いの複製が出来上がった。

それを大狼に手渡す。

「これならば、傷付けることなく、全力で臨むことができる」

「そうか。なら、俺からはこれだけだ」

これには、頼人も納得した様子だ。


「そうだ、忘れていた。少し遊びが足りんと思ってな、面白い事を考えた」

「面白いこと?」

「3人同時の試験だ。奇数で勝負となれば、やるしかあるまい」

「.......団体戦だ。新入り対現隊員同士の星取り合戦。せっかく戦うのなら、勝負の方が身も入るだろう?」


頼人がニタリと笑う。

「面白い。勝負ってのも乙だな」

その一方で、不安そうな表情をするのは灯。

「負けたら、どうなるの?」


「安心しろ。勝敗は入隊に影響はない。これは通過儀礼のようなものだ。3人共に入隊は決定事項だ。ただ、伝統だけは断つ訳にはいかんのでな。それでは、付いて来い」

大狼は、荒野に無数にそびえ立つ大岩の一つへ駆け登った。残りの6人もその後を追って、岩の上へ移動した。殆どの者が岩肌を足場に駆け登る中、奏のみがふわふわと飛んで行く。


「さて、ここは審判席兼待機席だ。試合会場はここから見える範囲。ただし、森には行くな。試合時間は特に設けないが、先も言った通り、あまり長引くのは芳しくないからな。そこは配慮してくれ」


「それでは、対戦相手を発表する」

「先鋒戦。『凩谷灯』対『双羽竜胆』!俊敏であるとは言い難い凩谷灯の氷腕が、如何にして、双羽竜胆の機動力と相対するか、見せてもらおう」

「しょ、初戦か~、俺」

「よろしくな、灯!全力でぶつかろうぜ!」


「中堅戦。『高嶺奏』対『累葵』!未だ未知数の高嶺奏が、累葵の雷の矢をどう凌ぐか、楽しみにしている」

「た、戦えるかな.....僕」

「よろしく頼む」


「最後に大将戦。『祇田頼人』対『隼也』。祇田頼人もまた、実力は未知数。対して、隼也の能力もまた強力だ。それをどう攻略するか、見ものだな」

「大トリか。輝かしく締めるとしよう」

「え?俺がっ!?樹じゃなくてか」

「当然、俺は審判だ。先の暴走で力も使った。お前が行け」


「引き延ばしても良いことはない。すぐにでも始めるぞ。ほら、灯、竜胆、準備を」

「そーだな」

大狼に急かされ、2人は大岩から降りた。下を見下ろすと、2人は離れた位置で向かい合っている。

大狼は大岩の縁から身を乗り出して、口に手を当てた。



「試合っ!!開始ぃ!!!!!」





「そんじゃ、俺から行きますよ。竜胆さん」

「おう、やってみろよ」

距離を取ったまま睨み合う灯と竜胆。


先手必勝と言わんばかりに、灯が左氷腕を、勢い良く地面へ突き立てた。

灯を中心として、地面から無数の氷柱が突き出した。竜胆は近くの岩壁へ飛び付き、難を逃れる。

「べらぼうな攻撃範囲だ。俺を地面から引き剥がしゃあ、機動力を奪えるとでも考えたんだろ?」


「その通りだぜ」

壁を蹴りつけ、灯へ飛び込んだ。氷柱を踏み付け、素早く背後に回り込んだ。

「速っ!?」

咄嗟に右氷腕を上げて、ガードの体勢を作る。しかし、それすらも足場と言わんばかりに、氷腕へ爪を立てて、更に死角へ回り込んだ。

「ぐぅ.....っ!」

ザシュッ!と、痛々しい音が鳴る。

灯の背中に、平行した3つの切傷が刻まれた。

「っらっ!」

背後の竜胆へと、振り向きながらの左氷腕の爪撃を繰り出す。しかし、虚しくも爪は空を切り、氷腕の軌道が凍りつく。

竜胆は、既に攻撃の間合いから抜け出し、別の岩壁へと貼り付いている。

「足場が少ないっつーのは、ホントーに面倒だ。だよなぁ?灯」




「なぁ、樹。あんたはどっちが勝つと思う?」

大岩の縁に座って、戦場を眺める隼也。縁で仁王立ちの大狼は、少し考えた。

「凩谷灯。彼の氷は非常に強力だ。攻撃範囲もさることながら、発生も酷く遅いわけではない。更に、生み出した氷塊は、行動の制限にも一役買う。更に、この極端な冷気は体力も容赦無く奪うはずだ。まぁ.......弱点を挙げるなら、凩谷灯自身が戦いに慣れていないこと、攻撃後の隙が大きいことだな」


「例えば、左氷腕での攻撃だ。既に氷腕を出している状態なら、地面に突き刺した瞬間に、周囲一帯が氷漬けになる。しかし、その後だ。

地面と一緒に氷腕まで凍りつき、それを引き剥がす遅延が発生している。その後隙の大きさは.......竜胆にとっては、十分過ぎる」

大狼の考察通り、竜胆は自ら攻めることはなく、決まって灯の攻撃の後に、確実に一撃づつ打ち込んでいる。絶対に命中させられる瞬間のみに攻めている。

灯の全身に残る青い裂傷。これが正真正銘、本物の武器であったとしたら。そう考えると、恐ろしい。

しかし、開幕の地面凍結によって、竜胆の機動力が削がれたのも、また事実。氷が味方をする灯は、近くの氷柱は自ら昇華し消える為、普段通り地上に陣取れる。

それに対する竜胆は、岩壁や太い氷柱、自分の妖気で組んだ結界などを足場にしている。

「隼也。お前は知っているだろう?竜胆の武器『天狼・熾爪』の内、脚甲『天狼』の足の裏」

「あぁ、前にしっかり見せてもらったからな。地面をしっかりと掴めるように、爪先が鉤爪みたいな形をしてる。足の裏には、地面に突き刺さる棘も。完全に地上戦に特化してる」

「その通り。今こそ、ああやって、一方的にやられているように見える灯だが......地面を使えなくした時点で、案外、王手をかけている」


「竜胆は討伐隊一、妖気の持続力が低い。高い身体能力とお世辞にも大きいとは言えない妖力、生粋の白狼天狗体質だ。だからこそ、手甲脚甲なんて武器を使える」

「だからこそって、どういう事だ?」

「小刀を握って斬りつける、これは簡単だ。子供でもできる。だが、手の甲に小刀を紐か何かで固定して斬りつける、これが簡単そうに思えて難しい」


「目の前を一文字に攻撃する場合を思い浮かべてみろ。武器はどちらも右手に持つとして、握った小刀なら、左から右へ薙げ良い。更に、肘が曲がった状態から始まり、最後に伸びきる。これなら、腕に無理な負担はかけない。次に手の甲に付けた小刀の場合だ。刃の向きは竜胆と同様に、掌と同じ向きだとする。すると、握った場合と違い、左から右へは上手くいかない」


それを聞いて、隼也が試す。この甲へ妖気の小刀を作り出して、左から右へ斬りつけようとする。

大狼が、上手くいかないと言った意味がわかった。握った時と同じ動きをすると、上手く力が入らない。これでは、斬りつけても刃が相手に通らない。だからと言って力を込めようとすれば、腕を無理に捻らなければならず、刃の向きが不安定になり、上手く刃が通り抜けないだろう。

しばらく、どうやればいいか試行錯誤を繰り返す。しかし、最後は思っていた通りの形に辿り着いた。

外から内へ、右から左へ。獣が爪で引っ掻くような動き。これが最も無理のない動きだ。

「分かったな?右から左へ。それが手の甲の刃での斬り方だ。すると、腕の挙動も変わってくる。伸ばした状態で刃が当たり、手首や肘を曲げて引き裂く。その過程で、手首と肘の負担が大きい。強靭な手首が無ければ、刃が入った途端に、対象物の抵抗に負けて折れてしまう。腕力が不足すれば、刃が入る以前に、敵に斬りかかった途端、肘が逆に曲がることになる」

「そんな、リスキーな武器だったのかよ.....」

隼也が『天狼・熾爪』を複製する。両手足に装着されたそれを眺めながら、竜胆の強さを再認識する。

隼也の武器の性質で、物理的なダメージを与えない代わりに、隼也自身にもそこまでの負担は強いられなかった。その為、この武器のリスクは初めて知ることになった。


隼也が再び戦場を覗き込んだ。

灯は接近戦では敵わないと見切りをつけ、距離をとっていた。左氷腕を遠くの竜胆へと向ける。

氷腕の爪部分が、槍のように射出された。

一瞬、叩き落とそうとした竜胆だったが、何かを察したのか、急遽、回避へと切り替える。

「あーあ、そのまま触ってくれれば良かったのに」

「鈍感な俺でも、流石に分かるっての」

的に避けられた氷槍の着弾点を見ると、地面から、大人1人は軽く飲み込むであろう程の氷塊が突き出ていた。

竜胆がこの罠に気づかずに触れていたならば、氷へ封じ込め、勝負ありとなっていただろう。


「いい判断だ。竜胆」

大狼も満足げに笑う。隼也にも笑みがこみ上げる。本当にどう転ぶか分からない戦いだ。

「大雑把そうな喋り方する割に、用心深いな」

「当然。竜胆は討伐隊の中でも古株だ。これまで生き抜いてきた力を、甘く見ない方がいい。それはそうとだ、ここまで、不利な点ばかり並べてきた竜胆の武器だが......ここまでして、なにを得られると思う。隼也」

「手数.....か? 剣だと片手に一本ずつ、両手合わせて二本までだろ?だけど、竜胆の武器なら、片手に3枚、両手で6枚の刃だ。それに加えて、足にもそれぞれに3枚ずつの、計12枚刃だ。手数もある上、傷も塞がりにくいんじゃないのか」


「機動力だな。得物が大きければ大きい程、機動力は削がれる」

今まで、戦いを静観していた頼人が、大狼たちの隣へ立った。

「どちらも正解だ。......今の回答で、お前らが何を重要視してるか分かるな。まぁ、それは置いておいて、最も得たかったもの、それはな.....」


バキャァッ!

氷同士が激しく衝突し砕けた。触れれば即凍結の氷槍に対して、竜胆がとった策は、足下の氷柱を蹴り飛ばして相殺することだった。

空中でばら撒かれた激しい冷気で、両者の間が白く曇った。

上から見る者達は、戦況をはっきりと目に捉えた。

視界が靄に包まれ、灯が怯んだ。射撃を止め、左氷腕で背後を薙ぎ払った。左氷腕の軌道をなぞるように、螺旋状の氷壁が張られた。

Uの字形に展開して、灯の死角を極限までカバーする。

右氷腕で、正面からの攻撃を警戒する。左は上空からの奇襲に備えた。

靄が揺らぎ、奥に人影が見える。迷わず、右で打ち抜いた。

しかし、手応えはない。それどころか、突き出された灯自身の右腕を、強い力で引き寄せられた。

「もらったぜ」

いつの間にか懐へ潜り込んでいた竜胆が、灯の足を払って軽く浮かせた。そのまま、掴んだ右手を全力で引き込み、灯を地面へと叩き付けた。

灯の顔が苦痛に歪む。呼吸が上手くいかずに喘ぎながら、体を反らせて悶絶する。

竜胆は容赦無く、苦しみのたうち回る灯を取り押さえ、首元へ爪を突きつけた。


「勝負ありっ!!!」

大狼の号令が荒野に響いた。

それと同時に、立ち上がれない灯へ、竜胆が肩を貸した。


「見たか?隼也、頼人。あれが、竜胆があの武器に求めたものだ。.......『手の自由』。竜胆の武器は『天狼・熾爪』だけでは無い。あの『手』も、爪に勝るとも劣らない武器だ」


呼吸の整った2人が、氷の階段を伝って大岩へ上がってきた。

「ごめん.......頼人、奏ちゃん」

申し訳なさそうな表情で、俯く灯。その背中を頼人が叩いた。

「気にするなよ。たかが一敗だ。勝ちが消えた訳じゃない」

「うん、ありがとう。頼人」

頼人の言葉で、少し気持ちが軽くなったのか灯は顔を上げた。

パンパン!と手を叩き、大狼が注意を集めた。

「すぐに次の試合に行くぞ。高嶺奏、累葵、準備をしてくれ」

「分かった」

「が、頑張ってくるね!隼也」

「おう、頑張れよ。俺は相手だけどな」

累葵が大岩から飛び降りた。その後を、奏がふわふわと浮かんで追いかける。


「さて、3人の中で一番未知数な高嶺奏だな.......どうやって、葵の攻撃に対応するかね」

竜胆が荒野を見下ろす。地上で相対していた先鋒戦の2人とはうって変わって、中堅戦の2人は互いに、離れた高台に陣取っている。

竜胆の横にいる頼人が、今まさに幕を開けようとする戦場を眺める。

「お互い、射線の開けた場所から始めるつもりか。累葵の武器は.....弓のようだな。偏見だが、奏も近づいて殴りかかりそうな印象では無いな。飛び道具の応酬になるか」

「頼人、それは早計だと思うけどな」

「どういうことだ」

竜胆はさぞ面白そうににやける。

「弓が飛び道具だからといって、遠距離で戦わなきゃいけないなんて、規則はないだろ?」

「.......それもそうか」

自分も二丁拳銃を手にして殴りかかっている事を思い出すと、納得せざるを得なかった。

「それでも、銃と弓では構造が違い過ぎる。銃と違って、一射ごとに矢を番えなければいけない。その連射速度で接近して、割に合うのか?」


「試合っ!開始っ!!」

頼人の疑問もそこそこに、試合開始の合図が上がった。


葵が、弓を奏へと向けた。本来、矢があるはずの左手には何もなく、矢筒らしき物も身につけていない。

装備しているのは、弓のみ。

素手の左で弦を引くと、紫の光の束が番られた。

「何だあれは......妖気の矢?」

「7割正解だな、頼人。アレは葵の妖気の矢だ。けどな、ただの妖気じゃない」

「アレは雷だ。天候の一つ、雷の力を借りた、刺激的な矢だぜ」

「雷だって....?」


最大限に引き絞られた矢が放たれた。真っ直ぐに奏へ向かう矢だったが、何らかの力によって、奏から逸れてしまう。

葵だけではなく、奏自身も驚いたような表情をしている。

彼女自身も、矢を逸らすつもりで逸らした訳では無いらしい。


「へぇー、彼女、妖気の扱いに慣れてんなぁ」

「みたいだな」

竜胆が感心したのも無理はない。

攻撃の軌道上に妖気の壁、つまりは結界を張って攻撃を遮断するのは、妖気の心得が有れば難しいことではない。

しかし、攻撃を逸らすというのは格が違う。

高速で迫る敵の妖気弾を、自分へ着弾する前に強制的に操作して、軌道を変えるのだから。

敵の操作する妖気に介入して、一時的にコントロールを奪う。一朝一夕で身につくような技能では無い。

更に、妖気の影響範囲の問題もある。

幾ら、コントロールを奪う術を身につけたとしても、その術を発動できる距離、妖気の制空圏が足りなければ、間に合わずに当たってしまう。

当然、敵の妖気弾の弾速にも左右される為、何が来ても対応できる自信が無ければ、戦いの場で使用するのは危うい技だ。

しかし、高等技術である分、使用するメリットも大きい。

妖気の消費量が大幅に少ないのだ。更に、敵の攻撃を、敵へと送り返すこともできる。

結界で防ぐ妖気弾が爆発性だった場合、妖気弾そのものの威力と、爆発の威力の2つを受け止めなければならない。

しかし、着弾しなければ爆発することもない。

軌道を変え、遠くの地形へぶつけてしまえば、極少量の妖気で御することになる。

今の一矢、直線的な軌道だった。

つまり、発射後のコントロールをされていないという事。

相手のコントロールが無ければ、コントロールを奪い易い。とは言え、弾速は中々のモノだった。


「おっ!反撃に出るみてーだな」

高嶺奏の背後に、無数の剣が形成された。

切っ先は全て、累葵へと向かっている。一呼吸の後、剣は次々に標的へ向かって撃ち出された。

軽い誘導が掛かっている。それを早々に見切った葵は、上へ跳び上がった。

全ての剣が跳躍した標的へ向かって、上へ進路を変える。

先頭の剣が迫った瞬間、今度は逆に急降下した。稲光を残して、一瞬で地面へ着いた葵は、直ぐに奏との距離を詰めた。

無数の剣の束の下を潜り抜けたかたちになる。

剣は後方の標的へと軌道を修正するが、旋回半径が足りずに、全て地面へ衝突して砕け散った。


「ありゃあ、模範的な誘導弾の避け方だぜ。葵にとっても、弾逸らしは当然の技能さ。その上で、今みたいな様々な軌道の弾の回避法も研究している」

「そうみたいだな」

目前まで引きつけてから、逆方向の移動で追尾を振り切る。更にそれを、横方向では無く縦方向で行う事で、曲がりきれない弾を地面へぶつけて確実に消す。

効率的だ。


葵は弓を水平に構える。今度は親指以外の4本で弦を引いている。それぞれの指の間に、紫電の矢が番られた。

扇状に並んだ3本の矢。

すぐさま放つ。

すぐに弦を引き、放つ。

放つ。

計9本の矢が奏へ向かう。膨らんだ軌道を取った後、3方向から奏へ迫る。

一射目は水平に、二射目はほぼ垂直に、三射目は再び水平に撃ち出された。

それぞれの軌道で奏へと向かう。

一射目、三射目はともかく、無駄に思える二射目。

「二射目をどう捌くかねぇ」

「あれは.....相当避け難いな」

頼人も気がついた。いや、側から見ているからこそ気がつけたと言うべきか。

撃ち出された三射、それぞれが弾速が違うことに。

「一射目は正面と左右。一射目に比べて広角に放たれた、誘導の強い三射目。そして、垂直に上がった後、上空から落ちてくる二射目。おまけに、それが同時に襲いかかる。避ける側からしたら、嫌な攻撃だ」

「おうよ。これが葵の強みさ。様々な軌道の弾の回避法を研究するからこそ、どんな軌道を取れば避け難いかも、熟知してんだ」

一射目を避けようとする場合、矢は扇状に三方向から飛来する為、より大きな距離を移動しなければ当たってしまう。

しかし、そうした場合、三射目がネックになる。

より広角に放たれた矢は、相手のほぼ真横から襲いかかる。つまり、矢と同じ高度では、いずれかが避けきれない。

そこで、空中に逃げようとする。そこを狩るのが二射目。

三射目の誘導性の高さ故、斜め上に飛べば、飛んだ方向と逆の矢が追ってくる。

つまり、垂直に飛ぶことを強要する。

一射目、三射目より僅かに遅れて到達する二射目は、頭上より降りかかる。

当然だが、垂直に飛べば、二射目の矢は避けきれない。

真上から飛来するという事は、頭部か肩部へ命中するということ。

頭部であれば即死。肩部であれば、腕の動きを奪って戦力を大きく削る。

一見、無駄に見える二射目こそが本命である。


「さて、高嶺奏。気づけるか?」

累葵が呟く。

この攻撃は、奏を試すつもりで放った攻撃。

その為、一箇所のみ穴を空けておいた。

その穴とは、一射目、三射目が迫った時に、斜め前方へ飛ぶ事。

ここのみ、水平に飛来する6本の矢が追尾しきれない場所となる。但し、頭上の3本は追いついてくる為、それは避けてもらわなければならない。

素人ながらに、この穴に気がつくならば、彼女の射撃戦のセンスは光る物がある。

先程と同じように、全ての矢を逸らしてしまうのならば、それもまた凄まじい才能だ。

回避、誘導、攻撃......どのように矢を凌ごうとも、彼女の伸ばすべき長所を見ることができる。


しかし、高嶺奏は動かない。

逸らすつもりか。そう思いもしたが、様子が違う。まるで風に舞い上げられた砂埃を嫌がっているかのように、手を顔の前へ差し出して、目を瞑っている。

これでは、矢の誘導はできない。逸らす為には、目標を、視覚或いは妖気で把握していなければならないからだ。

しかし、その様子は見られない。周囲を探知できるような妖気を放っている様子もない。

まるで、諦めたかのように。

しかし、奏が何をしようとも、無慈悲に矢は迫ってくる。

9本の矢が彼女へ触れようとした瞬間、目を疑うような事が起きた。


「おい........今の何だよ」

「わ、分からねぇ......。でも、確かに見たぜ。『消えた』ところをよ.......」

高嶺奏へ触れかけた矢が全て『消滅』した。

結界で防御した訳でもない。矢を誘導した訳でもない。迎撃してかき消した訳でもない。

『消滅』した。まるで存在しなかったかのように、矢は跡形もなく消え去ったのだ。

しかし、頼人と竜胆が目撃したものはそれだけではなかった。

風景と同時に、妖気も見ることのできる妖怪の視覚。その目には、奏の姿さえも『消滅』していた。

矢の触れる刹那。奏を中心とした、半径1m程度の円状の光景が『消滅』していた。

『消滅』した箇所は、写真を切り抜いたかのように、白く抜け落ちていた。

既に消滅した箇所は、一瞬で普段通りに戻っているが、異常な事が起きた事には変わりない。

あれが奏の力の1つだというのか。


目の当たりにした異常に固まっていた葵が、我に返り、すぐに弓を構える。

「少々、キツいぞ。避けてみろ」

今までとは打って変わって、1本のみ矢を番えた。

しかし、その矢が今までとは明らかに違う事に、奏は気がついた。

見た目は今までの矢と、なんら変わりない。

しかし、それを構成する妖気の量が、他の数倍もある。

まるで、最高の手札が揃っているが、喜びをポーカフェイスで隠しているような.......そんな印象。

矢は、大まかな狙いをつけられて放たれた。


勝負の瞬間には、隠す必要のない感情にポーカフェイスは途切れる。

それどころか、むしろこの矢は、見せびらかすように、大いに笑ってみせているようだ。

大きな妖気を込められた矢は、その内包した妖気を一切隠す事なく放っている。

非常に遅い。歩き程度の超低弾速の矢は、秘めた妖気を抑えずに、バチバチと激しい音と光を放つ。

内からの圧力で矢は変形し、直径1m程度の雷球へと変化した。

低速かつ高誘導。移動する目的地へ歩いて向かうように、完全に最短距離を向かってくる。

存在感は抜群。

素人の奏にも分かる。これは、圧力をかけて、相手を動かす為の技だと。


更に上空へ向けて、連続で矢を放つ。

先程の垂直に撃ち下ろす矢とは違い、Uの字の軌道を取らず、一直線に天を穿った。

「『天穿ち』.......。俺の主軸の攻撃だ」


妙に周囲が明るくなった。

......違う。これは、照らされている!

足元を見ると、スポットライトのように、遥か上空からの淡い紫の光が、奏を照らし出していた。

即座にその場を離れる。それと同時に、天からの紫電が、照らされていた場所を的確に撃ち抜いた。

まるで落雷。速度が速過ぎて、軌道を変える事も叶わないだろう。

累葵も本腰を入れたようだ。

大岩の上を見ると、こちらを覗く隼也の顔が見えた。

格好悪いところ、見せるわけにはいかない!


「僕だって.....!」

技のイメージを固める。

無数の、超巨大な剣。

瞬きをし、次に目を開いた時には、その光景は完成されていた。

見上げる程に長大な剣。

それが何本も、何本も、何本も......

奏と葵、2人の頭上へ浮かんでいた。


「こりゃあ、やばいんじゃねぇの......」

竜胆が思わず呟いた。

2人の頭上へ浮かぶ剣からは、一撃に込めるには規格外の妖気を感じる。

そんな代物をいくつも。ぱっと見で20は下らない。

手加減は加えてあるみたいだ。

それでも、当たれば、怪我はせずとも意識は軽く持っていかれるだろう。


奏は容赦なく、突き上げていた右腕を振り下ろした。

空中へ浮かぶ剣は、地面へと落下を始める。

恐らく、剣が完成した以上、今から奏を攻撃しても手遅れだ。

詠唱中などなら止める事が出来たのかも知れないが、そんなものは存在しなかった。

瞬き一つで、白狼天狗には命を賭けても出せない規模の攻撃を放った。


「だが、攻撃しない言い訳にはならんよな」

葵の左腕に、漏れ出した妖気が雷電となって這い回る。弦を引くと、雷電は矢へと形を変えた。

「『宙奔り』......。水平に落ちる稲妻だ」


バァン!と、強烈な破裂音が生じる。

目にも止まらない。まさに稲妻だ。

引き手から矢が解放された瞬間には、既に撃ち終わっていた。一瞬の光のみが見え、その光がどのような軌道を通ったのかは、目に焼き付いた残像のみが教える。

奏の目の前へ迫った稲妻は、まるで奏を自らの意思で避けたかのように、二又に分かれていた。


「なぁ、竜胆。今のも、累葵の矢を操ったのか?」

「い、いや.......。できる訳ねーだろ......弾速どころじゃない、発射即着弾みてーなあの矢を、どうやって操るってんだよ」


雷というのは、地上へ向けて落ちるものという印象が強い。しかし、それは半分は不正解。

実際には、地上へと落ちる雷。

先駆放電「ステップトリーダ」

その後、地から空へと昇る雷。

帰還雷撃「リターンストローク」

これらが存在する。


まず、雲から先駆放電が、地上へ向けて走る。

地上へ近づくと、地上からそれを出迎えるように雷が走る。

2つが合流して完成した雷の道を、帰還雷撃が駆け昇る。


例えるならば、トンネルの掘削工事に似ている。

先駆放電が空気中へ、掘削機械のように雷のトンネルを通して行く。先駆放電が作り上げた雷のトンネルを、帰還雷撃が圧倒的な速度で通る。

その様子は、掘削機械が時間をかけて開通させたトンネルを、乗用車が高速で走行するように。


累葵の操る雷は、実際のものとは違い、基本的に帰還雷撃「リターンストローク」が存在しない。

矢に番られた妖気は、まるで負電荷のような振る舞いをし、周囲に漂う妖気の力を借り、累葵の望むように飛ぶ。

しかし、あくまでも性質が似通っているだけの、『妖気』である事は変わりない。

その為、物理法則に多少則さない振る舞いも、可能にしている。

先に挙げた、『基本的に』帰還雷撃は存在しないというのは、とある条件上で存在する為である。

対象へ撃ち込まれた雷の矢は、正電荷のような振る舞いをする妖気として、蓄積され続ける。

蓄積された妖気が一定ラインを超え、かつ今、累葵の放った『宙奔り』を命中させた場合のみ、帰還雷撃は発生する。


実際の雷と同様に、対象から累葵の元まで、瞬間的に妖気の光が繋がる『宙奔り』。

それを条件を満たした対象へ撃ち込んだ場合、蓄積されていた妖気が、一瞬だけ繋がった妖気の道を通って、累葵の元まで『落ちる』。

その威力たるや、それまで撃ち込んだ雷の矢を、全て同時に受けるに等しい威力を持つ。

一手で、対象に倍のダメージを与える事が出来る。響きこそ頼もしいが、それだけの技をノーリスクで放てる訳もない。

当然、対象から累葵の元まで、雷は帰還する。

自分自身の妖気である為、多少は軽減されるとは言えども、甚大な被害を被ることは変わりない。

ハイリスクハイリターンの諸刃の剣となる。


この帰還雷撃の速度は「秒速約100,000km」で、光速の約三分の一にまで及ぶ。

それに対して、奏に撃ち込んだ『宙奔り』の弾速は「秒速約200km」、音速の約600倍足らず程度。

それでも、妖気弾のコントロールを奪取するには、この弾速は速すぎる。


敵の妖気弾のコントロール奪取において、一番の課題は弾速である。

弾速が速ければ速い程、早期にコントロールを奪わなければ、被弾は免れない。

ましてや、これまでの雷の矢のような、目に見える速度などでは無い。

『マッハ600』、目にも止まらない速度だ。

それを、高嶺奏は逸らした。

これは、技術に優れている.....凄まじい妖気を持っている.......などと言う程度の話では無い。

不可能のはずなのだ。

それを、高嶺奏は逸らした。

不可能を実行したのだ。


「何だろうなぁ.......」

「どうかしたのか?」

違和感を感じたのは、竜胆の長年の直感だった。

「周りの妖気の様子がおかしい気がすんだよ。なんて言ったら良いんだろうなぁ?」

「妖気の様子がおかしい?そうか?俺には分からないが......」

しかし、竜胆の感じている極僅かな違和感は、頼人には感じる事ができないようだ。


「あっ!それ、俺も感じます」

そこへ、竜胆の言葉に共感する者が1人。

凩谷灯だ。

大岩の縁に座っていた灯は、勢いよく立ち上がって、2人の横に並んだ。

「なんだか........周囲の全ての妖気が、奏ちゃんの『味方』をしているような気がするな」

「それだぜ、灯!奏の味方をしているってのが、一番分かりやすい!灯、お前、表現力高いなぁ!」

竜胆と灯が、ハイタッチを交わした。

その横で、腕組みをして違和感を感じ取ろうと、神経を尖らせる頼人。

「.......判らない」


ズズズ.......ッ

剣が地面へと辿り着き、深々と突き刺さった。

辺り一帯が砂煙が捲き上って、大岩の上からは、状況の確認は一切できない。

それが次第に晴れる。

そこには、地面へ伏せてうずくまる高嶺奏と、奏を身を案ずるように、側でしゃがみ込んだ累葵の姿があった。

それを見た大狼は、即座に「やめ」の号令をかけ、奏の元へと駆け寄る。隼也も急いでその後を追った。


「葵!何があった!?」

大狼が奏の脈を測る。

「分からない。剣が着弾した瞬間、奏が痛みを訴えて倒れ込んだんだ」

「脈拍は異常ないな。『天穿ち』が命中したか.......?」

「いや、それはない。命中すれば見えていなくても分かる。手応えはなかった」


「うぅ.......ぅ......」

「奏!どうしたんだよ!」

奏が苦痛に呻く。隼也は、顔を近づけて声をかける。

「せな.....か....が.....熱い.......よぅ.......」

「背中.......?!」

奏が、背中の熱するような痛みを訴えたのを見て、隼也はある事を思い出した。

一つだけある心当たり。

奏が人間であった時に見た、背中の術式。

背中の中央から放射状に広がる術式と、奏が痛がるところが一致している。


「許してくれ、奏」

隼也が奏の服の裾を掴み、一気にたくし上げた。

「マジかよ、コレ.....」

予想通りではあるが、想像以上の状態だった。

普段は墨で書いたような色の術式が、一部とはいえ、光を放つほどに赤熱している。

術式全体の二割程度だが、その部分では、収まりきらない妖気がスパークしている上、手を近付けただけで熱を感じる。

こんな状態では痛いのも当然だ。


「成る程な.......。奏の生来持っていた莫大な妖気。それを、この背中の術式が使える形として出力していたのか。どうやら、奏は妖気の扱いが4人の中で最も未熟らしい」


自らの意思で数々の武器、銃器を作り出す隼也と頼人。妖気の氷腕を、自らの四肢のように扱う灯。

それに対して、たった今、奏が見せた技の数々は、体に走る術式によって、随一の妖気量に物を言わせて、強引に発動したものだった。

奏の母親が遺したという、奏の体の術式。

本来は、戦闘に使うものなどではなく、危機から生き延びる為の物だったのかも知れない。

「隼也、安心しろ。奏の背中の妖気は、次第に空間中に放散して治るだろう。.......ただ、これでは試合は継続不能だな」

隼也が奏の服を直し、仰向けにしてから抱え上げた。服越しでさえ、じわじわと肌を焼くこの熱。奏自身はどれだけ苦しいことだろうか。

奏を抱えたまま大岩の上へ駆け上った。

「隼也。氷でベッド作っておいたよ。冷たくないから大丈夫なはず」

「ありがとうな。灯」

奏をそっと、ベッドへ下ろした。灯の気遣いのお陰で、氷で出来ているにも関わらず、適度にヒンヤリとして心地良い。


大狼は、隼也が奏を寝かせたのを見届けてから、話を切りだした。

「勝者『累葵』!!.....と宣言したいところだが、中堅で勝ちが無くなってしまっては、面白くもないだろう。大将の勝敗にて、決着としよう。構わないか?頼人、隼也」


その提案に、楽しそうに頼人が笑みをこぼした。隼也もそれに負けず劣らず、挑発的な笑みだ。

「当然。こちらの勝ちは決まったな」

「それはどうだろうなぁ?」


「闘志に満ち溢れているようだな。それでは、配置についてくれ」

大狼に促されて、2人は大岩から飛び降りた。

隼也は地面に、頼人は高台へ降り立つ。

「2人共!熱くなるのは構わないが、手加減は忘れてくれるなよ」


「心配いらねぇって、樹」

「非殺傷にすればいいだろ?」

大狼の注意も、半分聞き流したような2人に、大狼は肩をすくめた。

「まぁいい......。それでは......


「試合っ!開始っ!!」


ガシャッ!

試合開始と共に、頼人が大型の銃を作り出して、銃架によって地面で支持する。

対物ライフル『Sheen04』


「銃を使うって事は聞いてたんだ。高台から始めた段階で、それは予想済みだ!」

対する隼也は、両手へ妖気を集め、剣と盾を作り出した。

犬走椛の武器を複製したものだ。

「そうか。だが、貫通力までは頭が回らなかったらしいな」

容赦なく、頼人は引き金を引いた。耳を劈く発砲音に、隼也と頼人以外の全員が耳を塞ぐ。

ガィン!と、金属同士の衝突音が響いた。

盾で防いだものの、その威力に体が浮き上がり、背後へ飛ばされそうになる。盾は手から外れて飛んでいってしまった。咄嗟に剣を地面へ突き立てて、踏み止まった。

しかし、弾丸の軌道も逸れた。跳弾は隼也の背後にあった岩へと着弾し、容易く粉砕した。


「知っている。アンチマテリアルライフルってやつだよな?こんな距離で、人に向かって撃つような代物じゃないだろ」

「コンクリートだって簡単にブチ抜く対物ライフルを、盾一つで受け切る奴が相手なんだ。これくらい、過剰じゃないだろ?」

「それもそうだなっ......と!」

隼也が投げつけた剣を、頼人は冷静に撃ち砕いた。

その隙に隼也が『天狼・熾爪』を作り出し、地上から一気に間合いを詰めた。


「陸路か。迂闊だな」

頼人がそう呟いた瞬間、隼也は足元から衝撃を感じた。真下から感じる叩き付けられたような痛み。

カチッ.....という不自然な音の直後、爆発音。

地雷か。

恐らく、初撃を受け止めた時。あの瞬間に配置されたもの。

それにしても、上手く隠蔽されている。妖気を探知しようにも見つからない。

「倒れてはくれないか。だいぶ痛いように設定したんだけどな」

「残念な事に、爆発は効きにくい体質でね」

「そうか、それは良いことを聞いた」


頼人は銃を持ち替えた。あの形はショットガンのようだ。

ここから頼人まで50m程度。.......アレの射程圏内って訳か。

隼也も妖剣を作り出した。それを逆手に持ち替えて、強い妖気を込める。

当然、頼人はそれを見逃さない。足を止めて、妖気を練り上げる隼也へ、引き金を引いた。

チャージを止める為に撃ってくるだろうと、横へステップして、弾道から外れる。

ズドッ.....という重たい音と共に、弾丸は背後の地面へと着弾した。

地面が一箇所だけ大きく抉れている。これは散弾ペレットの弾痕とは思えない。

ショットガンに持ち替えたものの、ここはまだ一粒弾スラッグの射程か。


「チャージ完了。ド派手にやってやるよ」

妖剣からそれを保持する右腕、右半身にかけて、十二分な妖気が集中する。

「おらぁっ!!」

雄叫びとともに、背後へ大きく振りかぶった剣を、地面へ激しく擦りながらすくい上げた。

ピッ..........

妖剣が地面へ触れた地点から頼人が陣取る大岩まで、青の線が走った。

妖気の斬撃が打ち出された訳でも無い。しかし、青い切創が頼人の元まで伸びている。

「.......どかん......」


ズドドドドドドドドドドオォォォン......!!

隼也の元から、線をなぞるように連鎖的に爆発が巻き起こった。

軌道上へ配置されていた地雷が全て誘爆し、青と白の爆炎が周囲一帯を包み込む。

最初は小さな爆発、それは先へ進むにつれて規模を増して行き、頼人の元へ辿り着く頃には、大岩全体を飲み込むほどにまで増大した。

距離が離れれば離れる程に凶悪さを増す技。

発生直後に回避行動をとった頼人も、終端の爆炎からは逃げ切れずに巻き込まれてしまい、爆風に吹き飛ばさる。

「ぐっ......」

「悪りぃな。遠距離攻撃はあんたの専売特許でもなんでもないんだ」


隼也は爆発に乗じて、地に手を付く頼人の目の前へ立った。

大鎌を創り出して肩に担ぐ。

「隼也......。お前の能力は『爆発』。そうだな?だからこそ、地雷の効きが悪かった」

「大方正解だな。正確には『吹き飛ばす』らしい」

「へぇ......それは.....随分と強力そうだ」


コロコロ........

「なっ?!」

屈するように地に膝をつく頼人。その懐から、レバーの付いた缶の様なものが転がり出た。

即座に顔を隠そうとする隼也だが、それを見た頼人は呟いた。

「遅ぇよ」

カッ........!!!

2人の姿が激しい閃光に包まれた。

閃光手榴弾。視界を完全に失った隼也が、距離を置くために飛び退こうとする。

しかし、膝に力を込めた瞬間、足を勢い良く払われた。

ふわっと宙を舞う体。隙だらけの腹部へ打撃を受けたと思った瞬間、追い討ちをかけるように、更に鋭い痛みが体を撃ち抜いた。

「がはぁ......!!」

「悪いな。近接戦闘はお前の専売特許でもなんでもないらしい」

空中で衝撃を受け、踏ん張ることもなく地に転がった隼也。

仰向けに転がる隼也を見下ろす様に、頭上に頼人が立った。


「立てよ。これでお互い、ダメージは足し引きゼロだ。腰の引けた牽制合戦はお終いにして......

「正々堂々、ゼロ距離で行こうぜ」


頼人が寝転がる隼也へ銃を向けるより早く、隼也が跳び起きて臨戦態勢に入る。

「そうだな。そっちの方が白黒ハッキリして良いな」

『Light & Bright』を構える頼人と、『天狼・熾爪』を構える隼也。

お互いのリーチは平等。シンプルにどちらが強いかの勝負。


「Ready.......Go!!」

頼人の一声を皮切りに、火蓋が切り落とされた。

激しく打ち合う2人。

その実力は拮抗しており、互いに決定打は無い。隼也の刃は届かず、頼人もトリガーを引きあぐねている。

両者の武器がかち合うたびに、青と白の火花が派手に散る。二人は息を吐く間もない程に競い合っているが、側から見る分には火花が美しくも感じる。


「ねーねー、奏ちゃん」

二人の戦いを見下ろす灯が、氷のベッドで安静にしている奏に話しかけた。

体の動かない奏は、灯の作った氷の鏡越しに戦いを見守る。

「どうしたの?灯くん」

「奏ちゃんはさ、隼也のこと、どう思う?」

「ど、どうって、え?そ、それは.....守ってくれた時はカッコいいかなーとか思ったり........」

灯の問いに挙動不審な奏。どんどん声が小さくなって聞き取れなくなる。

ブツブツと何か言い続けている奏。灯はその様子に思わず失笑する。

「ふふっ.....いやいや、そーじゃなくって、隼也の強さのこと」

「え?......そう。でも、確かに強いよね。戦い慣れてるって感じ」

「だよね。頼人はさ、ずーっと長い間、生き延びる為に戦ってきたって知ってるから、あの強さは納得なんだけど.....。隼也の過去については聞いたことなくってさ。奏ちゃんは何か隼也から聞いた?」

「うーん......僕も、特には聞いてないな」

「そっか.......。邪魔してごめんね」

「ううん」


灯は戦いを眺めながら腕組みをした。

隼也は.......隼也の過去は何があったんだろう。

言い難いことなのか、言えないのか。

あんまり首を突っ込み過ぎるのも悪いのかな。




「その銃、デザートイーグルがモデルだろ?」

「へぇ、知ってるのか」

「細かいところは違うけど、そのシルエットは分かりやすいんだよ」

武器同士で激しく迫合いながらも、会話する余力のある二人。

「一時期、モデルガンに凝ってた頃もあったな」

「そうか。だが、俺のはオモチャじゃない。コレで生き延びてきた」

「でも、ニセモノじゃん」

隼也が頼人を押し飛ばした。それに逆らわずに飛び退きながら、弾倉いっぱいを撃ち尽くす。

それを隼也は冷静に爪で弾丸を弾き落とした。

間が空いて、二人は仕切り直し。

頼人は銃を振って空弾倉を捨てると、銃を軽く放り上げ、落ちてきたところに弾倉を装填する。

隼也は手甲『熾爪』のみを解いて、妖剣へと組み直した。

「あんなに乱暴にオートマチックを扱って、肝心な時に撃てなくても知らねぇぞ?」

「心配ご無用。壊れも、弾詰ジャムりもしない」

「その割にはリロードはするんだな」

「格好いいだろ?リロード」

頼人が再び武器を作り変えた。アサルトライフルだ。銃口をこちらへ向ける。

「フルオートだ。手は緩めない」

隼也がすぐに横へ駆け出す。走る隼也を銃弾が追いかける形になる。

「良いぞ。そのまま逃げ続けろ......」

頼人の目の模様が変わる。

右目はクロスヘアに。左目は正方形が現れた。

補正ロックオンは完了しているんだ」

30発を撃ち切ったところでリロードを挟んで、再び銃口を向ける。

ダダダダダダダダッ!!

「うっ.....!?」

隼也の肩に銃弾が命中した。次々と飛来する弾丸を避けるため、自身を覆う妖気を展開する。

範囲内に侵入した弾丸は爆発し、軌道を大きく変える。

「そういうことかっ!」

隼也が地面へ妖剣を突き立てて、それを軸に急速に転回する。

偏差射撃。

移動する目標を撃つ場合、正直に目標を狙って撃っても命中しない。目標へ銃弾が到達するまでに目標は移動してしまっている為、弾速によっては全く命中しない。

それを命中させるために行うのが『偏差射撃』。

目標との距離。弾速。目標の移動速度などから、敵の軌道を予測して撃つ。

それを実行する頼人の瞳の模様が正方形。

数秒間捕捉した目標に対して、偏差射撃のガイドをつける。その為、頼人の視界には、撃つべき場所が光点として映っている。

しかし、強力な瞳だが制約もある。

片目しか使用しない銃火器でしか使用できないこと。

例を挙げるならば.....

二丁拳銃『Light & Bright』は、両目が円付きのドットサイト。

対物ライフル『Sheen04』は、右目がクロスヘア、左目が望遠。

無反動砲『Bright-Maker』は、右目がクロスヘアで、左目が相対距離となっている。

これらの例はほんの一部だが、両目の用途が決まっている銃器には、使用不可となっている。

これらの武器にはそれぞれ、偏差射撃の瞳を使用できない分、それを補って余りある性質を持ち合わせる為、マイナスとはなっていない。


偏差射撃を早々に見切った隼也が、進行方向をランダムに切り替えながら、少しづつ頼人への距離を詰めて行く。


距離が縮まったのを見て、アサルトライフルをショットガンへ作り変え、更に撃ち込む。

隼也が撃ち込まれた散弾を盾で受ける。大きく後方へ押しやられるが、お返しに盾を投げつけた。

頼人がそれを回避する間に、足下で起こした二連続の爆破でガードのノックバックを止めて、更に推進力を得る。

間合いを詰められた頼人は、ショットガン『Lustar』から『Light & Bright』へ持ち替え。

一気に飛び込んでくる隼也。しかし、剣は振りかぶらずに、剣の柄と腹を持って体の正面で水平に構えている。まるで刃を押し付けてくるかのようだ。

あの体勢から出せる攻撃は限られてくるはず。

出せたとしても溜めが無い分、威力も速度にも乏しい。

いや、何が策があるはず。

ギリギリまで引きつけ、カウンターだ。

横振りなら縦に避ける。縦振りならカウンターが先に当たる。

来いっ!


隼也の剣のリーチに入った瞬間、頼人が飛び上がりながら前転する。剣を振り抜く隼也が見える。

上下逆転した視界。中央のクロスヘアは隼也の後頭部を捉えた。銃口を押し付けて、引き金を引いた。

バァンッ!!

甲高く響いた轟音。

そして、全身に叩き付けられたような激痛。

腹部に感じる鋭い痛みに目を向けると、体を両断するように青の切創が刻まれていた。


隼也は剣を振り抜いた勢いを、足で地面を抉りながら踏ん張って止める。

隙だらけの1段目の攻撃。

回避されればそれまでだったが、カウンターまで狙ってくると踏んでいた。

剣に爆発を起こしての斬撃。威力、速度共に強力だが、何よりの長所は少ないモーションで放てる事だ。

頼人がカウンターを放つ直前に、爆発で加速させた斬撃を背後の頭上へ放った。

攻撃で誘ってから、カウンターへカウンターは見事に成功したようだ。

バスッ!!!

突然の頭部に強い衝撃。大岩ばかりの荒野が、澄み渡った空色と入道雲へ変わる。

岩壁に叩き付けられた頼人の反撃。サプレッサーでマズルフラッシュを低減した『Sheen04』での射撃。

更に砂煙のせいで発射した瞬間が分からず、対応ができなかった。

「......隙......あ.....り........」

頼人が苦しそうに声を絞り出し、不敵に笑う。

右腕一本で対物ライフルを隼也へ向けている。砂煙が流れて、倒れた隼也を視認すると、力無くダラリと手を下ろす。『Sheen04』も手から抜け落ちていった。


「止めっ!!!」

大狼の号令が篭って聞こえる。

「隼也。大丈夫かよ~」

重機のようなものに摘まみ上げられるような感覚。灯が氷の腕で持ち上げてくれたのか。

視界の隅では、大狼たちに岩壁から降ろしてもらっている頼人の姿が映る。

「見事に撃ち殺されたよ」

氷の腕で抱えられながら隼也がつぶやく。それを聞いた灯が、思わず笑いを吹き出した。

「ふっ.....はははっ!見事っていうか、なんか、ギャグ漫画みたいな撃たれ方してたって」


「実質、俺の負けだよなぁ」

眉間を撃ち抜かれた隼也と、斬ることが出来ない剣で両断された頼人。

非殺傷の弾丸でなければ、勝負は決まっていたかもしれない。

「そんなことないって。隼也も爆発を結構加減してたじゃん」

力を加減しての戦いとは言えど、悔しさは変わらない。釈然としないまま、灯に大岩の上まで引き上げられた。


「二人とも、お疲れ。素晴らしい戦いだった」

一足先に頼人を連れて大岩の上で待っていた大狼。

頼人もダメージが浸透しているらしく、氷のベッドの傍にもたれかかって座り込んでいる。

「いやぁー、俺らには真似できねぇような戦いだったなぁ。ま、派手が過ぎたってとこもあるけどな。ほれ、見てみろよ」

竜胆が背後を親指で指した。荒野の奥から黒い点が近づいて来ている。

あれは人影の群れか。

「無駄な時間を使うわけにもいかん。総員、撒くぞ」

「「承知!」」

白狼天狗3人が森へと駆け出した。

「俺らも追いかけよう!」

「あぁ」

その後を灯と頼人が追いかける。

灯は地面へ氷を這わせてスケートのように、頼人はストロボスコープ写真のような人型の残像を残しながら走る。

「奏、大丈夫か?」

「うん。だいぶ良くなったよ」

「そうか。よっと!」

「わ、わっ!!」

奏を抱え上げて、隼也も遅れて後を追う。


目標を見失った人影達は暫く立ち止まった後、自ら融解して地面へ吸い込まれていった。

「ぎ.....ぐ......ぁ.......」

たった1体を除いて。


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