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REVENGER  作者: h.i
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Bullet


カチャカチャと食器同士が触れる音のみが聞こえる。帰って来た頃には日はすっかり沈み、本拠地のメンバーは夕食を食べ終わっていた。皆も危険な任務だったと分かっていたのか、5人で食べるには少し多い量の鹿肉を、残しておいてくれていた。

誰一人、言葉を発しない。いや、切り出せないでいると言った方が正しいか。

今まで何年も幾らかの危険はあったにしろ、人影を退けながらそこそこの平穏な日々を過ごして来たのだろう。今日の異常地帯の偵察も、普段通りに完了するはずだった。

しかし、そこに突如現れたイレギュラー。

身体が銃へ置き換わった人影と、謎の男。

5人全員が、何から話せば良いのか分からずに、空気が硬直している。

その硬直を切り崩したのは、レインだった。

「進化している」

「何のことだ?」

レインの言葉に頼人が眉をひそめる。ささは

「人影だ。ヤツらは進化していた」


「これまで銃を使う人影ってのは、居なかった。頼人の使うような狙撃銃に散弾銃。ここまでなら、偶然なのかと思っていたが........最後に現れた人影を覚えているか?」

ロウが何かに気がついたように、ハッとした表情で答えた。

「二丁の拳銃か!」

「そうだ。二丁の大型拳銃。頼人があの時に人影をなぎ倒した武器だ」

頼人の表情が一層、険しくなる。

「人影は、狙撃銃と散弾銃を学習していた。そして、その武器を模倣した。だが、今度はそれらを壊滅させた俺の拳銃の方が強いと思って、拳銃を模倣した。と?」


「そういうことだ。今は影響は少ないだろうが、進化するという事は、時間が経てば経つ程、俺らは追い込まれていくって訳だ」

「ここまで言っといて何だが、俺の一番の懸念はそこじゃないんだ。問題は狙撃型や強襲型は複数で出現した、というとこにある」

レインがへ鹿肉の塊を削いで盛る。

「狙撃型に限った話じゃないが、学習しているとしてだ......『全ての人影が頼人を模倣した』とは考え難いんじゃないかと俺は思う」

「そもそもだ。狙撃型はこちらが気付く前に仕掛けてきた。そして、頼人。お前が最も多用している武器は何だ?」


「対物ライフルだ。次点でショットガン。大型拳銃は切り札にしている」

「そうだ。お前は今まで、殆どの人型を長距離から倒していた。一番最初に模倣された『対物ライフル』でな。狙撃が効果がないと分かるや否や、次によく使っていた散弾銃に変えて近、中距離戦に切り替えた」

「何が言いたいの?レイン」

首を傾げながら、灯が切り込む。強い武器だから真似をした。それ以上に何かあるのか?

「結論は.......『人影は記憶を共有している。そして、蓄積された記憶を元に進化している』ってことだ。以降、あの進化した人影はどこにでも湧く。俺たち、戦える奴は良いとして、それ以外の奴らが人影と相対した場合、どうする?」

頼人のこめかみを汗が伝った。

「あれはまるで.......物心つかない程に幼い子供に、銃を持たせたような奴らだった。しかし、殺意があった。いくら、反動で吹っ飛ばされようとも、1発目は狙ってくる」

レインは頼人を見据える。決断は彼に全てかかっている。

「死ぬぜ.......?メンバーの4割は、その1発目でな」


黙り込んだ頼人。誰も話さず、次の言葉を待った。

「拠点の.......防衛範囲を6割まで縮小する。だが、防衛の人員は増やす。俺たちも防衛だ。徹底的に固めろ。」

「了解だ、頼人」


「作戦は明日に全員へ伝える。今日は体を休めてくれ」

頼人は食事を食べかけで、席を外した。







満月が天頂へ達そうとする頃、頼人は廃ビルの屋上へ寝転がって、星空を眺めていた。

そのすぐ近くへと、ガツッ!と何かが突き刺さる音。そして、ロウが姿を現した。

地面から斧を抜き取りながら、頼人の横へ胡座をかいた。

「相当、切羽詰まってるよーだな」

ロウが地上を見下ろしながら、話しかける。

眼下には、弱々しく赤い光を放っている焚き火の跡が見える。

頼人は空を見上げたまま、口を開いた。

「ロウ........お前はどう思う?」

「っーと、何がだ?」

「人影の記憶の共有の話だ」

「そーだな。正直なコト言えばよ、恐ぇな。.........今まではよ、視力が良いだけで、別に攻撃とかしなかっただろ?それがあんなモン持ち歩いてるんだ。一撃食らえば、そこでオシマイ。そんなヤツらがワラワラ来るんだ。恐ろしくねーはずがねーよ」

「............」

「けどよ、それでも何とかなるんじゃねーかと思う。楽観的かもしれねーけどさ。俺たちなら、また何だかんだで生き延びれるんじゃねぇかと思うんだ」

「そうか」

「誰をどこに当てるか。あんたなら間違いは無いと信じてるぜ、頼人。...........だけどよ、これだけは一つ覚えていてほしい」


「俺たちは、戦うために生きてるんじゃねぇ。生きるために戦っている。そー誓った事は絶対に忘れねーでくれ」

「あぁ、わかってる、分かってるさ、ロウ........」


星を見つめていた瞳を閉じる。

昔、廃墟に落ちていた本の物語を思い出した。少し大きめの一般家屋の残骸。ふと目に留まった為、中を調べに入った時に見つけたものだった。

表紙は、酷く泥水と煤で汚れており分からなかったが、妙に記憶に残り続ける本だった。


3人の男がいた。男たちは魔物から逃げていた。

いつからだろう?

もう、それすらも覚えていない。

魔物は様々なモノに姿を変えて、追いかけ続けた。

人に、獣に、金に、木に、川に、石に、火に、剣に。

男たちの記憶にあるモノに姿を変えていく。

気が遠くなるほどの間中、追いかけ回された男達はやがて、精神を磨耗し、体力は底をついた。動けなくなり、3人は木陰へと座り込む。

そこへ魔物は、その男たちの最も大切なモノとなって現れた。

1人は『星』だった。天に輝く星座。魔物は全人類が見たことの無い星座となった。

1人は.........現れなかった。魔物は姿を消した。大切なものなどなかったのか?

いいや、そうではない。

男の最も大切だったものは、自らの『命』だったのだ。魔物は男の命へと変わり、一つとなった。

最後の1人のもとにも、魔物は現れなかった。

男は言った。大切なものが多過ぎて、一番など選べるはずがない、と。


1人は、輝く星座、その一つの光となった。

1人は、悠久の命、自らの命を何より重んじた男は、永遠の時の中で、それ以外を全て失った。

1人は依然、変わる事はなかった。無数を失い、無数を得ながら、一生を終えた。



あの本は一体、何を伝えたかったのだろう?

目を通して、下らないと一蹴して捨てたものの、こうやって何も考えずに休んでいると、偶に頭の片隅に顔を覗かせる。

「一番大切なものか」

俺にとっての、一番大切なモノとは何なのだろう?

仲間たち。一番に思いつくものはそうだ。

人影、ましてや銃を装備したヤツらと戦える者は、そう多くない。

俺とロウが最前線に立って、戦い続けるしかない。そうなると、前線への支援を増やすべきか。

そうまでしても、仲間たちを守りきれるという確証は無い。

頼人は胸元からペンダントを引っ張り出した。

シルバーバレット

ゴールドのチェーンと銀の.357マグナム弾。

弾丸の側面には、魔除けの呪文と十字架が刻み込んである。火薬も入っており、きちんと発砲することのできる実弾だ。

いつから身につけているのか覚えていないが、ある限り古い記憶では既に身につけていた。大切なものを考えた時、次に浮かぶのがこれだ。

横目で見ると、ロウがウトウトと船を漕いでいる。彼との記憶も大切なモノの1つだ。

幼い頃、飢えて気を失いそうになっていた時に、ロウと邂逅した記憶。


春も終わりかけ、雲がわずかに流れる晴れた日だった。

俺は仲間とはぐれ、何十日もまともな食事を取っていなかった。その頃の俺はまだまだ、背も小さかった。覚えている限り昔から、光を扱うことが出来たとは言え、扱うことができるだけで、攻撃として成立する程の強度を持ったのはそれ程昔の話では無い。

その頃というと、先端の鋭い棒を作るくらいが精一杯だった。当然、そんなガラクタ紛いの物を作ったところで、動物など狩れるはずもなかった。

ボロボロの廃墟都市ではあったが、あの頃は今程、自然に侵食されていなかった。文明の途絶えたコンクリートジャングルの中で、緑を見れるとするなら、アスファルトの僅かなひびから顔を出した雑草程度。

それらを見つける度に飛びついて口にしていた。しかし、1日の消費をその程度で賄えるはずもなく、日に日に体力を失っていった。

何日も経ったある日、俺は動く体力すらも尽き、大通りのビルに背を預けて座り込んでいた。

時折、遠くの瓦礫の間にチラチラと影が通り過ぎる。動物か。いるとすれば、犬か猫か、はたまた鼠かだろう。

すぐに目を伏せる。いくら飢えて、食料を得ようと必死になろうとも、枯渇した体力では何も出来ない。

自分を呪った。あの時、仲間とはぐれなければ、自分にあの動物を捕まえるだけの知識や力があればと。

このような世界に生きているのだ。人の死など数え切れない程に見てきた。次は俺の番か。そう思うと、急に命が惜しくなった。

自然に涙が流れていた。自分の体に涙として流れるだけの水分が残っていた事に驚いた。

しかし、涙は死を早めるだけだ。

もしかすると、体は死にゆく準備をしているのかもしれない。


「こりゃあ、ヤバイなぁ」

その時、声が聞こえた。俯いたまま、目を開くと誰かの足が見えた。半死人を見つけて、折角だからと身包みを剥がしにでもきたのか。そう思っていると、その男はこう尋ねてきた。

「生きてぇか?」と。

頭で考えるより先に口が動いていた。

「うん」


これが、ロウと初めて出会った時の記憶。その後、ロウが捕まえてきた犬や鳥を食べさせてもらい、何とか生き延びる事が出来た。


ここまでで、考えることを止めた。

俺は三番目の男と同じか。一番が多過ぎる。

かぶりを振って、思考を全て追い出した。

そのまま、瞳を閉じる。いつのまにか、横倒しになり眠ってしまっているロウと同じように、睡魔に身を任せた。







この夜、体全体を包み込む不快感で目が覚めた。

熱帯夜のような、全身に纏わりつく不快感。その感覚に苛まれるうちに、完全に目が覚めてしまった。

一度、目が醒めると、中々寝付けない。

取り敢えず、一旦体を起こした。


「これは........夢か?」

頼人が目を覚ました場所は眠っていた場所そのままだ。そのはずなのだが、横を見ると、眠っていたはずのロウの姿はなかった。

しかし、異様なのはそれだけではない。

瓦礫が浮いている。この光景には見覚えがある。拠点から離れた場所、昨日偵察に行った力場と同じだ。

首元にも何が違和感がある。見てみると、シルバーバレットのネックレスが服の下から飛び出ていた。首に掛けてある分、瓦礫と同じように、好き勝手に飛んで行ってはいないが、軽くチェーンを引っ張られている感覚はある。

頭上を見上げる。怖い程に快晴の満天の星。その中で、遠くに瓦礫にしては不自然な形の影が見えた。

瞳の模様を望遠へと変える。大小二重同心円。倍率を上げていくと、その正体が判明した。

「あれは、ロウの斧っ!?」


ハンドガンを作り出す。斧へ照準を合わせ引き金を引く。銃口からは、弾丸ではなく、フック付きのワイヤーが射出された。狙い通り、斧の柄へ巻き付いたワイヤーを手繰り寄せた。

「一つだけなのか?」

どれだけ探そうとも、どれだけ倍率を上げようとも、もう一方の斧は見つからない。

その時、隣のビルの屋上にもう一方の斧を見つけた。いや、現れた、と言うのが正しいか。

ビルを飛び越えて、急いで駆け寄る。

数メートル先にまで近づいた時、斧を光が取り囲んだ。

「ロウ.......?!」

光はロウの姿を形作った。斧を投擲しようと振りかぶっている姿の光の彫像。

それに気を取られていると、何処からか体に

響くような声が聞こえた。

「生きるのびるってことはサイコーの事だ。死人に口なしってのと同じでよ、生きてりゃ何とかなるもんだ。いくら戦いでこっぴどく負けても、生きてさえいりゃあ、次のチャンスは来るかもしんねぇだろ?だが、死んじまえばそれはねぇ。お前もそうだっろ?頼人。お前もあの時、生き延びたからこそ今がある。そーだろ?」

「あぁ、そうだ。あんたの言う通りだ。ロウ」

そう言い残して、光の彫像は消えていった。

手に持っていた斧も光の粒となって、宙へと散る。


ふと、視界の隅に何かが写り込んだ。

地上に光の点が見える。それを辿ってビルを飛び降りた。重力加速度を光で相殺し、地面に降り立った時、光の点が何であるかがはっきり見えた。

ナイフ。あれはきっと、レインのナイフだ。近づいて見ると先程と同様に、光が集まり、背中合わせのレインとスノウの姿へ変わった。

見えはしないが、何かの攻撃をナイフで受け流す姿勢のレインと、攻撃を避けながら手から衝撃波を放つ姿勢のスノウ。

再び声が聞こえ出した。

「仲間こそ、何よりも大切にすべきだと教えてくれたのは頼人、お前だろ?今まで、何人の仲間の命を背負ってきた?100は下らないはずだろ?」

「そうだよ!頼人!キミは誰よりもみんなの事を想ってくれてるって、私知ってるよ。頼人なら、1人でも生きていけるくらい強けど.......キミは自分の命の上に、沢山の仲間を積み上げて運んでくれてる」

「人間、所詮1人じゃ何にもできない。群れる生き物なんだ。数によって、何事も変えてきた。仲間と少しの知能。人間はこれで進化してきたと思う」

光の彫像が透けていく。支えを失ったナイフが滑り出て、地面に落ちると同時に消滅した。


少し離れた場所、地面に立ち上る大きな光が見えた。

これは遠くからでも分かった。あの柱のような光は、凩谷灯の氷の腕だ。

氷の右腕で地面を殴りつけ、氷の左腕で防御する、宙に浮いた灯の姿。

「頼人。どうか、俺たちと同じような道は辿って欲しくない。こっちの世界には、今の頼人たちみたいな平穏はないから。どうか、生き延びて欲しい。生きる事を諦めないで欲しい。俺たちみたいにならないで欲しいんだ」

氷の腕へ亀裂が走り、バラバラに砕け散った。

「凩谷灯.......お前は一体、何者なんだ........?」

そう呟いた頼人の足元から、光の粒子が立ち昇っていた。それは次第に視界全体に広がっていく。ビルが端から次第に光となって散り始める。足元から絶えず登る光たちに言葉を失い、見上げる頼人。

光の侵食は次第に地上まで及び、地面が崩れ始めた。遂には頼人の足元のみを残して、全てが光となって消えた。

やがて、辛うじて残っていた足元も光と消え、支えを失った頼人は落下し始める。


「なっ.......?!」

長い距離を落下し続け上下の感覚を失い、気がつくと見覚えのある場所へと立っていた。

目の前に浮かぶ直径1m程度の光球。ここは巨大な力場の中央だ。

そこには、その光球へと手を触れる、自分自身の光の彫像があった。

「起源。因果。過去。血統。人であって、人ではない俺達の根源は、遥か強大なモノの掌の上にある。永久に繰り返される悲劇。この流転する因果の円環を断ち切る事が出来るのは自分自身だ」

「何のことなんだっ!」

「積み上げられて来た悲劇を否定し、その他大勢と多少違う選択をする。運命は歪み、永劫の連鎖は断ち切られる。光へ跳躍する者だけが全てを変える」


頼人の像もスゥ.....と透けて消えた。光球のみが残っている。覗き込むと、中央に何かが浮かんでいるのが見えた。次第に光に目が慣れ、その正体を視認できた。

ネックレスだ。

その2つが、光球の核のように浮かんでいる。光に引き寄せられる昆虫のように、ほぼ無意識の内にネックレスへと手を伸ばしていた。

触れれば妖気を残さず奪われて消滅してしまう、そう思われて来た光球。

その光球へと手を差し入れていた。体は消えない。力は奪われない。ゆっくりと奥へ手を突き入れ、遂に掴んだ。

腕を引き抜く。その手には2つのネックレスが掴まれている。

1つは金のチェーンに十字架を模した剣のペンダントトップのネックレス。そして、もう1つは銀のチェーンと翼をモチーフにした盾のペンダントトップのネックレスだ。

両手のネックレスを見比べていると、目の前から光が射していることに気がついた。顔を上げると、遠くに2人の光の彫像が見えた。

体格からして男性と女性。男性に寄り添うように女性が立っている。

「お母さんは、ライトならいつかは聡明なお父さんに似て、過去を知りたがると思う。だから、ライトのためにお父さんとお母さんの宝物を遺そうと思うの。ライトが立派に育って、全てを知るときの為の鍵になるはずだから」

「え.........?母さん?.........待ってくれ.........一言でも話をっ!!!」

頼人が必死に光を追いかける。しかし、距離は一向に縮まる様子はなく、常に一定の距離を置いて話しかけてくる。

「お父さんの剣。お母さんの盾。そして、ライトも持ってるでしょ?いつか会えた時、絶対に迷わないように、これは3人の目印」

頼人は必死に走りながら、胸元へ手を入れた。自分の身に着けているネックレスを取り出す。ゴールドのチェーンとシルバーバレット。3つのネックレスに共通するのは、何処かに刻まれた十字架をモチーフとしたデザインと、魔除けと思われる呪文。

「ライト。お前の力は自らの信念の為に使うのだ」

「私たちからはこれくらいしか遺すことは出来ないけど、そんなものは必要ないくらい、ライトは強い子だって、信じてるから........」



「待って.......くれっ.......!」

藁にもすがる思いで伸ばした手、その指の間から、消えゆく光が見えた。そのまま、頼人の意識もゆっくりと暗く沈んでいく。







「待って.......く.....れ........」

急に意識を引き戻された。自分の声で目を覚ましたらしい。普段、あまり夢の記憶が残っているタイプではないが、今回の夢ばかりは鮮明に覚えている。

流石にあんな夢を見てから、二度寝する気にはなれなかった。眠気を押し殺すように立ち上がり、伸びをする。

夢ではビル下の広場の方で意識が途切れたが、所詮、夢は夢で目を覚めした場所は、眠ったビルの屋上から変わってはいなかった。太陽が顔を見せたばかりだ。ちらほらと疎らに起き出した者が見えるが、大半はまだ寝ているようだ。

少し散歩でもしようと、ポケットに手を入れた時、違和感を感じた。ポケットからそれを取り出すと、目を疑った。

「嘘だろ?.......あれは夢じゃなかったのか?」

そこには夢に出て来た、両親のネックレスのペンダントトップがあった。夢の通り、盾と剣の細工が入っている。

「おはよ!頼人」

背後からかけられた声に振り向いた。咄嗟にペンダントを隠した。声の主はスノウだ。

「あぁ、おはよう。スノウ」

「んん〜?なんだろう?」

スノウが顔を覗き込んで、首を傾げている。

「ちょっと雰囲気変わった?」

「そうか?いつも通りとだと思うが」

「う〜ん、ま、いっか!頼人がいつも通りって言うなら、いつも通りだよね」

バイバーイとスノウが手を振りながら歩いて行った。再び、ポケットから手を引き抜き、ペンダントを見る。実在する。これは夢ではない。それならば、あの光球はどうなった?消滅したのか、或いは核を失い、空洞のまま存在し続けるのか。気になって仕方がない。しかし、一人であそこまで向かうのは危険過ぎる。拠点から離れ過ぎるのも心配だ。

「俺は、どうすれば」

「随分悩んでるみてーだな。頼人」

横から聞こえた声に向き直ると、ロウが立っていた。

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

「いーや、何でもなくないな。お前がそこまで考え込んでんのを俺は見たことねーからな」

目線が逸れる。図星だ。悟られまいと直ぐにロウを見るが既に手遅れ、見抜かれていた。

ロウが腰からナイフを取り出した。軽く放り上げてグリップから刃先へ持ち替えて、頼人へと差し出した。

「これは信頼の証、チーム共通のだ。そーだろ?」

「あぁ」

「俺たち、グループのみんなはお前に数えきれねーほど、助けられて来た。俺たちが心配か?バカいってんじゃねーよ。お前の守ってきたモンは、そんなに弱っちくねぇ」

「.........」

「頼れよ。溜め込んでんなら、吐き出せよ。守るばっかじゃ疲れたろ」

そうだ、ロウのこういう所を俺はずっと尊敬している。

普段は明るく、人当たりが良くて、調子に乗りやすい性格。しかし、時折見せる、心強さに俺はいつも助けられてきたんだ。

「あぁ、ありがとう。分かった。全部話すことにする..............









「成る程なぁ.......昨日の光球と、現実になった夢か。現にペンダントは実物なんだから、夢とは割り切れねぇ。いや、割り切っちゃあいけねーな」

「あぁ、そうなんだ。別に光球の元まで、一人で向かう分には構わない。ただ、人影が進化した今、俺がここを離れるのは悪手だ」

「なーにいってんだ?行けよ」

「は?」

「いやいやいや、行ってこいよ。何か手掛かりが掴めるかもしれねーんだ。おまけに頼人の親父さんとお袋さんについて、知れるチャンスだろ?行かねぇってのが、よっぽど悪手だろ」

「いや、俺がここを離れたら防衛網が薄くなる。それはマズい」

「さっきも言ったけどよ?お前の守ってきたモンはそんなに弱くねぇ。1日くらいお前がいなくたって、どうってことねぇよ。そうだ、あの新入りも連れてけ。確か......灯って言ってたか」

「それじゃあ、更に戦力が足りなくな........」

「今まで、アイツ無しでやってきただろ。今更、新入りの1人2人いなくても痛くも痒くもねぇ。それより、お前に何かあった時の方が心配だからな」

「ありがとう。感謝しても、し切れない」

頼人が珍しく頭を下げた。ロウもいつかはこんな日が来るだろうとは予想していた。常識離れした頼人の力。その源流を頼人が追う事は、好奇心の強い頼人なら当然と言える。

ロウも覚悟は決めていた。頼人の光の力と文様の変わる瞳。きっと大きな秘密があると、ロウは当然見抜いていた。

頼人は顔を上げるとすかさず、人の多く集まる広場へと向かった。


「無事でいろよ。頼人」






「俺っすか?!」

「あぁ、お前についてきてもらう」

「本当に俺で良いんですか?」

自分を指差して驚く灯。頼人の言葉を聞き返す。突然、昨日の光球の元へ再び向かうからついてこいと言われた。しかし、驚いたのはそこではない。この大規模な集団の(トップ)である祇田頼人と、新顔もいいところの俺が2人で行動するってことだ。

十中八九、組織全体からの信頼は得ていない。いや、信頼している人の方が少ないだろう。そんな奴に、最重要人物と二人きりにするのは異様だ。もしも、俺が頼人を狙う暗殺者だとしたら?

これも、頼人の妖力(ちから)を皆が信用しているってことか。


「あぁ、お前が都合がいい」

「分かりました.......けど、なんで、わざわざ昨日の所まで行くの?あんな危険な目に遭ったのに」

「その危険を冒してでも、俺には行かなければならない訳がある」

灯を頼人の瞳が見据える。文様の入っていない黄金。頼人の素の瞳らしい。その瞳からは確固たる意志を感じられた。ここで俺が断っても一人で向かうだろう。

「んじゃ.......早速、準備して行きましょうよ。善は急げって言うし」

目の前にウェストポーチが差し出された。少し驚いた後にそれを受け取る。

「さっすが!準備が早い」

それを腰に装着して、ストレッチを始める灯。

「早速、出発する。なるべく早くにあそこまで行きたい」

「ラジャー」





「行ったか?頼人たちは」

「あぁ、今さっきな。全く、一度決めたら頑固な奴だよ。アイツは」

「でも、それについてっちまう。だろ?」

「さぁな、いつか愛想を尽かす日が来るかもな」

「へへっ、どーだか」

一際背の高い瓦礫の頂上に座り込んだロウと、その横に立つレイン。二人の手には各々の武器が握られていた。

「ゴメーン!遅れた!」

「あぁ........」

手を振りながら駆け足で現れたスノウと、それを見て頭を抱えたレイン。それを見てロウが笑った。

「さってと、俺たちも仕事をしねーとな」

「そうだな。あのパクり魔を片付けるだけの単純作業の仕事だな」

「はっ、違いねぇな」

「ふん、より強いものを模倣するか。それなら、アイツらの武装を全部、ナイフにしてやるよ!」

3人の目の前に広がる光景。多くの人影がこの拠点へ集結しつつある。見える範囲でも50以上はいる。その武装は全て、頼人の使用していた銃を模したものばかりだ。

「俺も負けてられねぇな。けどよ、斧を真似られるのは構わねーけど、ワープまで真似られるのか?」

「どーだろ?流石にそこまでは無理なんじゃない?」

ロウの問いに、首を傾げて返すスノウ。まぁ、深く悩んでも仕方がないと、ロウも敵の元へ飛び込んで行った。






ダダダダダッ!

「なんかっ......!今日は、敵多くないっ!?」

「そうだなっ!昨日を機に何かが変わり始めているらしい」

サブマシンガンを腰だめで人影に撃ち込む。縦に風穴の空いたダメージで融解した。

案外、灯と頼人のコンビは相性が良いらしい。

灯が地面を冷却して人影を釘付けにし、動きの止まった人影を、即座に頼人が撃ち抜く。

頼人の長所は動きのスピードと精密さ。人間の域を逸脱しているが妖怪でも無い為、銃の威力は実物と同程度らしい。

逆に灯は、妖怪故の圧倒的な攻撃力と攻撃範囲がある。しかし、スピードはそれほど出るわけでは無いので、それも頼人の射線を邪魔しない。

「頼人!あとどれくらいで着くかな!?」

「あと10分!敵の出現状況によって前後する!」

灯の氷の左腕がすぅ.....と透けてゆく。その代わりに右腕は氷柱の逆立つ荒々しい姿に変わる。腕の融合。物理的な攻撃力に長けた右腕と、妖気と冷気の扱いに長けた左腕。それらを融合させて、強力な片腕へ進化させる。左右どちらでも構わないが、灯は右利きなので、殆どの場合は右へと融合させる。

この技の利点は........

「フリーズ!つっても止まりはしないよな」

バス!バス!バス!バス!

氷の爪を射出し、人影を壁へ打ち付けた。杭のように壁へ食い込んだ爪から人影が脱出することは叶わず、そのまま凍りついた。

両腕分の妖気を内包しているため、技の威力が大きいこと。利き手であるため、正確な攻撃が出来ること。


そして

「まとめてやってやる!」

腕が急速に姿を変え始めた。指が退化し、手が退化してゆく。そこへ亀裂が走った。亀裂は次第に伸びて行き、遂にクレバスのような割れ目へと変わった。

「凄いな......口か」

頼人が思わず、足を止めて見入った。大きな隙だ。しかし、それに気付く者は一人もいない。その場の人影、全ての視線は灯へと注がれていた。

巨大な大顎。大きく裂けた口と無数の氷柱の牙は、喰い千切る事のみを突き詰めている事を簡単に理解させる。


バシャァンッ!

瞬間、拳を突き出した灯の目の前で、上半身を喰い千切られた人影が膝から崩れ落ちた。

ガァン!

背後から発砲されるのを見越したかのように、バク宙で背後の人影を飛び越える。着地の際、地面に着いた右手からは氷の腕が消えている。

その直後、人影が4体ほどが固まっている地点の足元からそれは現れて、反応する暇も与えずに飲み込んだ。

大顎の開閉は、灯の右手の開閉と連動している。手を広げれば大顎が開き、握れば閉じる。飲み込んだ人影は氷の腕へと吸収される。吸収した分、少し力が湧いてくる感覚がある。


タタタァン!

頼人が腰だめで回転式拳銃を三連射して、人影を処理した。周囲一帯に人影の気配はない。その3体が最後の人影だったらしい。

「この地区は終わったらしい。暫くの間は人影も現れないだろう」

人影は1箇所で処理し尽くすと、暫くの間、その場所へは現れなくなる。この法則も、人影の学習能力として考えれば、合点がいく。

ここへ人影を生み出しても、直ぐに消されてしまい無駄だと学習しているのかも知れない。

「頼人?どうしたの?」

人影の消滅した後に残る、墨汁を零したかのようなドス黒い染みを眺めながら考えていた頼人へ、灯が声をかけた。その声に引き戻されて、再び目的地へと進み始めた。



「ん〜......そろそろ良いよね〜!あの二人も目を離してるし、私も.......我慢できなくなってきたし......ね?」

気配を殺し、後を着けてきている不穏な影に気がつかないまま。









「大分、倒しただろ!」

「そうらしいな、勢いも弱まってきている気がするしな。全く、暇な奴らだよ」

拠点では、戦いが一段落を迎えようとしていた。幸いな事に、出現する人影は最初は2丁の拳銃を身体のどこかへ装着した、拳銃型の人影ばかりだった。

狙撃型と比べると、命中精度が非常に低い。また、強襲型と比べれば散弾ではない分、攻撃範囲もない。倒しやすい相手だったと言える。戦いが始まり暫く経つと、今度は人影の武装が斧へ切り替わった。

モデルは当然、ロウの2振りの手斧だ。ロウの斧は基本的に投擲する用途が主だが、人影はどうやら、身体から斧を切り離せないらしく、ノロノロと近づいてきては、大振りで斧を振り回すだけだった。

当然ながら、拳銃型以上に戦い易くなった。

その後、手斧型に紛れるようにして、ナイフ型も現れ始めた。こちらは手斧型以上に攻撃のリーチが短く、簡単な相手だった。


「ロウ。1つ思ったことがある」

「どーした?なんかわかったのか?」

既に一方的な戦いだ。次々と人影を叩き切りながら、レインが話を切り出した。

「コイツら、人影の強さの基準だ。恐らくなんだけどな、コイツら、何体自分達が倒されたかによって、攻撃の強弱を判断していると思う」

「なるほどなぁ。確かに、俺の斧が一番、奴らを倒してるしな」

勝ち誇ったような笑顔で振り向くロウを、無視しながらレインが話を続ける。

「2つ条件があるように思うんだよ。1つは今言った通り、『どれだけ人影を倒したか』だ。2つ目は、『どちらがより最近の出来事か』だ」

「あー......1つ目は分かったが、2つ目はどういう事だ?」

「頼人の対物ライフルを思い出してくれ。あれで何体の人影を倒したと思う?それこそ、数え切れないほどだろうな。しかし、だ。今回の攻撃では、最初に拳銃型、次に手斧型とナイフ型がきた。一番、人影を倒していた対物ライフルをモデルとした、狙撃型を差し置いて、だ」

「あー、成る程な。確かに、昨日に頼人が使っていたのは大型拳銃だったっけか」

「そういう事だ。人影どもの記憶力が貧弱なのか、ただ新しい物好きなのかは知った事じゃない。だが、きっと奴らは、『最近、大量に人影が倒された武器』を強力な武器と判断して、パクっているんじゃないかと思う」


見る見るうちに人影の数は減ってきている。この場はいくら攻撃しても無駄だと判断したのか、新たな人影の供給が無くなっているらしい。

「マズいのは、頼人がこれを知らない事だ。あいつの武器は強力過ぎる。能力の低い人影が使おうともだ。かと言って、今から追いかけても、間に合わない」

「祈るのみってか......」

ロウが天高くに斧を投げ上げて、もう一方の斧を2体の人影の間へ投げる。ワープしたロウが人影たちを掴み、上空の斧の元へ転移した。

上空へ人影を置き去りにして落下させる戦法だ。

確実に倒すことができる。また、これは賭けだが、こうやって武器以外の要因で倒すことが出来れば、素手へ戻すことができるかもしれない。

「これでラストか!」

人影を背後から、全体重をかけたナイフの突き上げで倒したレインの横へ、ロウが現れた。

先程までの騒がしさが嘘のような静寂。辺りを見回すと、怪我をしたメンバーがちらほら目に留まる。しかし、幸いにも深い怪我を負った者はいないようで、ここからは私の戦いだと言わんばかりに、スノウが忙しなく治療してまわっている。


「ふぅ.......」

レインが深い溜息を吐いた。表情には安堵が感じられる。戦いの最中であっても、メンバーの無事を心配し続けていたのだろう。

しかし、安堵の中に不安も共に混在しているような気がする。

「レイン、怪我はなかったか?」

「当然、無傷だ。あの程度で攻撃を食らうほどマヌケじゃないさ」

「まぁ、そりゃそうだな」


「どうした?そんな、気がかりな事でもあるか?」

少しの間、黙り込むレイン。何か決心したのか、目は合わせずに、口を開いた。

「今回の戦い。決して勝利とは言えないな」


「俺たちの拠点が確実にバレた。人影の記憶が1つのものだと言うのなら、全人影にだ。この場は、諦めたのかも知れない」

「全勢力でかかってくる可能性があるか?」

「いや、それなら『最良』だ」

「それで最良だ?なら、最悪はなんだって言うんだ?」

「例の超巨大人影。『装甲型』だよ。人間サイズの人影だけなら、いくら来ようとも押し返せるはずだ。しかし、その可能性はかなり薄い。通常の人影では無理だと判断したのなら、可能性は2つに1つ。圧倒的に強力な兵を送り込んでくるか、或いは、諦めるか」

「成る程な.......確かにそれはマズいな」

「人影の意思が1つであると言う仮定。それらは樹木のように繋がっているはず。枝葉が人影なら、幹は装甲型だと思う。奴らが本気を出せば、俺たちは手も足も出な.......

「手段はあるぜ」


レインの言葉が終わらぬうちに遮ったロウの言葉に、レインは振り向いて顔をしかめた。

「なんて言った?手段はある?流石に楽観視し過ぎだ」

「いーや!あるね。手段はある」

「何を根拠にそんな事を........」

下らないと、一蹴しようとしたレインの目へ、ロウの斧が映った。

2丁の斧を見せながら、ロウが不敵に微笑んだ。

「俺の斧は『2つじゃない』。これは奥の手。最後の最後、マジでヤベェ時に使う、一度きりの必殺技だぜ」

「ロウ.......あんた、何考えてる?」

「この2丁の斧と俺自身が、揃った時だけに発動できるんだ。両方の斧を装甲型にぶっ刺して、仕上げに俺が触れて.......そして、初めて『最後の一振り』の所までワープできる」

「そこには何があるっ?!」

何かを感じ取ったレインが厳しい表情で問い詰める。しかし、当のロウはいつも通りの明るい表情だ。

「そりゃあ、教えらんねぇな。企業秘密ってやつだぜ?」

レインの握り拳がワナワナと震えている。今にも爆発しそうな感情を、無理に抑え込んでいるようだ。

「...........くそ!どいつもこいつも、バカばっかりだ!頼人は素性の知れない奴を迎え入れるし、あんたはとんでもないことを企んでる!あんたらがこのチームを支えないで、誰がやるんだよ!」

「なーに言ってんだか。お前だろ?レイン」

「ッ......!」

「頼人の親友だろ?あいつが居ない時、メンバー皆を引っ張って行けんのはレインだけだ」

ロウの言葉を受けて、レインが口を開いた。しかし、言葉を発さぬまま、飲み込むように口を閉じて、ロウへ背中を向けた。

「分かってるさ.......けどよ、誰かが居なくなるなんて考えた事も無かった。少し取り乱した」

レインはそうとだけ言い残して、その場を歩いて離れた。その背中は大きな悩みを背負い、今にも崩れそうな印象を受けた。


「いつかは避けられねぇ事態さ。レイン」

姿の見えなくなったレインへ向かって、聞こえない声でロウがぼそりと呟いた。

分かっていた。いや、分かってしまったと言うべきか。初めて瀕死の頼人を助けた時、彼の目と、内から溢れ出していた力を見て、自分達とは異次元の存在ではないのかと感じた。

こいつとはいつか別れが来る。自分達には理解が及ばないほどに、壮大で偉大な使命を見つけてゆくだろうと。

「その時が、やっと来たって事かぁ.....?」


手に持っている斧をくるくると投げ上げては、受け止めを繰り返す。

「そんときゃ、頼人が安心出来るよーに、笑顔で送り出すのが俺らの使命って事だな」

掌の上で斧を器用に回して、勢い良くホルダーへ収めた。

大きく伸びと欠伸しながら、拠点へと歩いて帰ってゆく。

「さて、英雄のお帰りを待ちますかねー」








「到着だな」

「いつ見ても、肌がゾワゾワするくらいに気味が悪いなぁ」

巨大な力場のドームの目の前へ到着した、頼人と灯。2度目でも、この嫌な雰囲気には慣れそうにもない。

「ここで止まっていても仕方がないな。いくか」

「らじゃー!」

先に足を踏み入れる頼人の後を追うように、灯も飛び込んでいった。


「予想通りか」

昨日と変わらず、瓦礫が浮き、ゆっくりと逆さの雨が降る光景。灯の目には一切、違いは分からないが、頼人は何か確信した事があるらしい。

迷いなく歩みを進める頼人の後を追いかける。

「いてッ!」

宙を舞っていた拳大の石が、フワフワと漂いながら偶然、灯の脳天へぶつかってきた。

「このッ!」

ぶつかってきた石を、灯は苛立ち混じりに掴むと、氷の右腕で全力で投げた。

高速で等速直線運動をしながら、巨大な瓦礫へ命中して砕けた。

「灯、気がついたか?」

「え?何が?」

「宙に浮いている瓦礫が、僅かに増えている」

「たしかに......そう言われれば.....?」

ぶつけた頭を押さえながら、灯は景色を再び、しっかりと見直してみた。

確かに、そう言われれば、瓦礫が増えている気がしないでもない。

「恐らく、昨日に俺たちが去ってから、今までに、何かしらの変動があったに違いない。影響がほぼ無いに等しいものならいいがな......」

頼人が対物ライフル『Sheen04』を両手へ携えながら、歩き続ける。周辺に人影の気配はない。昨日の戦闘の影響なのだろう。

ポケットの辺りに違和感を感じた。太腿にむず痒い感覚がある。中身を取り出すと、手のひらに乗ったペンダントトップがゆっくりとだが、動いていた。

進行方向、つまり、光球のある中央へと引き寄せられるように動いている。

「必ず、何かがある」

ペンダントトップが逃げ出さないように握り締めて、ジッパー付きの後ろのポケットに入れる。

「さっきのアクセサリー、綺麗だね」

「あぁ、今の俺の道標だ」

「それに引き寄せられて、ここに今日も来たってことか〜」

「その通りだ」

成る程ね〜、と頷きながら、灯が速度を上げた。左手の上に、狐や小鳥の氷の像を作りながら。


「あいつら......今頃、どうしているだろうか」

そう呟きながら、頼人は空を見上げた。

無事なのだろうとは思うが、心配はどうしても拭えない。やはり、銃を装備した人影だ。あれが一番の気掛かり。前腕などの部位が銃に変異している個体もいれば、頭や足の代わりなど、見当外れな場所が銃へ入れ替わっている個体もいる。しかし、どの銃であろうとも、撃たれれば重症は免れない。俺や、ロウ、レインは銃に捉えられることはないだろうが、その他のメンバーはそうはいかないはず。人影は身体能力の低さ故に、2射目は反動で倒れてしまい、ろくに当たらない。しかし、1射目は狙える。

1体につき1射。それが無数。

かなり厳しい戦いになるかも知れない。

撃たれても、すぐにスノウが治癒を施せば、当たりどころが良ければ命は助かるだろう。しかし、常にスノウが駆け付ける事ができる訳ではない。それに彼女にも体力の限界というものはある。他人の治癒などの高度な術を使えば、消耗は一層、激しいだろう。

やはり、俺があそこを離れるのは失策だった。この為に犠牲が出ていたとしたらと考えると、やり切れない気持ちになる。

「やっぱり、拠点のみんなが気になる?」

心配そうな顔をする灯。

「あぁ、そうだな。確かに皆を信頼しているとはいえ、不安は拭えないな」

「それなら、早く用事を終わらせて、助けに行かなくちゃね〜」

「確かに、そうだな。急いで終わらせよう」


「............?なんだろ?」

灯の足が唐突に止まった。少し遅れて、気づいた頼人が後ろを振り向いた。

「どうかしたのか?」

「嫌な雰囲気がする」

「そうか?俺は特に感じないが.......」

「頼人......武器を出して」

灯が氷の両腕を展開する。それを見て、頼人も、ただ事ではないと察したらしく、武を二丁拳銃へと持ち替えた。


「やぁ!君たちか!」

「お前......」

頼人の両の瞳が変わる。円と中心点。拳銃用の、それも近距離射撃の為の瞳。

「昨日振り。だね?あの光球が気になったんだろう?奇遇な事に、僕もなんだよ。何か、大きな変化が起きた気がしてね」

「お前ら.......何をした?」

頼人の鋭い視線に、大袈裟な芝居がかった手振り身振りで、男は驚く。

「とんでもない!それは誤解だよ。僕も何があったか知らない。だから、ここに物見に来ただけさ!ただ、うちの自由人も付いて来たがってね。彼女は話を聞かない性格なんだ。これから彼女が.........」


「何かやらかすかもねぇ?」

男が肩をすくめると同時に、3人の目の前の空間へと、裂け目が走った。

最初は細い糸のような、紫とも黒とも取れないような色の線。次第にそれは、広がって行く。いや、広げられている。


「頼人!コレ、なんか出て来てるっ!!」

「あ〜ぁ.......そんな無茶な現れ方して........後始末は僕なのに.......」

緊迫する2人の空気に対し、男は落ち込むように溜息を吐く。

ビシッ!という、ガラスにヒビが走るような音を鳴らし続けながら、裂け目は広がり続ける。裂け目から僅かに飛び出している何者かの指。その指は、裂け目の縁をしっかりと掴み、渾身の力で引き裂こうとしている。

バッシャァアンッ..........!!

遂に堰を切ったように、湾曲に耐え切れなくなった空間が砕けた。空中に不気味に開く大穴から顔を覗かせたのは、女性の姿だった。

「おひさ〜、少年!」

その女性を見た途端、灯の表情が凍りついたのを、男は見逃さなかった。

「あれ?初対面じゃなかったかな?」

「君は........あの時の.......」


「覚えててくれたんだ〜!うれし〜!」

女性は嬉しそうな表情で両手を頰に当てている。

前回、遭遇した時は何もなく立ち去った女性。だが、今回はそうもいかないらしい。どこからどう見ても、戦う気満々だろう。その両腕が全てを物語っている。

肘上までを覆う、見るからに堅牢そうなガントレット。恐らく、彼女の武器なのだろう。それに、空間をも引き裂いて現れた。異様な能力。

氷、爆発、光。これまでに知っている能力は、ここまで特異性のあるものではなかった。


女性が頼人の方を見て、首を傾げた。

「君は〜、初対面だよね?初めまして、レイカはレイカって言うの!よろしくね!」

頼人は警戒して、銃口を向けたまま動こうとしない。挨拶にも無反応だ。ただただ、冷静に睨みつけながら、回避が出来るように出方を窺っている。

「レイカ、本当に止める気は無いんだね?」

男が呆れた表情で、レイカと呼ばれる女性へ問いかける。

「レイカに止める気があると思う?」

レイカはクスクスと笑いながら、聞き返した。男は諦めたように、「全然」とだけ言い残して、距離を離した。


レイカは灯たちの方へ向き直る。まだ、殺気のようなものは感じられない。

「いやぁ〜、ホンットに。君たちカッコ良かったなぁ〜」

「何の話だ」

頼人は徹底して、冷静な対応を繰り返す。

「それは、ねぇ?君たちの戦うトコだよ。やっぱ、イイよね〜........戦う男の人ってカッコいいよ〜」

「僕たちのこと、見てたの?」

「もっちろん!昨日からね〜。いやぁ〜、お嫁に貰われるなら、レイカより断然、強い人が良いなぁ〜........」


「ふっ.......そんなだから、貰い手が見つからなかったんじゃないのかな?」

茶化すように、遠巻きに眺めていた男が呟いた。

バグォォオ.......ン!

突然、爆音が轟いた。濛々と砂煙が巻き上がり、全身を打つ衝撃が走った。

「なっ!何がっ!?」

咄嗟に氷の両腕を展開して、防御姿勢をとる。しかし、次の衝撃は来なかった。

砂煙が収まり始めた。そこに見えたのは、拳を真横に突き出したレイカと、目の前に結界を展開した男の姿。

今までと別人の様に殺気立ったレイカ。体から、先程の空間の裂け目と同じ、黒とも紫とも言えない妖気を、煙の様に立ち昇らせていた。暗い妖気で表情は見えないが、射殺す様な眼光は淡い光を伴って、男を睨みつけている。

「今度はブチ殺しかねないから」

「ほんと、ごめんって!僕が悪かったよ。悪ノリしすぎた」

男の目の前には3つの結界が展開されている。1、2枚目は粉砕されて、破片のみが辛うじて残っている状態。最後の1つは全体にヒビが走っている。中央には、『33491』という数字が円に囲まれて表示されている。

中央下には『1509/35000』という表示。


「それじゃあ、レイカ。僕はもう行くよ。リンのお願いも叶えてやらなくちゃいけないからね」

男は半ば逃げる様にして、その場を立ち去っていった。

男の姿が消えた瞬間、この場を支配していた圧力も同時に消えた。レイカが恥ずかしそうに笑っている。

「ごめんね〜。ちょっと、取り乱しちゃった」


「嘘......でしょ?」

灯の足は完全に竦んでいた。初めて、自分が狩られる側へと回ったことを自覚してしまった。思考が警報を鳴らし続ける。殺される。退避せよ。と。

しかし、体が上手く動かない。

「レイカはねぇ今日は君たちと戦いたくって、たまらなかったから来たの〜♪」

レイカから放たれる言葉。最も聞きたくなかった。彼女には戦闘の意思がある。

「何故だ。俺たちは生きる為に戦っている。お前が、遊び半分で戦闘を仕掛けるなら、逃げるだけだ」

頼人は至って平常だった。考えてみれば、頼人も含めた彼らのチームは、これまで戦いの日々だっただろう。それも、人影という追走者から逃げ続けながら。彼らは間違いなく、狩られる側を強く知っている。


頼人がバックステップで距離を離した。

「なんだ、これは?」

怪訝そうな表情をする。普段とは違う違和感。異様に、体が軽い?

「だぁ〜め!レイカ、君たちをずっと見てて、疼いてたんだから〜。せっかくだしぃ?君たちにはハンデをあげる。けっこう、動き易いでしょ?」


一体、何をされたんだ?自分がワンステップで移動できる距離は把握しているはず。予想以上の移動距離は、彼女の能力に起因するらしい。なら、何の能力だ?

「おっ?君は頼人君だっけ?ヤル気になってくれたみたいだねぇ〜」

レイカは子供の様な、純粋に喜んだ表情をする。戦いを楽しむ。頼人からすれば、それは異常なことだ。戦いは、生きる為に行うもの。未来の争奪戦だ。決して、娯楽の為に行うようなことではない。もしも、そういった形の戦いがあったとしても、そんな余裕などない日々を過ごして来た為に、そんな思考などなかった。


「頼人、マズいって!勝てないよ!」

「あぁ、そうだろうな」

頼人が前へ構えた二丁の拳銃のマガジンを落とした。拳銃を軽く投げ上げて、新たに作り出したマガジンを、銃へ叩き入れる。キャッチした銃をレイカへ向ける。

「それでも、逃げはできないな。逃げたとして、何処へ行く?拠点か?それこそ、数十人単位で被害が出る。勝とうが、負けようが、例え、死ぬことになっても、あいつの戦闘への欲求を満たさなければ、同じことだ!」


頼人が一切の迷いなく、引き金を引いた。

周囲へガァン!と音が響き、マズルフラッシュに顔が照らされる。銃弾はレイカの顔辺りへ命中し、大きく仰け反った。

すぐに頼人は距離を離す。一呼吸置いて、ゆっくりとレイカが仰け反った体を起こす。

現れたのは傷一つないレイカの満足げな顔。命中したと思われていた銃弾を、彼女は噛んで止めていた。弾丸を吐き捨てながら、軽くジャンプを繰り返す。


「嬉しいなぁ〜♪こんな素直に相手してくれるなんて!........じゃぁ、今度はレイカの番だね♪」

レイカが右腕を引いた。力を溜めるように拳を握る。暗い紫色の瞳が、淡い光を帯びている。これから繰り出される技も、彼女の能力の一端というわけらしい。

「ふぅ.........。さーん、にーい、いーち........」


ゆっくりと進むカウントダウン。灯は氷の両腕の爪を地面へ突き刺して、壁のように配置する。頼人も、その背後へと身を隠した。

レイカの拳からは、ドス黒い妖気が漂い、ただの殴打ではない事は分かる。しかし、ゼロ距離であれだけの妖気を叩き込まれるとすれば、その後がどうなるか、想像に難くない。

「ぜろ♡」

腰だめに引いた拳を、そのまま、腰の高さで打ち出した。ボディアッパーのようなモーション。しかし、体が触れるほどの距離で放つような、ショートレンジの殴打だ。

10m以上距離を離していた2人は、当然ながら射程圏外。虚しく宙を打ったかのように思えた拳。しかし、その不自然な事実が2人を更に慎重にさせた。


ビシィィイッ!

ガラスへヒビが走ったような音が、大音量で響いた。レイカの目前から2人の位置まで、ヒビが走る。

それを見て、即座に2人はバックステップで距離を離した。完全に巻き込まれて、全身がヒビ割れていたように見てた灯の体は、距離を離すと、ヒビが消えていた。

バッシャァアアンッ....!!

レイカの攻撃から一呼吸置いて、ひび割れていた空間が四散した。

ヒビの形に沿って、周囲の地形も同じように砕け散った。もしも、回避が遅れていれば、自分もああやって粉砕されていたのかと思うと、灯の中に冷たいものが流れた。

幸い、体の方はなんともない。恐らく、ヒビに触れようとも、粉砕する瞬間に逃れていれば問題はないらしい。

猶予こそあれど、当たれば即死は免れないだろうが。


「いい反応だねぇ〜。さあ!どんどん攻めちゃっていいよ〜」

挑発するかのように、両腕を広げて笑みを浮かべるレイカ。頼人が対物ライフルを作り出して、照準を合わせた。

「灯!前衛を頼む!」

「らじゃっ!」

灯がレイカの元へと飛び込んで行く。頼人の射撃が本命。その為の布石。

「それなら!ド派手にっ!」

高く上げた左腕を手刀で振り下ろす。地面へ叩きつけられた腕からレイカの元まで、氷の刃が高速で生み出される。

それをレイカは避けようとはしない。真剣白刃取りのように、両手で挟み込んで体の正面で止めた。勢いで、いくらか地面を削りながら押される。

左右で上下の高さを変えて受け止めた手に、氷の刃は捻るような力を受け、容易く割られてしまった。


「喰らえ」

距離をとって、スコープを覗いていた頼人が呟く。伏射姿勢で構えている対物ライフルは、普段とは違うデザインのものだった。

いつもよりも更に大柄なシルエット。普段は装填数6のボックスマガジンだが、今、使用しているものは、八角形のドラムマガジンだ。

ガガガガガァンッ.......!

異様に長い轟音が響く。

5点バースト。射撃の余波で周囲の砂が巻き上げられる。

「くぅ.......!」

レイカは発射と同時にクロスアームブロックをとる。しかし、2発は間に合わずに体へ命中した。3発はガントレットに弾かれたが、威力によって数歩、押し下げることができた。


弾倉横のレバーを起こして手前へ引くと、一射で空になったドラムマガジンが弾き出された。即座に場所を変えに走る。頭上10m程に浮いている巨大な瓦礫が目に付いた。光を噴射して飛び上がりながら、リロードした。


5点バーストでは、1発辺りの精度と威力、初速は僅かに低下する。しかし、そのブレが攻撃範囲を広げてくれる。

威力や精度が落ちるとはいえど、それでも拳銃などの比ではない。レイカの両腕のガントレットを撃ち抜くには、これくらいの威力は必要だ。

頼人の右目は、対物ライフル用の円とクロスヘア。しかし、いつもと違うのは2つ目の同心円があること。

中央の円は非常に小さい。これは5点バースト時のバラけ範囲の目安だ。

この円に標的を入れて、撃つ。


ブロックを解いたレイカ。その腹部には、光の弾痕が残っている。そこへ指を突き入れ、摘むように引き出した。2つの弾丸がズルリと引き抜かれる。貫通していない。体表で止められていた。血塗れの弾丸をくるくると回しながら眺めるレイカ。血が流れる腹部からは想像できないほどに、その表情は全力で遊ぶ子供のように楽しそうなものであった。


「スゴい!スゴいよ!ホンットに予想以上!」

両腕のガントレットへと妖気が集中する。灯が後退りする。再び、空間を砕く打撃が来る。

頼人も直ぐに回避できるように準備する。しかし、狙ってきたのは遠距離攻撃をする頼人ではなく。いつでも打撃を狙える距離にいる灯の方だ。

「うおっ!?」

間一髪。体を捩って避けることができた。

「うわっ!」

体が後方へ強く引っ張られる。避けたかに思えた打撃は、服装を僅かに掠めていたらしい。半ば引き摺られるように背後へよろよろと下がった灯に、レイカが更に追撃を加える。

ゴンッ!

鈍い音が響く。レイカの拳と灯の氷腕がぶつかった音だ。拳で応じた灯は、浸透するような重たい痛みに表情を歪ませる。

レイカの一撃一撃に、灯は後ろへ押されている。

狙撃の機会を伺いながら、眺めていた頼人がそれを見て、冷や汗を流した。

何故、俺を狙わない?

灯と比較しても、後回しにして都合の悪いのは俺の方なのは明白。俺を後回しにするとしても、攻撃を受け続ける意味はない。それなのに、レイカは灯とばかりに打ち合う。射線が通っていることも気にせずに。



氷と金属の衝突する鈍い音と、氷の欠片が飛び散る中、2人は激しい攻防を繰り広げる。

押されているのは灯の方だが、ダメージが深いのはレイカの方だ。対物ライフルが発射されてから、レイカは初めて反応する。最速で反応しても1発、殆どの場合、2発目まで命中している。

そのダメージの蓄積で、全身を血に染めている。それでなお、頼人の事は完全に意識の外のようだ。


ドッ......!

「ぐっ.....はっ!!?」

レイカの拳が灯のガードを擦り抜けて腹部へ入った。体をくの字に折り曲げて、呻き声を上げる灯。完全に足を止め、膝から崩れ落ちる。

その光景を見た頼人が動揺を露わにした。気持ちを立て直し、こちらへ振り向こうとするレイカに素早く照準を向けた。

ガガガガガァンッ.......!

躊躇いなく引き金を引く。しかし、今度は上体のみを動かして、全弾を躱した。銃口の向きを見ていれば躱すのは簡単という事らしい。

「何故、俺を狙わずに、灯から先に倒した?」

積もり積もった疑問を聞かずにはいられなかった。レイカは血の滴る頰を親指で拭いながら、こう言った。

「だって、ねぇ?殴り合うなら、灯君との方が楽しいでしょ?」

背筋に冷たいものが流れる感覚がした。狂っている。殴り合いを楽しめるなら、外野から幾ら銃で撃たれようとも、全く意に介さないと言うのか?

「けど、とーぜん頼人君に撃たれてたのは痛かったんだよ?あ!気にしないで?全然、嫌味で言ってるんじゃないからね。痛いのと、気持ちいいのは紙一重だしね〜」

話しているうち、レイカの身体中の傷からの出血は止まっている。頼人はそれを見て歯を噛んだ。

大経口弾を止める防御力に加え、この回復力。彼女がここまで隙だらけに戦うのは、倒されない自信があるのか、或いは、本当に俺の事は頭になかったのか。

「何故、お前はそこまで戦いを楽しめるんだ?」


「え?う〜ん.......」

頼人の問いに、初めてレイカが動揺を見せた。少し目が泳いでいる。

「それは.....あんまり聞かない方がいいと思うな。レイカもだけど、きっとこの先、頼人君が戦う事になる人達にもね」


「そうか。なら、ついでにもう一つ聞かせてもらおうか。俺を殺せば、お前は満足して帰るか?」

「それは違うな〜。レイカは別に頼人君を殺したいとかって、思ってるわけじゃないの。ただ君達と戦いたいって思っただけなんだから。だけど、やるからには全力でぶつからないとね〜」

「その結果、俺が死ぬのは興味はないと?」

「まぁ...そこまでは言わないけど.....そうなっちゃったらしょうがないかなって」

頼人が対物ライフルから手を離した。地面に触れると同時に消滅し、頼人の手へ大型拳銃が現れる。

「Light&Bright......お前と戦って満足させれば、大人しく消えてくれると?」

「そういうこと!」


ガガァン!

両手の拳銃が火を噴く。レイカは冷静に両手で2発を掴み取っている。瞬発力も動体視力も人を遥かに超えているらしい。

「すた〜と♡」

レイカが一気に間合いを詰めて来る。

気を抜けば一瞬で終わる。灯が受けたボディブローでも、自分が食らえば、それこそ豆腐でも殴ったかのように破壊されるだろう。

まずは様子を見る。癖や隙を見つけたならばそこを、そこのみを突けばいい。

頼人の瞳が変化する。菱形と中央点。ハイスピードカメラのように、動体視力を引き上げる瞳。

特殊な強化のために、消耗も大きい。そのために普段は使いはしないが、これを使ってでも、攻撃は全て見切らなければならないだろう。

左足に力が入る。体重を乗せた右拳が来る。体を捩り、すんでの所で躱す。背後の空間から、再びガラスの砕けたような音が聞こえる。背後の空間が粉砕された。

バックステップで距離を取っていれば、間違いなく硬直時間を狩られていた。しかし、これで分かったことがある。この空間を破壊する攻撃には予兆がある。破壊される空間には重々しい妖気が極僅かに漂う。それを見落とさなければ、食らう事はない。


「ふふん♪こ〜んなにレイカに密着しちゃって、結構積極的だなぁ〜」

「言ってろ。Bright-Maker」


瞬間、2人は激しい閃光に包まれた。爆音が遮る物のない周囲一帯へ響き渡り、激しい光に辺りは真っ白に照らされる。

「痛ったぁ........」

数m吹き飛ばされたレイカは、両目を手で押さえて立っていた。爆心地には仰々しい火器を肩に担いだ頼人が立っている。

「無反動砲を撃ち込んでも、痛いで済まされるなんてな。だが、暫くは目は見えないんじゃないか?」


頼人の言う通り、レイカの視覚は完全に奪われていた。光を扱う頼人の放った無反動砲は、着弾の瞬間、爆炎の代わりに閃光を放つ。通常の爆炎と同等以上威力の威力を誇る上、閃光による高熱のダメージも期待できる。

レイカは両目を閉じて、ファイティングポーズで小刻みにステップを踏んでいる。見えないならば、見ないも同じと言うことか。

こうなれば、こちらの土俵。距離を取り、辛うじてダメージの通る対物ライフルを撃ち込む。


「ふぅー..........ほんっとに期待以上だなぁ。でも、レイカの目を奪っても倒せないと思うよ?」

ガガガガガァンッ!

「だって、目は見えなくても、頼人君たちがどこにいるか分かるんだから」


ガガガガガァンッ!

容赦なく凶弾がレイカへ向けて放たれる。

次は躱そうとはしない。ギギギギギィン!と、弾かれた音と火花が散る。ただただ、冷静に右手を突き出していただけ。

どこへ狙いをつけられているかを察し、攻撃範囲を見切り、掌で防ぎきると確信した上での防御だろう。

「化け物かよ」

ゆっくりとレイカが歩み寄って来る。楽しそうな笑顔で。もはや狂気すら感じるようだ。

再び距離を取りながら、二丁拳銃を連続で撃ち込む。これは防がない。命中した箇所からは血は出てこない。殆ど効果が無いようだ。

「新鮮だよ。目隠しかぁ〜。テンション上がっちゃうなぁ〜」


ストッピングパワーの不足か?それならば、こちらを使うまでだ。

「Luster」

ポンプアクション式のショットガン。

ガンガンガンガンッ.......!

トリガーを引いたまま、フォアエンドをスライドさせ続け、装填数全てを撃ち込む。8発を撃ち終わった時には、レイカの動きは止まっていた。

服装も随分ボロボロになってはいるが、傷は既に塞がりはじめている。ガントレットに至っては全くの無傷だ。

「懐かしいよ。とっても昔に頼人君みたいな銃を持った人達と戦ったことがあったなぁ〜。みんな人間だったけどね。でも頼人君はその誰よりも、何倍も強いよ。同じ人間なのに」


ズンッ!

空気が振動する。レイカの放った掌底が空中を打った。その直線上が、陽炎のように歪曲して見える。

次の瞬間、その歪曲した空間へ強力な謎の力に引き込まれていた。

うつ伏せに倒れ込んでいることに気付き、急いで顔を上げる。目の前にしゃがみこんでこちらを眺めるレイカがいた。

「んっふっふ〜♪なんだか分からなかったでしょ?そろそろネタバラシしてもいいかなぁ」

立ち上がろうとする頼人の腹へレイカの足が添えられる。そのまま、蹴り上げるように、足で頼人を放り投げた。優しくふわりと浮き上がる。しかし、急速に視界が暗転していた。

「ぐうっ......!!」

全身に激しい痛みが襲い掛かってくる。空中にいたと思っていた途端、地面へ叩きつけられていた。しかし、特に痛みが強い場所があるわけでは無く、全身が満遍なく痛い。打撃で叩きつけられたということでは無いらしい。もっとも、彼女の力なら簡単に潰されているのだろうが。

「レイカ、隠し事が苦手なんだよね〜。だから、レイカの能力を教えてあげる。レイカはねぇ、重力を操れるんだよ」


なるほど。地面へ叩きつけられのはその為か。殴り合っていた灯が、かなりの距離を吹き飛ばされていたのも、攻撃方向に重力が掛かっていたか、足下の重力が弱くなって踏ん張りが利かなかったか。

レイカのハンデで、身体が軽いのもそうなのだろう。

しかし、重力というキーワードが判っても、対策が思い浮かばない。レインなら巧い策を立てているのだろうが、俺には敵わない。

飽くまでレインが参謀、俺は前線指揮だった。


「ッオラァッ!!」

ドゴン!

目の前に立っていたレイカが一瞬にして、視界の外へ消えて行った。奥には、立ち直った灯と振り抜かれた拳が見えた。

レイカは宙へ浮かぶ瓦礫に突っ込んでいる。

「大丈夫!?頼人!」

「あぁ、おかげさまで!」

駆け寄ってきた灯が、立ち上がろうとする頼人を助けた。

「聞いたか?灯」

「うん。重力.......だね」

「道理で銃弾での傷が浅いわけだ」

「頼人。正しい記憶だったかはちょっと分からないけど......確か、重力って落ちるスピードと重さは関係なかったって聞いたことある気がする」

「そうなのか?」

物心ついた頃から、荒れきった世界でその日その日を生きてきた。ある程度の知識は、文明の遺物などで得てはいるが、詳しい事を教えてもらった事など無い。

「きっと、レイカは銃弾を自分と反対側に落とそうとすると思う」

「なら、落とし切れないスピードで撃ち込むってことか」

弾速、これか。

対物ライフルを作り出す。今度は5点バーストは廃して単発へ。普段は、人影を1撃で粉砕する為に弾頭重量も考えているが、今回は重量を下げて、その余剰妖力を速度へ回す。

最速の弾丸の為に。

「灯。また、前線を頼めるか?」

「当然!まだまだいけるよ!」

「お前に当たればタダじゃ済まない。氷の腕で距離を少し置きながら戦ってくれ」

「らじゃ!」

マガジンを装填する。これまでに、ここまで命を危険に晒したことはあっただろうかと、記憶を辿る。

レイカは明らかに手加減をしている。それでも、うっかり一撃を貰えば即死。重力という想像の追いつかない大スケールの力。生唾を飲み込み、深呼吸を一つ。落ち着けと、自らへ言い聞かせる。今は生き死にを考える余裕などない。ただひたすら、全力で抵抗するだけだ。レイカを満足させ、皆を守る為に。

頭を整理し、スコープを覗き込む。驚く程に時間はゆっくりだった。灯が1歩......2歩と、レイカへ突撃してゆく。

それを迎えるレイカも、笑顔で飛び込んでくる。灯が右手を突き出すと、それに従って氷の巨腕もレイカを襲う。スライディングでそれを避けたレイカが地面を押し上げ、両足で腕を蹴り上げる。

重力の従える一撃は、人の胴よりも太い氷の腕を簡単に押し飛ばす。後ろへ仰け反る灯を打ち砕かんと、レイカが踏み込む。右腕には黒紫の妖気がチャージされている。空間を粉砕する一撃だ。

ビキィィイ.......という音を立てながら、小石を持ち上げる霜柱のように、灯を上へ逃がすように、足元から氷柱が飛び出してきた。

拳が氷柱を打ち砕き、破壊が止んだ後に灯が着地した。

「あれ?倒したと思ったんだけどなぁ。まぁ、殺しちゃったかなって、ちょっと焦っちゃったし、ラッキーってとこかな〜」

「怖えぇよ.....。一歩間違ったら即死だよね.......」


首を傾げるレイカへ、すぐに拳を打ち込む。氷の拳だけでもレイカの身長とそれほど変わらない幅がある。それを両腕で受け止めたレイカが拳を掴み、背後へ渾身の力で振り回す。

灯の腕に氷の腕が連動して動くという事は、氷の腕に灯の腕も連動するという事。灯もレイカに振り回された勢いを諸に体に受けて、軽く吹き飛ばされる。

「ダメだよ?空中に投げ上げられるのは結構危険なんだから」

ズッ.......!

全身に下から抵抗を感じた。強化された重力によって、下方へ引き落とされていることに気が付いた時には、軽くめり込む程に地面へ叩きつけられていた。

肺から空気が押し出され、ひゅう、と妙な声が漏れる。窒息しそうな苦痛だが、灯は不敵に笑う。

「俺に触りすぎだよ?レイカ」

その言葉を聞いたレイカが、急いで見えない両目で、両手を見る。

白い靄が漂う程に冷却されたガントレット。それに覆われた両腕は、肘から先が文字通り凍り付いて動かない。

「金属はよく冷えるっしょ?そして、今は俺、地面にベッタリくっついてるよ?」

気が付いた時には既に遅かった。灯の下から伸びる霜柱はレイカの足へ到達し、太腿までを白に染めている。


「終わりだ」

カチ

パアァァアンッ.........

一際大きな破裂音が、耳に痛みを感じる程に響く。

レイカの瞳から血涙が流れる。頼人の弾は正確に、こめかみを撃ち抜いた。先程までが嘘の様に、ピクリとも動かなくなったレイカが、横ざまに倒れてゆく。

凍り付いた両足が地面から剥離し、ドサッという重たい音と、ガチッという硬質な音、人が倒れた時、ほとんど共存しないはずの音が鳴った。


「やった.....のかな?」

レイカの重力を受けなくなった灯が恐る恐る立ち上がる。見た所、死体のように身動き一つ取らない。しかし、妖気は感じる。妖怪の死を目の当たりにした事がない為、死後にも妖気が残るのは正しいのが分からない。

もしもの時を考えると、この間合いは危険すぎる。氷の腕は体から少し離れた位置に現れるため、至近距離は不得意だ。


頼人の下まで下がった灯が服を捲りあげ、殴られた腹を見る。自分自身の傷とは分かっていても、うわぁと声を漏らしてしまう程に黒く内出血していた。

妖怪故の回復力か、痛みは既に引いてきているが、感覚はいまいち鈍い。

「帰ったらスノウに治してもらおう」

頼人がその傷を見て、目を細めている。痛々しさに、見ていられないと言った様子だ。

頼人は周囲を見回して、少し考え、首を傾げた。

「どうかした?」

「いや、な。浮いている瓦礫がそのままだなと思っていた」

頼人の言葉に、灯も周囲を見回して考え込んだ。

確かに、その通りだ。もしも、彼女の、レイカの力で瓦礫が浮いていたのなら、異常な重力から解放されて落ちるべき。それに、この場所は俺がこの世界に来る遥か前から有ったらしい。レイカが、その遥か前からずっと此処に居たとも考えられるが、可能性はとても低いはず。

やっぱり、この瓦礫は重力で浮いているのでは無いらしい。


「灯、レイカの妖気は感じるか?」

「ちょっと待っててね....」

人間である頼人よりも、灯の方が妖気に対する鋭敏さは高い。

目を瞑って、レイカの方へと意識を集中する。彼女の妖気が健在であれば、瞼の裏の暗闇に明るい光が映り込む。それが強ければ強い程に。

暗闇に、ぽぅ.....と微かな光が見える。弱った雌の蛍のように、周期的に明暗を繰り返す。

「生きてるかは分かんない。けど、妖気は感じるよ」

「そうか.....」

頼人が両手を前へ突き出すと、両手へ光が集まり、大型拳銃を形作った。

「少し気は引けるがな、用心に越した事はないからな」

そのまま、ピクリとも動かないレイカへ向かって片方7発、計14発を全て撃ち切った。

衝撃でレイカの体は揺れ、重力の抵抗のない銃弾を受けて、血が吹き出す。

「ううっ......」

思わず、灯は吐き気を催した。胃が縮み上がって内容物を喉まで押し上げている気がする。

口を押さえて、背を向けて視線を逸らした。

戦っている時はお互い、必死だった為か、傷や血は気にならなかった。しかし、いざ、無抵抗の敵を更に傷つけている場面を見ると、気分が悪くなる。

「大丈夫か、灯?胸糞悪いものを見せてしまって申し訳ないが、これも必要な事だ」

「うん.....うん、大丈夫。わかってるから」


意を決して、ゆっくりとレイカの方へ視線を戻した。この程度は早く慣れなければ、これから先はやっていけないだろう。

「ん?」

微動だにしないレイカから些細な違和感を感じる。急いで目を瞑って、神経を尖らせる。



「頼人っ!逃げてっ!」

目の前にあったのは暗闇に光る蛍ではない。

そこには太陽が落ちてきたかのような激烈な閃光があった。

ズッ.......!

2人が逃げる暇もなく、後方へ強い力で『落とされる』。

受け身の姿勢を取ることもままならないままに、今度は宙に浮く瓦礫へ落とされた。

「くっ!」

激しい痛みこそあるものの、灯はすぐに瓦礫の表面へ膝をつく。だが、頼人が心配だ。人間の体で、この衝撃を受ければ、打ち所によっては大変な事になるだろう。

普段とは上下逆さまに瓦礫の下へ立ち、頼人を探す。

見つけた!

10数m程離れた瓦礫の側面で悶えている。見る限り血は出ていないが、怪我の具合は此処からではわからない。


「あーかーりー君♪どこ見てるの〜?」

突然、視界に入ってきた者に肩を竦めた。

お互いの吐息が触れるほどの距離、上下逆さのレイカの顔が割り込んできた。もっとも、逆に立っているのは灯だ。

「くぅっ......!」

右腕で殴りかかる。しかし、此処までの至近距離ではうまく力が入らず、彼女の重力で命中前に止められてしまった。

「ほんっとに逞しい腕だなぁ〜。こっちの細い腕を折っちゃったらどうなるのかな?え〜いっ、ちょっぷ☆」

ベキッ!

周囲に聞こえる程の音量。

直角のままで重力に拘束されていた腕が、自由になった。しかし、腕は本来曲がるはずのない方向へ。外側へ直角に曲がっている。

ほんの一呼吸程度、思考の追い付かない間が空く。直後、鉄の杭を打ち込まれたような、重く鋭い痛みが右半身を襲った。

「ぐあああぁぁっっ......!」

激痛に涙が滲む。氷の腕は肘辺りから後ろが消滅し、肘下から先が不自然な方向を向いたまま腕と連動して動いている。

「なるほどねぇ。本体の肘を壊せば、氷の腕は肘から後ろは消えてしまうと。まぁ、残ってたとしても、そんな肘じゃあ、まともにつかえないだろーけどね♪」


瓦礫が重力を失い、灯は本来の地面へ落ちて、腕を押さえながらレイカを睨む。声こそ出してはいないが、荒い呼吸に合わせて肩が上下している。


「うーん.....失敗だったかなぁ?腕を壊しちゃったら、暫くは遊べないし〜。まぁ、頼人君もいるかぁ〜」

レイカが頼人の方へ視線を移す。少し痛みも治まってきたのか、立ち上がろうとしている。しかし、その動きはとても弱々しく、相当の消耗が見て取れる。

頼人の銀髪と顔の一部が血で染まっている。ぶつけて怪我をしたらしい。


「んじゃ、頼人君に相手してもらおっか.......」

「ちょっと.......待てよ。片腕だけでくたばったとか思ってんの?」

レイカの足を掴み、制止していた。ここで頼人の元へ行かせては、確実に頼人は殺されてしまう。

はぁ〜、と溜息を一つ吐いたレイカは、掴まれた足を強引に引き剥がし、灯の目の前へしゃがみ込んだ。顔を上げて睨みつける灯の頭を、レイカはガントレットを外して撫でる。


「別に同時でも良いんだよ?レイカは頼人君と遊ぶって決めたから、絶対に頼人君と遊ぶよ。君がレイカを止めたいなら全力で止めれば良い。けど、君の力じゃ止め切れないと思うよ?」

ふふっ、と微笑みかけたと思った次の瞬間、頭が引き上げられ宙に浮いていた。頼人の横に放り投げられて、地面に体を打ち付け、右腕に再び激痛が走った。


「灯!大丈夫か?!」

「なんとか。けど、レイカを止めなきゃ.......」

頼人がなんとか膝立ちになり、ショットガンを構える。灯も氷の左腕を地面へ突き刺し、足元を凍結させる。レイカは凍りついた地面から、一歩一歩足を引き剥がしながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

「灯君も頼人君も、ここで消すのはとっても勿体ないなって思うの。だから、また会えるように、お別れしようか。あの人に任せたら、どうなるか分かんないしねぇ〜」


「クソが!何故だっ!止まらない!」

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

頼人は散弾を撃ち込み続け、灯は全力で地面を凍結させる。そのはずなのに、レイカの歩みは多少鈍りはするものの、止まる様子はない。後退する余裕もない程に全力を尽くしての防衛。しかし、着実に破滅が歩み寄ってくる。


2人の目の前で、レイカは歩みを止めた。静寂が訪れる。灯は今も地面へ妖気を注ぐが、頼人の手は止まった。諦観?いや、頼人の目には別のものが映っていた。

レイカが小さく何かを呟く。それを聞き、頼人の手はゆっくりと下がった。


「何やってんだよっ!頼人っ!」

灯が声を荒げて、頼人を睨む。しかし、本人は、窮地とは思えない程に安堵した表情だった。

レイカの片足に、莫大な妖気が収束していく。その足を紙一重浮かせた。

「良いんだ。俺はもう、やり切っ............

次の瞬間、2人の意識は闇に落ちた。














____________________

時は少々遡り

ー本拠地ー

____________________



「あれが.......最悪って訳なぁ」

拠点内で最も背の高い廃ビルの屋上で、干し肉を咥えていたロウが、遥か遠景の小さな影を発見して呟いた。

斧を足元に置き、屋上から飛び降りる。落下しながら地面へ斧を投擲し、地面へ突き刺さった斧の元へワープする。

「遊んでいる暇があるなら仕事をしてくれ。気を抜きすぎだろ」

怪我人へ布を巻きながら、レインが呟く。

「レイン......話がある。ちょっと来てくれ」

「.......分かった。スノウ、後は任せた」

「分かったよ」

レインが立ち上がり、ロウへ近寄る。ロウは、その背中へ手を当て、次の瞬間、2人の姿は消えた。




「うぅ......はぁ、何度経験しても、こればっかりは好きになれないな」

2人はビルの屋上、ロウが残してきた斧の元へ転移した。

レインがフラフラとしながら深呼吸する。

「んで?話ってのは?」

「あれを見てくれよ」

ロウが真剣な眼差しで、遠くを顎で示す。

「マジか.....まぁ、そうだよな」

「やっこさん、そーとーお怒りかもな」


登りかけの太陽を背負いながら、遥か遠くに小指の先程度の黒い点。あの辺りはビル群の崩壊が激しく、多くが倒壊している地区だ。それでも、ビルの残骸はある程度の高さはある。そこから顔を覗かせている人影は。

「装甲型......か。日が傾き始める頃にはここまで来そうだ」

「そりぁ、どーかな。装甲型の起源は、旧文明の高機動型人型兵器らしいじゃねぇか。頼人の銃も、残された旧文明の資料から得たものだったろ」

はぁ.....とレインが大きな溜息を吐く。

「それなら、当時最高峰の兵器には、それらを遥かに上回る兵装が搭載されて当然って訳だ。その上、文明を滅ぼした要因の一つ、か」

「もう、進退ままならねぇ状況って訳だ。どーにかすれば、あいつはこの距離からも攻撃を仕掛けるかもしれねぇよ」

レインの表情が暗くなる。

「ロウ。全員の避難を頼む。走れるものは固まって北へ。少々遠いが、以前の拠点が使える。怪我人はお前のワープで南側のドームへ避難させてくれ」

「分かったけどよ、お前はどーすんだ」

「俺は.......」



「おい、お前ら。大丈夫か?」

「人......?頼む.......。こいつを、スノウを........助け、て、くれないか.......」

「ふん、死にかけは黙っていろ。両方救うさ」

「ありがとう........本当に.......」

厳寒の中、吹雪に襲われながら、2人身を寄せ合っていた記憶。

あの頃は、俺もスノウも頼人も、皆少し幼さが残っていたな。

あれから何度も冬を越した。今なら、頼人を自信を持って親友と言える。



「ここに残る」

「ふざけるなっ!里心で残って助かる状況じゃねーだろうがっ!」

ロウが胸ぐらに掴みかかる。右眉が吊り上がるのは、彼が本気で怒っている証拠だ。

しかし、レインはそっとその手を掴んで、顔を上げた。


「里心?そんなもの、端から無いね。けど、親友を信じて待って何が悪い。俺がここに居なくて、誰が頼人を迎えるんだよ!」

ロウ相手にここまで声を荒げたのは、いつ振りだろう。いや、初めてだったかもしれない。ロウも驚いたような表情を一瞬見せた。

「........あぁ、そーかい。わかったあんたがそこまで言うなら、殺されない算段でもあるんだろ。けどな、俺が無理だと判断した時は、問答無用で連れて行くかんな!」

「あぁ、ありがとう、ロウ」


「俺は誘導に行ってくる」

そう一言残して、ロウが姿を消した。

遠くに見える装甲型に向き直って、策を練る。

さて、どうしたものか?

あれだけの巨体だ。足元に潜り込めば、見失うかもしれない。

本当にそうか?

人間は視覚に重きを置いている。人間サイズの人影も視覚のみだ。しかし、奴らには眼球と思われる器官は見受けられない。人間の影がそのまま立ち上がったような、のっぺりとした出で立ちをしている。

それならば、こんな可能性もあり得るだろう。

全身に視覚を持っている。

人影は人間と同じように、顔を向けた方向しか、見えていないような挙動をする。しかし、その上位種である装甲型もそれに当てはまるかと言えば、そうではないだろう。

足元に逃げ込んでも、位置を把握されているならば、むしろ危険だ。あの巨体を支える脚だ。重量も範囲も途轍もなく大きいだろう。

灯台下暗しを狙うのは却下だな。


ならば、体に張り付くのはどうか?自身の身体の表面にまとわりつくノミを、手で叩けるか?

簡単に思えるが、案外、非常に難しい。

これだけのサイズ差があれば、手のひらの隙間に入り込み、逃げられてしまう。それと同様に、俺もノミのように奴の体を飛び回るというのは?

もしも、全身に視覚を持っていようが、攻撃できないならば負けることはない


「どれを選ぼうと、少しのミスでアウト...か」

まぁ、これは交戦する場合の対応の事だ。極力見つからないに越したことはない。ビルの中に潜む。それも、踏み潰されないような、極力、高いビルに。

そうなると、今いるビルが最適か。しかし、このビルは拠点の中央付近にある。装甲型から身を隠しながら、頼人たちが帰って来た時に即座に合流するのは難しいだろう。


西側に目を向ける。都合の悪い事に背の低いビルしか無い。万が一もあり得るし、見通しも悪くなる。あまり良い場所とは言えないだろう。

「あんたならどうするんだ?」

頼人なら、どう陣取るか。そう考えてしまう。


腰から小ぶりのナイフを取り出して集中すると、ナイフが淡い光を帯びる。

それを足元へ突き立てた。地面に垂直に突き刺さったナイフを中心として、1m程度の円が投影される。円の中には無数の四角形と、魚のように群れて移動する大量の白い点。


『センス』

洞察力や判断力に長けたレインに発現した、唯一の妖術。周囲の生命反応と地形を突き立てたナイフを中心として、円形に表示する。

四角形は建造物や地形。白点は敵性の無い生命反応。赤点は敵性のある生命反応。ナイフの刺さっている位置が現在地だ。

今は表示されていないが、攻撃を受けている場合は予測される攻撃範囲や弾道が円や線で現れる。

非常に精度の高い能力だが、妖力の弱いレインが扱うには、幾つかの制約がある。

周囲の地形を熟知していることや、発動中は自分自身の感覚が非常に鈍くなること。そして、発動中はナイフを抜くための右手以外の身動きが、一切効かなくなること。

ハイリスク・ハイリターンというわけだ。


マップには、拠点の全体図が映っている。白点の群れは既に領域外へ出て行った。拠点に残る30ほどの点は、ロウの誘導待ちの負傷者達だろう。

そう思っていると、点滅しながら大きな距離を移動する点が現れた。ロウだ。

無事な者達の誘導はスノウに任せて、負傷者の誘導に戻ってきたのだろう。

もうじき、拠点はもぬけの殻になる。


ナイフを引き抜き、大きく伸びをする。

「俺も、準備を始めよう」

そう呟き、階段を降りて行った。




ーーーーーーーーーーー



「やぁ、リン。調子はどうだい?」

折れ曲がった鉄塔の頂上に腰掛けたているリンと呼ばれた男に、足場すらない背後から現れた男が話しかける。男の足元は正方形の結界が支えている。

「さぁな。まぁ、ただ少し、暇つぶしの相手を見つけて、期待はしている」

「あれ...だね?」

男は空中に立ったまま、リンの眺めている方向に目を向ける。

巨大な人影。崩壊しているとはいえ、ビル群から簡単に姿を見せるほどに巨大だ。

「本当に君は、大きなモノと戦うのが好きだね」

「本能ってやつだろう。性格やら思考とやらが変わっても、こればかりは変えられないらしい」

男が左下方へ手を向ける。結界が展開されると同時に、ガンッ!と衝突音が響いた。結界には『2406』という数字が表示されている。

男は差し出した手をそのままに、妖気を背後に集める。

「ソード・シングル」

男の肩越しに、4m程もある半透明の剣が射出された。地上へ向けて打ち下ろされたそれは、会話に水を差す不敬者を射し貫き、小爆発を起こした。

「本当に彼等は.....何処へ向かっているんだろうね」

「無数に複製を作り、それらのそれぞれの体験を蓄積して学習する妖気性生命だと。人間と何が違うのか」

「そうだね。道標のある知性は発展が著しい。彼等も人間と同じ道を歩んでいるようだね」

男は装甲型を眺めながらそう呟く。妖気性生命の姿も、力も、兵器も、まだ人を模倣した物ばかりだ。


「戦いたいかい?」

「なんだ?お前がお膳立てしてくれるとでも?」

「いや、君が戦いたいなら、彼等が無事なように止めるだけさ」

「そうだな。お言葉に甘えるとするか」

おもむろに立ち上がって、鉄塔から飛び降りようとするリンを、男が制止した。

「ただ、一つ頼みたいことがあるんだ」

「なんだ」

「彼等の拠点に、あれが到達して戦いが始まるまで、待っていてほしい」

「何故、そんな事をしなければならない?奴等を死なせたくはないんだろう?」

「いや、ね。ちょっと気になることがね」

飛び降りようと立ち上がっていたリンは、再び鉄塔へと腰掛けた。

「お前がそう言うなら、何かあるんだろう」

「ありがとう。協力、感謝するよ」

男は嬉しそうに笑った。リンはそれを一瞥すると、再び装甲型を眺め始めた。

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