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REVENGER  作者: h.i
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一限目・飛行

「ん…」

「ふぁ~~あ」



齢17ばかりの青年が目を醒ます。

辺りは日が落ち、遠くに覗む山間から僅かに陽光が零れる程度の時間帯。しかし、その僅かの陽光も風前の灯火、文字通り風の前の蝋燭の火の様に直ぐにでも消えそうな程だ。


青年は眠って居たのか、凝り固まった体で伸びをしていた。身体中がぎこちなく動く事や何処か気だるい感覚がある事からかなりの長時間ここで寝ていたのかもしれない。


「ん?暗いな」

まだ、五感が環境に付いて行けて居ないのか、辺りをキョロキョロと見回している。


ヒュゥゥーーーッ……


「え?」

青年が驚きの表情を浮かべる。

野外、それも辺りは絶景で囲まれている。一枚の岩盤の地面とそのごく僅かの割れ目に堆積した土から少々の緑がある。どういう原理か、足下から枯れ草を押し上げて来る風。


「何だよ…ここ…」


高い高い、山か何かの一部のようだ。大きく山の一部をくり貫いたのような地形。中央には周囲10m程有りそうな自然の岩の大黒柱が有った。

大黒柱は高さ数十メートルは有る天然の一枚天井を支えていた。一枚天井は所々穴が空いており、そこから蔦や葛等が申し訳程度にぶら下がっている。穴からは、暗くなり一番星等が顔を覗かせる。

後ろは岩壁正面は大きく開けた絶景とほぼ沈んだ夕日、落ち着いて眺められるなら最高の景色だったんだろう。

しかし、広い…それこそ此処で大きな祭り等をしても大丈夫な位に。


しかし、少し彩りを与える程度の名もない草以外は何も見当たらない。

「よいしょっ…おっと!」

どのくらいか…やはり長い間眠っていたんだろう、一気に立ち上がる動きに体が着いて行かず少しふらつく。


「(吹き飛ばす程度の能力…かぁ)」

唐突に、先程の夢のようなものを思い出した。

足元の小石を拾い上げた。

「まぁ…夢は夢だよな…」

それを大きく振りかぶり…

「シュッ!」


山と思われる壁に向かって短い呼吸と共に正面に飛ばした。

パアァァン…!


サイズが小さかったからだろうか、岩壁に接触した瞬間、爆発と呼ぶには少し軽い破裂音と共に小石は消えた。

「おぉ!」

あれは現実であった。

自分の能力に思わず驚いたような声が出た。しかし何故かそれが当然の事であるかの様に不思議には思わない。

先程と同じように小石を拾い上げ、今度は垂直に投げ上げる。

「せい!」

小石が高く高く放り上げられ少しずつ速度を落として行く。そして頂点に達し、完全に静止した瞬間!

パアァァン…!

隼也により投擲された小石は幾つかの残響を残して消えた。

「おぉ」

爆発の黒煙が風に乗り、遥か上空に巻き上げられて行く。

パァン!

パン!

パアアァァン!


幾らかの時が過ぎた。小石とは言え全力で投げ続けているにも関わらず、一切の疲れも身体の痛みも出てこない。当の本人はその事には全く気付いて無い様だが。隼也が小石で遊んでいる、すると...

「気に入りましたか?その体は」

突然背後から声が聞こえた。

石ころを吹き飛ばし遊んでいて結構のんきしていた隼也、突如聞こえた若い女声に驚いた。


「うわぁ!」

隼也は肝を冷やし水を怖がる猫が如く跳び跳ねた。

「大丈夫ですよ、危害は加えません」

但し、怪しい動きをしなければね?と呟きつつなだめるような口調で話し掛けてきた少女。見た目は自分より少し年下のようで白みを帯びた銀髪、全体的に白が目立つ姿に黒の袴がアクセントとなって目立つ。

そして一番奇妙な事はこの少女、尻尾と耳、それもイヌ科のような耳がついている。


「あ…こ…」

いきなりの事に少々腰を抜かし上手く動けない。

「落ち着いてください、こちらも忙しいのであまり面倒はかけません」

少し不機嫌なような口調と鋭い視線を飛ばす。

しかし、刀剣と盾で完全武装で危害は加えませんなどと言われても説得力は無い訳で…

「ぁ...」

動かない足で必死に後退りをする。

「鬱陶しいですよ?それ以上続けるのなら体を部位毎に六つに切り分けて山に捨てますから」

「さーせん」

恐ろしかった。

女と親父は怒らせてはいけないとはこの事か、こいつには殺ると言ったら殺る凄味がある。

「気を取り直して…私はこの地の処理を担当している。犬走椛と言います。別に覚えなくても良いです」

「お、俺は…」

「大丈夫です。貴方の情報は全て知らされてますから」

意味が分からなかった。知らされている?誰に?

もしも能力を知られていたら?それ以外抵抗できる物もないと言うのにどうしろと?

明らかに絶望している風な顔をしている青年、よく見てみれば額辺りに縦線が何本か見えそうな程だった。

「もういいです…端的に話します。まず、私は貴方の敵では有りません。私はある御方から貴方に稽古をつけてほしいと言われています」

「え?」

「要するに!この世界における戦闘の訓練です!残酷な事を言うようですがここでは力が全て、油断は死に直結するような世界です」

何それ、怖い…ボソリと少女が話している間に青年が呟いていた。

「ある御方曰くセンスは充分、能力も必ずや化ける。正しい道を行けばいずれは…と」

「オレェ?」

「はい。今日は日も落ちました、なので早速明日から、この場所で私と稽古を初めましょう」

少女が微笑む。

「あう、あぁ…」

話が急すぎて頭が回らず、呻く事しか出来なかった。

「宿は少し山を下った辺りに有ります。多分直ぐに見付かるでしょう」

ふと上を見上げ気付くともうすでにとっぷりと日は沈んでいる。空気が綺麗なのか円に限りなく近い月と満天の星が夜空を飾り付けていた。空を見上げながら少し考え事をしていると...

「因みに幾ら遠くに逃げ出そうとも必ず連れ戻しますから」

バレてました。


明日死ぬかな?一人でそう呟き、犬走椛の視線を背に宿を探すため獣道を伝い山を降りていった。



犬走殿。風通しが良く、大地に触れられる素敵な床、夜空いっぱいの星を覗ける壁、もう加湿なんて全く必要無い素晴らしい環境、ありがとうございます!……嫌がらせですか?

〜翌日〜


目を開けると、眩い日差しが顔を刺した。思わず「ウッ...!」と声が漏れる。太陽が昇っている。一体どの位の時間が経ったのだろうか?そんな事を思っていると、ふと、昨日の一方的な約束を思い出し、身体が気だるくなった。正直、行きたく無い。だが何故か彼女には逆らえ無い様な気がした。

動きたがら無い体を無理矢理起こして、昨日のあの場所に向かった。


「御早うございます。昨晩は良く眠れましたか?」

徒歩にして数分。既に椛はそこで待っていた。

「はい...15cm程の足が沢山ある毒を持った節足動物に7~8回襲われた以外、問題有りません」

そう言った隼也の声には明らかに覇気が無く、目の下にはクマが出来ていた。

「はい。では今日は空、飛びましょう」

はぁ?

理解が出来なかった。何だ?この女の子、頭が沸いてるのか?

なんかもうメルヘナー過ぎて目を当てるのもイタイほどの幻想少女なのか?

等と色々な事を考えながらポカンとこの子は何を言っているのだろうかと言わんばかりの表情で固まっていた。

「まぁ、百聞は一見にしかず!っと…」

椛と言った少女が左足の爪先で踏み切った。足から腰、腰から腹、背中、肩と力が滑らかに流動していくのが見ているだけで伝わってきた。

高い、確かに高い、とうに1mと言わない位に跳んでいるだろう。だが飛ぶには至らない。

そして最高地点に到達して速度が殆ど無くなってしまい、あとは大地に引っ張られるのみと言うその時だった。

フワァと風をはらむように彼女の体は宙に静止した。

俊也は己の目を疑った。何故この少女は宙に浮いているのか…何故この少女は清流をのびのびと泳ぐ魚の様に宙を飛び回れるのか。

「妖力の制御の基本です。元人間に対して教えるのは初めてですが…」

宙を泳ぐ少女が糸が切れたかのように重力に引っ張られ降りてきた。着地の瞬間に再び落下が一瞬止まり勢いを殺した。

「概念ですよ。簡単に言えば考え方ですか。歩けば進む、動けば疲れる、それと同じ当たり前の事。生を受けて間もなくから概念が作られ、周囲の環境に対応するため成長しながら概念が作られ、三年程で死するまでの殆どの概念が完成する。私達の種族の場合、ですけどね」

「概念?」

隼也は問い掛ける様に放った。

しかし少女は淡々と話を続ける。

「要は考え方です。歩けば進むと言う概念と同じ様に跳べば飛べると言う概念を手にすれば、貴方も妖怪、自然に息を止めるより簡単に飛べる様になる。新たな概念を手に入れる事は厳しい事でもあり、簡単でもある」

「はぁ…」何を言っているのか、さっぱりだった。

「人間の概念で十七年間生活してきた貴方には相当辛い。飛べると信じ込もうとしていても、人間の常識、生身で空は飛べないと言う概念が心の何処かにある、一回でも飛べればその概念は簡単に消えるのですけど…」

少女はどうするか、と呟きながら首をかしげている。


考え込む少女で隼也は何を思ったのか。

(足元を爆破すれば行けるんじゃね?)

ボフン!!!

メシャア…

思いっきり顔が地面に刺さった、両足が後ろに大きく上がれば上半身は置いていかれるのは当然の事で。

足元から飛ぼうとすれば上半身が吊られた形になってしまう。「ガアァ!」

顔を押さえて辺りを転げまわり悶絶している。

「あ、ダメね」


しばらくあーだこーだと悩み十数分後、先程から考え込んでいる彼女が何かを不意に思い付いた様にこちらを向き直った。


妖怪になってから僅か数分ね...数分と言えば、最初から妖怪として生まれた者でも妖力を使わないか…暴発させるか…彼の能力の仕組みは?

「情報によると、貴方は初めて使う筈の妖力を無意識に使っていたと?」

?、といった表情で考えこむ隼也。

「ちょっと、良いですか?」

椛がそう言い放ちながら、右足を隼也の足を踏まんばかりに大きく踏み込んだ。左足元の地面が脚力に耐えきらず砕ける。そして気付いた頃には彼女の拳は隼也の顔にめり込んでいた。

「グッガァ!」

目まぐるしく流れる景色、大きく吹き飛ばされた。見たところ軽く10m近くは飛んだらしい。吹き飛んだあと地面を顔面で削り取りながら、最後は海老反りになって勢いが死んだ。

「あぁ、大丈夫見たいですね」

「ど…何処がぁ?」

上半身が削り取られ盛り上がった土に埋もれつつも遠回しに批判の返答をする。

「いえ、もし人間程度の強度だったら頭と体がオワカレしちゃってたなぁ、って」

「死んでたら?」

「所詮、貴方はその程度って事ですよ」

あ…この人本気だ、と小さく呟いた隼也の瞳からは絶望に近いような雰囲気が滲みてでいた。

「これなら耐えられますね」

立ち上がり掛けの、四つん這いの体勢となっている俊也の服の襟を掴んで引きずり起こし、彼諸とも椛は大きく飛んだ。

速い。空を飛ぶカラスやトンビ、周りの光景が細く長く引き伸ばされ幾つもの線の束に見えるほど…

それだけ速ければ雲を突き抜けるのに数十秒も掛からなかった。

一瞬で雲の海を貫き眼下には綺麗な緑と純白の雲、そして雲の影に所々大地を暗く染められている大地が広がっている。

恐らく彼の能力は妖力を対象に流し込んでから、内側から破壊する、これが一番現実的な考え方。

「く、首!息、息!離してくれ!」

空気を求め、青年が吊られたままジタバタともがく。

「急がなくても離しますよ」

全く鬱陶しいと言った表情で青年を吊り上げていた手を離す。

「は、離すなYO」

勿論、落下し始める青年。なるべく落下の速度を下げようと四肢を出来るだけ大きく広げる…が、殆ど意味もなく気付けばどんどん地は近付いてくる。

「う、うわあぁぁあーー!」

青年の叫び声は断末魔…


ドン!


…とは為らなかった。

「え?」

い、生きた?!

理解し難い様な事が起きた。地に叩き付けられるはずが、爆発音の鳴るや否や物凄い勢いで回る景色の中、確かに青年の体は大きく上空に向かって押し上げられた。

大きく放物線を描き、回りながら吹き飛んだ。

青年は地が近付くとそのまま落ちて怪我を負わないよう、大きく腕を突きだした。しかし、努力も虚しく顔面で地面を滑った。方向感覚は爆発の反動による身体の回転で殆ど失われていたが本能からか、怪我をしないように落ちたらしい。

「今のは...?」

「その調子ですよ」

少女が微笑みながら近付いてきた。青年の目の前まで飛んで来て話を続ける。

「飛ぶ時の感覚は人それぞれ…泳ぐようにと言う者も居れば、舞う様にと言う者も居る。自分は自分、私からは飛ぶ事に関してもう何も言えません」

「ありがとう。もう…何か分かった気する」

「空を飛ぶってこう言うことか。なんとなくだけど分かった。この力で飛べるかも」

左足を曲げ力を溜め、思い切り跳び上がった。3~4mは体が空に近付いた。そして、

蹴った。空中を更に蹴り、跳び上がる。蹴り出す度に足元では小規模の爆発が起き、俊也を押し上げるていく。まだまだ慣れて無いのだろう、手足は忙しなく動き、右へ左へと進行方向がよく定まっていない。

そうか!

さっき、足下を爆破して転んだのは無造作にやり過ぎた。地上では爆破し無い方が良いのか。ただ強く爆破するだけでは駄目だ。バランス良く、足の裏の数カ所を爆破して姿勢を保たないと。

「跳躍に跳躍を重ね、空中を移動しているのですか。それは思い浮かびませんでしたね…飛ぶ事に縛られて跳び続ける事を考えもしなかった。それなら私達の飛び方よりも小回りも利くでしょう。ですが少々、燃費が悪い様ですね?」

少女の言う通りだった。地上で跳躍する何倍もの体力を消費しているようだった。例えるならば、厚く重ねた布団等の上で繰り返し跳躍するように…柔らかい分、固い大地と同じ高さまで飛び上がるには、余分に体力を消耗する。

それに似たような感覚だった。

「ですが、それも大きな進歩だと思います………今日はもう切り上げましょうか、私も私の仕事が有るので…」

少女は大きく飛び上がり、大きく円を描くように空を泳いで…

「明日は攻撃について練習しましょう!」

とだけ言い放ち、僅かに余所見した間には遠くまで進んでいた。

青年はまるで嵐の様に立ち去る少女の背を見送って呟く。

「なんだったんだろうか…?」

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