Detonator
「ん......寝てたかな?」
大きく伸びをし、古びた神社の縁側から飛び降りる。すると、不思議なものを発見した。
あの鳥......止まってない?
そう疑問に思った凩谷灯が見上げているのは、宙に静止した2羽の小鳥だった。
見た所、ハチドリのようなホバリングを出来る種でも無いし、そもそも、完全に止まっているのだ。ハチドリでもそのような芸当出来はしない。
何か異変を感じ、隼也の肩を叩いて起こそうとする。
「あ、あれ?!」
叩いた肩はまるで、プラスティックの人形のように固く、服装すら変形しない。
そこまで見て、ようやくいま起こっている事の理解が出来た。
「もしかして......時間、止まってるカンジ?」
《正解よ、灯。》
「へ.......?えぇっ?!」
どこからとも無く響いてきた女性の声に、飛び上がって驚く。慌てて周囲を確認するが、何処にもそれらしき影はない。
《貴方はこれから、ある青年を探してもらうわ。》
聞こえると言うよりも、心の中に響く、と言った方が正しいかも知れない。
「えっと〜?その青年って?」
《光を操る青年よ。》
「ザックリしてるなぁ。」
以前から、青の、光のと、青年ばかりを探している気がするが、現状、何をして良いか分からない。従うしかないだろう。
「え......?ヒントはそれだけ?」
《えぇ、ヒントはそれだけよ》
次の瞬間、上空へ引っ張り上げられるような妙な感覚と共に、景色がお互い溶け合って、視界はブラックアウトした。
「......はっ!ここは?!」
気が付くと、灯は廃墟の屋上に立っていた。酷く荒廃した都市部、そんな印象を受ける。
その傾いたビル、崩れて、大木が隙間を縫って貫くマンション、アスファルトを抉じ開けて青々と茂る、生命力溢れる木々。
まるで人の管理が全く無くなったかのようだ。
キョロキョロと周囲を見回すが、人一人見当たらない。廃墟から地上を見下ろすと、野ウサギやシカが動き回っているのが見えた。
「人なんて居ないんじゃね?」
ビルを飛び降り、氷の腕を外壁に突き立てながら滑り降りる。
自然と文明の残滓の交錯する大地に降り立つ。アスファルトの地面も劣化が進んでいるようで、着地の衝撃でボロボロになった。
下に降りてみると、更に多くの動物たちが目に入った。
「うーん......。少し歩き回ってみるしか無いか?」
氷の腕を消して、ビルの合間を歩き始めた。
人が居なくなって何年も経っているのだろう。所々に完全に錆び切って、ガラクタに成り果てた自動車も見られる。建物の外壁も崩壊が進んでおり、外から中が覗ける程に壁が崩れ落ちている。地面はおろかビルさえも、植物に侵食されている。
しばらく歩いていると、少し開けた場所へと出た。
元々、公園か何かだったらしい場所だ。グラウンドらしき舗装されていない土地は、自分よりも背の高い草に埋め尽くされている。その草地の中央、あれは時計台だろうか。蔓性の植物に取り巻かれて見辛いが、燻んだ金属のオブジェの天辺に止まった時計が見える。
少し離れた所に有るのは、高速道路だったものらしい。これも過ぎ去る年月には逆らえず、基礎が折れ、ビルにもたれかかるように倒れている。
「やっぱり荒れてるなぁ。まぁ、意外とこんな景色も好きなんだけど。」
横倒しのビルに歩み寄って外壁を眺める。これは雑居ビルだろうか?いくつかの看板のひどい土汚れを払い落すと、金融やら居酒屋、カラオケなどの文字が読み取れた。
「よぉ、こんなトコで何してんだ?」
「うおっ!」
背後から聞こえた声に肩を竦める。振り向こうとした途端、手を背後に捻り上げられ、首元にはナイフが突き付けられた。
「こんな開けた目立つ場所に突っ立ってちゃあ、良いカモだな」
「えっと?どう言うこと?痛っ!」
捻り上げられた腕に込められた力が強まった。駆動範囲外へ無理に動かされた肩に痛みが走る。
「テメェの持ってる物、全部貰っていく」
「は?......そう言われても、何も持って無いんだけど......?」
そう言うと、背後から舌打ちする音が聞こえた。ナイフの切っ先が首へ僅かに食い込み、血が滲む。
「面倒くせぇな。ま、取り敢えず、後腐れ残すのも面倒だから、死んでくれ」
「ちょっ!」
首へ突き付けられたナイフが振り抜かれる。無意識の内に首を抑えると、背後から蹴られ、前へとよろけ、片膝をついた。
「はっ?なんだコレ?」
ナイフには僅かな血。しかし、切り開いた筈のマヌケな野郎の喉笛は、傷1つ付いておらず、冷えた金属のように白い靄を漂わせていた。
「痛ったいなぁ」
マヌケは首を撫りながら立ち上がって、こちらへ振り返る。
金から、毛先に向かって白のグラデーションをした髪。ツリ目と、琥珀色の瞳に縦長の瞳孔。
「こいつ.....!」
バックステップで距離を取り、戦闘態勢をとる。その時、ナイフを持っている手に痛みを感じた。
「はっ?」
ナイフから手が離れない。握り込んだ手が張り付いたように開かない。ナイフの表面には、いつの間にか水滴がついており、マヌケの首元に漂う白い靄と、同じ様な靄をナイフも発している。
この水滴.......結露か!
ナイフと、それを扱う手に生じた異常を理解した途端、冷たさを超えた痛みが襲ってきた。
幸い、ナイフは逆手のまま固定されている。リバースグリップエッジイン。リーチこそかなり短くなるが、斬撃も刺突も力が込め易く、深く切り込むことができる。ならば、一瞬で間合いを詰めて、一撃でケリを着ける。
「シュッ......!」
息を短く吐き、一気に地面を踏み込んだ。素早さには自信がある。恐れずに先に攻め入ってしまえば、案外、簡単に事は済む。
ガッ!
「や、やめろって!」
マヌケは焦った表情のまま、ナイフを持った手を鷲掴みにして止めた。そこから体温が、一気に奪われるのを感じ、急いで飛び退く。
マヌケは「あ、ごめん!冷たかった?」と妙な事を言い、折角の機会を手放した。
まだ、腕は動く。掴まれたのは一瞬だった事が幸いした。凍りついたのは服だけで済んだ様だ。
見間違いでなければ......今、俺の腕を掴んだのは、アイツの腕には見えなかった。
アイツ自身は焦って、腕を前に突き出しただけに見えた。だが、隣にいきなり腕が現れて、腕を止められた。
「チッ......!俺の手に負えないか」
何か、このマヌケな野郎の背後には、とても恐ろしいモノを感じる気がする。具体的には例えようが無いが、これ以上、続ければマズい事になりそうだ。
「クソッ.....!」
そう吐き捨てると、突然の刺客は結界を足場にして跳び去って、廃墟へと姿を眩ませた。
「一体、なんだったんだろ.....?」
灯は首を傾げ、肩を竦めた。思いもよらぬ、攻撃的なファーストコンタクトとなりはしたが、一先ず、人間がいる事は確認できた。
「けど、変な奴だったな.......」
気配は完全に人間のそれだった。 妖気も彼の中にはあまり感じられなかった。
しかし、あの身体能力、そして、結界を自ら作り出して逃げた所を見ると、妖怪の特徴も当てはまる。
「人間.......か?」
「まぁ、あんまりズルズル考えても、答えは出ないよなぁ」
一旦、そう割り切って廃墟群の探索を再開する事にした。
足元へ意識を向けると、両足を氷が覆い、更に足の周囲の地面が凍りついている。その地面をスケートの要領で高速で滑って移動する。走って移動するよりも疲れない上に速い。こういう時、雪国生まれで良かったと実感するのだ。
しばらく進むと、傾いて錆び塗れの看板に、遊園地と言う文字が見えた。
「遊園地って聞いたら、行くしか無いっしょ!」
テンションは次第に高まってゆく。崩落した歩道橋の上、氷の道を空中に作り出し、そこを滑って通り過ぎる。倒れたビルの下の隙間を、スライディングで滑り抜ける。縁石はジャンプ台、傾いたビルはハーフパイプ。全身で風を切って滑り抜けて行く。
進み続けると次第に、建造物の密度が減り始め、ビルから倉庫などが目立ち始める。この独特の香りは、海が近いのだろう。
遠巻きに観覧車が目に入った。
「おっ!発見!」
開けたところへ抜け、急ブレーキをかける。いつの間にか沿岸部まで辿り着いていたようだ。文明が途絶えて長い時間が経っている影響なのか、都会の海のような、お世辞にも泳ぎたいとは言えない色ではなく、綺麗な青を湛えていた。
暖かい陽射しと、程よい潮風に吹かれ、自然と欠伸が出てきた。大きく伸びしてから地面へ座り込んだ。
「あ〜、気持ちい〜な〜。なんか眠い」
瞼を擦り、再び大欠伸を吐いた。誰に言い訳するつもりか、「少しだけ、少しだけ」と呟きながら、寝転がるや否や、直ぐに寝息を立て始めた。
ーーーーーーーーーーーー
「お...........」
「お....い......」
「お〜い........」
「あぁ〜あ、こりゃダメか。爆睡してるよ」
「くかぁ〜!......すぅ......くかぁ〜!......」
気持ち良さそうに無防備で寝ている少年の鼻を摘み、口を軽く塞いだ。
「ふがっ?!!」
唐突の出来事に、ビクンと体が驚いて目が覚めた。寝惚け眼の顔を軽く振って、起こした正体を見上げる。
「初めまして。こんなとこで寝てると、誰に襲われるか分かったもんじゃ無いよ〜?」
こちらを覗き込むのは、肩程度までの長さの髪をした女性だった。
「あぁ、ありがと......ふぁ〜.......」
大きく伸びをしてから、一気に飛び起きた。
目の前に立ってみると分かったが、この女性、自分よりも身長が高い。170中盤程度か。
それにしても、全体的に柔らかそうな.......
「あんまり、初対面の女性をジロジロ見るのはどうかと思うけど......。ま、私はこれでね〜!」
「え?あぁ、うん。」
女性はそう言い残し、倉庫の陰に消えていった。いきなり現れて、嵐のように去っていく。この世界では本当に不思議な人達としか会わない。
気持ちを切り替えて、軽くストレッチをしてから、防波堤の上へと立った。海を覗き込むと、魚影がいくらか見える。氷の左腕を展開し、人差し指を海面へゆっくりと近づける。指先の近付いた箇所から次第に、薄氷が張ってゆく。海面へ指が触れると、そこは完全に凍りついた。
ちょっとやそっとの力ではビクともしない。気持ちよく水中を泳いでいた魚達には申し訳ないが、これを足場として、目的地へと向かわせてもらおう。
「動くな......」
突然、背後から声が聞こえた。後頭部に何かを押し当てられる感覚。一瞬、固まったが、今度は命令通りに静止して、両手を挙げた。
「お前は誰だ?どこから来た?」
「もしかして、さっきの女の人って、美人局だった ......?」
「頭に風穴開けられたくなかったら、素直に答えろ。お前は誰だ?」
後頭部に押し当てられている何かを押し付ける力が強まる。何か筒状のものが当てられているようだ。
「俺は凩谷灯。ついさっき、この世界に来た。」
「真面目に答えてもらおうか。ついさっき来たと寝言を繰り返すなら、こうなるぞ?」
背後から手が出て来る。その手は白く輝く拳銃のようなものを握っていた。
その拳銃を近くの街灯に向け、トリガーを引いた。
ガン!
顔の側で起きた爆音とマズルフラッシュに、反射で顔を遠ざける。
大型の拳銃とはいえ、街灯の支柱部分をへし折る程の威力は異常だろう。それに、今、突き付けられている銃から感じるのは、火薬などの匂いでは無い。
この銃は純粋な妖気で構成されている。
「残念だけど、本当だから仕方ないよ。」
「........嘘をついてる様子でもないな。......おい!両手を挙げたまま、歩いてもらおうか」
拳銃で肩越しに進行方向を指定される。下手に抵抗して、怪我をさせる危険を冒すのも悪手。素直に銃口の向きへ従って、歩き出した。
「お前は、黒いヤツらとは違うのか?」
何処へ向かっているかは一向に分からないが、暇を持て余したのか、背後から質問をして来た。
「黒いヤツらって何?」
「それも知らないのか。お前と同じように、妖気を纏った、黒い人間達の事だ。」
妖気を纏った.......黒い人間?
心当たりはある。白狼天狗の集落で戦った人影だ。
「ヤツらは何処にでも湧く。いきなり地面から湧き出すように現れるんだ。そして、フラフラと彷徨いたかと思えば、近付く人に片っ端から襲い掛かる。」
「心当たりはあるかもしれない。実物を見ないと何とも言えないけど、多分、俺も戦った事はあるかも。」
しかし、以前戦ったのは、シンプルな人型だけではない。建物の屋根から顔を出す程の巨大な人影だっていた。それとも、そんな奴らはこちらには、まだ現れていないのだろうか?
「それは話が早い。お前には一度、ヤツらと戦って貰おうかと思っていた。そして、戦力になると判断すれば生かしてやる」
「戦力にならなければ?」
「さぁ?ヤツらに殺されて終わりじゃないか?もし、逃げ出した時は.......胸に大穴が開く程度で済めば良いな」
肩にズシンと重量が加わる。何かと横目で見てみると、150cm程もある長大な狙撃銃が、肩に置かれていた。
「対物ライフル。アンチマテリアルライフルってヤツだ。3km前後なら狙える。まぁ、対象との距離は.......1741mってとこか.......」
キリリ........
指を掛けた引き金が小さく軋む。
側に立っているだけで分かるほどの集中力。
ガァァンッ!
酷く長く感じる3秒間。そして、遠くに動物の鳴き声が聞こえる閑静な廃墟都市に、耳を劈く射撃音が木霊する。
瞬間、淡く光の軌道が遥か遠くへ伸びた。
バレルが大きく後退し、発射の衝撃で周囲の塵が舞い上がった。
「痛あっ!?くうぅ〜.......うぁあ.......」
射撃の反動を、諸に肩に食らった灯は肩を押さえながら転げ回る。
「へぇ、頑丈だな。気絶するかと思ってたら、喋る余裕があるなんてな。」
対物ライフルを地面に立てて肘を置き、冷静に恐ろしい事を言い放つ。
痛みに滲んだ涙を拭いながら、フラフラと立ち上がり、狙撃手の姿を初めて見る。
170cm後半程の身長の青年。銀色の髪とブルーの瞳をしている。その中でも、一際目を引いたのは、そのブルーの瞳だった。
青年の右目の瞳孔には、まるでレティクルのような金の十字模様が入っている。
青年は涼しげな表情で、狙撃先を見て呟いた。
「二枚抜き。一射で片付いて良かった。」
「.....いてて.......何を撃ったんだ?」
未だに、鈍器め殴られたかのような、痛みの引かない肩を押さえながら灯が聞いた。
青年がライフルを肩に担ぐと、先端から光の粒子が飛び散り、両手へと集まってゆく。150cmもあった銃が、2丁の大型拳銃へと姿を変えた。それを両手に持つと、再びこちらへと突き付けてきた。
「ヤツらさ。また現れたのが目に入ったからな。ヤツらは発見次第、処理しないと後々面倒な事になる。」
「さぁ、歩け。俺はまだお前を信用しちゃいない。日が沈む前に拠点に戻る。それから、お前の処遇を決める。」
促されて両手を挙げる。
青年、光......
先程、この青年が銃を持ち替えた時を思い出し、もしかして、と呟いた。
「少し、質問してもいいかな?」
「モノによる。気に入らないなら答えない。」
「その.....銃って、小さな頃から扱えたの?」
「......どちらについて訊いている?」
「その、銃を創り出した事についてかな。」
「.....さぁ?いつからだろうな。ずっと前から、この光で命を繋いでたからな。もう忘れた。」
「ずっと前から.......?」
「あぁ、そうさ。ずっと、ずっと前からだ」
背中を銃口で押し進められる。聞きたい事は数え切れない程あるが、煮え切らないままに、会話が途絶えてしまった。妙に声を掛け辛いまま、20分は歩き続けた。
「止まれ.....」
見通しの効く幅の広い大通りを歩いていると、襟首を掴まれ、引き止められた。
そのまま、足払いで前のめりに倒される。
何事か、と体を起こそうとすると、頭を地面に押し付けられた。
「静かにしてろ......」
何か、恐ろしいモノから身を潜めるように、声を押し殺した命令。
横目で声の方向を向くと、青年も同じように、息を殺してうつ伏せになっていた。
カラカラ......カラカラ......
うつ伏せになっていると、目の前に転がっている小石が、周期的に不自然に転がっているのに気がついた。別に触れている訳でも、風が吹いている訳でもない。
それを眺めていると、次第に遠くからズン......ズン......と周囲の建物に響く、重たい音が聞こえてきた。
それは、音が響く度に、着実に大きく距離が近づいて来る。
地面から弾き飛ばされるかと思う程に、地面が振動し、周囲の廃墟ビルは軋んで悲鳴を上げる。遠くに聞こえていた重音は、最早、爆音と形容するのが正確な程に響いてくる。
未だに姿を現さない轟音の正体への不安を、逆撫でするように掻き立てた。
「絶対動くなよ......動かなければ見つかりはしない。ただ、見つかってしまえば......」
「見つかってしまえば......?」
「死.......だ。絶対に逃げ切れない。いくらビルに隠れようが、それごと潰されるのがオチだ。」
その時、遠くのビルの陰からフラリと人影が現れたのが見えた。
目を凝らさなければ見えない程の距離があるが、それを見た青年は青ざめた顔で、マズい.......と呟いた。
両手の間に光が棒状に収束し、対物ライフルを形作った。先程とはうって変わって、バレルに円柱状のパーツが追加されている。
それを伏せたまま構え、照準を合わせる。
スコープを覗き込む瞳は、先程よりも精密性を求めてか、円と交差部分の無い十字、そして、中心に点の模様が浮き上がっている。
余程、慎重になっているのだろう。伏射姿勢から身動き一つ取らず、息を殺す。
「動くなよ......。地面の反射光と同じ程度に、俺達の体にも光を帯びさせているが、動けば簡単に見つかる。カモフラージュの基本は動かない事だ。」
落ち着かないのか、心做しかソワソワしている少年へ注意喚起しながら、スコープ越しに『ヤツ』の胸部へと照準を合わせる。
まだ、こちらには気がついていないらしく、その場をゆっくりと歩き回っている。
距離にして450m前後、対物ライフルはオーバースペックな距離。距離としてはアサルトライフル等の方が適切なのだろうが、今は命中精度の方が重要だ。
しかし......この地面の揺れ、非常に狙いを着け辛い。
ビルの向こう側に、大きな影が顔を覗かせた。このまま直進してくれれば、大通りを横切る形となる。そうすれば、見つからずにやり過ごせる確率も高くなるが......
影が、地面を揺らす度に大きくなって行く。
そして、遂にその影の主が大通りに姿を現した。
「何だよ........コレ......」
灯は、目を疑うような光景に、釘付けになり、言葉を失っていた。
それは、超巨大な人影だった。
いや、人と形容するには余りにも機械的な外観をしている。
見た目の質感は人影と殆ど同じ。しかし、表層は装甲に覆われ、関節部にはジョイントが見える。背面には大小様々なケーブルやパイプ類が繋がれており、これまでの人影のイメージを破壊するには充分すぎる程の、特異な外見だ。
「まるで......ロボットみたいだ.......」
「まるで、じゃ無い。あれは人工物。いや、人工物だったものだ。」
「え?」
「あれは、世界がここまで荒廃した、2つの原因の内の一つ。高機動の人型兵器だ。」
巨大な人影は軽く周囲を見回すと、再び、大通りを横切るように歩き出した。ビルの間に見えなくなった事を確認すると、二人は近くの建物の中に急いで駆け込む。急いで数階を駆け上がると、そこで止まった。
「人型兵器って.....人影が、それを操縦してるの?」
「人影.....?あの黒いのは、そんな名前なのか。だが、その質問についてだが、答えはノーだ。」
青年は廃墟ビルの柱に寄りかかって座り込む。灯もその近くに置かれている、古びた事務机に腰掛けた。
「あれは、その人影やら、そのものだよ。」
「はぁ?人影そのものって.....あんなのが?!」
「あぁ、あんなのが、だ。少し前に言ったか?俺達は人影を見つける度に処理をするって話は」
「あぁ、うん。後々、面倒なことになるって.......」
「あのデカブツと、人間サイズの人影とは感覚が共有されているらしい。もしも、デカブツが近くにいる時に、小さい方に見つかっちまえば、デカブツに即発見されてしまう。」
「あぁ、だから.......」
巨大な人影から見つからないよう、息を潜めていた時の事を思い出した。
青年は対物ライフルを作り出して、遠くにいた人影を狙っていた。もし、発砲すれば見つかる確率は途轍もなく跳ね上がるだろうに、それも厭わずに標準を向けていたのは、人影に見つかりそうになった瞬間に撃ち抜くためだったのか。
青年はおもむろに立ち上がると、ビルの外壁近く、先程の大通りを見渡せる位置まで歩み寄る。そして、支柱を突き立てて、銃口を大通りに向け、スコープを覗いた。
バスン!と篭った音が響き、大通りを彷徨っていた人影は、見る影もなく弾け飛んだ。
構えていた対物ライフルを光の粒子へ戻して、別の形へ作り変える。
ストックとグリップが装着してある、全長1m程度の銃。それをまじまじと見つめていると、青年は少し口角を上げた。
「気になるか?これは散弾銃。所謂、ショットガンってヤツだ。」
「へぇ〜」
「多彩な弾種を扱えるから便利なんだ。バードショット、バックショット、スラッグにフレシェット。変わり種にボーローやドラゴンブレス、グレネードなんかも使える。」
「うぅん?よく分かんないけど、まぁ、便利なのは伝わったよ。」
「ふっ。まぁ、そうだろうな。それなら、次に人影と出会した時は、バックショットを使ってやろうか。」
そう言うと、青年は手のひらの上に円柱型の弾薬を創り出し、器用に装填する。
それを見た灯は疑問を感じ聞いてみた。
「実銃、実弾じゃないんでしょ?ワザワザ、リロードとかしなくても、銃弾を銃の中に作った方が速いんじゃない?」
「まぁ〜、その、あれだ。こっちの方がカッコいいし、浪漫あるだろ?」
そう返しながら、青年はショットガンのハンドグリップを引き、発砲可能な状態にした。
「へぇ〜、そんなもんか〜」
確かに男心としては、よく理解できる。
「それでも、実銃より便利なのは変わらない。ジャムりもしないし、消耗品も気にしなくていい。その気になれば、実在しないトンデモ兵器だって作れる。」
「まぁ、ゴッコ遊びと大して変わらない。遊びに望まない不便が混じっても、白けるだけだろ?」
「あぁ〜、確かにそうかも。」
ジャリッ........
そう遠くない場所で地面を踏みしめる様な音がした。それを聞き取った青年はショットガンを斜めに構えて、低姿勢で音の聞こえた方向へ向き直った。
ビルを支える柱と、ビルそのものを貫く木の根ばかりになり、壁の大部分が崩れた階層。
すかすかで、移動経路も退路も確保し易いが、柱や木の根で見通しは良くない。
隠れて移動がし易い反面、曲がり角で不意に出会すリスクも高い。
「こちらに有利な地形だが、最悪の事態が起こり易い地形でもある。」
「最悪の事態って?」
「人影どもは、聴覚、嗅覚は良くはない。だが、その代わりに視覚は非常に鋭い。最悪の事態と言うのは、瓦礫や柱の僅かな隙間から、遠くにいる人影に発見される事だ。」
青年が低姿勢のまま、壁際に張り付く。それに続いて、灯も同様に壁に張り付いた。
「そんな状況で発見されれば、こちらが発見された事に気付き難い。もし、気づいたとしても、遠方の人影を即座に撃ち抜くのは難しい。つまり、発見された時のフォローが難しいんだ。」
なるほど、フォローが困難だと言うのはよく分かる。一瞬で狙いをつけて、頭か胸か、即死させる事が出来る場所を撃ち抜くのが難しい事など、銃を扱った事が無くても、十分に理解できる。
「それじゃあ、こんな時はどうやって、切り抜けるの?」
「コレを使う。」
そう言って、青年が取り出したのは、ピンのついたスプレー缶の様な物だ。
「音響閃光手榴弾。ヤツらは音に反応こそしても、実際に視覚に捉えられなければ、見つかりはしない。コレで音と閃光で誘き出して、一気にカタをつける。運良く、閃光を直視してくれていれば、それで終わりだしな。」
手榴弾のレバーを握り込み、ピンを抜く。
「耳は塞いでおけ。それと、絶対に見るなよ。」
そう注意すると壁の角から、最小限に手を出して、手榴弾を転がした。
パッッ!
直接照らされていない上、瞼を閉じていたにも関わらず、太陽を直視したように閃光の残像が焼き付いた。しっかりと耳も押さえていたが、小さくキィーンと耳鳴りが残る。
ジャリ!ジャリッ!ペキッ!ジャリッ!
手榴弾が起爆した直後、遠くから人影とは思えない程に、機敏に足音が近付いて来ているのが分かった。
風化の激しい床面を鳴らし、小枝を踏み折りながら近付いて来る足音。足音は手榴弾の起爆地、曲がり角の手前で止まった。
そのタイミングを待っていた青年が、壁際でしゃがみこんだ姿勢から、倒れる様に上半身だけを曲がり角から出した。
ポツンと佇んで、キョロキョロと周囲を見回している人影が反応するよりも速く、照準を合わせ、引き金を引ききった。
バァン!と、けたたましい音が鳴り響き、マズルフラッシュが青年の顔を照らす。
人影は弾かれた様に吹き飛び、2m程の距離を後退して倒れ込んだ。胸部から頭部にかけてが著しく崩壊しており、もう修復は不可能だろう。
ポンプアクションで廃莢し、次弾を装填する。
「ふぅ.......ひとまず、片付いたか。」
「もしも、今、見つかったらマズかったよね?」
「あぁ、そうだな。」
先程、巨大な人影が通り過ぎたばかりなのだ。当然、見つかった場合、引き返して自分等を殺しに来たのだろう。
流石に、あんな規格外のサイズの人影を相手にして、無事で済む気はしない。取り敢えず、この場は平穏に収まってよかった。
「さてと、拠点はそう遠くないが、日が少し傾いてきた。夜に出歩くのは危険だ。急ぐぞ。」
側頭部へ銃が突き付けられる。どさくさに紛れて、お互いの距離感が縮まったかと思っていたが、そんな事はなかった様だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
30分程は歩いたか。
廃墟と化しているとは言え、背の高いビルばかりが立ち並ぶため、薄暗くなるのは早い。
集合商業施設らしき巨大な建造物を真っ直ぐに突き抜け、その背後に立つアパートを回り込むと、建物の一部から明かりが漏れているのが目に入った。
「見えたぞ、あそこが俺たちの拠点だ。」
柱などの基礎と、穴の目立つ壁のアパートに四方を囲まれた中庭の様な広場。
そこには、中央で薪が焚かれ、日中にでも狩ってきたのか、何かの動物が解体されている。側に置かれている巨大な角を見るに、獲物は雄鹿だろう。
「おぅ、帰ったか。」
その肉を、器用にナイフ一本で捌いている青年が、こちらを振り向いた。
「あ.......」
「あ........」
ナイフの青年と灯は、お互いを見て固まった。一瞬の硬直の後、ナイフの青年が怒鳴り声を上げる。
「頼人!そいつから離れろっ!」
今まで、銃を突きつけて拠点まで共に歩きてきた、『頼人』と呼ばれる青年は、困惑した表情を見せた。
ピュッ!!
頼人の耳元を、全力で振り抜いて加速されたナイフが、高速で通り過ぎ、灯の喉元に襲いかかった。
「いや、ホント。ごめんて。俺は全然、戦うつもりとかなかったから.......さ?」
ピシッ.......
ナイフが喉へ到達する事はなく、空中で摘む動作をする灯の左手と連動して、空中へ突如、出現した氷の腕がナイフを摘んで止めていた。
それを見て、頼人は目を見張った。
これまでに感じた事の無い妖気。あの氷の腕一本に、人一人分の妖気を凌駕する程の妖気が籠っている。能力を隠していたのか、使うまでもなかったか、ここまで連行してした時には、これ程に強大な妖気は感じなかった。それどころか、妖気の扱いが苦手なのかと思い込むほどに、微弱な妖気しか纏っていなかったはずだ。
まさに驚愕だった。それと同時に歓喜も感じる。こいつがいれば、こいつを上手く仲間に引き込めれば、拠点は安泰だ。
灯はナイフを、近くにあったテーブルへ軽く突き立てる。
氷の腕をしまうと、元通りの貧弱な妖気しか感じ取れなくなった。
「おい、頼人。こいつは危険だ。今すぐにでも、ここから追い出して拠点を移すぞ。この拠点が使えなくなるのは良い。だが、死人が出るのは駄目だ。」
「待ってくれよ!俺は争うつもりなんて、全く無いんだ!これは巻き込まれただけで.......」
「いや........こいつを招き入れる。拠点防衛の為に働いてもらう。」
ナイフの青年の顔から表情が消えた。
「おい......今、何つったよ?」
対照的に、頼人は不敵な笑みを浮かべた。
「聞こえなかったか?拠点防衛の為に働いてもらうって言ったんだ。」
瞬間、ナイフの青年は頼人の襟首を両手で捻り上げていた。その顔には、深い深い憤怒が感じられる。
「冗談じゃねぇぞ!余所者を信用する事が、どれ程愚かしい事か、お前が一番分かっているだろうが!」
「確かにそうだな。愚かな事だし、被害が出てからでは遅い。」
「それなら!」
「だが、それを補って余りある程の利用価値がある。レイン、お前はこいつに傷をつける事は出来るか?俺の見立てでは無理だ。それだけの戦力、利用しない方が非効率だ。それに........」
捻り上げられたまま、頼人はこちらへ目線を向けた。
「こいつは、この世界のルールを知らないらしい」
「チッ!勝手にしろ」
『レイン』と呼ばれた青年は、頼人を離すと、不機嫌が見透く乱暴な足取りでテーブルに近寄り、ナイフを引き抜いてホルダーへ仕舞った。テーブルへ腰掛けると、足を組んで黙り込んだ。
「C-4」
頼人が呟く。すると、右手に四角のコード付きの箱のような物。左手に、グリップにスイッチが付いた器具が創り出された。
「右が首輪。左がリードだ。」
そう言うと、頼人は灯へ歩み寄り、右手の箱を灯の鳩尾辺りへ押し付けた。箱は何の抵抗もなく身体へ沈み込み、淡い光を周期的に放ち始める。
「おい、レイン」
左手のスイッチをレインへと放り投げると、それを受け取ったレインは、不機嫌な表情を少し和らげ、鼻で笑い、それをポケットへと仕舞った。
「頼人、メシの準備を手伝え。」
「あぁ、分かったよ。」
頼人が光でサバイバルナイフを創り出し、クルリと回した。
灯は、これからどうすれば良いか分からず、狼狽える。
「えっと.......俺は?」
「お前は.......適当にその辺に座って、待ってろ」
「え、あぁ、うん」
少し離れた所にある瓦礫の山に腰掛けて、忙しく夕食の支度を進める2人を眺める事にした。
それから、30分程が経過した。
座り込んだ瓦礫の山は風下にあったらしい。肉を焼く良い香りに晒されて、腹が鳴る。
30分の内に続々と人が帰ってきた。広場に集まった10人は、刃物を研いだり、道具を修理したりなど、各々の作業をしながら夕食の完成を待っている。
暇を持て余し、足下の礫を壁に投げつけていると、すぐ隣に誰かが近づいてきた。
「よっ!新入りか?」
陽気な声の方へ振り向くと、そこには体格の良い男が立っていた。両腰には片手で扱える程度の斧を携えている。恐らく、彼の得物だろうか、血や人影特有の黒い粘性の妖気が付着している。
「うん。今日来たばっかなんだ。凩谷灯って名前。宜しくね」
笑顔でそう返し、手を差し出すと、男も笑顔で強めの握手をした。
「おう、宜しく!気軽に『ロウ』って呼んでくれや」
折角の機会だ。
気の良い性格らしい、ロウと名乗った男に聞ける事を聞いておこう。
「少し聞きたい事が有るんだけど.......?」
「ん?あぁ、いいぜ。俺に分かる範囲なら答えてやるよ」
「ここにいる人は、全員、妖力を使えるの?」
男性は少し考えこむような仕草をした。
「んー.......。まぁ、そうだな。人によって強弱は有っても、ほぼ全員が扱えるな。俺は苦手だけど」
「誰が一番強いの?やっぱり、頼人さん?」
「そうだな。戦闘となれば、アイツがダントツに強いだろうな。妖気、戦術、知識、感性......どれを取っても、アイツは素晴らしい手練れだ」
やはり、光の青年は、頼人の事で間違いは無いようだ。
「あんたはどんな妖気を扱えるんだ?」
「え?何で扱えるって分かったの?」
「そりゃぁ、頼人は妖気を扱えるヤツ以外は拠点には招き入れねぇし、そもそも、妖気が扱えないヤツなんざ、年に1回見るかどうかくらいには珍しいからな。」
「年に1回?!そんなに?」
「あぁ、そんなにだ。それくらい珍しい程に、妖気が扱えないヤツは少ないな」
「なるほどねぇ......。そう言えば、俺の扱える妖気は........コレだよ」
周囲の気温がはっきりと分かる程に低下する。灯の両隣に現れた巨大な氷の腕を見て、ロウは驚き混じりの溜息を吐いた。
「これは........驚いたなぁ。こんなに、誠実でいて荒々しい妖気は初めて見た。そりゃぁ、頼人も身内に引っ張り込む訳だ。」
カン!カン!カン!
灯とロウの会話を遮るように、金属同士を打ち合わせるような甲高い音が響いた。音の出所の方を向くと、レインがフライパンとナイフを打ち合わせている。
「メシが出来上がったらしいぜ。」
音につられて、何処からともなく、人がぞろぞろと集まりだした。
それまでは10人前後だったが、今は30人程度はいる。それぞれ、木を削り出して作ったような粗末な皿に、大鹿の肉を受け取って、焚き火を囲むように座っていく。
「灯、お前、今日来たばっかだろ?」
「うん」
「なら、今日は自己紹介だな。順序を教えといてやろう。そんなにお堅いモンじゃないが.......まぁ、自分の名前と能力、そして、何か適当に一言、言えば良いと思うぜ」
「名前、能力、一言ね。ありがとう!ロウ」
「良いってことよ〜」
ロウとサムズアップを交わし、ロウの後に続いて、人混みへと向かった。
灯を見掛けた人々は驚いた表情や、好奇の目を向ける。灯はそのような人達に、笑顔で会釈して返した。
少し戸惑った様子で会釈し返す者、笑顔を返す者、無関心の者など、反応は人それぞれだが、総じて嫌悪される様子は無い。
「2人分、頼むわ。1つは多めで」
「はいはい。おかわりは程々にしてくれよ?」
「あぁ、分かってるって」
テーブルに2皿、肉を装った皿が置かれる。その内、量が多い方の皿を、ロウはこちらへ手渡した。
「え?ロウが大盛りじゃなくて?」
「ハハハッ!お前は体が細いからな、他の奴より喰って、デカくなれ」
「あ、ありがとう」
ロウが焚き火近くの瓦礫に腰掛けた。灯もその横に腰掛けると、一通り仕事を終えた頼人が、銃身の短いリボルバーで空砲を鳴らし、全員の注意を集めた。
「えー、みんなも気がついているだろうと思うが、今日は新入りがいる。まずは俺の独断で招き入れた事を許して欲しい。だが、こいつは見た目は細身でひ弱そうだが、中々、面白い能力を持っている。これからの更なる発展に期待して、是非、歓迎して欲しい。」
「自信持って行って来い」
ロウがそう言いながら、背中を叩いてくれた。勢いに任せて、頼人の隣まで出て行く。
全員の視線が集まっているのが、はっきりと分かる。それを感じた途端、緊張で身体が固まった。
「え、えっと、凩谷灯.....です!能力は氷を操れます。よろしくお願いします!」
「能力見せてみろよー!」
観衆の中から声が聞こえる。
目を瞑り、大きく深呼吸をして集中する。高まっていく集中力と比例するように、灯を冷気が取り巻いてゆく。
両手を脱力させ、その反動で全力で拳を握り締めた。周囲の冷気が一挙に収束し、氷の両腕を作り上げる。
両腕の顕現の余波で、一帯の空気中の水分が凍りついてダイアモンドダストと変わる。
冷え切った大気は観衆を巻き込み、吹き荒んだ。観衆が騒めき、感嘆や驚きの声が聞こえてきた。
「寒っ!?」「飯が冷めちまったよ.......」
「あれが人間なの?」「こりぁ、凄ぇや.....」
「今、見てもらった通り、こいつは人間離れした力がある。この力を振るってもらわないのは勿体無いと、俺は思う。したがって、異論のある者はこの後、俺の元に来てくれ。納得のいく答えを示そう。」
「あんたの決めた事なら、俺は従うぜーっ!」
一瞬の沈黙の後、1人の男が声をあげた。それを受け、波紋が広がるように、肯定の歓声が一瞬で広がった。
頼人が灯に歩み寄って、肘で小突く。
「だ、そうだ。一先ず、お前を拒絶する奴は殆どいないらしい。ほれ、元いた所に戻ると良い」
「うん。ありがとう、頼人」
頼人は一際目立つ位置まで移動しながら、背中を向けたまま、ヒラヒラと手を振った。
「凩谷灯。ようこそ、歓迎しよう」
「さぁ!新顔の紹介も終わったところで、好きなだけ食って、明日の英気を養うと良い!」
ウォーー!!
頼人の一声で、騒騒しい宴の火蓋が切って落とされた。
突如として現れた、新顔に好奇心旺盛な野次馬が集まり、宴は大いに盛り上がった。
「うっ......ヤベェ、吐きそ.......」
身体が細いと弄られ始めて、次々と肉を詰め込まれる羽目になり、ギリギリで逃げ果せて来た灯。フラフラと、人気のない、夜風の当たる涼しい場所に座り込んだ。
身体を曲げると苦しさが増す為、身体を反らせておくしかない。すると、自然に上を向いた視界に、ビルの隙間から覗く、狭い星空が映った。
「おー.......綺麗だなぁ」
この世界には、夜を照らす光はほぼ無い。
人間が文明の大部分を失い、自然界の一部、ヒトとして暮らすこの世界は、大気が非常に澄んでいるのだろう。
汚す者も、照らす者もいない星空は、今まで見て来たどんな星空よりも活き活きとしている。
「休憩か?」
「ん?うん、食べ過ぎてね」
「あぁ〜......アレ、か。まぁ、通過儀礼って奴だ」
少し離れた廃ビルの骨組みに腰掛けて、湯気を立てるコップを揺らしているのは、頼人だった。
「そういえば、頼人ってフルネーム何なの?」
「言ってなかったか。祇田頼人だ。」
「祇田頼人ね。如何にも、光って感じの名前だね」
「俺の父親がこの名前をつけた。この土地の古い時代の一般的な形式らしい。まぁ、どんな意図があっての事かは、今となっては知り得ないけどな」
非常に気になる所だが、頼人にとって、名前の意図を知る事が、良い事だという保証などない。しても無駄だろうが、詮索するのはやめた。
「明日、行く所がある。本来なら、そこは危険域で誰も近寄らないんだが、時折、少数精鋭で監視をしている地区だ」
「そんなに危険なの?」
「即座に危険が生じる訳では無いが、何が発生するか分からない。物理法則も曖昧な地区だ。不慮の事態でも、生き残る可能性の高いメンバーを選出して行く」
「んで、それに俺も入ってると?」
「そういう事だ。だが、お前も命は惜しいだろう?無理にとは言わない、お前が決めてくれ」
「ん〜.......良いよ!面白そうだし、ついて行くよ」
迷う様子もなく、命を危険に晒す判断を興味本位で了承した灯に、頼人は驚いた表情を見せた。
「そうか、ありがとう」
頼人が少し笑う。
明日は危険な1日となるはずだ。しかし、避けて通れぬ道でもあるんだろうな。
「ん.........?」
明日の事を考えている最中に、小さな違和感を感じた。違和感は少しづつ大きくなり.....いや、近づいている。
反射的に氷の両腕を展開し、違和感を感じる方角を見る。明かりの一切無い夜は、恐ろしく暗い。視覚は殆ど当てにならないようだ。
チラと頼人の方を見る。
「SheeN04」
彼も何かを感じ取ったらしく、対物ライフルを作り出して、肩に担いでいる。右手に拳銃を作り出すと暗闇に向かって放つ。
照明弾だ。
周囲一帯が煌々と照らし出された。光を操る頼人だが、照明さえも頑なに銃器に拘るらしい。
違和感の正体がわかった。
200m程度離れた廃ビルの屋上に、2人の影が見えた。その影は、照らし出されているにも関わらず、焦る様子も隠れる様子もなく佇んでいるだけだった。
「あれって仲間?」
「いや、俺はあんな妖気は知らない」
「じゃあ、敵かな?」
「分からん。簡単に手を出すのは迂闊だろう」
対物ライフルのストックを肩に当て、スコープを覗く。倍率は高く設定はしていないが、この光源の足りない状況下でも鮮明に狙えるように、スコープへかける妖気の量を増やした。
「こいつは.......」
性別は分からない。しかし、二人とも髪は短い。一人は何か細長い物を右手に携えており、こちらへ背を向けている。もう一人は、錆びてボロボロになった手摺に両手を乗せて、こちらを眺めている。
フフッ......
「なっ!!?」
スコープから顔を離し、咄嗟に物陰へ身を隠した。心拍数が急速に上昇し、自然と息が早まる。
目が合った。奴は笑った。
奴はこちらが見ている事に完全に気が付いていた!
「どうしたの!?頼人!大丈夫?!」
灯が心配そうな顔で覗き込んでくる。
「あぁ、大丈夫だ.......」
何度か深呼吸をして、心を落ち着かせる。知らぬ間に冷や汗をかいていた。額の汗を拭い、狙撃地点を変える為、低姿勢で進み、柱の影へと飛び込んだ。
遮蔽物から最低限に身を乗り出し、スコープを覗く。
「いない.......」
先程までいたビルの屋上はもぬけの殻。今も感じる妖気の反応は、奴らのダミーのようだ。
銃を下ろし、再び身を隠す。大きく溜息を吐くと、ダミーの反応も薄れて無くなった。
「何だったんだろ?あの人達」
「さぁな.......いや、気にしても仕方ないだろう。皆の所へ戻るか」
カチャ......ガチャ.......
「............?」
「........」
「ん.......っ、ふぁ〜ぁ........」
微かに聞こえてきた物音や話し声。それによって、普段以上に早く目が覚めてしまった。
寝ぼけ眼を擦り、大きく伸びをして欠伸を一つ。
いつの間にか、一晩が立っていたようだ。
昨晩の出来事から、頼人たちは代わる代わる警戒しながら、一晩を過ごしたようだ。灯はというと、まだ信頼が浅いため、監視の任は与えられずに眠り込んでいた。
まだ重たい瞼を支えながら、音のする方へ目を向けると、頼人とレイン、ロウともう一人が慌ただしく、何かの準備をしているのが見えた。
気だるいが、動かないと再び寝てしまいそうだと、強引に身体を動かして立ち上がった。
それに一番に気が付いたのは、ロウだった。
「おっ、起きたか!おはよう!」
「おはよう、ロウ......」
適当に返しているつもりは毛頭無いのだが、眠たさ故か、生返事で挨拶を返していた。
「さっさと目を覚ませ。今日、一日は働き詰めだ。そんな腑抜けじゃあ、こっちが困るんだよ」
レインの言葉に促され、目が醒めるように、自分の両頬をピシャリと叩いた。すこし、気が引き締まった気がする。これは、幼い頃からのおまじないのようなものだ。
「各自、準備は終わったか?」
頼人が腰のナイフホルダーに妖気製では無い、実体のあるサバイバルナイフを収めながら歩いてきた。
「えっと、俺、何も準備してないんですけど.....?」
ドサッ!ドスッ!
テーブルの上へレインが、ウエストポーチとベルトへ通すタイプのナイフホルダーを乱雑に投げ置いた。
それらを見て呆気にとられる灯に、頼人がニヤつきながら説明する。
「灯、お前の装備だ。レインが用意してくれた」
「うるせぇ、黙れ」
「ありがとう!レイン」
「あぁ」
レインは機嫌の悪そうな顔をして、追い払うように手を振った。
頼人が全員を机を囲むように円形に集めた。
机には古びた切傷が多く付いており、その原因を裏付けるように、4本のナイフが突き立ててある。
「まぁ、取り敢えず。ここにいる5人で本日の監視を行う。非常に危険な任務だ。生きて帰れる保証はない。それでも、付いて来てくれるヤツはナイフを抜いて、各自のナイフホルダーへしまってくれ。ここで降りるってヤツは、抜いたナイフをテーブルに置くんだ。別にその判断を責める奴もいないし、俺がそんなこと事させない」
「言われなくとも、そのつもりだぜ。頼人」
レインはナイフを一本抜き取って、器用に手のひらで回し、胴部にあるホルダーに収めた。
不敵な笑みを浮かべている。気概は充分のようだ。
「俺もだぜ。誰よりもしぶとい自信があるからな」
ロウも抜き取ったナイフを、右腰の斧に並ぶように装着されたホルダーへ収めた。
「ここまで来て、今更引き下がるわけないでしょ?」
もう一人の女性もナイフを抜き取り、太腿のホルダーへと収めた。
「さぁ、凩谷灯。お前はどうする?」
「俺は........
ナイフへと右手を伸ばす。これを自分のホルダーへ収めるか、テーブルへ置くか。
これから向かう場所が危険な事は、重々承知だ。不測の事態に巻き込まれて、生きて帰れる保証などどこにも無い。
ナイフへ向けられた右手は宙を掴んだ。
「........当然!参加させてもらうよ」
握られた灯の右手と連動して、氷の腕がナイフを力強く掴んだ。一切の迷いはなく、ホルダーへナイフを収め、固定する。
それを視認した頼人は軽く頷き、声を張り上げた。
「それでは.......作戦開始だ!無事に帰れよ!」
「「「「オウッ!!!」」」」
西に向かって2時間程、移動してきただろうか。
道中に沸いている人影を、サーチアンドデストロイの指示通り、片っ端から処理しつつ移動している。それぞれの移動手段で、ある程度の速度で移動しているので、拠点からかなりの距離へ離れたと思う。
足元を凍らせ、氷のスケートシューズで滑っていく。
横を見ると、頼人が光を纏いながら並走している。動きこそ普通に走っているようだが、軌道にはストロボスコープで撮影したかのような、人型の光の残像が残っている。
「そろそろ近づいてきたぜ」
ロウが近くへ瞬間移動し、前を指差して言った。その指のさす方に目を凝らしてみると、遠くに異様な光景が見えた。まるで陽炎のように、背景が歪んだ空間がある。
「先に行ってるぜー」
ロウが片手の斧を遠くへ投擲する。次の瞬間には隣からロウの姿は消え、ロウのいた場所には斧が落ちている。
移動中に頼人から聞いた話では、ロウの能力は両腰に持っている2丁の斧と自分自身、その3つの位置を自由に入れ替える事が出来る能力らしい。
一方を投擲し、位置を入れ替えてワープ、もう片方を投げてワープする時に、後方にある斧も同時に手元へワープさせる。そうやって、常にどちらかの手に斧を置く事で移動しているらしい。
目立った音もせず、一瞬で大きな距離を移動できる非常に有用な能力だ。
また、一瞬で視覚から消失する瞬間移動は、非常に鋭い視覚を持つ人影に、非常に有効らしい。
超高速の移動をしても巧みに立ち回らなければ目で追われるのだが、瞬間移動は完全に捕捉を外す事が出来る。
その証拠に、超巨大な装甲型の人影に発見され、唯一、生還した人物との事だ。
瞬間移動で先行したロウ。地上を移動する二人。そして、宙を跳んでいるのはレインだ。
レインは、特別に強力な能力を持っている訳では無いらしい。
武装は身体の各所に携帯する、大小様々なナイフ。基本的に投擲をするのではなく、ナイフを主軸とした接近格闘術で戦う。
この場にいる5人の内、最も地味で人間らしい戦い方ではあるが、彼の強さは戦闘に長けていると言うものではないようだ。
彼の強さは冷静さと判断力、そして、観察力。
普段は低空を結界の足場を伝って、跳躍して進んでいるが、彼のセンサーに何らかの違和感を感じた途端、彼は行動を起こす。
誰よりも速く、進行方向のビルの影や建物内部などの死角に潜り込む。すると、次の瞬間には的確にナイフでダメージを受けて、人影が消滅していった。
頼人が言うには、親交が浅いヤツにはとことん冷たい風に接するが、皆を常に気に掛けている不器用なヤツ.......との事らしい。
そして、最後、5人目の女性。
先程からはっきりと姿は見えないが、上を見上げると、ビルの壁や屋上を飛び移っている影が見える。
「私、スノウっていうの!よろしくね!」
そう自己紹介した彼女だが、灯と変わらない程度の歳の見た目に反してかなりの古参らしく、幼く、物心のつく前からレインと二人でいたらしい。
スノウの能力は人間離れした身体能力と、簡単な妖術全般。身体能力に関しては、この場の全員が人間離れしている為、殆ど目立たないが、簡単な妖術全般というのは、なかなかに使い勝手が良い能力のようだ。
光や冷気など、単一の妖気しか使えない者が大多数を占めるている。それに対し、高度ではないが、発火や治癒など一人何役も担うことができる彼女は重要な人物だ。
慎重かつ冷静なレインの性格とは打って変わって、自由奔放な性格のスノウは、レインの「低空を移動しろ!」という注意を、「だいじょーぶだってー!」と聞き流して、ビルの屋上を移動している。
レイン自身も、スノウに振り回される事に慣れている様子で、はぁ、と大きく溜息を吐いて、後は口を出さなくなった。
やがて、異様な光景が近づいてきた。
スピードを緩め、距離をとって手前で停止する。先に待っていたロウが腕を組んで唸った。
「うーん......どうだ?お前は何か感じるか?レイン」
「いや........前回から相変わらずだ。この妖気の力場内は分からない」
目の前に広がるのは、ドーム状に巨大に広がる妖気だった。外部から見る感じでは、全く異常は見受けられないが、確かにそこに妖気の力場が、それも非常に強力なモノが広がっているのが感じられる。
「頼人、これって入っても大丈夫なのか.......?」
「あぁ、大丈夫だった、これまではな。今回がどうかは分からない」
「えい!」
痺れを切らしたスノウが自分のナイフを力場の中へと放り込んだ。
カランと音を立てて、地面へと落ちるナイフ。特に変わった様子もない。
それを見たスノウは躊躇う様子もなく力場へ手を入れた。伸ばした手が力場を境に不可視になる。引き抜いたその手には、きっちりとナイフが握られていた。
「ああ.......」
それを横で見ていたレインが、分かりやすく頭を抱える。
「大丈夫らしい。それじゃあ、行くか」
頼人が力場内へ踏み入って行く。レインも追随して行き、力場に飲み込まれで消えてしまった。
「遅れるなよ、灯。仲間とはぐれるのが一番危険だからな」
ロウも、二人の後を追うように飛び込んでいった。
それを見て、生唾を飲み込む。
みんなは気がついていないのだろうか?この中から感じる、掴み所のない、しかし、途轍もなく巨大な気配に。
「なーにしてるのっ!?おいてくよ!」
スノウが追い抜きざまに、背中を叩いた。力場に消えたスノウに背中を押された形で、灯も入っていった。
「うっわ.........なんだ?コレ........」
これまでに見たことも無いような、常軌を逸した光景が目の前に広がった。
見渡す限りに広がる陥没した地形や、崩壊し見る影もない建造物。
この世界で見た、文明が退廃し取り残された建造物は、緑に侵食されて地形の一つとして、自然に吸収されていた。しかし、ここには生命らしきものが、全くと言っても過言ではない程に見当たらない。長い年月の間、放置された建造物は風化し、大部分が崩落している。
しかし、特に異常な点はそこでは無い。
異常な点は2つある。
1つ目は、ここには色が存在しない。
正確には彩度が存在しない。明度のみで構成された、無彩色に彩られた空間。外部から訪れた5人が、ひどく鮮やかに見える程に味気ない光景だ。
もう1つは、瓦礫や水滴が浮かんでいることだ。
一体、何による力なのかは分からないが、大小様々な瓦礫が宙へ浮かび、ふわふわと漂っている。固定されている訳では無いらしく、押せば、あまり抵抗を感じずに動かすことが出来る。しかし、瓦礫同士を近づけようとすると、斥力が働いて互いに離れていく。
水滴は非常にゆっくりとした速度で、地面から空へ向かって浮かび上がっている。
言い表すなら、逆さに降る雨といったところか。気がつくと、足元から少しずつ湿ってきている。
この異様な地区の経験者であるロウとスノウは、瓶に水滴を集めて、加熱と濾過を加えている。
「灯、冷やしてくれないか?」
ロウから手渡された瓶に息を吹きかけて、冷やして返すと、一気に飲み干していた。
「ここも変わらないな」
レインが周囲を見回しながら呟いた。
「まったくだ。誰が何の為にこんなモノを
遺したのか」
頼人も横へ並び立ち、遠くを見渡す。遠くを見渡す為なのか、頼人の瞳に光の輪が2本入った。
「不審な物は見当たらない。いつも通りだ」
「まぁ......そりゃそうか。こんな死に腐った場所が、どうにかなるとも思えないしな」
レインが足下の小石を拾い上げ、投げ捨てた。小石は地面に落ちることなく、他の瓦礫と同じように宙へと舞っていった。
「........いや、レイン。ヤツらは.......ここにまで侵食しているらしい」
それを聞いて、レインが溜息をついた。
「はぁ........マジかよ。ヤツら、減ってるのか?」
「さぁな」
頼人の両手に2丁の大型拳銃が形作られる。
それと連動して、頼人の瞳は再び紋様が変わる。2つの輪の一方は外側へと消え、もう一方は内側へ収縮し、中心へ現れたダットサイトのような点を囲んだ。
レインも脇腹のホルダーからナイフを取り出すと、その音にロウが気づいた。
「来たんだな?けど、こうなるだろーなってのは、思っちゃいたけどよ!」
「ふぇ?敵?」
遥か遠くに黒い点がいくつか見える。
こいつらが違和感の正体?いや、そんなはずはない。確かに、こいつらからも違和感は感じるが、この程度ではなかった。
違和感?
「危ないっ!!!」
咄嗟に、異変に気がついていないロウと、準備のできていないスノウの前に滑り込む。
同時にレインも危険を感じたらしく、横へ大きく飛び退いた。レインの表情が緊迫したのを見た頼人も、うつ伏せになる。
氷の右腕を展開すると同時、人影がチカチカッ!と黒い光を放った。
ヒュッ!
ビシッ!ビシッ!
体の横を視認できない程に高速で、何かが通り抜けていった。いくつかは氷の腕へ命中し、僅かに傷をつける。それを見たロウが、驚いて目を見開いていた。
「あ、ありがとな。灯」
完全に不意を突かれていた。もし、頼人達が、遠くの人影を発見していなければと思うと、悪寒が走る。
氷の右の手のひらを眺める。
突き刺さった飛来物、これは......
「銃弾.......?」
手のひらに、はっきりと感じられる重量を持った銃弾だ。こちらを向いて軽く手を挙げた頼人へ、それを投げやった。
「へぇ、50口径か。いいだろう。格の違いを見せてやる」
銃弾を眺めながら、頼人が笑みをこぼした。
両手に携えていた大型拳銃を光の粒子へ戻し、対物ライフルへ作り変えた。
「予定変更だ。近づいて処理しようと思っていたが.......〔SheeN04〕.......ブチ抜いてやる」
伏せたまま、銃架で全体を支える。
右目は狙撃の瞳、円とクロスヘアに。
左目は望遠の瞳、2重の円に変化した。
「全員!奴らの狙撃に注意しながら、出来る限り、派手に突撃しろ!」
「「「「おうっ!」」」」
4人は突撃を開始した。
灯は氷の両腕を展開しながら、最前列を走る。その後ろへスノウが追従し、妖気で光を放つ。
後方から光を受けている氷の両腕は、光を乱反射、屈折させて、遠くからでも非常に目立っている。
「...........っ?なんだ?こいつら........」
敵の注意を引き、狙撃を受けながらも、次第に距離を詰めていく前線。その後方に待機し、スコープを覗いた頼人は、困惑の表情を見せた。
スコープにより高倍率で確認した標的の姿は、予想の斜め上をゆくものだった。
狙撃を仕掛けて来た。その事実から、銃を持っているものだとばかりに思っていたが、実際は違った。
肘から先、肩から先が銃となっているもの、腹部から銃が飛び出しているもの、頭部そのものが銃と置き換わっているもの、両肩から前方へ向かって銃が据え付けられているものなど異質なものばかりだ。
これまで見て来た人影は装甲型を除けば、全て黒に塗り潰された人間、といった風態だった。
「まぁ、運動能力を改善しなかった事が失敗だったな」
ッガァン!.........ッガァン!
轟音が鳴り響く。
頼人の銃口と黒点が光の線で結ばれ、轟音の度に人影が弾け飛んでゆく。
「発見されているのに動かないのは、狙撃手として最悪だぞ?」
次々に人影を撃ち抜いてゆく。
頭部が銃と置き換わっている個体の銃口を、真正面から撃ち抜くと、砕け散った破片が更に周囲に被害をもたらした。
一足先にロウが、人影の元へと辿り着いたのが見えた。人影の背後にワープしたロウが、斧で一閃を見舞った。
肩口から斜めに食い込んだ刃は、易々と人影を切り落とす。
一撃与えては、位置を変え、また一撃。
休まずに動き続けるロウの戦法は、シンプルながら非常に強力なものだ。
ワープを駆使するロウが辿り着いたからには、援護射撃をするのは愚策だ。敵に読めない軌道は、味方にとっても読み難い。誤射してしまっては冗談じゃ済まない。
「〔Light&Bright〕.......俺も後を追うか。」
頼人の両手に大型拳銃が作り出される。両目が近距離戦の瞳、円とダットサイトへと変わった。
「少しは頭を使ったか?それとも、偶然か」
突撃する灯たちを、狙撃型の人影と挟み撃ちにする形で手前に人影が現れた。
強く地面を踏みしめ、駆け出した。
3人は背後の脅威に一切気がついていないが、レインは後方へ下がっている。合流して殲滅することにしよう。
両手の拳銃を見る。右手のLight、左手のBright。
限界射程は3mあれば十分か。その分を威力へと回す。
ドッ!
勢いを乗せて蹴りを打ち込む。人影が威力を受けきれずに吹き飛ばされた。流れるように両サイドへ銃を突きつけ、即座に引き金を引く。目の前に突き付けられた銃口から銃弾を受けた、2体の人影は上半身に風穴が空き、崩れ落ちた。
「レイン!そっち側から、削いでいってくれ!」
「あぁ!」
近づいて見て分かった。
この人影達も体の各所が銃に置き換わっている。見た目はアサルトライフルにも見えるが.....
地面に着弾した際の威力はアサルトライフルの比ではない。これはショットガンか。この形状なら、ガス圧方式だろう。
差し詰め、強襲型とでも言ったところか。
「消えろッ!」
こちらへ銃口を向けた人影の懐へ潜り込み、思い切り、鳩尾を拳銃で突き上げる。
同時に引き金を引き、ゼロ距離射撃を撃ち込んだ。
頼人の攻撃で、人影が力無く舞ってゆく。胸に大穴が開くダメージには耐え切れず、ドロドロに溶けてゆく。
「レンジを1mまで下げるか」
人影が飛び掛かってきた。よく見るとこの人影、右足の膝から下が銃に変わっているらしく、銃での攻撃を諦めて肉弾戦に来たらしい。
単調な右フックを体を捻って躱し、カウンターに足を払う。支えを奪われて浮き上がった人影の腹へ、両拳銃のグリップを打ち付け、地面へ叩き落とす。
「失せろ」
ガガガガガガ.........ッ!
腹を踏みつけて、装填数12発、両手で24発を一気に撃ち込んでハチの巣にする。
空のマガジンを落とし、拳銃を上へ放り投げる。人影達の注意が、投げ上げられた拳銃へと向かった。
横目でレインを確認する。少々、離れた位置で人影を着実に一体づつ倒している。
「レイン!他の奴らの援護に回れッ!」
「了解!」
この銃を使う時、仲間は邪魔になる。誤射も恐ろしいが、実際に当たってしまった時に何が起こるかを知っている為、より恐ろしい。
「〔Luster〕.......お前らの銃より、俺はこっちの方が信用できる」
頼人の両手に現れたのは、ストックとグリップを備えたポンプアクション式のショットガン。
装填数7発。装弾はバードショットにしよう。
ダンッ!ダンッ!ダンッ!
遠い順に狙いを定めて3連射する。
バードショット。発射する事で、百を超える細かい弾が射出される。名前の通り、通常は鳥類などの小型動物の狩猟に使われる物で、対人に常用されていた物ではない。
と、崩れたガンショップの残骸で発見した資料に書いてあった。対人ならば、バックショットが多かったらしい。
しかし、これまで人影を倒してきた中で、バックショットよりもバードショットの方が有効だという事が分かった。
30m先で直径1m程度に広がる調整をしている。しかし、バックショットに装填されている12発の弾は、人間より脆い人影相手には簡単に貫通して、ダメージが効率的に与えられずに倒し損ねる事が稀にあった。
バードショットであれば、弾の1つ1つが細かい為に貫通力が低く、更に数十から数百の弾丸による高密度な『面』での攻撃を行える為、人影を確実に倒す事ができる。
どんな距離でも、狙撃する際に対物ライフルを使用する理由も同様で、人影を狙撃をするならば、射程は勿論のこと、貫通力より威力がモノを言う。したがって、威力を出すには大経口の銃弾を使う必要がある為、大経口の対物ライフルという訳だ。
バシャアッ!
大量の水を地面に打ち付けたような破裂音と共に、人影の上半身は深刻な損傷で、即座に液状化して撒き散らされた。
「4体。巻き込めただけ上々か」
銃声を聞き付けた人影の注意が、再び頼人へと集まる。
ダンッ!ダンッ!!
何度も銃声が響く。発砲の反動で、人影は倒れそうになる程にふらついた。
しかし、発射された銃弾の軌道の交差点にあったのは、穴だらけになった頼人のショットガンのみ。
ガシャッ!ガシャッ!
人影の背後で何かの動作する音が聞こえる。
両手に持ったマガジンを、落下してきた拳銃へ装填し、即座に構えた頼人。
「構えも身体も成ってない。そんな程度で反動の強いヤツを使うのが間違いだな」
まぁ、頭が銃だったり、腕丸ごと銃だったりしているヤツに、構えなんて言えた事じゃない、か。
一気に間合いを詰めて人影の背後から、こめかみへと左フックを放つ。
これが、頼人の最も得意とする戦い方。
2丁の大型拳銃を両手に持ち、間合いを詰めて、打撃。当然、拳の代わりに相手に打ち込まれるのは、手に持った拳銃だ。
打撃の瞬間、相手に銃口が触れている瞬間に、極限まで射程を下げて、威力を爆発的に引き上げた銃撃を放つ。
正に、打撃を『撃ち込む』という訳だ。
限界射程ゼロ、超威力の射撃は、容易に人影の半身を吹き飛ばす。
拳銃ではあり得ない程のマズルフラッシュと発砲音。こめかみへの一撃は、頭部のみならず肩辺りまで消し飛ばしていた。
打撃1発につき、銃弾も1発づつ消費していく。
拳が届く距離まで近づいてしまえば、こちらのものだ。そんな距離では、ショットガンがまともに扱えるはずがない。
それでも、人影達は強引にショットガンを放つ。全くの見当違いの方向へ放たれた銃弾は、運悪く他の人影へと命中した。
発射の反動で、後ろへフラフラと後退した人影の足元を払って、倒れ込もうとするところへ、打ち上げるように肘打ちを見舞う。
後ろへ迫っていた、頭部がショットガンと置き換わっている人影の銃口へ、打撃と共に撃ち込んだ。
急激に増加させられた内部圧力に耐え切れず、頭部であった黒い液状の妖気と銃のパーツが四散する。
肘打ちで吹き飛ばした人影へ向き直る。山なりの軌道を描いて、別の人影へとぶつかった。
「二枚抜きだッ!」
2体が重なった瞬間に撃ち込んだ。胴体に風穴の空いた人影は、重なったままで溶け出す。
次々と近づいては撃ち抜き続ける。気付けばそこら中に、空のマガジンが散らばっていた。1体につき1発、という訳では無かったが、それでも、相当数を倒しただろう。
数分前には多かった人影も、大分、数を減らしていた。
残り4体。
人影の体を駆け上がり、頭上を飛び越えて後ろを取りながら、アサルトライフルを有りっ丈、撃ち込んでゆく。着地する頃には、人影は力無く倒れ込んで、溶け出していた。
ヒュッ........ザシュッ!!
「よぉ、頼人!こっちは終わったぜ!」
目の前に突如、現れたロウが人影を叩き切った。
「そうか、わかった。怪我人は?」
「大丈夫だ。これくらいで怪我するほど、ヤワな俺らじゃないぜ」
ロウが人影と上空へ向けて斧を投げ放った。一方は人影へ深々と突き刺さり、もう一方は頭上高くに舞い上がる。
怯む人影の斧の元へワープしたロウが、人影の首を掴み、斧を引き抜いて放り捨てた。その斧を残してロウと人影が姿を消し、次の瞬間には斧を持ったロウが、先程に放り捨てた斧を拾い上げていた。
「終わったぜ」
「あぁ、ありがとう」
べシャアッ!
上空高くへ置き去りにされた人影が、少し間を置いて、残り1体の人影の頭上へと落ちてきた。巻き込まれて2体諸共、水風船のように地面へ弾けて広がった。
「さて、頼人。お次は例の場所に行くんだろ?」
レインは取り出していた何本ものナイフを、身体中の収納スペースへと収めながら、近づいてきた。
「あぁ、あそこが一番心配だからな」
近くの岩に腰掛けながら、灯が首を傾げる。
あそこ、と言うのは何なんだろう?これだけ異様な空間においても、一番に気にかけられるほどの場所なら、ここに来てからずっと感じていた違和感の正体も、そこにあるかもしれない。
岩から飛び降りて、少し先を徒歩で進んでゆく皆の所まで、走っていった。
徒歩15分、目的地が見えた。それ程離れているわけでは無かったようだ。歩き始めて5分程経った頃からか、進めば進むほどに、目的地にあると思われる妖気を、明瞭に感じる事が出来た。
しかし、その妖気が違和感の正体かと聞かれれば、何処か違う気がする。
皆が目指していた場所。そこには、直径150cm程度の妖気の球体が、宙に浮いていた。
強い光を放つ、乳白症の光球。内部から莫大な妖気が感じられる。
気の所為かも知れないが、この光球に引き寄せられそうになる。
「待てッ!死ぬぞ!」
「えっ?!」
ハッと我に帰ると、光球に触れようとして、氷の腕を伸ばそうとしていた。腕を引き留めたのは、厳しい表情をしたレインだった。
「危なかったな、灯。レインが引き留めて無かったら、今頃、消えてたぞ」
頼人が光のナイフを創り出して、軽く放り上げた。
すると、ナイフは上方向にしか力を受けていないにも関わらず、謎の引力によって光球へと引き寄せられて衝突した。
光球に触れた途端、光のナイフは元々存在すらしなかったのように、痕跡も残さずに消滅した。
「この通りだ。コイツは周囲の妖気を引き寄せ、吸収している。俺たちは何も感じないが、一際、妖気が強いお前は影響を受けたのかも知れないな」
妖気を吸収している?
本当にそうなら、俺たちが触れば、干からびでもしてしまうのか。幸いな事に意識していれば、光球に引き寄せられる事もない。
灯は皆より一歩、光球から距離を置いた。
「誰が何の為に、こんなモノを遺したのか。そもそも、コレは誰かが作ったものなのか。不明な事ばかりだ」
「うん、そうだね〜」
は?
光球の反対側から、声が聞こえた。
全員が飛び退いて身構える。すると、声の正体は、悠々と歩いて、勿体ぶる事なく姿をを現した。
燻んだ色の布で全身を覆っていて、顔は見えない。如何にも怪しい風貌だ。
「テメェ、誰だ........どこから湧いてきやがった?」
「嫌だねぇ、そこまでキリキリしなくてもいいのにな」
レインが厳しく問い掛ける。皆より、一層距離をとったレインには、何か感じるものがあったのだろう。
しかし、そんなレインとは対照的に、突如現れた男は、飄々とした態度ではにかみながら肩をすくめる。
「確かにコレじゃあ、誰も触れないはずだ」
警戒する5人を全く意に介さず、光球の周りを回りながら、眺めている。
「君たちはコレの正体は、もう知っているかい?」
男がこちらへ向き直り、大袈裟な身振りで両手を広げて問い掛ける。
そこへショットガンを突き付けながら、頼人が黙って首を振った。
「そうか。君たちも知らない、と。ふ〜む、確かにあの人しか触れなさそうだ」
男はニマニマと、如何にも胡散臭く微笑みながら頷く。
「おい、さっさと用事は済ませろ。こんなカビ臭い布にくるまってるのは飽き飽きだ」
気がつくと、不審な男の背後に同じような格好をした別の男が立っていた。
「まぁまぁ、せっかく珍しい所に来たんだし、現地の人と交流するのも一興でしょ?それに.......1人、ホンモノもいるみたいだしね」
灯は生唾を飲み込む。背筋が凍りついた。気の所為かも知れないが、男がこちらを見てニヤリと笑った気がした。心の底まで見透かされそうな、不思議な色をした目だ。
やっと分かった。ずっと感じていた違和感の正体は、こいつらだ。
「ふん、これがホンモノか。期待外れも甚だしい」
2人目の冷たい態度の男は、5人を一瞥すると鼻で笑って背を向けた。
「まぁ、待ちなって。別に帰ってもやる事がある訳じゃないでしょ?」
何とか引き止めようと、説得する男。2人が背を向けた状態になった途端、レインが音も無く懐へ手を入れて、ナイフを抜こうとした。
「バレていないとでも?俺達にそのつもりはないが、お前が望むなら、皆殺しにしてやろうか?」
7m程度は離れていたはずの男は、瞬きする間にレインの目の前に立ち、ナイフに伸ばした手を抑えていた。
レインのこめかみを汗が伝う。
この俺が、冷や汗をかいている?
何だ?何をした、この男。
空間転移?いや、ロウのものとは一線を画すものだった。空間転移.......相当量の妖気さえあれば、誰でも使う事は出来る。しかし、生来の適性で精度や転送速度が変わってくる。
だが、この男は何だ?一瞬で、『転移した時には既に俺の手を抑えながら』転移してきた。そんな事が可能なのか?スノウでさえ、空間転移には十数秒の準備時間が掛かる。
待てよ?これが空間転移ではなかったとしたら?こっちの可能性の方が、更に絶望的な状況だ。
もしそうなら、この場にいる5人全てが死んでいる。既に全員が、刃を潰したナイフで首を撫でられているのだ。
そう、全滅だ!
ナイフに伸ばしていた手から力を抜く。掴んでいた男もそれを察したのか、手を離した。
こいつと張り合うのはマズい、ダイナマイトの導火線に火を近づけて根性試しをするよりもだ!
ぬぅ........
視界の隅に何かが映り込んだ。体を動かさずに横目で、それを見る。
人影?!両手が銃に変わっている。あれは.......頼人が愛用する拳銃!
「くっ......」
様々な懸念が浮き上がってきている。この男の事、人影の事。どちらも恐ろしい程に危険だ。
男は人影に気が付いたらしい。静かにゆらゆらと揺れる人影の元へと歩み寄って行く。
「ほう?これが噂の『人影』と言う奴か。しかし、まだ弱すっ........!」
ガン!ガンッ!
二連続で発砲音が響く。煙を上げているのは、人影の両手の銃口。興味深そうに近付いた男の腹部へ押し当て、躊躇せずに放っていた。
「これが......銃、と言うものか。初めて見たが.........しかし、期待外れだ」
衣類に開いた2つの穴から、男が銃弾を取り出す。血は付いていない。それは人を撃った形ではなく、まるで歯の立たない分厚い鉄板を撃ったかのように、平たく潰れていた。
「さて、攻撃してきた以上、お前は俺の敵、と言うことになる」
人影が次に備えて、照準を向け始める。
その瞬間、男を取り囲むように、何かが光を放った。周囲に立つ灯たちの元へ、キイィィイン.......と響く音。そして、その直後に風圧が襲って来た。
人影の動きがピタリと止まる。その体には、縦横無尽に真紅の線が走っていた。
「見えなかったか?見えなかっただろうな。人間にはな」
男の視線の先を追う。そこには灯がいた。
灯の表情は、何か身も凍るような恐ろしい物を見たように固まっていた。
バラッ........!
人影が崩れた。全身に走っていた真紅の線の通りに、バラバラに分割されて足元に散らばる。
「俺は帰るぞ。出来損ないに絡まれる為に来たんじゃない。カビ臭いのも耐え切れん」
男は、宙に浮かぶ大岩へ向かって跳び上がった。しかし、次の瞬間には男の姿は消え、何かに押されたように飛んでいく大岩だけがあった。
レインはゆっくりと振り返りながら、灯の方を見た。
「お.......おい、灯.........お前は、何を見たんだ........?」
発汗が異様に増えている。呼吸の周期もだ。
灯は今、完全に動揺しきっている。
「アイツが........アイツがしていたのは、ワープなんかじゃなかった。アイツが一瞬でレインの前に現れたのも、人影をバラバラしたのも、ただ、純粋なスピードだけだ! 」
「やっぱりか.......」
悪い予感が当たったッ!
あの男は言葉通り『目にも留まらぬスピード』で、ナイフを抜こうと動き始めた俺の目の前に、悠々と歩いて来て腕を抑えたのだ。
恐らくだが、あの男の武器は刃物、もしくは、ピアノ線などの細いワイヤーか。そうでなければ、あれ程のスピードで切り刻めないはず。
ワイヤーを事前に張り巡らせて一気に引っ張って切断したか、刃物を超高速で振り回したか。
ちょっと待て?思い出せ。
アイツが人影を切り刻んだ時、何か光ったはずだ。あれは何だ?奴の妖気?いや、そんなものは殆ど感じなかった。
ならば、何故光る?そもそも、光ったのか?
灯の言っていたことを思い出せ。
『ただ、純粋なスピードだけだ!』
そうか!あれは光ったんじゃない!
反射したんだ!あれは反射光だった!
「頼人、さっきの奴の得物は刃物だ!それも、人間を一太刀に切断できる刃渡りの物」
「君達はまだ、彼の事を警戒しているのかい?」
1人目の男が自ら、5人に包囲される位置まで出てきた。
「彼は、帰ると言ったんだ。そう言った以上、彼は帰るよ。そういう性格だからね」
「おい!動くな!あと一歩でも動いてみろ、頭に風穴が開くぞ!」
「はいはい」と言いながら、男は微笑み両手を挙げた。
「お前は、お前らは一体何なんだ!何の為に姿を現した!?」
男が顔を伏せる。小さな声で「そうだね.......」と呟くと、再び顔を上げた。正面に立っていた灯は、遂にその素顔を垣間見た。
綺麗な鼻筋をした童顔の青年。
「僕達も.......君たちと同じだよ。『被害者』とでも言うのかな」
「『被害者』だと?」
「そう、『被害者』だ。そして、過去に囚われ続ける奴隷でもある」
「どう言う意味だ」
「........ふ〜む。それじゃあ少し、話をしよう。その前に、腕を上げ続けるのは些か疲れるから、下げても良いかい?」
「好きにしろ。ただし、不審に感じた瞬間に撃つ」
「ありがとう。それじゃあ、話そうか」
「人は皆、過去に囚われる奴隷だ。いや、知性を持つ者は、と言う方が正しいかもしれないね。人間、生きていれば、人生の中で無数の後悔をする。些細な事から、重大な事まで。それらの後悔は二分されてゆくんだ。一つは後悔、もう一つは経験だ。ここまでは分かるかい?」
「あぁ」
「殆どの生命体は、経験のみを記憶に残す。危険な土地、危険な行動、危険な外敵などの記憶がそうさ。だけど、人間は違う。経験以上に、後悔が深く残る。そうだね、例えば........飢えたライオンがいたとしよう。その前に2匹のガゼル、もしくは2人の人間を放つ。ガゼル同士、人間同士は夫婦がいい。当然、目の前に獲物が躍り出たライオンは飢えを満たすために追跡するだろうね。捕食者に被捕食者達は逃走するだろう。しかし、雌雄どちらかは問わないが、片方が逃走虚しく捕まってしまった。一方を平らげたライオンは満足して追跡を止める。残るのは、1匹のガゼル、或いは1人の人間だ」
「次に、病魔に侵され身動きできない程に衰弱したライオンがいたとする。このライオンはガゼル、または人間を捕食したライオンだ。そのライオンの前に、生き延びたガゼルと人間を放つ。ガゼルは後脚の一蹴りで、人間は偶然にも足元に落ちていた石の一投で、ライオンを殺せるだろう。その状況で、ライオンを殺すだろうか?」
「俺なら殺す」
レインが回答した。男はその回答に満足げに頷いた。
「そう!それは君が人間である証拠だ。しかし、ガゼルは殺さない。何故なら、『ライオンは危険』という経験しか残っていないからだ。ライオンが瀕死であっても、自ら近づこうとはしないだろう。だけど、人間はどうだろう?」
「『ライオンは危険』という経験よりも、『ライオンに愛する者を殺された』という後悔が先行する」
再びのレインの回答に、男は微笑んだ。
「そのとおり。人間は過去の奴隷なのさ。経験以上に、愛する者を殺された過去の後悔がライオンを殺す。正に、後悔という鎖と過去という枷に囚われた奴隷だとは思わないかい?」
「憎悪、愛情、憐憫、後悔、羨望、嫉妬、贖罪.........挙げ始めればキリがない。それらを背負ったまま道半ばに斃れた者達が、記憶を保持したままに来世へ生まれ変わったなら、その後悔の穴埋めをしようとする。現に、僕もそうさ」
「お前にも後悔がある、と?」
「そうとも。僕たちは後悔が無ければ存在を維持できない。僕が僕でいられなくなる。まぁ、多くを望むなら、もっと生きていたかったというのが本音だけど......ね」
「ちょっと待てよ。その言い方じゃあ、お前は一度死んだという事じゃないか」
レインが男の言葉を訝しむ。
「さぁて、どうだろうね。それについては、そこの氷の子が良く知っていると思うよ?」
全員の視線が灯に集まった。
「灯.......お前......?」
「じゃあ、僕はそろそろお暇するかな〜」
全員の注意が灯に向かった隙に、男は術式を組み上げていた。
ガンガンガンガンッ!
迷う事なく頼人が銃を乱射する。しかし、男へ着弾する直前で、結界に阻まれて消えてしまった。
男の目の前に展開された緩やかなカーブを描く長方形の結界。着弾した4箇所に円が現れており、『279』という数値が表示されている。それと同じように結界の中央下部には『33884/35000』という数値がある。
「それじゃぁ、さよならだ。楽しい時間だったよ」
男の姿が崩れ落ちるようにして消えてゆく。フワフワと、中身を失った布切れが地面へ潰れた。
「チッ!逃したか」
レインが悔しそうにナイフを仕舞う。貴重な情報源を取り逃がしたのだ。もっと聞いておきたかった事もあっただろう。
「犠牲が出なかっただけ良かった。今はそう思おう」
頼人も戦闘態勢を解いた。銃を消して、長い深呼吸をしている。
「取り敢えず、今日のところは帰ろ?こんな所に長居して、また危険な目に遭うのは嫌だよ」
スノウがロウの擦り傷を治癒しながら提案する。「そうだな」と頼人も賛同した。
本当に、さっきのは何者だったんだろうか。
更に、氷の腕を見せなかったにも関わらず、あの男は俺のことを『氷の子』と呼んだ。
引っかかりのある言葉を放って消えたあの男を、どこか他人と思えない自分がいる。
別に隠していた訳じゃぁないが、自分がどこから来た何者なのかを、みんなに話さなきゃいけないだろうな。




