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REVENGER  作者: h.i
28/36

終わりと始まり

短め

コンコンコン......

正午を過ぎ、部屋に差し込む日差しは、窓際ばかりを明るく照らし出す。

ベッドで仰向けになり、天井を見詰めていた。不安とそれに起因する焦燥感、そして、自分には信じて待つ事しか出来ないと言う無力感を心の何処かで感じながら、それを紛らわせる為に、極力、考える事を止めて居た。


そんな時、唐突にドアがノックされた。その音に飛び起き、サッと身なりを正す。

待ち侘びて居た音だ。東雲にも身を隠す様に言っていた。だから、ドアを叩くのは彼しかいないはずだ。


良かった。無事だったんだ。

そう思うと、無意識の内に安堵の溜息が出てきた。

「どうぞ」

声を掛け、招き入れる。

だが、そのドアは開かれず、その向こうから声のみが響いた。

「高嶺......奏か。」

その声に背筋が凍り付いた。逃げたくとも、逃げ出せない程に身体が緊張し固まっている。


まさか、まさか、まさか......。

そんなはずは無い......あの人は......。

呼吸と鼓動の周期が早まる。

そんな、あり得ない。認めない、認めたくない。

「い......嫌だ.......ょ......」

か細い声が喉を押し通って漏れ出る。それを遮る様にドアの向こうの声は話出した。

「隼也は......」


部屋の隅に、黒い砂の様な何かが渦を巻いている。やがて、それは空中で球体を形作り、暫く静止したのちにサラサラと崩れて、窓の隙間から外に出て行った。

球体の中から、ふわりと浮かんで出てきたのは、力無く瞼を閉じて脱力した隼也と淡い光を放つ妖剣。

思わず駆け寄り、手を伸ばす。「無事で居てほしい」それのみを心の中で繰り返しながら。

ゆっくりと奏の前に降ろされた隼也を覗き込んで頬を撫でる。

良かった。まだ、暖かい。


「安心しろ、彼は生きている。一時的に気を失っているだけだ。明日には目を覚ます。」


マグナは憐れみ、悲哀の溜息を吐いた。

階段の妖気遮断の結界を抜けた今、ドア越しで有ろうとも、2人がどんな状況なのかは鮮明に分かる。

また、罪無き者から大切な物を奪わねばならないのか。


「だが、彼が、人であるお前に会う事はもう無い。」

「え......?」

「私も、彼も、高嶺奏......貴様の死を巡って争っていたのだ。もし、私が貴様を殺す事になろうと、無用に苦しめる事はしない。だが、それは彼とて同じだ。」


理解が追いつかない。隼也が、私の死を巡って.......

「私を殺す為に戦ってたの......?」


「私はな。隼也は推測に過ぎないが......。苦痛や強過ぎる恐怖は魂を傷付ける。傷付いた魂は修復する事はない。私という恐怖から守る為にも、彼は...いや、彼の飼主は最終的にその方法を取るだろう」


「どの道を辿ろうと苦痛は存在しない。ただ......恐怖と共に死ぬか、愛した者の側で死ぬか、その違いだ。」

彼女が死ななければならない理由は説明しないでおこう。私の偽善、独断、身勝手な理由、そして、少しでも重荷を負わせないよう。


「そんな......僕は......」

「今夜、12時。私は貴様を殺しに訪れよう。これが1つ目の選択肢。そして、もう1つは......。」

項垂れる奏へ、砂鉄の腕が隼也の妖剣を差し出した。呆気に取られながら、奏はその剣を受け取る。

「隼也の妖剣を取り込むか、だ。安心するがいい。貴様が冥府に行く事は無い。人の身と言う殻を破り、妖怪として隼也と似通った存在へと変わるだけだろう。」


そう残したドア越しの声はガシャガシャと耳障りな音を立てながら、遠ざかって行った。


これは......知っている。

お母様に習った、絶対にしてはいけない事の一つ。

『妖怪の妖気を取り込んではいけない』

何が起きるのかは、今まで全く知らなかった。だけど、さっきの声で理解した。

これは、死んじゃうんだ。


妖剣を持った手が酷く震え、取り落としてしまった。先程まで妖剣に触れていた自分の手を見る。

この屋敷の外に出る事は出来ない。

しかし、お母様が妖気遮断の結界を、じいやが二階への階段の隠蔽をしてくれていたにも関わらず、あの声は僕を見つけて来た。

この屋敷でこれ以上に安全な場所を知らないし、作る事も出来ない。

隼也の手を取り、両手で包み込むように握り締め、その手を祈る様に額に当てて問い掛ける。


「お母様、お兄様、お父様、じいや、隼也......僕は、どうすれば良いの......?」


〈もう、考えなくて良い。ただ、こう願えば良い。『楽になりたい』って。〉

「えっ!?」


再び、唐突に聞こえた声。

確かに背後から、耳元でそっと囁く様に聞こえた声は、とても安心できる様な慈愛を感じるものだった。

急いで振り返って声の主を捜す。しかし、後ろには、ただ、薄暗い壁とドアがあるのみ。とても隠れるような場所など無い。


〈今まで、とても辛かったはず。たった1人、人と妖の境界で、どちらにも心の底から馴染めなかった。人間とは、皆と何処か違うと壁を感じ、妖怪は脅威である為忌避した。では、貴方の理解者は誰だった?〉

「お母様、お父様。」


〈本当にそうだった?母親は完全な妖怪。父親は完全な人間。貴方とは違う。〉

「.......っ!それは......」

貴方とは違う。その一言に心臓が掴まれたよ うな感覚を覚えた。


〈貴方の兄は、貴方程の妖怪としての才能は無く、何の影響も及ぼさずに人間の生活に溶け込んでいた。〉


〈貴方はどうだった?喜べば物が踊り出し、怒れば硝子が砕け散る。悲しめば周囲は凍り付き、楽しめば大気が輝き出す。力の制御が追いつかない程に潤沢な才能を、貴方以外の誰が共有できた?〉


そうだった。小さな頃から僕は皆んなと違っていた。いつ、僕の所為で誰かが傷付くかも知れない。そればかり考えて来た。

一人で居続けたから、僕自身が他人を遠ざけているのを、皆が僕を遠ざけていると、投影して居たのかも知れない。


〈でも、そんな日常を変えたのは、隼也ね?〉

「そう、かも。」

依然、姿を一向に見せない声がニタリと微笑んだような気がした。

〈剣を手に取りなさい。古来より、剣は力と革新の象徴。現状を変える力が手に入るわ。〉


先程取り落とし、無造作に転がっていた妖剣が、胸の高さまでフワリと浮き上がる。

その剣の光は、希望の具現のようで、とても勇気が湧いてくる。まるで、煌々と輝く恒星のような色を纏う妖剣。

その柄を手に取り、昔、英雄譚の絵本で見た、人々を苦しめる悪竜に挑む王子の姿を朧げながら思い出し、それを真似て構えた。

とても、力が湧いてくる。隼也の持っていた妖剣は、こんなにも力をくれる。

今持っている、自分と同じ程の全長がある妖剣も、隼也が僕に直接託してくれた細身の両剣も、僕を強くしてくれる。


〈そうよ。彼はとても素晴らしい人。この世界に、彼に敵う者などいない程に。〉

「隼也は......素晴らしい?」

〈えぇ、そうよ。そして、貴方は彼の隣に立つ資格がある。〉

「僕に......?」


〈さぁ、その剣にこう願いなさい。『私を貴方の隣へ』と。そうすれば、その剣は貴方を隼也と同じモノへと変えてくれる。いつまでも、彼と共にいられる。〉

「うん......」


奏は妖剣を大切そうに抱え込むと、微笑んだ。その表情は、無くしていた大切な玩具を見つけた少女の様な、感動と歓喜の混じった顔。しかし、その瞳は藤色というには酷く暗いものだった。

少女を青い光が包み込み、光は少女の身体へ吸い込まれて行く。

光が全て吸収された後、そこには気を失った青年と、寄り添って静かに眠る少女があった。


〈安らかに眠りなさい。〉









ーーーーーーーーーーーー



チュンチュン..........

瞼を光が貫く。暖かな光は昏睡し、定まらない意識を強制的に覚醒へと導いた。

ゆっくりと身体を起こし瞼を開けると、光にまだ慣れていない瞳に朝日が差し込んだ。

隣に眠る少女を起こさない様、ゆっくりと立ち上がると、窓際まで歩み寄り、窓を開けて換気をする。

閑静な住宅街に、朝支度の音や誰かの声が遠く小さく聞こえる。

昨夜は雨でも降ったか、或いは朝露か、庭木はキラキラと輝く水滴を纏っている。その梢へ、小鳥が二羽止まり何かを啄んでいる。


ありふれた、とても平和な朝。

大きく深呼吸し、空気を入れ替える。


ー ちょっと待て......?何かが違う。ー

嫌な予感がする。

奏の方へ向き直り、横にしゃがみ込んだ。

「奏.......?」

返事は無い。

恐る恐る、手を頰へと伸ばす。何故かは分からない、だが、何かを必死に願いながら。


白い頰に触れる。

「........」

心臓を握り潰されたかの様な感覚。

心臓から全身へ、冷たい感覚が広がり、その直後に脱力感が支配した。

その頰は不自然に冷たかった。

咄嗟に奏の手を握り、引き寄せる。しかし、蝋人形の様に肘は形を変えず、奏の身体がそのままこちらへ向きを変えた。

胎児の様に軽く縮こまった体勢の少女は、とても嬉しそうな表情で眠っている。しかし、少女の表情と裏腹に、心には絶望が塗り潰した。

少女を抱え、声にならない声で叫んでいた。泣いていたのかどうかも分からない。ただただ、悲しみの慟哭、哀しみに満ちた咆哮だった。

どれ程の間、哀しみに暮れたであろう?一時間?半日?三十分程度だったのかも知れない。

気が付くと、身体が光の粒子となって足元から消え行っている。身体が消え切る前に、せめてもと、少女を抱え上げてベッドへと寝かせた。


「次は絶対に、こんな目に遭わせはしない」

3日間、唐突に現れ多くの変化をもたらした妖怪は光のの粒となり、宙に溶け込んだ。

残るのは、安らかな寝顔の少女とその家族。

その日の夕方、全国へニュースで、こう取り上げられた。


『ー県ー町の住宅街にて、原因不明の不審死』

父親の高嶺響、その娘である高嶺奏、そして、執事として働いていた東雲命の3名が不審な死を遂げた。

高嶺響、高嶺奏は非常に相似点の多い、何らかの中毒症状、東雲命は全身の特定の栄養素の欠乏による機能不全であった。と......







ーーーーーーーーーーーーーー




「巫山戯た真似をっ!」

押し潰さんばかりの圧力と怒号が飛ぶ。

その主は全身に灰色の電流を纏って佇むマグナ。視線の先には、椅子に足を組んで腰掛る女性の姿があった。

「何のことかしら?」

「貴様、高嶺奏に何を吹き込んだ!」

「さぁ、何のことでしょう?」

厳しく問い質すマグナを女性は飄々と受け流す。

「彼女については不干渉を押し通すと言っただろう!」

「確かに」

「では何故、死へ扇動する様な真似をする!何故、貴様が関わる!」


女性は立ち上がると、マグナへ背を向けた。

「どの道、一緒だったでしょう?私は楽な道を歩ませただけよ」

「洗脳じみた真似までしてか?」

「それは誇張が過ぎるわ。洗脳などしていない。私はただ、説明し、推奨しただけよ。」

「運命は自分で選択すべきだ。それに口を出す権利は誰にも無い。その選択肢を奪った事が気に食わないのだ。」

「いいえ、選んだのは彼女よ。彼女の意思による結果だわ。」


マグナが舌打ちをし、妖気を収めた。

「貴様らは人類史上、稀に見る下衆だ。」

乱暴にそう吐き捨てると、砂鉄となってマグナが姿を消した。

女性は振り向いて、誰もいなくなった空間を見て呟いた。

「珍しいわね。貴方がそこまで激昂するのは。貴方なりに強く感じるものが、彼等に有ったのね。」

女性は、ふふっ、と笑うと、黒い煙の様な妖気を残して姿を消した。




ーーーーーーーーーーーーーー


「ここは......?」

周囲を見渡す。何も無く、地平線も分からない程に白一色のみが延々と広がる空間。

その中に一人立っていた。


暫くすると、目の前にバラバラと黒い文字が降ってきた。不規則に漢字や平仮名片仮名を入れ替え、意味の見出せない言葉たち。それはやがて、一つの形に纏った。


〔こんにちわ、私〕

「え.....?こ、こんにちは......」

訳も分からず、取り敢えず受けた挨拶を返した。すると、文字が再びバラバラと目紛しく変わりながら増殖して、文章を作った。

〔私は君だよ。これから言う事を良く聞いててね〕

「え?貴方が......ぼ、僕?」

自分を指差して、首を傾げる。すると、文字列は〔(^ ^)b〕と形を変えた。どうやら正解らしい。


〔今から私に質問するよ!しっかり答えてね(≧∀≦)〕

「うん、分かった。」


〔私は家族に会いたい?〕

「うん。本当のコト言うと、お母様達に会えないのは寂しかったよ」

質問に答えながら、家族の記憶を思い起こす。すると、白一色だった空間に無数の家族との記憶がスクリーンの様に映し出された。

いつの間にか、涙が頬を伝っていた。涙を指で拭って、文字に目を戻す。

〔どれも楽しくて、大切な思い出だよね〕

「うん、そうだね」


〔じゃあ、次の質問!隼也の事はどう思ってた?〕

「えぇっと......うん。僕は隼也の事は好きだったよ。僕を妖怪でも良い、人でも良いって、両方認めてくれたから。」

〔そうだよね!私は隼也に一目惚れしちゃったもんね(//∇//)〕

「そ、そんなぁ....!」

少々、気恥ずかしくて濁したつもりだったが、無駄な事らしい。綺麗に本心を言い当てられる。自分自身に隠し事など出来ないのだろう。


〔もし、隼也とずぅ〜〜〜と一緒に居られるなら、嬉しい?〕

隠し事なんて無駄だ。それなら僕の本心を素直に言ってしまう方が心地良いだろう。

「もちろん!」


〔とっても、苦しいとしても?〕

「それでも」


〔ホントにホントに大丈夫?〕

「大丈夫」


〔そっか〜。やっぱり私だ(*^^*)そう言うと思ったよ♪〕

「どんなに苦しくても、あの人は人と妖怪の間の苦しみを無くしてくれた人だから。耐え切れる。」

強欲過ぎるかもしれない。でも、隼也には僕の元を離れないでほしい。いつまでも支えてあげたい。


〔うんうん!私の気持ちも再確認出来た!じゃあ、私も寝ちゃうね(´-`).。oO〕

「うん、分かった」

〔次に起きる時は、人間を無くしてると思う。だけど、悲しまないで(-_-)zzz〕

「うん、大丈夫。隼也がいるから」

〔ふふっ!私はホントに欲張りさんだなぁ(( _ _ ))..zzzZZ〕

「そうだね........」


文字がすぅ、と消えると、抗いようのない無い睡魔に襲われ、そのまま瞼を閉じた。

「また、会えるよね」

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