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REVENGER  作者: h.i
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第三者

何だ?この状況は。


この計画を進めるに当たり、私は何度も忠告をしたはずだ。

この件については干渉をするな、と。

私1人で事を進める、と告げた。


それが何だ?

知らぬ存ぜぬといった顔で実地訓練と称して試作品を送り込む。

『攻撃せよ』と、極簡易な命令しか入力されていない未完成品を。



「目障りだ」

地面に沿って、割れたガラスのように無数に枝分かれした、妖気と砂鉄の黒い線が走る。

目の前には、3mに迫る巨躯に巨大な武器を携えた重騎士達。

重騎士達は命令に忠実に、視界に映り込んだ男へ襲い掛かろうと、地面を蹴り、接近を始める。


「もう既に崩壊した世界だ。手加減があると思うなよ、自動人形が」

マグナの放つ妖気が膨れ上がる。周囲の地面に落ちた小石が浮かび上がり始めた。


マグナの兜の顔を全面覆うフェイスガード。

それに設けてある歪で切れ長な瞳を模した亀裂。普段は暗く、奥が全く見えないそこから、アンバーの細工品の様な黄金の瞳が覗いた。


バチィ!

男へ飛びかかる重騎士の大剣へ向けて、地面から淡い黒を放つ電撃が飛んだ。

次の瞬間、重騎士は仄暗い妖気を帯び、一切の身動きを許されず空中で静止した。


「他愛ない。消え去れ」

マグナの両腕を先程と同じ電撃が這い回る。

先程まで覗いていた黄金の瞳は見えなくなったが、射殺すような視線の圧力が重騎士へと向けられていた。

「クルーアル・グロウ.....」


ズッ.......ン........!

少しの間の溜めの後、両手に収束させた妖気を地面へと叩き込む。

自由を奪われた重騎士の真下の地面から妖気が吹き出し、重騎士をも飲み込む程の妖気の奔流が立ち昇る。

その後、天を貫く妖気を辿り、モノクロの放電と無数の砂鉄の刃が地面から突き出す。

それは重騎士の鎧を貫き、叩き壊し、剥ぎ取ってゆく。やがて露わになった、比較的脆弱な本体を貫いた。高密度で襲いかかる刃は回避する余地も与えず、数秒で重騎士から人らしい形を奪い去った。


僅か、4秒ほどの攻撃の攻撃である。

妖気と砂鉄の奔流が止まると、重騎士は墨汁のように形を失い地面へ広がった。


「む......!この妖気は...」

遠くにごく僅かな妖気を感じる。何度か感じた妖気。


隼也か....

妖気の気配は一瞬で消えた。これは召喚系の妖気の流れか…武器でも召喚したのだろう。妖気の未熟ではあったが、召喚のような比較的高度な技術を行使出来るのならば、将来性は十分か。


バリ....ベキ....

「はぁ......またか...」

無差別の敵の襲来にマグナが大きな溜息を吐く。

地面を踏み砕きながら巨大な影が迫る。

鋭く前へ突き出した双角。大木のような豪腕。強靭な胴体。発達した牙。

魔獣型の影。

グルルル…

発見し、標的と定めた目の前の妖怪の隙を伺いながら、喉を鳴らす。

標的は背を向けている。こちらに気付いていないのか、隙だらけだ。マグナが振り返る前に、魔獣は高速で躰を横に振り、長大な尾によって薙ぎ払った。


「シャッター」

ブゥン......

そうマグナが呟いた直後、マグナを中心に半径5m程まで波動が広がり、磁力の球が作り出された。その球の表面を周囲に落ちていた瓦礫が覆い、迫り来る魔獣による尾撃を受け止めた。

「奇襲したつもりならば残念だったな。貴様ごときの攻撃…当たりもしなければ、届きもしない」

磁力により統制された瓦礫の盾は、衝撃を受けたゴムボールのように大きく凹み、尾の勢いを減衰させて尾を押し返しながら元の球へと戻った。

魔獣は身体を翻し、剛腕と鉤爪で標的を攻撃する。当たれば、その巨躯の圧倒的膂力と鋭利な鉤爪によって、簡単に弾き飛ばし、元の形状も残らないほどの肉片へと姿を変えたのだろう。

しかし、今、標的と定めているこの妖怪、只者ではない。

攻撃しようとする行動の起こりを全て潰してくる。つまり、攻撃しようとした時には、既に瓦礫の盾で抑えられているのだ。

それに加えて、この瓦礫の盾も非常に厄介だ。ただ硬いだけの防御ならば、打ち砕く事も出来ただろう。

だが、この防御は違う。攻撃を止めるのではない。受け止めているのだ。

攻撃を加えれば、盾は柔軟に変形して、威力を受け止められて押し返される。魔獣の繰り出すような自身の身体を使った打撃では、絶対に通す事の出来ない盾である。

加えて、攻撃を柔軟に受け止めるこの防御は、想像以上に攻め手の体力を奪ってゆき、疲労すれば、当然、更に攻撃が通らなくなってゆく。

この悪循環を相手に強要するのが、マグナの防御である。


「ふん…」

無意味な攻撃を繰り返す魔獣に痺れを切らしたのか、マグナが左手を魔獣の尾の付け根へとかざした。

すると魔獣も何かを感じ取ったか、宙返りしながら跳び退き、マグナから距離を取った。

元々、尾があった位置に地面から鋭い砂鉄の刃が突き出し空を裂いた。魔獣が事前に回避しなければ、一撃で尾が失われていただろう。


「それで躱せたとでも?」

再び不穏な妖気を感じ、魔獣が回避しようと地面を蹴った。

しかし動けない。既に魔獣の四肢は、細かな瓦礫と強力な磁力によって地面へ固定されていた。

違う。今の尾を狙った攻撃は目くらまし。避けられる事を前提に放たれたものだ。より強力な一撃を叩き込む為の布石であり、まんまとその罠に乗ってしまった。


拘束を解こうともがく魔獣の胸へ向けて、地面から3mもの巨大な円錐状の岩の杭が突き出した。

岩の杭は筋骨隆々な魔獣の身体を物ともせず容易く貫き、背中側から先端が突き出している。

四肢の拘束が解かれるが、自身を貫く岩の杭に身体は持ち上がり、重大な損傷により身動きすらも取れない。

逃げられない魔獣の両脇へ、トドメとばかりに巨大な岩壁が地面から迫り上がってきた。


ズズズ.......

ゴバァ!

2つの岩壁は動かぬ魔獣を挟み込む。

魔獣も潰されまいと必死に抵抗をするが、ジリジリと押し込まれ、抵抗虚しく岩壁は魔獣を巻き込んだ。



「獣か...こんなモノも作っていたとはな。身体能力もだが、感覚器官の強化に力を入れているのか」

マグナはいつの間にか、残留磁気によって肩に付いていた瓦礫を払い落とし、空を見上げる。


本来ならば今日は、パッとしない曇天だったのであろう。

この街を中心に吹き飛ばされた雲が、上空へ大きな円を描いている。

この妖気...残滓ながら、鮮明に持ち主の事が分かる。この妖気は高嶺奏のものか。一度、夢にて警告した時に感じた妖気と同じものだ。

「母親の名は高嶺舞と言ったか。世界は残酷だな....望みもしない力を持って生を受けたばかりに、不幸極まりない運命を辿らされる」


「苦しまないなら、その方が良い。恐怖を感じなくて済むのなら、その方が良い。コールよ、恨むのなら私を恨め」


遠くで微弱な2つの妖気の反応を感じる。片方は恐らく隼也。もう片方は...

「お前は何を想い行動しているのだ...?」


マグナは、その2つの妖気の方角を一瞥すると、興味無しと言った感じで背を向け歩き出した。















.......と言う訳で外には出ないで欲しいんだ」

「分かった。君が言うのなら信じよう」

響の部屋で、この世界について分かった事を伝える。奏に関する情報を除いて。

十中八九敵であろう女性の言葉を信じるのもどうかと思うが、今はそれに縋るしかない。

「ここを出なかったら安全なんだよね?」

「あぁ、そうだろう。外で強力な妖気の反応は感じなかった。人影程度じゃ屋敷の結界に触れた途端、消滅するだろうさ」


彼女もまた不安だろう。

原因不明、正体不明と言うのは、とても恐怖を煽るものだ。そして、今の状況も分からない事ばかり。

「俺は、屋敷の周りを巡回してくる。少しでも違和感を感じたら呼んでくれ」

「うん、分かった。無事でね?隼也」

「あぁ」

そう言い残し、再び屋敷を後にする。自分を送り出す奏の声が僅かに震えていたのを聞き、とても申し訳なく感じてしまう。恐怖も心配も、奏には多くの事を背負わせてしまっている。



不自然に思われただろうか?少し露骨だった気もする。

屋敷から離れようとしていた事がバレているかもしれないが、屋敷には長居出来ない。



グルル.....

敵は、より妖気の強い方へと寄り付いてきている。

白狼天狗の里でも見た、魔獣型の影。前回よりも手足の鉤爪や角が大きく発達しているようだ。

魔獣と対峙しながら風迅剣を抜き放ち白刃に妖気を与えると、ほんのりと青味を帯びた光を放つ。

流石、妖怪の持っていた刀だ。見ているだけで斬れ味が伝わってくるようで、寒気がする。

両手で刀を支え、半身に構えた。魔獣も何時でも襲いかかる事の出来るように姿勢を低くし、こちらを睨み付ける。



「来ないなら、俺から行くぞ」

ほんの僅かに片足を前へと進める。それを待っていたかのように、魔獣が隼也の横をすり抜けながら鉤爪で切り裂いた。

バササッ!

横に飛び退いて爪を回避した。服の裾が大きく裂けている。

「へぇ、幾らか賢くなってるな」

攻撃の出だしを狙われた。狙えば、攻撃も防御も有効に作用するタイミングだ。敵の攻撃は避け難く、こちらの攻撃を制され易い。

人影だからといって、少々侮り過ぎていたようだ。


左手に小さめの妖剣を創り出し、魔獣へ向けて投擲する。魔獣はそれを躱しながら、攻撃すべき敵へと間合いを詰める。接近の勢いも載せた腕の叩き付けを後ろへ飛んで回避した隼也へ向けて、巨大な双角を振り上げた。



ギィン!

避けきれないと判断し、刀で受けた隼也を自身の後方へ大きく打ち上げた。小さな敵は、風に揉まれる木の葉のように宙を舞った。

落ちてくる敵は無防備。その敵を叩き潰さんとバク転をする。回転力と遠心力でハンマーのように振られた尾は、自身の後方へ落下する敵へ垂直に襲い掛かった。


ズバァン!

激しい衝突音。広範囲に渡って地面を揺らし、アスファルトが砕け散った。埃がもうもうと舞い上がり視界を遮る。

渾身の一撃を見舞ってやった。恐らく、先程まで自分の目の前に立っていた、小さな敵はひとたまりも無いだろう。

魔獣へ僅かに与えられた知性。それにより、避けられない状況を作り出し、致命の一撃を打ち込んだ。

知性を駆使した初勝利、これは何だ?この感覚は?

飢え?恐れ?安心?

いや、違う。これは....優越感!



ピト.....

?!


前足へ伝わる、冷たい感触。

敵は排除したと、慢心し切っていた。トドメを刺したと思っていた尾の方から煙が流れてくる。当たったと思い込んでいた攻撃は、既の所で躱されていたのか。

回避!間に合わない!

ならば、我が腕を断たんとする凶刃の迫る腕へ全力を込める。与えられたこの身体、筋肉、骨格で抵抗する!


「無駄だ。その程度じゃ白狼天狗の刃は止めきれない」

そう呟いた敵の語調は冷たく、そして確実に現実を見せつけてきた。

ああ、分かっている。

この攻撃には、幾ら抵抗しようとも、その抵抗を打ち砕き、容易く我が身を切り裂く力があると肌で感じる。

足元で大きく振りかぶられた白刃は、音すらも立てないほどに速く鋭く振り下ろされた。


...ッパァン........!

腕に食い込んでいた冷たい感触が焼け付くように変わり、体がぐらりと傾く。

残った右前足で踏み止まり、距離を取ろうと飛び退こうとする。しかし....


ズルッ!

失敗した。

片足を失うと、ここまで機動力が削がれるとは知らなかった。

ゆらゆらと立ち直しながら、歩み寄ってくる敵を見据えて喉を鳴らし威嚇する。

ここが自然界ならば、手負いとは言えど、この体格差。敵は自分に畏怖し一目散に姿を眩ませただろう。

しかし、この敵は違う。畏怖?そのような事はしない。自分は脅威と思われていないのだ。

この自身より、遥かに矮小のように見えるこの敵の心内には、絶対に負けないと言う決意と確信があるのだろう。


ガルァ!

身を乗り出し、倒れこむように噛み付く。

ドス!

分かっていた。この程度の攻撃では掠りすらしない事も、反撃で致命傷を受ける事も。

捨て身とは、らしくない行動だったとは認識している。だが、そうせざるを得なかった。自身を超える力を持つ敵に、満足に行動する事の出来ない身体。最後の一撃でも良い。『攻撃せよ』その命令を最後まで、ひたすらに貫き通した。

魔獣の下顎から上顎まで貫くように、刀が根元まで突き刺さっている。

「お前の敗因は賢くなり過ぎた、だ。獣は獣らしく本能で戦っていれば、1発2発は当てる事も出来だだろうに」


ズ...ズズ......ズバァ.....!

下顎から異物感が喉へと移って行く。

喉から胸部、そして腹部と一気に切り裂かれ、全身から力が抜けていった。勢い良く身体から何かが流れ出して行く感覚が分かる。これが斬られるという感触なのか…

地鳴りを立てて崩れ落ちる巨躯。横たわって瞼を閉じる前、最後に見たものは背を向けて刃を納める勝者の姿だった。





「人影の進化か...」

先程の魔獣型....1度目、足を切り落とした時は出来る限りの抵抗を見せたが....2度目、喉へと刀を刺した時には抵抗しなかった。まるで、既に自分の負けが分かっていたように...

そんな事、有り得るのか?

意思の疎通は出来ずとも、人影が勝敗や生き死にを理解する程に賢くなってきているとでも言うのか?



「人影か...的を射た命名だな」

「?!....お前....!」

突如、背後から聞こえた声に、距離を取りながら向き直った。

「マグナ....」

「待て。今は争うつもりは無い」

妖気を全て収め、両手をダラリと下げて隼也の方を見るマグナ。その様子からは確かに殺気は微塵も感じない。フェイスガードに覆われ、一切伺う事の出来ない表情に警戒しながらも、隼也も抜きかけの刀を納めた。


隼也の警戒心が少し薄れたのを見てからマグナは口を開いた。

「人影共が、送り込まれている。それも大量に」

「お前らの仕業なんじゃ無いのか」

「.......否定はしない」

言葉が少し詰まった。ずっと、マグナやあの女の手先だと思っていたが、事情は少し違うらしい。


「て事は、あの女は仲間か」

「仲間...とは似ているが違うな。彼女とは向かっている方向が同じだけだ。目的の近似による協力、と言ったところか」

「答えるとは思っちゃいないが、その目的はなんだ?」


少し長い沈黙。まるで言葉選びを迷うかの様にマグナは遠くの空を見上げている。

「…貴様と同じだ」

「はぁ!?奏を殺そうとするお前がか!ッザケんじゃねぇよ!」


スラッ...!

突拍子も無い返答に一瞬考えが追い付かない。一呼吸おいて意味を飲み込めた時には、感情に押し負けてしまっていた。

刀を抜き、マグナの兜と鎧の隙間へと刀を突き付けた。睨みつける隼也と喉元に迫る刃にマグナは一切動ずる事なく、刀を掴んで制し、落ち着いた声で話す。

「貴様がそう言うのも仕方のない事だとは思うが、いずれ分かる事だ」

「チッ....!」

マグナから刀を引っ手繰り、鞘に納める。ここで戦闘になった所で、今の俺では勝ち目などない。悔しいが自分を押し殺さなければ。マグナに争う意思が無かった事も助けになった。

もしも、マグナが気が短い性格だったならば、一切の抵抗も出来ないままに殺されていたのだろう。


「兎に角だ。奏を守りたくば、人影共を片付ける事だ。奴等は学んでいる。いつ何時結界が解除されるか分からんぞ」

ヴゥ...ン...

マグナの姿が砂鉄に変わり崩れ落ちる。

妖気も同時に消え失せた。別の場所へ転移したのだろう。マグナの姿が消えて、冷静になると全身が震えている事に気が付いた。手や体が自分の身体とは信じられない程に震える。特に足などは酷い。思わず立っていられずに、地面に座り込んだ。



マグナが放った言葉が何箇所か引っかかる。

奴等は学んでいる?

人影が学習しているのか?

それにしては脆すぎる。一度の戦闘で倒されてしまっては学習のしようもないのでは?

しかし、確かに最近の人影のスペックの上がり方には眼を見張るものがある。俺達には思いつかない方法なのかも知れないが、確かに奴等は学習しているのだろう。


もう1つの気になる箇所が、「人影か...的を射た命名だな」だ。

マグナが人型の人影しか見た事が無い可能性も有るが、あの女と繋がりが有るのだ、魔獣型も目にした事が有る可能性の方が高い。 ならば、何故『人影』という名をを的を射ていると評価したのだろう。もし、魔獣型を知っているならば、人影と呼ぶのは躊躇われるのでは無いだろうか?

それとも、人影には更に深い裏があるのだろうか。人影の異様な学習速度からしても、その確率は否定できない。

まあ、この疑問にはマグナが魔獣型を知っているという仮定の下の推論にすぎない。マグナが魔獣型を知らなかった可能性だってあるのだから、あまり深く考えなくても良いだろう。


「どうにしろ、わからない事だらけ、か...」

気がつくと、日は西に傾こうとしている。

今日は戻ろう。そして屋敷から離れずに、周囲に沸いた人影を殲滅するとしよう。













「一体何の真似だ?貴様が無策で動くはずもなかろう」

周囲を一望できるビルの屋上。砂鉄で固めた椅子に腰掛る。

目の前に立つのは、自分がその能力を信用する女。

「その質問には解答済みのはずよ?」

女は背を向け、マグナは兜を被り、お互いの表情が読めないままに会話が続く。

「試作品の実地試験か?それにしては不自然な点が多過ぎるが?」


はぁ...と女が溜息を吐く。女は黒煙に姿を変えて宙に溶け込む。

その後、マグナの背後に現れた女は、兜に手を添え優しく囁きかける。

「マグナ?貴方は誰よりも賢い。でも、今は貴方が知るべき事ではないわ」

「......」

やはり表情は読めない。彼女の妖気も隠蔽されている。

「...そうか。では、今回は貴様を信じる事にしよう」

「そう、それでいいの。貴方は必ず真相へ辿り着く。解を急ぐべきでは無いわ」


暫しの沈黙。彼女の言う事だ。きっと間違いは無いのだろう。ただ、彼女の思惑がいつ判明するか、私には分からないだけだ。



「話は変わるが...」


「隼也...と名乗った青年。貴様の目にはどう映った?」

「そうね...カラクリ人形かしら?」

カラクリ人形...何を今更、貴様には自分以外は、そうとしか見えないだろう。


「そうか...」

「どうして、突然その話をしたのかしら?」




スゥ.....

女は黒煙となり宙に消えた。

残されたマグナは立ち上がり、空を見上げる。

風に流され楕円形に変わった雲と、傾き始めた太陽は、まるで瞳のような景色を作り出す。

「戦い続けざるを得ない青年と、怯えるしか無い少女。得体の知れない人影と、それを眺める貴様。私にはまだ、理解が及ばんよ....」


右掌を上へ向けて持ち上げる。急速に広がる妖気が街一帯を覆った。

マグナの周囲へ灰色の放電が起こり始める。

「生きろ。それが貴様に出来る理想への道だ、隼也よ」

ズズ.....

無数の鉄骨が、崩れたビル街の瓦礫の中から持ち上がり、マグナの後方へと浮き上がった。

狙いをつけるのは隣町。この壊れた世界の爆心地であり、妖怪が人影を殲滅し、少女が彼の無事を祈る街だ。

マグナが遠くに見える街へと手をかざすと、鉄骨は高速で発射された。

それぞれの標的を追尾しながら。




「またか...少しは休ませろよ...」

これで既に42体目の人影だ。

騎士型や手長足長などの、小さな種類のみならまだしも、重騎士型や魔獣型も混じってくると、こちらもかなりの消耗を強いられる。

妖気製の武器を使えば、確実に倒す事が出来るが、相手に妖気を送り込むという性質上、消耗が早い。その為、刀のみで戦い続けるしか無い。

それでも、回避や重騎士型などの装甲を砕く為に爆発を使用せざるを得ない。

肩で息をする隼也へ襲い掛かった手長を、すれ違いざまに袈裟斬りにする。


「くそ...いつ終わるんだよ」

あぁ、手足に力が入る感覚がしない。

気を抜けば倒れ込んでしまいそうだ。妖気を使い過ぎたらしい。

思い返せば、昨晩の重騎士型4体を始末した時から、殆ど休みを取っていない。

気がつくと、数カ所に重油のようなものが地面から滲出している。

そうだ。これが人影の現れる予兆。

このドス黒い妖気がボコボコと蠢き、盛り上がっていき、やがて目的の形を成す。

目の前に姿を現したのは騎士型と魔獣型。



ゾワッ......!!!


「っ.....!!?」

なんだ?今の感覚...! 攻撃?!いや違う。

重圧。自分など簡単に押し潰されそうな程の圧力だ。

今のは....

「マグナ...なのか?」

圧倒的...そんな言葉すら生温い程に巨大な妖気。

妖気の発生源は隣町のようだ。奏と遊びに行った街を覆い、更にどちらからも鮮明に感じられる程の存在感。


マグナ...一体どれだけ...

どれだけデケェんだ?お前は...



ヒュゥ........

「あれは...?」

こちらへ向かい飛来する黒い何か。

空を埋め尽くさんとする程の大量の謎の物体だ。


ボッ!

隼也が呆気に取られている間に、物体は見る見る内に近付き、隼也の目の前へと着弾した。

最早、何の音かも分からない程の爆音と、砂煙が舞い上がる。

力を振り絞って飛び退き、飛び散るアスファルト片を回避する。

砂煙が風に攫われて視界が開けると、その正体が判明した。


「あれは...鉄骨?」

砕け散った地面へと突き刺さっていたのは、5m弱の鉄骨だった。

着弾地点には墨汁のように広がった妖気と黒い欠片。ただの一撃で、魔獣型を叩き潰してしまったのだ。

「あれが...全部なのか」


再び空を仰ぐ。

鉄骨は街一帯を覆うように、それぞれ別の方向へと降り注ぐ。

鉄骨1本につき、1体づつ人影がいたのか?

そうだとすれば、とてもじゃないが俺の手には負えなかった。

この件に関してはマグナには感謝すべきだが...


「何が目的なんだ?マグナ」

まだまだ、彼の行動には謎が多過ぎて理解し難いものがある。

純粋にこちらを助けたのか、何か裏があるのか...敵対している以上、後者の可能性の方が高いだろう。


5分近く降り続いた鉄の雨は止み、砂煙も風に流された。あちこちの地面に突き刺さる鉄骨と、無惨に潰された人影。

周囲に妖気の感覚はない。恐らく今の攻撃で殲滅したのか。


恐ろしいのはマグナの能力だ。

マグナが攻撃を放ったであろう街は、こちらから見てもビルや鉄塔などの超高層建築物がゴマ粒の様に見えるのみである。

マグナのスペックが分からないとはいえど、流石にその距離を人影一体一体を視認できる筈もないだろう。恐らくは、鉄骨それぞれ妖気を探知し追尾するように設定されていたのだろう。

とは言えども、無数の鉄骨を妖気で制御し、それを他の妖気へと誘導するなど並大抵の事ではない。それも、姿形も把握できない相手にである。


「人影の出現は落ち着いたか…」

先程のマグナの助力の後、人影の再発生は起こっていない。恐らく、人影の発生源と思われる黒い妖気は人影を倒されたと同時に霧散しているのだろう。そうなると今、ここら一帯にはしばらくの間、人影は発生しないだろう。

人影の心配は無いが、奏達が心配だ。害なすモノを排除する結界に護られているとは言えども、今の広範囲攻撃の影響がないとも限らない。一旦戻るとしよう。


帰路につく前に、少しの好奇心で高高度まで駆け上がり、空から街を見下ろしてみた。

想像はしていたが、やはり痛々しい光景であった。倒壊した建造物が立ち並び、歪んだ標識や信号機が不規則に点滅を繰り返す。所々に地面が大きく抉り取られ、そこから水が噴き出している。

ここまで生命が感じられない光景は見たことがなかった。

この光景、半人半妖が作り出したと言うのだから恐ろしい話だ。純粋な妖怪だったならば、どれ程の惨劇が起きたというのであろうか?

右手を見る。一点に意識を集中させると、青白い妖気が掌へと集まってくる。

幾ら暴れようとも、消耗していなかったとしても今の自分では、ここまでの光景を作れそうにない。

妖怪である隼也を、人の身で凌駕するポテンシャルを秘めた奏…

もしも、妖怪となったら…


いや、そうじゃない。と首を振り、考えを払い除ける。

彼女が妖怪とならなくてもいいように、彼女が人として生きる事が出来るように、彼女を守ろうと決意したはずだ。

空高くからほぼ真下を見下ろすと屋敷が見えた。

そうだ、彼女により苦しまない道を進ませたい。人でいられるならば、人であった方が良い。


足元の結界を解き、重力のままに落下する。

「俺は、俺と同じような道は、お前に歩んでほしくない」

奏へ、そして自分への再確認の為、そう呟いた。


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