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REVENGER  作者: h.i
24/36

悪夢へ

この夜.....


僕はオカシナ夢を見た。


ウサギが一羽、草原で草を食む。

とても広い広い地平線まで広がる草原。青空には雲が漂い、柔らかな風が撫で付ける。

少し遠くに花が咲いていた。跳ねて近付いて見ると、青から赤、緑に黄と花弁が無数の色に揺蕩っている。

香りを嗅ぐと、この花弁達の様に数々の色が頭へ流れ込んでくる。


サラサラサラ.....

風が吹き抜け、草同士が擦れて優しく音を立てる。

音と共に視界には緩やかな波が広がる。

ここまでは、いつもの変わらない世界。


唐突に僕の視界に2つの影が落とされた。

右には刃物を持つ人を大雑把に模ったロボットが。

左にはPEACEと書かれた銃を持つ人間が。


僕は恐ろしくなったんだ。その場から逃げたいと思った。

僕は人間から逃げた、銃が怖かったから。

ロボットの裏に回り込んで身を隠した。

恐ろしさのあまり直視できなかったよ。目を閉じて恐怖に震えていると背中を撫でる優しい手を感じんだ。

恐る恐る顔を上げて見ると、隼也が笑い掛けながら「大丈夫だから、俺が守るから」と僕を撫でていた。

気がつくと僕の手足は白いフワフワではなく、いつもの僕自身の身体に戻っていた。


「助けて!」

「あぁ、当ぜ....ん............だ...................」


何が起こったか分からなかった。周りにあるもの全てが動かなくなって、僕だけが動けるんだ。

ゆっくりと立ち上がったら....


「随分と....」

「え?」

「随分と彼に執心の様だな。どうする?彼はただ、命令されたから君を助けただけだ」

「い...嫌......」


僕は怖くってどうしようもなくて、腰を抜かしちゃった。へたり込んで、前を見上げると、さっきまで蝋人形みたいに全く動かなかった人間の、口だけが動いていたんだ。

頰も顎も表情も変わらない。ただ、虚ろに前だけを見て口だけが動いてた。


「彼が愛おしいだろう?出会って1日と少し...なのに、どんな物よりも、彼が好きだろう?」

「ひっ......」

「ゲームセンターも自分が楽しみたかった訳ではない。彼と一緒に楽しめるから。違うか?」


言葉が出なかった。口は僅かに動いても、声が喉に詰まって出て来ようとしないんだ。滑稽に酸欠の魚の様に口をパクパクと動かしてた。

「彼は人間か?否、妖怪だ。では君は?」

「ぼ...僕.......は.....」

「君は?あぁ....何を言ってるんだろう?違う、違うよ。そうだったね........僕は?.....僕は人間なのかな?」

「...........っ.......?!」


全身が震えたよ。手も足も、唇も肩も呼吸も何もかも。平和を刻んだ銃は消えて、目の前に立っていたのは僕なんだ。


「見てみなよ、僕の体。首も手足も肩も腰も細くって、全身色白で。今にも消えてしまいそうな、か弱い女の子だ」



「人間ならね」


目の前の僕がとても怖くなって、自分の髪を見たんだ。生まれた時から見てきた黒い髪。

きっと瞳もグレーをしているんだろう。


けど、目の前の僕は違ったんだ。

僕の妖気と同じ、藤色の瞳と髪をしてるんだ。

一目で分かる.......きっと....妖怪の僕なんだろうな.....


でも、なんで?

なんで僕にそれを見せるの?

僕は知っていたはずなのに....

僕は人間とは違うって。人間にはなり切れないって覚悟してたのに。

僕は...僕の事を知っていたはずなのに....


「なんで....泣いてるんだろう....?」

「怖いんだよ。僕は人間とは違う、妖怪とも違うって思い続けて。結局、何者か分からない」


「面白い事を教えようか。彼を管理する者がいる。そいつは彼を戦う為の機械の様に考えているんだ」

「隼也が.....機械.....?」

「あぁ、そうさ。機械だよ。機械はそれだけでは幾ら燃料が有っても動き続けることは出来ない。分かるよね?」


いや....もう止めてよ....


「大丈夫か.....シッかりスるんダ....カ...ナデ.....」

僕に優しく語り掛けてくれる...ううん、くれてた隼也の声がぎこちなく、平坦に変わっていた。

肩にかけられた手は四角く、冷たく、錆に覆われている。

機械仕掛けの隼也。でも、それだけ?

肩にかけられている手を見ようと振り向こうとしたのに...


「ウマク.....ウゴ......カナイ......?」


身体が軋むんだ、ギシギシって。

ただ振り向こうとしてるだけなのに、何度も引っ掛かったみたいに止まってしまう。


「イヤ.....イヤダヨ......」

自分の体が見えちゃったんだ。螺子とか発条とかが飛び出してる....僕自身の体が。


「見えるでしょ?彼が戦闘の為の機械、そして僕が.......」

「キキタクナイ......」

「彼を愛する為の機械なんだね」




「最後に聞くね?僕は一体、何者なの?」

妖怪の僕が笑う。僕の夢はそこで途切れた。









「っ!.......はぁ...はぁ...はぁ....」

頭が痛いし....身体中もなんだか気怠いな...

どんな夢を見てたか詳しくは覚えてないけど....気持ちの悪い夢だった。

それだけは分かる。

「うっ.....気持ち悪い......」


相当な悪夢だったんだろうな。酷い寝汗をかいてる。ベッドとシーツを撫でてみるとじっとりと湿ってしまっている。

「ベタベタする......シャワー浴びてこよ...」


フラフラと覚束ない足取りで着替えを取り出し部屋を出る。

時計は午前3時07分を指す。

「あぁ〜あ...微妙な時間に起きちゃったな...」


まだ眠たい。全員寝静まっているんだろう。

あれ...そういえば、隼也は?


少し部屋へ戻ってみる。誰もいない。僕が寝た時は椅子に座ってたはずなのに....

窓に近づいてみると、違和感に気がつく。

「鍵、空いてる...」

いつからだろう?昨日の夜出てった時からかな....?でも、じいが窓の鍵を閉め忘れるとも思えないし...


「明日には...帰ってきてるよね...」

胸に手を当てると青い光が漏れ出し、胸からゆっくりと一振りの剣が現れる。

隼也が僕の為、託してくれた剣。

この剣が有る限り、隼也は帰って来てくれると信じられる。


「大丈夫だよね」

ブルっと大きく身震いをする。寝汗が冷えて身体中が冷たい。急いで浴室へ向かった。










シャワワワァー...........

髪を濯ぎ終わって目の前の鏡を見た。

小さい頃から見て来た僕の体。やっぱり、色白で細身なのはずっと変わらない。

一目で分かる。運動はずっと不得意だった。


大丈夫、髪は今も黒だ。瞳はグレーだ。それも生まれてから、ずうっと変わらない。


小さな声で呪文を唱える。

小さい頃、お母様に教えてもらった呪文。僕の中の僕が、少し楽になる呪文。隼也を見る為の呪文。

目を瞑って目元に手を添える。人差し指で両目元をなぞって目を開いた。


僕を見詰めるのは、藤色に淡く光を放つ瞳をした少女。鏡越しにだけ向き合える、妖怪寄りの僕。

確かに、この瞳は好きなんだ。

お母様が僕にくれた瞳。お父様とお母様、2人から瞳を授かるなんて幸せじゃないか。


「お母様、僕はどうすればいいんでしょう?」


この瞳のお陰で、あの人に、隼也に会えた。

この瞳のお陰で、僕しか知らない、見ることが出来ない世界を経験できた。


でも、本当に僕に妖怪である覚悟はあるのかな...?

こんな事、小さい時からずっと続けて来た自問自答だ。とっくの昔に答えが出ていたはず。


出ていたはずだったのに...

心地よい眠りから、自分を現実に突き戻した不愉快な夢。その夢の僅かな記憶の所為で揺らいでしまう。


「僕は一体何者なの?」

人なのか、妖怪なのか、それとも.......


それすらも分からない癖に覚悟なんて出来る訳がない。

特異な変化もない平凡な日常の中で、常に死を覚悟する人間なんて、殆どいない。しかし、不治の病か何かで自分の未来が多少なりとも見えてしまった者は覚悟を決めるだろう。


僕はどっちだ?

確実に前者だろう。

見通しの効かない未来と先の見え切ってしまった未来。それと同じように自分が何者なのか分からないでいる内は、前者にしかなり得ない。妖怪になる覚悟なんて、決められるはずがないんだ。

じゃあ、人になるの?

もう、妖怪なんて綺麗さっぱり忘れてしまって人として人生を送るの?

それも...出来ない。

僕のこれまでの人生、妖怪の力に頼り過ぎて来てしまった。


それに、お母様に....妖怪であるお母様に守ってもらった、この命に掛けて、僕の中の妖怪とは向かい合わなければいけない。


ほら、やっぱり僕は中途半端だ。

妖怪の体。迷う事しか出来ない人の心。

見てみろ、この鏡に映ってるのは妖怪だ。

腕に、肩に、背中に、規則正しく文の羅列と紋様が浮かぶ。


これが今の僕がお母様との繋がりを感じられるもの。そして僕の中の人を否定される気がして不快なもの。また僕の中の妖怪を肯定してくれて居心地の良いもの。




「隼也の心は....妖怪なのかな?」

そもそも、妖怪の心って何なんだろう。経験した事なんて無いから分からない。いっその事、隼也の心が覗けたら....

いや、僕にはそんな事出来ないだろうな。そんな高度な事出来ないし、しようともしないだろうな。



「............」


きゅ...

ぴちゃん........ぴちゃん.........


「はぁ....僕、何考えてんだろ」

幾ら考えても結論が出ないのならば考えるのは得策では無い。いつか、「僕は何者なのか」について重要なファクターが見つかってから考えればいい。



体を拭う。体に浮かび上がっていた紋様は、もう消えている。冷えないうちに着替えを済ませて部屋へ向かった。

二階の階段を登りきった時に異変に気がついた。



........ガシャン........

...ドサッ........

.......バァン...........


なんだろう?喧嘩かな?でもこんな時間に?


二階の今使われていない部屋に入ると、奥の窓から、チラチラと青い光が舞っているのが見えた。

「もしかして...隼也が?」

急いで窓辺へと駆け寄った。

奏はそこから見えた光景に目が離せなくなる。


両手に剣を握り締め立ち回る隼也。その双剣を繋ぐ鎖が、勢いで隼也の背後に回り込んだ人の様な影に絡みつき自由を奪う。

片方の剣を手放し、力強く引っ張ると、人影に絡まった鎖を辿りながら剣がズタボロに切り裂いて行く。

鎖が解けた人影は力無く倒れ込むと、跡形なく爆発四散して消えていった。

爆発の閃光で、一瞬照らし出された隼也の顔。


なんで?

どうして、そんなに怖い顔してるの?


重厚な鎧を纏い、とても大柄で隼也が子供の様に見える程。

それぞれに大型の武器を両手で携えている。大剣、大斧、戦鎚。どれも一撃を貰えば致命的だろう。恐ろしい程の装備重量だろうに、それを感じさせない様な軽快な動きを見せる人影。

四方から叩き付けられる打撃を隼也は大鎌で捌き、潜り抜けながら包囲網を抜けた。

妖剣に創り変え、逆手に持って前に構える。

隼也が動きを止めた、その隙を狙ったのだろう、人影がここぞとばかりにラッシュをかける。

だが、隼也は居着いてしまった訳では無い。人影の鋭く重い振り下ろしを躱し、地面に突き刺さった大斧の上に乗って、人影の両肘を剣で切りつけた。

効果は薄い。鎧の所為で火花が散っただけで切傷はつかない。

だが、火花で十分。人影の懐で起爆し、大きく後方へ吹き飛ばした。

同時に爆風で飛び退いた隼也の着地に、大剣が襲いかかる。


横薙ぎ。着地した瞬間の慣性が残る隼也には回避は難しい。咄嗟に妖剣を創り出し、地面へ突き立てて防御の姿勢を取る。


「いやっ!隼也!?」

思わず悲鳴がでる。隼也に声は届かないと分かっていても名前を叫んでしまう。

隼也の防御では、全く勢いを殺せなかった。振り抜かれた大剣は妖剣ごと隼也を吹き飛ばして行く。

辛うじて防御の為突き立てた妖剣が、身体と大剣との接触を避け、傷は負っていないようだ。だが、内部へダメージは浸透しているらしく、苦悶の表情を浮かべている。

後方へ吹き飛ぶ隼也は鎖剣と脚甲を創り、地面へ突き立てて止まった。たったの一振りで10数mは軽く吹き飛ばされた。

だが、この距離は好都合。下手に中途半端な距離へ吹き飛ばされたら、更に苛烈な追い討ちを掛けられていただろう。



隼也が空間へ、大きく弧を描く。手の軌道には1m程度の妖気で出来た青い弧が残っている。それを掴み取ると隼也の手には弓が握られていた。

手の内で矢を創り出して番えながら、正面から突っ込んでくる戦鎚の人影を飛び越えた。

兜に守られた後頭部を蹴つけ、更に高く飛び上がる。蹴られて傾き、僅かに生まれた兜と甲冑との隙間へと矢を撃ち込んだ。

見た目だけを言えば、矢と言うより光線の様にも見える。

光線は隙間を縫って甲冑の中へと吸い込まれて行く。


カッ!

激しい閃光が甲冑の隙間から漏れ出した。人影は全身から黒煙を零しながら力無く倒れ込む。

倒れると、甲冑だけがバラバラに散り、中にいたはずの人影の姿はない。


ヴゥン...

隼也が着地して弓を振ると変形し、妖剣を形造る。

隼也が相対する、先程爆発により吹き飛ばした大斧の人影は、両腕へ受けた爆発により、上半身の装甲が砕け落ちている。

筋骨隆々な戦士の人影。大斧を担ぎ上げ、隼也の上空へと跳躍した。


「...........」

隼也が何か呟く。

口の動きは見えるが、何と言ったかは分からない。

直後、隼也が身体に纏う妖気が膨れ上がり、周囲が青白い光で照らされる。

妖気を遮断する屋敷の二階からでも、その凶悪な妖気を視認することが出来る。


「あの目....」

妖気を最も現すものは瞳だ、と言う話がある。

その者の纏う妖気の色へ瞳は変容する。

妖怪、或いは妖気を扱う者の瞳を見れば、妖気の質、力、量などが、大まかではあるが把握する事が出来る。

当然、その様な情報を知られては不利になるケースが多い為、専ら妖怪は妖気を制御して、相手に悟られない様にしている。


「隼也は苦手なのかな?」

莫大な妖気を纏う隼也の瞳は深青の妖気を湛え、溢れ出す妖気は暗闇の中に双眸の残像を残してゆく。



上方から襲い掛かる人影へ向かい、突きつける様に妖剣を構える。人影との距離が縮まって行く。

あと30cm....20...10...射程圏内へ人影が入り込んだ!




キーンく.......ペイルくっ!!


ズズン!

「うわっ....!」

隼也の全身から爆炎が噴き出す。爆発の余波により、屋敷全体が揺れた。

近くで見ていたならば、意識を持っていかれるほどの光と音、振動と共に、高速で隼也は人影の胸へと突っ込んだ。

地面から伸びる一筋の青が、今まさに大斧を振り下ろさんとする人影の水月へ突き立った。刺突の衝撃により宙から襲い掛かる人影の落下速度が相殺され、宙で一瞬、静止した。


隼也を取り巻く妖気が一瞬で人影へ流れ込み、全身が淡い青い光に包まれる。

隼也の突っ込んだ衝撃でお互い勢いを無くし、人影は背中から落下してゆく。

地に落ちようとする人影の背面へ、妖気が集結してゆく。妖気は徐々にそれぞれ集まっていき、無数の刺傷の様なものを描く。


ジャキン!

巨大な青白い刃が、人影の背中から突き出した。貫かれたのでは無い、体内から飛び出してきたのである。

それを皮切りに、刺傷から次々と刃が飛び出してゆく。人影は手足をブランと垂らしながら、刃によって地面に仰向けに立たされる。

隼也が着地すると同時に、全身を裂かれた人影が跡形無く爆発した。



「今の...あれが隼也の技...」

奏は目の当たりにした光景に息を呑んだ。

昼間に僕に見せてくれた、優しい隼也では無い。隼也の妖怪としての一面。

見た目には美しい技だが、本質は違う。残酷で無慈悲な技。徹底的に破壊する為の技だった。

気付くと体が震えていた。精々、少し便利な程度の妖気しか扱えない僕には、スケールが大き過ぎた。

震える腕を押さえる。唇は下顎と共に震える。

恐ろしい。今の僕には、隼也が何度も創り出している妖剣一本を創り出せるのだろうか...?


「あれが....妖怪の力....」

この体の震えは、隼也へ向けてでは無いのかもしれない。きっと、自分の中に眠っている妖怪が目を覚ました時、それを感じてしまったのだろう。



ギィン!

金属同士の衝突音に現実へ引き戻される。

隼也は槍で大剣の攻撃を受け流しながら、隙を伺っている。2m近くはある大剣を木の棒の様に軽く振り回す人影。

ガードが出来なかった事を考慮し、襲い来る大剣の軌道に槍を添わせ、自分自身の軌道を変えながら回避して行く。


ビュッ!

猛攻撃によって押し込められ、僅かに体勢が崩れた隼也へ向けて、大上段に振りかぶった

刃が振り下ろされた。

この後に起こるであろう光景が容易に想像できる。

「嫌....」


バガァッ!

カラン.....カラン........

叩き付けられた大剣。その脇に隼也の手にしていた槍が落ちた。


「そんな....」

あれ程巨大な大剣だ。いくら妖怪でも斬られれば、紙のように容易く断たれるだろう。

槍が今起きた事を雄弁に語る。

あまりの出来事について行けず、思考が止まる。

「隼也...?嘘だよね?」


ズド..........

奏が涙を流した、その時。

人影の表面を波紋が伝わっていった。青い光の波紋が。

人影の背後へ回り込むように残された、くの字に曲がった黒煙。

5m程度吹き飛ばされた人影の背後には、槍の穂先側を持ち、棍を大きく振り抜いた隼也の姿があった。


人影は吹き飛ばされたものの、直ぐに受け身を取り間合いを詰めてくる。横薙ぎを仰け反って躱しながら、後転し距離を置く。

次々と繰り出される斬撃を躱しながら、大鎌を創り出した。足にも脚甲を創り出す。

見切りにくい攻撃の軌道とスピードで戦況を搔き回すつもりだ。

人影の攻撃範囲から出ずに横へ走る。脚甲を使っていなかった時と比べるとスピードは歴然としている。

人影が蹴りを放ってくる。それを大鎌を地面へと突き刺し支点にして、急激に移動方向を切り替えて躱しながら、攻撃後の隙に一撃を打ち込む。

壁へ、地面へ、人影へ大鎌を引っ掛けて軌道を次々と変えながら、斬撃を絶える事なく打ち込み続ける。

やがて、人影が全身に淡い青を纏い始める。

隼也の勝利が近づいてきた証である。

バァン!

隼也の妖気で飽和した人影が爆発を起こす。甲冑が飛び散り、爆心地には左上半身を大きく欠いた人影が残る。

しかし、人影はこの程度の損傷では止まらない。痛みが無いのか、そもそも命すら無いのか、唯々、壊され動けなくなるまで戦い続けるのみである。


右腕だけで大剣を担ぎ上げ、真正面から突進してくる。

それを隼也は手甲と脚甲で迎え討つ。硬質な甲冑が失われ、攻撃が通るようになった今、時間当たりの火力が最も高いこの武器が適任である。

振り下ろされる大剣。人影の前から妖気の残像のみを残して隼也が消え失せた。


ザザザザンッ!

高速で背後に回り込み、脚部へ有りっ丈の連撃をお見舞する。両手両足による斬撃の嵐。直ぐに人影の脚部は、隼也の妖気に飲み込まれ吹き飛んだ。

足を失い、倒れ込む人影の首元へ隼也が手甲を突き刺し、地面へ叩きつける。叩き付けられた衝撃で僅かに浮き上がった人影を蹴り上げて、強制的に起き上がらせる。


「............」

再び隼也が何か叫んだ。

直後、隼也の両腕に妖気が収束した。少し前に見せた技とは違い、今度は青白い光では無く、サファイアやアウイナイトを想起させる深みのある青の光だ。

両足下が爆発を起こし、推進力を得て、両の手で人影の胸部を打ち抜いた。


ズン!

窓際に立って隼也の戦いを見ていた奏にすら、衝撃が伝わってくるような程の威力。窓ガラスがカタカタと音を立てる。

人影を貫いた青の妖気は背中まで伝わって、噴き出し輝いた。


バアァァンッ!

人影が爆炎に包まれた。激しい閃光と黒煙を巻き上げ、最後に残るのは隼也1人だった。


隼也は武器を霧散させ、疲れたような足取りで屋敷の方へ向かってくる。門の前に辿り着くと、屋敷をぐるりと囲む塀の上へ飛び乗り座り込んだ。


隼也は夜の間、こうやって門番をしていたのか。

奏は声を掛けたい衝動に駆られる。自分の為に夜通し戦っている隼也に、嬉しくも心配になる。

いや、今見たことは明日に聞こう。今、隼也の元へ向かっても隼也の負担が増えるだけ。自分を守りながら戦う事になりでもしたら、それこそ迷惑をかけてしまう。


「ありがと...隼也。無事でいてね....」

奏はそのまま、部屋に戻りベッドへと潜り込んだ。

















「........お....い」

「...さ........だ......ぞ..........」


体が揺さぶられている気がする。

ダメだ。瞼が重過ぎて開いてくれない。

これも全て、暖かく居心地の良い布団の所為で有り、僕は一切悪くは無いのである。


「う〜ん、あと...しゃんじゅっぷん...ねさ...せ......すぅ....」

「しょーがないか」


奏が熟睡するベッドの枕元に腰掛け、隼也は、やれやれと肩を竦める。

眠れる時に眠っていた方が良い。何時、何が起こるとも予測は出来ない。寝溜めは出来ないだろうが、それでも睡眠が充分か寝不足かで変わってくるだろう。

生きるか死ぬか、その極限状態では特に。


「まぁ、あんな夜遅くに起きてたなら....起きられないのも当然だよな」

昨日の戦いを思い出す。

大斧に大剣、戦鎚と斧槍を持ち、全身を甲冑で固めた4体の人影達。

流石に、白狼天狗の里で戦った巨人型の人影と比べると小さいが、それでも、甲冑を含めると身長は3mに迫る程はあった。

それに加え、身体能力が桁違いに高かった。

これまでの人影と言えばノロノロと歩いたり、攻撃後の隙が大きかったりと、戦い易いものが多かったが今回は違った。

スピード、パワー、知能と、どれを取っても今までのものとは一線を画していた。

人影の進化のスピード....

こちらも追いつかれないようにしなければ....



コンコン!

隼也が窓の外を眺めていると、部屋のドアがノックされた。

「どうぞ」

「失礼いたします」

ドアを開け、一礼したのは東雲だった。

「隼也様、響様がお呼びでございます」

「響が...?分かった」


東雲の後に続いて、響の部屋へと向かう。

この時点で気が付くべきだった。周囲一帯に漂う違和感に。



「失礼します」

「来てくれたか、隼也君。まぁ、腰掛けてくれ」

促されるままにソファへと腰掛けた。あまり時間を置かずに響が話を切り出した。


「その様子だと...君を呼び出した理由は分かっているようだね」

「昨日の夜の事だろ?」

「あぁ、そうだ。この屋敷の前の通りに、突如として姿を現した、あの異形達についてだ」

響の表情は何時になく真剣だ。

やはり状況は、音を立てずに、じわりじわりと悪い方向へと向かっているらしい。


「俺が見張りをしてたのも知っていたのか?」

「あぁ。門のそばに君の妖気を感じた。少し経つと異形達の妖気も感じ始めたよ」

「遂に奏を露骨に狙いに来たのか?」

「それはどうだろう?君も会ったのだろう?あの鎧の男に」

鎧の男、そのワードで絞り込まれるのは、ただ1人。

「マグナか」

「彼が言っていた。三日後に再びやって来ると。だが、昨晩は1日目の夜だ。明らかに早過ぎる」

「だが、確実にマグナも敵だ。時間通りに来るとも分からない。三日後は俺たちの警戒を解く為の方便かもしれないんだぞ?」


「それにしては、だ。嘘で油断させ、一気に叩く作戦だったとしても、あんなに不確実な方法を取るだろうか?」


確かに。俺が奏を守っている以上、確実に奏を殺しに来るのなら自身が出向くはずだ。

それを多少高性能とは言えど、人影4体程度に任せるとは思い難い。それに奇襲が失敗すれば、相手はより一層警戒する。

マグナからすれば昨晩の攻勢は不利が多い。


「確かにな。それが作戦だったとしたら、あまりにもチグハグだな」

「そこで、考え方を変えてみるんだ。昨日の襲撃は予定外だったのではないか、とね」

「予定外だった....?」

「マグナを含めて、それぞれに動く人物2人が関与しているとすれば、辻褄が合わないだろうか」


マグナは正直に三日後に来るとして、今回の襲撃は別の人物が仕組んだ事とすれば、このすれ違いも納得が行く。


「あ!待てよ...?」

隼也が記憶を辿り直す。ほぼ確定した。

もう1人、顔を見せてないヤツがいる。

手長や足長、騎士型の人影と戦っていた時に現れたマグナの奇妙に苛立っていた様な態度や口調と人影の殲滅。

人影とマグナが味方かどうかは判断しかねるが、それでも第三者が介入している事は間違いないだろう。


「響、流石だな。恐らくはもう1人いる」

「ふふっ、君の中で何かしら納得が行ったようだね」

「あぁ。今はマグナより、もう1人の奴の方が危険だ」

「そうか....やはり、異形はそいつが、か?」

「確定じゃないが、その可能性が高いと思う。自然に妖気が集まって人影レベルの集合体を形成出来るとは思えないからな」

「だとすれば厄介だな。打つ手なし、もう1人の敵には、アクションでは無くリアクションしか取れない...と」

「受け身で後手に回るしかないのは面倒だ。これからは、奏の周囲の警戒を強化しなきゃな」


「ちょっと質問してもいいか?」

「構わないよ」

「奏の母親....つまり、貴方の妻だけど、どれ程の妖怪だったんだ?」

「あぁ〜.....彼女はとても強大な力を持っていたよ」

「強大な...か」

「昔ね、先天的に妖怪を感じる事の出来る奏を面白がった妖怪が、奏に手を出した事があってね」

「何かされたのか?」

「攫われそうになったんだよ。その途端、彼女は大激怒。一瞬の詠唱で、奏を自分の隣に転送して、その後に彼女と妖怪が転送で姿を消して....」


「その次の日に、あるニュースが流れたんだ」

「ニュースが...?」

「私達が住むこの街の郊外で『突如としてクレーター出現、隕石の影響』か。とね」

「もしかして...?」

「あぁ、大激怒した彼女の仕業だったよ。ニュースを見て腰を抜かして、彼女を見ると、やっちゃった♪と言わんばかりの表情ではにかんでいたよ」


やっちゃった♪で、クレーターを...

ある意味で恐ろしい夫婦だ。

「奏はどうだ?それ程の力は使えないようだけど?」

「いや....奏は同等かそれ以上のポテンシャルはある。だがね....」

「だがね?」

「身体が持たんよ。人の身では過ぎた力だ。例えるなら....自転車に戦車の主砲を据え付けて撃つ....方向性も儘ならない上、撃てても無事では済まないだろう。それと同じだよ」


ここまでの響の話で1つの疑問が浮かぶ。

「じゃあ...何故、奏の力も強大である事が分かる?」

「っ......封印だよ」

「封印?力を?」

「いや、正確には、奏の妖怪としての面の封印と言った方が正しいな。この封印はとても強固なものだ。私の妻が封印を敷設して1月は動けなくなる程のな」


あっさりとクレーターを残す程の規模の攻撃を放つ事が出来る妖怪が、1月も動けなくなる程の封印とは....

隼也は封印など全く専門外ではあるが、その偉大さは理解できる。


「今の奏は、ごく単純な妖気の使い方をしているだろう?あれはね、巨大で堅牢かつ複雑な封印から、僅かに漏れ出した妖気なんだよ」

「あのレベルが...極一部の妖気だ...?」

妖怪を感知する眼、妖怪を可視化する妖術。それらは氷山の一角、どころか一欠片程度のものだったのか...?


「もし、もしなんだけどさ.....その封印が解けたらどうなる?」

暫く考えた後に響は口を開いた。

「................どうなるやら。身体が消滅するかもしれないし、自我を失って、脳が焼き切れるまで暴れ続けるかも知れんな」

「つまり、何が起こるか分からないが、良い事は起こらないと」

「その認識で間違いは無いだろう」

「封印の解除ってのは出来てしまうのか?」

「いや、簡単には出来ない。奏に敵対する者に解除されないように、とある条件が整った時のみ、封印は解かれる」


身体が耐え切らない妖気を、塞き止める為の封印、その解除方法はもしかすると存外簡単に見つかるのかも知れない。

「奏の妖怪の面の解放、か?」

この予想が正しければ、見つけたとしても他人の手では解除出来ない。どうやってもだ。

妖気に人の身体は耐えられない。それなら、妖怪の身体になれば耐えられる。耐えられるなら封印は必要ない。

だが、この予想は矛盾している。奏の中の妖怪の為の封印が、奏が妖怪になる事で解かれるなんて.....宝箱の鍵を宝箱の中に隠すようなものだ。


「まぁ...半分正解、半分不正解といったところかね。まぁ、いずれ知る事になるだろう。今急いで知らずとも良いさ」

響はどこか暗い表情を浮かべながら、そう言った。

これ以上、深入りするのは彼にも辛い事だろう、今は止めておこう。

「あぁ、分かった。質問に答えてくれて、ありがとう」


礼を述べてドアへと歩き出した時、些細な違和感に気がついた。普段なら感じない様な微細な妖気の揺らぎ、だが、確かに妖術を行使したであろう揺らぎだ。

「響、嫌な予感がする」

「何っ?!もしや?」

「誰の所為か分からないが...間違いなく、俺たちは何かされた」

「隼也君!奏の元へ向かってくれ!」

「了解!」

ドアを荒々しく開け放して、隼也が二階へ向かって姿を消す。

残された響は拳を固く握り締め、隼也が行った方向を見詰める。

「どうか....無事でいてくれ....」

額に伝う冷や汗。親として守ってやりたくとも力が足りない無力感に、身体中から力が抜ける。

今はただ、残された唯一の娘の無事を祈るしかなかった。







ガチャッ!

乱暴に開けられたドア。

「奏!大丈夫か!?」

奏の部屋に飛び込んで来たのは隼也だ。

奏はパジャマのまま、窓辺に立ち尽くしていた。隼也の呼ぶ声を聞くと、ゆっくりとこちらを振り返った。

「しゅ....隼也.....これは...?何が起きてるの?」

奏は窓の外を指差しながら、不安を滲ませた表情でこちらを見る。直ぐに奏の隣へ駆け寄り、窓の外を眺めた。



「何だよ......コレ......」

我が目を疑う様な光景が広がっていた。

誰1人いない住宅街。舗装された道路は砕け、電柱は折れ、綺麗な街並みは潰されていた。

空を飛んでいたはずの鳥達は地に堕とされ、青々と栄えてたはずの木々は煌々と燃え盛っていた。


「誰が...こんな事....」

奏が口元を押さえ、凄惨たる光景から目を背ける。

ここにいてはマズい。二階にいては妖気の反応が分からない。

十中八九、まだ見ぬ敵の所為だろう、接近を許せば大変な事態になる。

「奏、一階へ降りよう」

「うん、分かった」

奏の手を引いて階段を降りて行く。妖気遮断の結界を超えたが、妖気の反応は感じられない。取り敢えず、響の部屋へと急いで連れて行った。


「奏!隼也君、連れて来てくれたのか」

「あぁ、ちょっとの間、奏を頼みたい」

「行くのか?」

「あぁ、今は少しでも情報が欲しいからな」

「..........分かった。どうか無事でな」

「ありがとう、じゃ、行ってくる」


「奏、何かあったら、前に渡した剣に、妖気を送り込んでくれ」

奏が静かに頷いて、胸に手を当てる。現れた細身の剣を握りしめた。

響は心配そうな顔をしたが、隼也を送り出した。隼也は直ぐにドアから姿を消した。


「お父様.......」

「大丈夫だよ、奏」

響が穏やかな声で奏に語りかける。

「お母さんが張ってくれた結界だ、誰にも.........誰にも破られはしないさ」

「うん」

常人には耐え切らない、恐怖の圧力だっただろう。だが、彼らには少ない心の支えに縋って、やっとの思いで立てていた。

母の築いた強力無比な結界と、自分達をを守ろうとしてくれる妖怪。

きっと大丈夫。そう言い聞かせながら、唯々、この異常事態が収拾するのを待つのみだった。









「本当に....誰がやったんだ?」

少し通りを歩いて見て分かった事がある。

この破壊、誰かは分からないが、1人の妖怪の手によるものらしい。周囲に残留する妖気が全て同じ物の様だ。

恐らくマグナではない。彼の妖気は仄暗く、押し潰されるような重圧があった。

ここにある妖気はマグナ程の圧はないが、膨大かつ、高質の妖気だ。

この妖気の持ち主は、マグナとも正面から張り合う事が出来るだろう。

もしも、見つかれば逃げる事しか出来ないだろうし、逃げ果せなければ奏の元へも帰ることが出来ないだろう。


居場所が特定される可能性もある。痕跡を残さない為にも、妖力は極力使わないようにしないとな。


隼也が人差し指で目の前に、一文字を描く。

僅かな妖気が軌道上に残り、それを掴み取ると、手には直刀『風迅剣』が握られていた。

隼也の持つ唯一の実体のある武器である、風迅剣ならば、斬る際に少量の妖気を刀身に纏わせるだけでいい。

その程度の妖気ならば、周囲の高濃度の妖気に紛れて探知も出来ないだろう。

「さて、刀を召喚したし、念の為、逃げとくか」

全力のダッシュで、その場から逃げ出す。

塀を伝って、崩れかけの建物の上へ乗り上げ、周囲を見渡した。

生命体の気配は全く無く、ただ、廃墟が広がるばかりだ。


「しっかし....屋敷に結界が張ってあって良かったな」

空間を漂う妖気は非常に高濃度だ。

妖怪にとっては高濃度の妖気は体力回復を促進されるが、人である奏達には劇毒だ。

あの屋敷の結界は、この妖気さえも遮断していた。あそこにいる限りは安全だろう。

だが、屋敷にいる限り安全だ、と言うのが不安だ。万が一、屋敷の結界が破られたとすれば逃げ場が無い。まさに袋の鼠という訳だ。



フッ.......

敵影がない事も確認し、隼也が気を抜いたその時だった。

遠くの交差点の中央を、何者かがチラついた。

「人影か....?」

刀に手を掛けて、ダッシュで交差点へと向かう。妖怪の身となって、遥かに向上された身体能力に数百メートルの距離は、あまり時間もかからずに辿り着く。


交差点の近くへ着くと、建物の影に身を潜め、刀を抜き周囲を警戒する。

鞘を順手に、刀を逆手に持ち替える。

咄嗟に出会したときには、自分に敵意を持たない者だったとしても刀だと斬りかねない。鞘で気絶程度に収められればそれで十分だ。


ゆっくりと建物の外壁を伝って、交差点の見通せる位置まで移動し、ソッと覗き込んだ。

喧しく不規則に点滅する信号機、横転したトラックや壁に突っ込んだバイク。誰もいないはずの交差点の中央に、誰かが立っていた。


あれは?

こちらへ背を向けている。長いブロンドの髪と黒で細身のスーツの女性。

どこかで見覚えが.........


「っ!?」

記憶を辿ろうとした瞬間、立っていられない程の頭痛に襲われた。必死に我先にと押し寄せる苦悶の声を抑え込みながら膝をついた。

ズタズタに引き千切られた記憶達の中にある、都合の悪いモノや思い出したくないモノを隠すように、真っ黒に塗り潰された一部の記憶。

あの女性を見ると、否応無しにそんな記憶が思い出される。


カラン...カラン.....

両手から力が抜ける。刀を取り落としてしまった。閑静な交差点に物音が木霊するが、余りの痛みに逃げも隠れも出来ず、頭を押さえ蹲ってしまった。


「やはり、貴方なら来るだろうと思っていたわ」

距離にして数十メートル。離れているはずの女性の声は、不自然に耳元で囁かれるように聞こえた。


「.....っ!ぐっ.....!」

頭が内から膨張しているような幻覚を覚えるような痛み。女性の声が聞こえた途端、痛みが増し、身動き一つ出来ずに耐えるしかなかった。




しまった。

彼女が...この妖気の持ち主か....

「いいえ。私では無いわ」


は?何を言っている?

口に出してもいないのに....心を読まれた?!

「えぇ、複雑なものでなければ、心を読む事もできる」


「教えてあげましょう。ここは、貴方達が先程までいた世界と平行している『可能性の世界』よ。世界が改変される程の出来事が起こったとしたら....そのifの世界へと、私が貴方達を屋敷ごと攫わせて貰ったわ」


は?何を言っているんだ?

世界?平行?if?世界が改変される程の出来事?

突拍子な言葉が多過ぎて理解が全く及ばない。


「今は理解出来なくても当然よ。然るべき情報が貴方には与えられていない」


与えられていない?

誰に?誰が俺にその情報を教えるってんだ?


「そうねぇ...それは教えると面白く無いわ。その代わり、この『可能性の世界』に起きた出来事について教えてあげましょう」


手元に落ちている刀を、眩暈で殆ど機能していない視界で探し当て掴んだ。


「高嶺奏の封印解除の末の暴走。この街を中心とした広範囲の地域が破壊され、動物が死滅する程の妖気が撒き散らされた」


「奏...の....暴走.....?」

身悶えたくなる程の痛みを堪えて、地面に刀を付き、立ち上がる。


「元々、その強靭な生命力から微量の妖気を持つ、植物のみが残った。奏は上空200m地点で妖力を放散した。地上へ光の雨が降り注ぎ、街並みは破壊された。その後、寿命を迎えた巨星のように、ゆっくりと妖気を放出しながら、膨大過ぎた妖気に耐え切れなかった彼女の体は自壊した」


「嘘...だろ......?」


「本当の事よ。高濃度の妖気の影響で、通信機器も、衛星からの映像も全く干渉を受け付けなくなり、生命体も近付けない。完全なブラックゾーンとなった」


「ただし、これはただの可能性であって、基準世界の、貴方が守る彼女には全く関係のない事よ」


「ふぅ....少し疲れたわ。私は帰ることにします。隼也、貴方には兵達の試験を手伝って貰うわ」


女性が肩越しに手をヒラヒラと振り、隼也の方とは反対へと歩き出した。

隼也が瞬きをし、次に目を開いた時には、女性の姿は黒煙を残して消え失せていた。




「っ!はぁ...はぁ...はぁ...」

女性が姿が姿を消した途端、上に乗っていた重たい物が取り払われたかのように、壮絶な頭痛から解放された。大の字で寝転がり、肩で息をする。

「アイツ....もう帰ったか....」

あの女性は危険だと本能が告げる。

嫌悪感、動悸、眩暈などを駆使して、体は全力で女性へと近付かないように抵抗していた。


それ程までに俺にとって、忌避すべき相手なのか...


呼吸が整ってくると、緩やかに立ち上がり、鞘を拾い上げて刀を収めた。

取り敢えず、この高濃度の妖気の主は既に居ないという事が分かった。それだけで収穫だろう。

一度屋敷に戻って、現状報告をしてから探索を進めよう。


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