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REVENGER  作者: h.i
20/36

夢の...

その山を下り、古びた鳥居をくぐれ。





葬儀の間、外でウトウトしていた灯の夢の中で告げられた指令であった。

山を下って行けば自ずと辿り着く....と言うことらしいが...


「徒歩でなければならない...ってのは、どうなんだ?」

「時間かかるなぁ〜」

優に2時間は歩き詰めだ。妖怪の身ではこの程度、疲労にすらならないが飽きはする。

「地面凍らせて滑ろうかな...」

灯は大きな欠伸をしながら氷の左腕を召喚する。

「止めといた方が良いと思うけどな。徒歩でて言うルールに触れないとも限らない」

「ですよね〜...」

灯が項垂れる。隼也自身も相当に退屈しており、先程からずっと武器や動物を模した像を作り出しては消しを繰り返している。


「まぁ、まだ日も高いし気長に行...け...ば.......」

「え...?」

蔦や背の高い木に覆われ、トンネルの様になっている小道を抜け出した瞬間、体にふわっと浮く様な感覚がした。

その直後、二人の目の前には木漏れ日に照らされる苔生した石造りの鳥居が現れた。

「これ...は...」

「鳥居...だね」

二人は恐る恐るその鳥居をくぐり、石畳の道を進んだ。石畳の道の左右は砂利が敷き詰めてあり樹が植えてある。冬だと言うのに雑草が生えているところを見るとかなりの年月放置されているらしい。

意図的にか偶然か、丁度道を木漏れ日が照らし出す様に木々が生い茂っている。

「奥のあれは...神社...かな?」

灯の指差す先、そこには少し開けた場所に立つ神社らしき建物があった。


「多分....だけど、結構古いな」

「なんか神秘的だね〜」

二人の今いる木漏れ日の差す石畳から見ると、木陰の中にありながら神社を照らし出す様に光の柱が包む。


「しかし...こんなところに連れてきて、何の用だ?」

「だよね、神秘的だけど何かある風でもないし」

近づいて見ると、古びている様に見えたが基礎などの劣化はそこまで酷い訳ではなく、崩れたりなどの心配は無用らしい。

周囲を一周して見たが、特に異様な妖気や物は見当たらなかった。


「ふぁ〜ぁ...」

横で灯が大きな欠伸を1つ。

「なんか眠くね...?」

灯が寝ぼけ眼をこすりながら尋ねてくる。確かに、この神社に辿り着いてから妙な眠気があったが灯に言われ意識してしまうと途端に眠くなってしまった。

神社の方を見ると暖かい日差しに包まれた縁側が見える。眠たい時にこれ以上の破壊力を持つものはそうそう無いだろう。

「ちょっと...お昼寝してくる...」

「あぁ....俺も.....」

2人は覚束ない足取りで縁側に腰掛け、それぞれ柱に寄りかかり、寝転がりで眠ってしまった。















「...........ぅ........寝て.....た...か」

凝り固まった体を伸ばすとパキパキと関節中から大きな音が鳴る。柱に寄り掛かって寝ていたからであろう、背中が痛い。


......?

違和感を感じる。なんとも言えないモノだが普段と違うなにかを。

世界は全て先程のまま。だが、何かが感じられない。

横を見て見るとまだ灯は眠っていた。

「なんだ...?」

絶えず感じる違和感に不安になりながら、灯の頰を手の甲で押して見る。

力に従う様に頰は凹むが、何故か押された形のまま元に戻らない。

縁側から降り、少し神社の周りを見て回ると、ある物を発見した。


「これは...」

それは宙に固定された落ち葉であった。触れると非常に硬く、形も位置も変えられない。飛び乗って見ると、たかが落ち葉一枚の上に乗れてしまった。

ここで隼也の中に一つの仮定ができる。



ーそうね、御名答よー

「っ.....!誰だ?!」

突然聞こえた声に隼也は妖剣を作り出し警戒した。女性の声、どこか聞き覚えのある様な声だがイマイチ思い出すことが出来ない。


ーその空間、時間の止まった様に見えるでしょ?普段見ないもの程美しく見えるものよー

「何が言いたい?」

相変わらず、どこ方向から誰が話しかけてくるのかは全くわからない。


ーいいえ、今大切なのはそれでは無い。今、大切なのは貴方の次の為すべき事よー

「俺の為すべき事?」


ーこれから貴方は目覚めるでしょう。そこは全く知らない世界の中。貴方には1人の、ある少女に会って欲しいー

「どういう事だ!もう少し説明を....


ー貴方の活躍を期待しているわ...隼也ー


「待ってくれ!まだ聞きたい事が......」

女性の話が終わった途端、後方へ激しく引き戻される感覚と共に身体中が浮く感覚に包まれる。

全身が引き延ばされる様な幻覚に前後左右上下が目紛しく入れ替わり吐き気を催す。

そのまま、隼也は神社を包む遥か上空にある光に飲み込まれた。












「.......っ!」



















..............ん........

........ん....あ....?

.......ここは?

頭が痛い。目眩もする。身体中に上手く力が入らない。妖気も安定せず上手く扱えない。

なんとか上体を起こして座り込む。するとゆっくりと黒一色だった視界がクリアになってきた。

まさか......


ここは....!







「どこだよ」









気がつくと隼也は1人商店街にいた。

日も高いからか人通りは少なく、ポツポツと荷物を持った者が忙しく通るばかりだ。彼らも仕事中なのだろう。

しかし、ここまで人が少ないというのに対して忙しくしているのはどうだろうか、と思い耳を澄ませると、遠くから騒つく声が聞こえてきた。

「ちょっと行ってみるか」


隼也は少し歩き、騒めきも大きくなってきた。曲がり角の少し手前に差し掛かった時、その曲がり角から作業着姿の中年男性が出てきて、隼也のいる方向に歩きてきた。


「すみません、少しよろしいですか....」

男性が隼也の目の前に差し掛かった時に隼也は声を掛けた。しかし、男性は隼也の言葉を全く無視し、そそくさと過ぎ去って行った。


「う〜ん....怪しまれたのか?」

隼也は自分の身なりを見てみる。

「まぁ、知らない奴にいきなり話しかけられたら怪しんで逃げたくもなるか」

百聞は一見に如かずと自身に言い聞かせ、騒ぎの正体を確認するため隼也は曲がり角を曲がった。

すると建物の壁際に大きめの人混みが出来ており、皆、忙しなく何か話し合っている。

「すみませ〜ん...通っても良いですか〜」

と、隼也が人混みを掻き分け中心を見ようと手前の人の背中に手を触れようとした瞬間。



スゥ.......

「うぉあっ!!?」

「な...なんだ今の?!」

隼也が驚くのも無理はない。隼也が触れようとした人は、隼也が触れた瞬間スゥ...と手が沈み込んでしまった。

まるで霧にでも触れようとしているかの様な感触。隼也はここで目覚めてからの違和感や人々の対応に納得がいった。

「俺に誰も気づいていない...?」


試しに人混みを真っ直ぐに突っ切って見たが、それも予想通りに誰にもぶつからずにすり抜けて中心まで進めた。目の前で手を振ろうと声をかけようと、誰も隼也には反応を示さない。

人混みの中央部を見てみると、そこには少女が倒れていた。気を失っており顔は驚く程血色が悪い。

この少女は恐らく学生なのだろう、制服と通学用の鞄、ミュージックプレーヤーとイヤホンを身につけている。

身長は高くなく150cm程度でサイドテールの、ごく普通の少女のはずだが....


「なんだろうか.....?何か引っかかる」

周りにいる普通のヒトからは感じられない違和感をこの少女の中に感じる....


いや....まさかな。勘違いだろうが...


隼也が優しく慎重に頬に触れようと手を伸ばす。

「やっぱり....」

周囲の誰にも触れることのない手が少女には触れることが出来た。

軽く頰を突いてみたが、目覚める気配は無い。

今度は別の女性がしゃがみこみ、少女の首元に手を添えた。腕時計で6秒を確認しながら脈を取る。その後、手鏡を口元に近付けてうなづいた。

「大丈夫。脈はしっかりしてるし、息もしてる」

「救急車...呼んだ方が良くないか?」

「さっきから携帯が圏外なのよ...みんなも圏外?」

また別の女性から圏外と聞いて全員が自分の携帯を確認する。だが全て圏外となっているらしく、誰も電話をかけることが出来ない。

「そうだ!公衆電話は!?」

「ダメだった...公衆電話も何故か繋がらない」

「有線も駄目か....商店街の電話は?」

「みんな家に帰って電話しに行ってくれたけど...公衆電話がこれじゃ、あまり当てにならないかもな」




「ぅ...ん.....」

その時、少女が呻き声を上げて随分気怠そうに瞼を開く。上手く体に力が入らないのか、近くの女性が支えた際に身を任せた。

「あ!大丈夫?」

「いえ...大丈夫です...偶にこうなるので慣れてます...」

とても心配そうな顔で杖をついた高齢の男性が覗き込んで話しかける。

「お嬢さん、学校から帰りなのかい?」

「はい」

「お迎えは?」

「いいえ、大丈夫です。家、すぐ近所なんで自力で帰れます」

「そうかい、若いんだから、体は大切にね」

「はい、ありがとうございます」

少女はお辞儀をして、商店街から大通りへと出て行った。

少女が見えなくなる直前、隼也はある事に気が付いた。

気を失っている間は気がつかなかったが、離れて見ると彼女の体から藤色の妖気が僅かづつだが漂っていた。

恐らく目を覚ました直後は近距離だった為か、彼女の妖気の内側にいて気が付かなかったのだろう。

隼也が少し前の謎の声の指令を思い出す。

「ある少女に会って欲しい...か。一応確認してみるかな」

隼也が少女を追いかけ大通りへと出た。

少女はとてもゆっくりとしたスピードで大通りを歩いている。

隼也は駆け足で追い付き、隣を歩き始めた。

「ちょっと良いかな?」


少女は隼也が横に来た気配は感じるものの見えてはいないらしく、周囲をキョロキョロと見回す。誰もいない事を確認すると、目を強く瞑り、隼也には理解できない、未知の言語を聞こえるかどうかといった小声で呟き始めた。

すると、少女の妖気が先程の数倍に跳ね上がり、思わず隼也が後退りすると少女が目を開き、こちらを見詰めた。

「やっぱり...居たんだ...」

「み...見えるのか?」

「うん」

うなづいた少女の瞳は、元のグレーの瞳から彼女の妖気と同じ藤色に染まっていた。

「僕に何か用事があるの?」

「いや...用事、といえば...用事か...?」

少女は口籠る隼也に首を傾げる。隼也もなんと説明すれば良いか見当がつかず言葉に詰まる。

「なんと言うか...俺は、ある少女に会って欲しい、としか伝えられてなくて...」

「で、僕がその、ある少女って事?」

「かな?って思って声掛けた」



「君って....もしかして妖怪?」

「まぁ、一応」

「やっぱり。変な感じがするな、って思ったんだけど....ね」

少女が大通りに有る大きな屋敷の前で立ち止まった。

「こんなデカいお屋敷に何の用だ?」

「ここが僕の家」

「はぁ?ここ?!」

「ふふっ...やっぱり。教えたら、みんな同じ反応する」

「マジか...」

少女が門の横の鉄柵の扉を開けて、隼也を手招きした。

「あぁ、今行く」

隼也が扉を潜ろうと手を伸ばしたその時だった。


バチィ!

「痛ったぁ!んだよコレ!」

「ごめん!ちょっと待ってて....」


少女が目を瞑り詠唱を始めると、立てた人差し指に妖気が集まる。人差し指で隼也が阻まれた境界に触れると、一瞬、屋敷を護る術式が波紋のように輝いた。人差し指で術式を撫でるとその軌道に藤色の線が残り、やがて有る箇所で止まった。

そこは周期的に波紋のように術式を輝かせる結界の波紋の中心。鍵穴が一つ、術式についていた。そこに人差し指を押し込み捻ると、カチャッ....と言う僅かな音と共に術式が急速に組み変わって、人1人が通れる程度の通路が出来た。

「誰に習ったんだ?そんな事」

「お母さんから」

「あんたの母さん....本当、凄いな」

隼也が扉を潜り抜けると術式が再び高速で組み変わり元の通り塞がってしまった。

「妖怪避けか....?」

「それも兼ねてるけど、元は害あるものを掻き消す結界。この結界に触れて消えなかったって事は君は安全な人」

「サラッと怖え事言いやがる」

通りで無警戒に俺をここまで引き連れて来た訳か。自分に害なす危険な存在なら、この結界が始末してくれる。始末を結界頼みなのは彼女自身は戦えないと言うことか。

「1回目に触れて消滅しなかったから、これからは自由に通れるように組み替えておくね」

「あぁ...ありがと...」

何だろう?この少女、俺よりも妖怪してやがる....






「そうだ、君の名前は?」

「僕は高嶺奏(たかみねかなで。君は?」

「俺は隼也だ。名前しか思い出せないんだけどな」

「そっか...大変だね...」

「そんな事は無いさ。むしろ思い出せない事の方が多すぎて慣れた」


少女が屋敷の玄関を開けると、奥から正装に身を包んだ白髪の男性が出て来た。

「お嬢様、御帰りになりましたか」

「お出迎えありがとう、じい」

「いえいえ...ところでお嬢様、そちらの方は?」

隼也が後ろを振り返るが誰も居ない。隼也が自分を指差し首を傾げた。

慌てふためく隼也を見て、じい、と呼ばれた男性が微笑んだ。

「えぇ、貴方ですよ。まさかお嬢様が男性の御友人を連れてくるとは...このじい、感激です」

「そっか...じいにも妖怪見えるんだっけ」

「えぇ。その血筋の為に高嶺家の執事を任されております故」



「えっと...はじめまして、隼也って言います」

「こちらこそはじめまして。ここで執事を任されております、東雲と申します。お嬢様は人見知りかつ恥ずかしがり屋ですが、どうか仲良くしてください」

「もう!じい!」

「ささ、立ち話もなんでしょう。こちらへどうぞ」

東雲が隼也達を先導し歩いて行く。東雲が廊下の一番手前の扉を開けて2人を通した。


「う....っわ」

通されたのは立派な客間だった。いかにも高級そうな壺や絵画が飾られ、中央には重厚な質感の美しい彫刻を施されたテーブルとそれを挟むようにソファが配置されている。

室温も外が寒かった為、暖炉が焚かれていて程良い心地よさだ。

「お飲み物は如何致しましょう?」

「えぇ...っと、コーヒー良いですか?」

「畏まりました。お嬢様はオレンジジュースで?」

「えぇ。ありがとう」

「少々お待ちくださいませ」

東雲が一礼して部屋を後にした。隼也が奏に勧められてソファに腰掛けた。向かいに腰掛けた奏はどこか落ち着かない様子だ。

「どうした?そんなソワソワして」

隼也が声をかけると奏は飛び上がるように驚いた。

「ふぇ?!あ、いや....じ、実は...男の人を僕から招待した事なくって....」

「....ッハハハッ!なんだよそれ、そんな事でソワソワしてたの?」

「そんな事って...!でも...うん。僕、口下手だから...そもそも男の人と話したこともあんまり無くて...」

「考え過ぎじゃないの?自分で思ってる以上に相手は奏が口下手なの気にして無いと思うぞ?」

「そんな...ものかな?」

「そんなもんさ」

隼也の言葉に少女にふと笑みが戻る。

「ふふっ...ありがと」

それを見た隼也も笑った。

「あぁ、どういたしまし...............







「ぇ.......?」

少女は突然の出来事に凍り付いた。

目の間には笑顔を貼り付けたまま静止した隼也。

瞬きをして、次に瞼を開いたその世界は、暖炉の炎も時計の針も音も、何もかもが静止した世界だった。

少女が言葉に出来ない恐怖で後退り、壁に背を付けてへたり込んだ。

「なんなの....?これ....」


初めて目にする異常な光景。恐怖から身を隠すように自分の体を抱き締める。


「彼が...隼也、か」

恐怖で細かく震える奏の目の前に黒い煙のような物が舞い、それが凝固、人型を形成し全身を鎧で固めた大柄の男性が姿を現した。


「........ぁ......はっ.........っ.....!」

突然に現れた禍々しい様相の男に奏は言葉を失う。男は今度は奏の方へと向き直った。

「まさか...この様な少女まで.....」

奏は男の顔の上半分を陰らせる兜から男の瞳を覗き見た。

その、まるで琥珀の様な瞳を。


男は奏に背を向け部屋を出る為、ドアへと近づくとドアノブは独りでに回り開く。

しかし、そのドアの向こうは奏が幼いうちから良く知る廊下では無く、ただただ落ち込む様な闇が広がるばかりであった。


「少女よ....辛いだろう?だが、未来の為に今は眠ってはくれまいか...」


バタンッ.....!

奏1人が部屋に取り残された。


「....ぃ....嫌......嫌だ.....」



部屋に飾られている金で繊細な彫刻を施されている刃を潰された剣が浮き上がり、鞘から抜け出した。

剣の抜けた鞘は糸が切れたかの様に床に落ち、剣は切っ先を奏の首元へと突き付けた。


「ひ....ぃ.....」

生まれてこの方感じた事の無い純粋な恐怖に涙が溢れ出し、逃げ出さなきゃと思えど、体は硬直してしまい、震えるだけで身動きが出来ない。

せめて、目の前の非情な出来事から目を背ける様に目を瞑った。


助けて.....!








「奏っ!」

「助けて....。ぇ.....?」

「大丈夫か?酷くうなされていたぞ」

「しゅ....ん...や....?」

「あぁ、隼也だ。夢、怖かったか?」

ソファに座ってうなされていた奏を覗き込む様に側にしゃがみ込んでいる隼也を奏は見詰める。その目からは涙が溢れ出していた。耐えきらない程の恐怖から解放された安堵感か、涙は止めどなく次から次へと流れる。

「隼也...隼也ぁ...」

「うぉ...!」

奏が隼也へと抱きついた。隼也は驚きながらも、泣きじゃくる奏の肩を抱いて頭を撫でる。

「怖かったよぉ....隼也ぁ....」

「そっか、怖かったな。もう大丈夫だ。安心して」

「うん...うん....」

「寝てるなって思ったら....突然うなされ始めて、嫌....とか寝言言ってたし、泣き始めたから無理矢理起こさせてもらったよ」


万が一、夢に干渉して攻撃を加えてくる何者かが居たのならば...隼也はそれが一番の心配だった。隼也が仕向けられたという事は、奏に何かしらの事態が発生する可能性が高い。ならば、全力で守ってあげたかった。

「ありがと...助けてくれて....」

奏は未だ隼也の胸に顔を埋めたままだ。よほど恐ろしい思いをしたのだろう。

「いや、助けられて良かった。今は思いっきり泣いた方が良いさ」

部屋には暫く、少女が啜り泣く声のみが響いていた。











「ありがとう...もう大丈夫...」

「落ち着いたか?」

「うん、お陰さまで...」

「そうか、それなら良かった」

奏はやっと落ち着きを取り戻した。目元には涙の跡がくっきりと残っている。


コンコン....

「失礼します」

ガチャ...!


びくっ!

奏の体がビクンッと跳ね上がり、呼吸が早まる。激しい動揺と共に顔色も悪く見える。

隼也は咄嗟にドアが彼女に見えない様に、彼女の正面に立ち、肩を抱き寄せた。


「おっと、すみません、私はお邪魔でしたかな?」

ドアを開けて入ってきたのは東雲だった。

「ごめん....なさい...やっぱり、まだ怖い...」


奏が隼也に、大丈夫だよと微笑む。しかし、その笑みには明らかに無理をしている様な印象を受けた。

「隼也様、少し宜しいでしょうか?」

「え?なんでしょう」

東雲が隼也を呼ぶ。その目の優しさの裏に他の何かを感じ、隼也もただ事ではない事を感じる。

「お嬢様、少々、隼也様と共に席を外しますが宜しいですか?」

「ぇ.....?でも...」

奏が隼也の服の裾を掴んで引き止める。隼也はその手を両手で包んだ。

「大丈夫、直ぐ戻るから」

奏の手を開かせる。そして隼也が左手を一振りすると、手元に60cm程の細身の剣を作り出し、開かせた手に握らせた。

「何か会ったら俺を呼んでくれ、必ず守りに来る」

「......うん.....分かった.....」


「絶対!.....僕のとこに戻ってね」

「あぁ、約束だ」

「うん!約束!」

隼也がガッツポーズをすると、奏も返してくれた。

「では、参りましょう」

部屋から出る時、胸に剣を抱える奏が見えた。









「さて、時間に余り余裕がございません。単刀直入に申し上げます」

「分かった」

「高嶺家の御息女、現在、奏お嬢様は何者とも知れない妖に狙われております」

「やっぱりか...」

隼也の予感は的中した。奏には危険が迫っている。

「その事について、今夜11時頃に高嶺家の主人である高嶺響様がお帰りになります」

「俺に会え、と?」


「...........いえ、そうでは無いのです。隼也様にはどうか、お嬢様をお護りして欲しいのです」

「その...奏を狙う妖怪から護れ...か....」

「私には妖怪を見ることは出来ようとも、お護りする力は無し。このタイミングでお嬢様へ悪意を持たない妖怪である隼也様がいらした事、私は大変嬉しゅうございました」

「俺を信用してしまうのか?」


「えぇ、お嬢様が信用するのなら、私もまた隼也様、貴方を信ずるのみです」



「確実に...護れる、その保障は無いぞ」

「構いません。極僅かにでもお嬢様が無事である可能性があるならば」

隼也が東雲の目を見る。先程までの優しい表情からは想像もつかない程に真摯な瞳をしている。

「分かったよ。俺もそのつもりだ。出来る事はやってみる」

「.....っ!ありがとうございます!」

了承した隼也に向かい東雲が長い間、深々とお辞儀をする。

隼也はそんな東雲を後ろ手にドアを開けた。

「俺は奏のとこに戻るわ」

「はい。どうか、お嬢様を頼みます」


来た道を戻る。

1つ、2つ、3つ目のダークオークの扉に手を掛けた、その時...


「っ.....!!?」

バンッ!

隼也がドアを乱暴に開け放つ。

すると、奏がキョトンとした表情でこちらを見る。

「隼也!帰って来てくれたんだぁ...」

「ゴメン!ちょっと待ってて!」

隼也が三振りの妖剣を作り出し、床に突き立てた。そしてそのまま、部屋を飛び出していった。

「ぇ?隼也...」
















「テメェか、件の妖怪ってのは」

雨の降る野外。屋敷の屋根の上に隼也は立っていた。

「あぁ。恐らく、私だろうな」

隼也の問いに答えるは屋敷から少し離れた場所に浮く、時代錯誤のダークブルーの鎧を纏った男であった。

鎧を身に付けていようとも身長、体格共に大きいのは分かる。

荒々しい水流を象った様な威圧的な鎧に、前方に大きく突き出し、目から鼻先までを覆うフェイスガードの付いた兜。フェイスガードの目に位置すると思われる箇所には鋭い瞳の形の穴が設けられているが、外部からその穴を介して男の目を見る事は出来ない。

妖剣を作り出し構える。対する男は警戒もせず手をダラリと下げたまま空を見上げた。

「もうじき、日が沈む。夜こそが我々、妖怪共の時間だろう」

兜に覆われ、口元しか見えない顔がニィっと笑ったのが分かった。

「戦いは避けたいが、貴様はどの道、倒さなければならないだろう」

「...後悔すんなよ?」

「構わん。私自身の理想のための戦いに斃れるのは本望だ」


ガシャ....

男が隼也に背を向ける。

「付いて来い。場所を変えよう」

「まて!俺は奏の元を離れる訳には行かな...」

「安心しろ。彼女の敵は私1人だ。貴様との戦いが終わるまで手は出さないと誓おう」

男は黒い煙のように変幻して姿を消した。だが男の元いた場所から一条、妖気の痕跡が残っている。隼也はそれを辿り後を追った。

進んでいくとどんどん、市内から郊外へと景色が変わり、やがて民家が殆ど無い場所へと来た。そこにはまるで都合の悪いものを追いやる様に自動車などの廃棄場が有った。


「さて、と。ここなら邪魔も入らんだろう」

男は鎧を軋ませながら、廃棄された軽自動車の方へと歩き出した。

「あぁ、そうだな。さっさと終わらせよう」


ガチャ....

「私の役目が終わるまで、貴様にはここにいてもらう」

男が軽自動車へと触れた。すると車体が淡く黒い光を帯びた。

男が右足を軽く上げ妖気を集中させると、地面と足の裏の間で高密度の妖力が放電の様に発光する。モノクロの放電を纏った足で地面を踏み付けた。



ドンッ!

ズゥ......ゥン........ッ........

男を中心に衝撃波が広がり、半球状の空間が形作られた。空間の縁に沿って黒い砂の様なものが円を描く。

男が触れた軽自動車は男の頭上に浮かんでいる。

「そろそろ...俺の能力が分かっただろう?」

隼也が妖剣を作り出し構えた。

「多分、『磁力』だな。その黒いのは砂鉄だろ?」

「その通りだ。私はこの一芸しか無くてな。つまらんとは思うが初めから全て隠さずに行かせてもらうぞ」

「ああ、心配するな。俺もそのつもりだ」


隼也の言葉を聞き、口元のみが見える兜から男は笑った。

右手を垂直に掲げると軽自動車が隼也へと向かって射出された。


「残念、まだ遅いな」

ガシャァン!

隼也はそれを垂直に飛んで躱し、紙屑の様にひしゃげた車体の上に座った。

「こっちからも行くぜ!」

ビュンッ!

男へ向かって一直線に走る閃光、だがその射線上を男に当たる直前で鉄骨が塞いだ。妖剣は鉄骨に根元まで刺さりはしたが貫通までは出来ず、刃は届かない。


「なるほど、良い素質だ」

ガンッ!

耳に響く様な衝突音と共に鉄骨に突き刺さった妖剣は更に深く刺さり込み貫いた。男はその剣を頭部を右にズラして躱す。

両儀刃【落陽】の棍で妖剣を突いた隼也はそのまま、槍を手元で回転させ大鎌に創り変えて、鉄骨の下から掬い上げる様に男を斬りつけた。

ギシィ!

だが大鎌の一撃はガラクタの山から飛び出して来た別の鉄骨に阻まれた。

「こっちは必死に攻撃してんのに、テメェはノンビリしてるのは気に入らないな」

「それはすまなかったな。だが、私は目が良くなくてね。動くのが難しいのだよ」

「そりゃ良いこと聞いた....ッぜっ!」

大鎌で鉄骨を上へと跳ね上げると、今度は隼也に先端を向けて飛来した。それを椛の盾と剣を創り出して応じる。

「ッラァ!」

バガァン!

みみを劈く様な衝突音を鳴らして、隼也は射出された鉄骨を盾で上へと打ち上げた。すぐさま鎖剣を創り、コントロールを一瞬失われた鉄骨に突き刺し全力で振り抜いた。鉄骨は今度は男へ向けて高速で飛び行く。

しかし、男は焦る事もなく左手を前に掲げた。

すると鉄骨はスピードはそのままに、男の周囲を回り込んで再び隼也の方へと飛んで来た。

「やっぱ通じないか...」


鉄骨を踏み付け跳躍し弓を番えて男の喉元、鎧の隙間に狙いを定める。

「うおっ!」

しかし射る前に大型バスが飛んで来てしまい、それを躱した事で狙いは逸れた。

どうすれば....?

距離を取るのはかえって不利ではないか?

思い切り近づくのが正解かもしれない。だが、どうやって?鉄骨を掻い潜りながらか?

恐らくあいつはそこらのゴミの中から幾らでも鉄骨やら自動車やらを引き摺り出して、こちらを攻め立てるはず。逃げざるを得ない状況に持ち込もうとするはず。

逃げればジリ貧で確実にいつかはやられてしまう。ならば、やはり被害は省みないで近づくしか無い!


「天狼...熾爪...」

四肢に妖気を集中、手甲脚甲を創り出した。

大きな爪の付いているこの武器なら地面をしっかりと掴んで走れる。

ザッ!

隼也を狙う2本の鉄骨を左右に動いて躱し、男へと向かって踏み切った。


ガッシャァ!

大型バスが地面を転がってくる。それをジャンプで躱すと、案の定、別の自動車が隼也へ向かって射出された。

それを上半身で爆発を起こし、バク宙して紙一重で避ける。追い討ちで放たれた鉄骨を踏み付け、大きく男へと近付いた。


ゴバァッ!

隼也は目を疑った。男が地面を再び踏みつけると、地面が起き上がり壁となって隼也の前に立ち塞がったのだ。

しかし、隼也を止めるには些か足りない。両足の爪を壁に突き立て、一気に駆け上がる。

上から叩き落とすように自動車が降ってくる。それを横に跳び退き躱し、その勢いを剣を壁に突き刺して止める。突き刺さる剣を強く踏み付け、上へと大きく跳び、遂に壁を超えた。

宙に浮く隼也へと巨大な鉄屑が次々と襲いかかる。

「っ...はぁぁあ!」

ギャッ....!

目前に迫った鉄屑を隼也は樹から託された直刀、風迅剣で斬り捨てた。

次々と飛来する鉄屑を足場に着実に距離を詰める。

「宵蛍鎖...」

ドドッ!

放った鎖剣が地面に食い込んだ。

鎖を思い切り引っ張り、地面へ急速に降り立った。

男との距離、優に2mを切った。すると、それまでとは打って変わって一切の攻撃の手が止み、大きな音を立てて地面に宙に舞っていた鉄骨やら自動車やらが落下した。

隼也がニィと笑う。

「ほら、来てやったぞ?」

「見事だ。噂に違わないな」

ヒュ.......

ガギィイッ!

会話を遮る様に隼也が熾爪で前蹴りを放つ、が、地面から突如現れた黒い壁に阻まれた。

「砂鉄...だ。近付けば勝機があると考えたのだろうが...まだ、経験と力が足りなかったようだな」

ギャリッ!

「がぁぁあ!」

右足に激痛が走る。

まるでおろし金で足を擦られているかのような痛み。

熾爪の前蹴りを阻んだ砂鉄の壁が、反撃とばかりに渦を巻いて隼也の右足を包み込んだ。

更に砂鉄は隼也の足を取り込んだ後も蛇のようにゆっくりと締め上げ続ける。

「う...ぐぁ...ぁあ!っ、吹っ....飛べや!」


バァァァンッ!

隼也が拘束から逃れる為に爆発を起こし、僅かに足が抜けそうな隙間を作り出して抜け出した。

後方に跳び退き着地すると激しい痛みと共にバランスを崩し膝を付いてしまった。

右足を見ると、脛がくの字に曲がり、無数の傷と出血で赤く染まっていた。

「くそ...やられたか...」

隼也は無理に立ち上がる。すると右足の傷が驚くべきスピードで治癒し始めた。

その光景を見た男は感嘆の声を漏らした。


「おぉ...成る程....そこまでも...今回は本気らしいな」

「はぁ?何の事だ?」

「いや、独り言さ」


ザッ!

隼也が男へと再び距離を詰める。

「うぉらっ!」

妖剣を作り出し、男へ向かって全力で突き立てる。が、当然砂鉄に阻まれ、囚われる。

カッ!


「....っ...!」

飛び散る砂鉄、男は激しい閃光に視界を手で覆う。爆発の余波と爆風で男は後ろへと僅かに下がった。

「貰った!」

円形に穴の空いた砂鉄の壁を、すかさず槍が突き抜けた。槍は突き上げるように一直線に男の首元、鎧と兜の隙間へ襲い掛かった。

ガシュッ!


防御された時とは明らかに違う手応え。だが、違う。

....抜けない?!

隼也が次の攻撃を放とうと武器を引こうとした時、槍が引き抜かれはせず、隼也が前方へとずれてしまった。

風に煽られ爆煙が晴れて行く。


「なっ...!」

「惜しかったな。筋は良い」

爆煙が晴れ、隼也の目の当たりにした光景。それは、隼也の槍撃を人差し指と中指、たったの2本で挟んで受け止めた男の姿だった。男は隼也へと手を向ける。すると隼也がどうやっても抗えない程の力で、襟首を引き寄せられ、男が掴みかかった。

「妖気の能力...ヒトの常識が通じるモノとは思わん事だな」

隼也が摑みかかられた服を見ると僅かに仄暗い光を帯びている。

そう、男は隼也の服を磁化し引き寄せたのだ。男は強力な磁力で動きのままならない隼也の踵へ足を掛け、払う。

両足と言う支えの無くなった隼也の体は一瞬、普通通り地面へと倒れ始めるはずが、次の瞬間、過去にない程の衝撃で地面へと叩き付けられた。

「地面と服と間の磁力。動けまい?」

地面へと大の字に張り付く隼也。普通の布であるはずの服装が、今は異様な硬度の拘束具として隼也を押さえつける。ただの落下とは桁違いの威力で地面へ打ち付けられた隼也の肺は空気を全て吐き出し、逃れようのない苦しさに苛まれた。


身動きの取れない隼也の視界に男が映り込む。

「少しの間、ここに居てもらうぞ」

そう言い放つと男は隼也を放置したまま踵を返して立ち去った。すると、今度は巨大な何かが隼也に影を落とした。

「これ....は...?」

ゆっくりと隼也の真上へと移動して行く。やがて太陽を影が完全に遮った時、その正体が判明した。

「は....?」

隼也がなんとか逃れようともがく、が、その甲斐虚しく全く動けず、そうこうしている間に影が狙いを定めてしまった。

「電車ぁぁあ?!」


ズドォ...!

ガシャァ!

パラ....パラ...


廃棄場に残るのは、ガラクタの山と不自然に垂直に立つ電車の車両だけであった。


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