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REVENGER  作者: h.i
19/36

届かない牙

ギィン...

ガン...

ギシィ...



普段、滝の落ちる音のみが響く空間に金属同士の打ち合う音が木霊する。

それぞれ個性を持つ3つの紅い光が木の幹、岩の上、岩壁、河原と飛び交う。


光の一つが別の光に鋭く衝突する。衝突された光は岩壁に激しく叩きつけられた。それに追撃をしようとしてか、更に光は追いかける。

しかし、別の光がそれを食い止めた。





「その速度、去年と同じだな。気を抜けば切り刻まれそうだ」

「残念だったな。それが全速力と思わないことだ」

「そんな事、とうに分かっておるさ」

片や抜き身の打刀、片や鞘に収まったままの直刀をもってして鍔迫り合う。

「ふんっ」

「ぐっ!」

打刀を持った光が相手の腹を蹴ってお互いに距離を離した。

腹に一撃を入れられ後方によろめいた光を、先程岩壁に叩き付けられた光が支えた。

「大丈夫か?親父」

「この程度では止まらんよ、樹」

樹が吹き飛ばされた拍子に岩壁に突き刺さったままの大剣『絶影剣』を手元に召喚した。


2人が敵対する青年に向かって構える。

青年は刀を回し鞘に収めた。左手は柄に添えたまま次の衝突に備える。


「さて、樹よ。この戦、お前ならどう見る?」

樹が親父と呼んだ男、樹と同じ程度の身長の中年。顔には傷が刻まれ、左腕がない。

「かなり危機だな。こちら2人が命を懸けてもヤツは止まらんだろ」

樹が自分の見解を包み隠さずに述べる。だが、男はそんな樹をフッ、と鼻で笑った。

「父親を軽視してもらっては困る。お前の3倍は強い自信はある」

「じゃあ片腕で1.5倍ってとこか?」

「いいや...」

男は自分の持つ直刀を鞘から柄に持ち替える。そして直刀を振り、鞘を抜き捨てた。


「この大狼擘柳、両腕で6倍さ」

ヒュヒュヒュン!

擘柳が直刀を三度振り抜く。風切音と共に飛来する風の刃を青年が抜刀して鞘と刀で防御した。


「ふ...流石だな。だが、こちらも仇がある。容赦は無い」

擘柳が抜き身の直刀を敵対する青年に向けて構える。その瞳は深い闇に混じる紅色をしている。

対する青年は刀を鞘にゆっくりと納めた。

「前回は左腕のみで済んだだろうが...今回は命は無いぞ?」

その言葉を聞き擘柳はニィ、と笑った。

「元より命を勿体ぶるつもりなどないさ。刀を持つ者が鞘を捨てる意味、貴様も分かるだろう?」

「残念だが、俺はそこまで高尚な生物では無いから分からんな。所詮その程度だ」



擘柳が先に動く。青年の周囲を撹乱するように飛び回る。方向、速度、軌道、高度...一切止まる事なく周りを飛び交う。

ザシュ!

斬撃が青年の脇腹を襲う。

服が裂け、隙間から刀傷と鱗に覆われた皮膚が覗く。

次々と頰、首筋、太腿と切傷が刻まれ、攻撃を受けた箇所の皮膚が鱗に変異している。

「流石だ...白狼でも随一の技量を持つな」

「攻撃を受ける寸前に変幻して、被害を減らす...か。器用な事を」

四方八方を飛び交う擘柳は姿を捉えさせずに吐き捨てる。

それを静止したまま見詰める青年の瞳は緋色の光を帯びた。





「違うな。戻るのさ」


その途端...世界は限りなく停止した。

滝の飛沫は水玉として超低速で飛び散り、落ち葉は宙にほぼ停止する。川も魚も追い付けない時の中で、擘柳は歩く程度の速度で宙を進んでいる。

「はぁ...俺が躱さなかった6回。確実に刃を通せなかったのが敗因だ」

青年が刀に手を掛ける。

「俺を殺せていればな....」


抜き放った。


刀の軌道が純白の帯となって空間に残される。

「成る程...ここまで追い詰めて、なお俺を殺そうとするとはな」

青年が刀から手を離す。刀は空中に取り残された。



バキッ!ドスッ!

青年は振り向きざまに鞘を振り抜いた。青年の背後に迫り、今まさに絶影剣で青年を切りつけんとする樹の右肘を鞘が打ち砕いた。

樹の右手が絶影剣の柄から離れ、そこを青年が掴み、樹の腹に蹴りを入れた。

樹が緩やかに吹き飛び始める頃には青年は擘柳の軌道上、正面に立っていた。


「すまないな。俺は命令には逆らえなくてね」

絶影剣を逆手に持ち替え正面に向け軽く投げ付ける。

左半身に妖気を集中させ、低速で進む絶影剣の柄頭に掌底を放った。

絶影剣はゆっくりと、だが確実に擘柳の水月を貫いた。

「皮肉だな。その剣が1人を除く一家全員の命を断ち...」



「そして、その剣を唯一の一族が持つとはな」

青年が最初の位置に戻り、僅かに落ちようとしていた刀を手に取った。











「ぐうっ!」

「がばっ!」

ドン!ザシュ!

バシャァ、バシャ!

擘柳は岩壁に絶影剣によって張り付けになり、樹は衝撃で吹き飛び川に叩き込まれた。


「おや...じ...」

視界が霞む。口に鉄臭いモノが込み上げ咳き込んだ。息が上手くできず動けない。

砂嵐に周辺視界から飲み込まれていく中、遠くに愛する唯一の家族とその形見が重なって見えた。

そこで意識は途切れる。


















「.......き.........」


「.............つ.......き.........」


まるで深い水底に横たわる様な感覚。

遥か上方には淡い光が感じられる。だが届きそうに無い。遠過ぎる。体は動かない。


届かず...か...

自分の哀れさについ笑いが溢れる。

力無く手を伸ばしてみる。やはりダメだ。自分の体はもう沈みゆくばかり、手遅れか。


「樹........」

すまないな....そちらには戻れそうにな....



「樹!」

「ガハッ!」

「よかった....目を覚ましてくれたんですね...」

光が目に痛い。随分長く気を失っていたらしい。やっと光に慣れてくると、自分を覗き込む隼也と椛が目に映った。


「ここは...?ヤツは...どうなった?うっ!」

脇腹に酷く痛みを感じる。肋も手酷くやられているらしい。


「敵は帰った...俺達が着いたと同時に姿を眩ませたよ...」

「妖気も完全に消失したので帰ったと考えていいでしょう...」


帰ったと...?

いや、ちょっと待て...


「おい...親父...?」

父を呼ぶ。応えてくれる事を切に願いながら。

沈黙が流れる。誰もが樹から目を逸らした。

重た過ぎる沈黙を椛が切り出す。

「あの........」

「そうか.........」

「親父........勝ったんだな........」

「........いえ.......擘柳さん....は.....」

椛の声が泣きそうになるのを必死に堪えている。しかし涙は止まらない。


「....いや.....親父の勝利だ。どの様な結果でも...親父....は...」

樹の頰を涙が伝う。


「親父は...力を、意思を、命を持ってして敵を追い払った...どんな理由であれ敵を追い払った親父の勝利だ...」






「親父なら...そう言って...笑うだろうから...」


「樹...さん....」

椛が口元を押さえ声を極力漏らさない様に泣き出す。

「隼也...手伝ってくれ」

「あ、あぁ」

差し出された腕を肩に掛け、樹に肩を貸して立ち上がらせる。

「親父の元へ頼む」

「分かった」

ゆっくりと樹に負担を掛けないように歩き出す。

擘柳を同じ隊の仲間達が取り囲んでいる。

天樹兄妹と蓮が道を開けると、樹の父親、大狼擘柳の亡骸が見えた。


「あぁ...親父...」


そこに横たわっていたのは一匹の大きな白狼であった。

左腕は無く、顔に大きな古傷が刻まれ、胸に大きな裂傷が残る。

絶影剣と擘柳の直刀は血を綺麗に拭われて横に並べられている。


樹が父親の前に座り込んだ。顔は伏せたままで一時の沈黙の後、口を開いた。


「これまでありがとう、親父...後は任せろ」

樹が冷たくなった擘柳の右手を握り締める。顔を上げたその瞳には涙では無く、父の遺志、確かな意志が篭っている。

強く、優しく、厳しく、目標であった父親。息子として背負われ見た、目標として追い掛けた、自分を命の限り守ってくれたその背中に手は届かないが、今は後ろから見守ってくれている様な気がする。


「隼也....ちょっといいか?」

樹は絶影剣を背に差して、ゆっくりと立ち上がる。その語調にいつもと違うものを感じ、気が引き締まる。

「あぁ。樹、肩を貸すよ」

「ありがとう。....かおる、風迅剣を」

「了解だ」

かおるが擘柳の直刀、風迅剣を樹に手渡した。

「隼也、少し離れたところへ頼む」














「あぁ、その木の幹に寄りかからせてくれ」

「分かった」





「さて...と...何から話したものか...」

「一先ず、先に謝っておかなければなるまい。隼也、すまなかった」

驚きだった。少し悩んだ樹の口から出たのは隼也に対する謝罪の言葉。隼也へ面食らって反応が出来なかった。


「俺と累葵は隼也、及び灯の素性について知らされていた」

「え...?」

思っても見ない言葉、2人が俺達の素性を知っていた?なら、何故教えてくれなかった?

「何故...」

「申し訳ないとは思っている。だが...俺達の口から告げるのは余りにも酷な事柄だった。隼也...覚悟はいいだろうか?」


余りにも酷な事柄?今の現状より?今の樹でさえ口ごもる程の.........恐ろしい....

「あぁ...........頼む。教えてくれ。どんなに残酷でもいい。俺らを、俺らの道を教えてくれ」



「分かった。俺の知る全てを教えよう.......






























その翌日、大狼擘柳の葬儀が執り行われた。

集落全ての白狼天狗が参列し涙した。

白狼天狗の正装は白を基調とした赤の入った山伏装束であったが、大狼擘柳本人は白狼の姿のため頭襟のみを被せてある。

松葉杖をつきながら弔辞を述べる樹の背には絶影剣が差してあり、会場の隅に立ち、樹を見守る隼也の手に風迅剣は握られていた。

静まり返り、僅かにすすり泣く声のみが聞こえる中、隼也は今朝の事を思い返していた。






「絶影剣は、俺の家族全ての妖気を秘めている。今回の戦いで親父もこの剣に宿った....俺は、この剣で...この山を守り抜く。親父の...母さんの...兄貴の遺志を継いで、唯一の大狼一族としてな」


「ここからは俺個人の願いだ。この風迅剣...隼也、お前に託したい」

「でも...これは樹の親父さんの...」

「俺と絶影剣は家族とともにある。だが隼也、お前はいつか必ずヤツと対峙する。その時、この剣で...ヤツを殺して欲しい」

「仇討ち...か。だが、風迅剣を余所者が持ち出すとなると他の白狼天狗から反対されるのでは...?」

「いや...それはない...はずだ。誰もが心から親父を信用していた。この山を守る者としてな。別に俺がとやかく言わずとも絶対に復讐したがるだろう」

「.............それに...誰が反対しようとも、俺が押し通すだけだ」


「..............分かった。その頼み、引き受けよう」

「ありがとう。そう言ってくれると信じていた」









隼也は風迅剣を見て呟く。

「樹...待ってろよ」

隅にいる隼也に気付いたのか、天樹兄妹が葬儀の前列を抜け出してこちらへと歩いてきた。

「隼也、お前は焼香はしないのか?」

「いや、余所者は後ろでいい。それよりも...俺は」

天樹兄妹の視線は風迅剣へ向けられる。

「隼也さん...本当に行くんですか...?」

あやめが心配そうな表情で見詰める。

「あぁ、樹に全部教えて貰ったからな。どうも、避けられないらしい。それなら全力でぶつかってくる」

隼也が風迅剣を少し抜く。隙間から冷たい白銀が覗き光を反射する。

「それに...樹との約束があるからな」


かおるがフッと微笑む。

「止まる事は出来ない...か」

「勿論」

「お前なら何か起こせるかもな」

「どうか...ご無事で...」

「ありがとう」

「全て終わったら...帰って来いよ」

「期待して待っててくれ」


隼也は風迅剣を掲げ、式場を後にする。その背中を天樹兄妹は笑顔で見送った。


「隼也...どうだった?」

式場を出ると灯が待っていた。

「お別れしてきた。灯、これから忙しくなるぞ」

「うん。腹括らなきゃね」





























「帰ったか、シオ」

「えぇ」

転移してきたシオに大柄な男が声をかける。

そこに横槍を入れるように女性の声も聞こえた。

「あら?リンのお目付役じゃなかったのかい?」

「彼も用事が終わりそうだったので帰ってきました」

「本当にそれだけ?」

「それだけ...とは?」

「今日はえらく嬉しそうじゃん」

「..........あまり詮索するようなら容赦はしませんよ」

シオが、一瞬で百を優に超える数の結晶剣を展開した。

「はいはい、乙女に口出ししたお姉さんが悪かったですよ〜」

「ッ....!もういいです、殺します」

射出されようとする結晶剣の軌道上に別の男性が突如現れた。

男は全身を鎧で固め、僅かに宙にういている。

「シオ、止めるんだ。レイカ、お前もからかうな」

男が現れた瞬間、宙に浮かんでいた結晶剣が全て地面に「貼り付き」微動だにしなくなる。シオが妖気を収めると粉々に砕け散った。

「しょうがないです。貴方の顔に免じて許します」

「そう、それでいい」

シオとレイカと呼ばれた女性を諌めた男は、背後にどうやってか、黒い椅子の様なものを作り出し腰掛けた。

その男に対し、もう1人の大柄な男が話し掛けた。


「本当に甘い男よ....それでも2ndとはな」

「私の本分だ。争いは少ない方が良い。仲間内なら言わずもがな、だ」

「聖人気取りか?争いを持って争いを無くそうとする。矛盾だな」


聖人気取り。その言葉が出た瞬間、鎧の男は、普段では口元しか見えない顔前方を大きく覆う兜の隙間から片眼を覗かせ、男を睨み付けた。

「聖人など無縁の話だ。これは私なりの贖罪だ」

「俺は貴様が闘争を否定しない限りどうでも良いがな」



タタッ....

会話する男2人の後方で唐突に靴音が響く。その靴音の主にレイカが声を掛けた。

「お帰り、リン」

「あぁ」

素っ気ない返事を返し、姿を現したのは大狼擘柳を殺めた青年であった。

鎧の男は話を止め、椅子から立ち上がって今度はリンへと話し掛けた。

「遅かったな。例のモノ、確認してきたか?」

「いや」

「なに?」

リンの返事に鎧の男の声に少しの困惑が混じる。

「俺への命令はそうじゃなかった。シオに聞くと良い」

「無駄だ。例え知っていても不必要に口を割らん男よ」

大柄な男が鎧の男を手で制し前に出た。鎧の男は再び椅子に腰掛けた。

「そうだろう?.......発条仕掛(クロックワークス)?」


ビッ!

鋭い緋色の閃光が大柄な男へと向かって放たれた。

だが、閃光は男の手前で下方へと急速に軌道を曲げ足元へと突き刺さる。

地面に突き刺さった妖気で出来た高温のナイフは冷え切り消滅するまでの間、地面を赤熱させ溶かした。


「ふん...」

リンは背を向け、闇の深い方へと歩いて行き、やがて見えなくなる。

それをレイカは残念そうに見送った。

「あ〜ぁ。リンが拗ねた〜。こうなったら面倒なのに...」



「罰として、ラプラス。次の....

「いや、良い。私が行こう」

レイカの言葉を遮ったのは鎧の男であった。

「....まぁ、良いわ。人手があれば良いから」

レイカはやれやれといったジェスチャーと表情を見せてその場を立ち去った。


「贖罪...か。いつになるのやら」

大柄な男もそれに続いて足下に結界を展開し転移した。



「終わらなくても...私は止めないさ」

鎧の男はゆっくりと立ち上がり、リンが消えた方向と反対へと歩き出した。シオもその後ろについて行った。







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