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REVENGER  作者: h.i
18/36

煌く剣達

-場所は再び隼也サイドへ-




「ふぅ...」

ズズゥン...

隼也の爆発で胸部に大穴の開けられた魔獣が力無く崩れ落ちる。

「やっと3体めか...近くにこいつらの気配は感じないし、集落周辺は終わりか?」


隼也が妖剣を放り捨てる。妖剣は隼也の手を離れた瞬間に霧散し消えた。


「さて、この後はどうするかな」

隼也が手のホコリを払いながら、僅かに身震いをした。

もしものために集落からあまり離れるのは良く無いか...

「よし、一旦集落戻るとす....ん?」

大きな妖力をふと感じる。これは...灯?


ビュォォオ...!

「うわっ!」

隼也が灯の妖力を感じた直後、集落のある方向から酷く寒い風が吹き付けた。

ここまで寒いと例え妖怪の身でもかなり堪える。気付くと、今の風で髪や服に霜がついてしまっていた。

「何かあったのか...?」

隼也は木々の合間を縫いながら集落へと駆け出した。




「あ、おい!隼也ぁ!」

集落へ向かって走っていると上空から聞き覚えのある声が聞こえた。

「ぇ...?あ!竜胆!」

上を見上げてみると竜胆がこちらへ向かい降り立ってきた。


「どうだ?大丈夫だったか?」

「あぁ、なんとか。そっちは?」

「椛と葵は避難勧告、俺と蓮は山全体の異物を倒して回った。あらかた片付いたから一先ず集落に向かおうと思ってたんだ」

「蓮は?」

「あいつは先に集落に向かわせた。たまたま俺がお前に気付いてな」


ビュォォ!!

再び、強烈な冷気が吹く。

「これは...?なんだ?」

「なんだ、竜胆。気付いてなかったのか?」

「いや、うっすら妖気は感じてたが...こんなに寒いとは...な」

「まぁ、取り敢えず集落に急ごう」

「あぁ...」










「うわ...なんだよこれは」

草むらを飛び出し、集落に飛び込むとガラリと光景が変わっていた。

一方向から猛烈な吹雪が吹き付けたかのように壁や軒先に氷の結晶が模様を作り、周囲の桶などに溜まった水も凍ってしまっている。近くを流れる小川を覗いてみると、小さな魚が数匹、氷漬けになっている。一瞬で全て凍りついたらしい。

歩く度に足元から聞こえるガリガリという音は霜柱だろう。

「灯が...これを....?」


ブワッ!

「くっ!」

また肌を刺す様な風が吹いた。発生源に近づいたからか、先ほどより冷たさを増し、体の前面に雪が付く。

何故だ?初めて会った時はこんな事をしそうなヤツ見えなかった...

やはり、灯は...


心なしか更に周囲の気温が下がった気がする。ダイアモンドダストがチラチラと舞い、冷気に遠景も白んできた。



「おい、隼也!あれは!?」

竜胆が集落の奥の方を指差す。

その張り詰めた声に何事かと目を凝らすと、二階建ての屋根越しに一瞬チラと黒い影が見えた気がする。

「きっと、みんなそこにいる!竜胆!」

「あぁ!」


隼也達が大きく跳躍し、あっという間に二階建ての屋根に飛び乗る。

竜胆がひどく驚いた声を上げる。

「こいつは!」


高い!これまでの人影とは桁違いだ。

6〜7mはある。

だが、差異はそれだけでは無い。左腕の肘から先が歪な鎌のように変異し、刃先は地面を擦るほどに延長しており、

遠目に見ると非常に不安定な形をしている。

表面の質感は小さな人影どもとほぼ同じ、きっと関係性があるはず。


「竜胆!隼也!来てくれたか!」

「かおる!無事か?!」

「あぁ。だが手こずっている。あの人影が集落中に現れてな。今は俺と蓮、そして...」

「灯か?」

「あいつは灯という名なのか。侵入者だからと信用はしていなかったが...あいつ、なかなかやってくれる」


見てみると、少し遠巻きに大人影と灯が一騎討ちしている様が見える。


「さて、この大きな人影だが...かなり好戦的だ。更に数m以内なら一瞬で移動する」

「瞬間移動か...厄介な」

「しかし、動きは大小関係なく人影は緩慢らしい。瞬間移動も移動するだけで、鎌の振りは遅い上にぎこちない」

「お、おい...あれは?」

隼也が指差す先には綺麗に斜めに切り落とされた家があった。壁や屋根のみならず、家財道具まで切れている。

「あぁ、あの鎌の一撃だ。あれだけには注意しろよ」


「「了解!」」


「隼也、行くぞ!」

「おう!」

竜胆が右から数えて8体の大人影へと駆け出した。それに追従するように隼也が追いかける。


正面から大人影の切り上げが向かってくる。二人は左右に分かれて避ける。


ザクッ!

すれ違いざまに鎌の付け根に隼也が剣を突き刺す。

掴んだまま、振り上げられて手を離す。

その勢いで上へと浮き、今度はかおるの大鎌、両儀刃【黎明】を作り出し、肩口に突き刺して大人影に取り付いた。


ガクン!

「うわっ!」

突如、大人影が体勢を崩し肩から転げ落ちる。完全に落ちる前に腰辺りに剣を突き刺し耐えた。

下を見てみると、竜胆が彼の武器である脚甲「天狼」と手甲「熾爪」で尋常ではない程の勢いで連続攻撃を繰り出している。

大人影のは足元をバラバラにされて体勢を崩したらしい。


「よし、俺も!」

竜胆の両手足を覆う武器を目に焼き付け、隼也自身の両手足へ妖気を集める。手足を覆うだけの霞の様な妖気は次第に、装甲となり、三連の刃となり、そして「天狼・熾爪」を形作った。


「はぁ!」

両手足の刃を大人影の背中へと突き刺しながらそれを支えに駆け上がり、大人影の側頭部へと四連撃を叩き込み、最後に蹴りを打ち込んで腕へと飛び移る。



「ぅおらぁ!」

再び下から気合の入った掛け声が聞こえる。

チラと目を向けると、竜胆が鎌がある方の腕の肘上を踵落としで切り落としていた。


それを見て隼也が追い討ちとばかりに、剣を作り出し、大人影の腕を飛び出し、こめかみに剣を根元まで突き刺し、爆発。

大人影の頭部は四散し、墨汁の様な独特の妖気を撒き散らす。

頭部を失いふらついた大人影だが、こいつらにとっては頭部など、ただの形であって司令塔では無いらしい。

倒れこむのを残された右手で支える。


「さっさと...くたばれ!」

だが、追撃はそれで終わりでは無い。

屈み込んだ大人影の正面には切り落とされた自身の左腕、大鎌を持ち上げた竜胆がいた。


ザッシュ!

ズバン!

竜胆は自身の何倍もある大人影の左腕を軽々しく振り回し、大人影を十文字に切り裂いた。

大人影も流石にここまで深刻な損傷には対応できず、ドロドロと溶けて消えていった。



「さて、一体目。さあ、どんどん消して行くぞ、隼也」

「了解!」

その時に視界の隅に蓮の姿が見えた。二体の大人影を相手取っている。







「ちっ!めんどくせぇ!」

蓮が鎖剣を大人影の右腕に絡ませ引っ張る。

大人影の右腕は耐久性が足りずに輪切りとなった。


「危ない!」

ギィン!

大人影のうちの一体を相手取っている蓮の背後に大人影が瞬間移動し、大鎌を高く振り上げ、その背中を切り裂かんと振り下ろす。

その鎌を椛の持つ剣と盾を作り出し隼也が受け止めた。

「お、隼也!」

「蓮、手伝おうか?」

「あぁ、頼むわ」


受け止めていた鎌を横に弾き飛ばす。

隼也の横地面へと深々と刺さり大人影は膝をつく。


「行くぜ!隼也!」

「おう!」

隼也が膝をついた大人影の後頭部を踏み台にして跳び上がる。

中空に飛び出した隼也に向かって蓮が鎖剣を大きく振りかぶった投げつけた。


「両儀刃【落陽】【黎明】」

右手に【落陽】、左手に【黎明】を作り出す。飛来する鎖剣を左手の【黎明】、つまり大鎌へと絡みつかせる。


「オラァ!」

蓮が先端に隼也が繋がった鎖剣を全力で大人影の頭部へと振り下ろした。

右手の【落陽】の前後を持ち替える。刃部の反対の端、鋭利な棘を纏う重りを隼也は振り上げる。

鎖剣に隼也は大きく振られ、そのまま大人影の頭部を【落陽】で打ち付けた。

蓮の力、遠心力、隼也自身の腕力を統合した一撃は大人影の頭部を地面へと激しく叩き付けた。

隼也の妖気の制約上、武器と大人影の間では破壊は起きないが、その衝撃で叩き付けられた地面と大人影の間では例外。

大人影は頭部を墨汁の詰まった水風船の様に地面に散らしもがき始めた。

蓮が鎖剣を手元へ引き寄せる。同時に隼也が手放した【黎明】が蓮の元へと渡る。



「行くぜ!隼也、合わせろ!」

「あぁ!」

蓮が【黎明】を、隼也が妖剣をそれぞれ携え大人影へと間合いを詰める。

隼也が妖剣に妖気を集め、逆手に持ち替え振り上げる。妖剣は激しく地面を擦り上げ青い火花が大人影へと飛び散る。


バァンッ!

大人影の体表に触れた途端、火花が爆裂し倒れ込んだ体勢の大人影の上体を衝撃で膝立ちの姿勢まで打ち上げる。

それに続き蓮が大人影の股下を滑り抜けながら全力で大鎌を振り抜く。

大人影の正中線上を青い閃光が駆け抜け、一筋の線を刻み込んだ。


「まだ、足りないか...」

隼也が大人影を起爆するには流し込んだ妖気がまだ足りない。

だが後一押しだ!


隼也が逆手持ちのまま、槍を投げる様に妖剣を水月へと投げ付ける。

妖剣が深々と突き刺さり、大人影がぐらりと後ろに傾く。

「まだ終わりじゃねぇよ!」

隼也が両手に妖気を収束させ振り抜く。

すると妖気が鎖を形作り、大人影に絡み付き、鎖の端にある剣が大人影に食い込んだ。

そして間髪入れずに隼也がその鎖を引っ張る。

その強引な力に大人影は回転させられ前後を入れ替えた。



「ッラァ!」

今度は蓮が大人影と相対する形になる。

両者を即座に鎖が繋いだ。

鎖剣が水月に刺さった妖剣を跨ぐように突き刺さる。

そしてその鎖を引っ張り、蓮は強烈な飛び蹴りを妖剣の柄頭へと叩き込んだ。

大人影の水月に巨大な青い貫通した傷が残り、更に蓮の蹴りの威力でクレーターのように凹んだ。

それほどの威力で打ち込まれた妖剣は容易く大人影を貫き背中側から飛び出す。

隼也はその妖剣を掴み、トドメとばかりに爆発の反動を利用した斬撃を放った。



バァァアンッ...!


「ナイス、隼也!」

「そっちもな、蓮」


お互い一声掛け合い、別の標的へと駆け出した。




「不純な妖気の塊が...出過ぎた真似を...」

突如、隼也の後方で声が聞こえる。

とっさに振り向こうとした隼也だが、それは出来なかった。

背後に感じる尋常ではない殺気、全身が冷え一瞬動けなくなる。

鋭い...いや、形容できないほどの研ぎ澄まされた妖気と殺気に一筋の弾道が見えそうな程だ。


ピッ....

何かが隼也の耳元を掠めて行く。

その何かは、ほんの一瞬で大人影の胸部へと巨大な風穴を開けた。


隼也が振り向く。

「葵!来てくれたのか!」

「無事だったか、よかったよ」


そこには両腕と右目に紫の妖気を纏った、累葵(かさねあおい)の姿があった。

右目は紫色に染まり淡い光を零す。

葵は手に金属製の弓を携えている。金属光沢の無い黒色の金属をベースに、縁などを真鍮のような金属で装飾してある。

「さぁ、隼也、こいつは引き受ける。あの野良狐の手伝いをして来るといい」

葵の目線の先には灯がいた。先程から増えて、3体の大人影の相手をしている。

「あぁ」

隼也は灯の元へと駆け出した。




「さて、お前の処理だな。時間は掛けられない。速攻させて貰うぞ」

胸を射抜かれた大人影はドロドロと溶け落ち、今度はもう1体が葵の背後に瞬間移動して来た。


葵を掴もうと大人影が右手を突き出す。それを躱し、右腕の上に葵が立った。

「命無きモノ、命の重さを知らぬモノに命を蹂躙する資格はない...」

穏やかな語調。だが、その声には静かな、だが確かな怒気が篭っている。

視線は射抜くように一直線に大人影の目があるべき場所を見据える。


ザン!

大人影が葵ごと自分の右腕を切り落とす。

しかし大人影の緩慢な動きに捉えられるような相手ではなかった。



ピピピピッ!

葵が空中で体を捻りながら、大人影の頭部から胸部にかけて正中線に4本を撃ち込む。


「やはり、ただ撃つだけでは効かないか。巨体ゆえの耐久力、面倒だ」


バリィ!

鋭い破裂音のような音と共に大人影の頭上を、葵が紫電と化して一瞬で飛び越える。そのまま距離を離し、右手に一条の弓を召喚する。

「雷光一束」

矢をつがえ、大人影の背へと狙いを定める。


放つ。

矢は見事に大人影の背へと突き立った。

矢が当たったことを確認すると同時に、何も持たない右手で弓の弦を引き絞った。


紫の閃光が迸る。

今、弓には雷が矢として番られている。

目に見えそうな程の集中力を大人影へと向けながら、限界まで弦を引いた。


バシュッ!

矢は4方向へ拡散しながら各々が大人影の背へと突き立つ矢に向かって強力に誘導する。


目が眩むほどの閃光が広がり、大人影は背を大きく欠いた。

大人影は倒れこみながら溶けてゆく。このダメージには流石に耐え切れなかったようだ。



葵が次の標的へと向き直る。

空手で弦を引き絞り、紫電を番えた。


「若い者が斃れるのは辛い。生きろよ...隼也、灯」

葵の両腕の妖気が強まり、バチバチと電撃が這い回る。

「瞬翔一刻」

矢は放つとほぼ同時に標的を射抜いた。










ガガァンッ!

「うわっ!」

隼也が灯の元へ辿り着き共闘を始めた少し後、遠くから小さく紫の眩い閃光が見えた。

その直後、軌道の残像を残しながら水平に落雷が発生した。

大人影は射抜かれ、落雷の衝撃と熱量に吹き飛びながら、灰塵となり消えた。


「葵...マジか...」

隼也はその圧倒的な火力に開いた口が塞がらない。


「隼也!危ない!」

葵の一撃に呆気に取られていた隼也の横に厚い氷の壁が発生し、その壁に大人影の鎌が突き刺さる。だが、やはり鎌の切れ味は異常な程に鋭く、一瞬止めたのみに終わりそのまま氷壁を貫いてきた。


「助かった」

だが、一瞬で刃は隼也に届かなかった。


ガィン!

耳の痛くなるような程の金属同士の衝突音か鳴り響き、青い火花が飛び散る。

隼也は椛の盾で大人影の鎌を弾き逸らした。

防御の際に飛び散った火花が爆発を起こし、大人影を大きく仰け反らせる。

灯が氷の左腕で地面に触れた。すると大人影の足元を凍りつかせ動きを封じた。

後ろに仰け反っている時に足を止められれば後方に倒れこむのは当然の事で、元よりバランス感覚に優れない人影なら尚更。

大人影は受け身も取らずに大の字で後ろへ倒れ込んでゆく。凍りついた足は倒れこむ際に砕け折れてしまった。


「うぉらっ!」

大鎌を作り出し、大人影の左腕の鎌の付け根へと突き立て、その後突き立てた大鎌を踏み台に跳躍して葵の弓を作り出し、鎌を貫くように撃ち込む。

大人影は左腕のみが地面に張り付けになり、起き上がろうともがく。

これで大人影の身体で唯一、硬く防御を行える箇所の鎌を封じた。


「一撃でやってやるぜ!」

灯の氷の左腕が消え、右腕がより巨大に凶悪に変化し、その氷腕を大きく振りかぶった。


「凍れッ!」

振り下ろす。

氷腕は大人影の胸部を打ち、瞬時に氷漬けの氷像へと変えた。


「こうなれば、砕くのも簡単だな」

隼也が妖剣を氷像へと突き刺した。

妖剣は光を放ち発破、氷像を粉砕した。飛び散った欠片から黒い妖気がスゥッと抜け出し、大人影の痕跡は消えた。


「よっしゃ、これで最後か」

「みたいだな。辺りにも異様な妖気は感じないな」

灯の氷腕が宙に消え、周囲の冷気も急速に収まる。

改めて共闘して感じた。灯の制圧力は非常に優れている。広範囲への攻撃に氷腕の威力、凍結による行動の制限など、かなりの戦闘能力を見せてくれた。

同時に敵に回った時の事も考えてしまう辺り、灯を信用し切れていないのかと感じてしまうが。


妖気を収め臨戦状態を解いた隼也へ灯が話しかけた。

「なぁ、隼也?」

「ん?」

「もしかして...隼也。あんたが『青の青年』ってやつ?」


『青の青年』...?

全く身に覚えの無い単語だ。確かに自分は青の妖気を扱うし、客観的に見れば青年でもあるだろう。

だが...それだけで灯の探す人物かどうかなどは判断に困る。

「さぁ?わかんね。なんなんだよ、その...『青の青年』?ってのは」


灯もよく分からないと言わんばかりに首を傾げた。

「俺もよく分かんない。けど、夢で誰かから教えられたから次、夢見たら何かわかるかも」

「なんだお前、夢で見た事信じてたのか?」

灯があまりに真剣に夢で見た事を信じていて、隼也の口角が上がる。僅かに溢れた笑い声が聞こえた灯かムスッとした表情になる。

「なんだよ、信じてねぇのかよ」

「いやいや、ふっ...ごめん。信じるからさ」

「じゃあなんでにやけてんの!なかなかリアルな夢だったんだぞ」

「ごめんごめん」


「隼也、片付いたか」

「あ、かおる。あぁ、人影は完璧に消滅した」

「ひっ...」

背後から声が聞こえる。見てみると灯の目が完全に怯えていた。まぁ、お互いの出会いがあれならしょうがないだろう。

「灯、大丈夫だ。仲間だ」

「それは...分かってるけどさ...」


未だ吹っ切れず距離を置く灯をかおるは一瞥し、神妙な面持ちで口を開いた。

「隼也、マズい事になった」


どこか重苦しい語調、マズい事...思い当たる事といえば、大狼樹とその敵の事だが...

「マズい事って...?」

「樹が追っていった敵、つまり去年襲来した妖怪だが...今、滝壺で戦う樹達とその妖怪、更に別の地点に同様に強力な妖気が観測された」

「って事は...なんだ。その、去年の襲来の妖怪と大差ない力を持った妖怪が来てるって事か?」

「あぁ、そう捉えてもらって構わない」

「マジか...もう対処に誰か向かったのか?」

「椛と葵が偵察に向かった。椛の視覚と葵の解析で外見や力量などの出来得る限りの情報を集めている」

「そっか...」

「ここからが本題だ。隼也、命を捨てる覚悟は出来ているか?」

「はぁ?!」

「非戦闘状態では力量を観測するには限度があるし、戦闘を開始する事で初めて観測される事柄もある」

「俺に死ねって事か?」

「ハッキリと言えばな。上の決定だ。俺が反故する事は出来ないが俺も同伴しよう」

「けど...」

かおるが目を逸らす。その瞳は新たな仲間に残酷な現実を突きつけた悔やみか見て取れる。隼也は一度言葉を飲み込んだ。


「分かった。覚悟は出来てるさ」

「本当にありがとう...感謝する」

かおるが深々と頭を下げた。



「えっと...俺は...?」

「灯....だったか。お前の名は命令には出てこなかった。お前の自由にするといい」

「俺は...」


怖い。

死ぬのは怖い。

当然だ。なんで隼也はあんな平然な顔をしていられるんだ?

でも...今、隼也がもし死んでしまったとして、『青の青年』という道標が無くなって迷ってしまうのも怖い。

灯の脳裏に夢の中での記憶がよぎる。

「でも大丈夫、君はぼくが守るから」

あぁ。君を信じてみるよ。



「付いて行く。...俺もそこに行って戦う」

「いいのか?命は保証されないんだぞ?」

かおるが不安そうな目で灯を見る。かおるとしては最悪の際の被害を極力小さくしたいらしい。だが、その不安も灯の自信に溢れる表情でかき消された。

「あぁ。大丈夫、俺には誰よりも信頼出来る味方がいるから」

「そうか。灯、ありがとう」

「おう。任せとけぃ!」

「さて...時間は無い。急ごう」




シャー...シャー...

「さてと、もうそろそろ着きそうか」

かおるは少し高めに空を飛びながら前方を見続ける。他二人は山の斜面を灯が凍らせ、その上を滑り降りる。

「よし、止まれ。ここからは慎重に歩こう」

「りょーかい」

灯が地面を瞬時に溶かす。それぞれ妖剣と氷腕を地面に突き立て速度を殺した。


ガサガサ...

「来ましたか。さぁ、こちらです」

葉の少ない低木を掻き分け、現れたのは犬走椛だ。

「出迎えありがとう、椛。どうだ?ヤツの事は、何か分かったか?」

かおるが大鎌を召喚しながら尋ねる。かおるの声にはいつに無い緊張感が篭っている。それ程危険な相手なのだろう。

「いいえ...彼女...完全に自身の妖気を完全に抑制していて、どれ程の力を持つかは皆目検討もつきません」

「そうか...まぁ、そうだろうな。戦いが始まってからはどうだ?観測出来そうか?」

「はい、恐らく。一度戦闘が始まってしまえば、ある程度の情報が引き出せるでしょう」


二人の会話を聞きながら付いて行く。気がつくと手にはじっとりと汗をかいていた。心なしか鼓動も速い。俺は緊張しているのか...


「おぉ、かおる。お前達か」

蔦が絡み合った自然の迷彩を潜り抜けると葵が身を隠して待っていた。

葵は隼也達に振り返らず、ただひたすら

「隼也...本当に行くのか...」

「あぁ。心配しないでくれ、葵。必ず戻る」

「何時になっても誰かを送り出すのは辛いな... 若い者ばかりが先陣を切る」

「適材適所、俺らの事に気を揉まずに葵は情報収集を頼む」

「あぁ、ありがとう。此処から500m先にヤツはいる。500mは突然攻撃されても確実に躱し身を隠せる範囲であって、勘付かれない距離では無い。恐らく向こうも私達の存在には気付いているだろう。そうなると余計な隠蔽は無駄なはず。どう近付こうが変わらないなら正面から向かっても良い」


作戦に付いて語りながらもかおるの声は悲しく聞こえた。そんな葵を案じてか、椛が隼也達の隣に並び立ち説明を始めた。

「ここからは私が伝えましょう。まずは少々回り道をして標的から見て、私達の現在地から90°右手に移動、そこから標的まで徒歩で移動します。極力、唐突の攻撃を回避する為武器の所持や妖気の使用、飛行しながらの接近等は避けて標的を刺激せずに普通通りに近付いて下さい。そこから対話を測って見ます。目標は戦闘能力の観測ですが、戦わずに此処から出て行って貰うに越した事は無いので」

「対話ってのは?」

「平時に行う様な会話で良いです。そして話の流れでこの山から出て行って貰えたなら幸運だったと言うくらいで良いでしょう。無理に追い出す様に話しを進めない事、良いですね?」

「了解、まぁ要するに怒らせない様に話しかけろ...とね」

「簡単に言うならばそうです」

「はいはい!そう言う事なら自分に任せて〜!」

後ろから元気よく挙手し、対話に立候補したのは灯だ。その顔は自信に満ちている。

「では、任せますね」「喜んで!」


かおるが妖気を極限まで小さくする。それを真似て隼也、灯も妖気を沈めた。

「では、行こうか」

「あぁ」「ラジャー!」









カサ....カサ....

そろそろか...

初期地点からそろそろ直角あたりに付いただろうか。

「さてと...では、そろそろ行こうか。灯、先頭を頼む」

「うん」

かおるが椛達のいる方を見やり、標的の位置、現在地を確認してから灯に指示を出した。

灯は先頭を切って標的に歩いて行き、その後ろを隼也とかおるが付いて行く。最初は距離が離れ過ぎて点のようにしか見えず、背の高い草に遮られたりしていたが少しづつ近づくにつれて、その姿はハッキリと見えてきた。


丁度、灯と同年代のような印象を受ける少女。

軍服をモデルにしたかのような服装に、所々に翼を模した鎧を身に付けてはいるが、服装の影響か、軽装と言う印象を受ける。

長い紺色の髪を後ろで纏めており、小岩に腰掛けて赤い背表紙の本を読んでいる。



「こんにちは〜」

少女に近付きながら灯が声を掛けた。

「こんにちは。私に何か用かしら?」

少女は本を閉じ、メガネを取りながら立ち上がった。

「いや、こんなトコで何してるのかなって」

灯が軽く話題を振る。すると少女は口元に手をやり笑った。

「ふふっ、不思議な事を聞くんですね。ずっと見てたじゃないですか」

少女が本を左手でサッと撫でる。するとパッと一瞬の輝きの後に本は消え、透明な結晶が光を乱反射しながらチラチラと宙に舞った。


「え〜っと...名前は?」

「私の名前はシオ。貴方は?」

「俺は灯。凩谷灯。灯って呼んで。そんでこの黒髪のが隼也。こっちの黒白の髪のが、かおるって名前」

「そう、灯に隼也にかおる...ね....」


「じゃあ、今度は私の方から尋ねても良いかしら、狐さん?」

「うん、遠慮なく」

「灯は...なんで私に声を掛けようと思ったの?」

「う〜ん....シオちゃんが可愛いなぁと思ったから」

隼也が横目でかおるを見る。明らかに、しまった...と言いたげな顔をしている。

灯の素直な感想に少女の表情が和らいだ。

「ふふっ、ありがと。嬉しいな。私に可愛いって言ってくれた人って、いつ振りだろう?」

少女も素直に嬉しかったのだろうか?少女特有の無邪気な笑顔を見せた。真っ直ぐに笑顔を返され灯も少々たじろぐ。


しかし先程の彼女の言葉に灯が驚きの表情を見せ、少し声を大きくして問い掛けた。

「ぇ?なんで?誰も言ってくれなかったの?だってこんなに可愛らしいのに」

「うん。だってね、私、怖がられてたの」

隼也が彼女の言葉を繰り返す。かおるは顔に出してはいないが、警戒状態に入った様だ。

「怖がられてた?」

「私、他人より強いの」

気付くと、周囲一帯に彼女が本を消した時と同じ透明な結晶片が舞っていた。

かおるが咄嗟に動ける体勢を作る。見た目以上の危険を感じた様だ。

「この世界の話じゃないけどね。最高峰の魔法剣士って扱われてたの」

「最高の魔法剣士...?」

「そう...」

呆気に取られる灯に背を向け、少女が歩き出す。

「だから、みんな私を恐がって避けたの。私だって皆と分かり合えたら良かったのに」

少女の肩越しに結晶で出来た1mあるか無いか程度の剣が現れる。

それを見た瞬間、灯の肩を掴み後ろへ引っ張り下げ、妖剣を作り出して少女に切り掛かった。


ギギギギィン!

今まさに振り下ろされようとした隼也の妖剣を、瞬間的に空間に出現した結晶の剣4本が受け止め動きを封じた。

「くっ、灯...こいつ....」

「ほら、その目なの。みんなに求められ戦わざるを得なかった私に最後に向けられたみんなの目と同じ」


妖剣を霧散させ後方へ少し距離を放す。結晶の剣は再び砕け散り、元の空間を漂う結晶片へと戻った。

先程の攻撃を皮切りに既に戦闘状態に入った隼也とかおるとは対照的に灯は変わらず、警戒も恐怖もせずに話しかけ続ける。

「何で....?どうして戦わなきゃいけなかったの?」

「多くの人には無い才能があったから。そして、その才能が戦うに長けたモノだったから」


「ッ!なんなんだ...この圧力...」

隼也の横では縦に振り下ろされた3本の結晶剣を受け止めるかおるが苦悶の表情を浮かべる。隼也自身も『天狼・熾爪』を作り出し、飛来する結晶の剣や槍、斧を凌ぐので精一杯だ。


「灯...!もういい....!退くぞ!」

なんとか耐えながらかおるが退却の指令を出す。だが、それを遮ったのは制止する様にかおる達の目の前に差し出された灯の氷腕だった。


「まだ、話がある」

隼也は少々驚いた。出会ってから終始軽いノリの灯が初めて聞かせた真剣な声。隼也はうなづいた。

「隼也、離脱する。薄情だとは思うが被害を最小限に留めたい」

ここに残り続けると決めた灯は梃子でも動かないだろうと、かおるは判断したのだろう。

「分かった。灯、後は頼んだぞ」

隼也の言葉に灯が軽くうなづいた。




「灯は逃げなくて良いの?私なら君を一瞬で殺せちゃうんだよ?」

「怖くないよ」

「何で?」

「だって、シオちゃん、俺には攻撃してないじゃん」

「偶然かもしれないんだよ?」

「それでも信じる。騙すつもりの悪意なら俺、分かるもん」

「っ......!!そ、そうなの」


シオが灯から目を逸らすと同時に周りの空間の結晶片も光を放って消えた。

灯の元へシオが歩み寄り耳元で囁いた。僅かに身長の足りない分は背伸びをする。

「灯は生かしてあげる」

シオはそのまま灯とすれ違い、徒歩でその場を離れようとした。

「あ、そうだ」

何かを思い出したのかシオが振り向く。

「ここの住民全員に伝えて。5年後、災厄が訪れると...そして、その世の終焉である、とね」

「ぁ...あぁ」

シオが軽くジャンプをする。すると、光と結晶片を残してシオは消えてしまった。










「灯!大丈夫だったか?!」

1人歩いて椛達の待機している地点へと戻る。残り数十m程度のところで隼也とかおる、そして椛が駆け寄った。

「あぁ、俺は大丈夫だよ」


「灯、どうだったか?些細な事でもいい、何か気づきが無かったか?」

かおるが何かしら情報を掴めているか灯に聞く。未だに警戒を解かないのはそれ程に危険だと感じた相手だったのだろう。

「あ〜ぇ〜っと...デカかった」

「身長か?そんなはずは...灯より少々低い程度でお世辞にも高身長だとは言い難かったと思うが....」

「灯さん....」

椛が一歩下がりながら、ジト目で灯を見据える。

「些細な事でもとは言いましたが、それは最低だと思います」

「すんませぇん...」

「何の話なんだ...?」







「ふぅ...やっと一段落ついた...」

葵が大きく溜息を吐いてゴロンと後方に寝転がった。冬で気温はかなり低いというのに、その額には大粒の汗が流れている。

「シオ」と名乗った少女についての解析、疲労具合から見ても非常に重い負担だったようだ。

「お疲れ様です。葵さん」

椛がどこから持ってきたのか小さめの毛布と労いの言葉を葵にかけた。葵はありがとうと返し、深呼吸して息を整えてから隼也達に向き合った。


「今回は良くやってくれた。感謝する。被害を出さずに戦闘状態も引き出すとは、最高の結果だ」

「ありがとうございます。それで、彼女について何か分かった事が有りましたか?」

「あぁ、いくつか分かった事が有った。一つづつ説明しよう」

「お願いします」

「先ず、彼女の妖気の限界についてだが...正直、底が見えない。隼也が斬りかかる直前に周囲に展開された結晶片の舞う空間、これは400m足らず、高さ約140m程度を覆っていた。更に数十の結晶武器の操作。並の妖怪ならば動けなくなる程に消耗するだろうが...彼女は全くの余裕だった。負担ですら無かったようだ」

「あれだけ大規模の妖術を使っておいて、か...厄介な相手だ」

「次に妖気の質についてだが...これも不可解な事に一つ異様な点が見つかった」

「異様な点...?」

「彼女の妖気...観測して直ぐに何か既視感を感じたんだが.....分かったよ。彼女の妖気は僅かに人影と似通った要素を持っている」

「と、なると...あの人影と関連性が高い...か」

「あぁ...だが、要素は僅かに似通っていたが質は違い過ぎるな。簡単に例えるなら、そこらに落ちている石と金剛石だな」

「それが分かっただけでも十分だな」


人影の仲間?彼女が?シオが?

俺には...そうは見えなかった。人影と同じ側にいるのかと言われると実感が湧かない。それに....それだけなのか...?


「どうした、灯!集落に帰るぞ」

隼也の呼ぶ声で我に帰ると皆が徒歩で集落の方向へと出発しようとしていた。その一団を待ってて、と呼び止め急いで追いかける。

灯は胸に引っかかる物を隠しながら。

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