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REVENGER  作者: h.i
17/36

悲劇の始まり


「さてと...異端者に何故こんなにも丁重な扱いをするか...だったか」

隼也達の詰所、居間のこたつで暖をとりながらかおるが語り出す。

「去年の今頃、この集落は今回同様にあの黒い影達に襲われたんだ」

居間に居合わせた蓮とあやめ、椛は目を伏せた。その反応から相当な事件だっただろう事が伺える。


「酷いものだったよ。死傷者79名、その内で死亡者は32名も出た。死傷者79名と言えばこの集落のほぼ半数だ。本当に地獄の様な有様だった...」


隼也が生唾を飲み込む。

大狼達の様な戦力がありながら、何故そんな事に...?


「誰もが思い出したくない過去だろうが、敢えて言わせてもらう」

「ゴメン...俺、ちょっと外の空気吸ってくるわ...」

かおるが確認を取る様に放った言葉を、蓮は露骨に避けるように席を外す。


「まぁ、無理も無い...去年の襲撃の際に大狼は母親と兄を、蓮は父親を、竜胆は妻を、俺達は母を失っている。彼等は皆...優秀な戦力だった。だが、敵は更に強大だった...」

「...っ...ごめんなさい....」

あやめも顔を隠しながら居間から飛び出していった。


「それ以来、この集落は明らかな戦力不足が問題になっていたんだ。だから、敵対する意思のない戦力を出来るだけ掻き集めているんだ。恐らくだが、上の方針は今回の襲撃が前回同様に激化するのならば、隼也、お前や灯なんかを使い潰すつもりだろう」

「...っ!」


「あの日以来、俺含め...皆、変わったよ。俺達兄妹は、酷く負傷して戦えなくなった親父が俺達に継がせる様に隠していた、『両義刃』落陽と黎明を引き継いで、比喩抜きで血が滲む稽古に明け暮れた。蓮も父親から鎖剣を受け継いだ。銘は...宵蛍鎖だったか...。竜胆も妻の梓さんの武器だった脚甲の『天狼』、竜胆の武器の手甲『熾爪』を一対の武器として使っている」

「たった一年前にそんな事が...」

「一番人が変わったのは大狼樹、あいつだな。あの日以来だ、あんなにあいつが力に固執する様になったのは」

「ぁ...」

少し前に聞いた樹の言葉がふと浮かんだ。


ーこれだけは覚えておけ…力無くしては何一つ守れない。理想にも近付けない。そう…何一つも…だ…ー


確かに...そんな事があったのなら人柄くらい簡単に変わるのだろう。


「ある...1人の妖怪の仕業だったよ...白髪の悲しそうな目をした、得体の知れない妖怪」

白髪の...?

その言葉に少し引っかかる。デジャヴ、とまでは行かないが、なんとなく気掛かりなワードだ...


「そいつは単身、この山に突如として現れた、刀一振りのみを携えてな。その当時は当然戦力に余裕があったからな、問答無用に追い返そうとしたんだ。それが一番の誤りだった...いや、元より俺達を削ぐつもりだったのかも知れないが...もし、あの時逃げ出せば、被害も少なかったろうよ」


かおるが湯呑みの緑茶を飲み干し、ゆっくりと深呼吸をした。その表情にはどこか余裕がないような風にも取れる。

「すまないな、あの日を思い返すと今でも動悸が止まらないんだ。先ずこの山の警備隊、俺達とは別に警護に当たっている奴らが、例の妖怪と出会った。後から生存者から伝え聞いた話なんだが...それは悲惨だったそうだ。勇み挑み掛かった者は一刀の内に両断され、僅かに逃げ遅れた者も斬り落とされ...やっと逃げ果せた者も腕や足を失っていた者は少なくなかった」


隼也が無意識に生唾を飲み込む。

「その惨状に俺達は目を疑ったよ...そしてその異常に対し行動を起こした者達が討伐隊。俺達の先代達だ」

「先代...誰がいたんだ?」

大狼擘柳おおがみはくりゅう、大狼樹の父親。大狼椿、樹の兄貴であり、今樹の使っている大剣『絶影剣』の元の所有者。次に双羽竜胆とその妻、梓。星良蓮の父親の星良椋せいらりょう。俺達の親父、天樹あざみ。そして累葵と犬走椛の8名だ」


「全く...歯が立たなかった...次々に斬り捨てられていった。俺達は見ているしかなかった...まだ討伐隊として先代に認めてもらっていなかったからな。信じたくなかったよ...あれだけ強かった親父が4〜5回打ち合った後、斬り付けられた姿は...」


「酷い...」

「だがな...きっと樹、あいつが一番辛かっただろうよ...」


「ぇ?どうしてだ?」

「父親は家族を逃す時間稼ぎの為に戦い、右腕を斬り落とされ、兄の椿は母親と弟を守る為、挑み殺された。過去、討伐隊の補佐でもあった母親も樹を庇って刺された...」

「悔しかったろうな...」

「その後、あろうことか樹だけを見逃して奴は立ち去ろうとしたんだ...」



目の前で親族を皆殺しにされて...何も感じない方がおかしい。


「初めて本気でキレた樹を見たよ。髪や尻尾の毛が逆立ち、赤黒い恐ろしい妖気が立ち昇ぼり、双眸は真紅の光を放ち...数少ない白狼天狗の純血である大狼家の中でも群を抜く凶暴性のある樹は、制止する父親の言葉も解さずに兄の絶影剣を掴んで襲いかかったんだ」


少し長い、嫌な沈黙...

例え樹が聞いていなくとも、言うのを躊躇っているのだろうか。

「いっそ、殺されれば楽だったのか...樹は襲い掛かった、だが...」

「だが...?」


「多くの同胞の命を斬り捨てた奴の刀の刃は、樹には触れる事は無かった。そればかりか、柄も鞘さえも触れ無かった。奴は切りかかった樹の腹に掌底を打ち込んで、一撃で落としたんだ...」

「刀を使うまでもなく...と?」

「まぁ...そう言う事だろうな。奴がわざと樹を生かす理由も分からない以上、そう受け取るしか無い」


再び静けさが戻ってくる。


家族を、同胞を奪われ、怒りに我を忘れて...

例え刺し違えても奴とやらを討つ覚悟で挑んだにも関わらず、本気も出されずに気絶させられる...

そりゃ、誰よりも力に固執するようになるよな...


「樹の父親は生き残りはしたが、片腕と視覚を失った。大狼擘柳さんは姿をくらまし、結局当時を経験し、今討伐隊で戦える者は、累葵、犬走椛、双羽竜胆。この3人に加え大狼樹だけが、奴の力をはっきりと知っているだろう」



「...いや、奴と打ち合って生き延びた者は大狼擘柳と樹だけか」



ガラガラッ!


「っ⁈」

突然に物音がした方を見る。玄関だ。

玄関と居間を区切る磨りガラス越しに白い影が見える。

「今帰った...風呂は空いてるか?」


「樹...」

大狼樹の姿に目を見張った。今までずっと戦い続けていたのか、髪は乱れ、泥汚れもひどい。何より、服にべっとりと墨汁のような染みが広がっている。

恐らく、人影の返り血なのだろう。


「おかえり、風呂なら多分空いてるはずだ」

「そうか...ありがとう」


ガチンッ!

背負っていた大剣を壁に立て掛け、箪笥から服を取り出す。

樹は台所に通じる暖簾を潜り、風呂へと向かった。


かおるが壁に立て掛けた大剣を手に取る。

「絶影剣。樹の兄、大狼椿の妖気をもって打ち上げられた大剣。風除けの術式が組まれてあって、所有者の空気抵抗を極限まで減らす。樹の白狼天狗らしからぬ機動力は兄の加護によって成り立っている」


「きっと、お前と決闘した時もこの剣はずっと背負っていただろ?樹にとってこの剣は家族の命の具現だろうからな」


成る程...一瞬で姿を消し、俺を切りつけてきたのは、この剣の力も有ったのか。


「白狼天狗の集落で最速を自負してる俺だが、流石にこれを携えた樹には僅かに敵わない」

「もし剣を持っていない樹と速さ比べしたら?」

「圧倒的に俺だろうな。それでも白狼天狗の中ではかなりいい勝負をする方だろうが....」


ガタガタン!

台所から白い影がかおるから絶影剣を引ったくり、外へと駆け出して行った。


「樹っ⁈どうした!」

珍しくかおるが焦った様子を見せ、樹の後を追い駆け出る。隼也もすかさずそれに着いて行く。





「違う...テメェらじゃねぇんだよ...」

玄関を飛び出した隼也が凍り付いた。

目の前にいたのは髪や尾を逆立て、赤黒い妖気を全身から滲ませ、まるで悪鬼の様な禍々しさを放つ、大狼樹の姿だった。


樹の視線の先には巨大な漆黒の魔獣。

10m近くある巨躯、人の胴程ある牙、鋭い一対の角、大木の様な尾。

身体の質感が人影と瓜二つだ。恐らく何かしらの関連性があるのだろう。

樹は魔獣を目の前にしても、全く動じない。


グゴゴゴゴ...

魔獣が喉を鳴らすと、周囲に腹の底まで響く重低音が響く。


「ウルセェぞ...」


ガァア“ア“ア“!!


ドガァ!!

樹に飛びかかった魔獣が樹を目掛け豪腕を振り下ろし、辺りを砂埃が舞い上がった。

「樹っ!!」


「だからさぁ...ウゼェんだよ!!」

ビュオンッ!


砂埃の中で閃光一閃、隼也達の頭上を斬撃が通って行った。


「樹...お前...もう気づいたのか...」

かおるの顔が青ざめる。

少し嫌な予感が過った。



斬撃に引っ張られて砂埃が晴れると、尻尾を根元から落とされた魔獣がいた。

魔獣の足元には剣でこう刻み込んである。


ー後は任せた、奴を追うー



「隼也...さっさとコイツを片付けて樹を追うぞ」

「了解!」


妖剣を作り出し、身構える。

「かかって来いよ!跡形無く消してやる」

左手で剣を地面に突き立てながら中指を立てて挑発する。

魔獣に知性があるのかは判断できないが、それを皮切りに状況が動いた。



ガァア"ア"ア"!!


突進、真正面から。一番に出している足は左...なら右に避ける!

デカい!当たればタダじゃ済まないな...

爆発の反動で魔獣の軌道上から逸れながら、脇腹に向かって妖剣を投擲する。



隼也の後方、突進の軌道上にはかおるが大鎌を召喚しながら佇む。


「...遅い」

かおるが魔獣の突進に当たる寸前で白刃の一閃と共に魔獣の下を潜り抜けた。


流石だ。白狼天狗最速を自負しているだけある。

大鎌には魔獣の黒い体液が付いている。

左前脚を失いバランスを崩した魔獣はヘッドスライディングのように頭から地面に突っ込んだ。


「隼也!やってやれ!」

「了解!」


妖剣に妖気を収束、狙いを付ける。

まずはその武器を削ぐ!

「その角、落とさせてもらうぜ!」


妖剣が爆発し、隼也に膨大な推進力を与える。

「やっぱ...重っ...!」


角の目の前で踏ん張り前進を止め、剣の推進力を全て斬撃に注ぎ込む。

少しでも気を抜けば、剣諸共あらぬ方向へと飛んで行きそうだ...



バババババァン!

隼也ば剣を振り回す度に爆発音が響き、高速で角の根元に青い切り傷が刻まれてゆく。

「全身とまでは出来ねぇが...角だけなら十分だ!」


「ッラァ!吹っ飛べ!」

最後の一撃に、爆発も合わせた全力の突きで一対の角を縫い付ける様に貫いた。

隼也が突き立てた剣を更に蹴り付け、根元まで叩き込んだと同時に爆発、大きく仰け反った魔獣の頭には根元から見事に折られた角の後のみが残っていた。

「ふっ...」

「隼也、いい顔してる時に悪いが、まだそのデカブツはヤル気らしいぞ」


ッガァァア"ア"ア"!

魔獣も負けじと仰け反った体勢から隼也を食い殺さんと噛み付いてくる。


「ばーか!齧られてたまるかよ!」

魔獣に背を向けたまま、あやめの槍、両儀刃【落陽】を作り出す。


「隼也...その槍は...?!」

「ちょっと妹さんから借りました!っと」


自身の跳躍力に合わせ爆発も重ねて高く跳び上がる。


魔獣の顎は地面を深く抉り取った。この場所の地面は一枚岩で出来ている為、魔獣の咬合力は相当なものだろう。


「さて!俺も負けてられないな!」


かおるが魔獣の顎下に素早く潜り込み、大鎌の柄でカチ上げる。強烈な一撃が顎に刺さり、魔獣は酷くよろめいた。

「刈り取らせて貰う」


ザッ!

かおるが魔獣の下から後方へ一瞬で移る。

高高度に跳び上がった隼也からは魔獣を巨大な三日月状の閃光が通り抜けるように見えた。


ズズンッ!

一瞬。全ての足を刈り取られ、支えを失った魔獣は倒れこむ様に地面にうつ伏せた。


「今がチャンスか!」

隼也が空中で上下を入れ替える。

大狼樹の行なっていた移動法、足元に一瞬、維持できる足場を組んで...

「それを蹴る!」


天から青い光が一条、魔獣の脳天を貫いた。

その槍で魔獣を地面に張り付けにする。


「トドメは的確かつ確実にだ、隼也」


かおるが身を捩り、再び三日月が魔獣の首元と胴体を切り落とす。


すると、魔獣の輪切りにされた体が青い光を湛えて、大爆発を起こした。


かおるが少し満足げな表情で大鎌を納めた。

「俺のトドメは蛇足だったな」


「いや、そーでもない。パーツが細かくなって妖気の回りが速くなって助かったよ」

爆発の寸前で距離を取ったかおるの横に爆風から飛び出してきた隼也が降り立った。

「よっと」

隼也に少し遅れて上空から落ちてきた両儀刃【落陽】の複製をキャッチする。


「流石、戦いのセンスは異常な程だな」

「ありがとう、褒め言葉として受け取るかな」


「樹の援軍へと向かいたいところだが...今はあいつを信じよう。まずは集落の異物処理だ。隼也、1人で行けるか?」

「大丈夫だ、任せとけ!」

「よし、まずは集落の中の安全確保、その後少しづつ網を広げて殲滅するぞ」

「了解!」


ザシュ...!

小さな砂埃と黒羽を数枚散らして、かおるの姿が消える。

残された僅かな妖力の痕跡は集落入口の広場から見て左へと向かっている。

「取り敢えず右かな」






ー場所は変わって大狼サイドー




「見つけた...やっと見つけたぞ!」

巨大な滝の元、岸に立つ樹の目線の先は滝の途中から突き出た大岩の上、そこに立つ人影があった。

その姿を見た途端、大狼樹は禍々しい妖気を全身から零す。


その殺意に塗れた妖気に気づいたのか、人影がゆっくりと大狼の方を振り向いた。

樹が兄の形見の絶影剣を抜き放つ。

剣は過去の無念か、樹の覚悟か、或いはその両方に呼応するかの様に、普段の暗い銀色の刀身をまるで自ずから光を放つような銀へと変わる。


フッ...

大岩の人影が姿を消した。

しかし、樹は狼狽えない。

これは一年前に見た動き、確かに目で追っていた。

ごく僅かの間に人影は数10mと離れていた距離を5mの所まで詰めていた。


青年。

だが目はルビーの様な鮮やかな紅色を帯び、その夜行性の蛇の様な縦長の瞳孔が人ならざる事を語っている。

身長は大狼樹より少し低い、175程度か。

だが、最も特筆すべき特徴は身体の末端部、今確認できるのは指先だが、その指先はまるで爬虫類と人を混ぜたかのような黒い甲殻と棘に覆われており、まるで悪魔のような印象を与える。



「普段なら、注意喚起からだが...お前は無理だ。俺が堪忍ならない...ブッ殺す!」


青年が小さく溜息を吐く。

「前回と変わらないんだな...お前もお前の親も。いいだろう、ここで待ってれば向こうから必ず来てくれる」


青年が右手を軽く握り締める。するとその手の隙間から炎が噴き出し、緩やかな弧を描く棒状を形作る。

炎は親指側が短く、小指側が長い。


「いいだろう。俺も暇だ、遊んでやる。あの日の再戦...」

炎が手元からかき消えると、その右手には、美しい白銀の鞘の刀が握られていた。


「さぁ、派手に行こうか」

刀の鍔が押され、僅かに刀身が覗く。

それと同時に樹が襲いかかった。


ギイィイィン...ッ

樹の袈裟斬りを刀を抜かず、鞘で受け止めた。

「これは...随分と速くなったな。去年の1.7倍と言ったところか」


両者の間にお互いの妖力による、陽炎のような歪みが起こる。

「まぁ...それまでだな」

青年が刀を軽く捻ると、力をかけていた樹の体が僅かにブレる。


樹は目を疑った。

樹に襲いかかるように一瞬で4回の斬撃が起きる。

青年の目の前には左手の軌道と思われる箇所に、一筆書きで妖力の痕跡が残されていた。

一瞬で、4回もの斬撃を繰り出していたのか?


ギギギギィン...!

斬撃を受けるため、咄嗟にあげた剣に全ての斬撃が当たり、剣が大きく上へカチ上げられた。


「クソがッ!」

ここでやられる訳には行かない!

樹はカチ上げられた剣の力に逆らわず、斜め後ろの上空へ飛び上がる。


ズドンッ!

何か重たい物同士が衝突するような轟音を聞き、樹が自分の先程までいた場所を見ると、青年の左手が掌打の形で空を打ち抜いていた。

「そういえば、去年は俺のミスで腹に当てて気絶に終わったな...今回は心臓を狙ったつもりだったんだがな。避けられたか」

「二度も同じ手で負ける程、何も考えてない訳じゃない」

「去年は気絶、今年は回避...犬にしては良く頑張ったな」

「ほざいてろ!」


狼に姿を変えるか...?

いや...それでは回避力は上がっても力で確実に押し負ける。

奴のスピードの限界が見えない限り、狼になるのはリスクが大きいか...

それに剣を口に咥えれば攻撃から正確さが欠ける。

この戦いは技量がものを言うか!


樹は足元に妖気で足場を創り、蹴り出す。

青年に一瞬で接近する。

「ッラァ!」


ギィン!

また、樹の剣戟を青年は力を逸らすように受け止める。

だが、次のアクションを起こしたのは樹が早かった。

剣を返して、青年の刀を逸らすと襟首を掴み上げて、後方へ思い切り投げつける。

それを足場を蹴りつけ、追い掛ける。


完全に体の乱れた青年、樹に最大のチャンスが巡ってきた。

樹の絶影剣に妖気が収束し、赤い光を帯び、黒色の電撃が走る。


「くたばれっ!」

絶影剣を青年に向かって全力で振り抜く。

10数mに渡る斬撃と妖気の奔流、青年を真正面に捉える!

斬撃は地面を裂き、背後の樹木を断ち、妖気は梢を消しとばす。

確実に仕留めた!






....と思われた。


ふっ...

「なっ?!」


眼前に広がる壮絶な攻撃、自分が放ったはずの斬撃は跡形もなく、唐突に消え失せた。


仕留めたはずの青年は投げつけられた勢いを失い、地面に降り立った。

その左手には抜身の刀が握られていた。


異質な刀...一目で分かった。

晴天の夜空の様な淡く光を帯びた黒色の刀身に、白銀の刃、刀身は光の加減で移り変わるダマスカス紋様が浮かぶ。

だが、異質な点はそこではない。

特異な見た目とは別に、妖怪だからこそ分かる違和感。

刀の纏う妖気が一貫していない。


妖気を纏う刀、それ自体は決して珍しいものではない。

妖怪が打ち上げれば作者の妖気が篭る。

たとえ人間が打とうとも、怒り、憎悪、その様な非常に強大な意思、取り分け負の感情を持って打ち上げられた刀は自然と妖気を纏う事となる。

だが、それらの刀には共通点がある。

纏う妖気は一貫して同じ様な質を持つ。

いくら使い手が変わり血に塗れようとも、それだけは変わらない。

それなのに、どうだ?あの刀は。

数多の妖気が折り重なり、混ざり合い、無数の妖気を纏っている。

それどころか、刀の「地」の妖気すらも見えてこない。


「そんなにこの刀が気になるか?犬」

「いや、全然。貴様の命だけだ、狙っているのは」

「あぁ、それでいい。殺す気で来い。そうでもしないと楽しくないだろ?」


「ふっ...」

今度は青年が攻め入る。

左手を刀の柄にかけて、切り込んで行く。

抜刀の瞬間は見えない。だが、左手の軌道は残る。

ならば...読める!


ギリィ...!

無数の斬撃を纏いながら突っ込んできた青年の刀を樹は剣で受けて止めた。


「止めただけで終わりか?」

ドスッ!

「ぐっ...!」

樹の横腹に鞘の殴打が襲った。

僅かに姿勢を崩しながらも、お互いに鍔迫り合いの状況、踏ん張っているからこそ反応が遅れる足元を薙ぎ払う。


「残念だったな」

しかし、外れる。

青年は後方へ飛び退きながら、柄に手をかけた。

マズいっ!

咄嗟に防御をする樹。

「遅い!」

青年の左腕と刀へと収束した強大な妖気が閃いた。



ズウゥ...ン....

ガガガガガァンッ‼︎

青年と樹の距離約3m。

確実に刀の制空圏外、届かない範囲のはず。

妖気が樹のいる場所に集まり、ワンテンポ遅れて無数の斬撃が巻き起こる。

斬撃は青年の手元だけではなく、樹の元でも発生した。


「くっ...」

全身にごく浅い切り傷が走る。

致命の攻撃はなんとか捌いたが、全てとは行かない。


「クソが...」

「良く受けたな」


遠隔へ発生する斬撃?

いくら神速の抜刀が出来ようと、そんな真似できるのか?

妖気の斬撃を攻撃と共に飛ばした訳でもなかった。

直に俺のいる場所に発生した斬撃。そんな真似を涼しい顔でやってのけるこいつは....?



ギィン!

「何を呆けている?」

「チッ!このトカゲが!」

ガンガンガン...ギシィ!

激しく打ち合い、鍔迫り合いに持ち込まれる。

「ッラぁ!」

「バカが」

強引に青年の刀を下に払い除け、鳩尾に向けて突きを放つ。

だが、それも鞘によって下へと誘導され、今度は青年の腰と両腕を支点に挟み込まれ封じられた。


ガッ!

樹の足が払われると同時に絶影剣から手が離れる。

ドスッ!

大きく体勢を崩した樹の腹に青年の貫蹴りが打ち込まれる。

咄嗟に腹筋に力を込め、ダメージを押さえる。が、衝撃は軽減できない。

相当の勢いで樹は吹き飛ばされ、滝を貫き、裏側の岩壁に叩きつけられた。


「ッ...ガハッ...!」


「...ヒートナイフ」

樹が吹き飛ばされ、岩壁に打ち付けられた直後、それを追うように、3つの妖気が見えた。

樹に追撃せんとするその妖気は滝を流れる水を蒸発させ、直径1m程の水の穴を開ける。


タタタッ!


間一髪。

赤熱した妖気のナイフ3本が、身を捻ってなんとか場所を変えた樹の元いた場所に突き刺さる。

ナイフの刺さった岩壁は水飴のように真っ赤になって溶け出し、そのナイフがどれ程凶悪な熱を持つかを知らしめる。


ヒュッ...

ガシュッ!

素早く頭を横に逸らした樹の側頭部スレスレに追い討ちに投げつけられた絶影剣が勢いよく刺さる。


絶影剣を掴み、樹が体勢を整える。

重たい。体前面に蹴りによるダメージ。背面に岩壁との衝突でのダメージ。直接、動けなくなるものではないが、体の芯が痛い。恐らく内臓に響いているだろう。

これ以上食らうのはマズい、身体が動かなくなる。


樹が岩壁を蹴り出した。滝を切り開き、僅かな隙間を通り抜ける。討取るべき敵の姿が視認できた。


タッ...!

絶影剣の力を借り、空中の足場を蹴って自分の最高速で間合いを詰める。

樹の放つ銀朱の妖気と絶影剣の纏う黒い妖気が線となって残される。


自ら退いたら終わりだ。強気で攻め続ける方が良い。奴の反撃の機会を極限まで潰していく!


ギィン!

初撃、逆袈裟は鞘で捌かれた。

続けて勢いに任せて放った胸部への蹴りも左腕で受けられる。

青年の頭上を越え、足場を蹴り、縦回転で斬りつけ背中を狙うも避けられた。


「緩いな。ただがむしゃらに攻めて俺に反撃が出来ないとでも思ったのか」

縦回転直後、宙にいる樹の腹に向けて柄頭での突きを放つ。


来た!それを待っていた!

ガッ!

腹に向けられた攻撃を剣で受け止め、身体を捻って受け流す。


「っ!考えたか!」

丁度、攻撃の出切った青年と、その首に絶影剣を振り下ろす樹の構図になった。



ブワッ...!!

強大な妖気の放出の直後、絶影剣は青年の後ろ首へと振り下ろされた。


「なっ!」

「切れ味が足りなかったな...。だが、俺をここまで引き出したのは驚きだ」


絶影剣の刃は青年の首に極僅かに食い込むに終わった。

いや、正確には首を覆うモノによって阻まれた。


予感はしていた。こいつの縦長の瞳孔、指先を覆う黒い甲殻。そして何より...この程度で討ち取れるなら、兄貴は...椿は負けていないはず。

これが、こいつの強さを支える片鱗か!


首を覆う鋭利な甲殻、そして頰あたりまで皮膚は鱗へと変異している。

「戦い方が似ているな、去年殺した犬と。その剣は形見か?」


「...るせぇ...うるせぇ...ウルセェんだよ!」

「あぁ...お前も自身を見失うのか...」


完全に正気を失い、ただ殺気のみで切り掛かった樹。

それを青年は憂える様な瞳で見詰める。


「ガァ!」

まるで獣の咆哮。その知性を欠いた一撃は当然届くことはなかった。

ギィン...

「終わりだ...」

乱暴な縦切りを鎬で捌き刀を返す。その凶刃は樹の腹に迫る。


「ふっ!」

ガギィ!

青年の口角が僅かに上がる。

本来、腹を両断して鳴る訳の無い衝突音が響いた。


「正気に戻れ、樹」

「ぇ...?」

懐かしい声に樹に冷静さが戻る。

樹は目を丸くして驚いた。


青年が後ろに飛び退き仕切り直す。

「そうか、お前は!」







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