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REVENGER  作者: h.i
16/36

青との邂逅

「隼也、手分けして探す。さっきの黒い奴等の気配がやたらと多いから、俺はそいつらを片付けながら陸路で向かう。お前は真っ直ぐに別の変な妖気の場所へ行け。絶対に集落には近付けるなよ。場合によっては実力行使だって構わない。が、無理はするなよ。明らかに危ないと思ったなら俺たちを呼べ。」


「敵がいるのにどうやって?」


「お前の妖気の質は覚えた。思いっきり放出すれば良い。この山の何処に居ようとも気づくはずだ。...まぁ、端的に言えば、危なくなれば爆発起こしとけって事だ」


「大体分かった。だけど他所者探しは一人でか?」


「そう。正直不安で堪らないが、樹と打ち合って、ボコボコにされつつも一矢報いる事が出来たんだし、多分大丈夫だろ」


「ボコボコどころじゃ無かったけどな、むしろ半殺しだった」


「まぁ、技術やら何やらは追々身に付けて行けば良いさ。そら、任せた」


「おう!」


隼也が体を縮めてから、解き放つ様に思い切り後ろへと蹴り出す。爆風を残して煙の尾を引きながら隼也は小さくなって行く。




「さってと...こっちはこっちのお仕事をしますかね〜」

かおるは飛行速度を緩めて山を隈無く見渡しながら、あるものを探した。

「あいつの事だし、目立つと思うんだが...」



「あ〜、探し物する時は椛が入れば楽なんだがなぁ...ん?あそこか!」

かおるが注目した場所には、よく見慣れた妖気が舞う様に戦っているのが木々の隙間から僅かに視認できた。

「本当に派手な戦い様だよ、あんたは」

右手を鋭く振り抜き、その手に一瞬で大鎌を召喚する。

手の内を使って巧く大鎌をクルクルと回してから、待ってろ...と小さく呟いて、妖気漂う方へと急降下して行く。



ーーーーーーーーーーーーーーーー


「まだまだ出てくるな。どっから湧き出してんのか...」

寒い冬にも葉を落とさない広葉樹の集まる森の中、一人の青年が立っている。

両手には肉厚で強靭な双剣...いや、剣と呼べるのだろうか?その片刃の剣は巨大な返しの構造を有しており、一度突き刺せば抜けず、無理矢理引き抜こうものなら刺さっていたモノをズタボロに喰い荒すだろう。


しかし、一番の特徴はそこでは無い。その双剣の柄頭は鎖によって一繋がりにされているのだ。


鎖はその長さの全容を現してはおらず、適当な長さから先は青白い燐光となっており、戦いの中で必要に応じた分の長さを召喚する仕組みだ。


「しっかし、探せばいるもんなんだな、お前ら。何処の誰かは存じ上げねーが、無断で俺らの山に入られたんじゃあ許すわけにはいかんよな」


その鎖剣の持ち主は鎖を持って、ジャラジャラと大きな音を立てながら剣を回す。

一見鎖鎌と似た様な構造だがこの鎖剣は鎖鎌で言う分銅と鎌部分の機能を併せ持ったもので、強引な運用にも耐える剣そのものが相当の重量があり、重りとしても刃としても機能する。


「まっ、俺は暇しなくていいけどな」

青年が笑う。その口元から覗く犬歯はまるで肉食獣の様に発達している。


回していた剣の内、左の剣から手を離す。

鎖剣は与えられた速度を真正面へと向けて白い燐光を残しながら一直線に突き進む。

剣を離した左手は鎖の端を軽く握り、鎖の出るままにする。



ドスッ!

「おいお〜い...こんな分かりきった攻撃、避けなきゃあ」

20m先、そこには鎖剣に穿たれた人影がいた。

剣の根元まで深々と突き刺さり、背側から飛び出た剣先と返しによって更に背側から捕らえられる。


「...誰だっ!」

鎖剣を持つ青年が、人影の突き刺さる剣を自分の斜め後ろへと向かって振り抜いた。

当然貫かれていた人影も巻き添えを食い、鎖剣で散々振り回された挙句、青年は振り抜く瞬間に鎖剣を手元まで引き寄せ、強引に人影から引き抜いていた。

元より人より脆い人影は上下に引き千切れ、青年が気配を感じた方角へと飛び道具の様に吹き飛ばされた。


「光風霽月!」

人影の残骸が飛んで行った先で、白銀の三日月が6度輝き、一瞬で人影を斬り刻んだ。



「何だよ、かおるだったか」

「あぁ、俺も雑魚共(こいつら)の処理に来た」

「こいつらを知ってるってことは、あんた達も会ったのか」


「蓮...落ち着いて聞いてくれ...」

「な、何だよ...?」

かおるが鎖剣の青年、星良蓮から目を逸らした。

さも言い出し辛そうにしているかおるに蓮は少しづつ不安が漂ってくる。



「...俺達は...あの人影に集落の中で出会した...」


「...は?」

全身に冷水を掛けられたかの様な感覚に襲われ、胸が締め付けられる。予測しつつも最も聞きたくなかった答えに足腰の力が抜け、崩れ落ちそうになる。

そのような状態の蓮にかおるは、依然目を逸らしたままに話を続ける。


「蓮も察しが付いていると思うが、今回の侵入者も...何か違和感がある。そもそも侵入したと言うよりも、直接この山に召喚された、と言った方が適切かもし...」


張り詰めた糸が切れた様に蓮が、かおるの襟首を掴んだ。顔をかおるの眼前まで寄せて半ば怒鳴り立てる様に尋ねる。怒る狼の様な口元からは犬歯が覗き、限りなく黒に近い紺色の妖気と共に髪が逆立つ。

「集落はどうなった!皆は無事なのかよ⁈」



蓮が集落をこうも心配するのには理由がある。

そもそも白狼天狗とは、生まれ付き強大な力を持っている訳でも、約束されている訳でも無い。

鬼などの強く在るべき種族では無く、最初は弱くとも修練次第で強くなれる、大きな伸び代を持った種族であり、多くの妖怪の中でも白兵戦に特化した種族でもある。

但し、それは修練を積めばの話。

そこには血の滲むような努力が必要不可欠である為、白狼天狗の大半はそう言った修練を積まずに一生を終える。

修練を積まなかった白狼天狗達は少し妖術の扱えるのみで、身体能力は人間よりほんの僅かに良い程度である。従って、もしも集落に外敵に侵入されればひとたまりも無い。ある程度の強さを持った外敵ならば逃げる事も叶わないだろう。


これまでの戦いから、人影達にそこまでの能力があるとは思い難いが、万が一が無いとも限らない。

弱いからこそ危険の可能性を極限まで減らそうとして、その為には妥協をしない。白狼天狗のこの考え方も強さの一つに起因しているのだろう。

だからこそ集落を襲われる危険を危惧しての蓮の焦りだった。



激しく感情を逆立て、自分の身長と変わらない、かおるを片手で襟首を掴み、持ち上げる。

その目は獣のそれであり、不安、焦り、数々の感情に我を忘れているのが良く分かる。


一方でかおるは、苦しげな表情も一切見せずに、自分を掴み上げる腕を上げゆっくりと掴んで...

「落ち着け、蓮。お前の焦りも良く分かる。だが、集落は大丈夫だ。あやめが守ってくれている。妖気の流れからして竜胆も集落に向かったはずだ」

...と、諭した。

暫しの沈黙の後、蓮の放出される妖気と共に逆立った髪はゆっくりと鳴りを潜め、険しかった表情も穏やかになる。


大きく深呼吸した後に蓮が口を開く。

「そうか...。ふぅ...ごめん、少し冷静さを欠いてたよ。あの二人なら心配ネーな」

「あぁ、それより、俺等にも仕事が有るだろ?」

「そうだな。最前線に出るしか能の無い俺が一番好きな仕事だ」



のらりくらりと、どこからとも無く人影が現れた。その数、30程度だろうか。しかし、厳しい修練を積んだ、白狼天狗には足止め程度にすらならない程度だろう。それが二人も揃っているとなると、結果は図らずとも見え透いている。


「俺が先だな...渡月!」

掛け声と共に、大鎌を肩に担ぐように構えたかおるが、人影に向かい飛び込む様な動きで大きく弧を描きながら襲い掛かる。

大鎌の刃、かおるの手足には美しい光の軌道が残り、その名の通り優雅に空を往く三日月の様な錯覚も覚える。

しかし、かおるの技は、ただ美しいのみではない。

人影の頭上に差し掛かった時...一閃、巨大な三日月が人影の正中線を掬い上げる様に閃き、かおるは銀の月を残して地面に足を着いた。


「さて、早速一体目だぞ?蓮」

人影が僅かに動く。ぎこちない動きでは有るが、かおるを襲おうと一歩を踏み出そうとする。

...しかし、上手く体が動かない。支えを失った人形の様にゆっくりと倒れこむ。

人影に大凡、知能と呼べる物が有ったのならば、今、この瞬間、目に映り込んだ物を見て、自身に起きた事態を理解した事だろう。

そこには自分よりも先に崩れ落ちた『右半身』。

かおるは人影を寸分狂わずに両断した。



「俺も負けてられねぇな。いくぞ!」

蓮の体に妖気が練り上げられてゆく。

深い深い紺色の中にラピスラズリの様に綺麗な光の粒子が舞い散る。

その姿はまるで満天の星を纏っているかの様な風貌だった。

鎖剣の軌道上にも紺色の妖気が残り、その上をこれまた鎖剣が放つ光の粒子達が彩る。


蓮が右手の鎖剣を仕舞い、左手の鎖剣で地面を擦り付けながら大きく下から上へと薙ぎ払った。その勢いのまま、蓮自身も大きく跳び上がる。

鎖剣の特性上、剣と使い手の腕の長さだけではなく、剣を繋ぎ止める鎖のリーチも有り、その範囲は正面への切り上げでも優に10mはある。それを横へと薙ぎ払うのならば、どれ程の範囲に被害が及ぶことか。


切り上げに巻き込まれたのは、哀れ、3体の人影だ。比較的近くに居た人影は鎖と、それが纏う妖気の衝撃で打ち上げられるが、遠くにいた者は鎖剣の刃部に触れ、斜めに切り落とされた。


「景気付けに派手に行くかァ!」


「星穿つ煌々!」

蓮の咆哮と共に彼の両手元へと妖気が集まり鎖剣へと収束する。

人影達が打ち上げられた加速度と重力加速度が相殺し頂点に達して静止した瞬間、彼等の胸部を凄まじい速度で光が穿った。

鎖の伸びる先には両手を振り抜いた蓮。そのまま宙を蹴り、光を軌道上に残しながら貫かれた2体の人影の間へ入る。

「一旦空に昇ったモノは例外無く地に堕ちるのが道理ってな」


蓮が両手に持った鎖を手繰り寄せる。

一旦出切った鎖は暴れながら蓮の手元へ帰る。人影はその鎖の勢いに振り回され、鎖剣が手元に戻る瞬間に真下、地面へと激しく撃ち堕とされた。

まるで水風船を地面に叩きつけたかの様に墨汁のような黒が地面に広がった。


「いつ見ても、お前の戦い方は妹に似てるな」

「そりゃどーも、美人に似てるってなら嬉しいな」

「お前達の戦い方は俺には、ちと筋力が足りなくてな」



かおるにとって彼等の戦い方が厳しい理由、それは白狼天狗と鴉天狗の筋力の差にある。

一般的に白狼天狗の方が、より筋力が強く、鴉天狗の方はより速力を出す為に軽いと言う傾向がある。

天樹兄妹は鴉天狗と白狼天狗の混血で有り、妹のあやめは白狼天狗の血を、兄のかおるは鴉天狗の血をより濃く受け継いだ為、男らしい鍛え上げられた体付きのかおるだが、かおるより身長も体格も劣るあやめより筋力は劣るが、体重は20kg程も軽い。

見た目では明らかにかおるの方が力が強そうだが、妹に筋力で劣るのは残念ながら種族間の差異である。


更に重量だけでは無く、柔軟性や地上、空中問わず、機動力や制動力に優れており、その事に関しては他の白狼天狗が生涯を賭けて特化させても多くが辿り着けない、鴉天狗と同様の能力を持っている。


「さ、無駄口は止めて早急に雑魚を片付けようか」

かおるが大鎌の刃を下にして斜めに構える。刃に銀色の妖気が収束していく。妖気纏う刃は空間に絶えず残光を残した。


その横で緊張感も無く飄々とした態度で、鎖を持って鎖剣を肩に掛けながら蓮が並び立つ。

「何か賭けようぜ!そうだなぁ...倒した数で負けた方が帰ってから飯屋で奢る。これでどうだ?」

「別に構わないが、こちらも妹の食費で手一杯なんだ、負けてはやらないぞ?」

「ハンッ!俺が負ける訳ネーだろ!今の内に何食うか考えとくかー」

「取らぬ狸の皮算用にならないと良いけどな」


ひゅっ...

蓮の横からかおるが姿を消した。元いた場所には黒い羽根がハラハラと舞った。

次の瞬間には敵中で一閃、気づかぬ間に輪切りにされ、ゆっくりと倒れこむ人影2体と死神1人、そしてそれを包囲する人影共があった。


「ちょっ!さっさと1人だけ行くとか狡いぞ!」

蓮も負けじと鎖剣を構え、敵に向かって駆けた。



-----------------------



「んん〜、変な妖気ってのは、何処だ〜?」

目を閉じて大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。

そうして、ゆっくりと目を開くと妖力を感じる場所に何か靄が掛かった様に視覚に映る。

後ろを振り返れば、遠くで激しく動き回る、大きな二つの妖気に多数の小さな妖気。

恐らくは、かおると蓮があの人影共と戦っているのだろう。


辺りを見回してみても、小さな妖気は感じるものの、特に変な様子はない。

変な妖気と言うくらいなのだから、分かりやすいだろう。


「ん...?あれは?」

出発した地点から山を半周程した所で、森の少し開けた場所に、それを見つけた。

そこには、白と空色のマーブル模様の妖気を放つ、何かがいた。

先程まで良く居た、小さく、黒の単色の妖気ではない。

それらより、明らかに大きく、見た目通りの異質な妖気。


「あいつか!」

隼也は謎の妖気に向かって急加速を掛けた。

念の為に妖剣を作り出し、背中に差して、手を掛ける。


「場合によっては実力行使でも構わない...か...」

もしも、相手に悪意があり、更に話の通じない、或いは和解できない敵だったとしたら、今回が初めての見知らぬ敵との、全力の戦闘になる可能性がある。

人影相手ならノロノロと動き回るだけの的だったが、今回ばかりは本当に命を掛けるのだろうか。


全く緊張しないかと言われればNOだが、それよりも何処かで感じる高揚感が上回る。

心の何処かで楽しみにしているのかもしれない。


妖気に近付くにつれて少しづつ速度を落して行く。もしも友好的な相手だとしても、突然に剣を携えた他人が突っ込んで来れば敵対もするだろう。


速度を落して手前の森に着地する。

この茂みを抜ければ妖気の発生源のいる広場だ。

こっそりと、ばれない様に茂みの隙間から覗いてみる。


「あいつか...」


広場の真ん中にある大き目の岩の上、そこで胡座をかいている。


丁度、こちらへ背を向けているので顔は見えない。

後ろ姿だけでは髪型や身長を含め、少年とも少女とも見える。

その後ろ姿の周囲や肩を跳ね回る何か。

あれは...鳥か?


ともかく、あいつに話しかけよう。

敵対するか、友好的かが分からない以上、迂闊な行動は避けたい。

一応、妖剣は抜いておく。突然襲われた時の為に出来る限りの警戒はしておく。




スー・・・ハー・・・


「おい!」

「うわっ?!」

怪しげな人物は声をかけた途端、素っ頓狂な声を出しながら、岩から滑り落ちた。


「ここで何をしている?お前は誰だ?」


例の少年は、酸欠の金魚のように口をパクパクさせながら、ジリジリと後退る。

息も白むようなこの気温で汗が見えるのは、驚きからの冷や汗だろうか。


「あ、あのっ、ぁあ...あの...」

「どうした?こっちは聞いているんだぞ。お前は誰だ?」



「...す...」


「はぁ?す?」

「す...」





「すみませんでしたぁ!!」

「へ?」


突然の謝罪の言葉と共に少年は綺麗な土下座を決め込んだ。

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする隼也。

全く理解が追い付いて行かないのを尻目に、少年は続けて謝罪の言葉を並べ始めた。


「あの人たちは貴方の味方だったんですよね、それなのに俺がパニクっちゃって殴り飛ばしちゃって...でも、あの時は俺も何が何だか分からなかったと言うか、だけど俺も悪気は無くて...


「あぁ!五月蝿い!ちょっとは落ち着け!!」

「ひゃい!」

隼也の怒鳴り声に正座のまま背筋を正す。


「取り敢えず、冷静になれ。まず、お前は誰だ」

「お、俺は灯、凩谷灯です...」


余程怖がられているのだろう、凩谷灯と名乗った少年は極力目を合わせないように、俯き気味に自己紹介をした。

だが、この少年が、どれだけ怯えていようと知ったことではないし、もしもこれが演技だとしたら、油断は見せられない。


「何故、この山に立ち入った?どうやって、ここまで入り込めた?」

「分かりません。目が覚めたらここに居ました」

「って事はだ、この場所については全く知らないと?」

「はい」


俺と同じか...

だとしたら?

「お前...人間か?」

「っえ...?いや...人間...かなぁ...?」

「質問が悪かったかな。これまでに自分の身に不思議な事が起きなかったか?」

「あっ!それなら!」

少年が正座の姿勢から勢い良く飛び上がった。

隼也は数歩下がって、相手に気が付かれないように手の内に妖気を集める。


「起きたら、こんな事が出来るようになってて」

両拳を握り締めながら、力を込めるようなモーションを取ると、共に灯の両腕を氷の剛腕が覆った。

今まで見てきた、白狼天狗の武器強化の術や隼也の剣を作り出す術とは、見るからに遥かに格上の能力。





「へぇ...なるほどね...」

どうだろう?

敵意があるなら、わざわざ自分の能力を見せたりはしないだろう。

考えられる可能性は...

敵意無し...俺にとって最高の可能性。

あるいは、ただのバカ...こちらも都合は良い。

最悪なパターンとして、俺の信用を誘っている場合...

もしそうならば、こいつは能力が知られても俺に勝てる確信がある程の相手だろう。

また別の能力を隠している可能性も有るし、既に策を巡らせているのかもしれない。


「しょーじき、俺はお前を信用出来ない」

「そっか...まぁ、しょうがないよな...」


灯が信用されていない事に軽く落胆する。

伏せ目がちに出た言葉に、更に相手の不信を誘ったらしく、青年は半歩身を引いた。


ガサッ!

「なんだっ!?」


少し遠くの茂みから発せられた葉ずれの音に、2人の注意が向く。

「あっ!あの時の!」

そこから出てきたのは5体の人影達。

灯はそれを見て、条件反射の様に土下座した。

「すみませんでしたぁ!!」

「...は?いや...はぁ?」


隼也には理解が追いつかない。

何故、この少年はこいつらに対して土下座をしているのか?

隼也にとっては、明確な敵と位置付けられたこの人影共。それになぜ謝っているのか?

もし、人影がこの少年の上司の様な立場としても...もし、この少年が何かしらを人質に取られているとしても...おかしい。

何より...その様な高度な振る舞いをするには、人影では明らかに知能が足りていない。


この少年も、氷の腕を見ただけで何となく分かった。

おそらく、少年は人影など取るに足らない程の力を持っている。

そんな奴が人影に良い様に利用されているとは思い難い。


地面に額を擦り付けながら平謝りする灯の目の前まで迫った人影が大きく左手を振り上げた。


ザンッ...

「ふぇ?」


土下座する灯の真上を吹き飛んで行く人影。

いきなりの事態に驚いた灯が顔を上げると...いつの間にか横で深青の剣を振り抜き、吹き飛んだ人影をその三白眼で睨み付ける青年の姿があった。


「あ...」

その姿を見た灯の脳裏に、あるワードが思い浮かぶ。


ブワッ!

突然、強烈な突風に襲われ、気が付くと青年は横から消えており、遠くに飛んで行った人影を切り付けていた。

袈裟斬り、x字に斬りつけて、止めとばかりに全身を使って横一文字。


ビッ...!

食い入る様に見つめる灯の方へと、横一文字の動きをそのままに一回転、剣を投げ放った。

青い閃光が灯の耳元を掠めたと同時に、真後ろから、ドスッ!と重たい音が聞こえる。

振り向くと、すぐ後ろで鳩尾を剣で貫かれ、ゆっくりと仰向けに倒れ込む人影。


「な、何を...?」

「危ないぞ、早く退がれ」



「うわぁーーっ!」

閃光。そして直後に強烈な衝撃を全身に受けて、灯は吹き飛ばされる。


「何を...?」

「あの黒いのは敵だ。無差別に他に襲いかかる化け物だよ」


「え?」

「死にたく無いなら戦え、だと。俺は死ぬのはゴメンだから戦うけどな」


この言葉で灯心に整理がついた。

きっと、この青年が例の...なら、そちら側に着こう、と。

灯が左手を地面に添えた。そこを中心に冷気が漂い始める。


これは...


隼也は足元に充満した白い靄に異様な気配を感じた。冷気は周囲一帯を完全に覆い、膝下まで達する。隼也は地逃げ出すように、後方へ飛び上がり木の幹に剣を突き刺し、その上に陣取った。


「よっし、避けてくれたな。少し前に思いついた技、見せてやるか!名前は...えーっと...」


氷の左手が大きく突き上げられる。

「それじゃあ...『0K』だ!」


勢い良く叩き付けられる氷の拳、地面に触れた瞬間に冷気に覆われていた領域の地表から逆さの氷柱が突き出し、冷気の中に取り残された人影は例外なく貫かれ、凍り砕かれた。


「すげぇな...1発であれだけの人影を...」


隼也は目を見張った。

もしも、今、あの灯とか言った少年に挑んで勝てるか?

いや、灯がどれ程の継戦能力があるかは知らないが、あの、馬鹿げた威力と範囲にいずれ捕まってしまう可能性が高いだろうな...

ここは一旦問題を持ち帰った方が良いか...?


「知らせるか」

取り敢えず投げ易い物をと思い、記憶を辿る。

隼也の手元に棒状に妖気が集まり、まず妖剣を形作る。しかし、そこから更に棒状へと解け、両側に伸び、ある武器を形作った。

「あやめ、槍を借りる」


隼也の肩に担ぐように構えられたのは、天樹あやめの持つ両端に棍と槍を備えた槍だった。


「そういえば、銘は『両儀刃【落陽】』って言ってたっけ」


その槍を高角に投げ放つ。

青の軌跡を残しながら天高く飛び上がり、地上から30m程の場所で大爆発を起こした。


「うおぉ...スッゲ...」

その光景に灯は目を奪われていた。


「さてと...灯、と言ってたっけ」

「ん?うん」

「正直、俺もこの山について殆ど何も知らなくってな。これから俺の先輩っつうか、何ていうか...まぁ、この山の住民の人達が来るから、お前の処分についてはそこで決まると思うから」

「お、おぅ...」


灯が隼也の話をあまり理解出来ずに呆気に取られている所に、お、もう来たのか。と隼也は呟く。

隼也の見上げている目線を追うと、遠くから何か黒い点のような物が見える。それはどんどん近づき...


ドシャァ!!

灯の目の前の地面に突如飛んで来た鎖が打ち込まれ、それに灯は驚き、腰を抜かしてへたり込んだ。

「ひぃ!」


ジャララララ....ドス!


「ふぅ、山の反対側から飛んで来るのはめんどーだ」


へたり込んだ灯の目の前に降り立つは、鎖剣を携えた、星良蓮だ。

地面から鎖剣を引き抜いて辺りを見回す。


「んで?何か見つけたの?隼也」

「足元を見てみろ、蓮。そいつの事だろう」

別方向から聞こえた声に振り向くと、大鎌を担いで梢に器用にしゃがみ込んだ天樹かおるの姿があった。


「良かった。二人共来てくれたのか!人影の方はどうなった?」

隼也の表情が少し明るくなる。

「大丈夫だ。反応が無くなるまで駆逐してやったぜ」

「里の方も、竜胆にあやめ、樹の活躍で負傷者は出ていないらしい」


かおるは地上に降りて来て、灯の目の前に立った。

シュィン!

「ぇ?」

「さて、と。悪い事は言わない。来訪の予定を知らされていない以上、お前は異物だ。単刀直入に聞く、何が目的でこの地に立ち入った?」


灯の首元に無慈悲な刃が突き付けられる。かおるの大鎌の切っ先は僅かに薄皮を切り、赤く滲んだ。


蓮が武器を仕舞いながらこちらを向いた。

「なぁ、隼也。こいつと初めて会った時どんな様子だった?」

「初めは小鳥にじゃれつかれてた。その後に俺たちも人影に襲われて...その際はこいつ、凩谷灯にまる投げしたんだけど、一撃で4体を片付けてた」


かおるの黒い犬耳がピクリと動いた。

「小鳥に懐かれていたか...それならばこの山に対して敵意は無いらしいな」


「だが、その身柄は拘束させてもらう。蓮、頼んだ」

「あいよ〜」

ジャラララ....

「イッテェ!」

蓮の鎖剣が灯を拘束する。

「おっと、無理に逃げ出そうとするなよな?俺がこの鎖を引っ張ったらお前、輪切りになるぜ?」

今、本格的に窮地に立たされた事を自覚した灯の顔が青ざめた。


「さてと、さっさと集落に戻ろうぜ」

「お...おう」





ーーーーーーーーーーーーーーーーー





「さて?君が例の侵入者かい?」


集落中央の大樹の下の広場、そこには普段ではあり得ないほどの人集りが出来ていた。

その騒乱の最中には、人1人が入る程度の木製の檻があった。

檻の表面には薄紫色の文様が浮かんでいる。

その檻の前に正装を身に纏う、眼鏡を掛けた中年程の白狼天狗が椅子に座って、灯へと話を切り出した。


「いや...まぁ...そうなるのかなぁ?」

「どうか正直に答えてくれ。我々も手荒な真似はしたく無いんだ。君はこの山に何をしに来た?」


ペタッ....

檻に囚われた灯の頬へと1cm四方の、細かい文字が隙間なく書き込まれた紙が貼り付けられた。


「それは君が嘘を吐く度にその身を引き裂かんばかりの激痛を与える、単純かつ明快な拷問の為の符だよ」

「え...?」


「さぁ、答えてくれ。今一度尋ねる、君は何をしにこの山に来た?」

「お、俺は...目が覚めたらここに居たんだ...何のためとか、そんなのはよく分からない...」


しばしの沈黙が訪れる。広場には灯の証言を書き留める筆の音だけが聴こえる。

この静けさが余計に灯の恐怖を煽る。



「ふむ、偽りは無いらしい。では次だ。単刀直入に聞こうか。君は我々に対して敵意はあるかい?」

「それは無い!俺だって何が何だか分からないまま、こんな所に連れてこられたんだ!」

俯き加減な灯が素早く顔を上げ、質問を否定する。




「そうか。それは災難だったな。だが我々も慎重にならざるを得んのだ。短期間で異端者が2人もこの山に現れ、更に謎の人影の襲撃。皆を守るためだ、察してくれ。もしも君が敵対者で、この集落を襲う腹積もりならば即刻処さねばならない」

「そんな!俺はこの集落を襲おうなんて...!」

「分かっている。先程の質問でそれは確認済みだ。だが、我々は万が一を考えて行動したいのだ。ふん、今日は心の整理もついていないだろう、既に陽も傾いて来ている。今日はゆっくりと休んでくれ。明日、君の処遇について決定する」

「明日に...」


広場にはパンパンッ!と手を打ち鳴らす音が響く。

灯に質問をしていた男に注目が集まった。

「さて!彼の判決は明日にする!さあ、担当の者は食事を持って来てやるんだ。力自慢の者は檻を屋根のある所へ運んでやれ!」



遠巻きに眺めていた隼也達一行の内、蓮と竜胆が檻の元へと走っていった。


先程からずっと大鎌の手入れを続けていたかおるへと隼也が尋ねる。

「なぁ、何で異端者とか言われてた俺や灯の待遇がここまで良いんだ?普通と言うかなんと言うか、異端者なら雑に扱われそうなもんだけど...?」

「あぁ、それか...去年の今頃、大きな事件があってな。ちょっとここでは言い難い話しだ。詰所に戻ってからゆっくりと話してやるよ」







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