集落にて
「さてと...こうして出てきたものの、どこから行こうか?」
かおるが腕組みをして広場を見遣った。
今は昼時だからだろう、隼也達が集落に着いた時よりも人通りが少ない。
「俺は...どこでも...ただ歩き回るだけでも満足かな」
その言葉は本心から来たものだ。別に何かが欲しいなどは一切無い。
ただ、この美しいと思った光景の中に入り込み、一部となって見たいという気持ちが一番だった。
「だ、そうですよ。お兄様が行き先を決めると良いのでは?」
「そうだな。ここで延々と話してても埒が明かないな。少し歩きながら話すか」
「こんにちは!」
突然、背後から元気な挨拶が聞こえた。見てみると、かおるに向かって小さな4人の子供が駆け寄って来た。
それを見ると、かおるも目線を合わせる様に笑顔でしゃがみ込んで...
「こんにちは。元気にしてたか〜?って、見れば良く分かるな」
かおるは嬉しそうに話しながら、4人の中で比較的長身の、いかにもお兄さんと言った風な子の頭をワシャワシャと撫でた。
少年はいかにも自慢気に胸を張りドヤ顔を決める。
「勿論ですよ!棒術も上達して先生にも褒められたんです!何時かは、かおる様も倒してみせます!」
「おぅ!倒してみろ!負けてやらないぞ〜?」
「絶対、かおる様も、あやめ様も超えて見せます!足を洗って待っていて下さい!」
「ははは!足じゃ無くて首だよ、く〜び。まずは勉強をしないと俺には勝てないぞ〜?」
「むぅ」
見ていて微笑ましくなる。
少年達はかおる達の事を尊敬しているらしい。ただ、敬語越しでも分かる元気な少年の生意気さ、の様なものも見え隠れする。その様な部分も含めて年相応と言うべきだろうか。
「かおる、この子達は?」
「ん?あぁ、俺達の親父が開いてる棒術の道場の生徒。俺達も棒術を学んでから、応用で槍やら大鎌やらを使っているから、先輩って事になる」
初耳だな。かおる達の父親は棒術の道場をしているのか。
かおると少年達は笑い合いながら会話を弾ませる。
同じ道場の先輩であり、目標であり、羨望の対象になっているのだろう。
「では、かおる様!また今度にー!」
「おう!頑張れよ〜!」
かおるは友達と駆けて行く少年達を笑顔で手を振って見送る。
「ああやって元気に子供達が遊べるのも、俺達が居てこそなんだよ。俺ら兄妹はさ、髪の色がこんなだろ?だから、余り居場所が無かったんだよ」
「居場所が?この集落に?」
些か信じ難い話だ。先程の話を聞く限りでは天樹兄妹の父親は立派な人物。その子供達の髪の色が違う位でそこまでの扱いを受けるのだろうか?
「ほら、あそこを見て下さい」
あやめが目立たない様に周囲に聞こえない程度に隼也の耳元で囁いた。
周囲の目を気遣ってか手では示さなかったが、あやめの視線の先を辿ってみると、そこには自分達同様にコソコソと話し合っている男性の2人組がいた。
「あれは...?」
隼也も悟られない様に小さく聞き返す。
「彼等は恐らく、貴方がこの山で暮らす事に最後まで反対していたのでしょう。椛ちゃんと大狼さんが必死に頼み込んで、自分達の監視下でならば...と可決してもらったのですが...きっとその際の反対派でしょう」
成る程...言われて気にしだすと、やたらに目に入る。
俺に対して、怪訝な目線を送る者がたまにいる様だ。
「教えない方が貴方は幸せだったでしょうが、知っておくべき事だと思ったので伝えました。ですが、あの様な視線に貴方には深く思い悩んで欲しくはありません」
「そっか...俺は...大丈夫。あんなのは何とも思わないから」
「ならば良かったです」
そう、本当に何も感じる所が無いのだ。
ただ、あぁ、俺について話しているんだろうな...位にしか感じない。彼奴らが自分についてどう思っているのかなどは、心底興味が無い。
「ちょっと思ったんだけど...さ。俺の為に椛と大狼が頼み込んでくれたのか?」
「あぁ、いいえ。椛ちゃんと大狼樹の父親であり、私達の隊の長でもある、大狼擘柳さんです。仲間内では大狼樹の事を『樹』、擘柳さんの事を『大狼さん』と呼んでるんですよ。まぁ椛ちゃんは例外ですけどね」
「椛が例外?」
「それに関しては本人から聞くといいでしょう」
かおるが遠くからこちらを伺っている二人を見遣って溜息を吐いた。
「俺達兄妹はな、小さい頃は今のお前と似た様な扱いを受けてたんだよ。直接的にどうこう、てのは無かったにしろ、子供心にはあのヒソヒソ話って言うのは結構、来るんだよな」
「今の俺と似た様な...」
「そもそも、白狼天狗と鴉天狗との仲はお世辞にも良いとは言えない。そんな折に白狼と鴉との間の双子だ。忌子とまでは言わずとも快く思わない輩も居たんだよ」
かおるが溜息をついて、遠くを見遣る。
やがて、かおるの視線に勘付いたのか、2人組はそそくさと逃げ出し、人混みに紛れた。
「そんな俺達を親父は守ってくれた。親父も今の俺達と同じ隊に入っていてな、発言力はあった。だけどそれでも、周りの目って言うのは、なかなか変わらないんだよ。誰か一人が言い出せば、それは次々に周りへと伝播して行く。それこそ癌みたいに鼠算式にな」
かおるが俯き気味に語る。その横顔には何処か陰りを感じる。
その時、平穏だった集落を場違いな悲鳴がつんざいた。
キャーッ!!!!
「こ、これは?」
「お兄様!」
「関所の方だ!行くぞ!」
ーーーーーーー
全速力で声の出処に駆け付ける。
「なっ、なんだアレ...?」
駆け付けた隼也達が見た物は、関所の前でたむろしている黒い人影達だった。
体格は瘦せぎすの成人男性程、歩いた後にはには黒い足跡が残り、近付きたくない不快感を覚える。
やがて、人影はこちらに気付いたらしく、向かって歩いてくる。ただ、その歩みは拙く、フラフラと、とてもゆっくりとしたものであった。
「数は...1...2...3...4......10か」
「見た所では、個々の戦闘力は高くは無さそうです!」
「分かった、こいつらは俺とあやめで!隼也は住民に避難を...隼也!?」
かおるの問い掛けに隼也の声は帰って来ず、当の本人は片膝を立て、手を付いて座り込んでいた。
「どうしました?!」
どう見ても普通では無い隼也の様子に、あやめは駆け寄って安否を尋ねる。しかし、その言葉も届いてはいない様でしゃがみ込んだままに、黙り込んでいる。
「おい...隼也。別に気分が悪かろうが、俺は知った事では無いけどな、そうやって背を向けてるなら俺はお前に背は任せないぞ」
かおるは辛辣な口調で言い放って、召喚した大鎌を刃を下に柄頭を上にして斜めに構えた。
それと同時に翼が出てきて、全身から淡い銀の妖気を放ち始めた。
知ってる。
誰よりも知ってる。
ずっと深く、ずっと前から『知っていた』
会えた、会えた。
やっと会えた。
待っていたんだ、こんなにも!
今の俺はには力がある!この手で!
夢か...幻か...隼也の脳裏には無数の文字が浮かんでは消え、浮かんでは消え...
消せ!切れ!潰せ!殺せ!吹き飛ばせ!
この剣で!
気が付くと、地に付いていた手元には、嫌と言う程に作り出した剣、隼也の妖剣があった。
「この手で...この剣で...」
まるで反射の様に無造作に掴み取り、地面に突き立てて立ち上がった。
手の平を見ると、小さな砂利や小石が付いてきている。それをそのまま、払わずに握り込んだ。
バァン!
隼也の手の中で蒼炎と黒煙が膨張、解放した。
その余波はその場全ての注意を寄せて、隼也の髪をなびかせた。
「立ったか。準備は良いか?敵を分断する。俺は右から、お前は左から攻めろ。良いか?」
柄を強く握り込む。それに呼応する様に妖剣の刃部分が群青、紺青と暗くなって行く。
「隼也、良いか?!」
返事の無い隼也に語気を荒げてかおるは聞き直す。
「あぁ、分かった...」
「あやめ、この分じゃ隼也は恐らく退かないだろう。住民の避難は任せた」
「分かった。お兄様達は片付けてからはどうしますか?」
「俺達は避難勧告をしながら、残党を探して回る。あやめ、お前も見つけ次第、頼んだぞ」
「分かりました!」
あやめが振り返り、走ろうとした時。
「駄目...お兄様。囲まれてる」
「同じ様な奴が5体か...任せても大丈夫か?」
「大丈夫。何とかする」
「分かった。...よし、行くぞ!」
3人は別々の方向へと駆け出した。隼也とかおるは敵の集団を挟撃する様に、あやめは背後の一団を迎撃する。
「幻月輪!」
かおるが吠え、大鎌を手元で激しく回転させた。
すると刃の軌跡に銀の光が現れる。鎌が数回転を終えると、そこには一つの環状の光が残り、地を這う様に敵に向かって行く。それを直様、追う様にかおるは速度を上げる。
ザンッ!
光輪は人影の1体を襲い、無慈悲に片腕を落とした。
「こいつ等...脆い!」
腕を失い、怯んだ人影に今度は、かおるが迫る。
大鎌は地面と接するか接しないかの軌道を通りながら人影に襲い掛かる。
「せい!」
かおるが脇構えの様に持った大鎌を逆袈裟に斬り払う。
ノの字を逆さに描く鋭い一撃に2体が巻き込まれ、片方は両足を、もう一方は胴を斜めに刎ね飛ばされた。
そのまま勢いを殺さずに、両足を失い倒れ込んだ人影を飛び越え、背後で人影の背中に大鎌の切っ先に突き刺した。
駆けるかおるに人影は貫かれたまま引き摺られる。
少し進むと、かおるは人影が引っ掛かったままの大鎌を大きくすくい上げた。当然、逃れる術は無く、巻き上げられた人影はやがて速度を失い、無防備にかおるの目の前に落ちてくる。
「ふんっ!」
落ちて来た人影をかおるは大鎌を体全体を使い大きく、無慈悲に両断した。
「あれが、投げってやつ...か」
隼也はいつの間にか足を止めて、かおるの一連の流れに見惚れていた。
洗練されている。素人目にも明らかに分かるほどに。動作の中でかおるの足も大鎌も一切止まりはせず、常に次、次と流れる様に動いていた。
「ん?うぉっ!」
正面に視線を戻すと、いつの間に迫っていたのか人影が4体、目の前にいた。
「危ねッ!」
急いで後ろに飛び退き距離を取る。人影の動きは緩慢でそれと同時に何処か拙い。普通に歩いてでも距離を離せる位だ。そんな奴らにあそこまで近寄られていた...どれだけの間、気を抜いていたのだろう...
「ふぅ...」
まぁ、そんな事、考えるだけ無駄かな。
今、こうしている間にも隼也の脳裏には無数の文字が映る。
「分かってるよ...彼奴らの事を木っ端微塵に吹き飛ばしたいんだろ?」
隼也の両足に妖気が集まって行く。妖剣を構え、姿勢を低くした。
「行くぞ!」
自身に大声で一喝し、両足から爆炎が噴き出した。
高速で人影に迫ると、今度は妖剣の柄頭から爆発が起こる。
「ッラァ!」
そのまま、諸手で突き出した妖剣は人影の鳩尾に根元まで深々と突き刺さる。
「まだだっ!」
人影の背中側に突き抜けた切っ先が再び爆炎を上げた。妖剣は隼也の力と爆風によって真上に振り上げられる。
当然、貫かれたままの人影は勢い良く上空に巻き上げられ、隼也自身も妖剣の勢いを使い、宙返りしながら舞い上がる。
「見様見真似だけどッ!」
そう呟きながら、右足を伸ばし妖力を集め、解放した。爆風は隼也の体に縦回転を与える。伸ばしていた右足は一緒に打ち上げた人影の腹を打ち付け、高速で真下に吹き飛ばす。
しかし、それだけで攻撃の手は止まない。
1回転目には踵落とし、そして2回転目には落ちた人影に向かい、遠心力を合わせて全力で妖剣を投げ付ける。
青藍の光が人影を貫き、地面へと縫い付けた。
「ラストッ!」
再び、隼也の身体中に青い光が現れる。それらが両肩や足に集中し、爆発を起こす。その反動で隼也は真下に急降下して、人影を張り付けている妖剣の柄頭へと踵落としが放たれる。
隼也の放った踵落としは柄頭に命中し、人影へと根元まで突き刺した。
すると、先程まで何ともなかった人影が、全身から青い光を放ち始めた。
「これって...もしかすると...」
徐々に光は強まっていき、突然胸部の中心へと収束する。
距離を置いた隼也は恐る恐る、こう念じた。
吹っ飛べ!
人影が突如、青い爆炎に包まれ、もうもうと黒煙を上げる。
暫くして黒煙が晴れると、そこに人影の姿は無く、爆炎で焼け焦げ、黒くなった地面だけが残っていた。
分かる。
どんな風に動けば良いのかが具体的にでは無いが漠然と分かる。
もっと、もっと、もっと...
「あぁ...もう!分かってる!少しは黙ってろ!」
ずっとチラつく文字に怒鳴る。この文が何を意味するのかは分からないが、何処か命令されている様で無性に苛つく。
ブンッ!
「はっ...?」
一瞬、隼也の横を物凄い勢いで黒いものが横切った。
「敵?!」
新たな敵襲を警戒した隼也は、横切ったものの行く末を見た。
その黒い何かは人影の一団に突っ込み、将棋倒しにしていく。そこでようやく勢いを失ったものは目を疑う様なものだった。
「あ...足?!」
勢い良く倒れ込んだ人影達の少し向こうに落ちているのは、腰から上の無い人影の足だった。
「すみません!お兄様、隼也さん!ぶつかりませんでしたか?!」
「大丈夫ー!」
「...ぁあぁ、大丈夫だよ」
あぁ、この声は...あやめか。しかし、あんなスピードで人影を飛ばすなんて、どんな戦い方してたん...だ...
隼也があやめの方へ振り返ると、絶句した。
「なら良かったです!」
槍を脇で支えながら構えている。そこまでは普通だ。
「う...うわぁ...」
しかし、あやめ自身の身体中に人影を倒した際に浴びたのであろう黒い返り血の様なものが付いており、槍の穂先の反対側、棍になっている部分は、これまた真っ黒に染まっている。
あやめの立っている周りには、元々何だったのかも分からない程に粉砕された黒い欠片が飛び散り、半身を失った人影が散らばっている。
「かおるも凄かったけどな...どっちが死神だよ」
少なくとも今はかおるよりも、あやめの方が死神に見える。いや?死神と言うより悪魔かな?
「ん?」
あやめが振り返る。そこには正に死屍累々となった場所から立ち上がる人影があった。
右腕こそ無いが良くぞ、あれだけの惨状の中で生き残ったものだ。その姿は何処か感動的ですらある。
「仕留め損ないっ?!」
あやめがふらつく人影に襲い掛かる。
2連続ですくい上げる様に、槍がXの軌道を残しながら、人影を斬り付ける。
人影は墨汁の様な体液を噴き出しながら、大きく仰け反り無防備な姿を晒す。
「ヤァアッ!」
普段話すあやめの落ち着いた声と同じの掛け声。しかしその声には、いつもは感じられない覇気が込められており、側から見ていた隼也すらも無意識に怯んでしまう。
あやめは仰け反る人影の膝に足を掛けて乗り上げる。そのまま肩まで駆け上がり、踏み切って宙返りしながら飛び越えた。
その直後にガインッ...と硬い物同士が激しくぶつかる音が響き、あやめの棍が地面を叩き割っていた。
人影が欠片となって飛び散る。あの恐ろしげな棍で頭から打ち付けたのだ。むしろ、跡形も残らない程に粉砕されても驚きは薄かった。
あやめの棍で頭から股下まで一気に粉砕されていった人影は欠片と黒い液体を撒き散らした。
あやめは再びそれらを浴びてしまい、払える分を払う。
「豪快な戦い方ですね...あやめさん...」
かおるを『柔』とすると、明らかに『剛』となるあやめの戦い方。
目の前で見せられたら、嫌でも名前に『さん』がついてしまう...
ここまで来ると驚きや恐怖を感じるよりも、あんぐりと空いた口が塞がらない。
「隼也さん!後ろに!」
「来やがったかっ!」
振り向きながら一文字に振り抜く。胸を押さえて後退る人影が目に入る。
「せいっ!」
手元を返して素早く妖剣の切っ先を人影に向け、片手で思い切り突き刺す。刃の2/3辺りまで刺さった妖剣の切っ先は当然人影の背中側に突き出ている。
ズンッ!と、切っ先が圧力と光を放ち、妖剣を引き抜く様に斬り払う。
斬り払った勢いをそのままに、回転、遠心力を加えた斬りを放つ。
切り払った際に仰け反っていた人影の腹部を回転斬りが見事に当たり、今度は逆に体を、くの字に曲げた。
「喰らえっ!」
隼也の体から常に立ち上がる淡い青の光が、より一層強まり、足へ向かい収束して膝蹴りが放たれる。
人影は元々の能力の低さに加え、怯んでいた所為もあって、ノーガードで、あるか分からない顔面を膝が貫いた。
渾身の力で打ち抜かれた人影は足が地から浮き上がり多大な隙を晒してしまう。やはり、その隙も見逃されはしない。
人影を妖剣が貫き、再び爆発と共に引き抜く様にしての斬り払い。引き抜いた勢いを殺さずに回転斬り、素早く切り返してから切り上げ、と連続で攻撃を重ねて行く。
しかし今度は一度では技は尽きない。ラストスパートと言わんばかりに何度も連続で刺しては斬り払い、爆発で遠くに吹き飛ばして締めた。
吹き飛ばされた人影は、人影の一団に突っ込んで倒れ込んだ2体の人影に覆い重なる。
やがて身体中から青の光を放ちながら一緒に倒れ込んだ人影も巻き添えに、一切跡形なく吹き飛ぶ。
やがて1体ポツンと残った人影。キョロキョロと周りを見渡して、残りは自分一人の事に気が付いたのか、少し躊躇してから隼也に襲い掛かる。
「もう1匹だけだし、良いよな?」
隼也は妖剣を自分の背中に斜めに差して、拳を構える。
素手でもいけるだろ!
「来いよ、ノロマ!」
挑発する様に人差し指で招く。
「..........」
まるで壮大な一騎討ちが始まりそうな雰囲気の中、人影はよたよたと30秒長を掛けて隼也の元まで辿り着く。
「遅えよ!」
雰囲気はぶち壊しの中で隼也が人影が行動を起こす前に仕掛けた。
ズンッ!
青の軌跡を残しながら一直線に貫く様に蹴る。重たい感触を感じ、確かに当たった事を確認すると蹴り出した足で踏み込んで、反対の手でこれまた真っ直ぐに打ち抜く。
衝撃からか人影は体制を崩す様に数歩よろけて背中を向けた。
「ふんぬっ!」
後ろ向きの人影の首筋を掴み、肩を当てて思い切り隼也の後方の地面に投げ、叩き付けた。
やはり人外の力、大地に打ち付けられた人影は空気が中途半端に抜けたボールの様に地面に反発して再び浮き上がる。
「やっぱり、直に触った方が早いな」
隼也の左手に妖気が集まる。その左手で仰向けに浮き上がる人影の首元を鷲掴みにした。
「行くぞっ!」
そのまま、掴んだ人影を思い切り地面に叩き付ける。左手に極端に圧縮された隼也の妖気が叩き付けた地点から青い光柱となり立ち登る。
叩き付けた人影をそのまま地面に擦り付けながら勢い良く走る。
少し進むと人影を目の前程の高さまで持ち上げた。まるでボロ雑巾の様な姿になった人影の胸部に青い光が一点に集まり、瞬間的に激しい閃光と圧力を残し消え失せた。
「ふぅ〜...」
隼也の全身を覆っていた妖気が嘘の様に収まり、大きく一息吐いた。人影を掴んでいた手を見てみると煤けており、それをパンパンと手を打ち合わせて払う。
「終わったな?」
かおるが大鎌の刃を布で拭い二つ折りに畳んで背中に収める。 あやめは槍の両端に付着した体液を振り回して払い落とした。
眺めてみると、あやめが戦った後には粉砕された人影の欠片や黒い血痕の様なものが散乱し、隼也は人影の跡形は一切無く真っ黒に煤けた地面のみが残り、かおるは切り口鋭く刎ね飛ばされた手足や首、縦や横に両断された人影が倒れている。
個々の戦いの性質を顕著に表している様だ。
「ん...?」
かおるが突如、関所の外を見詰める。しかし、気の所為か...?と呟きながら元に直った。
「その様ですね...集団で出てきましたけど、群れているという事は個別での能力の低さを自ら晒しているも同じ。一遍に相手せずに一体づつ打ち上げるなどして各個撃破したその判断、賢明でしたよ隼也さん」
「お、おぅ...ありがとうございます...」
別にそんな事考えて無かったんだけどな...
「...みたいな事、考えてるんだろうな。あの顔からして」
かおるが呆れた感じに小さく呟いた。
その様な事を話していると、人影の遺体の異変にあやめが気付いた。
「あれは...?」
あやめの声に反応し2人が人影の方を見てみると、人影の刎ねられた手足や粉砕された欠片等が、固体から急速に状態を変え、黒い水の様に地面に染み込んで行き、やがてまるで元から何も無かったかの様に消え失せた。
「ん...?何故だ?」
次々と消えて行く人影の中に、一切消える兆候の無いものが、2体...いや、2体分。
恐らく一太刀の元に両断されたので有ろう、縦、或いは横に両断されただけの人影が残った。
「恐らく、お兄様の倒した人影かと」
「だろうな。確かに真っ二つにした奴もいた...」
嫌な空気が流れる。隼也は背中に差した妖剣に手を当てがった。
すると、暫くして人影の遺体がビクンと大きく波打ったかと思うと、次の瞬間には今までの緩慢な動きが嘘だったの様に高速で、別れた半身同士がくっ付き、再び活動を始めた。
「残滓風情が!俺の詰めが甘かったか!」
「私が倒します!隼也さん、この人影とは別に強い力を感じます。この人影の親玉か、或いは無関係の侵入者か...ですが、集落に感づかれれば人影以上に厄介な事態になります!なのでお兄様と一緒に原因を探って来てください!」
「分かった!」
「恐らく、星良さんの事ですから、侵入者の所へと向かっている筈です。彼の手伝いもお願いします!」
「分かった!無理はするなよ、あやめ。では人影を倒してからは住民の避難を頼んだ!」
それだけを言い終えると、かおるは白銀の光の筋を残しながら飛び立つ。
それを追いかける様に隼也も大きく宙へと踏み切った。
「唯の杞憂ならば良いのだけど...」
戦闘って難しいですね




