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REVENGER  作者: h.i
11/36

狐と少年

「うっ...ん....」

全身が気怠い。

あぁ...いっそ、ずっとこうやって寝転んでいたい。

「ぇ?寝転ぶ?」



少年は重たい体を無理矢理引き起こした。

「こ...ここは?」



ふと、我に返った少年の視界に入ったものは、延々と続く雪原だった。木々の一本すら無い、ひたすらに広がるただの雪原。


少年が辺りを見回そうと、後ろにゆっくりと振り返る。

そこには遥か遠くから続く、一人分の足跡が有った。

その足跡は少年の方へと続いている。


「俺の?」

いや、どうだろうか?

不思議な事に足跡は少年の目の前でプツリと途切れており、少年の足元まで続いてはいない。


「じゃあ誰が?」

自分以外としても可笑しい。

この場には自分一人しかいないのだから...



不思議に思いながらも少年は元の方向へと向き直った。



せっかくだ。足跡の通りに先に進んでみよう。


一歩踏み出す。すると雪は何の抵抗も無く少年の足首まで飲み込んだ。足を引き抜いてみる。いつの間に裸足になっていたのだろう?いや、それよりも...

「冷たくない?」

あるのは自分の足を包み込むサラサラとした肌触りの良い感覚だった。


そうして足を踏み出した少年の視界の隅に白い何かが通りすがった。

「ん?」


急いで通りすがった何かを追って目線を下げる。

何も無い...


「なんだったんだろ?」

少年が再び顔を上げた。すると...


チラッ


まただ

今度こそ


そう考えるよりも早く、それを受け止めようと手が出ていた。

「とった!」


握り締めた拳の中にはとても小さな、だが確かに何かしらが有る感覚が有った。少年は自分の手のひらを恐る恐る開き、覗き見た。

「コレって...」


雪だ。

とても小さな半透明の白い結晶。



「あっ...」

少年が結晶をまじまじと見詰めていると、結晶はゆっくりと溶けて水となり、手のひらに広がる。

すると、突然水が淡い光を放った。

その光に少年は一瞬驚いたが、見惚れている。

だが今度は更に信じ難い事が起こった。




小さな男の子がいる。

両手を大人の男性と女性に繋いでもらって、とても楽しそうに会話している。

彼らの向かう先にはとても大きな遊具が有った。



「俺だ...」

この景色、覚えてる。

初めて家族で遊園地にいった日の事だ。

確か、観覧車の中で高いのが怖くって、泣き出してしまったんだっけ...


懐かしいな...


記憶を映し出していた水はやがて手のひらに吸い込まれる様にして消えてしまった。


記憶を見終わった少年はゆっくりと顔を上げた。

しかし、今度は目の前に広がる光景に息を呑んだ。

「ぁ.......」


先程まで、純白だった雪原。

そこには深々と雪が降っていた。

舞い降りる白が地面に触れる度に雪原が、まるで水に水滴が落ちたかの様に波紋を立てて鮮やかな光景を映し出し、その光景が見渡す限り延々と広がっている。


「コレ、全部...?」

そう。全ては灯が産まれて来た時から、現在に至るまでの全記憶が映し出されていた。



どこかむず痒い感じがする。

あぁ...そうだ。

俺、嬉しいんだ。

忘れかけて、淡く霞んだ様にしか思い出せない幼かった頃の思い出までもが、今、自分の目の前に写真よりくっきりと、油絵より色鮮やかに広がっている。


そう、思った瞬間、全身を多幸感が包み込んだ。

あの記憶を近くで見たい...


手を伸ばし、足を踏み出そうとしたその時だった。




止まれェ!


胸の中に重く強く声が響いた。

その言葉に驚き、少年は咄嗟に手を引き戻した。


ブンッ!

「ウワァア...!」

あまりの出来事に尻もちをついてしまい、情け無い声が出てしまった。

少年が手を伸ばしていたその先、映し出された記憶の中央から巨大な黒い手が出てきて空を掴んだ。



呆気に取られる少年に再びあの声が響いた。


気を付けろ、ここにある全てはお前を闇まで引き摺り込んでしまおうとしている。

もしそうなったら、お前が無事でいる保証は出来ない。


「はっ...えっ...?」


後ろだ!逃げろ!走れ!

その声に驚くと同時にその声に急かされる様に立ち上がり走り出す。


ガッ!

すると、少年の元いた場所で黒い手が空振りしていた。少年は走る。しかし、雪で覆われた地面の上では上手く走ることも出来ず、前へ前へと気持ちばかりが急いて身体がついて来ずにふらついてしまう。


「ウワッ!」

雪に足を取られてしまい転んでしまった!

ヤバい!

そう思った少年の目の前には無数の手が迫り来ていた。急いで立ち上がり逃げ出す。

しかし、今のタイムロスでかなりの距離まで手に近付かれた。


「ハッ...!ハァ...ッ!」

その時、少年の足を絡め取ろうとした手が、大きく振りかぶるように迫り来る。


「フッ...ッ!」

しかし少年の足を掴むはずだった手は空を切った。

当の本人は...



宙にいた。

前転での宙返り。

地面に引き寄せられて着地した後も、さも当然の様に走り続けた。

これだ。これが、この少年に与えられた才能だった。高校生になってからは久しくしてはいないが、中学の頃は器械体操が最も得意だった。部活も幼い頃からずっとダンスを続けている。

その身軽さは身体に染み付いており、無意識に少年を助けた。


「うおっ!」

咄嗟に身を屈める。物凄い勢いで頭上を黒い手が掠めて行った。


良いぞ、撒ける!

不思議な声がまた響く。その声に、走りながらも僅かに振り向いた。

先程まで自身を追い掛けて来ていた黒の奔流は遠くに見える。

諦めてくれたかな...

安堵し足を緩めた。疲れがドッと襲ってくる。死に物狂いで逃げ続けていたからだろうか?走っている時には全く感じ無かった疲れが一気に来た。肺や足が痛く、一時は動けそうにも無い。



幻影が消えて行く...やっと諦めてくれたか。


すると声が途切れた瞬間....


サァ........ァア.......


少年を取り囲んでいた景色。

様々な記憶や、降り積もる雪、遠方の山から灰色の空に至るまで全てがサラサラと、風に吹かれる砂の様に色鮮やかな光の粒子となって、巻き上げられ飛んで行った。

遠くの景色は音一つ立てずに硝子が砕け散る様に散って行き、少しづつだがこの世界の本来の姿が露わになってくる。


残ったのは白い空間だった。

何も無い。

音も風も、空も果てさえも無い。ただ、白だけが広がる空間。



少年は数歩足を踏み出した。その度に足元には波紋が生まれ、延々と広がっていく。

不思議な場所だな...動いても風を感じられない。暖かくも寒くもなく、幾ら歩いても進んだ感覚が無い。


「ん?」

少年は突然に現れた何かに気配を感じて後ろを振り返った。


「扉?」

そこには重厚な黒い扉が有った。

大きな両開きの扉には所々に金で細工がしてあり、周囲の白の風景も相まって、まるでこの扉そのものが一つの芸術作品の様に感じる。

少年はそっと手を伸ばし掛けるが、躊躇して手を引いた。

それもそのはず、つい先程に自分を引き込もうとする巨大な黒い腕を見たのだ。


声が囁く。


大丈夫だ...

その扉こそがお前の向かうべき場所だ。

開け。


「ぁ...あぁ...」

何故だろうか?この声の言う事は何故か信用出来てしまう。

少年は何の疑いも抱かずに取っ手に手を掛けた。


「グッ...くっ...」

開か無い。まるで打ち付けられている様にだ。鍵穴らしき物も施錠用のつまみも見当たら無い所から、鍵が閉まっていると言う訳では無いだろう。


どうした?早く開けるのだ...


声が急かして来る。

「分かってる!固くて開かないんだっ...!よっ...!」

押せ。

「え?」

引くのでは無い、押すんだ。

「あ...あぁ...そんなパターンね...」


少年が両取っ手に手を掛け大きく開け放った。


スカッ...

「なっ?」

扉を開け、無意識に踏み出した足は空に有った。

扉の先には地面が無かったのだ。扉の先は深い黒の最中に星の様な光が見える。


「ウワァ!」

少年は落ちない様にと後ろに重心を移す。しかしそれも遅かった。既に傾きつつ有った体は無茶な体重移動の所為で踏み出していない方の足さえも滑らせてしまった。


ガッ...!

本能からだろうか?少年の右手は床の縁にしがみついていた、直ぐにもう一方の手も床に掛ける。だが、腕に力が入らない。縁を掴む為にかなり無理矢理に体を捻った。その時に腹を打ってしまった所為か?

少しづつ少年の指が順に1本...2本...と剥がれていく。

そして限界は来た。

右手が離れた瞬間、疲労で自重を支えきれなくなった左手も離れ、深淵へと真っ逆様に落ちていった。








本当にこれで良かったのか?


大きく開け放たれた黒い扉のみが残る白い空間。

そこ声が響く。


すると、何処からとも無く蛍の様にフラフラと青白い光が集まっていき、一つの形を成した。

そこには静かに扉を見詰める一匹の狐がいた。

半透明の体は青白く光り、炎の様に揺蕩う。



「えぇ、きっと」

女性の声が響く。

狐の横に黒い霧が集まり柱状に固まる。そして霧が晴れるとそこに女性が立っていた。


分からない。

自分はこうで良かったのか?


「さぁ?私は分からないわ。それでも貴方が望んだのではなくて?」


違う。自分ではお前の力には敵わなかった。それでなお抵抗して灯の命を消し去られる位ならば、自分が従う方が幾分ましだと判断したからだ。


「それでは、建前、私に従いつつも腹の底では未だ私に逆らおうと考えているのかしら?」


そうは言っていない。灯が扉を開けた時点で既に不可逆なのだろう?それなら自分は灯にとって最善の策を用意しようとしているだけだ。


「そう...」


暫しの沈黙が流れた。その沈黙を破るのは狐の声だった。

大きく開いた扉を見詰めながら口は動かしはしないが辺りに響き渡る声で語り始める。



自分に左足は無かった。あの日を境に自分の左足は無くなったのだ。

いや...一つの生物としての足は有った。だが、そこには既に命が無かったのだ。

その自分に欠けた部分を埋めてくれたのは誰だと思う?

全て灯達だ。助けられる日まで自分は、ヒトは恐ろしい物だと思っていたし、仲間がヒトの凶弾に倒れるのも一度だが見た。あの頃は幼かったが故に理解は出来なかったが...今思えば恐ろしい事だったのだ。


そのヒトが、だ。

そのヒトが、自分の命を救ったのだ。

最初はヒトに対して恐怖しか無かった。噛み付いてしまった事もある。

それでもヒトは自分に手を差し出したのだ。

こんな優しいヒトは一部かも知れない。だが、ヒトが私の命を助けた瞬間から、私は一つ決心をした。


このヒト達に着いて行こう、とな。


自分は賢くなり過ぎた。

自分の名付け親も知っているし、その名付け親が見つかれば怒られると言うのに毎日夜な夜な自分の所に来て一声掛けてくれていた事も覚えている。

彼らにどんな思惑が有ったかは自分の知り得ない事だが、あのヒト達は...灯達は確かに自分を助け、もう一度生きる機会を与えてくれた。


そして...今はこう思う。

今度は自分が生きる機会を与えよう、とな。


「それで?貴方の願いは?」


そう急ぐものでも無いだろう?


「私にも為すべき事が有るの、あまり時間を無駄にはしたくない」


そうか、それならば結論から言おうか。







自分が灯の手足になる。





「そうねぇ...」


狐がゆっくりと立ち上がり、扉に向かって歩いた。


見てみろ。

見ての通り自分に左後ろ足は無い。哀れだと思うか?

自分はそうは感じ無い。

安いものとは思わないか?足一つで灯達に会えたのだ。


その言葉の通り、立ち上がった狐の左足は無く、青白い炎の様に光が立ち昇っている。

狐は扉の縁に立った。


「本当にそれで良いの?行けば貴方は、次の転生の機会も自我さえも失うのよ?」


言ったろう?

自分は賢くなり過ぎた。

どうせ消えるのなら何かを遺したい。

自分が壊れていって消えたとしても、それでも灯と一緒に居たいし守りたい。


貴方は知っているんだろう?

息も詰まる程に辛い事を。


何度も見てきたんだろう?

分かる、自分と同じ匂いがするからな...


狐が女性の方を振り向いた。


自分はこの先どれ程苦しもうと、自我が無くなろうと...この選択に一切の後悔も心残りも無い。


狐は再び扉に向き直る。

いや...一つ有ったな...心残りが...

灯のこれからを隣で見ていられ無い事か...

なぁ...一つ、良いか?


「何かしら?」

狐が女性の方を肩越しに見遣る。


彼は苦しみ抜いたのに...苦しめなんて...理不尽じゃあないか。


背中越しに見遣る狐の横顔。肩から覗く右眼は何よりも鋭く、貫く様に女性の両目へと向かっていた。


一言も発しない女性をよそに、狐はプイと視線を戻し扉に相対する。




それだけだ。



狐が扉の縁から強く踏み切った。姿が見えていたのも束の間、遥か遠くに浮かぶ星々の光に紛れ込み見えなくなった。


灯、失ったはずのこの命、自分は今こそ失うべきなのでは無いかと思う。この判断が間違っていても良い。


苦しい。見てみると自身の身体は光の粒子となって散っていっている。


マズい、間に合わないかもしれない...


あれは?

遠くに見える小さな姿。とても小さく、一旦目を離せばすぐに見失いそうだ。


灯ッ!


灯だ、きっとあれは灯だ!

狐は必死に手を伸ばした。二人の間は少しづつだが縮まっていく。



追付ける!

灯の身体が目前まで迫った。

グッタリとして動かない。気絶してしまっているのだろうか?

狐の身体は既に腹部は消え失せ、下半身に差し掛かっている。


灯ッ!自分だ!コハクだ!


反応はない。

起きる事は出来ないのか。それでも...

コハクが手を伸ばした。だが右手は灯に僅かに届かず虚しく 触れるか否かの所を掠めた。


ガァッ!

激しい痛みに襲われる。見てみると右足を残して下半身が殆ど消えており、上半身も胸部から上しか残っていない。


急がなければ!少しでも多くこの命を!

必死に手を伸ばし続ける。3cm...2cm...1cm...と近づく...


そして遂にコハクの右前足が灯の胸に当てられる、その瞬間、一際強い光が二人の身体から放たれた!




コハクの身体が解けてゆく...

解けた光は糸の様に束なり灯の身体に纏わり付き、光の糸は灯の手に足に、身体中に染み込んでいった。

灯に触れた瞬間、コハクの体は胴体は全て消え、右足の太腿半ばと尾、そして右腕と左腕の肘より先のみがが残っていた。


良かった...こんなにも遺すことが出来た...






少年はまだ落ち続ける。









「貴方は強いのね。その願い、届かず潰えるかと思っていた。なのに私の予想を超えた強さを見せた。ふふっ...貴方に似て、その子も強く育つでしょうね」


白い空間に一人佇む女性は高く、存在しない空を仰いだ。


「甘い。慢心?情けでも掛けたのかしら?...そこなのよ。所詮、出来損ない...そこが足りないの」


女性の体から、黒い煙が立ち上っていく。見てみると足元から女性は黒い煙となって散っている。


「強い妖としての力を持ってしまった狐と、妖に最も染まり易い少年。出逢わなければこんな事にならなかったのでしょうに...いつの時代も、誰にでも...世界はこんなにも残酷なのね」


「でも、そのおかげで力が完成した...」

一筋の煙と声の残響を残し、女性は去っていった...

タイトルは考えてつけた方がいいなぁ〜

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