狂気の初まり
2054年7月18日午後2時30分。全学年各クラスでは終礼があっている。
「よし、それじゃあ、何か連絡がある奴はいるかー?」
教室に一時の静寂が訪れたが、聞き覚えのある、しかし、この場で聞こえるはずのない声が静寂を破った。
「武藤先生、少し話があるのだが」
この声は。視線を声の聞こえた方に向ける。 やはり__理事長だ。
武藤は軽く頷いた。
「わかりました。終礼が終わり次第すぐに理事長室に向かいます」
「いや、今話をしたい。それも違うか。しなくてはならない」
武藤は少し訝しげな顔を作ったがすぐに表情を元に戻した。
「__はい。わかりました」
そう言って生徒を一瞥した後、武藤は理事長と共に教室から出て行った。
「おい、武藤のやつ、何かやらかしたのかな?」
「さすがにそれは無いだろ。あんだけ真面目に先生やってんのに」
徐々にざわついてきた教室の中で、俺は冷静に考えていた。
何か、おかしい。いや、理事長はただ武藤を呼び出しただけだ。今すぐというのも急ぎの用があったとかだろう。特におかしいところはない。だが、さっきから感じるこの嫌な悪寒は何だ。ざらっとした感覚がまるで拭えない。何かが、何かが起きる気がする……
そのとき、翔太から程遠い位置にいる蒼介も同じことを考えていた。何かが起きる、と。
それから30分程経っただろうか。武藤が帰ってきた。
しかし、その顔を見て愕然とせざるを得なかった。どう見ても、苦痛に顔を歪めているようにしか見えないのだ。
一体何があったんだ!?
その無音の問いに答えたのは紛れもない本人だった。
「いまから話すことを、落ち着いて聞いてくれ……」
表情が元に戻る。
「まず、保健室で注射を打ってもらう。クラスごとに行くから順番が来るまでここで待機」
は? 注射? 何のために? 教室がどよめいた。
「次に、注射を打ってもらったら教室に戻ってこい。そのあと一人一つリュックを渡す」
さらにどよめきは増す。
「リュックの中には支給品が入ってる。そして、支給品の使い道は一つ」
一瞬のための後に思いもよらぬ言葉が発せられた。
「__殺人だ」
言葉そのものには明確な意味がある。つまり、人を殺す、そのままだ。しかし、一体何人の生徒が理解できただろう。己に殺人を命ぜられたことを。
「今日の下校条件、それは……」
ここで武藤は顔を激しく歪めた。
「一人、一殺。イジョウだ」
ああ、異常だ。訳がわからない。どんなどっきり仕掛けてんだよ。先生も暇なもんだな。
武藤の言葉を聞いてむしろ安心したのか、複数の生徒は口に笑みを綻ばせていた。
5分程経ったとき、先生が口を開いた。
「……順番が来たようだ。速やかに廊下に並んで保健室にいけ」
皆平然と廊下に並んでいく。時折笑い声が聞こえる。皆冗談と思ってるのだろう。先生の悪ふざけだと。きっと普通に健康診断とかだろう。俺もそう思う。俺が列に並ぶとすぐに列は保健室に向かって進み始めた。
「なん……だかなぁ……」
蒼介は不愉快そうに呟いた。その理由は明らかだ。本当に注射を打たれたのだ。注射の中の液体が何か知らされずに。
「何を打たれたのかな……」
結花の問いに答える者はいなかった。
俺にはもう余裕は無くなっている。底知れぬ恐怖だけが絵の具のようにべったりと脳裏に貼り付いている。
さすがに教室内でも先程までの余裕がある者はいなかった。呑み込めない状況に皆混乱している。
そこに武藤の声が割り込んできた。
「よし、みんな揃ったな。じゃあ、いまからリュックを配布する。中は開けるまでわからない。くじ引きみたいなもんだ」
武藤が一人ずつリュックを渡していき、俺もリュックを受け取った。
リュックを配り終えた武藤は時計を見た。
「いまは__3時45分だな」
「ターゲットは誰でもいい。とりあえず一人殺すんだ」
「言い忘れていたな。下校時間、つまり6時までに誰も殺せなかったやつは……その場で死んでもらう」
これまで黙って聞いていた生徒達が一斉に声を上げた。それを制すかのように武藤は怒声を撒き散らした。
「ごちゃごちゃいうな! これは上の決定なんだ……俺だって……」
これまでで一番強く顔を歪めたが、一度顔をぎゅっと引き締めると、もうそこには無慈悲としか思えない、冷徹な表情しかなかった。
「開始は4時だ。それまでにリュックの中を確認しておけ」
それだけ言い残すと武藤は教室から去っていった。
それぞれがリュックを開け始めた。俺も意を決してチャックに手を掛ける。少しずつ、噛み締めるように開けていく。周りではすで開け終わったやつらが驚愕の声を上げている。
刃物もあれば双眼鏡などもある。どうやらこれは当たり外れがありそうだ。俺も恐る恐る開けていった。中が見えた。そこにあったのは__ハンドガンだ。手に取ってみる。____重い。これで、俺は人を殺すのか……?呆然としながら手中のハンドガンを眺めていると、背後から蒼介の声がした。
「ショウ、何が入ってた? って、うおっ! 銃じゃねぇか!」
その声に反応したクラスメイト達は一斉にこっちを向いてきた。
慌てて口を手で覆った蒼介に一瞥くれてやってから、次は俺が聞く。
「お前は何が入ってたんだ?」
蒼介は不敵な笑みを浮かべた。
「何だと思う?」
小学生かよ!
「わかる訳ねーだろ! ばーか!」
蒼介がノリわりぃなぁーと呟いたのを無視してもう一度聞く。
「で、結局何?」
「おう、それがよ」
差し出した蒼介の手にあったのは、一辺一センチ程の立方体の__飴?
次の瞬間__
「あっ! 二人だけずるーいっ! 私も食べるーっ」
結花がひょいっと蒼介の手から飴を取ると、そのまま口に入れてしまった。
「「あ__」」
蒼介と揃って絶句した。
「それ……俺の支給品なんだけど……」
蒼介がそう言うと結花の透明感のある肌はたちまち青みを帯びた。
「嘘……」
「本当……」
と、蒼介は間髪入れず答えた。
沈黙が続いたが俺が一つ咳払いをすると、二人とも我に返ったようだ。
蒼介は飴の代わりに結花の支給品だったサバイバルナイフを貰った。
そしてついに時計の長針が12、短針が4を指し、秒針が長針に重なり、殺し合いの開始を告げた。
しかし動こうとする者は誰一人としていなかった。
今回は登場人物からも読者からも謎の多い回になりました。翔太と蒼介と結花の今後の活躍に期待したいですね。活躍するのでしょうかねw 次回からは始まってしまいます。殺し合いが( ̄▽ ̄) 一応R15指定なので表現は柔らかくしていこうと思います。