邂逅編05
世界を構成する九つの元素を宿す神の欠片、それは竜の鱗という形を成して人に宿る。
その力の源、竜鱗の現出条件は全く解明されていない。
生まれつきの者もいれば、ミリィのように後天的に現出する者もいる。
年齢。
性別。
環境。
血統。
考え得るありとあらゆる要因を並べてもそこに共通項は何一つ無く。
神より授かりし能力を世のため人のため役立てよう、等という粉骨砕身滅私奉公な精神など持たぬ者であっても竜鱗は現出する。
過去を振り返ってみれば、己の欲望に屈し、その能力を悪用して外道に走った有鱗は掃いて捨てる程存在する。
気まぐれのように与えられる、神の奇跡。
その謎を解き明かす、数多の研究者がこの命題に挑み、そして敗れた。
卑小なる人の子には到達し得ない深淵を知るのみに終わった。
それでも尚真理を求め、人為的な有鱗の作出を企てた鱗主も存在したが、その結末は無惨なものだった。
そして現在に至るまで、竜鱗の現出条件は全く解明されていない。
それはある意味で当然の事であるのかもしれない。
人の理解を、能力を超えた、それこそが神秘であるのだから。
竜鱗を宿した者、有鱗は外法に対抗する超常の能力を持ち合わせてはいるが、決して戦闘を強要されている訳ではない。
彼等はごく普通に、一般の民のように市井で生きていく事を赦されている。
竜鱗の現出後は一定期間を修練府で過ごし、能力の制御を覚える事を義務付けられるが、それさえ終えれば後は自由だ。
その後の生をどう生きようと、それは個人の意思として尊重されている。
だが有鱗の在り方はあまりに只人と違いすぎた。
ヒトを超越した能力――法術を自在に駆使し、寿命も数倍、老化も非常に緩やかなものになる。
能力の高い者に至っては成長そのものを止め、数十年と変わらぬ姿を保っている。
また、未だ確定はされていないが、有鱗は生殖能力を持たないとされている。実際に有鱗が子を成したという記録が皆無である為だ。
ヒトと違う能力を持ち、ヒトと違う時間を生きる。自らの血を遺すこともできない。
与えられた自由は、異端を痛感するだけだ。
故にごく僅かな例外を除き、有鱗のほとんどは鱗主に仕え、世界を守護する戦いに身を投じる事を選択する。
……勿論そこには鱗主に対する敬愛の念、同胞たる人を守りたいと願う純粋な心が存在するのだろうが。
ミリィにはそんな大それた信念も覚悟も無かった。大多数の有鱗と同じ道を選んだのは、ただ、一人になるのが怖かったからに過ぎない。
修練府を出てすぐに仕官試験を受け、そのまま水竜殿に上がってもう十年以上が過ぎる。
その間、ミリィは一度も故郷に帰っていなかった。
かつてあたりまえのように共有していた平凡で穏やかな時間。
そこから逸脱し、異分子となった自分を自覚するのが恐ろしかった。
目頭にじわりと込み上げてくる熱いものを無理やりに抑え込む。感傷を振り切るようにミリィは歩調を早めた。
町へと続く整備された街道から外れ、木々の乱立する林の中へと進んでいく。
無論そこに舗装された道などあるはずもない。
だが緑の草と落葉に覆われた林の土を踏む、ミリィの足取りには何の迷いも無い。
《千里眼》によって得た地理はすでに頭に入っている。多少の勾配はあるものの、ロブロイへ行くならばこちらの方が早い。
ミリィの靴に潰された草からは抗議のように青い匂いが上り、鼻孔に残る甘いパンの香りを塗り替えていった。
わさわさと草木を掻き分け、丁度頭の高さに伸びた枝を払ったその先に。
――まるで一幅の絵のような光景を見た。