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風の吹く日  作者: 翠明
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邂逅編04

昔語りの中、それはエアーズブレードと呼ばれる剣に纏わる物語。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



むかしむかし。

風の鱗主様には世界の誰よりも何よりも大切な、愛しい愛しい恋人がおりました。

ですが彼は外法との戦いで死んでしまいました。

髪のひとすじさえ風竜鱗主の元には残りませんでした。

外法の吐き出した炎が、彼という存在の全てをこの世から消してしまったからです。

風竜鱗主は恋人の死を受け入れられませんでした。

死体が無い、だから彼は生きている。

そう言って風竜鱗主は恋人を探し続けました。

誰のどんな言葉にも耳を貸さず、ただひたすらに恋人を探し続けました。

風の大陸のどこを探しても、恋人はみつかりませんでした。

風の大陸にいないならば、彼はきっと他の大陸にいる。

世界のどこかに必ずいる。

そう言って風竜鱗主は恋人を探し続けました。

恋人を探すために竜脈を捻じ曲げて、世界の秩序を捻じ曲げて、そうして自分の心も捻じ曲げて、風竜鱗主は狂って死にました。

新たに即位した風竜鱗主は歪んだ竜脈を元に戻そうと必死になって頑張りました。

けれど水の大陸の竜脈は歪みがひどく、簡単には直せそうにありません。

そこで風竜鱗主は水竜鱗主に一振りの剣を渡して言いました。

『これは剣であり風である。この剣が我が依代となり、正しく風を導くだろう』

エアーズブレードと銘打たれたその剣は風竜鱗主の言葉の通り、水の大陸を流れる風の道しるべとなり、竜脈の歪みを正す要となったのです。


風の結晶エアーズブレード。

その美しい宝剣はその役目を終え、今は水の大陸で一番高い塔の天辺で、静かに眠っているのです。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



どこからか、パンの焼ける匂いがした。

鼻孔を刺激するその匂いに、目的地であるゼンノ尖塔に最も近い町、ロブロイはもうすぐそこだと実感する。

最後にもう一度、ミリィは《千里眼》を発動させて周囲を探る。

広がるのは視界、そして五感のどれにも当てはまらないもうひとつの感覚。

知覚範囲の何処にも外法――世界の理に背き異形と化した化物に特有の、歪んだ気配はない。それを確認してようやくミリィは肩の力を抜いた。

何度も何度も繰り返し行った法術探査。「この近辺に外法はいない」、それがミリィの結論だが、しかし用心に越した事はない。

同僚である火の有鱗アズに指摘された通り、攻勢法術の不得手なミリィは、外法に対抗する攻撃手段を何一つ持っていないのだ。

だが張り詰めた糸があっけなく切れるように、過度の緊張はかえって心身を損なう。

人の居住地は鱗主の守護下にあり、外法の接近を阻む防護結界に護られている。

これだけ町に近付けば、もう外法の襲撃は無いと判断して良いだろう。

ミリィは大きく息を吸う。

肺に流れ込む、甘く香ばしいパンの匂い。

それはミリィの心に切ない郷愁を呼ぶものだった。

――思いだす。

生まれ育った小さな町。父は町一番のパン職人だった。

幼い頃からずっと、パンを作る父の姿を見て育った。

父の作るパンを食べて満面の笑みを浮かべる人達を見て育った。

いつか父のようになりたいと、古ぼけて足のぐらぐらする踏み台に上って、父の横に並んで粉だらけになりながらパン生地を捏ねた。

「立派な跡取りがいて羨ましい」と、そう言われる度、照れ臭そうにけれど誇らしげに笑う父の笑顔をミリィは今でも覚えている。

成長して、父のようなパン職人になって、父の跡を継いで、恋をして結婚して家族を持って、そしてまた子供と一緒にパンを焼いて。

人生が終わるまで、あたりまえのように続くと信じていた日常は、ある日突然に終わりを告げた。

十七の夏、ミリィの脇腹に現出した、たった一枚の白い鱗によって

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