邂逅編02
午後の陽射しが万物を柔らかく包み込む。
等間隔に並んだ柱は陽光に照らされ、落ちた影は規則正しい横縞となって回廊を飾る。
大理石の白と柱影の黒。それを交互に踏みながら進む、ミリィの足取りはひたすらに重かった。
『ミリィ。貴方にちょっとお使いを頼みたいのよ』
限りなく軽ぅい口調で発せられた、けれどもそれは確かに水竜鱗主の勅命。
否と言える筈もなく、深々と頭を下げて承った命は、信頼の証だ。
貴方なら出来ると。
疑いも迷いも無く彼女は信じ、そしてミリィに託したのだ。
喜ぶべき事だろう。
誇りを抱いて良いだろう。
けれどミリィの心に、そんな感情は全く存在しなかった。
ただ伸し掛かる重責を負ってとぼとぼと歩く。
身に余る、出来るはずがない、どうして自分が、――こんなものさえなければ。
そんなことを考えながら歩く先、柱に寄りかかって立つ鮮ややかな赤毛が視界に映った。
見慣れたそれにうんざりする。
よりにもよってこんな時に、いやこんな時でなくても積極的に会いたい相手ではない、彼は。
「ようミリィちゃん」
ひょいと片手を挙げて親しげな挨拶を投げて来る彼、アズ。
しかし口調とは裏腹腹に、アズの口の端に浮かぶ笑みには友好の欠片も無かった。
「…………」
ミリィは無言で歩を進める。
平時でさえきつい、彼の相手をしている余裕など今の自分には無い。
痛い位に突き刺さる視線に耐えてアズの横を過ぎようとした時。
ダンッ、と鈍い音が響いて、突然、目の前にそれまでは無かった障害物が出現した。
ミリィを遮る腕、その手首の内側。浮き出る静脈に添って三つの紅い鱗。
ミリィは反射的に顔を上げる。
そこには鱗と同じ色彩を宿したアズの紅瞳があった。
それはまるで火のように熱く、ミリィの心を灼く。
「鱗主の勅命を受けたって?流石は希少な風鱗殿、鱗主の覚えもめでたいようでなによりだな」
ミリィはぎゅっ、と唇を噛んで俯いた。
分かっている。
たいした実力もないくせに、数の少ない風の有鱗であるというそれだけで、分不相応の扱いを受けている事なんて自分自身が一番良く知っている。
紅い鱗、火の有鱗であるアズの気性は燃え盛る炎そのものだ。
自信家で、それに見合うだけの高い能力を持ったアズには我慢がならないのだろう。
実力も伴わない者が、身に宿す鱗の色だけで、鱗主に重用されているという事が。
分かっている、そんな事は誰に言われずとも自分自身が一番良く分かっているから。
(――気にいらないなら、放っておいてくれれば良いのに。)
ミリィは黙って俯く。
その沈黙をどう受け取ったのか、アズはミリィの頭に手を置き、彼の薄黄色の髪をぐしゃぐしゃと掻き回す。まるで幼い子供にするような扱いは、ミリィのなけなしの自尊心を押し潰すのに十分だった。
「ろくな攻勢法術も使えない、自分の身ひとつ守れないお前が一人で?尖塔に着いた瞬間、即、外法に殺られちまうんじゃねぇの?」
大丈夫かぁ?と、嘲笑を隠しもしない声音が降って来る。
分かっている、彼は事実を述べているだけ。分かっている。
けれどこんな物言いを受けて、それでも笑顔で対応出来るほどミリィの心は広くない。
――限界だった。
ミリィは大きく首を振り、髪を掻き回すアズの手から逃れた。
その勢いのままアズから離れ、数歩の距離を取る。