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風の吹く日  作者: 翠明
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邂逅編01

枯葉のような薄黄色の髪と、淡い青の目。

高くもなければ低くもない平均的な身長と、厚くもなければ薄くもない平均的な体格。

容姿は悪くはないものの、群衆に埋没すればすぐに紛れて分からなくなる程度のもので。

ミリィと呼ばれる彼は、ごくごく普通の、何処にでもいそうな青年だった。

――ある一点を除いては。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



さらさらと、薄い紗のように煌めくのは流れる水。

天窓から差し込む光は揺らめく水面に反射し、波のように壁面を彩る。

青を基調とした室内の調度と相俟って、ここはまるで水の底。魚の一匹も泳いでいない事がむしろ不思議に感じる程だ。

最もここが真に水の底であれば、ミリィはとうに溺死しているだろう。

水の大陸サライアに生まれ育った彼であるが、泳ぎは苦手……というかまるで駄目というか、まぁそれはともかくとして。

もう何度も足を運んだはずのこの場所に、未だ馴染む事の出来ないのは、そのせいであるのかもしれない。

頭の片隅でそんな事を考えている自身が妙におかしくて、ミリィは心中で苦笑した。

ミリィの目前に座す彼女は、この水の大陸サライアに於ける至高の存在。

世界を構成する九大元素が一、《水》の竜脈を守護する、創世神?九頭竜の代行者。

世界にただ九人の尊き鱗主が一人、水竜鱗主。

民衆からはそれこそ神のごとき崇拝を受ける彼女の、愛らしい少女めいた双貌が笑みに崩れる。

「どうかしたのかしらミリィ?」

「はい?」

「今、笑ったわ」

いまわらったわ。鱗主の言葉が脳に浸透し、正しい理解に至るまでに要した時間は十数秒。

ざぁっと、ミリィの顔面から血が失せた。

「も、申し訳――」

なんという失態。慌てて平伏し、無礼を詫びようとする彼を、鱗主は鷹揚に制する。

「別に謝る必要なんてないわよ。っていうか、むしろいつも笑っていて欲しいわ」

だってあなた、と鱗主は己の柔らかな頬を抓み、下方へと引っ張った。

少女の柔らかな頬はパン生地のように伸び、歪んだ口元が「へ」の字のような形をつくる。

「いつもいつも、こーんな難しい顔ばかりしてるんだもの」

「は……」

どうにも対応のし難い返答を受け、言葉を詰まらせたミリィの薄黄色の頭が曖昧に揺れる。

ミリィが彼女を苦手と感じるのはこうした時だ。

誰もが跪いて敬意を表する至高の地位にありながら、彼女はまるで悪戯好きの小娘だ。

神の代行者である『水竜鱗主』のあまりにも『人間臭い』言動は、ミリィを酷く戸惑わせるばかりだった。


そう、ここはきっと水の底。

卑小なるこの身には理解も及ばない、神秘の住まう場所なのだ。


そう自らに言い聞かせて、ミリィは波打つ精神を鎮める。

部下で遊ぶ事が大好きな(本人に言わせれば、親睦と友愛を深めるためのコミュニケーションであるらしいが)鱗主にこれ以上付き合えば、こちらの心がポッキリ折れる。いやもう本当に。

とりあえず目先の話題を変えてみる。

「と、ところで鱗主。此度の招呼、いかなるご用命でしょうか」

「あら。用が無ければ呼んではいけないの?」

出来ればそうして頂きたい。……なんて正直な本音が言える程、ミリィの神経は太くなかった。

そして正直な本音と真逆の偽りを吐ける、程よくヨゴレた大人にもなりきれていなかった。

「いいえ決してそのようなこっ!?…………と、ふぁ、ありまひぇんが……」

罪悪感が口の滑りを鈍らせたのか。社交辞令という名のタテマエを述べる途中で思い切り舌を噛む。

淡青の瞳に涙を滲ませ、所在なく身を縮ませるミリィを見る鱗主の瞳はそりゃーもう楽しげにきらきらと輝いていた。

「嫌だもうそんな顔しないで、用事ならちゃんとあるんだから」

ね?と同意を求めるように小首を傾げて鱗主は笑う。

一点の曇りも無い完璧な微笑はまさしく『花のような』と言う形容に相応しい。

だがそれを映すミリィの淡青の瞳は疑念に曇りまくっていた。

用がある、というのは真実だろう。だがその内容は如何なるものか。

丁度一週間前の『用事』がミリィの脳裏を過ぎる。

大切な用事があるのすぐに来てと言われ慌てて行ってみれば気に入りの指輪を失くしたから探して欲しいというだけの話で、指輪発見後はお茶会という名目の部下いじりに付き合わされ、何故かその席には何かとミリィに難癖をつけてくる嫌味な赤毛の同僚までいたりして、とにかく針のムシロだった。

そんな『用事』が数回数十回と続けば、無条件にヒトを信じる純真なココロも失われていく。

ミリィの湿った視線を受けてなお微塵も崩れぬ愛らしい笑みを浮かべたまま、彼女は告げる。

「ミリィ。貴方にちょっとお使いを頼みたいのよ」

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