とあるGPチームの事情
来シーズンからソ連邦のチームが自国製のバイクでGPに参戦すると発表された時、多くの者は荒唐無稽な話だと嘲笑った。
そもそもソ連製のバイクなど、西側の人間の大半は聞いたこともなかった。少し詳しい者でも、アイスレースかスクランブルレース用のバイクしかイメージ出来ない。或いは、粗末な実用車があるのかも知れないが、イメージ的にはどれも戦前に設計されたヴィンテージバイクの部類に入る骨董品ぐらいにしか思い浮かばなかった。
ライダーに関しても、そんな前時代のバイクしか造れない連中に、最新のレーシングテクニックを身につけられるとは思えない。いくらオリンピックレベルの運動神経抜群の者を選び抜き、徹底したトレーニングしたとしても、ロードレースを知らない連中に何が出来るのか、モータースポーツはそれほど浅くないと。
誰もが当時の指導者の打ち出したペレストロイカのイメージアップの一環だろうとしか思わなかった。それでも人気の薄い80ccクラスにとっては、有難い話題提供だ。ライダーは全員若い女性というおまけまでついている。
話題づくりのイロモノという見方が大半だった。
そんな西側レース関係者の中に、彼女たちが自分たちを脅かす存在になりうる事を知っている者もいた。
「アホか、コイツら。今、最高峰の500でトップグループを走っているのは、アメリカやオーストラリアのダートトラックやってた連中だろうが。だいたい今のハングオンスタイルを確立したのもアイスレース出身のフィンランド人だぞ。あの魔女たちが来たら、俺たちは表彰台に近づくことすら出来なくなるのも知らずに笑ってろ」
パドックでソ連チームのGP参戦の話題を嘲る会話を聞いて、フランツ・ミッターマイヤーは独り吐き捨てた。彼は80ccクラスに出場し続けている西ドイツ人のGPライダーであった。フランツ自身も一年前なら、彼らと同じ事を言っていただろう。
彼はメカニックでもある兄クラウスとともに自分たちの作ったレーシングマシンで長年このクラスに挑み続けていた。一昨年のランキングは3位。もう少しで念願のタイトルに手の届くところにいたが、その時点で既に深刻な資金不足に陥っていた。人気の低下を続くこのクラスではスポンサーを掴まえるのも難しく、新たなマシン開発はおろか、GP参戦自体危うい状態だった。
そんな彼らに、スポンサードの申し入れがあったのは、昨シーズン直前の事だ。主に北欧の防寒具を扱うオランダの貿易商社が、自社ブランドでモーターサイクル用のライディングウェアを販売する事になったので、開発のアドバイスと宣伝を兼ねて協力を依頼してきた。
普通であれば、もっと注目を集めるクラスのチームのスポンサーになる方が宣伝効果は高いはずであるが、クラウスは「そこまでの経費はないのだろう」と疑う事なくとびついた。資金さえ調達出来れば、自信はあった。彼らは昨シーズン、堂々とチャンピオン争いに加わった。ライディングウェアの方も、彼らの活躍のおかげで順調だという。そうなると当然二人にも欲が生まれる。
ミッターマイヤーの名前は、レース界では割と有名だ。自分たちのパーツを市場に流通させれば、更に資金は潤沢になる。新しいパーツも試せる。
ウェアだけでなく、バイクのチューニングパーツの市販を先に持ち掛けたのは、ミッターマイヤー側だった。
彼らの活躍に気をよくしていた商社社長のナイマン氏は独断で快諾し、クラウスの望む部品を開発する資金提供を約束した。それどころかミッターマイヤーのガレージでは加工出来ない部品の外注も一手に引き受けてくれた。彼には、北欧や日本の工業界にもパイプを持っていた。
望む部品の図面を描き、出来上がった製品を試し、改良箇所をあぶりだす。よければレースで使う。結果はすぐに表れた。大規模なワークスチームの参加しない80ccクラスでは、どこも厳しい経済状況で戦っている。自分たちは資金の心配もない。レーシングチームを営む者にとって夢のような話だった。
やがて、送られてくる物がこちらの依頼した以上の製品が届くようになると、さすがにクラウスも不安になってきた。一見普通に見えるが、当時としは500ccクラスなどの一部ワークスチームぐらいしか使用していない高価な材質が使われている。材質が高価だけでなく、それらを加工製造するには大規模な設備が必要なはずだ。その技術の多くは企業秘密の部分もあり、簡単に外注を受けるとは思えなかった。思えば順調だと言うバイクウェアも、市場では見たこともない。ミッターマイヤーブランドの企画も、打ち合せすら行われていない。
騙されているのか?それにしては自分たちは何も損をしていない。元々、財布をひっくり返しても借金しかなかったのだから、騙し盗るものなどある筈がない。
疑念の膨らんだ二人は、ナイマン氏に問い詰めた。氏は思ってもいなかった事情を話し始めた。
「騙しているつもりはなかったんだが、君たちに届けられたパーツはポーランドで造られたものだ。元々銃や砲弾を作っていた国営公社だったが、ソ連の軍縮に伴い彼らへの発注もがた減りした。平和に近づくのは結構だが、彼らとしては労働者を食わせねばならないし、外貨も欲しい。民間工業製品に関してはお粗末だが、軍事産業に関しては西側に退けをとらない技術をもっている。大きな声では言えないが、私は彼らの商品も扱っている」
政治や軍事の話にあまり詳しくないクラウスであったが、ナイマン氏がいわゆる武器商人と言われる人種だと知って、更に不安をつのらせた。
「心配しなくても法に触れるモノではない。国を裏切るような行為でもないから安心して欲しい。むしろ、自由主義経済を脅かす砲弾工場から、モーターサイクルのパーツを造る工場に転化しようとしているのだ。世界平和に貢献していると言える。勿論、この事を事前に伝えなかったのは私のミスだ。君たちが望まないなら契約を解消しても構わない」
契約を解消するとは、夢のようなパーツの供給も資金提供もなくなるという事だ。ずっとレース資金に苦労してきたフランツとクラウスにとっては、棄てるには余りに惜しい蜜だった。
ナイマン氏の正体も、その説明にも疑わしい部分はあったが、誘惑には勝てなかった。
(なにも軍事機密を売る訳じゃない。むしろ技術提供を受けるのはこちら側だ。東西の壁を越えた共同チームによるタイトル獲得という世界初の偉業をしようとしているんだ)
人は都合のいい情報だけ信じ込み、都合の悪い情報には耳を塞ぐ習性がある。ナイマンの思惑通り、二人は無理矢理その話を信じ込み、今後も協力関係を継続する事を同意した。
実際、歴史的に見れば彼らの選択は、祖国を裏切る行為ではなく、冷戦終結に微力ながら貢献したと言えるが、当時の、特に西ドイツに育った兄弟にとっては、後ろめたさの伴う決断だった。
その後も、ナイマンは兄弟の後ろめたさと双方の利益を巧みに利用していった。