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ラプラスの瞳  作者: 若槻 幸仁
プロローグ
9/78

ミリア

 柄叉は国営の植物園に来ていた。

 鬱蒼とした木々がそこら中に植林され、ビニールハウスがいくつかある。その中では、熱帯に存在する花々が育てられ、ちょっとした植物展覧会の様相を呈している。

 そんな中で、中央に、とにかく巨大な樹木がある。

 名前はなんと言ったか……。

 とにかく、巨大で、神木を思わせる。

 しかし、そんなオカルトチックなものとは無縁な樹木でもある。

 遺伝子操作によって、爆発的な光合成を行い、爆発的な成長をする。僅か、十年であの巨大さになったらしい。

 あの樹木だけが大きい理由は、遺伝子操作の段階で、特に速く光合成を行えるようにされたからである。

 柄叉はその樹木に向かって歩き出した。

 あそこは、何となく落ち着く場所なのだ。

 丁度よい日除けになる樹木の葉っぱ、ひんやりとした樹木の温度、腰仕掛けるのには丁度いい。

 そんな訳で、柄叉は樹木に向かう。

 だが、先客がいた。

 葉っぱの色と同じ髪の少女……。

 憂い顔で、座りながら本を読んでいる。

 字を追いかけるその目もまた木の葉の色で、葉っぱと見分けがつかないほど、その場に溶け込んでいた。

 ふと、少女はこちらに目を向けた。


「ごめんなさい、今日貴方が来る事は分かってたから、もっと早くに立ち去ろうと思ってたの。でも、本に夢中で、気付いたら貴方がいた」


 少女は無表情にそう言った。

 不思議な雰囲気の少女だ。背は低く、幼いが、不思議と大人じみた雰囲気を醸し出している。

 少女の言葉に、柄叉はある可能性に思い当たり、言った。


「君も、予知能力者なのか?」


「貴方が言うことは分からないけど、多分そう。貴方には力を感じるから・・・・」


 少女は、透き通るような声で言って、立ち上がった。


「ごめんなさい、無駄な話をした。私はこれで……」


 少女はすぐに立ち去ろうとした。

 だが、


「いや、この木に一人しか腰掛けちゃいけないなんてルールは無い、ほら、座った座った」


 柄叉は少女を押し止め、座らせた。


「……、一緒に座って、いいの?」


「ああ、何で?」


 おずおずと聞く少女に、柄叉は首を傾げた。


「何でも……、無い」


 少女は、俯きながら、そう言った。

 そして、樹木の下で、また本を読み始めた。

 柄叉も、樹木に腰掛け、AECを操作した。

 そして、ちらっと少女のほうを見る。

 今の時代、本を読む人間は少数派だが、いないわけでもない。少女が本を読んでいるのも、さして不思議なことではない。 


「……、何?」


「いや、何でもない。君、名前は?」


「……、ミリア」


 少女はおずおずと言った。

 日本人の名前ではないが、現代日本では、そう珍しくもない。日本には、沢山の移民がいる。そして、東南アジアから来た移民は、子供の名前を日本風に付けるらしいが、ミリアは、どうみてもアジア系ではない、恐らく英米系だろう。


「ミリアか……。俺は、柄叉」


「つかさ?」


「ああ、柄叉だ」


 少女は、「つかさ、つかさ、うん、覚えた」そう呟きながら、宙を見上げた。


「ここ、いい場所だよな?」


 不意に柄叉がそう切り出した。


「うん、でも……、もうすぐ、この木は切り倒されるの」


「そうなのか?」


 悲しげな顔をしながら「うん」、とミリアは頷いた。


「一週間後くらい……。でも、この子、落ち着いてる。もうすぐ、切り倒されるのに・・・・」


 ミリアは立ち上がり、木に手を当てて言った。


「この子は、もう生きなくてもいいって思ってる。十分、人の役に立ったからって・・・・」


「そっか……」


 柄叉も木に手を当て、目を瞑った。

 柄叉には、そんな未来は見えるわけも無い。だが、ごくたまに存在するのだ、圧倒的な能力を持つ予知能力者が……。一説によると、卑弥呼や、ジャンヌダルクなど、神の啓示を受けた人間は、その能力者だったのではないかと言われている。だが、そのような能力者の力は非常にピーキーで、不安定であるという。

 彼女が、その類の能力者であることは疑いようが無いだろう。

 だとしたら、非常に希少な存在だ。

 それはさておき、柄叉は少し顎に手を当てて考えていた。


「うーん、切り倒されるのか、俺も残念だな。ここに引っ越してきてからずっとお世話になってたから。どうにかできないかな」


「無理だと思う、未来は変えられない……。小さなことならいくらでも変えることは出来るけど、運命っていう、どうしようもないくらい大きな流れは変えることは出来ない……。この木も、一つの生き物だから、運命っていう枠にはきっと入ってると思う」


「運命、か・・・・。でもさ」


 柄叉は宙を見上げ、樹木を見て、最後にミリアを見た。


「でも?」


 その次の言葉を促すように、ミリアは柄叉を見て、首を傾げた。


「俺は、そのどうしようもない運命って奴を変えるために足掻いてるんだ」


「……、」


 ミリアは、不思議そうに柄叉を見た。


「俺と君じゃあ、事情は違うかもしれないけどさ、例え抗いようのない運命でも、諦めずに戦う。俺はずっとそうしてきた」


「そんなの、無駄だよ」


 ミリアは、俯き、自信無さげに言う。


「まあ、確かに、相変わらず糸口は見えないんだけどさ、それでも、努力することに意味がないわけは無い。俺は、そう思いたい」


 柄叉は自分に言い聞かせるように言った。


「……、貴方、おかしな人」


「ああ、よく言われるよ」


 そう言って、柄叉はからりと笑った。

 いつものような、真っ白な笑顔ではない。人間じみた暖かい笑顔だった……。


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