可愛そうなテツ
予選は小憩をはさみ、昼休みとなった。
柄叉は校舎の屋上にいた。
直刃とさやはここにはいない。
空は晴れ渡っている。
しかし、空は灰色だ。
柄叉は空が嫌いだ。
それでも、毎日なんらかの期待を胸に、空を見る。
自分の求めている事柄が起きるはずも無いと分かっているのに・・・・。
灰色だ、何もかも……。
柄叉はポケットからサプリメントの入れ物を取り出し、六粒ほどを手にあけ、口に含むと噛み砕いた。
無機質な、白い栄養の塊が砕ける音がする。
「まずいな」
いつも、同じことを言う。
分かるはずもないのに……。
「ああ、柄叉くん! また、そんなもので食事を済ませて! 駄目ですよ!」
そんな中、自分を探していたのだと思われるさやがいつの間にか屋上にいて、そんなふうに大声で喋った。
その傍らに、直刃もいる。どことなく渋い顔で……。
「もう! 直刃くんは、ハンバーガーしか食べないし! 柄叉くんも柄叉くんで、サプリメントばっかり! サプリメントは、普通の食事に不足しがちな栄養を補うものなんですよ!?」
「分かってるさ、でも、最近のサプリメントは、その問題点も克服してるらしいから、俺はこれで十分だよ」
そう言って、柄叉は笑う。
「だめです! 柄叉くん。どっちにしろ、不摂生には変わりありません! 最近は、ジャンクフードやサプリメントなどから離れ、ちゃんとした料理をして、ちゃんと食べようという動きが強まっているんですよ?」
さやは、有無を言わせない態度で、柄叉に迫る。
「分かったよ、でも、何も持ってきてない」
柄叉は目を泳がせながら言った。
そんな柄叉に、さやは、してやったりと言った顔で、
「ちゃんと、みんなの分を作ってきました! みんなでお弁当を食べましょう!」
さやはバスケットを突き出すのだった。
「ん、サンキュー」
柄叉は言うのだった。
「僕は、ハンバーガーでいいって・・・・」
直刃は小声で呟くのだった。
だが、直刃はじろっとさやに一瞥され、肩をすくめて、「やれやれ」と文句を垂れる。
サンドウィッチ、サラダ、チーズに生ハムを巻いたもの、小さなハンバーグ、ウサギの形のりんご。
「これ、さやが作ったの?」
直刃は、サンドイッチを取り上げながら言った。
「はい! 自信作です!」
「そっか……、じゃあ、いただきます」
直刃は、サンドイッチを取り上げ、口に含む。
「あ、美味いよ」
直刃は感心したように言った。
「そうですか? ほら、柄叉くんも、食べてください」
「ん、そうだな、じゃあ、……、これを食べようか」
柄叉はしばし宙に手をさまよわせた後、卵のサンドイッチを取り、口に運
んだ。しばらく無表情に頬張り、飲み込むと、驚くほどの笑顔で、
「……、うん、美味いよ」
そう言った。
「そうですか! 良かった!」
さやの顔が一気に綻ぶ。
「ああ、美味いと思うよ。きっと、みんな美味しいと感じると思う」
直刃はその言い方に少し違和感を感じたが、何も言わなかった。
さやは、それには気付かず、上機嫌で柄叉と直刃に料理を振る舞った。
その間中、柄叉の表情に何か、影がさしていたのは直刃ですら気付かなかった。
「ねえ、柄叉? 三年の兼光剣聖に勝つのは難しいよ、そもそも、他のチームに勝てるかも微妙だ。何か手はあるの?」
「あることはある。でも兼光先輩との戦いの前には使えない。それまでは、直刃とさやに任せるしかない」
「そりゃまた無茶振りだね」
直刃は言うのだった。ただし、自信無さげな色合いは全く感じられず、むしろ不敵に、遠まわしに任せろと言っているようだ。
「確かに、無茶振りだ。実際俺はさっきの戦いでは役に立たなかったし、これからもっと、二人に頼らないといけない状況が来ると思う。本当に済まない」
柄叉は感情が読めない表情で言った。無表情とも違う、かといって笑っているわけでもない、悲しみに歪んでもいない。
柄叉は、いつの間にか普通の表情に戻ると、
「まあ、休んでいようぜ」
伸びをしながら、屋上の床に寝転がった。
直刃も、寝転がる。
さやも、寝転がる。
「青いねえ、空って」
直刃が何の気なしにそう言った。
「そうですねえ」
さやはぼーっとした声で言った。
「そうだよな、青いんだよな、空って・・・・」
柄叉はそんな当たり前のことを、今、思い出したかのように言った。
彼らの試合は、明日まで無い。
「確か、帰ってもいいんだっけ?」
「はい、確かそういうことになってます」
「不文律なんだけどな」
直刃とさやの会話に柄叉は補足した。
三人は、未だに屋上に寝転がっている。
「帰る?」
「そうだな、帰ろうか」
直刃の提案に、柄叉は立ち上がり、首を二、三度曲げ、伸びをした。
他の試合を見なくてもいいのか? という疑問が生じるが、それは問題ない。試合の状況は随時AECに転送される。だが、それでも、例えば、サッカーの中継を見るだけでは満足できない熱狂的なファンがいるように、その場の雰囲気や、熱気を感じたいと思う人間はかなりいる。
しかし、三人はそんなタイプではない。
それに、試合の分析をするなら何度でも撒き戻したり、早送りしたりすることが出来る配信映像のほうが便利と言える。
「じゃあ、さや、分析は任せるよ」
「任せてください」
そんなふうに言葉を交わし、三人は歩き出す。
学校の入り口に差し掛かり、三人は靴に履き替えた。
どうやら、もう既に学校から抜け出し、外で食事を済ませている生徒が多いらしく、学校は静かで、昇降口にもほとんど生徒がいなかった。
「あ、しまった。AEC忘れた」
そんな中、柄叉が自分の腕を見て言った。
「先に行っててくれ!」
そう言って、柄叉は走り出す。
「じゃあ、校門で待ってるからね! 柄叉!」
(つかさ? まさかね)
階段を降りて、飲み物を買うためにコンビニエンスストアに向かおうとしていた兼光剣聖は、誰かが柄叉の名前を呼んだのを聞いて、一瞬、ある可能性に思い当たり、しかし、直後首を振った。
「剣聖! 飲み物を買うなら俺が行くっていってるじゃねえっすか!」
そんな中、いかつい顔の、剣聖のチームの一員、鉄心が小走りでこちらに向かってきた。
「テツ、そんな召使いみたいなことはしなくていい。自分で行くよ」
剣聖は、鉄心の方を見て、諭すように言った。
筋骨隆々、質実剛健、警察官志望ですといった感じのたくましい顔、いかつく、そして、男らしい顔の青年だ。正直、自分とは同じ学年には思えない。と、心のどこかで思う剣聖だった。
そんな鉄心だが、彼は、小さな頃から剣聖に対して、畏怖と尊敬を示している。そのためか、召使いのように、剣聖と接するのだ。
そんな態度を改めさせようとするのだが、中々直らない。
(テツには何を言っても無駄。頭が固くて、理解力が無いから、絶対に直らない)とは、七支呼心の言葉である。
そんな名言を残した呼心、通称ココ(剣聖限定)もこの場に来た。
「みんなで行こう、私も咽が乾いた」
呼心は、低いアルトの心地よい声で言った。
呼心は、細い目の大人しそうな顔立ち、割と短く、少し癖のある髪の少女である。スタイルはスレンダーで、しかも背が高く、いわゆるモデル体系である。
それにしても、似ていない双子だ。性格も、背格好も全く似ていない。
一応、生まれた順番では、鉄心が先になるらしいが、雰囲気で行くと呼心のほうが大人には見える。
(本当に似てないなあ、二人とも)
そんなふうにぼんやりと考えていると、「剣聖、行こう」無機質なアルトで、呼心は淡々と言うのだった。
対して、剣聖は「ああ、そうだな、行こうか」頷く。
そんな訳で、三人は、ロッカーへと歩き出すのだった。
剣聖は自分のロッカーの前に立つと、「キー解除」と呟いた。
その瞬間、カチッと言う音が聞こえ、ロッカーのキーが外れる。
剣聖は、ここ一ヶ月ほど、『例の面倒な事柄』に、遭遇していなかったので、完全に安心しきっていた。
しかし、剣聖がロッカーの扉を開けるとザーッと、紙束が落ちてきた。
「ああ、またか……」
その瞬間、剣聖は全てを悟る。
『例の面倒な事柄』である。
ラブレターだ。可愛い封筒に入ったラブレターなのである。
その数、ざっと二十近く……。
「今回は少ない」
呼心がそんな惨状を見て言った。
「本当だ。少ねえな、音声認識に切り替えた甲斐があったんじゃねえっすか?」
鉄心は、そんなふうに笑い、呼心は、無表情に自分のロッカーを開けた。
その瞬間、バラバラバラーッと紙束が落ちてきた。
「まずった、私も音声認識にしておくべきだった・・・・」
ラブレターだ。可愛い封筒に入ったラブレターなのである。
大事なことなので、二回言ったのである。
「……? おかしい」
手紙を拾い上げた呼心が首を傾げる。
「どうしたんだよ? 呼心」
鉄心が呼心の手を覗き込む。
「何故か、女子生徒からの手紙のほうが多い、きっと間違えたんだと思う。……、でも、私の名前が書いてある。どういうこと?」
「いや、きっとそいつらは何も間違っちゃいねえよ」
鉄心は呆れながら言うのである。
「どういうこと?」
「理解する必要は無え。未来永劫な・・・・」
鉄心は、自分のロッカーを開ける。
自分の靴以外、何も無かった……。
「まあ、普通はこうだよな」
鉄心は敗北感を誤魔化すため、そんな建前で自分を納得させた。