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ラプラスの瞳  作者: 若槻 幸仁
プロローグ
3/78

葉桜小船

 葉桜小船は教師だ。だが、教官、と言われたほうがしっくり来る。かなり目つきが鋭い女性で、背が高く、どこと無く威圧的である。顔貌は整っており、その眼光によって、無機質な美しさを演出している。別に本人が意図してのことではないが、美人鬼教官葉桜小船といえば、この学校で知らない生徒は居ない。

 兼光大学付属、兼光高校……。この学校では、ある特殊な技能を持った生徒を育てている。

 未来予知、過去透視、

 日本が某国の暴走を三日で押さえつけたのは、その力あってのこと。


 ラプラスという物理学者は言った。

 もしもある瞬間における全ての物質の力学的状態と力を知ることができ、かつもしもそれらのデータを解析できるだけの能力の知性が存在するとすれば、この知性にとっては、不確実なことは何もなくなり、その目には未来も(過去同様に)全て見えているであろう。

 この圧倒的な知力を持った知性を、後の人々はラプラスの悪魔と呼んだ。

 結論から言ってしまえば、このトンデモ理論は、実現不可能だった。量子力学、情報科学の観点からラプラスの悪魔は葬られたのである。

 しかし、百年以上も前に、完全なラプラスの悪魔を生み出すことは不可能でも、ある限られた範囲をシュミレートする知性を生み出すのは可能だとする可能性が示唆された。

 全世界のネットを介して、ある論文が発表されたのだ。

『リ・ジェネレーション・オブ・ラプラス』という名の論文・・・・。

 そこには、人間の頭に隠された演算領域があることを示されていた。

 仮想演算領域……。

 実体の無い架空の演算領域が、人間の脳にあるという。

 量子力学の観点から言えば、物質のある瞬間での状態を全て解析するのは不可能であり、それを不確定性原理と呼ぶ。

 しかし、それは、観測者に実体があるからであり、架空の演算領域、つまり、実体の無い観測者ならばそれが可能であるということになる。例えば、観測者が認識する数値、つまり公式の答えを虚数のようなものだと仮定し、それを超越存在値と命名する。その超越存在値を量子力学の不確定性原理の公式に当てはめる。それによって、無理やり、その公式を解き、力学的状態と力を知ることが出来る。だが、それで出るのは超越存在値を加味した答えで、具体的な数値ではない。だが、仮想演算領域は、その超越存在値を入力した瞬間、何らかのプロセスを介し、それを具体的な数値に変えて、演算を行なうのだ。

 これで、量子力学の観点から見た、ラプラスの悪魔を存在し得ないとする理論の一つが崩された。

 もう一つ、情報科学の観点だ。例えば、一秒先の未来を読むのに、一秒掛かっていては、未来を読んだことにはならない。だが、仮想演算領域は、時間軸を踏み越える力を持っている。そもそも、実体の無い架空の演算領域には、時間の制約はないのである。

 それでも、人間の演算能力を考えれば、その演算には無理が生じてくる。そこで、限られた座標と未来に絞って、演算を行い、未来を把握するのだ。

 これは、完全な世界のシュミレートにはほど遠いが、十分な利益を生み出したのだ。

それは、例えば戦闘……。


「以上が、ラプラスシステムが実現に至った経緯だ」


 授業である。ひとしきり説明を終えると、葉桜は「さて」と、呟き……。

「後ろのそろそろと入って来る三人組、今の話を要約してみろ、代表者一名を選んでな」

 三人はギクッと身体を強張らせたが、顔を見合わせると、柄叉が前に進み出て、


「後ろに三人の生徒がいて、そろそろと入ってきました」


 とんちんかんなことを言い出した。


「違う、その前だ。授業の内容だ。というか、よしんばそのことを聞いていたとしても、要約になっていない!」


「すいません、今来たばっかりで、分からないです」


 柄叉は悪びれた様子も無く言うのだった。


「ええい! ……もう良い、座れ」


 葉桜は頭を押さえ、ため息をつくと、諦めたような口調で三人に言う。

 すると、丁度良く、天がそれを決めていたかのようなタイミングでチャイムが響き渡る。


「……授業は終了だ。平井、ちょっと来い」


 柄叉は手招きされ、それに従い、小走りで葉桜の下へと向かった。


 応接室である。そこでソファに座り、机を隔てながら、葉桜は話を切り出した。


「転科の件の話だ。転科する気は無いのか?」


「何度も言っているはずです。俺は、俺には、この生き方しか考えられない・・・・」


「何を考えている? お前の今の力では、いつか、付いていけなくなる。これは自明の理だ・・・・」


 少しきつい口調になったのをわずかに悔い、葉桜は目を瞑ったが、


「それでも……、そうしなきゃならないんですよ……」


「何?」


 柄叉が消え入りそうな声で言うと、怪訝な声で、葉桜が眉根を寄せ、疑問を発する。


「とにかく、俺には無理です。これ以外の生き方を模索することなんて……」


 そう言って、柄叉は立ち上がり、もうそれ以上何も言わずに歩き出した。

 柄叉が去ると。葉桜は俯き、呟いた。


「馬鹿、馬鹿者……」


 誰にも聞かれないような声で……。


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