溢れ出した想い
目を空けると見慣れない真っ白な壁が見えた。
どうやら教室での事がショックで保健室に駆け込んだ後、寝てしまっていたらしい。
「………。」
弱いなぁ…私。裕ちゃんに拒絶されたぐらいで…。
いや、思えば裕ちゃんに拒絶されたのはこれで二回目だった。
ずっと昔、私たちがまだ小学3年生だった頃、一度裕ちゃんが家出をしたのを見つけた事があった。
その時の裕ちゃんは何処か寂しそうで、本当に消えて無くなってしまいそうだった。
「はぁ…あの頃の裕ちゃん…可愛かったなぁ〜。」
思い出に現実逃避をする私。
そういえば私はいつから裕ちゃんに恋心を抱いていたのだろう?
思えば昔からいつも一緒だったし、彼との思い出の数が多すぎて正確にはわからないけど…。
友達としての『好き』から、女の子から男の子への『好き』に変わったと自覚した日の事ははっきり覚えている。
――――――――――――
「岬ちゃん、今日は惜しかったね。」
「けど良く頑張ったよ。」
「また次も頑張ろうね!」
友達は次々に私に声をかけていく。
中学2年の夏、私は始めて水泳の大会に参加した。
結果は、2位。
1位は違う学校の人だった。
私は無理矢理笑顔を作って言う。
「うん、皆もお疲れ様。またね!」
素直に笑える筈がない。
今日は裕ちゃんが応援に来てくれていたのに…。
試合前、裕ちゃんは私に言った。
『やるからには、1番になれよな。岬。』
私が水泳を始めるきっかけになった言葉。
私は、約束を守れなかった。
いったいどんな顔で会えば良いんだろう…?
「岬。」
私はビクッとした。
裕ちゃんはいつの間にか私の目の前に立っている。
待っていてくれたのだろうか?
いつもなら嬉しいが、今は…1番会いたくない人だった。
とにかく…元気、出さなきゃ。
「裕ちゃん!ゴメンね、負けちゃったよ。」
「岬。」
「惜しかったんだけどね、1番にはなれなかったよー。せっかく裕ちゃんが応援に来てくれたのにね。」
「黙れ。」
「っ!」
裕ちゃんは私を厳しい表情で睨んだ。
どうしよう…怒られる…。
彼はそのままの表情で口を開く。
「何無理して笑ってるんだ。馬鹿。」
「…え?」
「な、なんで…?」
「わかりやすいんだよ、お前は。」
「……ゆ、裕ちゃん…。」
もう、限界だった。
「泣けよ、悔しいんだろ?お前は人一倍練習してきたんだ。遅くまで残って、この日の為に頑張って来たんだ。そんなヤツが負けて笑える筈がないだろうが。」
その言葉は、私の気持ちを弾けさせるのに充分だった。
溢れ出した涙は、とまらなかった。
「…悔しい、よぉ…裕ちゃん…!」
裕ちゃんは優しい笑顔で私の頭を撫でてくれた。
その優しさが、私の涙をさらに増やしていく。
「まったく、無理するな。岬の癖に…。」
「…ご、めんね?…1番に、なれなくて…。」
「アホ…。」
裕ちゃんは私が泣き止むまでそっと抱き締めてくれていた。
「…ん、ありがとう。」
「すっきりしたか?」
「うん…。」
そこで私は、まだ裕ちゃんと抱き合っていることに気がついた。
「ひゃう!」
私はすごい勢いで、裕ちゃんから離れた。
顔が熱い…!
「…そんなに俺が嫌いか…。ならもう胸など貸さんがな。」
「いやっ!そういう訳じゃ無いんだけどさ!あの…なんていうか、むしろ逆っていうか…。」
どうしよう、まともに顔すら見れない。
裕ちゃんは、
「ま、なんでもいいけどな。」と言いながら私に何か差し出した。
「ハンカチ?なんで…。」
「鏡見てみろ、すげぇブサイクだぞ。」
なんてデリカシーがないんだろう…。
もう少しましな言い方はなかったのだろうか?
「…最低…。」
「…何故だ?」
本当にわからないのか…何て厄介な男の子だろう…。
残念なことにその日以来、私の中は厄介な彼で一杯になった。
―――――――――――
「はぁ…あの頃の裕ちゃんも素敵だったなぁ…。」
「…ほぅ?では今はどうなんだ?」
「今は唯のひねくれ者…って、裕ちゃん!?」
私は我が目の疑った。
そこには何故か息をきらせた裕ちゃんが立っていたのだ。
「…まぁいい。短刀直入に聞こう。岬、お前の好きな男は誰だ?」
私は言葉を失った。