王子の苦悩
俺は腹をたてていた。
それは岬が化粧をした事に対してではない。
岬の変化に一早く気付けなかった自分に対してだ。
「ちっ…ボールを寄越せ!」
俺はイライラを振り払うかの様に声を荒げる。
しかもよりにもよって中嶋なんぞに気付かされるとは…。
その中嶋は今ごろ浩介のラリアットを喰らい、教室で伸びているだろう。
…何故浩介がラリアットを放ったのかは良くわからないのだが、良い気味だ。
ディフェンスにまわっていたクラスメイトをドリブルで抜き去ると、俺はゴール目掛けて一気に疾走した。
「裕一!打て!」
「黙れ!俺に命令するな!」
思いきり蹴りだされたボールはゴールネットを揺らす。
「流石王子!」
俺は嬉しそうに近寄ってくる高橋を睨みつける。
「…高橋…次同じ呼び方をしたら…潰すぞ?」
「わ、悪かった。」
まったく…こんなガキみたいな八つ当たりまでして、俺は何がしたいんだ?
岬とはずっと一緒に育ってきた、だからアイツのことは俺が一番理解している。
それは自惚れではなく、事実だ。
もし事実でないとしても…、そうでなくてはならない。
何故なら…。
まぁ…それは良い。
だがこの苛立ちはなんだ?
「………。」
時計を見ると昼休みまでもう5分を切っていた。
俺は額の汗をハンカチで拭うと、校舎へと歩みを進めた。
俺は下駄箱で靴を履き替え終え廊下を歩く。
相変わらず胸のつかえは取れない。
「………。」
俺は気だるさを隠そうともせずに階段を上る。
「裕一、ちょっと面貸せ。」
…ずいぶんと古い誘い文句だ。
俺は階段の上で腕を組む浩介を睨んだ。
「…なんだ浩介。遊び相手なら他を当たれ。俺は貴様のように暇ではない。道を空けろ。目障りだ。」
「ったく…、ガキみたいに八つ当たりか?イライラしてるのはお前だけじゃねぇんだよ。頭の悪い発言するな、気分わりぃ。」
確かにその通りだ…。
自分の精神状態が不安定だからと言って、他人に当たって良い筈がないのだ。
まったく…俺としたことが。
冷静にならなければ。
「その通りだな…すまなかった。」
「わかったなら良い。とにかく屋上でいいな?行くぞ。」
「…ああ。」
『王子が謝った!?』
『…そんな…まさか!!』
『世界滅亡だぁぁぁぁ!!!!』
裕一と浩介が去った後、偶然にもその会話を聞いていた人々によって廊下は阿鼻叫喚の地獄絵図と化したとか…化してないとか。
「それで話とはなんだ?」
俺たちは屋上の給水塔の裏に座り込んでいた。
「言わなくてもわかってるだろ?岬のことだ。」
「………。」
浩介は溜息きをつきながら言葉を続ける。
「…なんでそんなにイライラしてんだよ?」
「………。」
「やっぱあいつが化粧してきたからか?」
「違う。」
「違わねぇだろうが。」
「違う!」
俺は声を荒げた。
クソッ…!頭が廻らない…。
冷静になれ、俺らしくもない。
「…俺は、俺に腹を立てている…。岬の変化を一早く見抜けなかった、俺自身に。」
俺は自分の顔が火照るのを感じた。
何故こんな恥ずかしいことを言わなくてはならないんだ…。
「とりあえずその発言に対しては突っ込まないでおくが………つまりだ。お前は岬が化粧をしたことについては怒ってねぇと?」
「もちろんだ。…ん…いや…どうなのだろう…怒ってはいないんだが…。」
「どっちなんだよ…。」
どっちなのだろう…いや、別に岬の化粧については何も思う所はないのだが…。
この違和感は…?
「なぁ浩介、女は何故化粧をするんだ?見た目を綺麗にしたいというのはわかるが…まだ高校生である身でそこまでして綺麗になる必要性が何処にある?」
「なんだよ唐突に…。」
浩介は俺に呆れたような目を向けた後、じっと考え込んでいた。
「うーん…俺は女じゃねぇから良くわかんねぇけど…。好きな男を振り向かせたいとか、彼氏に喜んでもらいたいとかじゃないか?」
「そうか…。」
ようやくわかった。
違和感の正体。
「浩介、岬の好きな男、誰だか知らないか?」
「はぁっ!?な、何言ってんだお前!?」
岬には彼氏はいない。
ということは、残った理由は『好きな男がいる』という事だろう。
岬には好きな男がいる、そう考えると無性に苛立ってくる。
「いったい岬が惚れた男はどの程度のヤツなのか…もし性格の腐った卵のようなヤツだったら…。」
「…ゆ、裕一…。」
「…まったく…見てらんないわよ。なんでわざわざ授業サボってこんなノロケ話聞かなきゃならないのよ。」
頭上を見上げるとそこには愛がこちらを見下ろしていた。
「愛…貴様…何故ここにいる?」
「そんなのどうでもいいじゃない。それより岬の好きな男がどんなヤツか、知りたくない?」
「知ってるのか!?教えろ!」
愛はクスリと笑った。
「そいつは、そうね…。一言で言えば性格が悪いわ。」
「…ほう。」
「常に誰かに酷い暴言を吐いてるわね。ちなみにカップルをストーカーの如く追いかけて、キスの写真をとるだけでは飽き足らず、その写真を一枚1500円で売りさばいたりする真性の変態よ。」
「…なんだと…?」
「おい…!愛、そこまで言うか!?ってか流石にバレんじゃねぇか!?」
「日ごろの恨みを復讐したのよ。それに今のアイツじゃ気付きっこないわよ。」
「岬は…そんな男に…!おい愛、そいつは何処の誰だ!!」
「裕一…お前…。」
何故か浩介は目頭を抑えていたが、そんなことはどうでもいい。
一刻も早くその男に接触しなければ…。
「そんなの岬本人に聞けばいいじゃない。」
「む…それもそうだな。」
「裕一、岬なら保健室にいるぞ。」
保健室?
「何故だ?体調を崩したのか?」
「それはお前のせい…いやなんでもねぇ。とにかく見舞いも兼ねて行ってやれよ。」
「ああ、そうする。じゃあな。」
俺はそう言い残すと保健室を目指して走り出した。
「結局私たちは何のために頑張ってたのよ…。」
「言うな…まぁ、これでなるようになるだろ。」
「あ〜あ、あんな馬鹿に岬取られちゃうの…やだなぁ!」
「そうだな、アイツ独占欲強いし…手放さねぇだろうな。」
「…きっと苦労するね、岬…。」
「あぁ…。」