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笑顔を隠すモノ

その日、母さんがまた知らない男の人を連れて来た。


姉ちゃんは部活で遅くなるって言ってたから、僕はいつものように部屋で一人静かに座っている。


そこに誰も居ないかの様に。









僕の家にはお父さんが居ない。


何でかはよく知らないが、ある日突然居なくなってしまった。


理由を聞いたら、姉ちゃんは『大人の事情だ。』って言っていた。




母さんは父さんが居なくなった後『水商売』という仕事を始めるらしい。


『父さんが居なくなってしまったから、金銭的にしょうがないことなのよ。』と母さんは悲しそうに言っていた。






そして母さんが水商売をやりはじめてから、母さんと話すことは少なくなってしまった。


夜になると母さんは綺麗に化粧をして、派手な服装に着替えて仕事をしに行ってしまう。


次の日、朝起きたら姉ちゃんとご飯を食べる。


その後一緒に家を出て、小学校まで行く。


そして家に帰ると母さんはいつの間にか帰って来ていて、夜と同じ格好で寝てしまっている。


そして夜になるとまた着替えて仕事に行ってしまう。







最初は寂しいと言ったこともあったけど、母さんが『ごめんね…』と言って泣くのでもう言わないようにした。







母さんは家に知らない男の人を連れてくるようになったのは、そんな日々から数ヶ月経ってから。


僕はいつも部屋の中からその光景を見ていた。













エプロン姿で台所に立つ母さん。


いつも僕が『手伝う。』と言うと、『ありがとう、裕ちゃん。』と優しく微笑んでくれていた。


抱き締められるといつも心地良い、暖かい匂いがしていた。



















あれは、誰だ?
















派手な白いコートを羽織り、厚い化粧で男に挑発するような笑顔を向ける。


あの暖かい笑顔も心も…あの化粧で隠して…。


僕達の為に…。












その日も母さんと男が居なくなった後、僕はそっとリビングに出る。


リビングに昔の優しい母さんの匂いはない。


そこにあるのは蒸せかえるような香水と煙草の匂いだけ…。




吐気がする…。



気分が悪い。



僕は走って外に出た。















何処に行くかなんて考えてなかった。


ただ頭に残る化粧顔の母さんと、まだ鼻に残る香水の香りを早く落としたかった。





















足を止める。


ついた先は知らない公園だった。


僕はベンチに座ると乱れた息を整える。


「はぁ…はぁ…。」


僕はただ地面を見つめていた。


冷静になって考えてみると、自分の居る場所がどこなのかすらわからないのはとても不安だった。


始めてだ…、こんなことをしたのは。


「あれ?裕ちゃん?何してるの?」


突然の声に顔を上げると、そこには幼馴染みの岬がいた。


とても寂しかったから、正直、嬉しい…。



「…お前こそ何でこんな所に居るんだよ?もう7時近いぞ?」


「なんでって…私の家の近所だし。この公園。」

僕は改めて周りを見渡した。


良く見れば見覚えがある気がする。


「ちなみに水泳教室の帰りだよー。」


確かに岬の手には水泳バッグが握られているし、髪は少し湿っているようだ。


「岬、水泳教室なんて通ってるの?」


「もー!裕ちゃんが『やるからには一番目指せよな!』って言ったから頑張ってるんじゃん。」


「僕…そんなこと言ったっけ?」


「最低…。」


岬は僕を睨みつけている。


「わかったわかった…確かに言ったよ。覚えてる。とにかくもう遅いんだから早く帰りなよ。」


僕はまた地面に目を向ける。


「帰りなよって…裕ちゃんは?」


「僕は帰らない。」




「なんで?」






「なんでも。」










「…じゃあ、あたしも帰らない。」




「…好きにすれば…。」


岬は僕の座るとずっと僕の顔を見ていた。


僕はそれを無視してずっと地面を見ていた。


どうせ飽きっぽい岬の事だ、数分も経てば飽きて帰りたくなるだろう。

















思った通り岬は10分もするとソワソワし始めた。


僕は

「はぁ…。」とため息をつく。


「…ほら、いいから帰りなよ。」


「やだよ、裕ちゃんが帰るまで帰らないもん!」


「いいから帰れって言ってるだろ!」


僕は声を荒げた。


…とにかくその時は何も考えられなかった。


大きな声に、岬はビクッっと体を震わせた。


「岬には帰れる場所があるんだから!帰れば良いだろう!?」


「裕ちゃんにだって…帰る場所、あるじゃない…。」


うるさい…うるさい…うるさい!


「僕には!無いんだよ…帰る場所なんて…。とにかく僕にかまうなよ!うざったいんだよ!」


初めての拒絶。


岬は必死に涙を堪えているようだったが、その目はしっかりと僕を捕えていた。


「違うよ、裕ちゃん…。裕ちゃんには家があるじゃない。」


「家なんて…。誰も居ない家に帰る気持ちが岬にわかるのかよ!」


「わからないよ!わからないけど…。」


「何も知らない癖に…知った口を聞くなよ!不愉快だ…。」


「じゃあ裕ちゃんは何を知ってるのよ!」


今度は僕が口をつぐむ番だった。


僕は何を知っている?






この感情が何なのかも…


母さんが…あんな姿をしてまで…涙を流してまで働いている理由すら僕は知らないじゃないか。








「裕ちゃんはまだ子供なんだよ…?私や、浩君と同じ。子供なんだよ…。」


「………。」


きっとすべての理由や、この気持ちの正体も大人になったら嫌が応にも知ることになるかもしれない。


「…あたしは裕ちゃんとずっと一緒にいるよ…。」









だから…それまでは…。




僕は何も知らない子供で居ようと思った。










「岬、家へ帰ろう。」


「…うん…。」










岬を家に送って行くとおばさんが笑顔で迎えてくれた。

その後、おばさんに連絡を受けた姉ちゃんが俺を迎えに来てくれた。









「姉ちゃん。」


「ん?」


「ごめんなさい。」


「ん。」


俺は姉ちゃんの自転車の後ろで複雑な気持ちになっていた。


家に帰ればまたいつもの格好で寝ている母さんが居るのだろうか?


それとも起きていて僕を叱るのだろうか?


どちらにせよ、良い気持ちではなかった。













「おかえりなさい、二人共。」







家に帰ると、母さんはエプロン姿で出迎えてくれた。


もちろんこっぴどく叱られたのだけど。




エプロン姿の母さんは相変わらず香水臭かったけど、いつもより悪い気はしないと思った。


「ただいま。」


僕がそういうと母さんは優しい笑顔をこちらに向けた。





















母さんがその笑顔の下に涙や、苦しみを溜めているのだとしたら…







やっぱり僕は化粧を好きになれなかった。


少々暗い話なのですが、俺が一番書きたかった話です。



予想外に話がまとまらず、5〜6話で完結の予定が、2話程増えるかもしれません。

最後まで御付き合いくださると嬉しいです。


感想・意見も寝ずに御待ちしております!

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