婿の心得
知り合いの、婿入り予定の子爵令息が、婚約解消された。
「幼馴染が病気だから」と言って、婚約者を放置して、幼馴染の看病に行っていたのだ。
看病に行ったはずなのに、その病人のはずの幼馴染をエスコートして、夜会に出ていたというのだから、バカの極みだ。
なんでそんなことをしたのかと聞いたら、「最初に主導権を握るのが大事だと思って…」と言った。
「病人を看護すると言えば、止められないと思った。結果的に、『他の女に会いに行くことを許す妻』の構図ができるから…」
そうやって夫婦関係のマウントを取ろうとしたらしい。
もちろんマウントなど取れるわけもなく、「婚約者をないがしろにする婿など願い下げ」と見限られたのである。
本当にバカな奴だ。爵位を継げない三男なんだから、破談になったら自力で騎士や文官の座を目指すか、平民になるしかないのに。結婚するだけで貴族でいられるんだぞ。そんな有難い機会をムダにするなんて。
その点、俺は違う。騎士や文官になる才能もないし努力も嫌いだ。平民になるのも嫌だ。伯爵令嬢の婿になれるのなら、全力で婚約者に媚びる。義理の両親にも全力で媚びる。浮気なんか絶対にしない。博打も散財もしない。「能力は低いけど品行方正の愛妻家の婿」として認めてもらうのだ。そのための努力は惜しまない。
約束の時間には遅れない。贈り物も欠かさない。常に笑顔で優しく接する。婚約者に呼ばれたら、何を差し置いても飛んで行く。何が何でも婿に行く。何人たりとも邪魔はさせん。
そして今日もいつも通り、婚約者であるシャーリーを最優先した俺に、予想外の一言が告げられた。
「ごめんなさい、婚約を解消したい」
俺は驚いた。こんなに尽くしてるのになぜ!?
「どうして!?」
「どうしてはこっちのセリフだわ! どうして今、血みどろなの!?」
「それは、さっき魔物にやられたから…」
「そしたら治療が先でしょう! とにかく神殿に行って! 話はあとで!」
俺はシャーリーの言うがまま、神殿に行って治療を受けた。
治療を終えて、神殿の横のベンチに二人で座って、俺は当然の疑問を口にした。
「治療より君とのデートを優先したのに、なんで怒ってるの?」
シャーリーは不気味なものでも見るような顔をして、「怖すぎるのよ」と言った。
「例えば先週、妹さんが高熱を出したわよね。でもあなたは私とのデートのために迎えに来た」
「うん。妹は俺の手をつかんで、うわごとで『お兄ちゃんお兄ちゃん行かないで』って言ってたけど、それを振り払って君に会いに行ったんだよ! 君のほうが大事だから!」
「…そう聞いて、私が喜ぶと思ってることが怖い…」
「えっ嬉しくないの? 病気の妹より君が大事って言ってるのに!? 祖父の危篤の知らせを受けても、君との約束を選んだんだよ? 危篤に比べたら、高熱ぐらいたいしたことなくない?」
「その感覚が…」と言いながらシャーリーは恐怖に満ちた顔になった。なぜだ。こんなに愛されてると知って、喜ぶのが女ってものなんじゃないのか。
「とにかく、婚約は白紙にしたいの。あなたのその行動のおかげで、私が陰で何て言われてるか知ってる? 『家族の命より自分を優先させる冷血女』よ!」
「なんで? 君がやらせたわけじゃない! 俺が自分で君を選んだだけだ!」
「世間はそうは取らないのよ。言ってくれれば私だって、妹さんを、おじい様を優先してあげてって言ったのに」
「だって、言ったら君に気を遣わせてしまうから」
「そうだとしても、限度があるわよ。とにかくごめんなさい。あなたの感覚が怖いの。とてもやっていけると思えない!」
こうして、俺は婚約を白紙にされた。解せん。
「病弱な幼馴染はいつ死ぬのでしょうか」の感想で、「なんで婿が浮気するのかわからない」と書かれたかたが数人いらっしゃったので、なんでだろう?と考えてるうちにこれを思いつきました。
みなさんのご感想が発想のきっかけとなってます。いつもありがとうございます。
8月17日、[日間]コメディー〔文芸〕 - すべて
で3位いただきました。わー、とても嬉しいです! ありがとうございます!
8月18日、[日間]コメディー〔文芸〕 - すべて
で1位になってました! わあいわあいわあいありがとうございますー!(≧▽≦)




