迷宮計画
精霊には色欲と食欲が無い代わりに娯楽欲とでも言うべき欲がある。
里から離れて面白そうな人間にくっついて行ったり、広場に集まって自分の冒険譚を語り合ったり、それらは全て娯楽欲を満たすために行われる。
茶髪で渋い顔をした男の精霊、グノーはアクティブに娯楽を求める奴だった。何かでっかいことをやりたいと広場で皆に相談していたのでダンジョン経営を進めてみる。
この世界、魔王は居たのにダンジョンは無いと聞いている。折角のファンタジーなのに勿体ない。ロマンだろ、ダンジョン。
「だんじょん? なんだそれは」
「俺の元の世界にあった……と言うより元の世界で空想として存在した……あー、地下迷宮」
「地下に迷路を作るのか」
「そう」
「うーむ……」
グノーは腕を組んで首を傾げた。ピンとこない、という顔をしている。俺は言葉を重ねた。
「勿論地下に穴掘って迷路を作るだけじゃない。罠とお宝とモンスターを設置する」
「ふむ?」
俺は魔法で空中にホログラムを作りながら説明を始めた。グノーの他にも近くで日向ぼっこをしていた精霊達がなんだなんだと寄って来る。
「まずこんな風に階段を作って迷宮を何階層かに分ける。で、各階層にお宝を置く。下の階ほど良い宝があるようにする」
アリの巣の様な三層構造のダンジョンをホログラムで作り、宝を示す青い光を幾つか点滅させた。チラリと目をやるとグノー達はふんふんと頷きながら聞き入っている。
「人間はお宝目当てにダンジョンに潜るだろ? 下の階ほど良い宝があるんだから下へ下へ潜って行く訳だ。でもそれを放置するとダンジョンのお宝はあっという間に取り尽くされるから、罠とモンスターを設置して宝探しを妨害する」
今度はダンジョンに無数の赤い点を点滅させた。グノーが手を挙げる。
「質問だ。モンスターとはなんだ? 魔法生物の事か?」
「あー……いや、できればダンジョン固有の擬似生物を創造した方が良いかな。魔法生物を捕まえてきて地下迷宮に放り込むのも可哀相だし」
「トーゴのネズミみたいなもんか」
「ジングルスはモンスターじゃなくて俺の相棒。モンスターはもっと凶暴で人間を襲う」
ジングルスは俺と共に永い時を歩むと決断してくれていた。精霊の湖のレジステルを体積で言うと人間の大人三人分消費し、不老不死になっている。不老不死って阿呆みたいにレジステル消費するんだよな。
お陰で精霊の湖一帯が大量のマステルで満たされた。当分あの辺りでまともな魔法は使えそうに無い。精霊にしてみれば成長源が増えただけの話だけども。ディーネも嬉しそうだったし。
「とにかく、人間は罠とモンスターを潜り抜けてお宝を手に入れる訳だ。富と名誉、あるいは他の何かを求め、夢と武器をもってダンジョンに挑む人間達! 知恵と力を振り絞ってモンスターを倒し、その先にある財宝を掴む! 時には傷つき負けて挫折する。失敗する。再起不能になる者も出る。しかしリスクを補って余りある財宝! 閉鎖された空間の中で生まれる人間達のロマンス! 葛藤! 裏切りと信頼、友情と愛情! ……どうかな? ワクワクしてきた? 俺はワクワクしてきた」
「俺もワクワクしてきた」
「俺も俺も」
「私も」
「楽しそうだと思うわ」
その場に居た精霊達が口々に賛成し始めた。グノーだけでなく皆乗り気だ。食い付きいいなぁ。そんなにツボにハマったのだろうか。
顔を輝かせた精霊達はわいわいと詰め寄ってくる。
「トーゴ、モンスターとは具体的にどんな」「トーゴ、お宝って宝石とか武器」「トーゴ、ダンジョンの灯は人工の」「トーゴ、入場料って」「トーゴ、どのあたりに」「トーゴ、」「トー」
うるせえ。
「待て。俺は聖徳太子じゃない。質問は順番に頼む」
「聖徳太子?」
「あれだよ。トーゴの世界のエロい人」
「偉い人ね」
「どっちでも良く無い?紙一重だしさ」
マジで? 紙一重なのか。
その後も皆でダンジョンに着いてガヤガヤと相談し、三日三晩かけた結果ホログラムは十層構造になり補足データがみっちりと書き込まれていた。
精霊は皆長生きで経験抱負だから、必然的にダンジョンの構造やモンスターの種類もバリエーションに富んだ物になる。それでもまあコンセプトはダンジョンだから、結局俺の記憶にあるダンジョンとさして変わらない出来栄えになっていた。
それでもダンジョンを知らない精霊達にとっては非常に刺激的だ。恐らく人間にとっても。
精霊の里で他にもダンジョン作り興味がある奴はいないかとメンバーを募った所、六名が名を連ねた。
俺こと灰色の精霊トーゴ。
青い精霊の湖で眠っていた女精霊ディーネ。
緑のお隣のキノコに住む女精霊シルフィ。
茶色の髭が似合いそうな渋い男精霊グノー。
赤い戦いを観戦するのが好きだという男精霊マンダ。
白く五メートルはあろうかという巨体の女精霊レイラ。
言わずと知れた賢鼠ジングルス。
総勢六名の精霊と一匹がダンジョン創りに出発する事になった。
一番歳がいっているらしいレイラがホログラムのデータを調べて必要なレジステル量を計算した所、六名全員がギリギリまで精霊石を吐き出してようやく必要量の半分だという事だった。どんだけだよダンジョン経営。
足りない分は精霊の湖のレジステルを持って行く事にする。キラキラしたレジステルの砂を袋に詰め、各々背負って善は急げと出発した。俺は空を駆けるジングルスに乗って一番小さな袋を担いでいる。なんかサンタの集団みたいだ。まあ夢を運ぶって意味では正しい。
俺は上手い事言ったと内心自画自賛しつつ、仲間と共に人間達がいる土地を目指して精霊の里を離れて行った。
ダンジョンものにはなりません。
シルフィ……シルフィード(風)
ディーネ……ウンディーネ(水)
グノー……グノーム(土)
マンダ……サラマンダー(火)