マウスライダー
精霊の里は人間が立ち入れない森の奥にある。仲間の話によるとサラマンダーやバジリスクのひしめく砂漠を越え、ドラゴンやらライカンの住む渓谷を抜けた先に位置しているらしい。そんな魔境の先にある割には平和なんだけどなあ。ドラゴンどころかゴブリンもスライムも見かけないしさ。そもそもこの森に精霊以外の魔法生物が居るのかね?
精霊の森の気候は年中穏やかで、あまり四季が無い。ちょっと肌寒い、なんか暑い気がする、その程度しか気温が変化しない。おかげで精霊として生まれてから何年経ったか分からなくなった。
ハウスダケを三本ぐらい(寿命で枯れたので)住み替えているから多分三十か四十年くらいか? よく分からん。精霊やってると時間の感覚が薄れるね。寿命無いし。
人間としての知識は残っても感覚はほとんど消え……ひねもすのたり、のたりかな。
俺が語る異世界譚の変わりに仲間が話してくれる冒険話譚を聞く内に、ちょろっと旅に出たくなった。旅と行っても遠くには行かない。里の外に出るだけ。
いやさ、精霊って何も食べずに呼吸だけで成長して、更に呼吸を止めても成長が止まるだけで死なないっつう訳の分からん生命体だから今まで里の外に出る必要が無かったのだよ。別に外に行かなくても仲間の話聞いてるだけで充分面白かったし。
個人的には魔王に返り討ちに遭った勇者の話がツボだった。姿消してこっそり城に侵入してサイレントキルしようとしたら何も無い所でコケたドジッ娘メイドにワインぶっ掛けられてばれたんだと。ははは、メイドのワインで世界がやばい。結果的には人間の軍勢に数で押しつぶされたと言うから勇者無駄死に。切ないけどこれ現実なのよね。
閑話休題。
何十年も日がな一日話してると話す事も無くなる訳で、要は話のタネを探しに出かける事にしたんだな。真上にあるお天道様を仰いでハウスダケの前で屈伸、伸脚、伸び。よっしゃあ行くぜ!
「トーゴ、今日はなんだか気合入ってるねー」
「あ、ちょいと里の外に出ようかと」
「おやまー」
お隣のハウスダケに住んでいる緑髪の精霊(女)はこてんと首を傾げた。
「何か欲しい物でも?」
「話のタネが欲しくて」
「そんな植物あったかなあ……」
「いや今のは比喩表現だから」
「なーんだ」
あからさまにがっかりした様子の精霊に手を振って分かれ、俺はてってこ里と森の境に歩いていった。
苔むした岩の陰に生えるワラビもゼンマイも俺の目線からすると木に近い。俺の身長は人差し指ぐらいに伸びていたが、相変わらず森の木々は大迷宮だった。迷いそうだが迷わない。道を覚えるのは前世から得意だった。それに里からあまり離れる気も無い。
もうね、世界樹が乱立するたわけた世界に入りこんだ気分だ。精霊の里はちょっとした広場みたいになっているのだけども、一歩森の中に入ると下草が生えてて薄暗く歩き難い。
飛ぼうかな。精霊だから俺も飛べるはず。でも飛び方知らない。里の中に居れば飛ぶ必要も無かった。
しばらくえっちらおっちら草の林を掻き分けて進んでいたが、何も見つからずしんどくなったので小石に腰掛けて休憩。草と土の匂いを胸いっぱいに吸い込んでぼけっとする。上を見上げたが大木の枝葉が絡まりあい空は見えなかった。
なにやってんだか、と自分でも思う。でも苦にならない。疲れない上に汗もかかないのは超生命体精霊の特色である。転生して数十年経った今でも時々思うが精霊はどんだけ凄いのか。
目を閉じ耳を済ませて森のざわめきを聞いていると、がさごそと草を掻き分けて何かが近づいてくる
音がした。あまりでかい音じゃない。虫か、小動物か。どちらにしても精霊を捕食する者は世界のどこにも存在しないらしいので座して待つ。
未知との遭遇に胸を高鳴らせ、はしなかったがそこそこワクワクしている俺の前に現れたのは毛の覆われた髭面だった。
ちゅう、と鳴いて尻尾をゆらしながら近づき、つぶらな瞳で俺を見る。完膚なきまでにネズミだった。
「ハローネズミ君」
手を挙げて声をかけてみたが返事は無い。じっと髭をぴくぴく動かして俺を観察していた。
「……喋れる?」
問いかけてしばらく待ったが返事は無し。極普通のネズミのようだった。
そろそろ手を伸ばしてこちらも様子を伺う。ネズミはちゅうと鳴いて俺の手を舐めた。うはあ、くすぐったい。でもなんかいい。
「お前さあ、もしかして俺に何か用でもあった?」
ちゅう。
「何も無い? お前も暇つぶし?」
ちゅう。
「ちゅう、じゃ分からん。どっち?」
ちゅう。
「……毛皮撫でていい?」
ちゅう。
「そうかそうか」
やはり話が通じなかったので勝手にYESと解釈して撫でる事にした。しかし野生のネズミは毛がごわごわしていて撫で心地が良くない。ペットじゃないのだからこんなもんだろうけど裏切られた気分だ。
「やっぱさあ、ここで自慢の毛皮の撫で心地で俺を魅了するぐらいやってくれるべきじゃね」
ちゅう。
「だからちゅう、じゃ分かんないって。あ、おま、ダニついてるぞ」
ちゅう。
「うお、ダニでけえ。こんなん付いてたらしんどそうだな。よ、と……あれ、こいつ取れないな……駄目だ食いついてやがる」
ネズミが痛そうにちゅうちゅう身をよじったので無理やりはがすのは止めておいた。前世の知識からダニ対策法を掘り起こす。火に弱いんだったか? でも森の中に火なんて無いしなあ。仮にあっても火事が怖いから使えない。
「里に行くか? 誰かダニ取りの方法ぐらい知ってると思うからさ」
毛皮を撫でつけながら聞くとネズミはちゅうと鳴いてその場に伏せた。なんだ? ……背中に乗れってか?
「お前言葉分かるのか」
ネズミはちゅう、と一本調子で鳴いた。よくよく考えてみるとこいつ、俺が何か聞くとタイミング良くその直後に鳴いていた。
「喋れないが言ってる事は分かるって訳か。肯定なら鳴くな」
「…………」
今度は鳴かなかった。確定だ。俺は伏せたままだった賢いネズミの背中にまたがる。さわり心地は悪かったが乗り心地は案外悪くない。ネズミは尻尾をぶんぶん振って立ち上がった。
「お前里までの道分かる?」
「…………」
沈黙。YESだ。
「うむ。にしてもいつまでお前お前じゃ悪いな。お前名前ある?」
ちゅう。
「んじゃ、えー、あー、ジングルスって呼ぶわ。ネズミのMr.ジングルス。OK?」
ジングルスはその場でくるくる回ってちゅうちゅうちゅうちゅうと何度も鳴いた。ネズミの感情表現は知らんが嫌がっているようには感じない。嬉しいらしい。喜んでもらえてなによりだ。
「ちょ、ジングルス、そろそろストップ。酔うから。目が回るから」
ひとしきり好きにさせてから首を叩くと素直に止まってくれた。首を捩って背中に乗った俺を見上げてくるのでGOサインを出す。
そしてジングルスは俺の五倍はあろうかという速度で里に向かって駆け出した。
ネズミの名前はグリーンマイルから。モートソグニルにしようか迷いましたがこっちで