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襲職

 荒れ地を抜けると小さな村が点在する森時々草原に入り、辺境の村に宿屋なぞある訳無いので民家に泊めてもらった。

 兎人と言っても別に兎そのものでもないので地面に穴掘って巣を作るなんて事は無く、極々普通の木造平屋もしくは二階屋。特に特徴も無い特徴が無いのが特徴の家々だった。つまらん。

 精霊(俺)を連れているアレクはどこに行っても深海のチョウチンアンコウの如く目立った。精霊と契約した人間は大抵正か負かの方向に偉業をなす。言うなれば未来の有名人のようなもので、宿を借りれば決まって今までの冒険譚をねだられる。アレクの泊まった民家には夜になると暇な兎人が話を聞きに押し寄せた。

 アレクが精霊指定都市から来たというとなるほど噂の、と納得し、更に実は王子なんだ、と言うと絶句する。精霊契約者は嘘をつかないからアレクの台詞を疑う者はおらず、驚きが過ぎると皆アレクを歓迎した。

 精霊の何が凄いって魔法も凄いがここも凄い。真の意味で精霊が黒と言えば黒だし、白と言えば白である事は数千年の歴史が証明しているしこれからもそれが変わる事はない。精霊による保証はあらゆる儀式、誓約に優越するほど信頼性が高かった。

 中には触らぬ精霊に祟りなしと関わろうとしない兎人もいたものの(自分で言うのもアレだけど大いに納得できる)大多数はアレクの即位に積極的協力の姿勢を見せる。

 新しい軍政権は村から働き盛りの若者を強引に徴兵し王城の城下町に集めて訓練を行っているとかで大層評判が悪い。働き手を奪われた村は収穫も種まきも雑草とりも満足にできず、生産力は年々低下していく。

 平時なのにこんな無理やってどうするんだろう。馬鹿なのか。馬鹿なんだろうな。王子を殺し損ねたとは言えクーデターを成功させ実権を握ったんだからただの馬鹿でもなさそうだけども。

 考えてる事は言うまでもなく他種族討伐なんだろうけどさ、もうホントッこいつらこりねーな。ちょっと国に余裕ができるとすーぐこういう事する。

 無理やり一気に徴兵してどうするつもりなんだか。一気に訓練して一気に攻め込む腹積もりか。軍部が暴走して歯止めが効かなくなってるのか。勝てば官軍とでも思ってるのかね? よくわからん。

 どの道これから(アレクが)叩き潰すからどーでもいいんだけど。

 ダンジョンを起点に流れが種族融和に向いているとは言えまだまだにっくき他種族、兎人の総意として敵を討ち滅ぼしたいのは山々でも日々の暮らしを困窮させてまでもしたい訳ではない。

 ああ王様が国を治めていた頃は良かった、と昔を惜しむ村人達はこぞってアレクを支持し、快く出立を見送ってくれ、村に泊まるたびにアレクは支持者を増やしていった。アレクが宿泊した村を起点に噂が広まっているらしく、自己紹介と宿交渉をするまでもなく始めから歓迎ムードの村もあった。

 しかし流石に王城が近くなり村が町の様相に変わってくるとそうもいかない。

 政権と言うか軍部の統制が地方よりも厳しくなっているようで、表立ってアレクを歓迎してくれる人はいない。

 軍部の建前は王子代行だからアレクは歓迎されてしかるべきなんだけども、とある町の町長がこっそりリークしてくれた所によると王子に積極的協力姿勢を見せた者は不穏分子としてマークされるらしい。汚い流石軍部汚い。

 いくら民衆にアレクに好意的な兎人が多いとは言えど当然全員が全員そうでもなく、軍部の裏事情を承知の上でに密告と言うか報告と言うか「王子発見、ただし精霊付き」と知らせる者もいて、場所情報を流されて(こっそり移動してる訳でもないから流すもなにもないが)暗殺者が送り込まれてきた。

 それを片端から返り討ちにして物ともしないアレク。精霊契約者は伊達ではないと悟った敵方は毒を盛ったり(魔法で即解毒or偶然口にせず済む)金や色気で籠絡しようとしたり(金には興味無し、ハニートラップは逆に向こうがアレクに惚れていた)、あの手この手で裏からアレクを葬ろうとしたがやっぱりアレクの歩みを止める事は出来なかった。小細工なし、精霊による身分証明と精霊契約、民衆の支持を引っさげてずんずんまっすぐ王城に進行していく。

 あちら側は本音と建前の板挟みでコソコソとした小細工に頼らざるを得ない。

 俺とアレクと、多分ジングルスもああこりゃ勝ったな、と思った。なにせ負ける要素が無い。

 アレクは王様になったら結婚するらしい。そろそろいい歳だし、件の色仕掛けをかけてきた美人な兎人が安全な村でアレクの帰りを待っている。

 ダンジョン生活であまり恋愛運に恵まれなかったアレクも好きだと言われまんざらでも無いらしく、最近では体が軽い、こんな幸せな気持ちで戦うなんて初めてだ、もう何も怖くない!などと言いながら鮮やかに一方的に刺客を迎撃している。

 で、あと町を二、三経由すれば王城に到着、という所でようやっと城の方から団体さんで正式な迎えが来た。カッチリと甲冑を着た騎士が十人ほど、酒場も兼ねた宿屋の一階にドアをばかんと開けてどやどや入って来ると、テーブルでフルーツサラダをつついていたアレクに一斉に敬礼する。

 代表なのか彫りの深い背後に立ったら撃ち抜かれそうな顔をした兎人が一歩前に出てきた。

「我が名は王騎士ゴルゲ。あなた方は亡き先王の御子息、そして深淵の精霊トーゴ様とお見受けしますが」

 なにその厨二な二つ名カッコイイ。

「そうだけどなんの用?暗殺に飽きたから真正面からいよいよもって死ぬが良いって事?」

「は? いえ、そのような事は。お迎えに上がりました」

 一瞬首を傾げた騎士ゴルゲは恭しく頭を下げて言った。

 王子帰還の噂が国中に蔓延しここまで王城に近づいてからそれを言うか。なんという今更感……

「なんという今更感」

 言っちゃったよアレク。正直過ぎるのも考えものだ。

 アレクの言葉にゴルゲは苦笑して答えた。

「失礼ながら殿下を偽る偽物である可能性を考慮し念入りに事実確認を行わせていただきました。遅参をお詫びすると共に御帰還心より歓迎致します」

「ふーん……トーゴ」

「嘘は言ってない。少なくともこいつはそう信じてる」

「信じてるってどういう……ああなるほど」

 チラリとアレクはゴルゲの一歩後ろで直立不動で整列している他の騎士達に目をやった。

 軍部も一枚岩ではないのだろう。組織としてはアレクぶっ殺! でも、中には本当に建前を信じてアレクを王に据えようとしている者もいるようだ。ゴルゲとか。

「王城に着いたら僕はどういう扱いになるの? すぐ即位?」

「いえ。命名の儀、成人の儀がお済みでないので先ずはそちらからとなります。それが済めば明日にでも式典と共に即位を。民は殿下の帰還を心待ちにしております。勿論私共も含めて」

「……本心で言ってる?」

 アレクの質問には騎士全員が一斉に「はい!」と実にイイ声で答えた。

「トーゴ」

「大丈夫だ、問題無い」

「把握」

 精霊と契約している以上、アレクにも嘘偽りは通用しない。ならば腹に一物抱えた主犯格よりなにも知らない奴を迎えに出した方がいい、と。流石に王子代行を掲げておきながらアレク到着まで表のアクションを何も起こさないのはまずいだろーしさ。

 ともあれ迎えの騎士達は嘘ではなく本心から皆アレクの味方であるらしい。信用して合流する事にする。

 ちなみに騎士達にかけられていた何かの特定ワードに反応するらしい暗示操作魔法はアレクが即座に解除した。

 以前俺が語って聞かせた前世の小説になんかそんな展開があったからなんとなく試してみたそうで、アレクもまさか本当に暗示がかけられていたとは思わなかったとか。誰が良からぬ事を企んでいたのかは知らんがなんとなくでこんな適当に解除されたんだからたまったもんじゃないだろう。南無ー。

「じゃ、行こうか」

「まさか我等にこんな楔が打ち込まれているとは、一体上官は何を考えて……はっ!? ……いえ、我共は殿下がお食事を終えてからでも構いませぬが」

「いやなんとなくね」

 不思議そうな騎士達を引きつれ床で胡桃の殻に歯を立てていたジングルスを懐に入れたアレクが宿屋を出た三秒後、背後で大爆発が起きた。

 バラバラになって派手に飛び散る木片を鎧に浴びつつ騎士達は素晴らしい即応と連携でアレクを庇う様に円形に展開した。数秒して破片が全て地に落ちると、宿だった場所は柱の残骸と瓦礫を残すばかりとなっていた。瓦礫のしたからは苦痛と呻きの声が聞こえる。

「何事だ!」

「爆発だー!」

「それは承知しております」

「だよね。犯人あっち。多分女。フード被ってる気がする」

「それは……探索魔法でしょうか」

「いや? ただの勘」

「…………ウーサ、ヒョンダー、確認してこい。怪しい者を発見した場合私の権限で捕縛を許可する。多少手荒な手段を執っても構わん。アンゴルとノウサは瓦礫から救助を、残りはこのまま殿下を御守りしろ。この爆発が殿下の御命を狙った物であるならば追撃があるやも知れぬ」

 指示を受けた騎士達が了解、と短く言って輪を離れる。指示を飛ばしたゴルゲは厳しい表情で剣を抜刀して構え、集まりだした野次馬を警戒していたが、不意に何かに気付いたらしくアレクに尋ねた。

「先程仰っていた暗殺とはもしや」

「うん、こんな感じの。暗殺って言うけど段々あからさまになってきてるんだよね。なんでだろ?」

「あちらさんも焦ってるんじゃね? その内町ごと爆破とかやりそうな予感」

「あらら、まいったねー」

 全然大した事が無さそうに言うアレクと俺にゴルゲは緊張を削がれたらしい。アレクを見て、俺を見て、深々と溜め息を吐いていた。

 なんだよ全部精霊のせい、みたいな顔しやがって。大体その通りだよ。

















 俺の予感は外れて町ごとぼかんなんて事はなく、散々チクチク命を狙われたものの無事王城に着いた。

 最後の方なんてもう隠す気も無いらしく白昼堂々数人がかりで襲ってきたんだけどさ。まあやけっぱちに見えて殺害に失敗したと悟るや歯に仕込んだ即効性の猛毒で自殺して明確な足跡を残さないあたり、なかなかどうしてやるもんだとは思う。

 ここ一週間ほどアレクを護るために奔走しまくった騎士達はげっそりしているが、アレクは騎士達のエネルギーを吸い取っているのかと思うほど元気一杯だ。理不尽だが騎士達は本望だろう。

 いよいよ王城の城門前。見上げるほど高い城門鉄扉は固く閉ざされており、物見やぐらからの誰何の声にゴルゲが声を張り上げて答えた。しばし待てと言われ、騎士達は油断無く構え気を張る。数えるのも面倒になる数の襲撃を経験した騎士達はもはや全く軍部を信用していなかった。昨日の夜なんぞは連中が力ずくで権力を奪ったように、今度は力ずくで王政を取り戻してやると息巻いていた。頭数ではボロ負けもいーとこだけどアレクがいるからいけると思う。

 まさかこの時はあんな事になるなんて思っ……おお、城門が開いてく。

 そして軋みながらゆっくりと開いた城門の向こうには銃口をこちらにむけて構えた兵士がずらりと並んでいた。

 なあにこれ。

「……なんのつもりだ」

 ゴルゲがドスの効いた低い声で問う。銃兵の後ろでふんぞり返っていた上官らしき豪奢な服を着た小太りの兎人は白々しく答えた。

「歓迎ですよ。今のこの国の最新武器の迫力を身をもって知っていただこうと思いまして。王たるもの自国の軍備は把握しておくべきでしょう? 私どもなりの歓迎法でございます。なに、空砲ですから問題ありません。構え!」

 なんだかその言葉は一直線に心に響いた。胸がドキドキする……この気持ちはもしかして……殺意?

 なるほど精霊が嘘を嫌う訳だ。これはダメだ。許せんし許さない。強いて言うなら胃の中に直接ヘドロをぶち込まれた感覚。嘘つきやがったあん畜生を今すぐフルボッコにしてやりたい。

 精霊になってから今まで嘘をつかれた事がなくて良かった。精霊が精霊の里でのんびりしている事が多い理由が分かった気がした。人間世界は面白いけど、嘘つかれるとストレスが貯まるから。

 それはともかくとして……

 これ絶対入ってるよね。弾入ってるよね。空砲じゃないよね。向こうは引き金引くだけだから詠唱するより早いよね。やばいよね。俺以外蜂の巣の危機だよね。

 騎士達は決死の覚悟を決めた表情でアレクを庇って前に出た。単なる銃では鉄の鎧を貫けないが、向こうもそれは承知だろう。当然前もって魔法で強化している事が予測される。

「殿下、ここは我々に任せお逃げ下さい!」

「死ぬよ? 死亡フラグ的意味で」

「死亡ふらぐが何かは存じませんが、殿下を御守りできるならばこの身砕けようと構いませぬ!」

「……って言ってるけどどーなのトーゴ」

「誰も死なない。死神さんの姿無し」

「なんですと? この状況で誰も死なないという事が有り得るのですか」

「セイレイウソツカナイ。あなた達とは違うんです」

 くっちゃべっていると小太り兎人が片手を上げ、ニヤニヤしながら振り下ろした。

「ふ、最後のお別れは済んだかね? 撃てェ!」

 がちゃちゃん。

「…………」

「…………」

「……おい」

「はっ!」

「撃てと言っている」

「はっ! 弾が詰まったようです!」

「は?」

 全員ジャムっていた。












 一方この騒動の隙にこっそり城に侵入していたジングルスは食糧庫のチーズを喰い荒らしていたらしい。













 銃兵達は流石によく訓練されているらしく即座に銃を捨てて魔法を撃ってきたが、出鼻をくじかれたのは痛恨だったようでアレクの広範囲殲滅呪文で一網打尽にされていた。あっさりと入城を果たしたアレクは指揮官だという小太り兎人を含めて簀巻きにして転がし、城内にいた残りの兎人を全て城門前に集めた。そして叛意ある者を嘘発見器(精霊)で見つけ出し、城からたたき出す。

 人員がほとんど三分の一に減ってしまいこのままでは政務に支障が出る状況に陥ってしまったが、どうしたものかと悩んでいると実に都合よく応援が来た。精霊指定都市でアレクがコネを作った兎人達だ。アレク即位の噂を聞いて駆けつけたらしい。

 冒険者と言っても筋肉馬鹿ばかりではなく、没落貴族やらインテリ派も割といる。そういう連中を文官に回し、残りを武官につけてアレクの王権の体制は人員だけとは言え実に数日で整ってしまった。精霊すらひきつけた人望の賜物だ。入城から五日後、戴冠したアレクは民衆の熱狂的支持をもって迎えられる事になる。

 精霊の愛し子、アレクセイによる精霊王朝の始まりだった。










まあなんかそんな感じの襲職劇。

嘘みたいだろ……最終話なんだぜ、これ

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