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ダンジョンな日々

 アレクは精霊が戻ってくるまでの間、魔具屋に居候する事になった。

 精霊指定都市では争い事が禁じられているとは言え、口先三寸で丸め込まれて街の外に連れ出されてしまったらそこはもう無法地帯だ。手足が生えた状態で朝日を拝めるか保証はできない。同時に精霊のお気に入りに手を出した下手人が胴に首がついた状態で夜を越せるかも保証できなかったが、人間が後先考える者ばかりなら守衛やら警邏の仕事はもっと楽になっているだろう。

 色々と犯罪スレスレの後ろめたい稼ぎ方をしている店主も精霊に無責任に育児放棄されたいたいけな幼子を見て憐憫の情が湧いたような気がしないでもなく、なによりもアレクのレジステルに相応なだけの現金を用意する事ができなかったため、ベッドを貸す事で不足分の支払いとした。

 ぶっちゃけボロ儲けもいい所だった。

 店長は1ヶ月程度は十分遊び暮らせる金を渡しこれでいいかと聞くとアレクはあっさり頷いた。脇で見ていた老兎人は眉を顰めたが口出しはしなかった。

 アホのように狂ったレートだったが別に店長はアレクを騙してはいない。嘘もついていない。ぼったくっただけである。

 店長は実際の価値と支払額の差額で老後まで困らないだけの財産を得て、アレクは精霊が帰るまでの資金を得るという目的だけ見れば達成した。

 みんな幸せ、めでたしめでたし。

 それにしても数日の宿代としては過剰にもほどがある量のレジステルを渡して置いてきぼりにするあたり、精霊は過保護なのか放任なのか分からない。

 アレクは毎日楽しげに外に遊びに行き、店に戻ってくるのは食事と夜の時間くらいだった。精霊と共にあれだけ派手な登場をしたのだ、良い悪いに関わらず何かに巻き込まれる事になるのだろうなという店長の予想に反してアレクの笑顔に一片の曇りも無く、平和そのもの。

 アレクは天性の強運と人を惹き付ける才能があるらしく、コインを投げれば裏表を数十回連続で当て、街の同年代の魚人とも竜人ともすぐに仲良くなったようだった。当然魔法は使っていない。精霊に気に入られているのも納得だ。

 精霊がやってきてから二日目、言いつけ通り素直に日が沈む前に帰ってきたアレクは狭い台所で包丁を振るう店長にとっとこ歩みよるとおもむろに聞いた。

「どうしてうじんとぎょじんとりゅうじんはなかがわるいの? おねーさんはふつうなのに」

 曰く、同じ種族同士で集まっているとみんな楽しそうなのに、違う種族が混ざると途端に嫌そうな顔になる、との事。

 店長は嫌な顔で済むだけこの街はマシだと思ったが、それは口に出さなかった。

「うーん、簡単に言えば自分達こそ一番だと思っているから、かしらね。竜人は頑丈で、力が強くて長生き。魚人は脆い反面水中で暮らせるし、魔法が得意。兎人は成長が早く、身軽で俊敏。一長一短なのよ。でも優劣をつけたがるのよね……」

「みんなちがってみんないい!」

「あら良い言葉」

「なかよくすればいいのにね。けんかばっかりじゃおもしろくないよ」

「無理無理、もう差別的思考で凝り固まっているもの。自分で言うのもなんだけど私みたいな人間は珍しいわ。後はそうね、種族に伝わる伝説の違いも仲違いの原因かしら」

「でんせつ?」

「そう、伝説」

「どんなでんせつ?」

「どんな……うぅん、例えば竜人族に伝わる伝説だと『原初、精霊在り。精霊は空を創り、大地を創り、海を創った。精霊は背中の翼を取り、空に投げた。すると精霊は魔法無しでは飛べなくなったが、代わりにドラゴンが空を舞う様になった。ドラゴンは精霊を真似て竜人を創り、世を支配させた。竜人は大地を豊かにするための手足として兎人を創り、海を豊かにするための手足として魚人を創り以下省略』なのよね。

 でも魚人族の伝説だと精霊がリヴァイアサンを創ってリヴァイアサンが魚人を創って云々、兎人族の伝説だと精霊がラビィを創ってラビィが兎人を創って云々。それぞれ自分達の伝説が正しいと言い張って聞かないのよ」

「………………ふーん」

「なに今の沈黙」

「いわないよ! みんなにいっちゃだめっていわれてるから」

 店長はアレクの反応からなるほど真実は人間に伝わる伝承とは異なっているのか、と推察したがやはり口には出さなかった。

 実のところ、時代を遡れば兎人も竜人も魚人も元々一つだった。トーゴがいた世界の様に鱗もひれもウサミミも無い、「人間」という単一種族だったのである。

 今を去る事約一万年前、まだ魔法を使えなかった人間はしきりに魔法を使いたがった。空に憧れる様に、魔法に憧れた。しかしレジステルとマナの合成というプロセスが実行できない人間にはどう足掻いても魔法は使えない。

 で、ある時人間が魔法使えないなら人間以外になりゃあいいんじゃね? というぶっとんだ発想で人体改造を始めた。

 魔法生物を狩り、その血を飲んだり注射したり、皮膚を移植したり、臓器を移植したり、他にも記すのもはばかられる事を色々と。無茶な人体実験を続けたせいで実験を主導した同時の古代国家の人口は半減した。

 しかしその甲斐あり、無数の魔法生物の中で奇跡的に人間に適合した種がその数、三。後の兎人と竜人と魚人だ。

 そのままやったー魔法使えるようになったよー、の流れならまあ良かったのだが、魔法生物の肉体が人間に適合する際に変質し、魔力は作れても魔法は使えない状態になってしまったのである。

 人間は嘆いた。そりゃもう嘆いた。魔力作れても魔法使えなきゃなんの意味もねーんだよと絶叫した。

 そして散々非人道的な人体実験をした挙げ句にてへっ、失敗しちゃった★とかほざいた国家では全土で溜まりに溜まっていた不満が爆発し暴動が起きる。

 魔法は使えなくても身体能力が格段に上昇していた国側、つまり新人類はこれの鎮圧に乗り出すものの、新人類は数が少なく多勢に無勢。それでもなんとかかんとか互角に戦う事ができてしまったのが災いし、長引く戦乱により人間の人口は激減。更に放置された死体から死病が発生し、蔓延。旧人類、全滅。

 旧人類よりも病への耐性が高かった新人類も種の存続が難しいレベルまで数が減る。既に戦乱と個体数の激減により人間文明は完膚なきまでに破壊されていた。

 そこまで至ってようやく高みの見物を決め込んでいた精霊がやべぇこりゃ人間滅ぶんじゃね、と危機感を抱き、動く。創造力豊かな人間を精霊は絶滅は困ると思う程度には気に入っていたのだ。

 精霊は人間に呪文魔法を与え、復興を促す。人間は無事持ち直した。

 最初の百年ほどは手を取り合っていた新人類もやがて日々の暮らしに余裕が出てくると容姿や能力の違いで差別が生まれ、溝が深まり、決裂。人間は種族ごとに分かれ住む様になり、長い歳月の内に架空の伝説が生まれていった。

 最初は凄惨な歴史を隠すための方便だった伝説は語り継がれる内に話におひれがつきもっともらしくなり、今では真実として扱われている。

 ちなみに精霊達が一様に三種族の来歴について口を噤んでいるのは単にその方が面白そうだからだった。まさに精霊。

 話しながら料理をしていた店長は何やらじっと考え込んでいるアレクに野菜スープをよそった深皿を渡しながら言った。

「ま、私は歴史学者じゃないからそのあたりはそれほど詳しく無いし興味も無いわね。さあご飯にしましょうか」

「ちゅ?」

「ジングルスはこっちのチーズね」

「ちゅーちゅちゅー!」

「え、なによこの猛烈な抗議は」

「それきのうとおなじチーズだよ。ちがうチーズがたべたいんじゃないかなー」

「食い道楽ネズミめ……」

 ジングルスは褒められたと思ったのか自慢げに髭をぴくぴく動かした。













 三日後、他の精霊がダンジョン開店準備をしている内にトーゴが街に戻った。それを魔具屋の前で若干恰幅が良くなったジングルスと見た目は変化の無いアレクが出迎える。

「おかえりー」

「おーただいま、ってジングルスが肥えてる……」

「トーゴもおっきくなったね。ぼくとおなじぐらいあるよ」

「ああまあ結構レジステル吸ったからなぁ。体格だけ大人だから不気味だろ……で、アレクは翻訳魔法使ってるのか」

「うん」

「解除してくれ。そっちの方が聞き取りやすい」

「わかった。えー、と……1010110000111111010011010(翻訳解除)」

「あなたがトーゴ?」

「イエス! ……ん? あれ、人間が流暢に精霊語を、じゃないこれ翻訳魔法だ。失伝してなかったっけか」

「ぼくがおしえたんだよー。だめだった?」

「なんてことしてくれたんだ! 別に構わん!」

「……あの、喋っても?」

「どーぞ。何?」

「だんじょんとはなんでしょう?」

「……え?」

「いえ、だんじょんを創るから自由に来ていい、とは聞きましたが、具体的にそれがどんな物か分からず街の者のほとんどが行こうか行くまいか迷っているのです。アレクセイにも聞いたのですがどうも要領を得ず」

「…………しまった…………あー、解答拒否! 楽しみにしているがいい、とだけ言っておこう!」

 トーゴはアレクを抱えてジングルスを肩に乗せると、急いでチュートリアルクエストシステムを創りにダンジョンに飛んで戻る。精霊が知らない概念を人間が知っている訳がなかった。














 なんとかチュートリアルシステムの導入が間に合い、精霊が精霊指定都市にやってきた三日後の正午に無事ダンジョンは解放された。

 初日の客入りは三十人弱。人間は皆精霊の建造物は何があるか分からないという警戒心から完全武装していて、初心者の塔のスライムは片端から斧や鎚や麺棒で叩き潰され、スライムキングも大魔法一発でオーバーキルされてしまった。

 夜になり、ダンジョンについておおよそ把握し戦利品を手に意気揚々引き上げていく人間達をダンジョン最深部の一室に設置された水晶球で確認した精霊達は、額を寄せ合って相談する。

「……攻略速度早過ぎない?」

「初心者の塔だからだろう?」

「にしてもさ、初心者の塔の初クリアは三日ぐらいの見込みだったでしょ」

「そうね。もっと鬼畜仕様にするべきかしら」

「いやいやいや、今日は良い装備着て良い武器持った場数踏んでるっぽい人間が魔法を湯水の様に使ってたからこそのスピード攻略。毎日あんな過剰戦力でやってたら採算がとれない。快進撃は三層ぐらいで止まると見た」

 トーゴの言葉に全員なるほどと頷いた。三層からは二つの意味でいやらしいトラップが増え、モンスターが連携を始めるため進みにくくなる。

「……でもそれ採算を無視すればいけるって事よね?」

 ふと気付いたディーネの言葉に今度は全員沈黙した。

 ややあってダンジョン攻略トトカルチョで最短の十年に賭けているシルフィが得意気に言う。

「ふふふ……賭けは私の一人勝ちかな」

「させるか。俺は人間の弱さを信じる」

 ちなみに賭けに勝っても特に何も無い。嬉しいだけ。













 ダンジョン開店二日目、ぼくもやりたい!と駄々をこねダンジョンに潜ったアレクは、入っていきなり超低確率で発動する開幕落とし穴トラップに引っ掛かって一気に最下層まで落ちた。面食らうアレクの前にはおどろおどろしい漆黒のオーラを纏った剣を持つ骸骨がいて、物音に気付いて振り返る。

 叩きつけられる濃厚な死の気配。さしものアレクも顔面を蒼白にしたが、後退り一歩下げた足がちょうどランダム転送トラップを踏み、一層に送られた。

 それを例によって最下層の部屋から水晶を通して見ていた俺達は大爆笑したが本人は笑い事ではなかったらしく、ダンジョンに潜りたいとは言わなくなった。

 股間がちょっと濡れていたのは黙っておいてやる事にした。

 二日目は客入りが増え、五百人超の集団でお越しになった。全員がダンジョンに潜る訳ではないようで一割ほどはダンジョン入口付近で商魂逞しく露天を始めた。それでもダンジョンチャレンジャー……もう冒険者でいいや、冒険者の数は昨日と比較にならない。

 初日に来た見覚えのある連中はメインダンジョンに入り、新規の連中も大多数がいきなりメインダンジョンに入る。

 まあね……心構えが出来てて情報があるならいきなりメインダンジョンでもいいんだけどね……初心者の塔ェ……

 メインダンジョン組は悪臭放つスライムやらトラップやらに驚いていたが、戦闘慣れしている者ばかりのようでモンスターは鎧袖一触されていく。種族別にグループを作りいがみ合いバラバラな足取りで探索を進めていてもなお一層ボスのミニデーもんはその日の内に撃破されてしまった。

 シルフィ、超上機嫌。今にみてろ。














 冒険者達の半分は手に入れた核を褒賞に変えて撤収していき、残り半分はダンジョン内に泊まり込みで三日目の朝を迎えた。

 二層からは迷路が複雑になり、モンスターと曲がり角で鉢合わせる事が増えてくる。攻撃すると猛烈な反撃をしてくるが放置していれば無害な道の端で茶を啜っているだけのAA風モンスターなどの色モノモンスターが出るのもこの階層からだ。ちなみに茶を強奪しても攻撃判定は受けない。

 冒険者は若干手ごわくなってきたモンスターを物量で押して確実にほふっていく。ダンジョンも大した事が無いと判断したのか魔法を節約し始めた。

 節約できるのも今の内。知ってるか? ダンジョンでは一瞬の油断が命取りなんだぜ?

 いけいけ押せ押せと進む冒険者達。二層ボスのオートマータも怪我人を出しつつも突破されてしまった。この世界には存在しない機械兵の姿に驚くかと思ったら全然そんな事なかったぜ。

 なんでだろうと冒険者達の心を読んでみたら全員「また変なモンスターが出たよ、これだから精霊は」で統一されていた。はいはいごめんね! ごめんねー!

 そしてシルフィの機嫌が天元突破。嬉しいのは分かったから部屋を踊り回るのは止めてくれ、と思ったがなんだか楽しそうだったので皆で一緒に輪になって踊った。

 もうどうにでもなーれ。













 四日目、三層に突入。冒険者達は今まで鬱陶しい程度だったトラップが急に物理的にも精神的にも致死レベルになり戸惑っていた。油断していた何人かがトラップの餌食になったため行軍は慎重になる。死神さんって水晶越しでも見えるんだね。

 四日目は三層の半分程度まで進んで地図を書き、モンスターが入って来ずボスを倒せば休息できるようになっている二層ボスの間に引き返していった。

 明けて五日目。初めの数歩で再び数人がトラップに引っ掛かった。

 フハハハハ、甘いわ馬鹿ちんが。精霊のダンジョンは毎日トラップの位置が変わる不思議なダンジョン。いくら地図にトラップの位置を書き込んでも無駄無駄無駄ァ!

 八十人強に減っていた冒険者達はやっぱり協力せず、三種族バラバラに進んでいく。五日目ともなると疲労が色濃く見え始め、身のこなしも精細を欠いてきていたが、他の種族に先を越されてたまるかという見え透いた競争心で全員前に進む事しか考えていない。

 五日目は三層を三分の二程度進み、見張りを立てて休息をとり、六日目にボスの間を探して進む。

 鬼気迫る冒険者達がボスの間に近づいてきた時、彼らの背後に一斉に鎌を持った死神さん達がわらわら現れた。えーと、冒険者の人数が……八十八で……死神さんの人数は……

「なに数えてるの? トーゴ」

「……死神さんが八十五人、死神さんが八十六人、」

「ちょっ」

「死神さんが八十七人、死神さんが……八十八人」

「冒険者終了のお知らせ」

 オワタ。












 ダンジョン開店からひと月も経つと客足も大分落ち着き、リズムのようなものが出来てくる。

 精霊指定都市以外からも噂を聞きつけて冒険者はやってきた。彼らはまずは初心者の塔で体を慣らすなり実力を確かめるなりしてメインダンジョンに入る。賢明だ。初心者の塔が無駄にならなくてほっとする。

 ダンジョンに潜るのは連続三日までという暗黙の了解もできていた。五層、六層まですすめば片道三日以上かかると思うが確かに現状ではそれぐらいがちょうどいい。

 ダンジョンで手に入る核に利用価値は無いが、交換で手に入る褒賞やボスが落とす宝箱がオイシい。金の匂いあるところに人も集まるの法則でいつの間にかダンジョン周辺はちょっとした商店街になっていた。ちゃっかり宿屋や歓楽街もできている。

 攻略状況の方は相変わらずで、三層でストップしていた。

 冒険者達は三層ボスが倒せないとしきりに嘆いている。あの竜巻が何回やっても避けれないらしい。ハッハッハ、てこずれてこずれ。具体的にはラスボスクリアまでに合計八百年てこずれ。

「ハーッハッハッハッハッハッハ」

「トーゴうるさい。今いいとこなんだから静かにして」

 ごめんなさい。











こうしてダンジョンな日々は過ぎて行った。




 ダンジョンはいいね。ダンジョンは心を潤してくれる。リリンの生み出した文化の極みだよ



    ∧_∧

    (´・ω・`)

    ( つ旦O

 ~( ̄   )

   U  ̄U U


↑茶を啜っているだけのAA風モンスター

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― 新着の感想 ―
『あの竜巻が何回やっても避けれない』 唐突なエアーマンに笑ってしまいました!
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