表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

精霊の愛し子

 トーゴがだらだらと塔の壁に下手くそなレリーフを彫り、他5人の精霊が嬉々としてダンジョンに悪辣なトラップを仕掛けている時間軸から遡る事数時間、精霊達がダンジョン建設予定地に移動している頃。

 アレクはレジステルを両替するどころかそもそも言葉が通じず困っていた。

 精霊が一方的な告知をするだけして去り、後に残されたアレクは当然取り囲まれ質問責めにあう。

 なぜ精霊と一緒にいたのか?

 兎人のようだが何者だ?

 あんな精霊で大丈夫か?

 肩のネズミはなんだ?

 その紅と金の服はまさか不死鳥の?

 どれもこれも人間語。精霊達に精霊語は仕込まれても人間語には生まれてから王城にいた数日間しか触れていないアレクに理解しろというのは無理な話で、質問の嵐も何かぴーちくぱーちく言ってるな、としか分からない。

 精霊語を話す老兎人が通訳をしようとしたが訛り過ぎて全く理解出来なかった。仕方がないのでアレクは人間流魔法を使う事にする。

「えーとほんやくまほうはせいれいごで『ほんやくせよ』だから、じゅもんになおすと……」

 ウサ耳をしおれさせて当惑していたアレクがいきなりぶつぶつ言い始めたので群集はますますざわめいた。

 人間はその昔、魔法を使う事が出来なかった。人間に魔法を与えたのは精霊で、故にその呪文も精霊語がベースになっている。精霊語を知り、呪文への変換法則を知れば人間もあらゆる魔法を使う事ができるのだ。

 が、そもそも精霊語の習得が難しい。数千歳の知能あるドラゴンでさえ発音がたどたどしくなるほどだ。そんな言語をアレクがたった二ヶ月で基礎だけとは言え習得できたのは、魔法で無理やり学習能力を高められていたというのもあるが、本人の類い希なる資質によるところが大きかった。

 更に精霊語・呪文の変換法則が人間の間で失伝してから久しく、新たな魔法は古代の遺跡から発掘する他無い。その遺跡の発掘権をめぐってまた種族間で争いが起きているのだがそれは置いておくとして。

 つまるところ、アレクがした「その場で呪文を作る」という行為は異常だったのだ。傍目には何を呟いているか分からないため異常性を知られる事はなかったが……

「0001001000011000010(翻訳せよ)」

 紡がれた呪文、不死鳥の服に含まれたレジステルとマナの合成による魔力発生、それが組み合わさり魔法が発動した。柔らかで神々しい魔法発動光と共にアレクの理が一時的に書き換えられ言語万能状態になる。

 驚き戸惑い警戒する群集にアレクは手のひらに乗せたレジステルを突き出し言った。

「えーと、このレジステルをかんきんしたいんですけど」

「! いきなり人間語を……こ、これは翻訳魔法!」

「知っているのか町長!」

「古代、兎人が操ったという万能翻訳魔法じゃ。専ら兎人と精霊の言葉の壁を取り除くために使われ、亜種として知能無き獣共の鳴き声を解する呪文も存在したと云う。永き時の流れと共に失われたとされておったが……おお……まさかこの目で見よう日が来るとは!」

「おい待てそれは魚人の伝承だろうが勝手に兎人にすげ替えてんじゃねーよ肺に直接海水ぶちこんで溺死させンぞコラァ」

「あなた達何寝言吐いてるの? そもそもの魔法の始まりは竜人なのよ? 当然翻訳魔法を使っていたのも竜人に決まって――――」

「出たよ竜人お得意の上から目線歴史捏造、ちったあ兎人の謙虚さを見習――――」

「……ねー、かんきんは?」

「おおすまんすまん。こっちへおいで、魔具屋へ連れて行ってあげよう」

 アレクは三つに分かれ言い争いを始めた群集を尻目に老兎人について魔具屋へ向かった。

 アレクはほとんど初めて生で見る人間の街に興味津々だった。あっちへふらふらこっちへふらふらするたびに肩のジングルスが尻尾で頬を叩いて正気に戻す。

 精霊指定都市は歴史ある街だった。その歴史は七千年とも八千年とも言われていて、ただの一度も戦火にみまわれた事の無い完全中立都市でもある。

 ならば昔ながらの家屋が残っているかと言えばそうでもない。むしろ逆だ。ログハウスがあれば藁葺き屋根もあり、ちょっとした屋敷やら家より煙突の方が大きい珍妙な家、どっしりした赤煉瓦の邸宅、テント、改造馬車、統一性もへったくれも無いごちゃごちゃした街並みだった。しかし統一性は無いが活気はあり(先ほどの精霊の告知も原因だろうがそれを差し引いても)、辛気臭い顔をしている人間は一人もいない。

 精霊は面白いモノが好きだから、いつまでも変わり映えのしない街並みを残しているとガッカリされる。故に人間は精霊の興味を引こうと街にやってきてまず目にする家から趣向を凝らす事にしたのだ。精霊の関心を買えばそれだけ滞在期間も増え、自然に契約のチャンスも増える。

 精霊指定都市は精霊契約の街であると同時に新しい文化や発明品が真っ先に持ち込まれ、また生み出される街であった。

 アレクは物珍しい珍妙な街並み見て回って弄って回ってみたくて仕方なかったが、まずはトーゴに言われた通り換金するために老兎人についていく。人間社会では何をするにも金が必要だ、という若干偏った知識をアレクは持っていた。

「……ところで君、名前はなんと言うのかね?」

 少し歩調を緩め、アレクの横に並んだ老兎人がおもむろに尋ねる。

「え? ああ……アレクセイ。みんなはアレクってよぶ」

 店の軒先に猿轡を噛まされ逆さまにぶら下げられているマンドレイクの恨めしげな目を見返しながらアレクは上の空で答えた。

「ほう! 古の勇者の名前か! その魔法の見識、精霊語、名前負けはしとらんようじゃな。むしろ第二のアレクセイになるやもしれん」

「えー? ぼくメイドにワインかけられてしぬまぬけじゃないよ?」

「……まて。どういうことじゃ ?勇者アレクセイがワインで死んだ? 彼は魔王と相討ちになったんじゃろうが」

「え? アレクセイってまおうをあんさつしようとしてかえりうちにあったひとじゃないの? レイラがいってたよ」

「……レイラとは極光の大精霊レイラの事かの?」

「たぶんそう。あ、だめだよジングルス!そのナッツはおかねはらわないとかじっちゃだめ! ……だよね、おじいさん。あれって『うりもの』なんだよね? ……おじいさん? おじいさーん」

 アレクはショックを受けてへたり込んだ老兎人の目の前で手を降ったが、反応はなかった。

 精霊は嘘をつかない。精霊の情報は全て真実だ。ならば精霊の教育を受けたと思しいアレクの言葉もまた真実であろう事は想像がつく。

 歪められた歴史が精霊の何気ない一言によって正された例は古今東西数多いが、歪んでいたままの方良かった歴史も中にはある。兎人が誇る勇者アレクセイの英雄譚の結末が、魔王城に姿を消してコソコソ忍び込み魔王を暗殺しようとした挙げ句に何も無い場所で転んだドジっ娘メイドが運んでいたワインを被って見つかり抵抗虚しく圧殺された、という事実は正く知らない方が幸せだった。

 幼い頃からの憧れを粉砕された老兎人はしばらく打ちひしがれていたが、やがてすっくと立ち上がり悟りきった顔でアレクを促し歩き出した。何もなかった事にするらしい。

「それでアレクはいくつになるのかね?」

「わかんない。かぞえてないもん」

「……ふぅむ」

 老兎人はさりげなく横目でアレクを観察した。魚人や竜人と比較して兎人は成長が早い。外見年齢が他種族の三歳ならそれは兎人の生後六、七ヶ月に相当する。

 ……兎人族の王城で軍部の武装蜂起が起きたのが二ヶ月前、その際生まれたばかりの王子が行方不明になったと聞く。

 老兎人は一瞬アレクがその王子ではないかと疑ったが、流石に成長が早過ぎるだろうと思い直した。兎人の王領に精霊が現れたという噂も聞かない。兎人の子供など山ほどいる。人違いだろう。

 老兎人はただの無邪気な子供に見えるアレクにもこの歳でああして精霊と共にいた以上複雑な事情があるのだろう、とそれ以上聞くのを止めてしまった。














 やがて二人は石造りの巨大サイコロの側面に窓とドアをつけたような面白みの無い建物、魔具屋に着いた。

 魔具屋では基本的に魔法生物の素材を扱う。魔法生物は体内でレジステルを精製すると同時に、それを魔法として消費する部位を持っており、魔法生物の死後も魔法を発動する力は残る。

 そういった魔法生物の死骸から生活用品から兵器まで様々な道具を作り出し、売買するのが魔具屋だ。当然あらゆる魔具の根幹をなすレジステルの取引も行っている。

 二人が魔法がかけてあるのかまるで重さが無い石のドアを開けると、薄暗い店内に整然と並んだ棚の奥、カウンターの向こうで本を読んでいた竜人が顔を上げた。右頬にうっすらと緑の鱗が浮き出た緑髪碧眼の妙齢の女性だった。

「あらいらっしゃい、ご要望の品は?」

「今日は私ではない。この子がレジステルを売りたいそうじゃ」

「かんきんしにきました!」

 カウンターにトテトテ駆け寄りレジステルを突き出すアレクの頭を店長は優しく撫で、一転老兎人を胡乱な目で見る。

「あんたこんな場末の怪しい店にこんな幼い子連れ込んで何考えてるの?」

「自分で言っている内は安心じゃろうて」

「私だってぼったくる相手は選ぶわよ。もっと真っ当な店知ってるでしょう? そっちに連れて行きなさい」

「なんじゃつれないのぅ。口八丁色仕掛けなんぞ使わんでも今回の取引は十分利益に」

「棺桶に片足突っ込んだ爺は黙ってなさい」

「いろじかけってなに?」

「坊やは知る必要の無い言葉よ」

 シッシッと手を振って追い払おうとする店主は、ふとアレクの手に乗ったレジステルに目を留めた。訝しげに目を細め、驚愕で目を見開き、呆然と呟く。

「ちょっとなによこの特大レジステルは……この子大貴族の子息か何か? 服の素材もよく見れば不死鳥の羽……」

 店主はビーズ程度のレジステルを微かな畏れを込めて見る。物質に含まれているのでは無く、純粋にレジステルのみで構成されたレジステル、つまり精霊石でこの大きさ。この道で百年以上生きている店主でさえ見た事がなかった。

 こんな大きさの精霊石をポンと出せるのはそれこそ――――

 そこまで考えた店主は気がついた。先ほどの精霊による一方的無差別告知。またぞろ精霊の気紛れか、商売の種になるといいが、と思っていたが、精霊指定都市のすぐ南にだんじょんとやらを創るという事は付近に精霊が来ている訳で。

 そこに来て特大精霊石を持つ兎人の幼子(となぜかその肩に乗り後ろ足で顔を掻いているネズミ)、無関係とは思えない。

「ねぇ、この子って」

「うむ。精霊が連れてきた子じゃ。精霊語を儂よりも遥かに巧み操り、失われた翻訳魔法を使う」

「なるほどね。さしずめ精霊の愛し子ってところ――――きゃ!?」

 その時突然地響きと共に地面が揺れた。店主は慌ててカウンターにしがみつき、老兎人は素早く頭を抱えて床に伏せ、ウサミミだけを盛んに動かしている。店内の棚に乗った瓶や骨や壺が一斉にガタガタ揺れて騒音を出す中、アレクは地震だ地震だー! と叫びながら楽しそうにぴょんたん跳ねていた。

 小刻みな揺れはしばらく続き、始まった時と同じ様に唐突に止まった。

 店主は恐々カウンターから手を離し、老兎人も床に散乱した陶器や瓶の破片に気をつけながら恐々立ち上がる。笑顔なのはアレクだけだった。店主は店内の惨状を見て呆然とした。

「なによ今の揺れ……」

「ぼくしってるよ! じしん! きっとグノーかトーゴだよ!」

「グノーは分かるけど……トーゴ?」

「せいれいだよー」

「ああ……精霊……精霊ね……精霊なら仕方ないわね……」

「うむ、精霊なら仕方ない」

「しかたない!」

「ちゅー!」

 精霊なら仕方なかった。







呪文の作り方の法則が分かった人はちょっと凄い

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ