呪われた青年アメシスと潜入使用人 ③庭園と指先の温度
④庭園と指先の温度
私は、アメシス様に声を掛けた。
「アメシス様、お庭に出ませんか?」
アメシス様は動揺する。
「いや……でも……」
「お嫌ですか? もう外から見てもほとんど分かりません」
「皆が嫌がるだろう。……呪われていると……」
目を伏せる、アメシス様。どれだけ気を使って生きてきたのだろうか。
「大丈夫ですよ。私、ここに来てひと月以上アメシス様についておりますが、すこぶる元気です。私が証明です」
アメシス様が、ふっと笑った。
私がアメシス様の手を引っ張る。
私たちは、ゆっくりと時間を掛けて庭に降りて行った。
庭園を、爽やかな初夏の風が吹き抜ける。
眩しそうに景色を眺めるアメシス様の瞳は、まるで初めて見たかのように輝いている。心からの安堵と、静かな喜びを感じた。
私は、外のテーブルにお茶の準備をした。
「料理長に、卵抜きのマドレーヌを作ってもらいました。あと、ミルクティーです。
小説のシーンに合わせました。アメシス様、どうぞお召し上がりください」
「ああ……ありがとう。そうか……確かにあれはマドレーヌだったな」
アメシス様の、少し恥ずかしそうな柔らかな笑顔が輝いて見える。
「アメシス?」
ノール伯爵様が、こちらにやってきた。
「兄上……」
「お前、良くなったのか……?」
アメシス様が、静かに頷いた。
「彼女の……パルのお陰だ」
お兄様は、アメシス様の肩を組んで喜んでいる。
「そうか~!良かったな!! 呪いは嘘だったんだな! 俺はそう思ってたんだが、会えなかったしなぁ。出てくるのを待ってたんだぞ!」
アメシス様は激しく肩を揺さぶられながら、困ったように、そして少し嬉しそうに、私に視線を送る。
屋敷の使用人たちも、しばらくざわついていたが、ご兄弟の微笑ましい笑顔は、陰鬱な噂を吹き飛ばしたように感じられた。
◇
「徹底的にお掃除しますから、避難してください。アメシス様」
頻繁に掃除はしていたけれど、やはり長年のほこりが蓄積している。
本を虫干しして、徹底的に掃除したら、もっとアメシス様の状況は良くなるだろう。
「わ……分かった」
アメシス様は、私の勢いに押されて、本を数冊抱えて、庭へと降りて行った。
普通に外に出られるようになっている。良かった……。
とは言え、私も当初の目的を忘れてはいない。
……いや、それは嘘。目の前のことに一生懸命になるとすぐ忘れかける。
私は普通の女だもの。平穏な日々をぶら下げられると、罪のことなど忘れたくなる。
でも、それは許されない。父の贖罪と国の平穏も掛かっているのだから。
……忘れてはいけない。
アメシス様の部屋の床に積んである大量の本を、バルコニーへと運ぶ。
ふと、見下ろすと、庭の椅子に座って本を広げているアメシス様と目が合った。
眩しそうに私を見上げて、微かに微笑む。
私は手を振ったけれど、とても後ろめたくて心が痛む。
行ったり来たりしながら、隣の金庫部屋の窓から中を覗いた。
窓は小さい。下から引き揚げて持ち上げる造り。
湿気取りらしい。
覗き込むと、下にある留め金が見える。
横にスライドさせるもののようだ。
細長い金属板を持ってきて、窓を少しだけ持ち上げてすき間から差し込むと、留め金は外れた。
けれど、完全に開かない仕組みになっているようで、持ち上げてもすぐにガツンと引っかかる。
すき間からできる限り腕を差し入れて、左右へ動かしてみる。端の棚にギリギリ届くけれど、どう頑張っても頭は無理。
ガラス越しに中を覗き込む。
それぞれ箱に入れられているものの、明らかに貴重そうな品々が見える。
この伯爵家の歴史は長い。王族との姻戚関係もあり、歴代の王から下賜された宝物なども多いそうだ。
市場に出回ることのない、国宝級の鑑定価値がつくような品々。
たぶん、一つ持ち出せば一生遊んで暮らせるだろう。
私が求めているのは、こちらの当主に十年ほど前に贈られたというブローチだ。
そのブローチに使われている宝石の一つが、元は王家の宝帯から盗まれたものだと知る人はほとんどいない。そしてその犯人は、元宮廷医の私の父。
即位式に宝石が揃わないならば精霊の力による加護が失われ、天変地異が起きると言われている。
それにしても、この金庫室、どうやったら入れるのだろう。
鍵が、どこかにあるはずだ。
守衛の部屋なども覗いてみたし、使用人仲間にそれとなく探ってみたけれど、それらしきものが全然見当たらない。
◇
掃除がある程度落ち着いたころ、アメシス様が帰って来た。
柔らかく微笑む、繊細で穏やかな美貌。理知的な品もある。
六年も呪いに苦しまれていたかと思うと、本当にもったいない限りだ。
「ずいぶん、きれいになったな」
アメシス様が部屋を見回す。
「頑張りました」
私は笑った。
「そのようだ」
アメシス様が私を見つめる。
「髪も埃まみれだ……」
私に手を伸ばそうとして、アメシス様はハッとして、手を引っ込めた。
「どうかしましたか?」
「……私に、触られるのは嫌かな」
アメシス様は、悲し気に目を伏せた。
「そんなことないですよ」
私が答えると、少し迷いながらアメシス様は長い指をもう一度私にゆっくり伸ばす。
髪や服についたほこりを払ってくれる。
そして、そのまま私の頬をそっと撫でた。
少しの間、じっと私の目を見つめる。紫の澄んだ瞳が、優しい。
「……もう少し、触れても……?」
甘い声で囁く。
私がじっとしていると、アメシス様は一旦自分の右手をギュッと手を握った。
そして、戸惑いながらまた指を伸ばし、再び私の頬に触れた。
指先の微かな震えが伝わる。
髪の流れに沿って頭を撫でる。
私の前髪を分け、目を覗き込む。
横髪をすくって、耳の後ろへ掛けた。
アメシス様の指先の温度が、はっきりと伝わる。
壊れ物のように慎重に触れるから、かえってくすぐったい。
アメシス様は、しばらく無言で私を見下ろして言った。
「早く風呂に入って休むといい」
アメシス様の静かな言葉と裏腹に、私の胸はやけに早く打っていた。




