呪われた青年アメシスと潜入使用人 ③呪いの解明
③呪いの解明
次の日。
「まずは、お掃除いたします。ほこりが原因ということもありえるかと思いますので。アメシス様は、私のことは気にされず、ご自由にお過ごしください」
とは言ったけど、アメシス様は、少し離れたところで、息をひそめるように私の動きを眺めている。
床にも机にも、積み上げられた本。
私は、窓を開け、本を少しずつ動かしながら、ほこりをはらっていった。
「それにしても、本が多いのですね」
私が言うと、アメシス様がぼそぼそ話される。声も枯れているみたい。
「……他に、できることがないからな」
歴史書、美術書、宗教書、文学、哲学、科学史、辞典、何でもあった。
メモやしおりがたくさん挟んである。
「すごい、全部読まれたのですか?」
「……何周かは」
「私、この国の、この国と精霊の歴史を調べているんです」
「それなら……」
アメシス様が、積んである本の中から一冊手に取った。
「これが詳しい。神代から建国までの国史だ。読めばいい」
「お借りしていいですか?」
アメシス様が、静かに頷いた。
「ありがとうございます」
私は笑顔で本を抱きしめる。
割と新しい本のゾーンに入った。
「あ……これ、この小説読みました。前の仕事の同僚に勧められて。
恋愛小説ですよね。
離れ離れになった恋人同士が、すれ違い続けた後、再会できたの、泣きましたよ~」
アメシス様は、黙ったまま。少し眉をしかめている気がする。
「あれ? 読まれてませんか? 私、騒がしいですね。申し訳ありません」
「……いや……読んだけれど……」
アメシス様は、床に目を落とした。
「……恋しい相手……など、想像が……つかなくて……」
困った顔だった。
「でも……外でお茶を飲むのはいいなと……思った」
確かに、そんなシーンもあった。
(そうか、アメシス様は、外に出られないから……)
「大丈夫ですよ! ご病気、治ります! それまで私、見届けますから! 外でお茶にもしましょう」
「……ああ」
早く宝石のこと何とかしなきゃいけないのに、アメシス様を放っておけない。
「お食事なんですけど、いつも召し上がっているものをリストにしました。検討の結果、今日からしばらく小麦を抜かせていただきたいと思います。パンやお菓子に含まれますから、原因として可能性が高いと思うんです。代替は輸入した穀物になるんですけど、数日お試しください。少し物足りないかもしれませんが」
「……分かった」
東洋から輸入された穀物のおかゆと、消化に良さそうな野菜を合わせて、アメシス様に食べていただく。
少し味気ないかもしれないけれど、アメシス様は文句を言ったりされなかった。
「あの……アメシス様がお食事されている状況を確認させていただきたいので、私もご一緒してもいいですか?」
アメシス様は、一瞬驚いた顔をしたが、頷いた。
「誰かと食事をするのは、久しぶりだな」
内容が物足りなくても、一緒に食事をすることで、少しでもお楽しみいただければと、願った。
実際に同じ食卓を囲むと、アメシス様の自然な笑顔が時々見えて、嬉しくなってしまう。
それから、食事療法と同時に、長年かきむしった傷の治療をしなければ。
幸い、私は、良い塗り薬の処方を知っている。
さっそく作って、アメシス様のもとにお持ちした。
「私に、塗らせてください」
軟膏を手にアメシス様に近付く。
「いや……自分で……」
フードを被ったままのアメシス様が、一歩後ろに下がる。
「ご自分じゃ、手が届かないですよ」
私が強気で近付くと、アメシス様は少し戸惑いながら、覚悟を決めたようにフードを脱いだ。
黒い髪に紫色の瞳、まだ不安に揺れてはいる感はあるが、とても綺麗だと思った。
「本当に、パルは、俺に触って大丈夫なのか……?」
アメシス様がオロオロする。
「……気持ち悪くないのか……?」
アメシス様は、私のことを心配しているんだ。何て繊細で優しい人なんだろう。
「大丈夫ですよ」
私は言い切った。
アメシス様は、長いこと逡巡した後、フードの下に着ていた白いシャツを肩から落として背中を向けた。
「いつ頃から、症状が出たのですか?」
薬を塗りながら私は尋ねた。
「12歳くらいだったか……その後、すぐ母が亡くなって、使用人の家族や、父も二年前に亡くなっから、私が呪われているせいではないかと……」
(そんなはずないのに……)
状況を聞く限り、ただの偶然である可能性が高い。
「アメシス様は、悪くないですよ! ご自分の症状もお辛かったでしょうに」
その思いを考えるだけで、勝手に胸が苦しくなった。
「もっと症状は良くなりますよ。今から、六年間の思いを取り戻しましょう」
「……そうだな」
アメシス様は、小さく笑った。
◇
数日、お米のおかゆにすると、アメシス様の症状が少し落ち着いたように見える。
「かゆみが減った……あと、少し体が軽い」
アメシス様の表情が少し明るくなる。
良かった……。でも、これでは、特定できない。
あと、アメシス様の普段のお食事から疑われるのは……。
料理人にオムレツを作ってもらった。さすが伯爵家の料理人。
美しいお皿に、美しい黄色の楕円形。
アメシス様にお出しする。
「一口だけ、食べてみられてください」
「分かった……」
アメシス様がスプーンで口に入れる。
「あっ……はっ……」
数分も経たないうちに、アメシス様の呼吸が浅くなった。
皮膚の赤みが腫れたように強くなる。粉ふきも悪化したみたい。手に触れると、熱っぽい。
「アメシス様! お水を飲んでください!」
私は、慌てて水を差し出す。
ソファーで安静にしてもらい、水に浸した布で、体を冷やす。
一時間くらい様子をみていると、少しずつ症状が落ち着いてきた。
「大丈夫ですか?」
「うん……似たようなことは、今までもよくあったから」
アメシス様は、また少し枯れた声で話す。
「申し訳ありません、無理をさせて。でも原因が分かりました。……卵ですね」
「卵……?」
「卵を食べて体に障る方は少なくありません。いろんな料理に含まれているので気付かないうちに食べてしまうこともあるし」
「母も、生前、卵が合わない気がするから使わないようにと料理長に言っていた」
「ああ、じゃあ、お母様が亡くなって、卵利用が増えたのかもしれないですね。アメシス様の症状が悪化した時期とも合います」
料理長に聞いたところ、やはりそうだった。
今後、卵を抜いたメニューを続けてもらえるように、料理長と計画した。
その後、食事から卵を抜いたところ、アメシス様の症状はぐんぐん良くなった。
薬の効果もあり、かきむしることも少なくなって、ほとんど治りかけている。
象牙色の肌の繊細な美貌が際立っている。
「アメシス様、他に症状などはないですか?」
「ああ、だいぶ楽になったよ」
枯れ気味だった声にも艶が出てきていると思う。
「よかった……もう見た目ではほとんど分かりませんよ」
「……こんな日が来ると思ってなかった」
「女性も放っておかないですよ」
「……それは、どうかな……」
アメシス様が、照れたように笑った。
完全回復まであと、もう少しかな、と思う。
皆に拒否されながら、部屋にこもっている精神的ストレスもあるかもしれない。




