宝石泥棒娘と子爵子息ベリル ④お別れと君の未来
④お別れと君の未来
次の日の朝から、私はどうやってネックレスを部屋に戻すか考えあぐねていた。
浮ついている私に気づいたのか、ベリル様が、私の顔を覗き込む。
ドキッとする。
「どうしたパル?」
「あ……いえ……」
無難に誤魔化せる気がしない。
「何か困ったことがあれば俺に言えよ。何でも聞いてやる」
ベリル様が自分の胸を叩く。
これは……言うしかない。
ごめんなさい。ベリル様。
「あの……お願いが」
「何?」
「昨日、奥様が着られていたドレスをもう一度拝見したいのです」
「ドレス?」
「刺繍があまりに素敵だったので……」
ベリル様の真っ直ぐな視線が痛い。
「……分かった。そんなこと簡単だ」
ベリル様がニコッと笑う。
少しの安堵と、強い苦しさが胸を締め付けた。
ごめんなさい。ごめんなさい。ベリル様。
心の中で、何千回も謝罪した。
ベリル様が、自ら衣装部屋を開けてくださった。
昨日忍び込んだままの部屋。
「ドレスってどれだ?」
なんて、ベリル様が部屋を見回す。
私は、適当に話を合わせながら、隠し持ったネックレスを、引き出しに返す機会を待った。
でも、やはりベリル様との距離が近すぎて、返せるようなチャンスがない。
(どうしよう……)
困っていると、
廊下からベリル様を呼ぶ声がした。
ドキッとする。
ベリル様は、私に
「ちょっと待ってて」
と一言残して、部屋を出た。
(今だ……!)
私は、持っていたネックレスを元あった場所に返す。
全身の力が抜ける。
その場に座り込みたいところを何とか振り絞って部屋の外に出る。
「もういいのか?」
戻ってきたベリル様が、私に微笑んだ。
私を抱き寄せる。暖かい体。大切に扱われている感覚。
良かった……。ネックレスを返し終わった後で……。
もし、服の下に隠していた先ほどだったら、見つかっていたかもしれない。
「話があるんだ」
ベリル様は、私の手を引いて、外へ向かった。
この後に及んで、何か気付かれていないかと、緊張してしまうのが辛い。
緑豊かな庭園を歩きながら、ベリル様が話された。
「隣国に留学しないかという話が来たんだ」
「え?」
「宮廷の動植物学者と、標本や研究結果を送ってやり取りしていたから、王様に目をかけられたらしい。語学も問題ないと」
「まあ、素晴らしいお話ですね!!」
ベリル様の努力が実を結ぶのは、心から嬉しい。
「うん。なかなかない話だそうで、両親も応援してくれるって」
ベリル様は、本当に嬉しそうだ。
胸が暖かくなる。
私がここに来てほんの数ヶ月だけれど、身も心も驚くほど成長されている。
ベリル様は、両手で私の手を握って真っ直ぐ私を見つめた。
頬が赤く、目が少し潤んでいる。
「……パル。だから、俺と一緒に行こう」
「え……?」
「思ったより早く約束守れそうだ。俺、パルを必ず幸せにするから」
ベリル様は微笑んで私の手の先にそっとキスをした。
ドキッとする。
きっと二人で新しい世界を見るのは楽しいだろう。
でも……。でも、私は……。
「とても嬉しいです……」
これは本当だ。
苦しくて胸が痛む。
ごめんなさい。ベリル様。
あなたを利用した私。
どこからどこまで本心だったのか、自分でも分からない。
でも、あなたの側にいるわけにはいかない。
そして、まだしなければいけないこともある。
ベリル様の母上ローダ様にお話に上がった。
今日、ベリル様は、留学の件で王室に呼ばれていた。
「まあ、パルさん。あなたのお陰でベリルはとても元気になって、王室からお声が掛かるほどになったのよ。感謝しているわ」
こちらの宝石を持ち出そうとしている私には、不相応なお言葉だ。
私は、思い切って口を開いた。
「私は何も。ベリル様の才能が開かれただけです。……それで、あの……私、お暇を頂きたいのです」
「え? 暇を? それはベリルが悲しむでしょう。どうしてかしら?」
「ベリル様の学習は進まれて、私の能力を優に越えておられます。私は既に不要かと思います。それに……一身上の事情があり、急ぎお暇したいと思っております」
私は、少し泣きそうになっていた。
奥様はひどく惜しんでくださる。
罪の意識や、ベリル様への気持ちが頭を渦巻いた。
この屋敷の人たちも皆、親切だった。
振り切って、荷物をまとめた。
ベリル様に手紙を残すことにした。
『ベリル様、あなた様のご活躍とご健康を心よりお祈り申し上げております。どうか探さないでください。 パル』
もっといろいろ書きたいこともあったけれど、余計なことを書いてしまいそうで
あくまで端的な表現にした。
どう思われるだろうか。
あのお日様のような屈託ない笑顔が思い浮かぶ。
せめて、直接ご挨拶したい気持ちもある。
でも、もしベリル様を前にしたら、私はきっと揺らぐだろう。
私は、涙を堪えて屋敷を辞した。
それから数ヶ月後、ベリル様が隣国へ発たれたのだと聞いた。
どうか、どうか、お元気で。
私は、遠い空に想いを送った。




