表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/41

【アメシス後日談】紫水晶の約束 ―― 再びあなたと生きるために 前編

挿絵(By みてみん)アメシス編後日談です。

父の罪をすべて購い終えた私は、あの人に会いたいと思った。

あれからもう三年が経っている。

最後に「待っている」と言ってくださった。

けれど、本当に待っていてくれるとは思っていない。

ご結婚などされているかもしれない。人生の邪魔をしたいわけじゃない。


体調は?  食事は?  あの暗い部屋でまた悲しい思いはしていない?

気になって仕方がない。

ただ……ただ一目、お姿を見れば、きっと安心できる。


アメシス様がノール伯爵家副当主として活躍されているのは、噂で聞いていた。

医療系の慈善事業に力を入れているそうだ。

逃げるようにあの屋敷を去った私には、なおさら雲の上の人。

その慈善団体の会合が近くで開かれると聞いたとき、私は居ても立ってもいられなくなった。


建物の入口、太い柱の陰に身を隠していた。

広い前庭には人が溢れている。

立派な馬車。華やかな衣装の貴族たち。笑い声と談笑。


そして――その人の姿が見えた。黒髪が陽にきらめく。

すらりとした長身。落ち着いた立ち居振る舞い。

三年前と変わらない。

いや、あの頃よりずっと堂々としている。

胸が締めつけられた。


(……アメシス様)


一瞬だけ。本当にそれだけでいい。そう思っていたのにどうしても目が離せない。


――アメシス様の視線が、ふとこちらに向いた。

遠い。人も多い。それなのに、紫の瞳が、まっすぐ私を捉えた。

気のせいだと思ったのに。

一瞬、動きが止まる。

そして、信じられないほど早足でこちらへ歩いてきた。人々がざわめく。


「副当主様?」

「どうなさったのですか?」


そんな声が掛かっても、アメシス様はまるで聞こえていないみたいだった。

私の前にまっすぐに立ち、息を詰めたような声で言った。


「……パル」


震える声。


「パルなのか?」


紫の瞳が、必死に私を確かめている。


「……夢なのか」


その言葉に、胸が痛んだ。


「本当に……本物?」


私は頷いた。


「……夢じゃありません、アメシス様」


優雅に微笑みたかったのに、声が震えてしまう。


「私……ずっとアメシス様に謝りたかった。あなたを……裏切ってしまった。それでもただ一目お会いしたかった」


ボロボロと涙が零れてしまう。平気なふりで、元気なふりで済ませたかった。

けれど、アメシス様の顔を見た瞬間、どうしても駄目だった。


「……私、あなたを欺いていました。最初から……宝石を探すために近づいたんです。お屋敷に入ったのも……全部」


言葉が途切れる。

謝罪の言葉は毎日何度も考えてきたはずなのに、いざとなると何も言えなくなる。

アメシス様は、しばらく何も言わなかった。

ただ、信じられないものを見るように、私を見つめている。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「……強がって君を手放したことを、何度も後悔した」


その声は、震えていた。


「みっともなくても、閉じ込めてでも、君を放さなければよかったと」


潤んだ瞳。アメシス様は淡いグレーのジャケットの胸元を苦しそうに握った。

私にも伝染したように、胸が強く締め付けられる。私は首を振った。


「そんな……! 私は、あなたを裏切ったんです」


「違う」


アメシス様は、はっきりと言った。


「君は、何も奪わなかった。君が持っていったのは……」


少しだけ、困ったように笑う。


「私の心だけだ」


涙が、また溢れた。


「……三年。本当は、ほとんど諦めていたんだ。それでも、夢は見てた。君が戻ることを」


そして、そっと私の手を取った。あの頃と同じ、少し冷たい指。


「……もう、どこにも……」


掠れて途切れた言葉に、私はとうとう声を上げて泣いてしまった。周囲の人に何事かと見られても、抑えることができなかった。


馬車に乗せられて、ノール家へ向かう。

その道中も、アメシス様は、私の手をギュッと握ったままだった。

まるで霞と消えることを恐れているように。



懐かしい、アメシス様の部屋。以前とあまり変わっていない。

人目を避けて部屋にこもっていたアメシス様は、今は輝くばかりの姿。

どうしよう、一目お顔を見たその後を考えていなかった。


「アメシス様……ご縁談は……?」


「……兄上が、どうしてもと言うから……たぶん、私が君を失って消沈しているのが分かったんだろうな、何度か女性と会ったんだ。……でも、いつも君の影を探してしまって……諦めた……違う。

諦めきれなかった、だな」


アメシス様は、自嘲気味に笑って、文机に目をやった。

その真ん中に置かれた、赤い表紙の本。


「あの、小説を……覚えている?」


「はい」


「何度も、読んだよ。離れ離れになった恋人たちの再会。私たちは、恋人同士ではなかった……私の一方的な思いだったけれど、どうか……この物語のように、再会できたらと」


「会いに来てくれたのは、期待してもいいのかな……?」


アメシス様の瞳が揺れる。許されるのかな。本当の気持ち伝えても。


「アメシス様だけです……ずっと……」


「アメシス様を愛しています……」


自分でも少し驚いた。『男性を愛してる』なんてそれこそ恋愛小説の中だけのように感じていた。

でも、今日、アメシス様を見た瞬間から、血液のように全身を巡ってそれ以外言い表せなかった。


アメシス様が息を飲むのが聞こえた。


「私も……いや、私の方が、もっと、もっと、君を……愛している」


ゆっくりと身を寄せるように近付いてきて、私を柔らかく胸に包んだ。

私は、三年越しに両手でアメシス様の背中を抱き返す。

二人の心臓の音が重なる。

ずっと……ずっと……きっと出会う前から、こうしたかった気がする。

その暖かい喜びに溺れた。

顔をあげる。

アメシス様の瞳が間近にあった。さらりとした髪が、私の額に当たる。


「……再会後の……あの……キ……キスを……してもいいかな?」


真っ赤になって、許可を取るのがアメシス様らしいと思った。


「……はい」


濡れた頬で私は微笑んだ。


アメシス様の唇がゆっくりと近付く。

そっと触れる。その暖かさに胸の奥で固まっていた何かが、静かにほどけていくのを感じた。

熱っぽく潤んだ瞳で、アメシス様は私を見つめて言った。


「ここに……ずっと……?」


私は、しばらく考えた。

アメシス様と一緒に過ごせる”未来”、夢見ることすらできていなかった。

今ならば、まだ何とか諦めることができるかもしれないとすら思っている。

嬉しくてもこんなに苦しいのならば、アメシス様の愛にのめりこんだ私は、どうなるだろう。


「……私を、使用人に戻らせていただけませんか?」


「え……?」


「私の心の清算です。持ち出した宝石の分だけでも働きたいです」


アメシス様は、複雑そうな顔をした。


「あの……他の選択肢は、ないのかな……? 私は、もっと……」


アメシス様は、明らかに落胆している。


「心の整理が付く気がするのです」


贖罪もあるけれど、もう一度、過去の盗みを忘れてアメシス様との出会いからやり直したい。

そうすれば、もっと素直になれる気がする。


「……分かった。パルがいなくなるよりましだ。私の側にいる選択をしてくれただけで感謝しよう」


それから、私はお屋敷で使用人として働きながら、アメシス様のお仕事のお手伝いをした。

慈善事業についてアメシス様と相談するのは、とてもやりがいがあって楽しかった。


「病気研究の支援に力をいれているんだ。私自身も勉強している。もう、誰も呪いなどと言われないようにしたい」


アメシス様が恥ずかしそうに微笑む。


「素敵ですね」


私も微笑みを返すと、アメシス様が、一瞬ハッとしたように赤くなって、視線を逸らした。

改めて私の方へ向き直るとそっと顔を近づけて来る。


「いやだったら、やめるから……」


ため息のように呟いて、わずかな時間だけ唇が唇に触れる。

元々、慎重な性格なのと、自分の呪いが伝染ると心配していたあの頃のせいなのだろうと思うと、切なさが増してしまう。

アメシス様が心から安心できる未来は、私が望む未来。



「お手紙です」


執事の男性が持ってきた薄紫の封筒の手紙。

アメシス様は、受け取って封を切り、中の手紙に目を走らせた。

慣れた手付きで便箋を出し、サラサラと文章を書く。

封筒に入れ素早く封をした後、届いた手紙は、背後の棚の引き出しに滑らせた。

引き出しには、同じ色の封筒が数十と詰まっていた。


―――ドキッとした。


私は、この手紙を知っている。

三年前、ここで働いていた時に、アメシス様に届いた、侯爵令嬢からの手紙。


「……続けておられたのですね……」


つい、ぽろりと、口から言葉が零れた。


「あ……」


アメシス様が、一瞬驚いたような表情をした。


「あ……いや……侯爵とお会いすることが多いから、無視もできなくて。当たり障りのないよう……」


アメシス様は、嘘をついてはいないと感じる。

三年も経てば、人は恋心を諦めるのではと漠然と思っていた。

自分は諦めきれもしないのに。

そして、何年経っても愛されていたいと願うのに。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ