宝石泥棒娘と子爵子息ベリル ③初めての盗み
第3話 初めての盗み
お屋敷に戻ってからも、ベリル様は、朝から勉強や鍛錬にも励んでいた。
ベリル様の語学は私より習熟して、更に高レベルの先生に来てもらうことになったほど。
カンフリは、保存を考えて軟膏にした。
痛みにとても効果があったそうで、お父様もお喜びだったそう。
息子が考えて採取してきたということも効果を助けたに違いない。
ほんの少しの掛け違いが戻れば、人は自然に変われるのだろう。
午後は、一緒に散策したり、あの小屋で、生き物の世話をする。卵から育てた蝶もたくさん飛び立ってとても幻想的。
「あの紫の蝶は何ですか?」
私は、初めて見た蝶を指した。
「あれは、ハイランドバイオレット。初めて成功したな。気温とか食べ物が難しくて、いろいろ試したんだ」
ベリル様が、愛しそうに見上げた。
「ベリル様は、日光や水温も生き物ごとに上手に調整されているのですね。素晴らしいです。なかなか出来ることではありません。ちゃんと特性を掴んでいらっしゃる」
私が褒めると、ベリル様が言った。
「パルが、ずっとここにいてくれたら、俺、一生頑張ってお世話するんだけどな」
照れくさそうに笑う。
胸が、キュッと痛くなる。
嬉しいけれど、私は、そんなに純粋に思ってもらえる立場じゃない。
あなたを利用するためにあなたに近付いた。あなたに気に入られないといけなかった。
あなたと触れ合っていると、すぐその目的を忘れてしまいそうになるけれど。
◇
そろそろ動く必要がある。
期限もあるけれど、これ以上ここにいたら、私は自分の気持ちの揺らぎを止められない。
三階の衣装部屋、屋敷の人たちにはだいぶ信頼されたので、近付くことができるようになった。
扉には普段鍵が掛かっている。でも、観察していると、舞踏会がある日は、ご夫妻の支度のために慌ただしく人が出入りするため、解錠されていることが多い。
人がはけた瞬間を狙って、そっと中に入ってみた。
もし見つかれば……と緊張で身が固くなる。
中には、たくさんのドレスや毛皮が掛かっている。
更に奥の扉の中、宝飾品の棚があった。
(ここだ……)
ドキドキしながら、引き出しに手を伸ばす。
そっと開けてみる。が、私が探しているものは見当たらない。
(どうして……? この家にあるはず……)
周囲の棚も念のため調べるが、やはり見当たらない。
思い悩んでいると、
「パルー」
廊下から、ベリル様の声がする。
ドキッとして、慌てて戸に耳をあてて様子を伺う。
ベリル様の気配が、遠ざかったのを確認して部屋を出る。
心を落ち着けながら、ベリル様の後を追った。
「ベリル様」
後から声を掛ける。
「良かった。いたんだな」
ベリル様は、ぱぁっと明るい笑顔を見せる。
心が痛む。
「どうして私がいないと思われたのですか?」
「何か、昨日そんな夢を見てさ」
ベリル様は照れ笑いをする。
私は、何か見透かされたような気がして、動揺した。
ベリル様が手を伸ばして、私を自分の方に抱き寄せる。
甘える子犬がスリスリしてくる時の感覚に似ているなと思った。
私の目を覗き込んでくる。
「パル……。俺のそばから、いなくならないで。俺、大人の男になるから。ちゃんと立派な子爵になるから。そうしたら俺を選んでくれる?」
すがるように見えた。
胸が痛くなる。
何のしがらみもない立場でここにいられたら、私は、答えられたのかな。
私は、ただ黙ってベリル様に身を預けているしかできなかった。
◇
夜になり、ご夫妻が、帰られた。
お迎えに出て、ハッとする。
奥様が、あの宝石の……ネックレスをされている。
ネックレスは、宝石が花の形に並んだもの。
真ん中の一つが、探し求めたそれだった。
落ち着け、私。
この屋敷の人の動きは把握している。
奥様は衣装部屋で、ドレスをお着替えになるはず。
その時、二人のメイドが手伝いをする。
お着替え後、奥様は寝室へ。
メイド二人が衣装やネックレスをお手入れして片付ける。
でも、部屋の鍵は鍵番が持っていて、メイドが伝えに行き、鍵を閉めに来る。
つまり、チャンスはその間しかない。
私は、髪をまとめ、黒く動きやすい服に着替える。
前もって部屋からの死角は、調べていた。
奥様が、部屋に入られるあたりで、その場に身を潜めた。
緊張でのどが渇く。自分の心拍がうるさく響く。
数分後、奥様が普段着に着替えられ、寝室に戻られた。
そしてそれから十分くらい経って、メイド一人が部屋を出る。
鍵番が来る前に、もう一人も出てくれなければ。
願いながら見守る。
もう一人が、外に出た。
今だ、と部屋に近付こうとした時、ベリル様が私の前を通った。
ドキン、と胸と息が詰まる。
慌てて廊下の影に身を潜める。
息を飲んで自分の口を抑える。
ドキン、ドキン、ドキン。
目の前を通るベリル様。
ふと、私のすぐ近くで足をとめる。
キョロキョロと見回している。気配が伝わってしまったのかもしれない。
身を硬くして息を殺していると、ベリル様は、私に気付かず通り過ぎて、隣の書庫へと入って行った。
まだ調べ物でもしているのだろう。
急がなければ。
私は、衣装部屋に忍び込む。
下調べしたあの引き出しへ急ぐ。
開けると、
(あった……)
布に包み、握りしめて外に出る。
急いで部屋に戻る途中で、鍵番が鍵を持って部屋に向かうのが見えた。
危なかった……。
私は部屋で、ネックレスを再度眺める。
宝石にフィルターを通した光を当てると、真ん中の宝石だけが、オーロラに輝いた。
やはりこれだ。
私は、そのまま部屋に器具を設置し、ネックレスから、件の宝石一つを取り外した。
そして、イミテーションと差し替える。これは、父の協力者が用意していたものだ。高品質で、見た目では簡単に分からない。
昔、父が盗んだ宝帯から、協力者が宝石を取り出し、イミテーションと差し替えた。
次の即位の儀式までに、私は宝石をすべて元に戻さなければいけない。
宝帯には、国家の安寧の魔法がかけられていて、失われると次の御代では厄災が起きると言われている。
私は、興奮と緊張でその晩、全く眠ることはできなかった。
あとは、この付け替えたネックレスを戻さなければならない。
一刻を争う。




