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宝石泥棒娘と子爵子息ベリル ②君と高地で

挿絵(By みてみん)

第2話:君と高地で


数日後、私がお屋敷に行くと、ベリル様が、図鑑を持ってきた。


「この薬草は、すり潰して湿布にすると、痛みに効くそうだ」


「ああ、カンフリですね。確かに効果はあると思いますが、なかなか採取が難しいかと」


「父が、昔落馬した時の古傷が痛むそうだから、試してみたい。でもこの辺にはなさそうだ」


ベリル様は、真っ直ぐな瞳で図鑑を眺めている。


私は、考える。


「北高地の方が条件が合うかもしれませんね」


「高地? 行きたいな」


ベリル様が目を輝かせる。


「途中までは馬車が良いかと思います。ご相談してみましょうか」


ベリル様のお母様、ローダ様にお話させて頂く。


「馬車?」


ローダ様は眉をしかめた。


「はい、母上。植物の採集に行きたいのです」


ベリル様が訴えたが、ローダ様はにべもない。


「無駄なことを。そんなことより、勉学や鍛錬はどうなっているの?」


ローダ様は、私に向けて言われた。家庭教師なのだから、言われて当然。


でも、私は欲求が知識の習得に一助になることを知っている。

実際、ベリル様の動植物への知識欲は目を見張るものがあるし、何か花開くと信じている。


ベリル様が、ムッとした様子で間に入る。


「勉学は取り組む。だからパルは悪く言わないでくれ」


ローダ様はため息をついた。


「それにしても、雑草が何になるというの? まったくあの気持ち悪い生き物といい、ろくなことしないわね。あなたは」


ベリル様は、唇を噛んでいる。


私は、もう黙っていられなかった。


「ベリル様は、お父様の古傷を思って薬草をお調べになったのです。とてもお優しい方です」

「植生や生態系の理解は、領地管理にも必ず役立ちます」


ローダ様は、ハッとしたようにベリル様を見た。


「ベリル……。ああ、確かにあの痛みはとても辛そうで私も何とかできたらと思っていました。そう……分かりましたわ。お父様も喜んで許可を出すでしょう。危険はないのかしら?」


私は、答えた。


「北高地は治安上問題はないと思いますが、ご心配なきよう、細心の準備をいたします」


ローダ様は頷いて、ベリル様におっしゃった。


「くれぐれも気を付けて」


ローダ様は、少し涙ぐまれている。


少し大げさな気もするけど。ただちょっとした親子間のズレがあっただけだと思う。



私たちは馬車を得て、北高地に向かうことになった。


ベリル様は、数日前からウキウキしていた。

カンフリの植生や他に役立ちそうな植物を、宮廷の学者の元へ学びに行ったり、持って行く食べ物やお菓子まで準備していた。


図鑑をひっくり返しながら、


「こんなに人のこと考えてるのパルが初めてだ」


なんてこともおっしゃる。


たぶん、楽しみにするあまりのお言葉だと思う。


「カエルに比べてですか?」


私が指摘すると、イタズラを思い起こしたようで、


「あれは、子どもっぽかったな」


ベリル様が、照れ笑いを浮かべる。


ほんの数ヶ月前なのに、もう何年も前のことのよう。


私は、動きやすい服に、大きなベルトをつけた。さやを収める。


「大きなナイフだな。採取用か?」


ベリル様が、驚いた。


「もちろん採取にも便利ですが、何かあった時ベリル様をお守りするためにも」


ベリル様が目を丸くする。


「パルは女なのに戦うのか?」


「以前、治安の悪いところに住んでいたこともありますから。腕には割と自信がありますよ」


私は微笑む。


「俺は、ほとんど屋敷から出たことないし、情けないな」


ベリル様が頭をかいた。


「ベリル様のお立場だと、子爵家跡取りとしてご安全に過ごしていらっしゃることも立派なお仕事ですよ」


ベリル様は少し、シュンとして見えた。

男の子としては、女に守られるというのも不本意なのかもしれない。



いよいよ、出発だ。

ベリル様は頬を紅潮させている。


馬車の窓から見える街や、木々について二人で始終、話をした。


「あの山の向こうは、隣国かな?」


ベリル様が地図を広げて調べている。


「そうですね」

私も地図をのぞきこむ。


「隣国はどんな感じなんだろうか?見たことがない生き物もいるのかな?」


ベリル様が目を輝かせた。


「隣国は、我が国と気候も生態系も大きく違うそうですね。巨大な生物も多いとか」


「行きたいな」


ベリル様が遠くを仰ぎ見る。目が希望に輝いている。


「そうですね。私もです」


「……一緒に、行こう」


思い切ったようにベリル様が強く言った。


「え?」


「俺、ちゃんと隣国の言葉習得するし、強くなってパルを守るから」


ベリル様は、頬を赤くして熱っぽい瞳で訴える。

子犬のように可愛くて、守ってあげたくなる。


「ええ。行きましょう」


私は、答えながら上手く笑えたかどうか少し自信がなかった。


彼の輝かしい未来に、私はきっといられない。

……いてはいけない。早く使命を果たさなければ。


北高地に着いた。


馬車が行けるところに停めて、ベリル様と一緒に徒歩で山道を進んだ。


風は心地よく。緑の匂いが爽やかだ。小さな野の花たち。

ベリル様の少年とも青年ともつかない背中。赤髪に濃いグリーンの外套がよく似合っている。


日の光が、緑の瞳に差し込み一層キラキラさせていた。


「パル、あれ、美味しそうだな」


ベリル様が木になっている赤い実を指す。


「ああ、あれは、ラルマニ……毒ですよ。特に種が危険です」


「え? そうなのか?」


「それよりも、こっちが……」


私は、隣にある木から小さな実を取った。


ベリル様に差し出すが、躊躇している。

確かに、実は黒ずんだ紫色で、あまり食欲をそそる色ではない。


私は笑って、一つ口に入れた。


「美味しいです」


ベリル様は、少し驚いて、一つ受け取って、自分の口に入れた。


「ほんとだ……見かけによらないな」


ベリル様が、あははと笑った。私をまっすぐ見つめて話す。


「パルは、何でも知っててすごいな」


父は、元々農村の医者だった。

前王様のご病気の時、招聘され、叙勲いただいただけで、私自身も、今も昔も本当に庶民だ。

何なら、普通より貧しかったと思う。あくまで生活上の知識。


貴族のベリル様に純粋に褒められるのも、少し恥ずかしい。


「この間も母上にしっかり言ってくれてうれしかった。お世辞としても」


ベリル様が屈託なく笑う。


「私の本心です」


私も微笑み返す。


ベリル様が、ふと、足を止めて振り返り、右手で私の左手を握った。


「道が危ないから」


頬が赤くなっている。私は、手も心も温かくなって、つい表情が緩んでしまう。


景色が開けたところで、


「あ、あれ……」


ベリル様が、指をさした。


紫の小さな花が咲いた草。

確かに、カンフリだ。


「たくさん、生えてる。よかった」


ベリル様の笑顔が胸を打つ。


二人で、持ってきたかごへ摘んでいく。

立ち上る土の香りをあおって、爽やかな夏風が私たちの間を吹き抜ける。


平穏な幸福……その中に心から没頭できたらどんなに良かっただろう。

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