HEARTBREAK
今回は美栄視点の話でした!
ちょっと前のことなのに、昨日のことのように思い出せる。
あの日は、すごくよく覚えてる。
◇◆◇
(……どこだ、ここ)
消毒液の匂い。それに、着てる白い服。
(病院、か?)
窓の外には、見たことない景色が広がってた。雪で、真っ白だった……
雪? もう冬なのか?
昨日まであんなに暑かったのに。まだ夏のはずなのに。利がいつも文句言ってたセミの声も、全然しない。
体を動かそうとしたら、体中が痛い。
「いった……」
(とりあえず、ベッドから出よう)
病室のはずなのに、なんでか全身鏡がある。なんでこんなとこに鏡が?
鏡を覗き込んでみた。
知らない女の子がいた。同じ病衣を着てるから、たぶん患者さんだ。
「す、すいません! 他に人がいると思わなくて!」
慌てて目をそらして、ギュッと閉じた。
でも、その子は何も言わない。それより、自分の声がなんか変なことに気づいた。
いや、まさか?
もう一度鏡を見る。
(ない! ない! 俺の大事な相棒が! なんか髪も伸びてるし!)
そうか……夢、だよな?
夏のはずなのに冬になってて、気づいたら大事なモノもなくなってるなんて。
(寝直そう)
パニックになりながらも、そう思った瞬間。
ガラッと、病室のドアが開いた。
「若様!」
「皐月さん……」
「若様! お目覚めになられたんですね!」
皐月さん、僕の執事が、いきなり抱きついてきた。
「皐月さん、ここどこですか?」
「病院でございます、若様。若様は倒れられて、そのまま一ヶ月もの間、昏睡状態で……」
「昏睡?」
そういうことか。だからもう冬なんだ。
「皐月さん……僕、どうなったんですか?」
皐月さんはようやく、抱きつくのをやめた。
「これから、ご説明いたします、若様」
正直、何が何だかさっぱりだったけど、説明を聞くことにした。
「性染色体移行症候群」
「せいせんしょ……なんとか?」
いきなり変な単語が出てきた。
医療用語、なのか? 全然わかんない。
「簡単に言うと、TSと呼ばれております」
「TS?」
「はい。若様もお気づきでしょう。ご自身の体の変化、特にあの部分に」
あの部分って、たぶんさっきなくなってたアレのことだ。
「まさか……」
「はい、若様は女のお身体になられました」
「!」
いや、嘘だろ? 冗談にしても、笑えない。
そんな冗談、全然笑えない!
「若様!」
◇◆◇
気づいたら、部屋から飛び出してた。
気づいたら、病院の敷地にある庭にいた。
なんか見たことない景色だし、外人さんもいっぱい……
ここ、もしかして日本じゃない?
「ふむ?」
え? 誰か?
左を見ると、大学生くらいの男の人が、こっちを見てた。
「ミディアムブラウンの髪に、翡翠色の瞳の日本人……君は、美栄くんだな」
「誰?」
いやマジで誰この外人? 日本語上手いし。
「自己紹介しよう。俺の名前はエドワード・ケイデン。大学の課題で、ここで働くことになってる大学生だ」
「なんで僕の名前……」
「さあ? まあ、困ってる美栄くんの前に現れた、守護天使だと思ってくれれば?」
何それ。キザすぎて、吐き気がする。
「そんな顔しないでくれよ……」
「……」
「安心しろ。俺は美栄くんを助けるためにいるんだ。ここ、日本語通じる人ほとんどいないから、美栄くんの付き人を任されたんだよ」
「……じゃあ」
「エドでいい。エドって呼んでくれ」
「エドさん」
「そうそう」
「無理矢理、あの部屋に連れ戻しに来たんですか?」
「あの部屋? ああ、病室か? 別に、そんなつもりはないけど」
なんだこいつ。めっちゃ軽い。
隣に、普通に座ってきた。
「じゃあ美栄くん、何かして遊ぶか?」
「……」
「冷たいなぁ、傷つくだろ?」
「じゃあ、傷つかないために、俺から離れててもらえます?」
「ははっ、厳しい交渉だな。俺は残る方を選ぶけど」
しつこいな。
無視してれば、そのうち諦めるだろ。
……と思ったけど、無視しても無駄だった。
こいつ、ずっと横にいて、気づいたら暗くなってたから、仕方なく病室に戻った。
次の日も来たけど、また無視した。
それが何日も続いて、ある日のこと。
「美栄くん、キャッチボールしない?」
いきなり、グローブとボールを持って現れた。
「野球やるんだろ?」
なんで知ってるんだ? 皐月さんが教えたのかな?
……野球となると、断れない。
だって久しぶりだし! やりたい気持ちが勝って、つい頷いてた。
「おっ! 反応した! 初めてだ、医者に自慢してこよ!」
何なんだ。反応したくらいで自慢するとか……バカじゃないの。
病室の中じゃ無理だし、看護師さんに怒られるから、外の庭でやることにした。
しばらくやって、気づいた。
「球、クソ遅っ!」
「あはは……」
「できんの?」
「いや、実はあんまりやったことなくて。でも美栄くんが野球好きって聞いて、つい練習しちゃって……あはは……」
なんだこいつ……しつこいし、笑顔もバカっぽいし。
「……せめて、その努力は認めてやるよ」
「え? 何か言ったか?」
「何でもない。気のせいだ!」
「うっ……」
ふっ……ちょっと可哀想になってきた。
まあ、信頼してみてもいいかもな。
「おっ? 笑ったか? 美栄くん、今笑っただろ!」
「はぁ? 自意識過剰だよ、笑ってないし!」
「え、そうか? でも確かに笑ったような……」
「幻覚見てんじゃねーの?」
バーカ。
◇◆◇
なぜか、その日からエドさんとの交流が増えた。
よくわかんないけど。
最初は、どうでもいい話をするたびに、可哀想だから適当に返してただけなのに、いつの間にか、エドさんを待つようになってた。
毎日、来るのを待つようになって、曜日ごとに来る時間も覚えた。
気づけば、エドさんに会うのが、すごく楽しみになってた。我ながら単純だな。
楽しかったし、幸せだったのは否定しない。
ここに入院してるのも悪くないな、って。TSのことも、たまに忘れられるくらいには。毎日女らしくしろとか、それっぽく振る舞えとか、講義はあったけど。
普段は絶対やらないけど、早く退院するために、みんなの前ではそれっぽくやってる。
利が知ったら、笑うかな……そういえば、利は元気にしてるだろうか?
一緒に遊んでる時に倒れたんだよな……
そういえば、しばらく退院できなそうだからって、ちゃんとした教育も受けてる。
今日も講義が終わって、エドさんを待つ時間。
水曜日だから、もうすぐ来るはず。
窓の外を見ると、下にエドさんがいた。
(あ、来た)
でも、誰かと一緒だ。あの女の子、誰?
まあいいや。
数分後、エドさんが来た。
「こんにちは、美栄くん」
「こんにちは」
来てくれて、嬉しい。
でも後ろにいる女の子は誰だ? エドさんと同じくらいの歳に見える。
「後ろの人が気になるか?」
「べつに」
エドさんが笑った。
「ああ、実は前から彼女に、美栄くんのこと話してたんだ」
「俺のこと?」
「うん。病院で面倒見てる面白い子がいるって。で、いろいろあって」
俺のこと、話してた?
誰が許可した。そこから先は、よく覚えてない。多分、怒りか、なんかムカついたからだと思う。
「いろいろあって、彼女が美栄くんに会いたいって」
「会いたい?」
「そう」
エドさんが振り向いて、彼女と話し始めた。
英語だから、何言ってるかわかんないけど、なんかモヤモヤする。
今まで感じたことのない、嫌な感情。
なんだこれ。
しばらくして、エドさんが気づいた。
「あ。紹介忘れてたな」
……べつに、興味ないし。
「こっちはキャロライン」
「キャロライン……さん?」
「うん。大学の同じコースの友達で、まあ、俺の彼女だ」
え? 彼女?
「彼女、って意味ですか?」
「……? ああ、彼女だよ。言い間違いとかじゃないぜ?」
「……」
「俺をそんなに信用してないのか、美栄くん? 傷つくぞ」
傷つく……
これが、傷つくってことなのかな。
さっきの嫌な感情が、どんどん大きくなる。
なんだこのモヤモヤは。なんでエドさんを見るだけで、こんなにモヤモヤするんだ。
「出てけ……」
「え?」
「……お願いだから、出てけ」
気づいたら、勝手に口が動いてた。
「そうか……わかった。邪魔したな。何かあったら、いつでも呼んでくれ」
エドさんは、行ってしまった。
あの嫌な感情に操られるみたいに、追い出してしまった。
なんだよ、僕。
ずるいだろ、これ。
なんなんだ……
本当は、わかりたくなかったのに。気づかないふりをしようと思ったのに。
無視できなかった。この嫌な感情……嫉妬、なんだろうな。
知らないわけじゃない。でも、もう一人の俺は言うんだ。「僕は男だ。こんなの嫉妬なわけない」って。でも、もう一人の僕は……
もう一人の僕は、確信してた。
これが...失恋ってやつなんだって。
「うっ……」
痛い。
吐きそうなくらい、すごく痛い。手が青くなるまで、シーツを握りしめた。
「なんで……」
誰にでもなく、呟いた。
気づいたら、全部壊してた。嫉妬の勢いのまま、エドさんを追い出してた。
なんて卑怯な人間なんだ、俺は……
ほんとに、卑怯な奴だ。
窓の外を仰いでも、そこには広がる空しか見えない。
その眩しいすぎるその青さが、今の僕には……苦しくて仕方ないんだ。
「うっ……うわあっ」
いつの間にか堪えていた涙が溢れて、その痛いくらいの青さを、ぐしゃぐしゃに滲ませた。
最後まで読んでくれてありがとう!
まだまだ未熟ですが、少しでも楽しんでもらえていたら嬉しいです!




