転校生
ピピピ
ピピピ
大げさな前触れもなく、朝はやってきた。
普通、何かが来るときって、事前にアナウンスとかあるもんだろ。もし明日、前触れもなく世界が終わったら? 失礼にもほどがあるだろ。
「ふぁ……」
目覚ましはいつも、誰よりも早くセットしてある。
まだ日は昇ってなくて、外は暗い。眼鏡を探す。明かりが最小限の中、目も悪いとなると、もう何も見えない気がしてくる。
眼鏡をかけて、キッチンへ。朝飯と弁当を作る。
母さんはいつも遅くまで働いてて、起きるのも遅いから、いつの間にか自分で作るようになった。
父さんは朝早くから仕事だから、こんな時間はいつも静かだ。まだこんな時間なのに。
飯を作って食って、学校に行く。
一通りのことが終わるころには、太陽はもう高く昇ってた。
たくさんの学生が、この時間に登校していく。
……今日もあの家、寄ってみるか。
◇◆◇
「……嘘だろ」
夢か?
いや、ちゃんと起きたはずだ。それも、ずいぶん前に。
ここ、本当に白幸の廃屋か?
昨日と、ぜんぜん違う!
草は? ぼうぼうに生えてた草も木も、全部なくなってる!
一晩で、そんなこと、可能なのか?
これが現代版の墨俣城かよ。豊臣秀吉か?
ああ。もしかして、やっぱりあの女の子が土地を買ったのか!
そこまでは予想してなかった……まあいい、とりあえず学校行こう。
◇◆◇
学校。
机に突っ伏して、ぼーっとしてた。今朝のことが、まったく理解できない。
「おーい! もしもーし! 利! 聞こえてますかー?」
「なんか頭の中で喋ってる声がする……ついに狂ったか」
「じゃあ俺はお前の想像ってこと!?」
うるさい。
朝っぱらから、頭の中の声がうるさい。
「おい! 俺だよ。オレ!」
「ああ、伊吹か」
「反応遅!」
どうやら頭の中の声の正体は、こいつ、林伊吹だったらしい。
流行りの呪術○戦に出てくる両面宿儺だったら、もっと面白かったのにな。
「何か用か?」
「はあ……全然聞いてなかっただろ」
「聞いてたぞ」
「どこから?」
「「おい」って言ったとこから?」
「ぜんぜん聞いてねえ!」
マジで、俺にも主人公になる時が来たかと思ったのに。
邪悪で凶悪な何か、邪神とか! そういうの、歓迎なんだけどな。悪役でも別に構わないし。
「じゃあ、まとめて教えてやる」
「まとめ?」
「転校生が、今日、うちのクラスに来るんだって!」
「……」
「その反応、もうちょっと驚けよ」
「わあ。驚いた」
「棒読み!」
伊吹が言う。
その表情は、明らかにがっかりしてた。
悪いな。でも、別に俺はみんなを喜ばせるつもりなんてないし。
「はあ……実際に目で見たほうがいい」
そう言って、伊吹は自分の席に戻っていった。
席、結構離れてるのに、わざわざ教えに来てくれたのか。
それが、クラスメイトってやつなのか?
よくわかんないけど。
昔、美栄が言ってた。「世の中、わかんないことだらけだ」って。
気づけば時間が経って、チャイムが鳴った。
うちの担任、那仁田先生は、いつも妙に時間通りだ。適当な先生なのに。
ちゃんと時間通りに来ようとする努力は、買ってやろう。
「おっす、お前ら。調子どう?」
「……」
「答えなくていい、聞いてないから」
最低だ。
なんでこんな先生が、担任なんだろうな。
でも、それはそれで尊敬する。
「んで、今日な、転校生が来た。あれこれいろいろあったけど、仲良くしてやってくれ。入っていいぞ」
合図とともに、転校生が入ってきた。
テクテクテクテク
……え?
なんだろう。
クラス中が、静まり返った。でも、その理由は何となくわかる。
教室に入ってきたのは、美少女。美少女としか言いようがない、美少女だった(デジャヴ)。
前に立つ。ただそれだけで、誰もが息をのむ。
でもこの子、昨日会った詐欺師の子だぞ。
だから「また明日」って、そういうことか!
黒板に、名前を書き始める。
白幸美栄
……え?
嘘だろ。
いや、落ち着け。読み方が違うかもしれない。名前って、同じ漢字でも読めるし。
書き終えた少女が、こちらを向く。
「はじめまして。白幸美栄です。裏に書いたけど、もう一回説明しますね」
まさか……
冗談だろ?
「白幸は、白いの白と、幸せの幸せって書きます。白くて幸せ、みたいな意味です。で、美栄は――」
「美栄は、美しいと栄えるって書きます。すごく女の子っぽい名前だねって、言われたこともあります」
絶対こっち見てるだろ!?
笑ってるけど、目が笑ってない!
「でも、女の子なら、それでいいかなって。それに、人から好かれて、愛される、立派な人になりたいなって思ってます! よろしくお願いします!」
パチパチパチ。
拍手の音の中に、自分の存在が消えていく気がした。
……夢だな、これは。
ちょっと寝よ。
「はい、じゃあ紹介終わり。席は、金城の後ろの空いてるところな」
そこから先は、あんまり覚えてない。
でも、金城の後ろに座るはずのこの子は、なぜか隣の席に座ってた。空いてるはずのない俺の隣に、当然みたいに座ってきた。
「よろしくね、利くん♡」
「聞きたいことが、たくさんあるんだけど」
「あら偶然。私も、話したいことが、たくさんあるんだ」
◇◆◇
朝からいろいろあって、あんまり話す時間も取れなかった。
貴重な昼休みを犠牲にして、今に至る。
今、俺たちは、校舎裏の非常階段にいた。
ぼっちにはいい場所だ。誰も来ないし、もし来ても、先客がいたら、ぼっちなら引き返すからな。
つまり、聖域だ。
「……本当に、美栄なのか?」
「違うよ。最初に言うべきは、「久しぶり」でしょ?」
「……」
「冷たいなあ……疑ってるの? 大事な親友の顔、忘れちゃった? ほら、ちゃんと見て」
近い。
こいつ、距離感バグってるだろ。
「もういい」
「ふふ、照れた?」
「……」
「せめて、久しぶりに会えたんだから、喜ぶとかさ」
「まあ……嬉しい驚きではある」
「じゃあ、信じた?」
「でも、俺の知ってる美栄は、男だ」
そう。
白幸美栄は、男だ。記憶が正しければ、100%! 男だ。
……それとも、元から美栄は男じゃなかったとか? 「男だと思ってた幼なじみが、実は可愛い女の子でした」パターン?
「今、なんか変なこと考えてただろ」
「そうだな」
「認めるんだ……」
確かに、会話の感じは、自然だ。
本当に美栄なんだな、って思える。
「ちゃんと説明するから、ちゃんと聞いてくれる?」
急に、声のトーンが真面目になった。
冗談を言ってる場合じゃなさそうだ。
「性染色体移行症候群って、聞いたことある?」
「せいせんしょ……なんとか?」
「性染色体移行症候群! 簡単に言うと、TSって呼ばれてるんだけど、とりあえずTS病って呼ぼう。染色体の構造に、異常がある病気なんだ」
「異常?」
「簡単に言うと、男から女に、変わっちゃったんだよ」
男が女になる病気?
「信じられない?」
……いや。
正直、目の前のやつがそんなこと言っても、信じられるわけない。
でも、話し方とか、雰囲気とか。
信じるしか、ないんだろうな。
「信じるよ。急に美栄だって言われたら、信じるって決めてたから。そう言うと、騙されやすいとか言われるかもしれないけど、それだけ、あの日、急にいなくなった美栄に、会いたかったんだ」
「……」
「すごく、不安だったし、怖かったんだぞ? 急に、何も言わずに、いなくなるなんて」
「仕方なかったんだよ。私が、この病気の、日本で最初の患者だったから。ちゃんとした治療施設は、イギリスにしかなかったんだ」
イギリス。
ずっと、イギリスにいたのか。
はは。
そっか。
「利?」
「……」
「なにやってるの。近い! 近いってば!」
知るか。
近くたって、構わない。
もう二度と、美栄を失いたくないんだ。
「これは、今まで黙ってた罰だ」
「ひゃぁ!?」
温かい。
本当に、美栄なんだな。
美栄だ。
会いたかった、美栄。
「美栄……」
「暑い! ちょっと、離れてくれない?」
離れる?
ああ、これが「ハグ」ってやつか。
確かに、俺、美栄を抱きしめてるな。
ハグ、か。
「……わり」
ツッコむ元気、出なかった。
「ただ……美栄に、すごく会いたかったんだ」
「わかってる。私も、利に会いたかった……」
「ん?」
「なんでもない! それより、せっかく再会したんだし、歓迎会しよう! イェイ!」
「イェイ……?」
急に、ハイテンションになった。
……いいけど。
いろいろあって、大変だったんだろうな。
でも、美栄が悲しそうな顔してるのを見るより、ずっといい。
昔と変わらない姿を見て、安心した。
あ、そういえば。
「美栄。聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「なんで、隣の席に座ってるんだ? 隣、翼だっただろ」
「ああ、隣の翼さん? ユキチに頼んで、交渉してもらって、席替えしてもらった。細かいことは気にすんな。ほら、教室戻ろう」
「そうか」
……ん?
ゆきちって誰?
教室に、それっぽい生徒なんていなかった気がするけど。
まあ、どうでもいいか。
みえ:やっと会えた〜。久しぶりすぎて、利ちょっと見違えたね!
とし:どこが?。
みえ:だって今メガネかけてるし、めっちゃオタクっぽいじゃん。
とし:それ普通に悪口だろ!
最後まで読んでくれてありがとう!
待ちに待った久しぶりの再会!
ついに美栄と利が再会しました。
次の章では美栄視点に切り替わり、イギリスで美栄に何があったのかが語られます!




