第二章 リュエル村
草の匂いがした。
地面に背中を預けている。
目を開けると、見上げた空は信じられないほど高く、青く、透明だった。
ここは……どこ?
私は上半身を起こして、周囲を見渡した。
緩やかな丘陵が続く草原。遠くに森の輪郭が見える。
風が吹き抜けるたびに草が波打ち、鳥の鳴き声が響いている。
心臓がドクドクと脈打っている。
これは夢?
でも、草を握る手の感触はリアルで、風の冷たさも、土の匂いも、夢にしては鮮明すぎる。
「ご主人、起きましたか?」
声に振り返ると、そこには見知らぬ青年が座っていた。
肩まで届く白金の髪。少し吊り上がった、猫を思わせる形の目。淡いグリーンの服を着ていて、その瞳はどこか懐かしい色をしている。
私は後ずさりした。見知らぬ人。男性。
恐怖が喉を締め付ける。逃げなきゃ、と思った瞬間、青年が両手を上げた。
「大丈夫です、怖がらないでください。僕はミケです。ほら、いつもご主人の隣で寝ていた」
ミケ……?
私の、あの猫の?
そんなはずはない。
でも、青年の仕草——頭を傾げる角度、瞬きの仕方、どこか観察するような視線——は、確かにミケのものだった。
「ここは、ご主人の心が休むために来た場所です。リュエル村といいます」
青年——ミケは、そっと手を差し伸べてきた。
私はその手を見つめた。触っていいのだろうか。
触ったら、この夢が壊れてしまうのではないか。
でも、ミケの手は、ただそこにあり続けた。
急かすでもなく、諦めるでもなく。
私は、おそるおそる手を伸ばした。
指先が触れた瞬間、あたたかさが伝わってきた。
人の手だけど、どこか動物的なぬくもりがある。
ミケが私の手を優しく握って、立ち上がるのを手伝ってくれた。
「リュエル村まで、一緒に歩きましょう」
ミケに導かれるように、私は歩き出した。
草を踏む音、風が髪を揺らす感触、すべてが夢のようで、でも確かにそこにあった。




