倒叙モキュメンタリーミステリー
何故、こいつが裁かれないのだろうと考えていた。
奪われたものの痛みは奪われたものにしか分からない。
「弟が甘かったことは分かってた。だが、あんたは知っていたんだろ? あの男が何処にいるのかも……またあんたから他の奴を連帯保証人にして金を借りることも」
そしてそれを知った弟を
「二人で海に沈めて殺した。弟は俺にあんたらの不正が分かった。警察へ行くと言っていたんだよ」
俺は許しを請おうと口を開きかけたその口にタオルを押し込み猿轡をした。動けないように椅子に座らせて両手足を縛り高利貸しの上に金を借りた人間が逃げてもその関係者から金を奪い、更にまたその逃げると分かっている男たちに金を貸すどうしようもない女……守銭奴の西村金子の顔を見つめ手にしていたモノを真上から振り下ろした。
「安心しろ、俺の弟をあんたと殺した共犯者の井上があんたを殺す殺人犯になる」
俺はちょうど9時45分を示す時計を見て息を吐き出した。
「あの世へ逝って弟に詫びるんだな」
警察は何もしてくれなかった。弟を業と連帯保証人に仕立て金を巻き上げた男とあの女に何の罰も与えなかった。弟を自殺に見せかけて殺した二人を逮捕しなかった。
だったら!
だったら、俺がやるしかないじゃないか!!
誰が弟の無念を晴らすんだ。
同じことを繰り返し不幸と言う毒を撒き散らすこいつらを誰が止めるんだ。
そう心で呟き、柴田信一は足早にその場から離れた。
彼の頭上の空は青く晴れ渡り透明な風が流れていた。
9月20日午後1時のニュース番組で殺人事件の報道が流れた。
「本日9月20日午前10時に中野区の住宅街に住む西村金子さんが自宅で椅子に手足を縛られた状態で遺体となって発見されました。当時、自宅にいた東京都在住の会社員井上功也容疑者が現在取り調べを受けております」
アナウンサー
「井上功也容疑者をよく知っているというお話ですが?」
男性A
「ああ、井上な。高校や大学の同級生を連帯保証人にして金を借りて少しの間ドロンして連帯保証人が金を返ししたらまた次の獲物に目を付けて戻ってきてって……西村のばあさんと詐欺まがいのことをしてやがって、あいつの知り合いでそれで亡くなった奴もいてさ。俺は奴が泣き付いてきたときに正体が分かっていたから付き纏ったら警察呼ぶぞって脅して難を逃れたけどさ。何人かは何も知らなくて泣かされてたぜ。でももうそう言うの乗らない奴ばかりになって、でも金を借りて誰かに擦り付けろって言われてるってスナックで管巻いていたらしいぜ。俺から言わせれば本当に恐ろしい奴らだったぜ」
アナウンサー
「そうなんですか、と言うことは貴方は西村金子さんの方もご存じなんですか?」
男性A
「この辺じゃ有名だからな。あのばあさん、高利貸しで、何時も時間指定で呼び出してねちねち。逃げようとした奴には最終的に会社にまで男向かわせてひでぇ取り立てしてた。まあ、業とまともな人間に借金背負わせてあんなことしてりゃぁ。恨みも買うし……恨んでる奴多いぜ」
アナウンサー
「事件の起きた9月20日。井上功也容疑者の他にも人がいたというお話なんですが」
近隣の女性A
「朝の8時から来てたわ。それを見て、ああ今日呼び出し日だったのね、と思いました」
アナウンサー
「呼び出し日、ですか。どんな様子でした?」
近隣の女性A
「確か、8時に佐藤さんが来てたわね。家の前で電話が掛かって中へ入っていったわ。まあ、呼び出してもだいたい何時も30分ほどして帰っていくのよね。9時に山田さんだったわ。そう言えば、10時は珍しく犯人の井上容疑者と……水野さんが二人いたわね。二人とも暫く門前で待っていて首を傾げていて井上容疑者に電話が掛かって中に入っていったのよね……その直後に11時呼び出しの柴田さんが来て、慌てて飛び出してきた井上さんに何か聞いて三人で飛び込んでいきましたわ」
アナウンサー
「警察は井上功也容疑者を重要参考人として逮捕しましたが動機を持つ人は他にもいたんですよね?」
近隣の女性B
「今日集った人全員そうよ。佐藤さんは奥さんの入院費用で困って借りていたんだけど……やっぱり異常な利息で利息を返しそうになると利息を上げるらしいわよ。この前切れて怒鳴り声が聞こえていたわ」
近隣の女性C
「山田さんなんて逃げた男の借金よ。返す義理はないのに会社に来ないでってそれでこの前そこの玄関前で言い争っていたわ。前は西村さんと同じ車だったけどそれも返済のために売ってしまったみたいで相当恨んでるわ」
近隣の女性B
「あら、水野さんなんて借金のこと奥さんに言うって言われてそこで土下座していたのよ。ただ水野さん男前だから反対に西村さんに揃いの時計持つように言われて……もう嫌々呼び出された時だけしているのよ」
近隣の女性C
「そう言えば、井上容疑者と柴田さんは西村さんと同じ携帯を持っていたわね……二人とも見た目は悪くないから、もしかしたら同じ携帯を持つように言われたのかも。普通は同じもの持ちたくないでしょ」
アナウンサー
「あ、警察からの発表がありました。被害者の西村金子さんは頭を二度殴打されて側頭部の傷が致命傷になったということです。現場で割れていた花瓶が凶器とみられていましたが灰皿からルミノール反応が出て形状から凶器は灰皿だと断定されました」
近隣の女性A
「怖いわね。花瓶で誤魔化そうとしたのかしら? でも10時に井上容疑者に西村さんから電話があったってことはその時間まで生きていたんでしょ? 井上容疑者が部屋に入ってから死んだってことだから犯人で間違いないわね。無駄な工作をしたみたいね」
アナウンサー
「遺体の前にあった携帯は本人のモノと判定されておりその電話で呼び出した後に井上容疑者と何らかのトラブルがあり殺害に至ったのではないかと警察は見ております。井上容疑者は一貫して否認し自分が中に入った時には既に死んでいた嵌められたと訴えております」
……現場からは以上です……
花畑春貴は警視庁中野警察署中野薬師柳交番の詰所で小さく息を吐き出した。詰所には4人の人物が呼び出され立っていた。
佐藤一斉。山田百合。水野満男。柴田信一。
先ほどの殺人事件の関係者である。
田中智也巡査が居心地悪そうに
「申し訳ないね」
と呟き、ちらりと隣を見た。
中野警察署刑事課強行犯係係長の杉尾伸也警視がメガネをチャカッと上げて春貴を見た。
「君の見解を聞こうと思ってね。井上功也はトリックを使って自分は嵌められたと言っている。そのトリックが本当にあったのかどうかを知りたくてね」
春貴はイヤそうに顔を顰めながら
「つまり今なら事情聴取だけしたで済むからだな。この人は本当に石橋叩きまくりの性格だな」
と心で突っ込みつつも笑顔を見せた。
「今回の逮捕は正しいと思います」
それに参考人として招集された誰もが安堵の息を吐き出した。
柴田信一もまた息を吐き出し目を細めた。
「完璧なアリバイを作り、弟を殺した井上を犯人に仕立て上げるようにあいつが犯人以外にあり得ない状況を作り出したんだ。当然だ」
そう心で呟き僅かに口元に笑みを浮かべた。
杉尾伸也は安堵の息を吐き出すと
「私にも自信はあったんだがね、息子がトリックがあるんじゃないかと……君に助言を貰ってから検察へ送った方が良いと言われてね」
と告げた。
春貴も田中智也も同時に
「「警察に最後のチェックって、それでいいのか? 警察」」
と心で突っ込んだ。
ただ田中智也も弟の田中和也に言われていたのでここは敢えて口を噤んだ。
春貴は少し考えて
「ただトリックはありました」
と告げた。
「ニュースの概要とインタビューだけしか聞いていないので完璧とは言えませんがトリックも大方分かっています」
……自らを容疑者からはずし井上功也を犯人に仕立て上げるためのトリックです……
それに全員が驚いた視線を向けた。
柴田信一は固唾を飲み込むと
「まさか? どういうことだ? トリックが見破られた訳じゃないだろうな? いや、見破ったのなら俺が犯人だというはずだ。だが井上功也だと言っている」
と沸き立つ思いが胸を渦巻いた。
意味が分からなかった。西村金子を殺したのは自分だ。西村金子は井上功也に人の好い弟を連帯保証人にして多額の金を貸し、その後井上功也に行方を暫く晦まさせて弟から金をとろうとした。
調べたらそういう方法で幾人もの人間が泣きを見ていることが分かった。
井上功也の小中高大学や会社などの知人だ。しかも人の好い人間ばかりを選んでやっている。
つまり他の人間の金を奪い取ることが最初から目的だったのだ。
弟は金に困りその事を突き止めて二人を責めて警察に詐欺で訴えると言った翌日に海で浮かんでいた。
「弟はこいつらに殺されたんだ」
だが西村金子たちは以前に書かせた謝罪文を遺書にして自殺を偽装した。警察は会社で弟が金に困っていたという他の社員の言うことを鵜呑みにして……違うと訴えても自殺で片を付けた。
許せるものか!
絶対に……バレてなるものか。
井上功也を殺人罪で裁かせるために仕組んだのだ。バレたら……全てが水泡に帰してしまう。
柴田信一は拳を作り春貴を見た。
春貴は彼ら4人の関係者を見つめ
「トリックを仕掛けた人間は山田百合が立ち去ったあと家の中に侵入し被害者に猿轡をして身体を椅子に座り花瓶で殴打した。そして、自身の携帯を彼女の前のテーブルに置き被害者の携帯を手に家を出るとすぐ側で井上功也に彼女の携帯で電話をして手に入れていた音声を使って中へ入るように促した。一緒に入って携帯の入れ替えをしなければならないからです」
とトリックを解説し始めた。
「実はこのトリックは皆さんの中で一人だけしか出来ないんです」
佐藤一斉も山田百合も水野満男も柴田信一も視線を交わした。
柴田信一はヒタリと汗を浮かべた。あっているのだ。正にその通りである。
だが。だが。
「何故、一人だけなんだ?」
そう柴田信一が蒼褪めながら春貴を見たとき春貴は彼を見つめ返して
「西村金子さんと同じ携帯を持ち、且つ、あの時に第一発見者として中に入った貴方しか無理なんですよ。警察が調べに入った時に携帯がなければ誰かが西村金子の携帯を持って仕掛けたとトリックと言うことが分かり井上功也が嵌められたと分かってしまう。けれど、貴方が三人で入った時に置けば水野さんには分かってしまう。だから、貴方は同じ機種で見た目同じ携帯を置いて、すり替えるようにした。つまり、このトリックが使えるのは貴方しかいない」
と告げた。
山田百合が震えながら
「じゃあ、まさか……柴田さん、貴方が?」
と呟いた。
柴田信一は蒼褪めながらカラ笑いを零すと
「いやいや、そんな証拠何処にあるんですか? 確かに同じ携帯を持ってますよ? だけどそれが入れ替えられたという証拠はないでしょ?」
と肩を竦めた。
春貴は冷静に
「貴方の持っている携帯にはルミノール反応が出ると思います。ルミノール反応は水で流したくらいでは消えませんから、もしトリックをしてないのであれば調べさせてください」
と告げた。
柴田信一は奥歯を噛み締めた。
杉尾伸也は目を見開き柴田信一を見た。
「まさか! では犯人は」
田中智也も慌てて
「柴田信一が犯人?」
と告げた。
春貴は首を振ると
「いえ、殺人犯は間違いなく井上功也です。柴田信一さんは罪を着せられるところでした」
と告げた。
柴田信一は驚いて顔を上げて
「え!? 違う! 俺が奴に……弟を殺したあいつに」
と顔を歪めた。
「弟は井上功也と西村金子に騙されて金を払わされ、二人のたくらみが分かって警察に訴える前に海で殺された」
……柴田信二は俺の弟だ……
「だから俺があんたの言った方法で西村金子を殺したんだ! この携帯は弟があの女に無理やり渡されたものだ」
弟はどれほど無念だったか。
あの二人がどれほど卑劣だったか。
「警察は何もしてくれなかった!! だからだ!」
悲痛な怒声が響いた。
春貴は静寂が広がった詰所の中で
「その貴方のトリックを井上功也は逆に利用しようとしたんです。貴方は花瓶で西村金子を殴打した。花瓶は砕け散って貴方は彼女が死んだと思って立ち去り、井上功也を電話で呼び入れた」
と告げた。
「しかしそれには続きがあったんです。西村金子は死んでおらず脳震盪で気絶した状態だった。井上功也は部屋に入ってびっくりしたでしょう。しかし、目を覚まして怒り驚く西村金子にはもっと驚いたと思います。同時に今なら……自分が一時疑われてもトリックを言えばそいつに本当の殺しの罪を被せられると思ったんだと思います」
全員が驚いて息を飲み込んだ。
春貴はゆっくり足を進めて左右に三歩ずつクルクルと回るように歩きながら
「その証拠がルミノール反応が出てトドメを刺したと判断された灰皿と二か所の殴打痕です。貴方は花瓶で一回。そして、二度目は井上功也です」
と告げた。
それに水野満男が慌てて
「いや、彼が二度叩いたという可能性もあったのでは?」
と柴田信一を見た。
春貴はそれに
「元々柴田さんは井上功也を殺人の犯罪者に仕立てるつもりだった。だから花瓶もそのままにしていた。しかし、ルミノール反応で調べなければならなかった灰皿は恐らく洗われていたか拭き取られていたか、一見凶器と分からないようにしていたことを考えるとチグハグでおかしいでしょう」
と告げた。
柴田信一はするすると座り込んだ。
「俺が……反対に奴の罪を被るところだった……ということか?」
春貴は頷いた。
「ええ。俺は貴方が殺人をしてなくて良かったと思います。あの時点で西村金子が脳震盪で済んだのはきっと貴方の弟さんの計らいでしょう。自分の為に貴方に大きな罪を犯させたくないという」
そして何より
「自分を殺した共犯で他にも多くの人を不幸にした井上功也がトドメを刺したことが弟さんの力だったかもしれませんね」
……ただ人を殺そうとし実行したことは許されることはない。相手がどんな人物であっても法を無視して殺して良い訳じゃない……
「日本は法治国家だ。法を犯せば刑罰が科せられる。それは……感情的に理不尽さを感じてもそれを行わなければそれこそ理不尽な貴方の弟さんの死すら正しくなってしまう」
……でもギリギリのところで貴方の弟さんが貴方を救った……
「きっともう止めてくれと、罪を犯さないでくれと、言っているんだと思います」
柴田信一は涙を落とすと号泣した。
「信二が……俺に……」
その後、柴田信一は傷害で逮捕され、彼の弟の柴田信二の自殺の再捜査がされると殺人と判明し、井上功也は西村金子殺害と柴田信二の殺害で起訴されることになった。




