叙述ミステリー
握りしめたナイフから血が滴り落ちていた。
こんなことになろうとは思わなかった。
目の前には長倉克己が倒れている。
冷静にならなければならない。
このために山間の簡易なロッジを選んだのだ。
窓が一つ。
対面カウンターにその奥に水回りのシンクとガスコンロ。そして冷蔵庫。
あるのはそれだけだ。
中から扉の鍵を閉め室内の指紋を全て拭き取り鍵をカウンターに置いて窓の鍵のレバーに細い糸をテープで止めて上の隙間から通して外へ出てから垂らしていた糸を引っ張れば密室の出来上がりだ。
次に入った時にレバーに残ったテープの粘着さえ拭き取れば気付かれることはないだろう。
プレイボーイだった長倉克己は3人の女性と付き合っていた。三叉である。
私は取りあえず乗ってきた車に乗り込み少し来た道を下って救急と警察に連絡を入れた。そこへ遅れてやってきた三台の車を見て手を振った。
赤い車に真中友里恵が乗っていて、白い車に鎌田麗奈が乗っていて、黒い車に東堂悠が乗っていた。
話し合いに参加する面々だ。
真中友里恵が車から降りると
「葵、どうしたの? こんなところで」
と駆け寄ってきた。
東堂悠も車から降り立ち
「花畑が先だったのか。それで長倉は話し合いは出来るって? 修羅場になるな」
と小さく笑むと告げた。
鎌田麗奈は長い髪を手でかき上げて
「もう他人事みたいに言わないでよねー、でしょ? 葵ちゃん。今から早速話し合いましょう。行きましょ」
と自信満々な笑みを見せてきた。
私こと花畑葵は三人に目を向けて
「長倉が刺されて倒れていた。いま救急車とパトカーを今呼んだところ」
と告げた。
そう言って三人の最後尾に車を方向転換させてロッジへと戻った。ロッジへは蛇行した緑の木々の枝葉が覆う山間の坂道を5分ほど登れば辿り着く。
ロッジからは携帯が通じなのだ。
それも計算の内なのだ。
そして、ロッジへと戻り私は鍵を開けると彼女たちと中へ入った。
真中友里恵は慌てて長倉克己の元へ進み凶器のナイフを見て
「これで、誰かが刺したってこと?」
と周囲を見回した。
鎌田麗奈も周囲を見回しながら
「一体誰が、長倉君を」
とカウンター上の鍵を見てキッチンなどを見回していた。
東堂悠も長倉克己を見て窓の施錠などを確認していた。
「花畑が来た時に長倉は刺されていたのか? 鍵はかかっていたのか?」
私は頷いた。
「かかっていた。鍵はあの場所にあって触ってない」
東堂悠は腕を組むと私を見て
「本当か? 今の状況で長倉をさせたのは花畑だけど。スペアキーを持っていたから中に入ることは出来たし、そして、長倉のキーをあそこに置いたままにして窓を閉めてその鍵で戸を閉めて、さも到着した時に発見しましたてきな事を言えると思うけど」
と告げた。
私は視線を伏せて沈黙を守った。
「私はやっていない。私が来たときは密室だった」
東堂悠は頭が良い。私を凌ぐくらい頭が回る。
だが。
だが。
気付かないだろうか? それとも気付くだろうか?
まだ気づかれる訳にはいかない。
パトカーと救急車のサイレンが響き、私は小さく息を吐き出した。
ロッジに鑑識と刑事と救急隊員が入り長倉克己の状況を確認して運び出した。
私と真中友里恵と鎌田麗奈と東堂悠は刑事に外へ出された。
刑事は手帳を出すと
「さて、話を聞かせてもらおうか」
と告げた。
私は刑事を見ると
「犯人は解っています。そうだろ。東堂」
と彼女を見た。
「君が先にここにきて長倉を刺して窓のレバーに糸をセロテープで止めて細工をした。私は誰が最初に窓に行くかを見ていたんだよ」
……君は窓のレバーを確認しても何も言わなかったので確信した……
私は刑事を見ると
「鑑識に彼女の手を調べさせてください。それと窓のレバーも……恐らく同じ粘着物がついていると思います。それから窓の上の隙間に糸くずも付いています」
と告げた。
「スペアキーを持っている私が最初に到着して態々密室を作る訳がないし意味もない。ただそのトリックを見抜けなかった時に密室だったと訴えることくらいだ。君は二つの保険を同時にかけたんだ。私が先だった場合は私を犯人に。もし君や他の人間が先だった時は密室事件の第一発見者としていることが出来る」
……東堂、三叉かけてたアイツが憎かったなら忘れてしまえば良かったんだ。こんなことをする前に……
東堂悠は顔を歪めると
「簡単にいうな! 心を傷つけられて……はい、忘れますで忘れられるわけがない」
と叫んだ。
「私の心を傷つけたから、あいつを傷つけただけだ」
私は息を吐き出すと
「私はだからこそ長倉を三人の誰もが傷つけてほしくなかった。あんな男の為に更に不幸になって欲しくなかったんだ」
と彼女を抱きしめた。
いつもそうなのだ。
心は見えない。だから誰もが罪の意識なく傷つける。
だがそれは時として体以上に痛みを伴うことがある。
同時に身体と同じで決して他人が傷をつけて良いモノではないのだ。
緑の中を駆け抜ける風に彼女の嗚咽が悲しく響いた。




