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十龍城砦  作者: 月ーん
第二章
35/35

完戯

ギィィン

金属が擦れる音。

火花を散らして十字に交わった二本の刃。

巨漢が振り下ろしたドスは、海里に易々と受け止められた。


足元にはボロボロによれた段ボール。

右手の剣鉈を振り上げ、海里はドスを弾き飛ばす。

崩壊しかけたアーケードの下、響くのは地べたに落ちるドスの音。


「ハッ」

海里の鼻から笑いが漏れた。

数は三十余り、群れて包囲してくる彼らの殺気は強烈で。

だが、脅威ではない。

死人のように何も写さない瞳も、冷酷さを隠すように閉じた目もない。

芯まで届く狂いを彼らは持っていない。


「こんなもんかよ?」

一言挑発してやれば、すぐさま突進してくる男たち。

三十の足音が寂れたシャッター街を揺らす。

奏でられる不協和音を嘲笑い、

海里は剣鉈を逆刃に構え直した。




「本当にお二人だけで大丈夫でしょうか...」

十龍城砦、中梁層の中心、中中。

おでんと書かれた暖簾の下、

半透明の大根を前に千樹はそう溢す。


『へぇ、信用できないんだ?』

隣の丸椅子に座った狐が尾を振って言う。

「いや、そうじゃなくて」

またそうやって意地の悪いことを...

千樹は出かかった言葉を飲み込んだ。

「作戦とはいえ、ただ待機しているのが不安なんです。

ここで僕たちが食事をしている間に怪我をしたり、その...亡くなってしまったりしたら...

海里さんも武下さんも人間でしょう?人間は脆いです。すぐに──『あのさ』

「っはい」

遮ってきた三文字に、千樹は慌てて背筋を伸ばした。

気を悪くしてしまっただろうか、リョウの声はいつもよりずっと低い。

大根の湯気が揺れる。


『お前は彼奴(武下)とやり合ったら勝てるつもりなの?

篝火の陰陽師相手に生き残った人間なんかよりも自分の方が強いって?』


「違います!」

千樹は屋台の赤いカウンターを叩いた。

おでんの汁が波紋を作る。

「お二人が弱いなんて、僕は一言も言ってません!ただ心配しているだけです。いけませんか!?」

『いけないね。他人の心配してる場合じゃないでしょ。ヘマしないように段取りの復習でもしておいたら?』

「それはっ...その通りです。すみません...」


千樹は正面に向き直った。

頭が冷えてくれば、着物の襟元に染みがついているのが目に入る。

カウンターを叩いた時に飛んだでしまったか。

「あちゃぁ」

千樹は懐から手拭いを取り出した。




「イッテェなコン野郎」

口元を抑え、男が唾を吐く。

赤が混じったそれは地べたに落ちた。

「イテェなら防げよ」

峰についた血を終い、海里は返す。

逆刃でなければ顔が半分無くなっていたが、相手がそれに気づく気配もない。


手加減しまくりの、黄巾社の残党狩り。

その結果は手応えがないどころではなく。

海里の周りには早々に十人程が転がっていた。


「次は痛くねぇといい、っな」

剣鉈を使うまでもない、海里は蹴りを繰り出した。

左足を軸に、上半身を捻る。

反動と共に叩き込んだ右足は、男の脇腹に命中する。

「グァ」

痛みに悶え、あっけなく崩れ落ちた巨漢。

筋肉ばかり立派な背が沈んだ。


「やべっ」

うつ伏せに倒れた男を前に、海里は肩を跳ねさせる。

これはまずい。もう少し時間をかけるつもりだったのに。


自分よりも弱い相手に合わせるのが、これほど難しいとは。

もう一度、最初からやり直したい欲求が海里の中に芽生える。

だがそんなことできるわけもなく、

やらかしたかもしれないと不安を抱えるしかない。

武下の方はどうだろうか、海里は振り返ってみる。

もし同じように失敗してくれていたら──


ドッ


──鈍い音と共に、中肉中背の影が沈んでいく。

それを見下ろす武下の杖は途中で折れていた。

脇腹でも突いたのか。

武下の周りで転がっている影は一つだけ。

側から見れば苦戦しているようにしか見えない。


二十人弱の格下相手に容赦しながら。

それでいて、海里の方に気を向けないよう引き付ける神業。


「すげ...」

淡い希望は散ったが、思わず感嘆の声が漏れた。

だがよくよく考えてみれば当たり前である。

訓練の時、武下はいつも完璧に加減して見せたのだから。

...今も、動けるギリギリを狙っていたりするのだろうか。




『あっ』

着物の襟を拭う千樹の隣、リョウが声を上げた。

錆びた丸椅子の上で耳を動かし、立ち上がる。

『御愁傷様』

「え?」

手拭いを濡らし、千樹は聞き返す。

乾いた布では、出汁の染みはなかなか取れない。


『陽動作戦って見せかけるための囮がさぁ?三分ごとに連絡取らせてたけど、それが今途切れちゃった。』

「いつのまにそんなこと...というかどうやって」

リョウは無線も妖力も使えない筈だ。

丸椅子から飛び降りた狐の背に、千樹は首を傾げる。

妖力は無いが、感知する分には問題ないのだろうか。

それとも何か別の手段があるのか。

はたまた、適当か。



「お兄さんお兄さん、お代。」

屋台の店主に肩を叩かれ、千樹は我に帰る。

気づけば毛皮に包まれた小さい影は離れたところにいるし、

手に握った手拭いは乾きかけていた。


「すみません。おいくらですか?」

「百五十円だね」

「はい、これでお願いします。」

千樹は財布から札を取り出した。

皺のないそれが、店主の手のひらに収まる。

「あいよ、丁度だね。毎度あり」


「リョウさん!ちょ、ちょっと待ってください。」

手拭いと財布を懐にしまい、千樹は駆け足で追いかける。

カコカコと、下駄が小気味いい音を立てた。

『ごちそうさま』

ペロリと舌なめずりをする狐。

その顔が嫌にずる賢く見えるのは何故か。


「あ!」

ごく自然に、誰も疑問に思わないうちに奢らされたからであった。

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