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十龍城砦  作者: 月ーん
第二章
32/35

気透

ピー

湯沸かし器が鳴いた。

「熱いよファーちゃん」

肩に乗せた埃に声をかけ、佐原はカップ麺の蓋を開ける。

プラスチック製の、黄色に変色した湯沸かし器を傾け、熱湯を注ぎ入れれば広がる醤油の匂い。

「三分待とうね」

佐原が言えば、ファサは体をくねらせる。

一定の間隔で縮んで、伸びて、タイマーのつもりらしい。

動くたびに舞う埃、灰色のそれが落ちる前に蓋を閉める。

捲れようとするアルミを抑えるため、割り箸を置いた。


「そろそろかな」

アルミ蓋を全て剥がす。

割り箸を割り、醤油をまとった麺を持ち上げた。

「いただきます」

カツ

食べようとすれば、背後から鉄床を叩く足音。

固く響かせる気配に、佐原は体を硬くして振り返った。

「お疲れ様です」

「あぁ」

「...えっ?」

佐原は間抜けに、ひっくり返った声を出した。

口に入った拉麺が落ちる。

給湯室の入り口に立つ彼は、今返事をしたのか?

自分の耳が信じられず、佐原は武下をてっぺんからつま先まで見る。


「それ、きつねうどんですか?」

やがて、細い左手に赤いカップ麺が握られていることに気づいた。

「武下さんも食事するんですね。」

「...」

今度は返事がない。

佐原は拉麺をすすり、赤いどんに熱湯が注がれていくのを眺める。

咀嚼するうち、人間なんだから当たり前だろうと今の発言を少し後悔する。

失礼なことを言ってしまった。

「すみません」

コポポポポポ

返ってきたのは、給湯器から湯が落ちる音。

「...」

「...」

耐えきれず、佐原はもう一口麺を啜った。




「ごちそうさま」

沈黙から三分経った頃、佐原は手を合わせた。

麺カップと割り箸をゴミ箱に放り入れる、前に隣を見る。

武下はまだカップ麺を見下ろしていた。

赤い蓋に書かれた分数を見ればそろそろ頃合いだろう。

だが、動く気配がない。

「手伝いますよ」

佐原は武下に近づいた。

「片手じゃ、やりにくいですもんね。」

赤い蓋を剥がし、かやくと粉末スープの袋を切る。

油揚げに掛からないようにしてかき混ぜれば、美味しそうな匂いが漂った。


「きつねうどん、俺の弟も好きでしたよ。」

手元に黒い瞳の視線を感じながら、佐原は言う。

「入院する前は、朝も昼も食べたがって母と喧嘩するぐらいで」

箸を持ち上げ、絡まった麺をほぐす。

「なんでかこっちに飛び火してきたりしたんですよ?お兄ちゃんがどうのこうのって。

どうぞ、熱いから気をつけて。」

十分に混ざったのを確認し、佐原はきつねうどんを武下に手渡す。

湯気を立てる水面が揺れた。


「過妖症なんです、俺の弟。七年前に急に倒れて、それから寝たきりで。」

「...」

「治療には妖気の少ない閑黄朝で治療する必要があるんですけど、

そんないいとこの病院に連れてってあげれるほどのお金はなくて。」

佐原は武下の顔を見る。

無機質な瞳は、佐原の口元に向けられていた。

聞いて、くれている。

佐原は唇を噛んだ。

「でも、大芽(たいが)の病気を治せる手段があるなら諦めたくないから、俺は管理局に入ったんです。

戦闘もできないし、それ以外もダメですけど、ここは俺の居場所です。」

「...」

「...」


沈黙。


「...あの、つまり──ピピピピッ

誰かが消し忘れた電子レンジが鳴る。

耐えきれず、壊すほどの勢いで電源を切った。

ビーン

金属が震える音が響く。


「何が言いたかったかというと、」

手の痛みをそのままに、佐原は続ける。

「俺のこと頼ってくださいね。こんなことでしか役に立てませんけど、片手が使えないのは不便ですよ。」




『ほらほら、思い出して』

「うっせぇ!いまやってんだよ!」

「僕も半妖ぽかったなとしか...すみません。」

『本気ぃ?はぁーあ...そんなんじゃ鶏といい勝負だよ』

一方、事務室では千樹と海里が頭を抱えていた。

アルカドールの出所を掴むため、浮浪者に薬を売りつけた売人を見つける必要がある。

だが、二人ともその顔を思い出せない。

『絶望的ってやつ?』

前足を伸ばし、リョウは伸びをする。

『君たち二人だけの問題じゃぁないんだよ?』

「わぁってるよ!」

海里は鉛筆の先を紙に押し付けた。

黒鉛が欠け、輪郭が曖昧な男の絵に汚れをつける。

思い出そうとすればするほど、ぼやけていく記憶(男の容姿)

湿下暗での(思い出したくなかった)記憶が、役に立てと海里に囁く。

局長室を出てから、海里の心臓はずっとうるさい。


「そういえば武下さんは?局長室を出てすぐいなくなっちゃいましたけど」

『千樹ぅ、思い出せたの?』

「すみません...でも気になっちゃって。」

『すぐ来るよ、ほら。』


カツ カツ

二人の会話をうるさく思う間もなく聞こえてきた杖の音。

目の前の白紙に、海里の心臓が鼓を打つ。

音が近づいてくる。頭痛がする。


『持ってきてくれたぁ?』

机の上で、狐が呑気に言う。

武下が、海里の背後で止まった。

「...っ」

振り返れない。動けない。

何をされるかわからない。

武下の細腕が視界に入った瞬間、海里は目を瞑った。


コト

鼓膜を震わしたのは、デスクに何かを置く音。

それだけ。

痛みはない。

鼻が曲がるような悪臭もしない。

「きつねうどんですか?」

千樹の不思議そうな声。

同時に漂ってくるのは、柔らかな昆布と油揚げの甘い香り。

恐る恐る、海里は目を開けた。


『インスタントぉ?気が利かないねぇ』

そこにあったのは、湯気を立てるうどん。

「は?」

海里は武下を見上げる。

その顔には相変わらず感情がない。

海里に対する怒りも、なさそうだった。

「武下さんお好きなんですか?」

千樹が問う。

『いやいや、俺のご機嫌取りだよねぇ?』

尾を振り、狐がうどんに顔を突っ込んだ。

「ご機嫌取り?」

『俺のこと勝手に巻き込んだんだしぃ?これぐらいしなくちゃぁね』

真っ先に油揚げを頬張り、リョウが言う。

口の端からうどんを溢しながら得意げにする様子に、気が抜けていく。

海里はもう一度白紙に向き合い、売人の顔を思い浮かべた。


十龍城砦

妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)



均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局

治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。

管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。

箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。

   管理局に貢献するためだけに育てられる。

   逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。


佐原実 22歳 166cm 均衡管理局所属 人間 中梁層出身

整えられた黒髪、純粋な目、健康的な体型

やる気に満ちているが空回りしがちな青年。訓練生の時、リョウと武下が教官だった。

武下のことは信頼も尊敬もしてるけど、何より怖い。リョウには懐いてる。

小型の妖が相棒(埃の付喪神、愛称:ファサ、ファーちゃん)。

本人の気が弱すぎるのでファサとの喧嘩でも負ける。不憫。

弟の治療代を稼ぐために稼ぎのいい管理局に入った。弟思い家族思い。


リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

普段の言動から、軽い男と評されているが、人間に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。

教官として局員養成も仕事に入ってるが(現在休職中)、まともにやってない。

狐の姿になったが、その中身は変わらない。


武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身

肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。

聴力を失い杖を必要とするようになったものの、相変わらず戦闘能力に長ける。術への耐性も健在。

教官として局員養成も行なっている(現在休職中)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた(いわゆる箱子)。

情操教育を受ける機会がなかった。


海里 18歳 158cm 均衡管理局所属 人間(新人) 蛾骸下層〜湿禍暗出身

黒く短い癖毛、意志のある力強い目、仏頂面

小柄ながら筋肉質。盗みを重ねて生きてきたが、18になり管理局の訓練生となることができるようになったので入局(管理局の方が稼ぎがいい)。自分が生き残ること、稼ぐことに貪欲な少年。気に入らない者には生意気な態度を取るが、認めた者には従順。喧嘩っ早く乱暴な性格。教養はない。

千樹とはよく衝突。危機察知能力が高い(勘がいい)。妖の血が薄いながらも入っている。

善意を知らない。


千樹 400歳 190cm 均衡管理局所属 龍 閑黄朝出身

青緑く透き通った長い髪、穏やかなタレ目、硝子のようなツノ

長身で美しい青年。富裕層出身の世間知らずなお坊ちゃん。

争いを嫌い、話し合えば必ず分かり合えるという甘い理想を抱きがち。

訓練生になってからかれこれ数十年立つが、未だに教官からの可がおりない。

海里とはよく衝突。

悪意を知らない。

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