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十龍城砦  作者: 月ーん
第二章
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「成功だな。」

朝、管理局の廊下。

まわし読まれ、煙草の匂いや珈琲の染みがついた新聞に目を通し、野崎が言った。

微笑みかける先には、珈琲メーカーをつつく栗毛の局員。

「そりゃ頑張りましたから。」

ようやく交換された電球の下、朝奈は答える。

「まだ緊張が抜けなーい、とか言ったりしちゃったり。」

「そうだろうさ。お疲れ様さん。」


ジー

珈琲メーカーが音を立てた。

朝奈は湯気をあげる紙コップに手を伸ばす。

「もらっちゃうな」

「あ!」

が、先に野崎に取られてしまった。

「なんか酷いんですけど」

ミルクを入れかき混ぜる野崎に、朝奈は口を尖らせた。

もう一度作ろうと、最近異音を立てるようになった機械のボタンを押す。


「悪い悪い。ほら」

新しい紙コップに茶色い液体が注がれていくのを眺めていれば、屈むように覗き込んできた野崎。

朝奈の前に差し出されたのは、淡い色に変わった珈琲。

白くて丸いものも三つ浮かんでいる。

「マシュマロ珈琲ってやつらしい。なんちゃってだが...」

「えぁ、そういうこと?」

「もっとスマートにできたら良かったんだけどな、悪い。」

「全然?やったー。ありがとうございます」


「ん、おいし」

白い髭を作り、朝奈は両手でコップを持つ。

「そりゃよかった」




同刻、管理局の三階の訓練場。

刺さるような視線を感じ、起床ベルが鳴る前から海里の意識は浮上した。

雑魚寝の寝苦しさを感じながら薄目を開ければ、見えたのは脳幹に焼きついた人影。

「っぎぅ...!」

驚きのあまり喉がしまって痛い。

寝起きの霞んだ視界の中、訓練場の扉に佇んでいるのが武下だと分かるや否や海里は飛び起きた。


「来い」

適当に放っておいたジャンパーを引っ掴み、立ちくらみでよろめき、周りで寝ていた訓練生を踏みつけて。

ドタバタする海里にそれだけ言って武下は歩き出した。


「はぁ、はぁ、っ...ぁんだよ急に」

息を切らし、海里は顎の汗を拭う。

足の悪い武下に小走りで着いていくうち、気付けば三階まで来ていたようだ。

局長室、と札がかかった扉の前。規則的な杖の音がようやく止む。

「あのジジイに用でもあんのかよ」

「...」

問うても返事はない。

海里は扉に手をかけた。

「待て。」

「チッ」

静止され、舌打ちと共に引っ込めた手。


「おちょくってんのか?」

振り向きざま、それは武下の襟元を掴もうと勢いよく伸びた。

だが武下の反応が遅れるわけもなく。

逆に掴まれた海里の手が痛みを訴える。

「ちったぁ会話しろや、テメェ」

思い通りに行かないもどかしさのなか、

叩き起こされ、説明もなく走らされた腹立たしさのなか、

覚醒しきっていない脳で服従心も忘れ、海里は武下を睨みつける。

苛立ちで歪んだ海里の目が、武下の真っ黒な瞳とぶつかる。

まさに、一触即発。


『朝から穏やかだこと。ありがたいねぇ』

たん、と足音。

水を刺したのは、口周りを舐めながら階段を登ってきた狐だった。

四本足で鉄床を歩くリョウ、その後ろには千樹。

割り込みが、海里が気絶する未来を防ぐ。

『豚汁飲んできたのに、俺の肝冷えちゃぅよ。』

「お待たせしてすみません。お二人とも早いですね」

千樹が申し訳なさそうな顔をすれば、武下は海里の手を離した。

「早く入れ。お待たせだ。」




「...真っ暗ですね。」

「うるせぇぞ」

武下に顎でしゃくられ、入った局長室。

海里と千樹を迎えたのは、闇だった。

耳を澄ませど、呼吸音も足音も、自分たちのものしかない。

時計の秒針の音だけが響く、人の気配が感じられない空間。

だが、何かあると海里の勘は言っている。


暗闇に目が慣れてくれば、内装が見えてくる。

「すごい、ビンテージだ...」

褪せた皮のソファを見て、千樹が言った。

「これ、ピカソのレプリカじゃないですか?」

「あのテーブル、紫檀(したん)ですよきっと」

「僕らが踏んでるカーペットも、もしかしたら──」

「だぁら黙れって!」

千樹がはしゃぐどれもこれも、海里にはわからないし、興味がない。

動く影はないか、こちらを探る視線はないか、僅かな気配でも探ろうと海里は集中する。


「っ...!」

目を凝らしていれば、突然照明がついた。

痛むほどの眩しさに、海里は目を瞑る。

同時、背中に走った悪寒。

本能のままに、海里はその場に伏せた。


ヒュパッ ドッ

硬いものに何かが刺さる音。

「及第点、と言ったところか。」

頭上からの声に目を開けば、何もいなかったソファに腰掛けた初老の男。

視界の端に見えたテーブルには、二本の矢が刺さっている。

「海里さん大丈夫ですか!」

千樹が焦ったように言う。

平和ボケ龍族も、持ち前の身体能力でなんとか避けたようだ。

転んでようにも見える、無理な体勢が何よりの証拠。

「入りなさい。」

局長が扉の向こうに声をかける傍ら、

高価な着物を纏い間抜けな格好をする千樹。

その光景を、海里は鼻で笑った。




『一個聞いてもいい?』

局長室のドアの向こう、シャワー室から漏れる湯気で湿っぽい廊下。

武下の肩は重くなっていた。

『俺も呼ばれたのって何で?』

顔の横から覗き込まれれば、漂う出汁の匂い。

リョウを落とさないよう、武下は肩を動かすことなくジャンパーに左手を突っ込む。


『え、お前さ』

ポケットから取り出されたのは、推薦責任書と書かれた紙。

責任者の欄には武下だけでなく、()()()の三文字もあった。それも、活字の筆跡で。

『俺の名前勝手に使ったの?』

大袈裟に目を見開き、リョウが言う。

「...」

『武下くん?目ぇ逸らしたよねいま』

「...」

『どこ見てんの。俺こっち』

「...」

武下は答えない。

どんなにチベットスナギツネの顔をしようとも、

リョウに返されるのは杖を突き直す音のみ。


「入りなさい」

そのうち、扉の向こうで二人を呼ぶ声がした。

野崎のマシュマロ珈琲は、以前朝奈にもらったサンドイッチのお返しですよね


十龍城砦

妖と人間が共存する世界。剥き出しの鉄骨が不安定に上へ上へ伸びた構造

踏み外せば下に落ちそうな不安定な足場、空気の通り道のない暗い街、澱んでカビ臭い空気、薄暗く闇を照らす提灯、目が痛いほどに光るネオン、人間と妖、

閑黄朝(かんおうちょう、富裕層)、中梁層(ちゅうりゃんそう、庶民)

蛾骸下層(ががいかそう、貧困層)、湿禍暗(しっかあん、裏社会)



均衡管理局(妖と人間の均衡を保つ機関、治安管理局ともいう) 中梁層

人間局員:スーツのズボン、シャツ、管理局と背に書かれたジャンパー、

     18歳から局員として働く箱子と、18から訓練を始めて20歳からの一般

妖局員 :和装、勾玉円紋の羽織

     教官が可と判断してから入局

治安が全く改善しない中、税金泥棒どもなど暴言を浴びせられることも。

管理局のポストには毎日のように脅迫めいた手紙が届く。

箱子:管理局が買取り、訓練を積ませてきた子供。主に人間。

   管理局に貢献するためだけに育てられる。

   逆らえないよう従順を強制する桔梗の煮汁を飲まされる。


リョウ 200〜300歳 182cm 均衡管理局所属 狐の妖  中梁層出身

狐色の癖毛、狐の耳と尾、丸い吊り目

普段の言動から、軽い男と評されているが、人間に対してはなんとなく壁がある。コミュニケーション能力に長けており、仕事はできる。自由人。身体能力はいまいちだが、術の扱いや交渉能力に長ける。 人間に比べれば長寿だが妖の中では若い方。面白そうだからと入局して以来、50年ほど所属。

教官として局員養成も仕事に入ってるが(現在休職中)、まともにやってない。

狐の姿になったが、その中身は変わらない。


武下律 24歳 173cm 均衡管理局所属(教官) 人間 蛾骸下層出身

肩まで伸びた黒髪のハーフアップ、三白眼の鋭い目つき(隈つき)、無表情

若手でありながら優秀。ただし、めちゃくちゃ寡黙で無愛想。真面目。食事も睡眠もおろそかにしがちなので華奢。無愛想で人当たりも悪いが、やるべきことはこなす。悪いやつじゃないというのが周りからの評判。

聴力を失い杖を必要とするようになったものの、相変わらず戦闘能力に長ける。術への耐性も健在。

教官として局員養成も行なっている(現在休職中)。幼い頃に管理局に売られ、以来18歳で入局するまで訓練させられてきた(いわゆる箱子)。

情操教育を受ける機会がなかった。


海里 18歳 158cm 均衡管理局所属 人間(新人) 蛾骸下層〜湿禍暗出身

黒く短い癖毛、意志のある力強い目、仏頂面

小柄ながら筋肉質。盗みを重ねて生きてきたが、18になり管理局の訓練生となることができるようになったので入局(管理局の方が稼ぎがいい)。自分が生き残ること、稼ぐことに貪欲な少年。気に入らない者には生意気な態度を取るが、認めた者には従順。喧嘩っ早く乱暴な性格。教養はない。

千樹とはよく衝突。危機察知能力が高い(勘がいい)。

善意を知らない。


千樹 400歳 190cm 均衡管理局所属 龍 閑黄朝出身

青緑く透き通った長い髪、穏やかなタレ目、硝子のようなツノ

長身で美しい青年。富裕層出身の世間知らずなお坊ちゃん。

争いを嫌い、話し合えば必ず分かり合えるという甘い理想を抱きがち。

訓練生になってからかれこれ数十年立つが、未だに教官からの可がおりない。

海里とはよく衝突。

悪意を知らない。

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